第73話(ユークの森へ6/魔物退治1)
[七十三]
ユークの森に入って2日目。
魔物退治の依頼のついでに、クラスも上げるために、魔物を探して歩き回る。
実は昨日のアスピスが倒した魔物の量がすごかったので、うまくすればクラスが上がりそうではあるのだが、念には念を入れる感じで、ルーキスはランクの高そうな魔物を求めていた。
森はとても広く、森に入っている冒険者の数は多いのだが、すれ違うようなことはあまりしなかった。それでも、時々は冒険者とかち合うこともあり、友好的な挨拶を交わしてくるパーティもあれば、ライバル心剥き出しのパーティもあった。
「いいか、アスピス。お前は今日は見学だからな」
「分かってるよ」
「全然分かってねぇから言っているんだろ」
今回は精霊術は禁止だと事前に言い含めていた結果が、昨日である。
そのことを踏まえて、きつめにエルンストが注意していると、ルーキスが横から口を挟んできた。
「アスピスが精霊術を使っていいのは、逃げ出そうとする魔物がいるときと、俺たちが危ない時だけな」
「うん。でも、みんなが危ない時じゃあ、手遅れっていうか。あたしの精霊術でもだめなんじゃないかな」
「それがそうでもないっていうか。アスピスの精霊術は、マナが特殊なだけあって、効果が強いんだ。だから、一点集中で攻撃しようもんなら、SSランクとだってやりあえると思うぜ。ふつう、精霊術を使っても、あそこまで攻撃力はないはずなんだよ」
ルーキスはそう言うと、いまいちよく分かっていないアスピスの頭をグシャリと掻い操る。
「まぁ、深く考える必要はねぇよ。使い所さえ間違えなければ、すげぇ心強い仲間ってことだ」
にやりと笑ってアスピスに告げると、魔物を探すために再び前の方へ行ってしまった。
ルーキス的に、闇雲に歩いている訳ではなく、地面に残った痕跡を見ながら、魔物を探しているらしい。この中で、それが一番得意なのが、ルーキスだということだ。そんなルーキスに付き従い、必死になって学ぼうとしているのがカロエであった。
六剣士にも魅力を感じているようだが、カロエの気持ちは冒険者の方に傾いているように見えた。
(まぁ、好きな方に進むのが一番だよね)
アスピスとしては、べつにカロエが六剣士にならなくても、かまわないと思っているのだ。でも、すでに六剣士であるエルンストやレイスは、カロエにも六剣士になって欲しいと思っているところがあるように見受けられた。
気持ちとしては、折角騎士学校へ行ったのだから、上位職となる六剣士になって欲しいと思ってしまうらしい。ちなみに、上位職には王族直属の騎士団もあるのだが、それらに興味がないのは、六聖人にこだわっているからなのだろう。
そんなことを、アネモスに乗っていることで、思考に余裕のあるアスピスが考えていたら、ルーキスの動きが少し変化した。
みんなに側に来て岩陰に隠れるように指示してくる。それに従い、みんなひとところに集まるよう、ルーキスの後ろに着く。
「さっき言ったこと、ちょっと訂正。あの広場にいる魔物、アスピスちょっとやっつけてくれねぇか? 魔法生物が混じってやがる。しかもSランクのが数体いそうだ」
「うんわかった」
アスピスはアネモスから下りると、ルーキスの示す、岩場の陰にできた広場でうようよとしている魔物たちを視覚で確認すると、右目を使って「結界」と呟き、結界を作って魔物を閉じ込めると、魔法の全体化と魔物の死体の形状保持を条件に付け、精霊術を唱えた。
「アースクエイク、光の刃、ライトニング、炎の息吹」
ここまで唱えた瞬間、アスピスは条件を変える。
「魔法の全体化、消去。魔法の一点集中化。生命力の残っている魔物を攻撃」
素早く訂正を入れると、岩陰から出て、魔物たちの死体で溢れた広場を睨みつけながら、続けて精霊術を唱える。
「ファイヤボール、熱風の嵐、サンレイ、怒りの息吹、ウォーターストリーム、ブリザード、星の礫」
正直、どの精霊術がどれくらいの威力があるかなんてわからず。目に留まるレシピを次々と唱えているだけなので、効果はバラバラである。そのため、一発で息絶える魔物もいれば、二発必要な魔物もいた。そして、すべての魔物が息絶えたのを確認し、アスピスは呪文を唱えるのを止めにした。
昨日ルーキスから言われていたことを思い出し、5体ほど生き残っていた巨大な魔物への攻撃を、一点集中に転換したことで、なんとかすべての魔物を倒すことに成功していた。
でないと、再び、アネモスに頼まなければならないところであった。
そう思っていたのだが、魔法生物は前半の精霊術ですべて倒されていて、今のは魔法が効きにくい魔物であったらしく、条件を書き換えるのではなく結界を解除していたら、ルーキスやエルンスト、レイスにカロエが飛び込んで行き、倒してくれたらしい。
(そういうことは、早く言ってくれればいいのに)
だから、お前はやりすぎなんだ! とエルンストに説教を受ける中、アスピスは耳を塞ぐ気分で思っていた。
そして、その脇では、広場に散らばる死体を、ルーキスの魔物用アイテムボックスに、ルーキスやレイスやカロエが放り込む作業をしていた。
「うん。やっぱ、アスピスは精霊術禁止で! なんかアスピスの功績を分けてもらうみたいになっちまうからな」
ベースとした野営地に戻り、夕食を摂りながら、ルーキスはそう言い切った。
「ごめんなさい」
「いやいや。今日のは、俺が頼んだんだし。途中で止めればよかっただけなんだから。呆然と眺めちまってたこっちの落ち度なわけだし」
散々エルンストに注意されたこともあり、アスピスが謝罪すると、ルーキスが慌てて訂正を入れる。
「それより、明日頑張ろうぜ」
非常に前向きで助かる発言である。
そして、みんなが夕食を食べ終え、後片付けを終えると、食後のコーヒーを持ってそれぞれの寝場所へ分かれていく。
見張りは、アスピスが念入りに防御結界を張ったので基本は必要ないのだが、念のためと言って、ルーキスとレイスとエルンストが3人で交代しながら立ってた。
そのため、今回も見張り役としては不要となったアスピスは、寝場所へ戻ると、アネモスに寄りかかり小説を読んでいた。
移動のときよりも、魔物退治を目的にこの森に籠っている時の方が、ベースとなるこの場所へ戻って来るのが早めで、寝るにはまだ少し早いのだ。
ちなみに、フォルトゥーナは身だしなみを整えるために、さすがに体を洗うことはできないようだが、結界を張って髪を洗い乾かすと、髪に香油を塗り髪を梳かして伸ばしているようであった。大人の女性は大変らしい。
(あたしも髪くらい洗おうかな)
ふと思い立つようにして三つ編みを解き、結界を張り、髪を条件に『洗浄』と『乾燥』を唱える。そして、結界を解除すると、ブラシを取り出して髪を梳く。
(うん。いい感じ)
精霊術も使い方によって、非常に便利だと思いながらアスピスが満足げに三つ編みを編み直していたら、エルンストが寄ってきた。
「なに、フォルトゥーナの真似してませたことやってんだ」
「だって気持ちよさそうだったから」
「香油は塗らなくていいのか?」
「そんなの持ってないもん」
エルンストが半ば揶揄うように訊いてくることに、アスピスは簡潔に答えていく。そして、目的を済ませたことで小説の続きを読もうとしたら、エルンストに本を取られてしまった。
「夜中に人の布団に潜り込んでくるような真似をするかと思えば、本に夢中になって寄りもしてこなかったり。本当に極端だよな」
「なによ?」
「森に入ってきてから、お前とほとんど話してねぇんだけど」
シートの上に腰を落とし、木に寄りかかるようにして、エルンストが苦情を述べるように告げてきた。
「だって、今は野営中だし……」
「関係ねぇだろ。つーか、ちょっとこっちこい」
エルンストは告げると同時に手を伸ばしてきて、アスピスを捕らえると引き寄せるようにして、膝の上に乗せて、左腕にアスピスの上体を寄りかからせるようにして、仰向けにするようにして抱き込む。
瞬間、アスピスが顔を隠してしまった。耳まで赤くなっていることで、上気してしまった顔を見られないように手で覆ってしまったようである。
「人の布団に潜り込んできたときは平然としていたくせに」
「うるさい。っていうか、放してよ」
「そりゃ無理だ。明日の英気を補充させろ」
エルンストはあっさり言うと、アスピスを抱く腕に力を込めていく。
「野営中だって、言ってるじゃん」
「木の陰になってて見えねぇから安心しろ」
「嘘つき」
絶対にみんなにバレていると思いながら、恥ずかしさから顔が熱を持ち、それをエルンストから必死に隠すよう顔に両手を当て続ける。それをエルンストが邪魔をするようにして、アスピスの両手の手首を右手で捕らえると、引きはがしてしまう。
「ちょっ……」
「隠すことねぇだろ」
「この、意地悪! 性格悪すぎ」
アスピスの両の手はすぐに解放されるが、再び顔を隠すことはせず、その代わりエルンストの顎の下へ手を伸ばすと、見るなとばかりに、エルンストの顔を上に向かせた。
「揶揄って楽しんでるんでしょ」
「まさか、だろ。んな余裕なんかねぇよ」
顔にかかるアスピスの手をよけながら、エルンストは溜め息を洩らす。
「振り回してんのは、お前の方だぞ」
「そんなことしてないもん」
「してんだよ。天然はこれだから始末悪りぃっていうか」
苦笑を浮かべ、未だ赤みの残っているアスピスの唇へ、触れるだけのキスを落とす。
途端に、再び顔を真っ赤にするアスピスを、エルンストは小さく笑って見下ろしていた。
「可愛い反応してくれるのはいいんだけどよ、睨むのやめてくれねぇか?」
「だって、エルンストが変なことしてくるからじゃん」
「今に始まったことじゃねぇだろ」
「そうだけど、全然違うの!」
これまで散々、アスピスを口説こうとエルンストが繰り返してきた行為であったのだが、アスピス的に受け止め方が変わってしまったようである。自分自身でも戸惑いがあるらしく、半ば途方に暮れた感じで呟いてみせる。
「見張り役は三番目だから、このまま寝てくれていいぞ」
「は?」
「前に言ったじゃねぇか、抱いていたいって。それに、それで、この間俺の布団に潜り込んできたんだろ」
「それと、これとは……」
「眠くなるまで、本でも読んでろ」
ぶつぶつと言い訳するアスピスへ、エルンストは半ば無理やり、アスピスの手に本を持たせる。
「たまには、俺の願いを叶えてくれてもいいだろ」
「た、たまにだからね……」
真っ赤になってしまっている顔を本で隠し、もう好きにしてくれという気分で、アスピスは返事を返す。そして、本を読む格好をすることで、エルンストから顔を隠してしまった。
「子供って、寝てるときは天使だよなぁ」
ルーキスが、三番目となるエルンストを起こしに行くと、エルンストの腕の中で眠っているアスピスを見て呟いた。
「この顔見たら、アイテムボックスの魔物の大半をアスピスがやっつけたなんて思わねぇよな」
「この顔を見なくても、思わねぇと思うけどな」
寝顔云々の前に、12歳の少女なのだ。しかも、年齢よりも幼く見えるうえに、ガリガリの子供なのである。
「なんとか肉を付けさせる方法ってねぇもんかな」
「成長期だしなぁ。食わせても、上に伸びる方に行っちまうし」
エルンストの質問に、ルーキスは真顔で応える。そして、なにか思いついたように告げてきた。
「抱くの変わってやろうか?」
「ふざけろ。誰が譲るかよ」
「って。そのまま見張りする気か?」
驚くように告げたルーキスへ、エルンストは無表情のまま立ち上がる。
同時にアスピスに掛けていた毛布がズレ落ちそうになったことで、ルーキスが慌ててアスピスに掛け直す。
「マジかよ」
「どうせ、結界が張ってあるんだ。かまわないだろ。アネモスも起きているようだし」
「そりゃ、俺はかまわねぇけど。年頃のアスピス的に却下じゃね?」
「慣れてもらうしかないな」
ルーキスがせっかくアスピスのためを思って助言したのだが、エルンストはそれをあっさり聞き流す。
「アスピスも、とんでもない奴を選んじまったな」
焚火の前へ向かいつつ、ルーキスはぼやくが、エルンストは幸せそうに笑みを浮かべる。
「念願叶ったりか……」
失ったはずのマスターを再び取り戻し、更にはそれを自分の手に入れたのだ。嬉しくないはずがない。
ルーキスのように、マスターと結婚する使い魔が意外と多いのは、使い魔がマスターに対し、恋い焦がれる思いに似た感情を常に抱いているからだとも言われている。ルーキスに言わせるとそんなもんじゃないと訂正を入れられるが。
エルンストの想いは、もしかしたら、それに近いのかもしれない。
だとしても、アスピスを愛しいと思う感情は自分のものでしかなく、使い魔特有のマスターに対する一途な感情に由来するものだとは思ってはいない。
「ルーキス、寝ていいんだぞ」
「いいじゃねぇか。俺だって、アスピスの寝顔を見ていたいんだから」
マスターを変えはしたし、シェリスと恋に落ち、結婚し、子供まで成した身ではあるが、ルーキスにとって初めてのマスターであるアスピスに対して抱く想いは特別なものがあった。エルンストのように恋愛対象としては見ていないが、それでも特別な感情を抱いているのは事実である。いうなれば、ルーキスの場合は、アスピスに幸せになって欲しいと願っている感じだろうか。
「気持ちよさそうに寝ているじゃねぇか。この幸せ者が」
「騒ぐなら、離れてから騒げ」
動転しているアスピスが落ち着くのを待ち、さらに睡魔が襲って来るのを待ち、なんとか腕の中で眠らせたのだ。ルーキスの騒ぐ声で起こされてはたまったものではないと、エルンストは思ってしまう。
そんな中、ルーキスが突如話題を変えた。
「にしても、こんなに小さかったんだよなぁ」
「あぁ。だな」
「まぁ、俺たちも未だ子供だったんだけどさ」
「や。お前は成人してたろ」
過去を振り返り、ルーキスが洩らす台詞に、エルンストが苦笑する。
「まぁ、そうなんだけどさ。そういう意味じゃなくてよ」
「分かってる」
エルンストとルーキスが、アスピスになにをしてきていたかということである。
知識がなかったからとはいえ、傷がすぐに癒える身体の理由も知らずに、盗賊団の元で無茶苦茶に暴れまわっていた日々。そして、イシャラル王国の兵士たちに掴まり、それがアスピスと使い魔契約をしているためだと知らされた後も、イシャラル王国に利用されてのことではあったが、アスピスに負担をかけ続けた日々。
それを、こんな小さな体で受け止めていたのかと思うと、なんて残酷なことをしてきたのだろうかと2人は思ってしまうのだ。
「これからは、守っていく」
「あんなことされても、お前が一番だったんだよなぁ」
羨ましいと率直に述べるルーキスに、エルンストは呆れた視線を向けていく。
「お前にはシェリスがいるだろ」
「んー。そうなんだけどさ。お前にも分からねぇだろうな、この微妙な感情って」
盗賊団にいた頃からの付き合いである2人だからこそ、通じる話題ではあるのだが。それでも、その後に選んだ道が違いすぎた。
「分かる訳ねぇだろ」
「だよなぁ」
あっさりと引き下がり、その代わりというように、ルーキスはエルンストに笑いかける。
「とにかく、おめでとう。ってこったな」
「これからだけどな」
「そりゃそうだ。先は長いし、いつ振られるか分からねぇしな。そうならないよう、まぁ、頑張れ」
ルーキスは楽し気に告げると、それじゃあ見張りを頑張ってくれ。と、その場を後にする。
そして、翌朝、みんなが起き出した後に、エルンストの腕の中で目を覚ましたアスピスが、大混乱を起こして朝食も食べずにアネモスの元で丸くなってしまい。機嫌をなおさせるのにみんなで一苦労したのは、この冒険での思い出の一つとなった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




