第62話(六聖人のお仕事Ⅱの4/結界棒)
[六十二]
翌日になり、朝食を摂り終えると、冒険者装備に着替えて、宿の受付前にある椅子の置かれたスペースにてみんなが集まるのを待っていた。
そして、少し遅れるようにしてプリヨームが現れ、その後しばらくするとエウリュが姿をみせてきた。
「今日は、2本ほど結界棒の補充をするわよ」
「はい」
「場所は――」
「エウリュ、俺たちはキセオーツ側を担当しようぜ」
「そう? 私はどちらでもいいけど」
エルンストがそう言うならという感じで、エウリュはキセオーツ王国側の結界棒の補充をしてくれることになった。
「じゃあ、俺らは昨日入ってきた門側を担当するってわけですね」
「あぁ。頼んだぞ」
会話を交わしながら、外へ出ると、アスピスはアネモスを呼びに行き、その上に乗ってみんなの前に姿を現す。
「じゃあ、あたしはプリヨームと、昨日入って来た側の結界棒を見てくるね」
「しっかりやってよ。私の査定にも響くんだから」
「はい、頑張ります」
エウリュの台詞に、アスピスは大きく頷くと、プリヨームと中央通りを通って、門の方へ向かって行く。
それを見送った後、エルンストとエウリュもキセオーツ王国側の門へと向かって行った。
1本の結界棒の秘石に約2時間かけて、マナで色を付けた精霊たちを送り込む。それを今日は2本行うということだったので、アスピスは、指示通り、合計約4時間かけて、2本の結界棒の秘跡に精霊を送り込んでいった。
そして、それが終わったことで、吐息し。プリヨームに今日はこれで帰ることを告げようとしたら、プリヨームが想定外の提案をしてきた。
「3本目もやってしまいませんか?」
「え?」
「知っていると思いますが、結界棒の点検と補充の他に、依頼が入っていて。アスピスが今日の内に3本分行ってくれると、明日は朝から、俺はそっちの方で動けるんです。エウリュに付き合っていたら、時間ばかりが経っていってしまいそうじゃありませんか? 昨日だって、エウリュのペースに合わせたことで、午後が完全に空いてしまったでしょ。昨日の内に1本済ませてくれていたら、今日で終わっていたんですよ。そしたら、明日から俺はもうひとつの仕事に入れたんです」
エウリュに対して不満を零すプリヨームの気持ちも、アスピスには少し分かる。アスピスも似たような気持ちがあったからだ。
エルンストの腕の中は、久々に落ち着けたが、仕事の時間の使い方としては間違っていたように思えている。
「そうだね。じゃあ、今日の内に3本目も済ませちゃおうか」
アスピスはプリヨームに言われるまま、3本目の結界棒が埋まっている場所を探し始める。
けれども、不意にそれを遮るように、アスピスの肩へ背後から手を伸ばしてきた者がいた。
「精霊使いさん、無理は止めておくべきだよ。使用限度を超えると、倒れてしまって、使いものにならなくなるそうじゃないか。その方がよほど困ると思うけどな」
「えっ?」
びっくりして、後ろを振り返ると、プリヨームと同じくらいの年齢と思われる、サッパリとした印象の黒い髪をした、碧の瞳の、美形と称して問題ないくらい整った顔立ちをしている青年が、アスピスの肩を掴んでいた。
ハッとしてアネモスを見たが、特に警戒している様子がないことで、一応は胸を撫で下ろす。
「あの……」
「面白そうなことやっているなって、ずっと見学してたんですよ。んで、そっちの青年がムチャ言い出したから、精霊使いさんのことよく知らないんだなぁって思って、口を挟ませてもらったんだけど」
「いえ。忠告してもらえて助かりました。確かに、マナをかなり消費してしまったので、これ以上はキケンかもしれないので」
「ならよかった。まだ小さい精霊使いさんだから、言われるままにムチャをしそうだったからね。正確な判断ができるようで安心したよ」
にっこり微笑み、アスピスの頭を撫でると。青年はアスピスから離れていく。
「お前は、精霊使いの護衛役としては、失格だね。精霊使いに無茶を強いるなんて、護衛役としてはあってはならないことなんじゃないかな」
「それは……でも」
「あ、あの。プリヨームにも事情があって。あたしも、その気持ちが分かったからなの」
だから、彼を責めないで上げてください。と、アスピスが必死な様子で告げると、青年は仕方ないなぁという様子で、アスピスを見つめてきた。
「お嬢さんがそう言うなら、そういうことにしておこうか」
「ありがとう。あたし、アスピスって言います。大事なこと忘れかけて、つい無茶なことやりそうになったのを止めてくれて、本当にありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、青年にお礼を言うと、青年は嬉し気に瞳を緩ませる。
「アスピス、か。可愛い名前で似合ってるよ。俺は、シュンテーマ。ロトンドの町に住む放蕩息子ってところかな」
「シュンテーマ、さん。ですか」
「『さん』は不要だよ、アスピス」
アスピスが確認するようにシュンテーマと名乗った青年に向け、名前を繰り返すと、唇にそっと人差し指を押し当ててきた。
「今日は、面白いものが見学できたし。可愛いお嬢さんとも出会えたし。いい日だったよ」
そう言うと、シュンテーマは大きく伸びをする。
身長は、180センチに少し足りないくらいだろうか。180センチを軽く越えているエルンストたちよりも低く見える。
そんなことを思いながら、シュンテーマを見ていたら、「そこで警戒している聖狼君、ご主人様のお帰りだよ」と言って、アネモスを呼び寄せ。アスピスの腰を掴んでその上に乗せてしまう。
見学していたというけれど、いつから見ていたのだろうか? アスピスはふと疑問に思ってしまった。
――この人が門から出て来た姿は見てないから。
ずっと門を見ていた訳ではないし、精霊術を使っている間は、そっちに意識が傾いていたので、見ていなかっただけという可能性の方が高いのだが。
――あたしがアネモスに騎乗することを知っているってことは、朝から見ていたってこと?
そんなことを思いながら、じっとシュンテーマを見つめていたら、シュンテーマがにこやかに笑って返してきた。
「昨日、町長の家に言っただろ。その時、アスピスの姿を見たんだ。凄いものに騎乗しているなと思って」
「あぁ……」
なるほど。と納得できたのは、町中でアネモスに乗ったことで、すごく目立っていたからである。
「それじゃあ、シュンテーマ。さようなら」
「アスピスは、明日もここに来るのかい?」
「たぶん、来ると思います」
「だったら、また明日。俺も、また明日ここで見学させてもらうよ」
にこりと笑って、手を振るシュンテーマに、アスピスも手を振る。そして「それじゃあ、明日」と言葉を残して、プリヨームと帰路につく。
そこでふと、精霊を見ることの出来ない男性が、精霊術を使うところを見ていてなにが楽しいのだろうか? と、アスピスが疑問を感じていたとき、プリヨームがぼそりと呟いた。
「まるで、アスピスに近づく機会を待っていたみたいだったね」
「え?」
「ああいうときは、警戒しないとだめだよ。まぁ、向こうがなにか仕掛けてきたら、俺がガードに入るつもりで見てはいたけど」
「あ! ごめんなさい。そういうことまったく考えてなくて」
アスピスは、プリヨームの仕事が、アスピスの護衛であることを思い出し、反射的に頭を下げる。
それに対して、プリヨームは気にしなくていいよとばかりに笑ってくれた。
「まぁ、明日も来るようだったら、不審者として、エルンストに伝えた方がいいかもしれないね」
「うん」
アネモスを見る限り、危険を感じてはいなかったようなのだが。不審者と言われてみれば、そう見えなくもなく。
アスピスは複雑そうに頷きながら、中央通りを通って、宿屋に戻る。そして、そこで、プリヨームと別れると、アネモスを動物小屋へと戻しに行った。
中に入ると、藁が入れ替えられ、水も取り換えらえれていて、なかなかの好待遇であるらしいことが分かる。
「アネモス、ここの居心地はどう?」
「王宮には負けるが、なかなかいい感じじゃな」
「ならよかった。熟睡はできないかもしれないけど、ゆっくり休んでね」
アスピスはアネモスを軽く抱きしめ、別れの挨拶を告げると、動物小屋を後にする。そして、エルンストとの2人部屋へ戻ることにした。
中に入ると、まだエルンストは帰っておらず。アスピスは、先にお風呂に入ってしまうことにする。
旅先で、家にいるときみたいに自由にお風呂に入れるなんて、これまでなかったことである。
「高価な宿屋って、高価なだけあるんだなぁ」
いくらかかるのか分からないが。請求は王国管理室の方へ行くと言っていたので、給料から引かれるのだろうか。などと考えながら、冒険装備を脱ぎながら、アイテムボックスへしまって行き、下着姿になると、中から昨日受けたエルンストの忠告通りに少しレースが多めに使われたヒラヒラした膝丈のワンピースを選ぶと、下着と一緒にそれを持ち、お風呂に向かう。
そして、昨日同様に熱くなった体のほてりを取りたくて、下着姿のままお風呂から上がって来ると、着るはずだったワンピースを頭の脇に置き、ベッドの上に寝転がる。そして、そのまま寝転んでいたら、いつの間にか寝てしまっていたようであった。
目が覚めると、エルンストが自分のベッドに腰かけて、なにやら資料らしきものに目を通していた。
そんなエルンストをしばらく見つめていたら、アスピスの視線を感じ取ったように、フッと視線を上げてきたことで、目線がかち合う。
瞬間、手にしてた資料を脇に置き、アスピスの傍へと寄ってきた。
「お前は、風邪ひいたらどうする気だ?」
「え?」
「下着姿で風呂から上がって来るなって、何度言えば分かるんだ? しかもそのまま寝込むなんて、襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」
「あー……、つい」
てへりと我って誤魔化そうとして、失敗に終わる。
「笑って誤魔化せると思ってるのか?」
「思っていませーん」
自棄になり、反射的に言い返すと、げんこつが頭上に落ちてきた。
「い、痛い」
「ガキつっても、もう12歳なんだから、羞恥心ってものを覚えろ」
「だから、下着はちゃんと着てるじゃん」
「それをそのまま、レイスに言えるか?」
「うっ……」
礼儀作法に厳しいレイスは、アスピスが下着姿で家の中を歩くことを禁止している。
曰く、下着姿で走り回っていい年齢ではない。ということらしい。
ビオレータ様のところにいたときは、下着姿のままで、みんなでよく走り回っていたはずなのだが。アスピスが寝ている間に、年齢は変わっていないのに、環境が変わってしまったようである。
それがどうにも解せないのだが、レイスにはそれが通じないようであった。そして、エルンストにも通じてくれないようである。
(まったく。堅苦しい世の中になったもんだよね)
心の中でぶつぶつ言いながら、エルンストが掛けてくれたらしい毛布を退け、渋々とワンピースを着始めるアスピスを眺め、エルンストは溜め息を吐く。
「自分を好きだという男の前で、平気で下着姿でいられるお前の精神構造を覗いてみたいぜ」
「襲う気もない相手の下着姿を見たところで、なんとも思わないでしょ」
「お前が望むなら、いつでも襲ってやるぞ」
「とか言って、あたしのお気に入りのパンツを色気がないって否定したじゃん。そんなエルンスト相手に、下着姿を見られたってなんとも思わないもん」
「あんときは、格好も悪かっただろ。腰までワンピースめくらせて、うさぎだったか? それがドアップのパンツ丸出しにしておいて、色気を感じろっつー方が無理だろ」
当時の様子を思い出し、呆れたように呟くエルンストを、アスピスは脚を上げて軽く蹴る。
瞬間、足首を捕らえられてしまった。
「俺もひとのこと言えねぇけどさ。お前、本当に行儀悪いな」
「そんなもの、習ってこなかったもん」
ふん。と視線を逸らせてふくれていたら、アスピスの足首を解放しながら、エルンストが困ったように嘆息した。
「だったら、今からご褒美付きで少しずつ覚えていくか? 協力してやるぞ」
「そういう口説き文句は、もっと大人の他の人に言ってよ」
「好きでもねぇ奴に言ったって、おもしろくねぇだろ。お前に言うから意味があるんじゃねぇか」
「もの好き」
「言っとくけど、惚れさせたのはお前の方だぞ」
アスピスの台詞に、心外だとばかりに、エルンストは真実を口する。
「俺が惚れたときのまんまだからさ、お前は。ある意味、どういう風に成長していってくれるのか、楽しみではあるな」
「こんな風に絡まれまくって育ったら、ひねくれちゃいそうだよ」
「その前に、小説だろ。あれのせいで、お前の感性狂いまくりなんだから」
「そう、それ! そろそろ解禁してよ。本がたまってるんだから」
途端に元気になるように、アスピスは真面目な口調で主張してくる。その台詞が、エルンストに疑問を生じさせた。
「たまってきている?」
「うん。この間、本屋に行ったら色々あって、買っちゃったの」
「解禁もしてねぇのに、本を増やすなよ」
「だってー。知らない作家さんとかの本とかあって、楽しそうだったんだもん」
「もん、じゃねぇよ。つーか、解禁して欲しかったら、まず、精神年齢を上げろ」
「分かった。じゃあ、今度から下着でうろつくのは止めてあげる」
すごい譲歩だと、アスピスは提案するように告げてみせる。
「本当だな? 絶対だぞ。約束を破ったら、相応のペナルティを出すぞ」
「わ、分かった。ちゃんと守る」
だから、恋愛小説を読ませてください。と、頭を下げるアスピスに負けるようにして、エルンストは許可を下してしまったのであった。
ちなみに、この騒動のせいで、本当は相談しておこうと思っていた、本日出会ったシュンテーマという人物について、まるっと忘れてしまっていたことに気づいたのは、翌日になって最後の1本となる結界棒の秘跡に色をのせた精霊を注ぎ込もうとしたときである。
そして、作業を終えて、帰ろうとしたときにシュンテーマが現れてきたことで、ものすごくしまったなぁと感じてしまったのだが、後の祭りというものであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




