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第77話(ユークの森へ10/帰還2)

[七十七]


 お昼の小休憩のときに、出された食べ物をもそもそ食べていたら、徐々に目が覚めて来た。

(また、やっちゃった……)

 エルンストの腕の中は、アスピスにとって居心地のいい安心の出来る場所のようだ。

 しかしだからと、人前で、その姿を晒すのは問題があると思うのである。だから、エルンストももう少し対応を考えて欲しいと思ってしまう。

 そして、恥ずかしさにうつ向いていたら、エルンストが顎を捕らえて上を向かせた。

 真正面から見つめられ、なにが起こったのかと思っていたら、エルンストが笑みを零す。

「また寝始めたのかと思っちまっただろ」

「……」

 告げられてきたデリカシーのかけらもないエルンストの台詞に、アスピスはふるふると握りしめた拳を振るわせてしまう。

 それを見ていたフォルトゥーナが、さすがにアスピスが気の毒に思えたのかもしれない。助け舟を出すように、口を開いた。

「アスピスは未だ12歳とはいえ、もう年頃なのよ。もうちょっと行動に気を付けてあげるべきよ」

「行動に気を付けろって言われても、大したことしてねぇだろ」

 無自覚ほど恐ろしいというが、本当にそうだと思ってしまう。

 フォルトゥーナも、肩をすくませ諦めてしまったようである。

 そして、アスピスのお腹がいっぱいになったところで、昼の短い休憩は終わり、ルーキスの御者で再び馬車を走らせ始めた。

「眠いんなら、寄りかかってていいぞ? それとも、抱いた方がいいか?」

 後ろの馬車に乗っていたら、エルンストが真顔で言ってきた。

 寄りかかる、という部分までは良しとしよう。しかし、抱いた方がいいか? とはどういう意味だろうかと、アスピスは訊きたくなってきてしまう。

 見張り番をしているはずのエルンストに抱かれた状態で寝入っている姿をみんなに見られた最初のとき、もう小さな子供ではないのだから、アスピスがどれだけ恥ずかしかったか。エルンストには伝わっていないのだろうか。

「エルンスト、あのね……」

「ん?」

 一言いっておこうと、決意を固めたのだが、甘ったるい声と和らかく揺れる瞳で対応されてしまい、アスピスはエルンストの腿の上に撃沈してしまった。

(なんて声を出してくれちゃうかな。しかも、あんな顔して見つめてくるなんて……)

 これまで無かった対応である。

 これから恋愛小説を読むとき、囁きかけられる甘い声とか、見つめてくる優しい瞳とかいう表現などを見る度に思い出しそうである。

「おい、どうしたよ?」

「なんでもないです」

 あたしが悪うございました。という気分で白旗を掲げ、アスピスはそのまましばらくエルンストの腿を借りることにする。

「それじゃ、寝にくくねぇのか?」

「寝たい訳じゃないから、気にしないで」

「まぁ、お前がそう言うなら、かまわねぇけど」

 納得できないといった感じで対応しつつも、アスピスの返事がはっきりしたものでないため、それ以上の追及を諦めたようである。

 その代わり、アスピスの頭を撫で始めてしまった。

(この辺は、まぁ、これまでにもなかったわけでもないし……)

 妥協して甘受しておこうと、黙ってエルンストの好きにさせておくことにした。



 帰りは、アネモスも長期間森に入っていたことで疲れているだろうと、無理をさせるのを避ける意味も含めて、町に泊ることは諦め、野営で過ごすことにしていた。

 そのため、行きよりは時間はかかったが、アスピスが防御結界を野営地の周辺に張ってすごしたので、見張りも形ばかりで済み。更には最初に一日半も馬車を走らせると、赤道へ出られたので、馬車の動きも安定し、護衛面も随分楽になったことで、いざというとき前戦に立つ3人は精神的にも楽になったようである。

 御者をカロエに任せて、馬車の中で3人がくつろいでいることもあった。

 そして、最後の1日は夜中まで走り通して、その日の内に王都へ着くことを優先させることで話がまとまり、復路での6回目の野営となる、野営の最後の日を迎えることになった。

 赤道から少しずれたところにある、手頃な木の下で野営地を築き、アスピスがその周囲に防御結界を張ったことで、安らかな夜を保証されていた。それでも、ルーキスとエルンストとレイスは見張りを止めることはしなかったのだが。

 万が一があるということらしい。

 ただ、アスピスだけでなく、フォルトゥーナやカロエも見張りはせずに寝てくれて構わないと言っていた。

「とにかく、今日はちょっと豪勢に、メインはステーキに。ソースはオニオンソースにしてみました。スープもキャベツとソーセージと卵の野菜スープです。サラダは、アボカドとトマトのサラダにしておきました。パンはいつものですけどね」

 夕食に集まったみんなに、ちょっと自慢気に告げたレイスに、みんながワッと盛り上がる。

「どうしちゃったの、今日は」

「今回は、アスピスにとってはかなりの長旅でしたからね。最終日のお祝いと思って、頑張ってみました」

 アスピスと手分けして、プレートにメインの肉とサラダとパンを乗せ。スープ皿にスープをよそって、お茶をいれたカップや、フォークやスプーンナイフと共にトレイに乗せて、みんなに配っていく。

そして最後に、レイスとアスピスの分を用意すると、それぞれ適当な場所に腰を落とす。

 基本、木の根がイスとなる。木の根が足りない時は、キャンプ用の小さな椅子を取り出して使う場合もあったりする。

 でも今日は、木の根が良く張っているので、みんなが木の根をイスにすることができていた。

 みんなが気を遣ってくれた結果か、エルンストの傍らの空いている空間に、アスピスはトレイを手に移動していくと、エルンストがアスピスからトレイを取り上げ、先ずは座るように視線で促される。

 転んだりして、トレイを落とさないための気遣いなのだろうが、もうちょっと優しくできないものだろうか。と、アスピスは思ってしまった瞬間、即時に考えを改める。下手にエルンストへ優しさを求めたりしたら、どんな表情を浮かべられ、どんな声で語り掛けてくるか想像つかなかったからである。

 それだったら、そっけない方がましだと思い直す。

 そして、木の根をイスに座ると、エルンストに「ありがとう」といって、トレイを返してもらった。

 中身は、アスピス用に、かなり少なめに盛られている。それでも、アスピスにしたら多いのだが、いくら優しいレイスが相手でも、これ以上は減らしてもらえないのだ。

 生まれてすぐから11歳まで、奴隷商人や盗賊団の元で育ってきたアスピスは、1日1食。固いパンと具がほとんど入っていないスープで過ごしてきたのである。それも、飼い主である奴隷商人や盗賊団の気分次第で、食事を抜かれたりすることも度々あり、それが普通の状態として育ってきたことで、同年代の子供に比べて、食べられる食事の量がかなり少なくなっていた。

 だから、食事を管理しているレイスなどは、少しでも食べられる量が増えるようにと考えてくれているようだが、なかなか思う通りにいかないというのが現実であった。

 それでも、一緒に生活を送るようになり、アスピスの好物が甘いものだと判明し。特に生クリームの乗ったものが好きなようだと分かったことで、少しでもアスピスに食べてもらえるようにと、レイスのみでなく、カロエやエルンスト。それにフォルトゥーナたちが、機会があるとそれらを手に入れてきてくれるようになっていた。

 それもこれも、どうやら、アスピスが12歳にしては小柄で軽すぎたかららしい。みんながそれで、めちゃくちゃ気を遣ってくれていたのだ。

 だから、アスピスもそれに応えて頑張って食べようとは思っているのだが、胃が付いていかないのである。

 みんなが次々と食べ終わっていく中、アスピスは半分くらい残す形で固まっていた。

「ったく。ほら、貸せ」

「ありがとう」

 エルンストが差し出してきた手にトレイを渡し、残りを食べてもらう。

 奴隷商人や盗賊団の元にいたとき、数日ご飯を抜かされた後、目の前でわざとパンやスープを床にこぼされたりしたことがあるため、食べ物の貴重性は十分理解していたので、すべてを食べることができず残してしまうのだが、同時に、それを捨てることには抵抗を覚えてしまうのである。

「お前、もうちょっと食べる努力をしろよ。細すぎなんだから」

「それなりに、頑張ってはいるんだよ」

「どこがだよ。つか、ほら、最後の一口」

 煮込まれたキャベツが入っている状態のスプーンを、差し出され、アスピスは硬直してしまう。

(それ食べたら、絶対に胃が悪くなる……)

 経験上、自分が口にできる量は把握しているのだ。更には、おそらく長年の粗食で消化能力も衰えているのだろう。

 そのため、本気で困っていたら、エルンストが諦めてくれた。それを自分の口に放り込むと、スプーンをトレイに戻して、アスピスの頭を軽く撫でた。

「まぁ、好物から進めてくのが一番か」

 ぼそりと呟き、洗い物をしているレイスの元へアスピスの食器を手渡すと、湧いているお湯を手に取り、エルンストはコーヒーを入れ始める。

 その脇で、洗った食器を拭いていたフォルトゥーナの隣へ移動すると、一緒に食器を拭き始める。

 片付けは、基本みんなで行うことになっていて、冒険ごとにメンバーが変わることから、自主的に行動を取るのでなにをするかは決まっておらず、その時その時で空いてることをやることになっている。

 ちなみに、カロエとルーキスは、エルンストに許可を出してもらいアイテムボックスから薪を取ってきて、小型の斧で薪を割っていた。

 そして、それぞれ片づけを済ませると、エルンストの入れたコーヒーを、みんながそれぞれ受け取っていく。アスピス用のみブラックではなく、砂糖とミルクが入っているので、みんなそれだけは間違えないように、気を付けていた。そして、アスピスもコーヒーを受け取ると、今日はすでにアネモスが寝ているところへ向かって行く。

 そこにはすでに防水シートが敷かれている上に、毛布も置かれていて、まるで早く寝ろと言われている気分になってくる。

(でも、この冒険も今日が最後なんだよね)

 とはいえ、明日は長い王都までの道のりがあるのだが。

 ルーキスも念願のSクラスになれたし、アスピスも希望であったAクラスになることができた、理想的な冒険だったといえる。さすがに1週間以上も森に籠っていたので、疲れがあるにはあるが。

 寝るのは、もうちょっと後にしたいと思ってしまう。

 そのため、膝に毛布を掛けた状態で、足を抱き込むように丸まっていたら、焚火の前でみんなと話していたはずのエルンストが、様子を見に来てしまった。

「どうした? 起きてるなら、みんなのところへ来ればいいだろ」

「うん。でも、アネモスがここにいるし」

「我は、1人で構わんのだが」

「え? うそ。1人じゃ寂しいでしょ?」

 想定外の台詞を聞いてしまい、アスピスは速攻でアネモスに聞き返す。

「マスターを警護するのも我の仕事。マスターが傍にいるなら、それを全うするだけのこと」

「って。それって、私がいない方がのんびりできるって意味?」

「我がマスターよ、その返事が本気で欲しいというのなら答えてやらんでもないが。聞かぬ方がいいのではないか?」

 のんびりとした口調の中、はふりと溜め息を含ませつつ、アネモスは応じてくる。

 瞬間、アスピスががっくりと頭を膝に押し付けた。背中には、同情によるエルンストの手が添えられる。

 そして、焚火の方からは、主にカロエが爆笑する声が聞こえてきた。どうやら、焚火の方にまでしっかり2人の会話が筒抜けだったようである。

「まぁ、そう言うことなら。こいつは貰っていくぞ。後で悔やんでも遅いからな」

 エルンストはそう言うと、アスピスを毛布ごと抱き上げて、焚火の方へと連れて行く。そして、焚火の前に行くと、根っこをイスに腰を落とし、アスピスを膝の上に乗せ、左手で背中を支えるようにして、アスピスを抱き込んでいた。

「アネモスも、言うなぁ」

「あら。でも、あれは本気じゃないと思うわ。あれで、かなりのマスタ―思いだから」

「だとしても、マスターには普通、あそこまでは言えねぇぞ」

 さすがアネモス。我が道を行く、SSランクの聖獣の使い魔だと、みんなが感心する中、フォルトゥーナが残念そうに呟いた。

「私の使い魔は、言うわよ。本を買い与えてあげているマスター相手に、容赦なく。本を読むのに邪魔だから出て行けって……」

「えっ……」

「俺がシェリスにそんなこと言ったら、あいつ全力でオレを倒しに来るぞ」

「やっぱ、フォルトゥーナのところの使い魔、ちょっと。いや、かなり変わり者だよな」

 カロエはあっさり言い切ると、ケラケラと笑い出す。

「否定はしないは。それに、みんなと違って鍛えてないから、召喚したところでどれだけ役に立ってくれることか。本ばかり読んでいるから、魔族なのに目が悪くて眼鏡をかけているし、魔族なのに力はないし、魔族なのに剣術も武術も身につけてないし」

「いや。魔族だからって、戦闘に特化した奴ばかりじゃないから、そういうのもありなんだろうけどよ。なんで、契約したんだ?」

 ルーキスが率直に質問したら、フォルトゥーナも率直に答えて来た。

「六聖人として活動するなら、使い魔のひとりもいないとって。シェーン様が……」

「そういや、レフンテと会ったのって、いつぶりだ?」

「そうですねぇ。1年以上は会っていない気がしますね。使い魔で集まろうって話が上がったとき、話を本人に持って行った際、本が読みたいからと断られたとき以来ですかね」

「ごめんなさい。みんな気遣ってくれているのに、あの子ったら本にしか興味が無くて」

 常ならば強気のフォルトゥーナが、恐縮したようにみんなに謝罪する。

「そういや、レフンテって、カロエと同じ年か」

「えぇ。18歳よ」

「ならいっそ、家から追い出して独立させて、ちょっと冒険者として働かせてみたらどうだ?」

「そんなことしたら、本屋に住み着いて、苦情が来ちゃうわ」

 真顔でフォルトゥーナが言い切ったことで、みんなに切実さが伝わって来る。

「同じ魔族として、すみません」

 レイスが思わず、耐えきれずに謝罪する。

 そんな中、アスピスがレフンテに興味を示す。

「ねぇ、レフンテって人見知りなの?」

「人見知りというより、面倒臭がりね。人に合っている時間があったら、本を読みたいって感じかしら」

「ちょっと会ってみたいな」

「それは、お勧めしないわ。アスピスの使い魔は優秀だから、使い魔ってこういうものだと思っているでしょうけど。そうじゃない子もいるって知っちゃうわよ。本当に残念感たっぷりだから。髪だって、私が切らないとそのまま伸ばし放題だし。お風呂だって、無理矢理連れて行かないと、平気で入らないし。食事も保存食とピッチャーとカップを用意しておけば、それで何日でも乗り切るし」

 真顔でアスピスを止めようとするフォルトゥーナが、家で同居というよりも飼っているというレフンテに、アスピスは深い興味を持ってしまった。しかし、会わしてもらうのは、とても難しそうだとも分かってしまう。

 そもそも、本人が会ってくれない可能性が高そうだ。

「使い魔も、色々といるんだね」

「いや。レフンテが変わり種で、普通はもっとマスター重視な思考をしているもんだぞ」

 アスピスの呟きに、エルンストがあっさりと否定する。

「つっても、普通は1人か多くて2人持つのがやっとの使い魔を、アスピスは4人抱えてたからな。ルーキスがシェリスの使い魔になっても、こうして付き合いを持っているし、フォルトゥーナの使い魔と交流してみようと考えたりするが、本来、使い魔同士が交流することは無いからな。使い魔が魔獣だけって奴もいる訳だし。そういう意味からすると、俺たちも変わり者なのかもしれないな」

「ふーん。そんなもんなんだ」

 そう言う考え方からすると、アスピスがフォルトゥーナの使い魔に会いたいと思うのも、例外的行為なのかもしれない。

 そんなことを考えながら話を聞いていたら、睡魔がゆっくり下りてくるのが分かった。

「って。お前、眠くなってんだろ」

「うん」

「ったく」

「あらいいじゃない、そのまま寝かせてあげれば。今日はこの冒険で、最後の夜なんだし」

 話題が逸れたことで、強気に笑うフォルトゥーナへ、エルンストは複雑そうな表情を浮かべる。

 抱いているのは決して嫌な訳でもないし、重い訳でもないので、苦ではない。だが、後でアスピスに拗ねられたりした場合厄介だと思ってしまうのである。

「アネモスに渡して来る」

「あら、可愛い寝顔を見ていられたのに。残念だわ」

「拗ねられて、明日の出発が遅れる方が面倒だ」

 エルンストはそう言うと、アネモスが横になっているところへアスピスを連れて行くと、アネモスに寄りかからせるようにしてアスピスを横たわらせたのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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