第7話(初めての冒険1/防御結界)
[七]
「本当に大丈夫か?」
「うん。ちゃんと寝たし、もう大丈夫」
昨日は、ビオレータの死を知ったことで動揺してしまい、みんなの前で情けない姿をさらしてしまったことを恥じながら、アスピスは元気な声ではっきり応じる。
準備も万端で、昨日エルンストに買ってもらった装備品一式を身に着け。左肩からクロスさせるようにして紐をかけたエルンストにもらった肩掛け鞄の中に、お財布と緑のコンタクトを入れておく。その他の道具も、アイテムボックス『S』の入り口脇のすぐ奥に設置してもらった棚の引き出しの中に、冒険者ギルドに登録した際に手に入れたギルドカードをしまい、取り出しやすそうな入り口付近に、カロエが買ってくれたという冒険者基本セットとその他の冒険に必要と思われるものを一式。それらを、1週間分の保存食と一緒に、袋に詰めて入れておいたのである。
なので、アスピスの気分は『レッツゴー!』なのだが、他のメンバーはそうでなかった。
昨日のアスピスが、それほどまで憔悴していたから、といえばそれまでのことだが。
昨日は昨日、今日は今日である。
なのだが、不安そうな表情を浮かべるように、3人はアスピスを見下ろしていた。
「延期してもいいんですよ?」
「なんで? あたし、早く自分の馬が欲しいもの。それで、みんなと冒険したいの」
「そっかぁ。なら、行くか!」
心配気に提案するレイスに、笑顔で本心を述べると、それを察するようにカロエが元々あった本日の予定を実行することを提案する。
「そうだな」
エルンストも、これ以上アスピスを引き止める理由はなさそうだと、アスピスの様子から見て取り。カロエに同意する。
「じゃあ、急いで皆も準備して来い」
この中で最年長者だからということもあるのだろうが、性格的に3人の中で一番リーダーに向いていると思われるエルンストの掛け声とともに、2人が急いで自室へ向かう。
それを見送ったエルンストが、アスピスに向け、告げてきた。
「向かう場所は、クレアルラ王国という、小国ではあるが好戦的で、関係的にはあまり友好的でない国との国境をまたいで広がっている森の、イシャラル王国内側に位置する場所になる」
「うん」
「後で耳に入るより、先に入れておいた方が良いと思うから言っておくが。お前の師匠のビオレータが亡くなった場所というのが、クレアルラ王国との国境にある砦で。常時諍いが起こっている場所だ。相手が小国ということで、送り込まれる騎士や、兵士。傭兵の数は少なく、国境の砦の中でも環境は劣悪な方だと言われている場所で。みんな心も荒んでいるのかもしれない。葬式はもちろん、墓を作るような心の余裕も持てないらしく、ビオレータの遺体は鳥葬したそうだ」
「そっかぁ……」
想定していた以上にビオレータが大変な環境に身を置いていたらしいことにも、葬送に関しても適当に行われていたことにショックを受けていないわけではないが、昨日のフォルトゥーナの説明や表情。それに、態度などからある程度の覚悟は既にできていたことで、表情を崩すことなく、アスピスは小さく頷く。
エルンストは、それを見て、苦笑を浮かべる。
「祈る場が欲しいのなら、庭の片隅に思い出の品でも埋め墓をつくるといい」
気休めだがな。と、言外でいいながら、エルンストにとっては最上級の親切心というところなのだろう。「それじゃあ、俺も準備してくる」と言いながら、アスピスの頭を軽く二度ほどポンポンと叩くと、二階へ上がって行った。
「また、子ども扱いして!」
ふん。と言いつつ、機嫌の方は口調ほどには悪くない。
そして、手近な椅子を引き、そこへ腰を落とすとみんなが準備を終え下りて来るのを、足を揺らしながら待っていた。
目的となる、アスピスの足とする予定の魔狼がいる森へ到着するには、まず、森の入り口すぐにあるタソックという村へ向かうことになるらしい。
歩けば4日くらいかかるそうだが、下アトラエスタにある王国同士を結ぶ赤道と呼ばれる赤いレンガで築かれた補装された道を利用する形で馬車を走らせると1日半くらいで到着する計算となるそうだ。
そのことを、地図を指さしつつ、説明してくれる。
そして、これで行商人などが護衛の依頼でも出していたなら、その依頼を引き受ける形で、それに便乗するところなのだが。期待を込めてギルドに寄ってみたものの、そう都合の良い依頼があるはずもなく、アスピスの足のこともあり、エルンストとレイスとカロエが話し合い、森の探索中はお金を払って村で預かってもらえばいいという話しでまとまり、馬車と馬をレンタルして、タソック村へ向かうことにしたらしい。
そのため、レイスが先にレンタル屋へ向かい、馬車と馬を手配してくれることになった。
「ちょうどいいサイズの馬車があればいいのですが」
「その辺は任せる。二頭引きの方がいいかもな」
「わかりました」
馬車のレンタルは初めてのことらしく、どんなものだろうかとエルンストと言葉を数度交わしたことで、頭の中でおおよその算段がついたレイスは「それじゃあ、行ってきます」と足早に城下町の出入り口の方へ向かって行った。
その後を、そう間を置かずに、レイスを追う形で、アスピスの歩く速度に合わせて3人が歩いて行く。
そして、レイスが向かったレンタル屋へ着くころには、レイスは屋根付きの荷馬車と二頭の馬を借り終えていた。
中には、まるで予測していたかのように、アイテムボックスから出したというクッションが荷馬車の中に数個転がされている。
話をよくよく聞けば、レンタル屋などを使って馬車を借りたことがないだけで、アスピスを除く3人は、騎士学校で馬車の操縦を習っていたらしく、途中休憩を入れはするが、2頭引きということもあるし、赤道は馬が走りやすく治安もいいということで、夜も馬車を走らせれば1日でタソック村に到着するだろうと目算の上、3人が交代で馬車を走らせることとなった。
それなりの休憩は入れたけれども、夜通し馬を走らせたことで、馬の疲労は少し強めではあったが、昼前に第一の目的となるタソック村に到着をした。
これから村の入り口から伸びる村の中央に築かれた大き目の通路を通って、村の最奥にある森へ、探索へ出かけるので、馬たちはその間休んでいればいずれ回復するだろう程度の疲労具合だったので、問題は特になく、村に入って少し歩いたところにある、側に動物小屋が設置されている宿屋へ、エルンストが入って行った。
ほどなくして、宿の主人と思われる人を引き連れ、エルンストが宿の中から出て来た。
「前金で3日分。馬の世話や荷馬車の預かり分も加えて金貨2枚。日数は未定だが、そうはかからない予定だ。足りない分がでた場合は、戻って来た際に払う。それでどうだ?」
「はぁ、かまいませんが。あの森に入るんで?」
エルンストの提示に、異論はないと頷くと。馬たちを休める場所へ案内しながら、宿の主人は表情を曇らせ聞いてきた。
動物小屋の一角に二頭の馬を入れると、中にある餌場へ干し草を入れ、その脇に水の入ったバケツをふたつ並べると、入り口の戸を閉めた宿屋の主が、言葉を続ける。
「最近、黄色く巨大な魔物が出るという噂があるんですよ」
「黄色? 珍しいな」
エルンストは、おそらく頭の中で、知識をフル回転しているのだろう。思い当たる魔物の数が少ないからか、思いついたのがこの森にいそうにない魔物だったからなのか、意外そうな様子で呟いた。
「まぁ、大丈夫だろう。そう奥へはいかずに済むはずだしな」
口では適当なことを言っているが、実際は、腕に自信があるからなのだろう。しかも、同じ六剣士のレイスもいるし、カロエだってそれなりの経験を積んでいるようだから2人と並んで戦えるくらいの技術はありそうである。
エルンストの台詞に、レイスもカロエもけろりとした様子で、大きく頷く。
しかも、さすが冒険慣れしているだけあって、着ている装備も、3人ともいかにもお金を掛けていますといった感じのものである。
急ごしらえのアスピスとは、心構えも準備も手腕も全然違うということなのだろう。
「じゃあ、そういうことで。馬と荷馬車のことは頼んだぞ」
「はい。では、お気をつけて行って来てください。お戻りお待ちしております」
宿屋の主人としては、忠告はちゃんとしたぞというところなのだろう。それなのに、迷いも見せずに森へと入って行く愚か者を見送るような眼で4人を見つめながら、うやうやしく頭を下げて、村の奥の方にある村と森が面している場所へと向かって行く4人が見えなくなるまで見送ってくれた。
そんな宿屋の主人の視線が鬱陶しかったのか、最初はアスピスの歩みに合わせて歩いていた3人であったが、数メートル歩いたところで我慢の限界が来たらしいエルンストが、アスピスのことを両手で抱き上げ、左手の腕の上にアスピスの腰を安定させると、スタスタと速足で歩き始めた。
「ちょっ……、エルンスト。重たいでしょ?」
「アイテムボックスをまだ手に入れられないでいた頃、バックパックに用具を全部積み込み背負って冒険していたときのことを思えば、お前を担ぐくらい楽なもんだ。バックパックより全然軽いからな」
「あー。あれ、重かったよなぁ」
アイテムボックスを使い始めてしまったら、もう元には戻れない。そんな口調で、カロエがしみじみ呟き洩らす。
「それに、魔物を何頭も倒したところで、持って帰るなんてできなかったから。その場で捌いて、持ち帰るのは、魔物のコアと魔物から取れる高そうなアイテムだけに絞ってたしなぁ」
今は、倒せば倒しただけ魔物をそのまま持って帰ることができるから、便利で有益になったものだとカロエはしみじみしてみせる。
そんなカロエへ、レイスは肩をすくませた。
「そう思うんでしたら、六剣士になるなり、大冒険を達成するなりして、アイテムボックス代を早めに返してくださいね」
「うわー、それ言っちゃう? たった2人の兄弟じゃんか」
どうやら、レイスに借金して、アイテムボックスを手に入れたようである。
エルンストやルーキス、フォルトゥーナ。それにシェリス。この4人のおかげで、カロエやレイスは成人する前からギルドに登録でき、騎士学校へ通っているときも休みの日などを利用して、依頼を受けて冒険に連れて行ってもらい、強い仲間のおかげで死ぬような目に遭うことなくそれらを成功させてこれたらしい。既に六剣士になっているレイスは別にしても、同年代の冒険者に比べたらだが、カロエも既に成功者の域に到達しているそうで、お金も装備もアイテムも平均以上のものを持っているようだ。
けれども。それでも、本格的な冒険者になれたのは学校を卒業したつい最近のことだし、冒険者全体から見たら未だまだ駆け出しであるカロエは、自力でアイテムボックスを買えるまでには至ってないようであった。
そんなアイテムボックスをふたつももらってしまったアスピスは、内心冷や汗をかいてしまう。
おそらく、六聖人の給料がもらえていたので、自力で買うことができるくらいにはお金があるとは思うのだけれども。
いずれにせよ、今さら、アイテムボックスの件をぶり返させる訳にもいかず。レイスには心で感謝しておくことにする。
そして、レイスとカロエがくだらないことを話している内に、森の中へと突入したらしい、気づいたら周囲の風景が一変していた。
上を見れば、重たく茂る木々の葉が重なり合い、そこからかかる重圧感が、アスピスにもかかっているのではないかと思えてくる。
「ねー、エルンスト。本当に大丈夫? 重いでしょ……」
「だから、問題ないって言っただろ。軽すぎるくらいだ。それに、利き手は自由にしてあるしな」
そう言いながら、右手をアスピスに強調してみせる。
「なら、よくもないような気はするけど。まぁ、いいんだけどさ」
複雑な乙女心、というべきか。それとも、冒険者としてあるべき姿から程遠いことに、抵抗があるというべきか。
言いたいことは山ほどありそうだが、機動力を考えると、現状が最良のようにも思えてしまい、アスピスは諦め気分で口を閉じる。
そんなアスピスの心情に思い至ることをしていないらしい3人は、てんでに口を開いてみせた。
「そういや、魔狼って夜行性じゃなかったっけ?」
「騎士学校で学んだはずですよ。疑問形にしてどうするんです」
思わず、ちゃんと断言しなさいと言外で告げるレイスの説教に、カロエは「うへー」と舌を出す。
そんなカロエを受け流すよう、レイスは意識をエルンストに向ける。
「でも、夜行性となると昼間の遭遇は可能性が限りなく低いですね」
「あぁ、適当なところで野営を組もうと思う」
エルンストの中には既に策が組まれているのか、あっさりとした口調で、レイスの台詞に応じてみせた。
「そこに、アスピスに防御結界を組んでもらって、安全圏内にいてもらうつもりだ」
「貴石の使える結界棒、持ってきてますよ。そっちの方がいいんじゃないですか?」
「いや。こいつほとんど。つーか、全然ってくらい精霊術使ったことなさそうだから、少し練習させねーと」
「うっ……」
エルンストの指摘は、実はとても正しいものである。ビオレータの元で数回結界を張ったり、結界の中に雨を降らせたりしたことがあるくらいで、精霊術を使ったことがない状態に限りなく近かったりするのだ。六聖人(赤)の座に就いていながら、お恥ずかしい話なのだけれども。
そう思い、言葉を詰まらせたアスピスの反応に、ほらやっぱりとばかりにエルンストがアスピスを抱いた状態のまま、器用に肩をすくませる。
「これまで、使い魔のマナ貯蔵庫か。眠っている内に勝手に精霊術が働き精霊にマナを与えて色を付け、それぞれの結界棒に送り分けていた、精霊術のマナ貯蔵庫か。だったからな」
「意識して、精霊術を使ったことがない……と」
レイスも納得したように、なるほどとばかりに呟いた。
「なら、練習が必要ですね」
「でもよー。その間に、エルンストやレイスは魔狼を狩り弱らせに行くんだろ? 魔物と契約するには、魔物が弱った状態じゃねーと基本契約できねーはずだから」
「そのための、お前だろ。精霊使いとしての素質だけで言うなら、現在のイシャラル王国内ではアスピスが最上位だ。防御結界さえ張れれば、なんら問題はない。だから、成功するまでの間、カロエが守ればいいだけのことだ」
「いやいやいやいや。なんか、黄色い魔物が出るとか出ないとか言ってたじゃん、宿屋の親父が。さすがにそんなのが出てきたら、オレじゃ無理!」
「無理かどうかは、やってみてから言え」
「エルンストは、やれると思っているから言っているんですから。もっと自信をもっていいはずですよ、カロエ。そもそも、普段は過剰なほど自信満々なのに」
「や。だって、アスピスがいるんだぞ。オレだけだったらなんとでもするけど」
焦る感じで言葉を重ねるカロエへ、レイスは静かに呟いた。
「命に代えても守るんでしょ、アスピスのことを。そう約束して、アスピスの使い魔になったんじゃないですか。俺たちは」
淡々と、当時を思い出すように紡ぎ出されたレイスの言葉に、ハッとするようにカロエが瞳を見開いた。
「だな。うん。まかせておけ! 必ずアスピスのことは守り抜いてみせるから」
不意に表情を男のものに変え、自信に満ちた物言いをしてみせるカロエへ、エルンストは小さく笑う。
「最初から、そう言え」
会話の中から見えてくる、3人がそれぞれに互いに対して持っている、信頼感。
10年前にはなかったものである。10年前は、カロエもレイスも、アスピスを苦しめる対象として、エルンストやルーキスのことを恨み嫌っていた。
(見た目も、だけど。中身も本当に変わってしまっているんだな)
これまでにも、みんなの会話などから分かっていたことだが。改めて実感させられたという気分になる。
同時にアスピスの中に顔を出す、虚無感。なぜだかとてもさびしいと感じてしまう。
けれども、そんなこと口にできるわけもなく、アスピスは笑顔を作り出すと、カロエに向けて話しかけていた。
「期待してるよ、カロエ。よろしくね」
「おうよ!」
アスピスの台詞に、カロエは力強く答え、機嫌よさそうに歩みを早める。
その後を、レイスと、アスピスを抱えたエルンストが追いかける形でついて行った。
「この辺がいいか」
生い茂る木々の合間にできた、少し広めの空間。
4人が同時に横たわったとしても問題ないくらいの空間が広がった場所を見つけたことで、ちょうどよさそうだと結論付けたようである。
エルンストがアスピスを地面にゆっくりと戻してくれた。
「エルンスト、重たかったでしょ。ありがとう」
「だから、軽すぎるくらいだったっつってんだろ。てゆーか、夜までまだ時間あるから、飯食って、休憩に入るぞ」
「そうだね。夜が本番だからね」
アスピスの台詞を聞き流すよう、エルンストは話を切り替えると、それに倣うようレイスもエルンストの意見に同意する。
「ちょっと待って、アイテムボックスに肉とチーズとパンがしまってあるから」
「あー、じゃあ。オレはちょっと周辺を探索するついでに、食えそうな草根とか果実とか。薪に使えそうな落ちてる枝とか探してくっから」
「そうだな。俺も一緒に行こう」
アイテムボックスを開いて、事前に告げた食材を取り出している最中のレイスに向け、カロエとエルンストがこの場を離れる旨を伝えた。
「うん。わかったよ。いってらっしゃい」
「あたしは?」
「アスピスは、俺と一緒にここで待機して、結界を張る練習でもしていようか」
2人に返事しながら、食品のほかに鍋や串や包丁にまな板、それに調味料なども一緒に取り出したレイスは、アスピスの疑問に対してにこりとほほ笑む。
「アスピスの六芒星は、素地陣? それとも右目?」
「一応両方あるけど、素地陣の方がいいかな」
「じゃあ、それで練習してみようか」
ちょっぴり悩み答えを出したアスピスを、促すように、レイスは優しく声をかけていく。そして、アスピスの傍らに腰を落とすと、そっと両腕を伸ばしてきて、それぞれの手でアスピスの手首をやんわり握った。
「どっちが上だっけ?」
「えっと、右の手のひらを下にして。右手の甲の上に重ねるように、左手の手のひらを載せるの」
「うん」
こう? と、確認を取るように、レイスはアスピスが説明する通りに手を重ねさせる。
「それで?」
「後は、結界を張りたい場所に魔法陣を敷けるよう、六芒星の位置と大きさを目視で決めるの。二つの三角形が重なり合った、六角形の部位が結界となって現れるんだって」
以前、ビオレータから聞いたことを、自身で確認するようにしながら言葉を重ね、休憩所を取り囲むように結界が張れるよう、目測で六芒星を敷くべき位置を探し出す。そして、ここだと思ったところで、アスピスは自身の中にあるマナを糸のように細く長く引き出すようにして、六角形の周囲を編み固めていった。
同時に、六角形が淡い光を放ちだす。
けれどもその光は、精霊使いのアスピスにしか見えないようで、レイスはアスピスがなにかしているらしいことを感じ取ることで、黙って見守っていた。
「この周辺が、結界で囲まれたよ」
「成功したんですね」
「うん」
ゆっくりとアスピスの手首を開放しながら、嬉しそうに笑うレイスに、アスピスは大きく頷く。
「って言っても、マナのおかげで丈夫ではあると思うんだけど、もっと上手に密に厚くマナを編み込まないと、上質な結界には程遠いけどね」
「最初から、なにもかも巧くなんていかないさ」
荒い編み目をした結界に嘆息するアスピスへ、あっさりとした口調でレイスが応じる。
「さて、初の結界も成功できたことだし。食事の下ごしらえをしておかないとね」
そう言うと、胡坐をかきその上にまな板を載せると、レイスは包丁を手にして肉を一口大に切り始めた。
「うわっ。ってぇ……」
「えっ? なんだこれは」
2人揃って両手に小枝を抱え込みながら、野営場所となっている、中央付近で食事の用意をしているレイスとアスピスがいる場所へ近づこうとして、行く手をなにかに阻まれる。
カロエやエルンストには、なにやら壁のようなものが立ちはだかっているように感じられたようであった。
「おい! アスピス、もしかして成功したのか?」
「あ! うん。2人ともお帰りなさい」
ゆっくり立ち上がり、エルンストの問いに応じながら、2人が立つ方へアスピスが近づいて行く。
「未だ、全然だけどね。マナのおかげで強度はあるけど、目が粗くて、結界に慣れた人だと、すぐに解除できちゃうと思うな」
「そうか。練習しないとだな」
「うん」
おめでとう。と、言外で告げてくるエルンストに、体裁悪げな笑みを返すアスピスだったが、その傍らのカロエが「オレたちを中にいれてくれ」と結界の解除を要求してきたことで、アスピスは我に返るように慌てて結界を解除した。
「カロエ、ごめんなさい。つい嬉しくて、そのままにしちゃってたんだ」
「いや。結界の成功自体はめでたいし」
ようやく野営地に入り込めるようになったことで、中央脇に拾い集めた焚火用の枝を置きながら、カロエは気にしなくていいからと笑いながら言ってくれた。
「にしても、兄貴って存外油断ならねーよな」
「失礼なこと言わないでくれるかな」
「だって、先導したのってレイスだろ」
それくらい分かってるんだと、カロエは肩をすくませる。
「どうせこの後、アスピスとふたりきりになれるんだし、結界を張るの、オレとが初めてだったらよかったのに」
先を越された。と、ちょっぴり悔しそうに歯噛みする。
その脇で、カロエが枝を置いた同じ個所に、エルンストも枝を置くと、カロエの頭を軽く叩く。
「馬鹿なこと言ってねーで、もいできた草根を出せよ。スープに使うんだから」
「へーい」
エルンストに言われるまま、素直に従うように、開いたアイテムボックスから緑色の葉が数種類と、根菜と思われる塊が数個入ったカゴをバケツと一緒に取り出した。
バケツの中には、小型のピッチャーが入れられている。
「ほら、これ。おみやげ」
「あぁ。いいもの見つけて来たじゃないか」
中身の詰まったカゴをレイスに見せるように差し出すと、レイスは感心したような声を上げる。
「今日のスープは香りもよくなるし、豪勢になるな」
「さすが、オレって感じ?」
「半分は、俺がみつけたんだけどな」
すべてを自分の手柄にしようとしたカロエへ、そうはいくかとエルンストが横槍を入れる。
「てゆーか。俺は食後のデザートの果実も見つけたし。俺の勝ちだな」
いつから勝負になっていたのか、ひとり勝ち誇るエルンストへ、カロエが悔しそうにゲシゲシとエルンストの足をける真似をする。
(いい大人が、なにをしてんだか……)
やっていることは、子供の時と変わらないのでは? と、食事作りをひとりコツコツと進めるレイスの脇で行われる、エルンストとカロエのやり取りを耳にしながら、アスピスは空を見上げた。
その脇では、家では滅多にやらないのに。いつの間にか食事の準備の手伝いを始めたらしいカロエが、持ち手の下の方にあるスロットに水の精霊が入れられている法陣カプセルをスロットに差し込んでいるのだろう、小型のピッチャーから流れ出る水を、バケツの中に注ぎ込み。取って来た草や根菜を洗い始めていた。
生い茂る木々の葉の間から覗ける太陽の光は、未だ未だ強く。若干傾きかけてはいたものの、暗闇に染まるまでには、それなりの時間がかかりそうであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




