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第60話(六聖人のお仕事Ⅱの2/出発)

[六十]


 朝になり、冒険用の装備を身に着け、集合場所の王都の入り口前に向かって、エルンストとアネモスと共に向かって行く。そして、アスピスたちが到着したときには、すでにプリヨームが待っていた。

「プリヨームさん、おはようございます」

「エルンスト様、アスピスさん。おはようございます」

「おはよう」

 アスピスが常より丁寧に挨拶すると、プリヨームも丁寧に挨拶して返してくる。

 エルンストに関しては通常営業らしい。ぶっきらぼうに挨拶すると、アイテムボックスを開いて、アネモスを連れて馬車を出してきた。

「悪いが、これを使わせてもらう」

「ずいぶん立派な馬車ですね。簡易な台所と棚まで付いているんですか」

「その辺は、パーティを組んでいる奴の趣味だ」

「あぁ、そういえばエルンスト様は冒険者の方にも力を入れてらっしゃいますからね」

 にこにこと応じながら、プリヨームは馬車を感心しながら眺めていた。

 そんなことをしていると、エウリュが姿を現した。

「エウリュ様、おはようございます」

 アスピスと、プリヨームが声を揃えて挨拶をする。

 瞬間、エウリュが口を開いた。

「これから一緒に冒険するのだから、『様』も『さん』もいらないわ。貴方たちのことも呼び捨てさせてもらうから、私のことも呼び捨てでお願いするわ。もちろん、エルンストのこともよ」

「分かりました、エウリュ」

「はい。気をつけます。エウリュ」

「改めて、おはよう2人とも。これが馬車ね。補整も補強も完璧そうね。これなら、乗り心地もよさそうで、安心したわ」

 にっこり微笑み、エウリュはエルンストの方へと寄っていく。

「おはよう。遅くなってごめんなさい。早速出発しましょう」

「そうだな」

 エルンストはそう言うと、アスピスの方へ戻って来て、両手で腰を掴むと、馬車の中へ落としてくれる。

「御者は、俺がするから。皆は後ろに乗ってくれ」

「分かったわ」

「よろしくお願いします」

 エルンストの台詞に、エウリュとプリヨームは素直に応じると、足掛け台を使って馬車に乗り込んできた。そして、それぞれ適当な場所に腰を落とす。

 それをエルンストは確認すると、アネモスへ走り出すようお願いした。



 赤道の上を走っていると、ほとんど振動がなく、スムーズに馬車が動くので、メンバーが違っていたら、おやつタイムにでもなっているところだろう。

 フォルトゥーナが、馬車の席と席の間に置くのにちょうどいいサイズで、高さもいい感じのテーブルを見つけたと言って、買ってきたのはつい最近のことである。

 せっかく簡易のミニキッチン付きなのだ、それを利用しないのは勿体ないと思っているらしいフォルトゥーナは、次の冒険のときに使のだと笑っていたのを思い出す。

 しかし現実は、初対面の者が馬車の中、3人で雁首を揃えて座っているのだ。会話の糸口も無ければ、そもそも会話をしようと試みるつもり自体がなさそうで、場が盛り上がるはずもない。

 雰囲気が悪いわけではないのだが、沈黙が重く感じられてしまう。

 それはきっと、いつも恵まれた環境に身を置いているからなのだと思った。

 そして、交流を諦めたアスピスは、椅子の上に足を乗せ、膝を抱えるようにして、エルンストの背中を眺めながら、御者席の隙間から覗ける景色を眺め続ける。それは、途中短い休憩を挟み、陽が傾くまで続いた。

 当然だが、御者であるエルンストとも、会話がないまま野営地へ到着してしまう。

 いつもなら、ここでレイスの出番となるが、今回の野営での食事は各自で用意した保存食であった。アスピスにとっては、初めての保存食となる。

 それでも、レイスが言っていた通り、お茶くらいは用意する気があるらしく、エルンストがやかんへピッチャーから水を注ぎ入れ焚火の火を使ってお湯を沸かす用意を始める。そこへ、プリヨームがお願いをしてきた。

「簡素なものですがスープの素があるので、お湯を多めに沸かしていただけませんか。スープ皿とスプーンも4人分持っているので」

「分かった。多めに沸かせばいいんだな」

 プリヨームの台詞に、エルンストはあっさり応じると、やかんに入れる水をさらに足して、火にかけた。

 お茶のカップは各自持参が決まりらしい。それぞれが迷いなく、お茶を用意するエルンストの前にそれぞれカップを置いて行く。それを見て、アスピスはアイテムボックスを開けて中へ取りに行こうとしたところで、エルンストがそれを止めてきた。

「お前の分くらいこっちで用意してある」

「あ、ありがとう」

 この場合、借りる方が体裁悪いものなのだなと、アスピスは感じてしまうが。エルンストは特になにも感じてないようである。

 そして、お湯が沸くのを待っている間にやることがあることを思い出し、アスピスは少し離れたところへアネモスを呼ぶと、肉と水を与えた。そして、食べ終わるのを待ち、濡らしたタオルでアネモスの顔を拭く。

 大量のタオルを購入したのは、このためである。

「はい。綺麗になった。もう、自由にしていいよ」

「なら、我はあそこで寝たい。シーツを希望する」

「うん。分かった」

 アネモスに連れられ、アネモスの指定する場所に到着すると、防水シートを下に引く。すると、そこの脇の方へアネモスは横になり、満足そうに瞼を下ろす。

(今日は、ここで寝ろってことか)

 そう思いつつ、みんなが待っている焚火の方へ戻って行くと、ちょうどお湯が沸いたようであった。

 最初に、茶葉をそのまま入れたカップにお湯を次々入れていき、残ったお湯をプリヨームに渡す。それを、プリヨームは自分で用意してきたスープ皿4枚に粉を入れていくと、次々とお湯を注いでいった。そしてやかんをエルンストに返すと、スープ皿にスプーンをいれて、みんなに配って行った。

「ありがとう」

 最後に手渡されたアスピスがお礼を言うと、プリヨームはにこりと笑う。それは、人好きのする笑みだった。

 その後、エルンストがお茶を渡してきたことで、再び、今度はエルンストに向けて「ありがとう」と礼を言う。こっちの方は不愛想な表情のままで、返事もない。

(初対面だったら、絶対にプリヨームに懐いてるな)

 アスピスは正直な感想を抱きつつ、みんなが次々と保存食を食べ始めている姿を目にして、自分も食べ始めることにする。

 袋に入っているのは、四角い固いパンのようなものと、干した肉。それと、デザートなのか干した果実であった。

 どれも固そうだが、みんな黙々と食べている姿を見て、アスピスは戸惑いながらも口にする。

(か、固い……)

 日ごろレイスの食事に慣れ切った口は、かなり贅沢になってしまったようである。

(思い出せ! 奴隷商人のところにいたときの食事とか、盗賊団に監禁されていたときの食事とか、最悪だったじゃん)

 それに比べれば。と、干し肉を必死に齧っていたら、プリヨームが小さく噴き出した。

「アスピス、ナイフは使い慣れてるかい?」

「え? ううん」

「じゃあ、干し肉とスープを貸してごらん」

「うん」

 なにをする気だろうと見ていたら、ナイフで一口サイズより小さいくらいに干し肉を切り分けていき、それをスープに入れてしまう。

「はい。しばらく置いておくと肉が柔らかくなるし。肉のダシで、スープもおいしくなるよ」

「ありがとう」

 どうやら、悪戦苦闘しているアスピスを見兼ねたようである。

 素直にプリヨームにお礼を言うと、言われた通りにしばらくスープを放置する。すると、肉が徐々に水を吸って大きくなっていくのが分かった。

「そろそろ、食べやすくなっているよ」

「ありがとう。いただきます」

 食べるタイミングに悩んでいたら、再びプリヨームが声を掛けてきてくれる。それに合わせて、再びお礼を言うと、アスピスはスープにスプーンを入れていく。

 言われた通り、肉がかなり柔らかくなっていて、食べやすくなっていた。スープも干し肉から出たコクが足されているのだろう。簡易であるが、それなりに美味しいと感じられる肉のスープをアスピスは満足げに食べていく。

 そして、それを全部食べ終えるころにはお腹がいっぱいになっていた。そのため、手を付けずにいた固く四角いパンのようなものと、干した果物は、そのまま袋へ戻してしまう。

 エルンストからも、苦言は飛んでこなかった。

 そのため、これでごちそう様ということにしてしまうことにする。みんなも食事が済んでしまっていたようで、アスピスの食事が終わるのを待っていたようである。

 アスピスが「ごちそうさま」というと、少し間を置きエウリュがお茶を持って席を立ち、口火を切った。

「私は、一番目ね。相手はプリヨームかしら」

「そうですね。エルンストに1人で見張り番してもらうようでしょうか?」

「それでかまわない。俺は2番目に立つ。アスピスはアネモスと3番目にしとけ」

「うん。分かった」

 初めて見張り役の当番に組み込まれたことに、アスピスは力強く頷いた。しかし、嬉しさよりも不安の方が大きかった。

 それを振り切るよう、プリヨームがスープ皿とスプーンを回収し、脇に行って洗い出すのを見て、手伝うべきか迷ったが。洗い物の量も少ないし、他の2人は気にもしていないことで、アスピスもそれに倣って黙っていることにした。

 そして、最初に寝床に行ってしまったエウリュが、お茶を飲みながら本を読んでいる姿を見つつ、アスピスも優雅な時間を過ごそうかと企んでいたら、エルンストがそれを察したように忠告してきた。

「見張り番があるんだ。今日はもう寝ておけ。起きれなくなるぞ」

「う、うん。分かった……」

 素っ気ない口調で告げられて、アスピスは戸惑うように頷くと、カップを持ってアネモスの元へ行き、アイテムボックスから毛布を取り出すと、アネモスの背中に抱きつくようにして目を閉じる。

 最初の王国管理室からの仕事の依頼のときは、ノトスの態度に最初こそ戸惑いはしたが、レイスもいてくれたおかげか、エルンストの態度もいつも通りで、アスピスにとってはいつもの冒険とそう変わらなかった。

 けれども、今回はそういう感じではないようである。

(そういえば、前回の冒険者ギルドからの依頼でも、コージャの町に着くまで、いつもと違っていたよね)

 ここ連続して、アスピスが戸惑う空気を纏った旅路に、アスピスは冒険とは意外につまらないものなんだなと思ってしまう。

(まぁ、仲間内の冒険とは違って、前回も今回も仕事で動いてるんだもんね)

 仕方ないのか。と、一生懸命に割り切ろうと試みる。

 けれども、閉じ込められた中で育ち、自由だったのはこの年齢になるまで約1年だけという経験不足な、そのうえ未だ12歳という年齢であるアスピスが、なんの疑問もなく仕事だからと受け入れるには、今一つ経験値が足りておらず、少し厳しい現実ではあった。



「おい、起きろ。順番だぞ」

「んー……」

 エルンストに起こされ、アスピスは目を覚ます。そして、一瞬考え込んだ後、見張り役の当番が回ってきたのだと気づいた。

「ごめん、今起きる」

 半ば寝ぼけた頭を無理やり覚醒させ、すでに目覚めていたアネモスと共に、焚火の方へ向かって行く。その後ろから、エルンストがアスピスの毛布を手に持ち、ついてくる。

 そして、イス代わりの木の根に腰を落としたアスピスの背に毛布を掛けてきた。

「朝方は冷えるからな」

「ありがとう。エルンストはもう寝て平気だよ」

「いや。冒険中は1日数時間眠れれば問題ない」

 そう言うと、アスピスの傍らに腰を落としてきた。

「眠かったら寝てていいぞ。俺が起きてるから」

「それじゃ、当番の意味がないでしょ」

「話の流れで、こうなっただけだ。最初からおまえの分も見張り役をするつもりだったからな。気にするな」

 人目がないせいか、いつも通りのエルンストに、アスピスはホッとしつつも不満を抱く。

 結局、子供扱いされているということなのだ。

「あたし、自分で見張り役できるよ」

「ガキは寝ていろ」

 そう言うと、エルンストはアスピスの頭を自身の肩に引き寄せるようにして、寄りかからせる。

「朝になったら起こしてやる」

「せっかく見張り番できると思ったのに」

「お前には、まだ早い。いいから寝ていろ」

 ぶつぶつと不満を告げてみたものの、エルンストには効果がなく、アスピスは諦めて目を閉じる。そして、それからほどなく、アスピスの意思とは関係なく、忍び寄ってきた睡魔に負けるよう寝息を立て始めていた。



「あら。随分と甘やかしてるのね」

「早いな。まだ起きる時間じゃないだろ」

「目が覚めちゃったのよ」

 エウリュは見張り役をしている、エルンストとアネモスの方へ寄って来ると、完全にエルンストに寄りかかり寝入っているアスピスを見つめ、呆れたように嘆息する。

「まったく。なんで子供なんて寄越したのかしら」

「文句があるなら、管理室の方へ言え。こいつの不足分は、俺が補うからいいだろ」

「忘れてない? 今は王国から出された依頼の遂行中なのよ。つまりは仕事中で、あなたは現在、私の対なのよ」

「分かっている」

「本当かしら。仕事中に、私情を優先させたりしないでよ。六剣士(黄)の意味がなくなるわ」

 エウリュは後ろ髪を掻き上げながら、不愉快そうに告げてくる。

「そもそも、陰でこそこそ甘やかしてないで、堂々とみんなの前で甘やかせばいいじゃない」

「それで、お前がかまわないなら、遠慮なくそうするが?」

「私が理由だと言いたい訳?」

 ムッとするようにして言い放たれたエウリュの台詞に、エルンストはつまらなげに答えていた。

「六聖人(黄)であるお前を優先しろと言っているのは、エウリュ自身だろ」

「私、間違ったこと言っている?」

「いや。間違ってはいないだろ」

 エルンストは、エウリュの台詞をあっさりとした肯定する。エウリュはそれを聞き、気が抜けた気分で、肩をすくませる。

「隠れてこそこそされる方が、気分が悪いわ。存分に甘やかせばいいじゃない。その代り、仕事に入ったら、きちんと対の私を優先してちょうだい。そのための対なのだから」

「もちろん、そのつもりだ」

「どうだか。対とマスターを天秤にかけたら、普通に考えてもマスターの方が上だものね」

「よくわかったな」

 王国管理室から、六剣士が使い魔であっても問題はないが、公にすることではないので秘密にしておくよう、レイス共々言い聞かされていたことである。だから、レイスもエルンストも使い魔であることは、身内にしかバレていないはずだったのだが。

 意外そうに洩らすエルンストに、エウリュは嘆息してみせた。

「バカにしないで。これでも六聖人をやっている精霊使いなのよ。マナの流れを読むことくらいできるわよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものよ。それに、ある日を境に、貴方の中にマナなんて無かったはずなのに、マナが流れ込み始めたのだから。分かるわよ」

 気づかない方がどうかしているわ。と、エウリュは告げる。

「まさか、こんなおチビさんがマスターだとは思わなかったけどね。あなたが使い魔になるとしたら、フォルトゥーナ相手だと思っていたのに」

「他人に分かってもらおうなんて、思ってないさ。ただ、俺がマスターとするのはこいつだけだということだ」

「物好きね。でも、仕事は仕事よ。私情の優先は許されなくてよ」

「あぁ。分かってる。切り替えはきちんとするさ」

「なら、お好きに甘やかしなさい。私は、あなたがきちんと仕事をする時に、私の対であってくれれば、それでいいわ」

 エウリュはそう告げると、自分の音場所へ戻って行った。

 どうやら、夕食の時、エルンストがじりじりとしていたことに、気づいていたのかもしれない。

「さすが、対だけあるということか」

 エルンストが六剣士(黄)となった19歳のときからの付き合いである。それに、日常の付き合いを抜かすと、王国管理室からの依頼を共にこなしてきた回数は、一番多い相手でもある。

「まぁ、バレているなら都合がいいか」

 安心して、アスピスの面倒が見られるというものである。そう思い、エルンストは自身に寄りかかっているアスピスの背に手を回すと、満足そうに笑みを漏らして、ゆっくりと頭を撫で始めた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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