第76話(ユークの森へ9/休息/帰還1)
[七十六]
宿屋に入り、借りていた部屋に戻ると、みんなで均等に報酬を分けていく。貧乏であったカロエも、前回のクラスをアップするための魔物退治と、今回の依頼達成と魔物退治で、かなり裕福になったようである。とてもホクホクしていた。
「それじゃあ、お先に悪いけど。お風呂借りるわね」
フォルトゥーナは分けてもらった賞金を受け取るとすぐに、お風呂に向かって歩き出す。
1週間以上お風呂に入っていなかったので、少しでも早く入りたいのだろう。アスピスも次に入らせてもらおうと、装備を脱ぎかけて腕を止める。
エルンストとの交換条件を思い出してしまったのだ。下着姿でうろつかないと。
(くぅ)
恋愛小説を読むためとはいえ、こんなところで引っかかるとは。と、アスピスはちょっと悔しくなる。仕方ないので、布団にベッドカバーを掛けた状態の上に腰を下ろして、じっと待つことにした。
いっそ、衝い立ての向こうで『洗浄』と『乾燥』でもやろうかと思ってしまうが、お風呂の方が断然に気持ちがいいのである。これは奥の手である。
やることのない中、なんとなく待っていたら、フォルトゥーナがお風呂から出てきた。
「次、あたし入っていい?」
「好きにしろ」
「あー。その次オレな」
エルンストが許可を下ろすと共に、カロエが予約を入れて来る。
部屋風呂は人数が少なければ便利だが、人数が多いと大変だと実感する。
「じゃあ、入って来るね」
いそいそと装備を身に着けたまま脱衣所へ入って行ったアスピスを見て、フォルトゥーナが不思議そうに呟いた。
「いままであれほど、年頃なんだから下着姿は止めなさいって言っても、全然効果なかったのに。どうしたのかしら?」
「そうなんですよ。家でも、下着姿で歩き回らなくなって。年を考えれば、とてもいいことなのですが、不思議で」
レイスも疑問に思っていたようである。
そして、そこでエルンストが笑い始めた。
(脱衣所に筒抜けだっつーの)
アスピスは、ちくしょうと思いながら、次々とアイテムボックスに装備品を入れていく。
それに合わせた訳ではないだろうが、エルンストが2人に事のあらましを教えてしまう。
「恋愛小説を読むのと、交換条件にしたら、覿面に効果があっただけだ」
「あら、そうだったの。でも、よく許可出したわね」
「正直、これまでのアスピスの行動から、守るのは無理だと思ったんだよ。どうせすぐ破ると踏んで、交換条件を出したんだけどよ、よほど小説を読みたいらしいな」
「でも、とにかくそういうことでしたら納得です。それに、もう12歳ですからね、下着姿で歩き回る年齢ではありませんから。特に、男しかいない家でなんて。小説のためとはいえ、いいことじゃないですか」
エルンストの目論見を耳に、新たに、絶対にこの交換条件は守り抜いてやると思いながら、アスピスは風呂場に向かう。
そして、体を軽く洗い、お湯につかると、一息つく。その後もう一度体をちゃんと洗い、頭を洗って、タオルで頭をまとめると、再びお湯につかって疲れを取り、お湯を体に掛けてから、右目で結界を築き、体と髪の水分を取り除くよう条件を付け、「乾燥」と唱えると、体も髪もきれいに乾く。
そして、そのまま脱衣所に出ると下着を身に着け、膝丈のワンピースを着ると、脱衣所から出て行った。
それと引き換えに、宣言通り、カロエがパンツ一枚で脱衣所へ飛び込んで行ったのだった。
みんながお風呂に入り終えるころになると、陽が傾き始めていた。
「食事にでも行くか。ギルド運営の食堂があっただろ」
「エルンストらしい選択だなぁ」
「ギルド運営の食堂でも、各地の名産品とかあるだろ。共通の飯も多いけどよ」
ルーキスの台詞に、エルンストが言い訳がましく告げると、カロエがどこでもいいから飯~! と騒ぎ出す。お腹が空いてきたらしい。そのため結局はお手軽なギルド運営の食堂へ行くことになった。
そのため外出の準備を済ませると、みんなで揃って冒険者ギルド直営の食堂へ向かい、到着すると迷わず入って行く。
中は冒険者装備の者が大半を占めていたが、冒険を終えたのか、それともこれから冒険をするのか、普通の服を着ている者もいたが、体格的に冒険者であることが伝わって来る感じであった。
筋肉はそれなりについてはいるが、隆々ということはなく、服を着てしまえば一見ごく普通の体形に見えるエルンストやルーキスなども、見ただけで冒険者だと分かるのだろうか? などと、アスピスは思ってしまった。
「アスピス、こっちこっち」
「あ、うん」
余計なことを考えていたので、うっかりみんなに取り残されるところであった。空いている六人席を見つけたらしいみんながすでに座っている中、アスピスも慌てて腰を落とす。
「なぁ、ここのおすすめってなんだ?」
「白米の塩にぎりと、大豆を発行させて作ったみそスープと、鶏のから揚げらしいぞ」
席の中央に置かれたメニュー表を見ながら、エルンストがルーキスの疑問に応じる。
「それ以外にはなにがあるんだ?」
ルーキスは興味津々に問いかけつつ、エルンストの手元を覗きこむ。
「あとは、エール5本に、オレンジジュース1つか。それと、枝豆に、ステーキ3枚に野菜サラダかな」
ギルドは基本、おかずはみんなで突き合う系となっている。そのため、テーブルの中央に常時取り皿が置かれていた。そのついでか、フォークやスプーンやナイフも一緒に置かれていたりする。そして、それらが少なくなると補充されるようである。
「おにいさーん、お願い。注文きまったから」
ルーキスは手慣れた感じで店員を呼ぶと、決まったメニューを告げ、相手の確認に耳を傾け了承すると、店員が去って行った。
「さー。あとは待つだけってね。ここは来るの早いから、すぐだぜ」
良かったな、カロエ。と、ここの食堂に決まった原因のカロエに向けて、ルーキスは笑みを浮かべる。
予定では、もう1回くらい森へ潜っているようかと思ったのだが、アスピスの無尽蔵な結界攻撃のおかげもあって、クラスアップすることに成功し、明日には帰れることになったのである。
つまりこれが、この町の最後の晩餐となるのだ。
それを思うと、ルーキスとしてはもっと違った食堂へ入ってみたかったようなのだ。その辺は個々のこだわりみたいなものだろう
そんなことを思っている内に、みんなの前にそれぞれ3つの塩結びが載せられた皿と、ミソスープの入った皿やエールが入った大きなジョッキが置かれ、アスピスの前にも大き目のグラスに入れられたオレンジジュースが置かれていく。そして、テーブルの中央付近に山と盛られた鶏のから揚げや、適当な大きさに切られた巨大なステーキが乗った皿が3枚、それから枝豆が山と入っているボール皿や野菜サラダが山と入ったボール皿が並べられていく。
その脇で、エルンストが中央へ手を伸ばして、アスピスやみんなに取り皿やフォークやスプーンを配っていく。
「ほら、取り皿とフォークとスプーンだ。ナイフもいるか?」
「今はいいよ。ありがとう」
「自分で取れそうか?」
「それより、目の前のものが多すぎて、他に手が伸びないよ」
「塩むすびは、ひとつにして、他の奴に渡せばいいさ。カロエ辺りが喜んで食ってくれるぞ」
エルンストはそう言うと、即座に実行するように、自分にひとつ。カロエにひとつ、アスピスの塩むすびを勝手に移動させると、アスピスに渡した取り皿へ、適当におかずを乗せて渡してきた。
満腹になったと、満足げに帰路につくカロエは、やっぱり幸せ者なのだろう。
今日は後は寝るだけで、冒険者ギルドにて依頼書を達成させた現在、ここに残る理由もなくなったので、明日には帰路につくのだ。
「あ、ちょっと食材を買い足してきますね。みんなは帰っていてください」
「だったら、私も付き合うわ。私もほしいものがあるの」
そう言って、大通りを歩く中、レイスとフォルトゥーナが目的の店を探しに分かれて行った。それを見送り、他の4人で宿屋に戻ると、それぞれのベッドに別れて、好きなように寛ぎ始める。
アスピスのベッドの脇に寝ているアネモスも、事前にレイスから食事をもらっていたので、満足げに寝ていた。
それを見下ろし、しばらく頭を撫でさすった後、アイテムボックスから小説を取り出す。そして、続きの部分からゆっくりと読み始めた。
それが失敗の元であった。
軽く読むだけのつもりだったのだが、うっかり夢中になってしまったようである、エルンストに声を掛けられ、慌てて周囲を見回すと、窓の外は真っ暗で、レイスもフォルトゥーナも既に帰宅していて、みんなそれぞれ寝る支度に入っていた。
アスピスとしては、いつもなら、もう寝ている時間みたいである。
「うっかりしていた。お前もさっさと寝ろ」
「うん」
急いで本を閉じてアイテムボックスにしまうと、アスピスは布団の中に潜っていく。
「明日は早いからな。覚悟しとけよ」
「うん」
睡眠時間が少ないと、朝は意識が朦朧としやすいのだ。その辺が、もう、子供の体であることを証明しているようなものである。
(ドジしちゃった)
旅先で、そんなに本に夢中になることは無いのだが。時間に余裕があると思って、油断していたのだ。
そうは思うが、反省するより今は寝る方が先だと、アスピスは目を閉じて必死に眠るように意識する。なのだが、今日に関しては、それが却って悪いのか、眠ることができなくて苦労している間に、朝が来てしまう。
そして、誰も未だ起きていない時間に、アスピスは諦めたように体を起こした。
睡魔は近くまで来ているのだ。なのだが、襲ってきてくれないのだから困ってしまう。
しかも、ここまで来て、今さら襲われたところで、寝過ごすのが関の山である。ここは諦めて起きた方が正解なような気がして、目を覚ますために、ベッドから下りると、仕切りの奥に置かれたピッチャーから洗面器に水を移して顔を洗う。
「バカが、寝れなかったのか?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「俺はいいんだよ。冒険中はそれ用に、睡眠時間少なくても大丈夫なように鍛えてるから」
エルンストはそう言うと、寝不足の顔をしているアスピスの頬へ手を添えると嘆息してみせる。
「ったく。今日は馬車で寝かせてもらえ」
「うん」
「それから、今後、冒険中は小説読むの禁止だな」
「うっ……」
それはちょっと手痛いと思いながらも、今回の失態を思うと、反省すべき点もあることで、アスピスは反論できずに言葉に詰まる。
そんなアスピスをエルンストは両手で抱き上げると、左手でアスピスの腰を支えるようにして抱き上げながら、、ベッドへと戻って行った。そして、膝の上にアスピスを移動させると、左手でアスピスの上半身を支えるようにして、その上に毛布を掛けて、抱き込んだ。
「時間になったら起こしてやるから、兎に角、少しでも寝ろ」
「んー……」
顔を洗ってサッパリしたつもりでいたが、エルンストの体温を感じ取った途端、睡魔がゆっくり近づいて来たしがした。そのため、体を身動か寝心地の良い体制を築くと、そのまま傍に来ていた睡魔に身を任せるようにして目を閉じた。
「あら、どうしたの? 調子でも悪いとか?」
エルンストに抱かれて寝ているアスピスを見て、フォルトゥーナが心配そうに覗き込んでくる。
「いや。昨日、うまく眠れなかったみたいだ」
「あなたの腕の中なら安心して眠れるってことかしら?」
惚気られちゃったわ。と微笑むフォルトゥーナは、ぐっすり眠ってしまっているアスピスを優し気に見下ろす。
「エルンストとアスピスの分の朝食は屋台で買ってきてあげるから、もう少し眠らせてあげて」
「いや。そろそろ起こそうかと……」
「せっかく眠れたところなんでしょ、少しは気を利かせてあげなさいよ。アスピスはまだ子供なのよ」
フォルトゥーナはそう言うと、エルンストの前から離れていく。その際、楽し気に付け足すように言葉を残していった。
「でも、残念ながら、男としては見てもらえてないみたいね」
くすくすと笑いながら、お気の毒様と洩らしつつ、自分のベッドに戻って行ったフォルトゥーナは本日から開始される王都へ戻るための馬車での移動にむけ、旅支度を開始する。
そして、そんなフォルトゥーナの小声での台詞を、エルンストの隣のベッドを占有していたルーキスが耳にしたようで、噴き出して、笑いを必死にこらえている様子を背後で感じながら、エルンストは憮然として聞いていた。
相手は12歳の子供である。これまで特になにかしようとかしたいとか思ったことはないのだから、アスピスがエルンストに対して危機感を覚えないとしても、お互い様と言える。しかし、それを言葉にされてしまうと、それはそれで複雑な気分になるものだと感じられた。
目を覚ますと、そこは馬車の中であった。しかも、旅支度などまったくしていない普通のワンピースを着たままの状態で、毛布にくるまれて、エルンストの腕の中で眠っていたことに気づく。
しかも、体に当たる部分が硬いことで、エルンストはちゃんと冒険装備を着ているらしいことが伝わって来る。
「あ、アスピスが起きたぞ」
「あら、起きちゃったの? おはよう。もう少し寝ててもよかったのに。お昼の休憩に入るときにでも起こしてあげようと思っていたのよ」
たまたま、目が覚めると同時に、アスピスの寝顔を眺めていたらしいカロエと目が合ったことで、即座にカロエに反応されてしまい、続いてフォルトゥーナに残念そうに呟かれてしまう。
そして、エルンストがアスピスの体を起こすと、隣のスペースに座らせてくれた。
まだ頭がぼーとしていて、現状がよくわかっていないアスピスは、目を擦りつつおとなしく座っている。そして、未だ寝足りないという感じで、傍らのエルンストに上体を寄りかからせて、目を閉じてしまう。
「起きた訳じゃなかったみたいね」
「まぁ、俺も来る時に1日寝て潰したし。お相子ってことで」
「あなたと一緒にするんじゃないわよ、ったく。床に大の字で1日中寝てたんだから、カロエは」
呆れたように告げつつ、フォルトゥーナはエルンストの膝から毛布を取り上げると、アスピスの肩から掛けてあげる。
「きっと、初めて森の中で何日も過ごしたんですもの。自覚しているより疲れてしまっていたのね」
「アスピスの年齢を考えないで、無茶させちまったからな。悪いことしたな」
御者をしてくれているルーキスが、申し訳なさそうに呟くのを聞いて、エルンストはあっさりと否定する。
「これもひとつの経験だろ。冒険者としてもやっていくんだ、今後、依頼のために森へ逗留しなければならない時もあるんだ。それを考えれば必要な体験だったはずだ。ルーキスが気にする必要はねぇだろ」
「そう言ってもらえると助かるな」
エルンストの台詞に、ルーキスは笑いながら応じると、再び御者に専念し始める。
しかし、実際のところ1週間以上も森に籠っているのは計算外であったエルンストとしても、フォルトゥーナに指摘されるまでもなく、アスピスにかかった負担が大きかっただろうことも分かっていた。
しかも、この後1週間弱の馬車での移動が待っているのだ。行きとは異なり野営で済ませる予定でいたことで、ちょっとアスピスの体力が不安になって来る。
「大丈夫よ、過酷な環境で11年も生きてきたのよ。それに比べたら、現在は、自分からやりたいって思えることをやりながら、気遣ってくれる人たちがいる中で、好きな人の傍にいられるんだもの。そんなに心配する必要はないわよ」
「あぁ、そうだな」
「そうよ。私たちは、アスピスが助けてほしいと思ったときに手を差し出してあげる準備をきちんとしておき、心の声を常に聞いていてあげるだけよ。後は勝手に成長していってくれるものだと思うわ。私たちのようにね」
フォルトゥーナはそう言うと、再び眠ってしまったアスピスの傍らに腰を落とし、大切な妹弟子のことを愛おしそうに見つめていた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




