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第66話(王国管理室/休息)

[六十六]


 陽が昇り、昼近くなると、エルンストと王城へ向かう。

 旅の疲れは残っていたが、お風呂にも入ったし、ひと眠りしたので、気分はそれなりに良かった。

 エルンストと手を繋ぎ、アスピスの速度に合わせて、王城に到着する。そして城門をくぐり抜け、正面玄関に辿り着くと、警備兵に戸を開けてもらう。そして王城の中へ入って行くと、しばらくして黄色い悲鳴が響き始めた。

(あー。毎度のことながら見事だねぇ)

 もう慣れてしまったと思いながら、気にすることを一切していないエルンストと共に王国管理室へ向かって行く。それに倣うよう黄色い声も付いてくる。しかし、途中から上位職専用の区域に入ることで、黄色い声はそこで途切れた。

「どんだけ人気者なんだか」

「単に面白がっているだけだろ。暇なんだよ貴族のお嬢さん方は。噂話とお茶会が仕事みたいなもんだからな」

「ふーん。ところでシュンテーマはどこに住んでるの?」

「そうだった。普通、あそこに俺らを置いてくか?」

「や。楽しそうに話してたから、お邪魔かなと思って」

「声を掛けろよ」

 アスピスが家に着いて、レイスと挨拶を交わし、お風呂に入ろうかなというところになって、すごい勢いでエルンストが帰ってきたのだ。あの様子だと、シュンテーマと話していた場所から猛ダッシュで帰宅してきたのだろう。入って来た時のエルンストはかなり息を切らせていた。

「それより、どこに住んでるの? お城の中?」

「それを知ってどうする気だ?」

「どうもしないよ。好奇心」

「……」

 素直に言ったら、エルンストがしばし考えこむ仕草をみせたが、すぐに口を開いた。

「普通にアパートを借りて住んでるはずだ」

「そうなんだ? 結婚とかはしてなさそうだったよね。指輪してなかったし。恋人はいるのかな?」

「知るかよ、あんな奴の私生活なんて。つーか、なに気にしてんだ?」

「いや。だってエルンストの大親友の情報は多めの方がいいかなって」

 エルンストの弱点を聞き出したり、騎士学校での女性遊びの情報を教えてもらったり、レイスやカロエたちでも知らないことを知っているかもしれない。とか、ちょっと思っていたりもする。あんなに仲がいいのだから。

 しかし、瞬間に浮かべた顔は実に嫌そうなものだった。

「誰が、誰と大親友だって? あれは単なる仕事仲間だ」

 それ以上でもそれ以下でもないと、エルンストはキッパリ言い切る。

「ふーん」

「なんだよ?」

「まぁ、直接聞くからいいや。ポスト名も聞いたし」

「いつの間に! つーか、本気で喫茶店デートする気か?」

「さぁ?」

 アスピスが小首をかしげると、エルンストが「俺は絶対に許さないぞ!」と力説していたが、そこは聞こえなかったことにする。

 そして、しばらく歩いていると、王国管理室に到着した。

「あ、これはエルンスト様にアスピスさん。お仕事お疲れ様でした」

「これが、定期点検と補充完了のサインだ。もうひとつの依頼の方は、王国所属のシュンテーマが直にレポートを提出することになっている」

「はい。そちらの件は上から伺っております。大変でしたね。サインの確認できましたので、これで今回の依頼は完了となります。お疲れさまでした」

「あ、宿屋の請求の方だが」

「こちらの方に既に届いております。エウリュ様がいつもご使用しているところですね。支払いはこちらの方でさせていただきますので、大丈夫です」

「いつも悪いな。エウリュの希望に沿うとどうしても高くなっちまって」

「いえ、六聖人様の方が、立場上、どうしても優先順位が上になりますので。お気になさらずに。エウリュ様の希望する宿屋などの情報もきちんと報告されておりますので問題ありません」

「じゃあ、頼んだ」

「はい。承りました。お疲れさまでした」

 受付の男性はエルンストとアスピスに向けて頭を下げると、事務処理を始めてしまう。

 それを見て、2人は王国管理室を後にした。



「喫茶店でもよるか?」

 途中、足の限界がきて、アネモスを召喚しようとしたら、それを止められ、エルンストに抱きあげられた。

 それからしばらくして、貴族街を歩いている最中、エルンストがぽつりと呟いた。

「え? どうしたの急に」

 エルンストが入る店と言えば、食堂が基本である。たまにアスピスに付き合って喫茶店に入ることはあるが、女性の割合が高く、アスピスと同伴していても、構わず声を掛けてくる人までいるので、エルンスト的に喫茶店は面倒くさいらしい。

「家に帰って、休憩を取るから。このまま帰っていいよ」

「とか言って、また、本でも読むんだろう」

「いいでしょ。楽しいんだから」

 解禁されたのだから、アスピスの自由である。

「まぁ、カロエが功績とお金を稼ぎに、冒険者ギルドの訓練場仲間とパーティ組んで魔物倒しの冒険中らしいから。しばらくゆっくりできそうだし。楽しまないと!」

「その前に、アンリールに連絡入れて、勉強再会してもらうようだろ」

「アンリールの方に仕事が入っちゃって、今はいないの。カサドールと2人で、どこだったか、向かってるみたいだよ。対はやっぱ強いね、ペア率かなり高いみたいだよ」

 それを聞いた途端、エルンストが意を決するように呟く。

「なんとか、ノトス倒して赤を奪い取らねぇとなぁ」

「同じくらいの強さなんだって? 勝利しないとダメなんでしょ」

 ぼやくエルンストに、アスピスは以前聞いていたことを口にする。

「他人事みたいに言ってねぇで、応援する気はねぇのかよ」

「や。だって、その場合って、対になるのはフォルトゥーナでしょ。もちろん応援はするけどね」

「お前、まだ疑ってるのか?」

「疑っているんじゃないよ。応援しているだけ」

「実際仲良くすると、妬くくせに。素直じゃねぇなぁ」

 呆れたように呟くエルンストに、アスピスはそっぽを向く。

 乙女心は複雑なのだ。

 フォルトゥーナを応援したいし、うまくいって欲しいと本気で想ってはいるのだが。心のどこかで、エルンストを独占したがっている自分がいることも、アスピスは自覚していた。

「エルンストは、意地悪だ」

「意地悪じゃねぇだろ。かなりアスピスに対しては譲歩してるぞ」

 失礼だなぁと告げるエルンストは、貴族街を抜け出すと、大通りの方へ向かって行く。

「え? 帰るんじゃないの?」

「喫茶店に行くことにした」

「なに張り合ってんの? 無理せず、帰宅しようよ」

 冗談でかわしたシュンテーマとの約束が、エルンスト的に気に入らないらしい。

「向こうだって、冗談で言っているだけでしょ」

「冗談でも、俺の連れを口説く真似なんてこれまでやったことねぇからな」

「子供相手の好奇心じゃん」

「好奇心が、始まりだろ」

 真顔で応えられ、アスピスは絶句する。

(今度から、エルンストの前では冗談でも、誘いに乗るのやめておこう)

 実はかなり拗ねているようである。

「エルンスト、帰るよ! 喫茶店はなし。っていうか、お腹空いてないし」

「あ?」

「その代わり、抱き枕になってあげる」

 エルンストが、どうすれば機嫌が直るのか分からないが。アネモスがカロエが買ってきたもちもちフワフワの犬型の抱き枕を抱きしめ寝ている姿を見て、たまに「抱き枕って、そんなに気持ちいいもんか?」とアネモスに真顔で訊いているのを思い出し、なんとなく提案してみる。

「なんだ、その誘い方は」

「だって、抱き枕に興味がありそうだったから」

「その言葉、嘘じゃねぇだろうな」

「エルンストに、惰眠する勇気があればね」

 基本、日中は起きているエルンストである。滅多に昼寝とかしないのだ。そんな時間があったら、どちらかと言うと、庭に出るか部屋の中で運動する方を選ぶエルンストにとって、惰眠は縁遠い存在なのである。

 それでも、エルンストは話しに乗って来た。

「決まりだ」

 エルンストは満足そうに笑うと、経路を自宅の方へ変えてしまう。そして、速足で帰路へついた。



「分かった」

 アスピスを抱き込んで横になっていたエルンストが、突然口を開いた。

「ん? なにが?」

「お前が、抱き枕に向いてねぇってことがだよ」

「は?」

「細すぎ。小骨が刺さりそうだぞ」

 エルンストがあっさりと言い切り、アスピスを一度開放する。瞬間、アスピスは上体を起こすと、ベッドの縁へ移動し、足を落とした。

「もう、知らない。好きに、そこで惰眠とってて」

「って。なに怒ってんだよ」

「エルンスト、失礼すぎ!」

 抱き枕になってあげていた人に対する台詞じゃないと、アスピスは憤慨する。

「あたし、机で本を読んでるから。エルンストは勝手に寝ててよね」

「待てよ。逃がしてやるとはいってねぇだろ」

「じゃあ、なんなのよ」

 アスピスを引き止めるため、エルンストも上体を起こすと、手を伸ばしてアスピスの腰に腕を回して来ると、そのまま自分の方へと引き寄せる。

「コンセプト、変更しようぜ」

「変更って?」

 なにを言い出す気だろうかと、上体を捻るようにしてエルンストを見上げると、額に口づけを落としてきた。

「ちょっ」

「好きなやつを抱いて寝る、かな」

 にやりと笑って、両腕をアスピスの腰に回すと、アスピスの身体を回転させるようにして、エルンストと向き合う体制を作り出す。そして、右手をアスピスの首のから背にかけて腕を回すと、アスピスをその場に横にさせる。続けてエルンストも横になった。それとほぼ同時に、左腕をアスピスの腰へ回して来ると、アスピスを身体ごと全部、エルンストの胸元まで引き寄せる。

 そのせいで、体が完全にエルンストと密着してしまい、脚までが絡み合う。

「まぁ、抱き枕より、こっちの方が妥当そうだな」

「あたしが眠れない」

「慣れるか、諦めるか、だな」

 二者択一を求められ、アスピスは途方に暮れる。しかし、ふと違うことを思いついてしまった。

(ん? いや。そうじゃなくて、エルンストって思っていた以上に遊んでた?)

 動作が手慣れているよう、感じられたのだ。

 普通の恋人というものを知らないので、アスピス的にこれはどのくらいの関係になった場合の体勢なのか、その辺のところも分からないのだが。

(ていうか、小説にある抱き合って寝るって、こんな感じな訳?)

 想像していたのとは違うと思いつつ、腰に回されているエルンストの腕とか、絡み合っている2人の脚を、妙に意識してしまう。

 そして、アスピスは思考も体も完全に硬直してしまった。

「やりすぎたか」

 腕の中でピクリとも動かなくなったアスピスの様子を察し、エルンストはちょっと反省するように呟き洩らす。

「ったく。これだから未だガキだって言ってんのに。こいつには通じねぇんだよな」

 アスピスを独占しているこの感覚は手放しがたいが、アスピスがこれではどうしようもないといったところなのだろう。

 折角の機会をのがすことになるので、かなり勿体ないと思いつつ、エルンストはアスピスの腰から手を離すと、アスピスを仰向けにして、体勢を腕枕に変更する。

「ほら、これならいいだろ」

 左手で、アスピスの頬へ触れながら、エルンストはアスピスに声を掛ける。

 そのついでに、口づけを落としたのは、今回我慢したことに対するご褒美とすることにした。

 そして、脚で器用に毛布を引っ張り上げると、アスピスと自分の上にそれを掛ける。

「んじゃ、俺は本気で寝るから。お前、勝手に起き出すなよ」

「う、うん……」

 ようやく意識が溶解してきたのか、アスピスは慌てて大きく頷いた。

 アネモスに寄りかかっている時とは全然異なる感触の、エルンストの腕に頭を預けながら、アスピスは初めての腕枕体験に、緊張しまくり、結局眠ることはできなかったのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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