第67話(依頼掲示板)
[六十七]
アンリールが仕事から戻って来て、再び精霊使いとしての勉強が始まり。それからしばらくすると、長いこと家を空けていたカロエが、冒険者クラスをAにして、自慢気に戻ってきた。
それを聞き、カードを見せびらかされ、アスピスに闘志の炎が生じてしまう。
先日のギルドからの依頼と賞金首の功績で、アスピスも冒険者クラスがもう少しで上がりそうな状況まできていたのである。
「冒険に行く!」
アスピスからの初の希望である。理由はさて置き。
「おい、おい。未成年でAなんていねぇんだから。そんな急がなくてもいいじゃんか」
ようやくAになり、自慢できると思った矢先に、アスピスがやる気を出してしまったことに、カロエは焦りを覚えてしまう。
なんといっても、アスピスのマナは規格外なのだ。その気になれば、精霊術を使って、あっという間にAになることだろう。その辺のことは、初めての冒険にて、カロエは目の前でアスピスが暴走する場面を見ていたので、生々しく実感できた。
そのため、カロエは必死になって、アスピスの思考の軌道修正に入る。
「ほら、冒険より、旅行しようぜ。湖とかさ。キャンプとか楽しいぜ」
「ううん。冒険がいい!」
カロエの誘いに乗ることなく、アスピスは闘志を燃やし続ける。
それを見ていたエルンストが、アスピスに声を掛けてきた。
「行くのはいいが、依頼を受けねぇと話にならねぇぞ」
「依頼って、掲示板でいいの?」
「あぁ。見に行くか?」
時間はまだ早い。夕方までかなりの時間があった。
そのため夕飯までに戻ってくれば大丈夫だろうと、エルンストがアスピスを誘ったら、即座にアスピスが大きく頷いた。
「行く! 依頼、受ける」
「ただし、俺はついて行ってやれるが、他にも一緒に行ってくれる仲間も必要だからな。依頼を受けたら、みんなに同行してくれるようにお願いするんだぞ」
「うん。ちゃんと一生懸命お願いする。それじゃあ、準備してくるね!」
嬉しそうに2階へ準備に向かうアスピスを見送るエルンストへ、カロエが恨みがましい声を出す。
「エルンストの裏切り者~」
「裏切っちゃいねぇだろ。アスピスが冒険したいって言うんだから、連れて行ってやろうってだけじゃねぇか」
「嘘だ。アスピスの冒険者クラスをAにしてやりたいんだろ」
睨みを聞かせて告げてくるカロエに、エルンストは苦笑を浮かべ、カロエの頭をポンと叩いてみせる。
「仕方ねぇだろ、惚れてんだから。好きな相手がAになりたいって言うなら、叶えてやろうって思うだろ。普通」
「うわー、耳が痛い。っていうか、なにこのオレ的に複雑な状況は」
エルンストの台詞に、カロエは悔しそうに呻いてみせる。そんなカロエに、エルンストは小さく笑う。
「まぁ、ガキには難しいか」
「ちょ。オレ、もう成人なんですけど。18歳なんだぞ」
「だったら、好きな女の希望くらい叶えてやれよ。懐の広さをみせる場面だろ」
「うわー。きた。そうくるか。ちくしょう! 分かったよ。協力すりゃいいんだろ」
カロエは心の中での葛藤をなんとか乗り越え、やけくそな感じで言い切った。それを見守ったエルンストは、おかしそうに笑いながら、カロエの頭を掻い操った。
「んじゃ、あいつの準備が終わったら、掲示板覗いてくるから。お前は風呂にでも入って、くつろいでろ。かなり無理したんだろ」
「ふぁーい。いってらっしゃい」
もう完全に諦めモードに突入したらしいカロエは、いつもならパンツ1枚になって飛び込んで行くところを、冒険装備を身に着けたままのそのそと風呂場に向かって行く。
思わず着替えは持って来なくていいのかと、突っ込みを入れたくなったが、アイテムボックスに多少は入っているのだろうと思い、そっとしておくことにする。
そして、行く気満々で二階へ出かける準備に行っていたアスピスが、意気揚々と下りて来た。
冒険者ギルドへ到着すると、イートインコーナーの一角に設置されている巨大な掲示板の前に立つ。
「好きなのを探せ。俺やカロエがついて行ってやるから、大抵は受けられるはずだ」
「うん」
「でも、他のみんなに一緒に冒険について来てほしいってお願いするのは、お前だからな」
「わかった」
記憶を蘇らせるなら、以前カロエが依頼掲示板から見つけて来たお届け物の依頼を受けたがったときの、カロエの態度を思い出す。あのときのカロエは、みんなに必死にお願いしていた。
冒険は、命に関わることである。同行をお願いするということは、そういう意味も含めて頼むことになるのだから、みんなに協力を求めるアスピス側もそれなりの意思を持つべきなのだろう。
そう思い、依頼の用紙が壁一面に張られているのを、一枚ずつ確認していく。
(色々とあるんだ。金額もバラバラだし)
護衛に魔物退治にお届け物。その他に、探し物とか収集とか、内容も様々だが、同じような内容でも依頼者の懐事情もあるのだろう。金額も様々であった。
その中でアスピスの目にとまったのは、2枚の依頼書であった。初めて見るので、正確なところは分からないが、他の依頼書と見比べて、金額も妥当そうだし、依頼内容は異なるが、場所も同じであった。
目的地はユークの森というところで。1枚はラカノンの町の町長からで、最近魔物が増えているので討伐して欲しいというものであった。もう1枚は王都の住民のカナールという人物で、その森にしか生えていない薬草を収集してほしいというものである。
「ねぇ、エルンスト。ユークの森とラカノンの町って近いの?」
「あぁ、本当に目の前だぞ。以前行ったタソック村みたいに、入り口の反対側がほぼ森に接触しているってほどじゃねぇが、30分も歩けば森に着いたはずだ」
「そうなんだ」
つまり、ラカノンの町に魔物の被害が出ているということなのかもしれない。
「ねぇ、エルンスト。一度に2枚っていいの?」
「そりゃできなくもねぇけど」
「目的の場所が同じなの」
「あぁ、そういうことか。なら、問題ないんじゃねぇか」
エルンストはそう告げると、アスピスに問いかけてきた。
「んで? どれとどれなんだ?」
「あっちと、これ」
身長が足りないことで、指で依頼書を指定すると、エルンストが依頼掲示板からそれぞれの依頼書を留め具から外し取る。その上、更に1枚追加するように依頼書を手に取った。
「それもいいの?」
アスピスも、目的の場所が同じであったし、依頼の内容も王都の住民であるカナールと同じ内容で、薬草の収集であった。ただ、報酬が王都の人のものより若干少な目であったことと、なによりも依頼者がウチウークの町という、アスピスの知らない町に住むダローガという人物であったため、それは見なかったことにしたのだ。
「あぁ。ユークの森に向かう途中にある町だ。冒険者の多くが王都を起点として動いていることもあって、王都の依頼掲示板は他の所より大きくて、依頼書の数も多いからな。冒険者の目にも触れやすい。だから、受けてもらえる可能性が高いと思って、こっちにも依頼書を貼ってもらうようギルドに依頼する人も結構いるんだ。ちょっと金をとられるがな。ウチウークの町のダローガって奴もそうだが、ラカノンの町の町長もそうして、こっちの掲示板に貼ってもらったんだろ」
「そういうもんなんだ」
エルンストの説明に、なんとなく納得しながら、アスピスは頷くと、エルンストが差し出してきた依頼書を受け取る。そして、それを手にエルンストに導かれるようにして、受け付けに向かった。
「あとは、この用紙を受け付けに出して、正式に依頼を受けるだけだ。やってみろ」
「うん」
アスピスは頷くと、受け付けの窓口にいる女性に声を掛ける。
「すみません。依頼を受けたいんですが」
「あら、この間はギルドの依頼を受けてくれてありがとうね」
「いえ」
Sクラスの冒険者を3人。近々4人となるだろう、エルンストたちのパーティの一員であることと、子供の冒険者が少ないこと。それに、初めての冒険で、SSランクの聖狼の希少種であるアネモスを使い魔にした上に、飛び級して冒険者クラスがBになったことで、冒険者ギルドで有り難くも覚えめでたい存在となっているようである。顔を見てすぐに、アスピスが誰だか分かってくれる。
「それで、これなんですが」
用紙を3枚差し出すと、受け付けの女性が内容を確認する。そして、アスピスの背後にエルンストが立っているのを確認すると、にっこり微笑んだ。
「身分証の提示をお願いできるかしら?」
「はい」
アスピスは慌てて、花の形の鞄からギルドカードの入ったケースを手渡す。
「あら、王国管理室所属の八式使いだったのね。強いはずだわ」
「あっ……」
うっかり、管理室用のカードも入っていることを忘れて差し出してしまったことに、アスピスは慌ててしまうが、女性がくすくすと笑って安心するように告げてきた。
「出し入れが面倒だから、王国関連に所属している人って、大抵王国関連のカードも一緒に出して来る人が多いの。これは身分証明書でもあるから、私たちが見ても大丈夫なものよ」
「そうなんですか。よかった」
ホッとして、笑みを零すアスピスに、女性は問いかけてくる。
「この依頼は、ユークの森だからAクラス以上の同行者が複数必要なんだけど、一緒に行ってくれる人は決まっているの?」
「えっと。エルンストとカロエは一緒にいってくれると思うんですが」
「カロエさんといえば、Aクラスになったのよね」
「はい。今日、戻ってきました」
処理をしたばかりなのだろう、記憶に新しかったようで、女性が反応したことで、アスピスは嬉しそうに応じてみせる。
その背後で、話の進みが遅いことと、補足をいれたいことがあったようで、エルンストが口を挟んできた。
「他に、ルーキスとレイス、フォルトゥーナが同行してくれるはずだ」
「それだけいれば、問題ないですね。あそこはかなり強い魔物が出ますから」
にっこり笑って応じると、掲示板から外し取った依頼書の一部を切り取ると、受け付けを済ませたことを記すハンコを押して、アスピスに手渡してきた。
「おそらく、この3つの依頼をこなせば、アスピスさんもAクラスになれるはずよ。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
「あと、これ。薬草に関する資料と図よ。それと、ヘルツ草用の採取ケースを2つね。これにいっぱいに採取してちょうだい。そこでしか取れない、心臓に効く薬草なの。度々、依頼がでるのよね。魔物が出る場所だから、採取といっても、魔物退治しながらになってしまうから、功績も採取にしては高い方なのよ」
「この薬草を、このケースいっぱいに集めればいいんですね」
「えぇそうよ。それと、これ。身分証お返しするわ」
受け付けの女性からカード入れを差し出され、アスピスはそれを受け取ると、両手いっぱいに荷物を抱え込む状態になってしまう。
「頑張ってきてね」
女性は最後にそう言うと、アスピスの後ろに並んでいた男性の冒険者の受け付けを開始した。その邪魔にならないよう、アスピスはすぐに脇に退け、冒険者ギルドの隅の方で、ヘルツ草の採取ケースをアイテムボックスにしまい、受け付けを済ませたばかりの依頼書と薬草に関する説明書と図。それに身分証明書の入ったケースを鞄の中にちゃんとしまうと、エルンストと共に冒険者ギルドを後にする。
「あたしがみんなにお願いするんじゃなかったの」
「あのまま、ダラダラ話を続けていられたら、後ろに迷惑がかかるだろ」
「そうだけど……」
「それに、冒険に付き合ってくれるとは言っていたが、お願いするのはお前だ」
「それはもう分かってるよ」
何度も念を押されているので、ちゃんとそのつもりでいたのだ。だけでなく、誰が参加してくれるか、お願いするのもアスピスがやるのだと思っていたので、あの場でエルンストにばらされてしまったことが、ちょっと不満なだけである。
どうやら、アスピスが準備をしている間に、裏で手を回し参加者を確認していたようである。
「まぁ、ユークの森で魔物退治なら、ルーキスが飛び付くはずだ。数日は森に閉じこもることになるかもしれないな」
「閉じこもったら、Sクラスになれそうなの?」
「まぁ、出てくる魔物の数やランクによるけどな。数日籠っていれば、上がれるんじゃないか」
「Sクラスが目標だったもんね、ルーキス。上がれるといいね」
アスピスはそう言うと、ニコニコと笑みを零す。
カロエも希望のAクラスに上がったし。ルーキスも念願のSクラスが目前だという。そして、アスピスもこの3つの依頼をこなせば、Aクラスになれるかもしれないのだ。
気持ちがかなり盛り上がっているところで、家に到着する。
そして中に入ったら、テーブルにレイスとルーキスとフォルトゥーナとカロエが首を揃えて待っていた。
「おまえら、もうちょい。アスピスに苦労させろよ」
「だって、アスピスが自分から冒険したいって言ったって。なら、協力しなくちゃでしょ」
「そうですよ。前向きなのはいいことです」
「俺も、Sクラスに早くなりたいしさ。冒険は大歓迎な訳だ」
「だからって、なぁ……」
先に手を回したのが仇となり、冒険を了承してくれたみんなが、内容を聞く前にやる気満々で揃ってしまっている現状に、エルンストは呆れ。アスピスは唖然となる。
エルンストに散々言い聞かされてきたことはなんだったのだろう。
「それで、今度の冒険はどこなのかしら?」
「依頼書をみせてくれるか?」
フォルトゥーナとルーキスが身を乗り出すようにして、アスピスに問いかけてくる。そのため、アスピスは3枚の依頼書と、薬草の説明書と図をみんなの前に並べた。
「魔物退治に、薬草集めか」
「ユークの森ね。そこの薬草集めなら、何度か受けたことがあるから、群生場所も知っているし楽勝よ。実は、ビオレータ様の薬草畑の中にも、ヘルツ草があるのよね。アスピスのアイテムボックスにも、乾燥させたヘルツ草の束があるはずよ」
以前、ビオレータが六聖人(赤)のアイテムボックスに残していたものを、フォルトゥーナに見せたことがあり、それで覚えていたようだ。
「俺なんて、Bクラス仲間とタソック村の森でちびちびと何日も籠ってやっと功績ためたっていうのに……」
「なに言ってんだ? カロエ、それが普通だぜ。俺だって、そうやってここまで来たんだぜ。王国付きの職業による加算がない分、大変だが。上がったら気持ちいいだろ」
「それはそうだけどさぁ」
ルーキスが当然とばかりに言い切ると、カロエも渋々頷いた。
「でも、ユークの森なら、Sクラス狙うのにちょうどいいし。数日は付き合ってもらうぜ。そうすりゃ、アスピスもあっという間にAクラスになれるぜ」
「最初から、覚悟してる。そう言うと思っていたからな」
エルンストはそう言うと、レイスがコーヒーを入れてくれたことで、席に着く。
「まぁ、シェーンに手を回して、仕事をしばらく回さないようにしてもらっておくさ。あいつには迷惑かけられてるしな」
そういいながら、エルンストはコーヒーを口にした。
「それで、出発はどうするの?」
「カロエの疲労度しだいだな。帰ってきたばかりだからさ」
「オレはなんか調子いいんだよな。他のみんなはヘロヘロなのに」
カロエはそう言うと、元気自慢をしてみせる。
そういえばと、以前、少しだけだが常時アスピスのマナが使い魔のみんなに流れ込んでいるようなことをエルンストが言っていたのを思い出す。
「アスピスに感謝するんだな」
「そうですよ。気づいていないんですか? カロエが毎日疲れ知らずでギルドの訓練所に通えたのは、アスピスのマナのおかげですよ」
「へ? あーでも、言われてみればそうかも。いつも、みんなヘロヘロになって帰るのに、オレだけはそんなに疲れてないんだよな」
「ちょっと鈍すぎですよ。ほんの少しずつですが、アスピスが常にマナを俺たちに送り込んでくれているから、俺たちは疲れ知らずでいられるんですからね」
レイスがカロエに忠告するのを聞いていて、ルーキスとフォルトゥーナが改めて呆れるように呟いた。
「アスピスって、本当にすごいな。マナの産出量が無限大ってのも頷けるっていうか。言われてみれば、俺たち盗賊団にいたときかなり無茶苦茶してたし、王国に管理されて戦いの最前線に送り込まれていたときも、何度死んでいたかわからない目に遭ってたけど、即座に復活したしさ。シェリスじゃ、そうはいかねぇもんな」
「私も無理よ。というか、普通は無理よ。それもリンク率は極力下げているもの。アスピスみたいにほぼ100%状態を保っていたら、双方の破滅を招いてしまうわ」
「お前ら、いい加減にその辺にしとけよ」
「あっ。ごめんなさい」
「そうだよな。すまなかった」
エルンストの忠告に、ハッとするようにフォルトゥーナとルーキスが謝罪してくる。
「べつに気にしてないよ。本当のことだろうから」
ただ、思い出したくないことを思い出しただけである。
「じゃあ、出発日は任せていい? あたしはいつでも大丈夫だから。ちょっと2階に行ってくるね」
そう告げると、依頼書と薬草の説明書と図を鞄の中にしまい込むと、アスピスはわたわたと2階に向かって行く。
その途中、1階からエルンストが2人を怒る声がしてきた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




