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第6話(ポスト/お買い物)

[六]


 爽やかな小鳥の声に誘われるようにして、アスピスは意識を浮上させていく。

 エルンストに慰めてもらったことで、昨夜の憂鬱な気分が嘘のように晴れていったらしく、心地の良く目覚めることができてしまった。

「単純だな、あたしも」

 三つ編みが解かれているために、顔にかかってきた髪をうっとうしげに搔き上げながら、アスピスは自嘲するように呟いた。

 そして、間を置くことなくサイドテーブルの上に置いてあるブラシを手に取ると、髪を梳かして二本の三つ編みを作り出す。

「んー、よく寝た!」

 満たす気分は、充実感。

 パジャマも、服の予備も未だ持っていないので、昨日は服のまま眠ることになってしまい、アスピスはそのままの格好で一階に下りて行った。

「おはよう」

 すでに起床していた3人が口々に挨拶を返してくる。

「おう! おはよう」

「よくねむれた?」

「遅かったな」

 性格がよく表れた返事だと、アスピスは思ってしまう。

「遅くまで寝ちゃって、ごめんなさい。今って何時ごろ?」

「気にしなくて平気だよ。だいたい9時くらいかな」

 エルンストの嫌味に、返事をするよう返した言葉に、レイスが慌ててフォローを入れてくる。

 本当にまじめで優しい人である。しかも、寝坊した相手に気まで使ってくれてしまう。

「朝食だけど、パンとスープでいい? 俺たちもそれですませたんだ」

「ありがとう。あたしもそれで十分だよ」

 六聖人(赤)の部屋に閉じ込められていたときは特別待遇だったので、棚の上とし。ビオレータのところに居たときの食事は、本当に適当だった。たまにお菓子とかもらえたが、基本は「満腹になっていれば悪さをする気は起きないから」と、森から手に入る恵みをなんでもかんでも炒めて、味は二の次の炒め物をテーブルに並べられ、「さぁ、お腹いっぱい食べなさい!」と言われたものである。さらには、奴隷商人や盗賊団の元にいたときは、一日一食で。夕方に与えられたのが、冷たい固いパンと冷めきった具のほとんどない味の薄いスープだけだったことを思えば、レイスの出してきてくれた朝食はごちそうに値した。

「いただきます」

 昨日と同じ位置の椅子に腰を落とし、やわらかなパンと、湯気の立つ温かなスープを前に手を合わせ、アスピスは朝食を取り始める。

(んー。幸せ。おいしい)

 思わず、一口食べてはほっこりと両手で頬を押さえてしまいながら、朝食を満喫してしまう。

 そんなアスピスの朝食を摂るペースに倣っていてはなにもできないと思ったのか、エルンストが口を開いた。

「みんな揃ってるから、明日にでも、お前の馬を捕らえに行くぞ」

「ほえ?」

「口に物を突っ込み頬張りながらしゃべらなくてもいい。黙って食べながら聞いていろ」

 唐突に切り出された申し出に、正直驚き洩らした声へ、エルンストが呆れたように注意してくる。

「お前が普通に起きてきていれば、今日にでもと思っていたんだけどな」

「ごめんなさい」

 今度はちゃんと口の中の朝食を飲み込んでから、エルンストに向け謝罪する。

 それを聞いて、慌てたようにレイスが口を挟んできた。

「嘘だから。準備もしなければだし、元から明日にでもって話だったんだ。だから、いくらアスピスが早く起きてきたとしても、今日出かけるなんてことはなかったんだよ」

 だから、安心していいよ。と、にっこり微笑むレイスへ、エルンストが余計なことをと「チッ」と舌打ちしてみせる。

 昨夜のしおらしく優しかったエルンストはどこへ行ってしまったのだろう。と、エルンストの反応の仕方を見ながら、アスピスは心の底から思ってしまう。

(こういうのをツンデレっていうのかな?)

 ビオレータの住む掘っ立て小屋の書庫にあった、フォルトゥーナ曰く町で人気の恋愛小説が載せられていた本に記されていた単語を思い出しながら、アスピスは真面目に考えてしまっていた。

 それをどう受け止めたのか、レイスは慌てたように話をすり替え、おかわりは必要ないかと尋ねてきた。

「ありがとう。これで十分だよ」

 本当のところ、多すぎるぐらいである。

 でも残すのも勿体ないと必死に食べていたら、エルンストが見かねるように、アスピスの前からパンとスープを取り上げてしまった。

「少食のくせに無理するな。今度は本当に腹痛で泣くようになるぞ」

「うっ……」

「なになに? どーかしたのか?」

 火の灯ってない暖炉の前で腰を落とし、冒険から帰宅したばかりということもあってなのだろう。武器の整備をしていたカロエが、面白そうな話題が出てきたと、話に飛び付いてくる。

「どーもしねーよ。つーか、剣をいじってるときによそ見をするな。学校で習っただろうが」

「うへっ」

 昨日、アスピスが泣いてしまったことを他人に教える気はないようで、エルンストは話を誤魔化すように、カロエへ注意を促す。

 瞬間、やっちまったとばかりに、エルンストの的確な指摘に対し舌を出してみせると、すぐに剣の方へ意識を戻してしまった。

「ってことで、今日は明日のための買い物ってことでいいですよね」

「あぁ。俺はもう準備はできてるから、護衛ついでにアスピスに付き合うが。お前らはどうするんだ?」

「もちろん、俺もいつでも出かけられるよう日頃から準備してあるから、アスピスに付き合うよ。服とか日用品も揃えないといけないしさ。そういうのは、エルンストには向いてないからね」

「悪かったな。使えればいいんだよ、んなもんは」

「アスピスは女の子だよ! 可愛いもの揃えてあげないと」

 冒険の準備なのではなかったのだろうか? そう問いかけたくなるような方向へと進み始めたエルンストとレイスの会話に、カロエが声でのみ加わった。

「服とか日用品とかってさ、フォルトゥーナ抜きで揃えて怒られねーわけ?」

「そ、それは……」

 カロエのなに気ないひとことに、レイスは一瞬ひるんでみせる。けれども、踏ん張り直すようにして、口を開く。

「で、でも。ほら、生活に必要なものですし」

「雑貨や服まではまぁなんとか付き合えるとして。下着とかはさすがに付き合えねーぞ。それに、下着の替えは冒険にも必要不可欠だし。買わねーわけにはいかねーぞ」

「それはそうですけど」

 カロエの台詞に、レイスは素直に頷くしかないようである。実際、買い物をしたことのないアスピスをひとり店の中に放り込まれても、アスピスとしても正直困るだけである。

「今日、フォルトゥーナの予定って、空いてないかな?」

 なにを買うべきか、ほとんどすべてをみんなに聞かなければ分からないアスピスにとって、買い物は未知の世界なのだ。少しでも心強くあるために、同性の協力が不可欠だと考えたアスピスは、首を傾げて聞いてみる。

「そうですね。声をかけてみましょう。きっと大急ぎで、喜んで飛んできますから」

 そう言うと、レイスはアイテムボックスを開いて、便箋の束と封筒を一枚、それとペンを中から取り出した。

「なにするの?」

「上位職に貸与されるアイテムボックス内のポストの場合、役職名なんですが。ギルドで売っているポストにはそれぞれ番号が割り振られているんです。ですから、フォルトゥーナの持っているポストに割り振られている番号宛に手紙を出すと、フォルトゥーナのポストに手紙が届けられるって仕組みです」

「そうなんだ」

「はい」

 アスピスに説明しながら、器用にサラサラと便箋に用件をしたためたレイスは、便箋をたたんで封筒にしまう。そして、封をすると、封筒の表にある宛先の欄にポスト番号とフォルトゥーナの名前を記入すると、再びアイテムボックスを開き、3つの中から六剣士用のものを選んで、入り口のすぐ脇にあるポストの上に開けられていた四角い空間に封筒を差し込んだ。

「これは送信用の投函口といって。ここに送りたい手紙とかを入れると、送信者欄に送信するのに使ったポストと登録者の名前を勝手に添えてくれて、相手に届く仕組みになってるんです。今の場合、俺の役職名と俺の名前が差出人となって、フォルトゥーナの元に届くことになります」

「そうなんだ」

 便利なものがあるものだ。と、改めて感心するアスピスへ、レイスは更なる説明を続けていく。

「それに、投函口のサイズはあまり大きくありませんが、この大きさに関係なく、このサイズより大きいものも送ることができるんです。その場合、封筒の代わりに送り状というものを、送りたいものに括り付けることになっているんですよ。昨日整理した、お給料の入った布袋の口に括り付けられていた、アスピスの役職名と名前が書かれた紙があったでしょう。あれが送り状です」

「あー、そういえばそんなものが括り付けられてたかも」

 量の方にばかり気を取られていて、袋の外観のほうはあまり気にしていなかったのだが。確かに、閉じられた袋の口に括り付けられるようにして、宛先にアスピスの役職名と名前。送り主に国の名前が記されていた紙があったことを思い返す。

「ポストはひとつあれば十分というか、複数あると管理が面倒なので、役職に就いているときは役職に対して貸与されたものを使うのが一般みたいですよ。俺もそうしてますし、エルンストもそうしているようです」

 これでポストの使い方の説明は終わりです。と、便箋の束をひとつと、封筒を数枚。それと、ペンとインクをひとつずつSと記されたアイテムボックスの中から取り出すと、アスピスの座るテーブルの前に差し出した。

「差し当たり、これくらいあれば足りると思いますので。俺のは無地ですが、便箋には柄や絵が付いているものもありますから、時間があるときに雑貨屋を覗いてみるといいですよ」

 にっこり微笑み告げてくるレイスは、もしかして、女の子というものに夢を見ているのかもしれない。さも、可愛らしい便箋が欲しいでしょうと言った口調で告げてくる。

(あたしも無地でいいんだけど……)

 そうは思うが、そうとは言えない雰囲気に、アスピスは適当な笑いで誤魔化した。



「やっぱり、防御力を考えると皮鎧かしら?」

 基本として、体を鍛えることをしていない非力な精霊使いが、重さ的観点から唯一着られるとされている皮鎧を眺め見ながら、レイスからの呼び出しに即応じたフォルトゥーナが、まじめな様子で考え込む。

「フォルトゥーナはなにを装備しているの?」

「私は、四つのスロット付きのローブを着ているの。基本、毒と麻痺と苦痛(肉体)と苦痛(精神)の耐性をつけているわ。属性耐性は結界オーラを纏えば自前でつけられるから必要ないの。アスピスも自前で付けられるから、属性耐性は必要ないわね」

「結界オーラ?」

「えぇ。築いた結界をオーラにして身に纏う方法よ。他人に化けたりする幻影術でも活用するから、覚えておくと便利よ。今度教えてあげるわね、簡単だから」

「ありがとう」

 なにやら、覚えるべき事柄がたくさんありそうである。

 精霊使いとしての知識を、これまでほとんど学んでこなかったというのもあるのだろうが。

「それはそうと、初めての防具だし。シェリスに聞いたところで、彼女は精霊使いとしては規格外で役に立たないし」

 ひどい言われ方である。が、精霊使いにして、精霊術より体術を得意としているらしいシェリスは、やはり例外なのだろう。

「ローブでいいだろ。戦うのは俺らで、アスピスは結界の中に閉じこもっていてもらうつもりだからさ」

 迷い続けるフォルトゥーナへエルンストは呆れた口調で提案する。

「そうね。それなら、ローブでいいわね。でも、不意打ちされたら……」

「不意打ちされたときは、俺がたてになるから。それでいいだろ」

「そうよね。エルンストだけじゃなくて、レイスやカロエも一緒なんだし。って、私も行けたら一緒に行きたかったわー」

「仕方ないだろ、六聖人(赤)の代役の仕事が入ったんだから。買い物に加えてやっただけでも、喜んどけよ」

 アスピスの初の冒険に同行できないことを悔しがり始めたフォルトゥーナへ、エルンストが窘めるように言葉を重ねる。

「とにかく、じゃあ。装備はローブで決まりと」

 買い物に出て、最初に入った防具屋で、まさかの足止めを食らうとは。と、エルンストは想定外の事態に内心で頭を抱えている脇で、ようやく決まった一品目をフォルトゥーナが嬉しそうに口にする。

「子供用のローブ、ここにあるぞ。どれがいい?」

 ローブに決まったと聞いたカロエがいち早く売り場を見つけて、皆を呼ぶように手を挙げる。

 そこへぞろぞろと、他の4人が集合していく。

「スロット付きってないのね」

「子供用だからね。基本、未成年は冒険者になるの勧められてないし」

 子供用のローブが並ぶ場所を眺め見ながら、「うーん」とうなるフォルトゥーナへ、レイスが仕方ないよと言葉を添える。

「それより、アスピスはどれがいい?」

「えっと……、これかな」

 妙に大きくて盛り上がるようにして嵩張るアップリケが付いているものや、どこかで見たことがあるようなキャラクターがデンと描かれたものや、過剰なレースで装飾されたものの中から、なんとかレースの少なめな質素なものを見つけ出すと、他のメンバーたちの前に差し出す。

 手にしてみて、長さが膝丈くらいであることに気が付いたが、他のものに比べたら、十分マシな類だろうと、そのまま意見を押し通す。

 そんなアスピスの選んだ一品を、早速とばかりに、受け取ったのはフォルトゥーナであった。

「うん、そうね。瞳と同じ緑だし。レースの配置も可愛いわ。それに、子供用の中では生地も素材がいいものね。これなら、防御力にプラスが付くわ」

 満足したように頷くと、フォルトゥーナは左手に引っ掛けていたカゴの中にローブを入れた。

「あとは、頭部と手の部分の防具と、靴。それにアミュレットね」

「子供用はこの辺一帯に集められているみたいだぜ」

 大人用の防具売り場の五分の一以下といった広さの中に、子供用の防具一式が所狭しと収められていることに、カロエの指摘でみんなが気付く。

「いっそ、オーダーにした方が……」

「フォルトゥーナ、ちょっとまってよ。子供は成長が早いから、すぐに着られなくなっちゃうよ。それに、冒険に出るのって、明日なんだし。この中で品のいいものを探すのが一番だと思うけどな」

「だな」

 現実を目の当たりにし、考え込み始めたフォルトゥーナの呟きに、慌てたようにレイスが突っ込みを入れ、カロエがそれに同意する。

「そーお?」

「うんうん。今はそれが一番だよ。成長が落ち着いたら、その時はみんなでオーダー品でもプレゼントしてあげようよ」

 ね! と、アスピス的にそれもどうかと思ってしまう説得であったが、フォルトゥーナはそれで納得いったらしい。

「そうね。その時は、アスピスの魅力を最大限に引き出す装備品をオーダーメイドで作ってあげなくちゃですものね。うん。それまで貯金しないと」

 がんばるわよー。と、変に気力のこもったフォルトゥーナの掛け声が店内に響き渡る。

(ほかにお客がいなくてよかったよ)

 子供、子供と連発されてそれなりにショックを受けているが、そうでなくても他の12歳の子供と比べても、アスピスの体形は小柄で痩躯。と言えば多少聞こえが良い気もするが、ようするにちびでガリガリなので、大人用が着れるはずもなく。否。大は小を兼ねるというが、度が過ぎれはやはり兼ねないのである。被れはするけど、大きすぎて、胴体をすり抜け、足元へずり落ちてしまうのだから仕方がない。

 ただ、フォルトゥーナの勢いがすごすぎて、口を挟める雰囲気でもないので、最初はフォルトゥーナのおすすめを伺い、その上で自分の希望を主張しようと決め、先ずは黙ってフォルトゥーナの言動を見守ることにする。

 そんな中、帽子の中から、二本ワンセットのリボンを見つけ出してきた。

「頭部の防具は、このリボンがいいかしら。レースも付いてるし、ローブと同じ素材で同じ色だし。防御点も付くようだし、おさげの結び目のところに付けると可愛いんじゃないかしら」

 口調は、これで決定。っといった感じで、エルンストでさえ、「それでいいんじゃねーの。お揃いっぽいし」と、常のひねくれ屋をしまい込みフォルトゥーナの意見に同意する。

 そんなみんなの様子を受け、フォルトゥーナはまたしてもカゴの中にリボンを入れる。

「あとは、手の部位の防具と靴だけど」

「手のは、この銀製のやつ。全体的に模様がついていて、なんか可愛い腕輪だぞ。幸運の加護付きみたいだし」

 先んじるようにして手の部位の防具を見ていたカロエが、フォルトゥーナへ差し出すようにして、選び出した一品を手渡す。

「ふーん。そうね……」

 自分で選びたかったのだろう。フォルトゥーナが迷う素振りを店はしたが、周囲をきょろきょろと見回した後、不満げにぼそりと呟いた。

「この腕輪も良いけど、もっとおしゃれな感じの腕輪とか手袋とかはないのかしら?」

「そーゆーのは大人用になっちまうみたいだぞ。見た感じ、手袋って言うと冬用の防寒用っぽいのばっかだし、普通にかわいいって思えるのは腕輪くらいしかなかったぞ」

「そうね。仕方ないわね、腕輪の中ではこれが一番かわいいみたいだし、これでいいわ」

 少しばかり残念そうに告げながら、カロエから受け取った腕輪をカゴの中へ落とし入れる。

「後は、靴とアミュレットだけど」

 そう言いながら、フォルトゥーナは靴が並ぶ前に立つと、しばらく見回していたと思ったら、おもむろに緑色の足首丈のブーツを選び出し、アスピスの足元に置いてみせた。

「これなんかどうかしら、足のサイズに合うかどうか履いてみてくれる?」

「うん」

 見た感じアスピス的にもよさそうなものだったので、不満はない。のだが、それ以前に、雰囲気的に、それは嫌だとか言える感じでもなかった。

 それもあって、素直に頷くと、靴に足を差し入れる。

「サイズもぴったりね。じゃあ、靴はこれにして」

 アスピスが靴を脱ぐのと同時に、それをそのままカゴに入れてしまうと、フォルトゥーナは残るアミュレット探しを始めてしまう。

「あぁ、あそこにあるわね」

 そう言うと、主にペンダントなのだが、アクセサリーの類が並ぶ棚にフォルトゥーナは歩いて行く。

「アミュレットは、大人用でもいいと思うけど。成人した暁にはお祝いに防具一式を揃えてあげたいから、本格的なアミュレットもその時に用意すればいいから。今回は、子供用にしておきましょうね」

 又しても子供用を強調された感じになってしまい、アスピスは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「えっと、そうね。精霊使いだったら、本来術強化とか、マナ増幅、マナ強化なんかを選ぶんだけど。アスピスには必要ないから」

 ここに至ると、アスピスの意見も関係ないらしい。希望を聞くこともしてこない。

(まぁ、フォルトゥーナが楽しんでいるのなら、それでいいけど)

 正直、聞かれたところで、アスピスにはなにがいいのか分からないので、フォルトゥーナに任せてしまうことにする。

 そんなアスピスの考えを知ってか知らずか、フォルトゥーナは真剣にアミュレットを眺め見る。

 しかし、心情はちょっと異なったものだったようである。

「そうね、ここはやはり無難な幸運の加護の文様が象られているペンダントがいいかしら。どうせ、子供用防具のコーナーにあるものなんて、どれも子供だまし程度の効果しかないのだし」

 うわ~、言っちゃったよ。この人! と、思わず突っ込みを入れたくなるようなことをあっさりと言い切り、宣言通りに、商品の説明が書かれた札に『幸運の加護』とある、ペンダントトップに幸運の文様が形どられた直径3センチくらいの飾りがついているペンダントを手にすると、それもカゴに入れてしまう。

「装備品は、これで一通り揃うわね」

 カゴの中を念のためという感じで一通り目を通すと、そのカゴを、迷うことなくエルンストに差し出した。

(えっ!)

 ちょっと待ってくれ。と、アスピスがフォルトゥーナとエルンストに声をかける前に、2人の間でまるで取り決めでもあったように、躊躇うことなくエルンストがカゴを受け取ると、そのまま店主がいる方へとスタスタ歩いて行ってしまった。

「あたしが払うからー」

 そう叫びながら慌ててエルンストの後を追いかけようとしたところを、フォルトゥーナに肩を掴まれるようにして引き止められる。

「いいのいいの。今日はみんなに甘えてしまいなさい。みんなだって、アスピスになにかしてあげたくてうずうずしているんだから」

「でも、お金はちゃんと持ってきたし」

「だったら、そのお金は将来のために貯めておくといいわ」

 にっこり告げてきたフォルトゥーナの口調は、アスピスに二の句を繋げさせない強さがあった。

 しかしである。

「あのね、フォルトゥーナ。どうやら私の元に10年分のお給料が振り込まれていたの」

 フォルトゥーナの服の袖を軽く引っ張り、フォルトゥーナに軽く屈んでもらうと、そっと耳元で打ち明ける。

「あら、そうなの。でも、それも当然よね」

 最初は少し驚いたようだが、すぐにそれで当たり前だと、フォルトゥーナは小さく呟く。

「うん、だから……」

「いいのよ。払わせてあげなさい。みんなアスピスが目覚めたら、なにをするんだかにをするんだって、貯蓄してきたんだから。もちろん、私もね」

「……」

 ここは引くしかなさそうだと、楽し気に語るフォルトゥーナに説得される形で、アスピスはそれ以上の言葉を飲み込む。

 けれども、そういえばフォルトゥーナに相談したいことがあったのだと、ここに来て思い出す。

「それでね、フォルトゥーナ。ポストの中に、ビオレータ様の給料も相当の量が入っていたの。だから、ビオレータ様にお返ししたいなって」

「アスピス。それは、あなたが受け取っておきなさい」

 小声であったが、急にまじめな表情を浮かべ、言い切るように告げてきたフォルトゥーナへ、アスピスは困ったように言葉を続ける。

「でも。だったら、フォルトゥーナだって受け取る権利が……」

「いいえ。私は過剰なほどに、アスピスの代役の分を国からいただいているから。アイテムボックスだってポストだって、貸与じゃないから返品しなくていいし。アスピスが受け取るはずの名誉や称賛も私が奪ってしまっているのだから、ビオレータ様の分は気にせずアスピスが受け取って」

「ねぇ、フォルトゥーナ。だったら、やっぱり、ビオレータ様にお返ししたいな」

「ごめんなさい。それは、もう。無理なの」

 不意にぎゅっとアスピスを抱きしめ、言葉を絞り出すようにフォルトゥーナが小さく囁く。

「あなたが起きるまでは、頑張って生き続けないとって仰って。国境で起こる諍いの地へ精霊使いの役職に就く者として送り込まれたりしてたのだけど、頑張ってずっと必ず帰って来てくださっていたわ。でも、二年前に強制的に使い魔と契約させられてから状況が一転してしまったの。容赦なく使い魔を前線で戦わせたことで、マナの消費量がいっきに増えてしまったというのに、ビオレータ様自身も精霊使いとして、使い魔と契約する前と変わることなく、戦場に赴かされて。そのせいで、ついにはマナが枯渇してしまい、去年、戦場で果てた使い魔に引きずられるようにしてお亡くなりになってしまったの。しかも、亡くなった地が常時諍いが起こっている戦場のような場所だから、死んだ使い魔なんて戦いの場に置き去りにされて、人々に踏みつぶされ、ほとんど原型をとどめてないような状態だったらしいわ。そんな訳で、ビオレータ様のお墓も満足に作ってもらえてないらしくて」

「そんなっ!」

「いつか言わなければと思っていたけど、こんなタイミングになってしまってごめんなさい」

「ううん。教えてくれてありがとう」

 ぎゅううとフォルトゥーナの背中に回した手で、フォルトゥーナの服を強く握りしめながら、アスピスは、必死に泣くのをこらえながら、お礼の台詞を口にする。

 そんなアスピスの心情を察するよう、フォルトゥーナもアスピスの背に回した腕に力を込めていく。

「森の小屋に置かれていた、薬草や薬品、書物などは全部、私が引き取らせてもらったから。無駄に大きいアイテムボックスにしまってあるから、アスピスが必要だというならいつでも渡せるようになってるわ」

「ビオレータ様から引き継いだアイテムボックスに、お金だけじゃなくて、薬草や薬品、書物なども入っていたから。小屋の分はフォルトゥーナが持っていて。もし、読みたくなった書物があったら、そのときは借りるかもしれないけど」

「わかったわ。必要なものができたときはいつでも言って。それまで、私が大切に保管しておくから」

 お互いに、ビオレータには精霊使いとしてのイロハだけでなく、それ以上に薬草や薬品について教えてもらったし。なによりも、家族というものを持っていなかった2人に、真似事だったし、かなりいい加減な母親役ではあったが、家族の温かさを教えてもらった恩があることで、失ってしまった悲しみは共にとても深いものであった。

 ただ、事前に知っていたフォルトゥーナの方が立ち直りは早く、フォルトゥーナにしがみついたままであったアスピスを支えるように立ち上がると、傍で2人を見守っていたレイスとカロエへ向け話しかけた。

「アスピスを連れて先に帰っているから、生活に必要なもので、家に足りてないものだけでいいから買ってきて」

「服とか、下着とかは?」

 さすがにそれらは自分たちには無理だと問いかけるレイスへ、フォルトゥーナがにっこりと微笑んだ。

「服や下着は、実は昨日、あなたたちの家に行く前に買っておいたの。昨日のうちに必要となるものなのに、エルンストのことだからそこまで気が回らないだろうと思って」

「え! でも、ならなんで……」

 渡してあげなかったのか。と、問おうとしたレイスへ、フォルトゥーナは軽く表情をしかめてみせた。

「かさばってしまったから、ポストに送ったんだけど。気づいてもらえなかったみたいね。言うのも忘れていたんだけど。落ち着いたら、アスピスにポストから受け取ってもらうわ」

「あー……」

 お金の整理と、荷物の移動を行ったことで満足して、昨日はそれでアイテムボックスを閉じてしまいそのままだったことを、レイスは思い出す。

「起きたときと、寝る前。あと、できたら昼頃に一度くらいは、定期的にポストの確認をするよう教えておいてあげないと。代役は続行しているけれど、目覚めた以上、いつ、アスピスに仕事の依頼が舞い込むかわからないのだから」

「でしたね。そういうことで、アスピス。日に、最低三度くらいはポストの確認をしてくださいね。ポストの管理は、役職柄必要ですから」

「うん。わかった」

 フォルトゥーナに促されるよう、レイスが簡単に説明すると、フォルトゥーナの服に顔を埋め込んだまま、アスピスは小さく頷く。

 その様子に、現状この場にいるのは限界だろうと、エルンストが支払いが終えるのを待ち。一緒に店を後にすると、他の買い物を3人に任せ、フォルトゥーナはアスピスを連れて、アスピスの住む家へと帰って行った。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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