第71話(ユークの森へ4/往路3/添い寝)
[七十一]
翌朝、朝食の開始時間と共にみんなで朝食を摂りに行き、その後冒険用の装備に着替えて準備を終えると、宿屋を後にする。そして大通りを進み、門の審査口でそれぞれ銀貨1枚を支払い、門の外へ出ると、いつものように馬車を出し、本日はカロエの御者で赤道を進むことになった。
馬車の中では、昨日のアスピスの失態が、笑い話としてみんなにネタにされたりもしたが、アスピスは聞こえない振りをしてやり過ごす。
しかも、そんな間もすぐ傍らにはエルンストが座っていて、なんとも微妙な気分であった。別に、他のときもエルンストが傍らに座ることはあったが、常という訳ではなかったのだが、アスピスの気持ちがエルンストに傾いているとバレてしまった日から、極力アスピスの傍らに座ろうとしているようであった。
それを拒むつもりはないが、どこかこそばゆいというか、恥ずかしいというか。
そもそも、恋愛初体験のアスピスには、エルンストの相手は難易度が高いように思われた、
「あのさぁ、エルンスト」
「ん?」
隣のエルンストを見上げるようにして声を掛けると、常よりも和らかな声が返されてきてしまい、言葉が詰まる。
「やっぱ、なんでもないです」
敗北宣言するように、アスピスはすぐに言葉を引っ込めるしかなかった。しかしそれを遮るように、エルンストの手がアスピスの方へ伸びてきて、抱き込んできた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「いや。だから……」
もうちょっと距離を作ろうよ。と、言いたいのだが、その言葉を口にするのが躊躇われるというか。非常に口にしづらいというか。途方に暮れた気分でいたら、フォルトゥーナがおかしそうに笑い出した。
「エルンスト、アスピスはまだ12歳なのよ。それに合わせてあげないと」
「合わせているつもりだが?」
「大人のあなたとしてはそうかもしれないけど、子供のアスピスからしたら近距離すぎるのよ」
「や。だって、常に傍にいて常にかまって欲しいもんなんだろ? 近頃の女って」
真顔で告げたエルンストに、フォルトゥーナも言葉をなくしてしまったようである。
ちなみに、複雑そうな表情を浮かべているレイスとは対照的に、ルーキスは他人事として大爆笑していた。
「だから、その。あたしの場合は、適度に傍にいてくれて、適度にかまってください」
アスピスが開き直るように告げると、エルンストが意外そうな表情を浮かべる。
「お前がそう言うなら、それでかまわねぇけど。それはまた難しい注文だな」
しみじみと呟くエルンストは、それならと、わずかにアスピスとの距離を広げる。
(そういう意味なの?)
常時傍にいなくてもいいよ的な意味で告げたのだが、エルンストはそうは取らなかったのだろうか?
ルーキスはそれを見て、更に大爆笑している。ちょっと頭を殴ってやりたくなってきたアスピスである。そんなアスピスの感情など知らないルーキスは、エルンストに問いかけた。
「なぁ、エルンスト。もしかして、お前の基準って、こないだのギルドでの依頼のミュケースにあったりしねぇ?」
「最近、そういう意味で接した女は他にいないからな。鬱陶しい依頼だったからな、せめて勉強させてもらったと思うことにしている」
真顔で応じるエルンストに、ルーキスはやっぱりという表情をしてみせた。
「あれは、特例っつーか。ああいうのもいなくはないけどさ、アスピスはそこまで望んでいねぇと思うぞ。そもそも交際するってのが、まだ、よくわかってねぇだろうし」
ルーキスがようやくまともな対応をしてくれたことに、怒りを収めたアスピスであったが、それを受けてエルンストが問いかけてきた。
「おい。アスピス」
「なに?」
「小説ではどんな感じなんだ?」
「どんなって。急に訊かれても……」
こういう時ばかり小説を頼るのかと思いながら、アスピスは言葉に窮する。
そもそも、一緒に暮らしている設定の話は、数が少ないのだ。血の繋がってない兄妹や姉弟や父娘だったり、年の離れた夫婦や婚約者だったり。しかも、そういう設定には、なんか小難しい葛藤がつきもなのである。ふつうの恋愛とは違う悩みが生じるらしい。
主に、手を出していいのだろうか的な。アスピス的によくわからない感情である。
(あー、そういえば。アンリールとカサドールってどうなんだろう)
あの2人も、巨大な屋敷ではあるが、一応同じ屋根の下で暮らす恋人同士である。今度アンリールのところへ行くとき、訊いてみようかと思ってしまう。
そんなことを考えていたら、ふと、エルンストはどうなのだろうかと、エルンストの意見を聞いていなかったことに気が付いた。
「んじゃ、エルンストはどうなの?」
「俺か? 俺は、そうだなぁ。抱いてたいかもしれないな」
「は?」
「お前、軽いし。長時間抱いてても気にならねぇからな」
これはさすがに想定外である。というか、エルンストの思考回路を覗いてみたくなってしまう。
こないだのギルドで依頼を受けた際のミュケースレベルか、それ以上だと言いたい。
「ちょっと、それは無理っていうか。有り得ないんだけど」
「お前には分からねぇよ。つーか、俺たちにしか分からないと思うぜ。特に、俺やルーキスは切実だしな」
「え?」
アスピスが告げた台詞に、エルンストが真顔で返す。それに追従するように、ルーキスやレイスもエルンストの台詞の意味を解しているようで、アスピスみたいな反応はしていなかった。
(使い魔ならではの感情ってことなのかな?)
そんなことを考えていたら、レイスが静かに告げてきた。
「アスピスのいなかった10年間は、俺たちにとって大切なものが欠落していましたから、それを埋めたいんですよ。特に、エルンストやルーキスは、契約を解除された身ですから、生じた喪失感は半端ないものだったでしょうからね」
「レイスもそう思うの?」
「そうですね。可能なことでしたら、できるかぎりアスピスの存在をこの手で感じ続けていたいですね」
素直に肯定されてしまい、アスピスは困惑してしまう。
時間を止められていたことでアスピスには無かったことになっている10年間と、マスターであるアスピスを喪失していた使い魔たちの10年間では、どちらがより重いのだろうか。
考えてもみなかった現実を突きつけられて、アスピスは新たな迷宮に入り込んでしまった心境になっていく。
瞬間、フォルトゥーナが手をパンと叩いた。
「難しい話は、家でしなさい。今は冒険中よ。楽しい話をしましょう」
にっこりと微笑みつつ、みんなの前にコーヒーを置いて行く。
「だな。時間の問題だとは思ってはいたけどよ、想定外に早々にくっついちまったから、話が真面目な方へ行っちまったもんな」
ルーキスはそう言うと、話題を変えるよう方向習性をしてみせた。
馬車の中にテーブルが置かれたことで、馬車に乗っているメンバー的には常時休憩状態となってしまっていて、昼休憩は不要なくらいだったのだが、御者役と走り続けているアネモスはそういう訳にいかないことで、通常通りに昼近くに一度休憩を入れ、この日は夜まで走り続けて、赤道上の最後の町となるウチウークの町へ向かった。
この町は、ユークの森やエウテイア山脈へ行く人々が、ラカノンの町へ向かう際の、赤道上にある最後の町でもあることで、立ち寄る冒険者が落とすお金で発達している町らしい。そのため、冒険者に対する入門審査も簡易なもので、出入門時にお金が徴収されることもなかった。
おかげで、あっさりと町に入れたみんなは、大通りを歩きながら宿屋を探し、適当なところに入ってみることにした。
もちろん女子の希望はお風呂があるところであった。
今回も、どうやらそれが叶ったようで、いつものようにエルンストとルーキスが交渉して、アネモスも入れることになり、6人部屋を借りることになった。
そして、外に待機していたアネモスをアスピスは中に呼び込むと、宿屋の店員に部屋へ案内してもらい、みんなそれぞれ適当にベッドを選ぶ。
アスピスの場合、決定権はアネモスにあり、いつもお決まりの窓に近いベッドの脇に添うようにしてアネモスが横になったことで、同時にアスピスのベッドも決まる。そして、その隣をエルンストが使うことにしたらしい。しかしこれは以前からのことなので、今さら意識することでもなく、アスピスは特に気にすることなく受け入れていた。
「今日は、かなり遅いので、なにか持ち帰りできるもので、できれば手づかみで食べられるものでも買ってこようかと思うのですが、適当に選んできていいですか?」
「あ、じゃあ俺も付き合うよ。適当に買ってこようぜ」
レイスの提案に、ルーキスがのるように応じると、みんなの「頼んだ」「お願いね」などの見送りを受け、2人は部屋を出て行った。
「おい! フォルトゥーナとアスピスは、今のうちに風呂へ入って来るといいんじゃないか? 俺たちは風呂に入るのにそんなに時間がかからねぇけど、お前らはそうはいかねぇだろ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて入ってきちゃうわね。アスピス行きましょう」
「うん」
エルンストの提案に、フォルトゥーナは素直に応じると、アスピスを誘って部屋を出る準備をする。
その様子を見ながら、エルンストがアスピスに忠告してきた。
「のぼせるほど長湯するんじゃねぇぞ。アスピス」
「わかってるよ」
二度とあんな醜態は晒してなるものか。と、アスピスだって思っているのである。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってきまーす」
2人は揃って言葉を残すと、部屋を後にした。
お風呂から上がって、2人して精霊術の『乾燥』を利用し、体も髪も乾かすと、装備品をアイテムボックスにしまい込み、服に着替えてみんなの待つ部屋へ向かう。
「おさきに。気持ちよかったわよ」
「ちゃんとのぼせないように入ってきたからね」
部屋に入るとそれぞれしゃべりながら、自身のベッドに向かって行く。そのベッドサイドのテーブルには、レイスとルーキスが買ってきた食べ物と飲み物が置かれていた。
しかし、当の本人たちは不在であることに、フォルトゥーナとアスピスは首を捻ってしまう。
「あいつらは、食い終わると、風呂に行ったぜ」
「あら。じゃあ、エルンストとカロエも行ってちょうだい。私たちが残っているから」
「あぁ、そうさせてもらうか。カロエ行くか?」
「うん。行く行く」
フォルトゥーナの台詞に、エルンストが応じると、カロエも一緒にお風呂へ行くと言う。そんな2人を見送った後、フォルトゥーナとアスピスは食事を開始した。
「あら、これ美味しいわね」
「ね!」
アスピスも同意見だったので、素直に頷く。そして食べられるだけ食べると、アスピスは途中でやめて、サイドテーブルに戻すと、飲み物を口にする。
そして、足元へ目を落とすと、すでにレイスから食事をもらっているアネモスは、満足げに眠っていた。
「アスピスも、早めに横になった方がいいわよ。明日からは赤道を外れての移動になるから、今日までのようにはいかなくなってしまうもの」
レイスが馬車を購入する際、補強補整をできる限り行ってくれたおかげで、他の馬車に比べて丈夫だそうだし、揺れなどもかなり抑えられているらしい。そのおかげで、赤道などの補整された道は、ほとんど振動を感じることなく進むことができるのだが、赤道を外れて草原などを走る場合、地面が凸凹しているので、それなりに揺れるのである。それでも、他の馬車と比べたら雲泥の差らしいのだが。
それを聞かされると、レイスに心底から感謝してしまう。かなりの出費だっただろう。
「うん。わかった。先に寝るね」
「えぇ、そうしてちょうだい。周りが大人ばかりだから、どうしても寝るのが遅くなりがちだけど、アスピスの年齢なら、今頃は本当はベッドの中にいるべき時間なのよ」
フォルトゥーナはそう告げると、「おやすみなさい」と告げたアスピスに、「おやすみなさい」と返し、布団にもぐって横になるアスピスのことを、フォルトゥーナは穏やかな瞳で見守っていてくれた。
ひと眠りして目が覚めると、周囲は真っ暗で、みんなが眠っていることを、みんなが洩らす呼吸音で把握する。
かなりぐっすり眠ったことで、アスピスの目は現在とても冴えていた。
そして周囲を見回し、暗闇に慣れて来た瞳で隣を見ると、エルンストの姿が暗闇の中浮かんで見えた。
なんとなくそれを見つめていたら、昼間の会話を思い出す。
時間を止められ10年もの刻を失ってしまったアスピスの気持ちを理解できる者は、同じ経験をした者がいないのだから、存在することは無いだろう。でも、残されていた側のエルンストたちの気持ちを理解することも、反対の立場であったアスピスには理解して上げることは不可能であった。しかも、使い魔という縛りを持たされた状態での10年間が、どれほど重いものだったのか、アスピスには知りようのないことである。
アスピスは、時間を失ったし、目覚めてみたらみんな大人になってしまっていたが、大切な存在がこの世界に存在していないという状況は体験していないのだ。それがどういうことなのか、理解しようにも想像できない範疇のものであった。
(抱いていたい、だっけ?)
エルンストが望んだ事柄を思い出しながら、アスピスはベッドから抜け出すと、エルンストのベッドに潜り込む。
宿屋にあるベッドは巨体の冒険者にも対応できるよう大抵大きめに作られていて、エルンストくらいの大人の男2人が並んでん寝るのはさすがに窮屈だろうが、不可能ではない程度の大きさがあり、アスピスくらいの大きさならば、一緒に寝たところで問題はないくらいに十分に広かった。
そして、仰向けに寝ているエルンストの脇にぴたりとくっついて、瞼を落として眠る体制を築いていたら、エルンストが起きてしまう。
「なにやってんだ?」
「添い寝してあげに来ただけ」
「バカなことやってねぇで、自分のベッドに戻れ」
「うるさいなぁ。エルンストは大人しく添い寝されていればいいの」
アスピスはそう言い切ると、エルンストにしがみつくように、腕をエルンストの体にまわしてしまう。
「ったく。深夜に男のベッドに潜り込んでくるんじゃねぇよ」
アスピスの様子から、離すのは無理そうだと思ったようである。溜め息とともにエルンストはアスピスと向き合うよう側臥位になると、アスピスの背に手を掛ける。
「本当なら、なにをされても文句いえねぇんだぞ」
「エルンストのこと信じてるから、大丈夫」
「あんま信用すんなよな。こんなことされたら自信もてねぇぞ」
そう言いながら、すでに半分眠り始めてしまったアスピスを、エルンストは緩く抱きこむ。
まさか、昼間の発言が原因だとは気づいてないエルンストは、再び小さく溜め息を洩らすと、アスピスの額に口づけを落とし、諦めたように瞳を閉じる。そして、早朝にアスピスを隣のベッドに戻すと、寝不足の目を擦りながら、ひとり先に身支度を整え始めた。
この日は、御者をレイスに頼むと、揺れる馬車の中エルンストは壁に寄りかかり眠り続けていたことで、アスピスは珍しいこともあるものだとエルンストを見つめてしまう。
当然だが、自分が原因だとは、アスピスは微塵も思っていない。
しかも、以前、冒険中は数時間眠れたら十分だと言っていたことがあることを思い出し、体調が悪いのだろうかと心配になってくる。
まさか、精神的ダメージを受けているとは露とも思わないアスピスである。
たまたま目が覚め、2人の会話を聞いてしまっていた、エルンストの疲労の原因を唯一知っているルーキスは、心配するアスピスに、「大丈夫だから、放っておいてやれ」と言ってあげるのが精一杯であった。
使い魔にしてもらった理由が理由でもあったのだが、暗殺集団の中で辛い思いをして生き抜いてきたシェリスは、自身を卑下しているところがあり、口説き落とすのはとても大変であった。しかも、その後も時折夢にうなされるシェリスが落ち着くまで抱きしめたりして、これまでシェリスと過ごしてきた日々を思い出しながら、ルーキスはエルンストをある種の仲間のように感じてしまう。
シェリスとは異なる人生ではあるが、生まれると同時に奴隷商人に売られ、盗賊団に買われ、無理矢理にルーキスやエルンストと使い魔契約をさせられて、マナタンクとして地下室に閉じ込められて、外の世界を知らないまま過ごしてきたアスピスの11年間。
エルンストと共に恨んだこともあるが、アスピスも同じ被害者なのだと理解したのは、アスピスが時間を止められ眠りに就いた後のことである。
すべてが手遅れであった。
しかも、契約を解除されたことによる、マスターを失った喪失感は半端なくエルンストとルーキスを襲い続けてくれた。
だから、アスピスを誰よりも強く求めるエルンストの気持ちは、ルーキスにはよく分かるのだ。それ故、ようやくアスピスを手に入れたエルンストを応援してやる気持ちは人一倍あったりする。
これでようやく、エルンストもルーキスのように、好きな人と幸せになってくれるだろうと思ったのだ。
なのだが、長年閉鎖された空間に閉じ込められ、知識を得る機会が与えられなかったことで同じ年頃の子供よりもずっと幼い思考をしていながら、ルーキスやエルンストの瞳や耳を通して妙な知識ばかり取り込んでしまい。更には、話を聞くところによると、1年間ほど世話になった女性の元で覚えた恋愛小説の影響を受けてしまったことで、さらに知識は偏り、ませていながら無邪気すぎる子供であるアスピスは、突飛な行動を平然と取るタイプであるらしいことが判明してきたことで、ルーキスは自分とはまったく異なる苦労をしている、アスピスに振り回されている状態のエルンストに対して、同情を禁じえなかった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




