第65話(六聖人のお仕事Ⅱの7/復路)
[六十五]
エルンストが宣言していた通り、翌日の朝、エウリュはみんなに別れの挨拶をすると、冒険者ギルドに向かって行き、転移用結界の使用の申請をして、身元の確認後すぐに許可が下りたようで、ひとり先に王都へ帰って行ってしまった。
プリヨームは、アスピスを気絶させて以降、顔を合わせることはしていない。夜も宿へ戻ってきた様子はなかった。
ただ、早朝に川から死体が上がったと、町でちょっとした騒ぎが起こったらしい。
アスピスの知らない間に、シュンテーマやエルンストが、その遺体を確認しに行ったようなのだが、その結果を聞き出せる雰囲気でもなく、エルンストたちからも語って来ることがなかったため、詳しいことは分からないままである。
「さてと、帰るとするか」
六剣士としての装備ではなく、普通の冒険用の装備品を身に纏っていたエルンストが、大きく伸びをして、そう呟くと、ベッドから立ち上がる。
アスピスも、すでに帰宅のための準備は万端で、装備一式を身に着け、肩からはエルンストからもらった飾り気のない鞄を掛けていた。
「帰りは3人か」
「ちょっと寂しいね」
「そうか? うるさいのが一匹いるからそうでもないだろ」
エルンストはそう言うと、扉を空け、部屋から出ていく。その後ろから、アスピスはエルンストを追うように部屋を出る。
「忘れ物はないな?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、行くか」
最後の確認とばかりに掛けられた問いへ、アスピスは頷くと、エルンストと共に宿屋のカウンターへ行く。
「世話になったな」
「いえ。いつもご利用ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
受付の男は頭を下げると、エルンストとアスピスに渡していた部屋の鍵を受け取り、宿屋の扉を開いてくれる。
「あ、あの。アネモスはそのまま連れて行ってしまって大丈夫ですか?」
「はい。後始末はこちらの方で致しますので、ご一緒に連れて帰ってくださって問題ありません」
「ありがとう。お世話になりました」
アスピスが動物小屋の方へ向かう前、受付の男にお礼を言うと、受付の男は深々と頭を下げて、扉を閉めた。それを機に、アスピスはアネモスの元へ、可能な範囲ではあるが、急いで行く。その後ろをエルンストが付いてきていた。
そして、アネモスと顔を合わせると、アスピスはアネモスを一度抱きしめ、帰宅することを教える。
「居心地はどうだった? やっぱり一緒の部屋の方がいい?」
「まぁまぁの環境ではあったな。だがそうじゃな。マスターの傍の方が安心して寝ていられるのは確かじゃ。マスターの使い魔は、どうもいまひとつ安心感に欠けるからな」
「悪かったな。人間として暮らしてると、色々と立場ってもんがでてくるんだよ」
「我は、なにも貴様がどうとか言っておらんが。体裁を気にして、マスターに素っ気なくしたり、やたらとかまったり、不安定な輩だとは思っているが」
「うっ……」
大通りを歩きながら、エルンストとアネモスが好きなことを言い合っている。使い魔同士のコミュニケーションというところだろうか。
聞いているのも面白かったので、好きに会話をさせていたら、町の外に到着してしまう。
そこにはすでにシュンテーマが、冒険用の装備を身に着けて待っていた。
「よう。今日からしばらくお邪魔するぜ」
「静かに頼むぜ」
「なんだ。お主も一緒とは。うるさくなりそうじゃ」
「お! しゃべるとは聞いていたけど。本当にしゃべられるんだな。さすが希少種!」
アネモスが口をきいたことで、シュンテーマの意識が完全にそちらへ向いてしまう。
そして、もっとしゃべろうぜ! と必死に話題を提供するシュンテーマを無視するようにして、アネモスはエルンストの元へ寄っていくと、馬車を出すようせっついた。
これはこれで、珍しい光景である。
帰りは楽しくなりそうだと、エルンストと共に馬車を出しに行ったアネモスが、馬車を引いて出てくるのを待って、アスピスはシュンテーマに抱えてもらい馬車に乗せてもらった後、シュンテーマも後ろから乗り込み、エルンストの御者で帰路へとついた。
「なぁあなぁ、俺にも御者させてくれよ!」
絶え間なく、エルンストに強請り続けるシュンテーマに、エルンストは吐息する。
「お前の御者は乱暴なんだよ」
「えー。んなことないって。それに馬の制御と違って、なんかおもしろそうじゃん」
「面白そうでできるなら、楽なことないだろ。アネモスの気分次第でどうにでもされちまうんだ、指示は的確にしないと、文句が帰って来るしな」
「へー」
立ち上がり、エルンストの脇から顔を出すようにして、シュンテーマは好奇心いっぱいの顔をする。
「ねぇ、シュンテーマって、隠密なんでしょ?」
「ん? あぁ、そうだけど」
「隠密って、もっとこう影のように目立たず騒がずじゃないの?」
「んー。俺的にはさ、好奇心が必須だと思うね。情報収集が役目な訳だし、好奇心がねぇと世界は広がっていかねぇからな」
にこにこと笑っているが、エルンスト曰く、王国所属の隠密の中でもトップクラスの腕らしい。しかも見た目は弱そうだが、武術にも長けていて、シェリスにも劣らぬ暗殺術を身に着けているそうだ。
エルンストとは、仕事先で何度か合流することがあり、今の関係に至ったようである。
レイスとも顔見知りらしい。
ただ、仕事面から、六剣士とは情報を渡したりするため接触をもったり、たまに共闘するそうだが、六聖人とは方向性が違うので、絡みが少なく、知り合いと呼べるような人はいないらしい。
アスピスに絡んできたのも、キセオーツ王国がアスピスを欲しがっていることから、護衛のために近づいてきただけで、そうでなければ一切顔を合わせずに済ませていただろうということだった。
「まぁ、アスピスには頼りになる使い魔が3人と1匹いるし。捕まらないようガンバレ!」
「他人事だねぇ」
「お仕事が終わったからね」
あっさり言い切り、シュンテーマは伸びをする。
「でも、アスピスといると飽きないで済みそうだから、特別にサービスしてあげるよ」
「サービス?」
「そ。アスピスは八式使いの中でもかなりの貴重種らしいし。欲しがる国は多そうだけど、国としても絶対に手放したくないだろうからね。これからきっと大変な目に遭うことになるだろうから、俺も、可能な限り、アスピスが魔の手に落ちないよう協力して上げるってこと。仕事に関わらずね」
にこりと微笑みつつ物騒なことをさらりと言ったシュンテーマにアスピスは苦笑を浮かべる。
「あたしって、狙われちゃうわけ?」
「残念ながら。すでにキセオーツ王国は動き始めてるし。国内でだって、いかにアスピスを自分の手持ちのコマにしようかって、企んでいる輩は多いだろうし。他の国だって、いずれはアスピスの希少性を知り、欲しがって来ると思うね」
「おい。あんまりそいつを脅かすなよ」
「本当のことだろ。知っておかないと、却って危ないぜ。こういうことは。大事にしまい込んでおきたい気持ちも分からなくはねぇけどさ。知らないと、コロッと騙されちゃう可能性が高いだろ。そうでなくても、今回、プリヨームにコロッと騙された訳だし。俺がいなかったら、今頃キセオーツ王国の手中だったぜ」
ねぇ。と、アスピスに同意を求められ、アスピスは対応に困ってしまう。
確かに、アスピスはプリヨームによって誘拐されるところであったのだ。プリヨームが本当にキセオーツ王国と通じていたらの話だが。
「だから、それは本当に感謝してるし。でも、国側としても、お前を数にいれての作戦だった訳だから、そこまでお前が威張ることじゃねぇだろ」
「まぁね。でも、ホンモノを餌にして、身内の裏切り者を炙り出すって、かなり勇気のあることやったよなぁ。俺という強者に、やっぱり感謝だろ」
「傷が浅い内に炙り出したかったんだろ。キセオーツ王国の諜報部員が、イシャラル王国の心臓部にまで入り込んでいない今がチャンスだったんだろうから」
「それだけど、なにげにかなり潜り込んでるとは思うぜ」
「まぁな。イシャラル王国だって、各国に諜報部員を送り込んでいる訳だから、その辺はお互い様ってところなんだろうが」
あっさりとシュンテーマの台詞を受けつつ、エルンストは肩をすくませる。
「だからね、アスピス。俺って、六剣士や六聖人同様に、なにげにアスピスより上の存在っていうか, 王国所属だから、国そのものに雇われているって感じなの。そのうえ。冒険者クラスだってSだし」
「あ、そうなんだ。」
「そうなんですよ」
「だから、お友達になっておいて損はないよって。そしたらいざって時は、お仕事に関係なく、助けてあげるよって。そう言っているの」
心強いでしょ。と、にっこり笑って言ってくるシュンテーマは、アスピスが感心した目で見つめているのをいいことに、台詞を続ける。
「だから、たまには2人でデートしようね。王都には喫茶店がいっぱいあるし」
「それは、いいけど。あたし足が悪いから、一緒に歩くと迷惑かけるよ?」
「うわー。なに。この可愛い生き物。お兄さんがお持ち帰りしたい」
不意にアスピスを抱きしめると、頭を思い切り掻い操ってきた。
「おい! シュンテーマ、お前いい加減にしとけよな」
「だって、俺の周りにいないタイプだよ。小さいって、こんなに純粋なんだ。知らなかったなんて、勿体ねぇ」
「だけじゃねぇよ。そいつ、まともに外の世界にいたことねぇからだよ。ビオレータんとこに1年いたつっても、隠居生活で森の中暮らしだぜ。外界に触れたのなんて、つい最近のことなんだからな。純粋培養もいいところだ」
「あー。そうだった。そうだった。だったら、お兄さんが色々と教えてあげよう」
楽し気に、アスピスを抱きしめ。やばい、マジ可愛い。とか色々と騒ぎながら、アスピスをなかなか解放しないことに焦れ、エルンストが怒りだす。
「お前、一晩見張りするか?」
「え? なに、その横暴な命令は」
「だったら、無暗やたらにアスピスに触るんじゃねーよ。こっちが御者してるのをいいことに」
「うわー、ケチ臭い。あんま独占欲の塊だと、逃げられちゃうよ」
「うっせぇ。つか、ぜってぇ、今日は一晩中、テメーに見張りさせるからな」
やはりいつもとはノリの異なるエルンストの言動が、聞いてて楽しく。シュンテーマに振り回されるようにして、一日目の移動が終了する。
3人しかいないのに、見事に飽きることのない、馬車での移動であった。
復路は2度ほど野営をし、その際の食事は保存食だったが、シュンテーマが3人分の保存食に簡単な手を加えてくれて、干し肉や干し果物、それに固いパンを、毎回牛乳や固形のスープを使って、干し肉のスープや干し果物入りの蒸しパンに作り替えてくれたりしたので、行きに比べて食べやすい食事となった。見張りも、アスピスが防御結界を張ることで、特に必要としなくなったが、気分の問題なのだろう。エルンストとシュンテーマが2交代で見張りに立っていた。アスピスも名乗り出たが、シュンテーマにあっさり「夜は子供は寝なくちゃ」と言われてしまい数には入ることをしなかった。
そんな感じで、移動も野営も順調に進み、三日目の早朝に王都に辿り着く。
そこでいつも通りに、エルンストがアネモスを連れ馬車をしまい、アネモスと共にアイテムボックスから出てくると、アイテムボックスを閉じて、王都へ入る。
その際、王都を取り囲むようにしてある巨大な壁の一部をくりぬくようにして作られた関所を通るのだが、エルンストやシュンテーマは長いこと王国関連の仕事をしているし、ギルドからの依頼も何度もこなしてきたことで、身分証のチェックは形ばかりのほぼ顔パス状態だったのだが、アスピスも何回か通過しているうえに、通過の際に見せる身分証もだが、通過理由が王国関連からの仕事だったりギルドからの仕事だったりする時もあったので、覚えめでたく、そこの門番たちとは顔なじみになっていた。そのためチェック時間は短めで、顔パスに近い状態になり始めていた。
ちなみに、王都の関所の通過料金は銀貨1枚なのだそうだ。ただし、今回は3人とも王国関連から依頼を受けてのものだったので、関所を通過する際に費用は発生しなかった。
それどころか、門番たちから「いつもお疲れ様です!」と、まだ人がまばらな早朝にもかかわらず、とても大きな声で敬礼されてしまう。
それにも慣れているのか、シュンテーマもエルンストも、軽く手を掲げて応じるだけで、関所を通過していってしまった。その後を、アスピスは「いつもご苦労様です」と頭を下げて、2人の後を追いかける。
しかし、大人の2人の歩みの速度について行けるはずもなく、アネモスを呼び寄せ乗せてもらう。
(エルンストの親友に認定しておこう)
いつもだったら、アスピスの歩調に合わせるか、アスピスを抱いて歩くエルンストが、シュンテーマと談笑に夢中になり、歩く速度のことを失念していることに、アスピスは頭の中にある知人情報のシュンテーマの項目の上に、デンと『エルンストの大親友』と加えておく。その他にエルンストの情報源とか、暗殺術に長けているとか、王国所属の密偵とか、保存食の調理が上手とか、色々あるが。
そんなことを考えていたら、エルンストがようやく思い出したようにして、アスピスの方を慌てたように振り返ってきた。そして、アネモスに乗っているのを確認して、少しほっとしたようである。アスピスの方へ駆け寄ってきた。
「悪かった、つい」
「べつに。アネモスいるし。ここからだったら1人で帰れるし」
「あー。そうか。そうだったよな。ごめんよ、アスピス、ついて来られなかったよな」
どこまでアスピスの情報を知っているのか、足のことも承知済みらしいシュンテーマも、慌ててアスピスの元へ寄ってくる。
「よし。アスピスの家まで、お兄さんが抱っこしていってあげよう!」
「お前は、一切、アスピスに触るな」
「やだね。嫉妬は。大人のしかも男の嫉妬はみっともないぞ」
「お前相手に、どこに嫉妬しなくちゃならない材料があるんだ? あったら教えろ」
「アスピスが喫茶店デートしてくれるって約束してくれているところとか」
放っておいた方がいいのだろうか。大通りの中央で、20歳を過ぎた大人が2人で掛け合い漫才を始めたところで、アスピスはアネモスに歩いてもらうことにする。
(付き合うだけ、時間の無駄だ)
家に帰ったら、お風呂に入って、サッパリして。そしたら、ベッドに横になりながら本を読もうと心に誓う。
そして、さっきの場所でまだなにか言い合っている2人を置いて、アスピスはアネモスに乗って家に向かって進んでいた。
レイスは、きっともう起き出していることだろう。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




