第58話(ナグラーダからの招待状2)
[五十八]
フォルトゥーナやシェリス、アンリールにカサドールへ手紙を送ったりして手を回し、なんとか準備を終えてから数日後、表向きはナグラーダ主催ということになっているパーティが開催される日が訪れた。
子供が主催のため、開催時間は通常よりかなり早めに設定されていた。
そのため、朝からフォルトゥーナとシェリスが訪れてきて、アスピスを連れて王城へ向かい、シェリスの部屋に向かうと、そこにはすでにアンリールが待機していた。
最初にドレスの着方を把握しきれてないアスピスの着替えを下着の着用から始められ、ペチコートをはかせられたり、コルセットを付けられたりして、ようやくドレスに辿り着く。それから、アクセサリーを身に着けさせたり髪型を整えたりと身支度を整えてもらった後。軽い化粧をほどこしてくれる。そこでアスピスの準備が一応の完成となると、それからは、大人たちの時間となった。フォルトゥーナとシェリスとアンリールがそれぞれの準備を始め。コルセットの絞りを互いに手伝い合ったり、ファスナーを上げ合ったり、髪型を整え合ったりして、最後に化粧を終わらせて、女性4人の準備も完了する。
その頃、男性陣は各部屋にて六剣士の正式な衣装とマントを身に纏い、それぞれの色が基礎となる籠手を利き手の反対側にはめると、みんなパーティへの出席の準備が完了となる。その後ほどなく、準備を終えたエルンストとレイスとカサドールが合流し、シェリスの部屋へ向かって行く。
そして、到着するとカサドールがドアノッカーを数度叩いて、エルンストやレイス、カサドールが来たことを室内の4人に知らせる。
女性陣も、迎えが来るのを待っていたことで、すぐに反応するようにして扉を開いた。
「お迎えご苦労様」
シェリスは笑みを浮かべて、一度室内へ入って来ることを勧める。
パーティが始まるまで、まだ少し時間があったのだ。
そのため、男性陣3人は素直に誘いにのるようにして、室内に入って行く。
恋人同士であるアンリールとカサドールは、アンリールのドレス姿を褒めたりしている傍らで、フォルトゥーナがエルンストに語り掛けていた。
「アスピスの身に着けている、ドレスや靴にアクセサリーって。エルンストが買ってあげたんですって?」
足を踏み入れた途端に、フォルトゥーナに掴まったエルンストは、揶揄うような口調で問いかけられる。
「いいだろ、どうだって。っていうか、知ってるか? アンリールが着ているドレスの大半はカサドールが送ったものだって噂があるんだぞ」
「あら、それは有名な話しじゃない。なにを今更」
「そうなのか?」
エルンストが矛先を変えるために告げたカサドールの話を、フォルトゥーナが一笑に付したことで、カサドールが慌てた感じで聞いてくる。
「あら、知らなかったの? 有名な話しよねぇ」
フォルトゥーナがシェリスに話を振ると、シェリスが大きく頷いた。
「えぇ。六聖人の間じゃ有名な話しよ。皆で羨ましいわぁって、常々言っているもの。私なんて、旦那に買ってもらった服なんて数着よ。パーティドレスなんて買ってもらったことないんじゃないかしら?」
それを聞いて、アンリールが頬を上気させていく。
そんなアンリールを傍らに、2人は話しを弾ませる。
「シェリス、そうなの? ルーキスって、もうすぐで冒険者クラスがSクラスになるんでしょう。本格的な依頼を後数回受けたら、Sクラスになるんじゃないかって噂になっているのよ。もっとねだってみれば買ってくれると思うわよ」
「えぇ。たぶんね。でも、私の方がお金持ちなんですもの、なんか言い辛いじゃない」
「よく言うわね。冒険者ギルドからの依頼も、それなりに受けているって聞いているわよ。かなり稼いでいるそうじゃない。自力でSランクって、すごいことよ」
「それもこれも、みんなのおかげよ。前回の依頼で、かなり功績がもらえたし。ルーキスだけだったら、未だまだ先の話になってたもの」
「でも、あの若さでSクラスになれたら、新記録なんでしょ。早くなれるといいわね」
シェリスとフォルトゥーナが、ルーキスの話題で盛り上がる。ドレスの話がどこかへ飛んでいってくれたのは、いいことだとアスピスは内心でホッとする。
せっかくエルンストが買ってくれたのだし、エルンストの前で他人の買ったドレスを着たりしたら、ネチネチ言われそうで、アスピスは髪の色に似たドレスを選んで、みんなに着せてもらったのである。
ちなみに下着一式は、いつもとは異なりレースが多く使われている可愛いものだったが、ガーターベルトまでついている本格的なセットで、フォルトゥーナが買ってくれていたものを、ありがたく使わせてもらったのだが、コルセットのきつさには閉口である。
大人になったら大変だと思った前回であるが、子供であっても容赦はなかった。
(女って、たくましい……)
3人とも、アスピスなんかよりもきつく絞っているのだ。靴だって、アスピスの履いている子供用のヒールの幅が太くて低い靴などでなく、ヒールが細くて高い靴を履き、それでも平然と立っているのだから立派である。
そんなことを思いながら、談笑をはじめた女性3人を眺めつつ、アスピスは体力温存のためソファーに腰を落としていた。
その傍らへ、いつの間にかエルンストが腰を落としてくる。
「アクセサリーも、なんとかなってるな」
記憶を頼りに買ったため、いまいち自信がなかったらしく、アスピスの耳元や首元へ視線を向けてくる。
誉め言葉はないが、一応、満足はしているようだった。
ちなみに、髪はいつもとは違い、三つ編みを解かれ後ろでハーフアップさせ、フォルトゥーナが貸してくれた花の飾りのついているバレッタで止めていた。それを見て、エルンストが「今度買うときは、髪を止めているやつも買うようだな」と小さく呟いているのが聞こえてくる。放っておくと、その内、化粧品一式から、下着一式まで揃えてくれそうな気がしてきた。
そのため、下手にお礼を言ったらその後どうなっていくか怖くなり、結局は無言のまま隣に座って時間が経つのを待つことにする。
そして、シェーンの室内で小一時間ほど過ごした後、みんなでパーティ会場となっている広間へ向かって行った。
入場の際、紹介状と身分を証明するカードなどを一緒に提示し、確認を取った上で入場を許される。
王族主催のパーティは、六聖人や六剣士のお披露目用の交流パーティとは異なり、入場する際に、かなり厳重なチェックが行われるようだ。
パーティ用の鞄など持っていなかったことで、フォルトゥーナに貸してもらい、返してもらった紹介状と身分証を鞄の中にしまい込む。
実は、アスピスが持っている鞄と言えば、冒険用の愛想のない肩掛け鞄と、浴衣に合わせて買ってもらった袋だけだと、本日フォルトゥーナに指摘されて気が付いた。
(今度、少し鞄をいくつか買っておかないとまずいな)
そんなことを思いながら、大人たちはペアを組み、男性がエスコートする形で入場してくるのを、先に入っていたアスピスは待っていた。
最初に入場してきたのは、レイスとシェリスで、続いて、エルンストとフォルトゥーナ。最後に、カサドールとアンリールが、それぞれ腕を組みながら入場してくる。
それを見て、大人って面倒臭いと思ってしまう。
一応、招待状1枚でペア分らしいので、アスピスにもエスコート役が必要であったならば、ルーキスかカロエかどちらかに声を掛けたところだが、未成年ということでエスコート不要とあったため、今回はこのような組み合わせになることになった。
そして、入場が済んだことで、それそれ腕を解き、アスピスのところへ集まってきた。
「お前、早く入りすぎだぞ」
早速文句を言ってくるエルンストへ、アスピスは耳を塞いでそっぽを向く。
なにも聞こえません。のポーズである。
そんなアスピスの態度に、エルンストは頭を殴ることで抗議してきた。
「痛いなぁ」
「誰のために注意してやってると思ってんだ」
「だってー」
「まぁまぁ、2人とも。パーティはこれからなんですし。目立たない場所へでも移動してましょう」
主催者であるナグラーダをはじめ、シェーンやイヴァールはパーティの開始直前に専用の入り口から入って来るらしい。その後は、パーティの開始と共に招待客に次々と挨拶していくことになるそうだ。
なので、目立たぬ場所にいれば、うまくいけばスルーしてもらえる可能性もゼロではないということらしい。
そんな目論見から、パーティ会場の隅へと移動し、壁に沿って並べられている椅子に、アスピスとアンリールが腰かける。
お互いに足が不自由なことで、座ると同時に目を合わせ、苦笑を浮かべた。
「お互い、不便ね」
「うん。でも、前よりもだいぶマシになったから」
「手術を受けたのよね。少しでも治ってよかったわ。以前は本当にひどかったものね」
最近では、ゆっくりなら、そこそこの距離を普通に歩ける程度までリハビリが進んでいた。
以前だったら有り得ないことである。
「アンリールはダンスも踊れるんだって?」
「えぇ。ゆっくり動くだけのものなら、なんとか一曲くらいなら踊れるわね」
「あたしもそれくらいには治るかなぁ」
「あら、踊りたい人でもいるの?」
そういう意味ではなく、単に足がそれくらい治ったら嬉しいな。という意味で言ったのだが、周囲が途端に反応してきた。
「あら、アスピスったらいつの間に、そんな人ができたの」
「俺たちの知らない人、とかじゃありませんよね?」
「そういう年頃ですものね。1人や2人くらい、踊ってみたい人も出てくるわよね」
「初耳だぞ!」
一気にまくしたてるようにそれぞれが好き勝手に口を開いてきたことで、アスピスは思い切り気圧される。けれどもこれ以上放置していたら、話がどこへ飛ぶか分からなかったので、正直に説明することにした。
「だからぁ、それくらい足が治ったらいいな。って、意味でしょ」
「あら、そうなの。残念」
女性としては、興味津々な内容だったらしい。フォルトゥーナが本心から残念そうに呟いた。
反面、レイスとエルンストは、なんだとばかりに興味を失ったようである。
「ややこしいこと言うんじゃねぇよ」
不機嫌そうにエルンストはそう告げると、そっぽを向いてしまった。
(今のは、あたしが悪いのか? そんなことないよねぇ)
勝手に誤解した周りが悪いのだと、アスピスは思うのだ。しかし、今さらそれを指摘しても意味がないので、黙っていることにする。
そして、しばらくくだらないことを言い合ったりしながら過ごしていたら、ラッパの音が響き渡り、王族が住む居住区へと続いているらしい通路から、ナグラーダを先頭に、その後ろをイヴァールとシェーンが腕を組んで、姿を現した。
パーティの開始らしい。同時にダンス用の曲がどこからともなく流れ始め、それまでところどころで待機していた人たちが、それぞれ動き始める。ダンスを踊る者、主催者に挨拶に行く者、飲み物を受け取る者、会話を楽しんでいる者。さまざまである。
どうやら、飲み物だけではなく、軽食やデザートのビュッフェもあるらしい。
アスピスとしては、デザートに少々興味があった。
そう思い、どこにビュッフェがあるのか視線を泳がせていたら、エルンストが素早く察知したようだ。
「あとで連れて行ってやるから、しばらく待ってろ。しょっぱなから食い物に走る客は、パーティじゃ目立つんだよ」
「そうなんだ」
エルンストの台詞に、不思議そうな表情を浮かべながらも、アスピスは頷く。
良くは分からないが、それが大人の世界のルールなのだろう。と、思うことにした。
そして、こんな隅にいるのによく見つけたな。と、褒めてやりたい男性が、フォルトゥーナをダンスに誘ったことで、フォルトゥーナが「ちょっと行ってくるわね」と言って、見知らぬ男性にエスコートされるようにして、人々がダンスを踊っている場所へと入って行くのを見送る。
「止めなくていいの?」
「誘われたら、一応、相手するのが普通だからな」
「そうなんだ」
「だからって、万が一にもないと思うが、お前は別だからな。足も未だ完全じゃねぇんだし。踊ったりするなよ」
「はーい」
こんな子供を相手にする人なんで、この中にいると思っているのか? と言いたくなるくらい、大人しかいないのだ。子供が主催なのだから、貴族の子供でも集めればいいのに、来客はシェーンとイヴァールが選んだせいか、見事に20歳を越えたような人たちばかりで溢れていた。
そのうち、人々が動いていることで、隅にいる意味がなくなってきたようである。
六剣士や六聖人であることで、顔が知られていることもあるからだろう。見知らぬ人でも臆することなく、向こう側は誘う相手が誰だか分かっているといった感じで、レイスやシェリス、エルンストを誘って、ダンスのホールの方へ行ってしまう。
アンリールは足が悪いことを理由に断り、カサドールはアンリールのガード役然と構えていることで声を掛けづらいようである。人気がない訳ではないことは、少し距離を置いたところで2人の様子を伺っている女性や男性の姿が見えることで分かるのだが、この場に2人は残っていた。
「2人も、折角だから一曲くらい踊ってきなよ」
「でも、そしたらアスピスが1人になってしまうわ」
「大丈夫だって。なんか、挨拶に忙しそうじゃん」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ちょっとだけ、踊ってくるわね」
アンリールはそう言うと、カサドールにエスコートされながら、ダンスを踊りに行ってしまった。
「さて、どうするかな」
きょろきょろと周囲を見回すと、バルコニーへ出ることができるらしい、開けられている窓が見つかる。
「新鮮な空気も必要だよね」
アスピスは、エルンストに念を押されるよう何度も「ここにいろ」と言われたことなどすっかり忘れ、バルコニーへといそいそと向かって行った。
「んー。風が気持ちいい」
伸びをしてから、手すりに腕を乗せ、その上に顔を乗せて、風を感じながらしばらく過ごす。
時間的にはそれほど経っていないはずである。
けれども、あまり長時間あの場所を離れていたらエルンストにバレ、お小言を食らいそうだと思い、そろそろ戻ろうかと体を翻したら、すぐ後ろにナグラーダが立っていた。
(げっ!)
やばい。と思った瞬間、ナグラーダが両手で手すりを掴み、その間にアスピスを閉じ込めてしまう。
「ちょっと。なにすんのよ」
「せっかく僕がドレス一式を用意してやったっていうのに、家に誰もいないとはどういうことだ?」
「知り合いの六聖人たちと、こっちに来て着替えたからでしょ。まさか、家からパーティドレス着て来いっていう気? それって、すごい恥さらしじゃない」
「だから、馬車だって用意してやったんだぞ」
恩着せがましく告げてくるナグラーダに、アスピスはムッとするように睨んでみせる。
「鬱陶しいから、手を外してよ」
「おいっ! この体勢で、なんとも感じないのか?」
「この体勢から、なにをどう感じろって?」
唐突に切り出されたナグラーダの台詞に、アスピスは訳が分からないと言い返す。
「だって、小説にも何度も出てくる、壁ドンだぞ! 女はトキメクもんなんだろ?」
真顔で言われて、アスピスは呆然とする。恋愛小説内に、確かにそんなシチュエーションが、あったにはあった。それも、頻度的にはそれなりにあったと思う。
だが。
「ここ壁じゃないし。そもそも、ドンなんてされてないから」
「えっ! 細かいことは気にしないのがマナーだろ」
「違うでしょ! そこって重要で大事な部分じゃないの? あんた、ちゃんと小説を読んでるの? もしかして、かなり読み流しているんじゃない?」
アスピスの指摘にショックを受けたナグラーダが、掴んでいた手すりから両手を離して、その場に座り込み、ぶつぶつと言い始める。
「おかしい。絶対に、おかしい」
自分の知識が崩壊していく気分なのか、ナグラーダは頭を抱える。しかし、ここには助言してくれるメイドのアンはいなかった。
なんとなく、アスピスとしては気が抜けて、ナグラーダの前から移動しようとしたら、腕を捕らえられてしまう。
「ちょっと待て。ならば既成事実を作るまでだ! 小部屋に行くぞ」
「へ? 冗談でしょ」
「僕が冗談を言うと思うか? いいからついて来い」
ナグラーダはそう言うと、パーティの必需品。紳士淑女の社交場のひとつとなる小部屋へアスピスを引っ張るようにして連れて行く。
しかも場所が悪かった。
小部屋は目立たぬ場所に設置されているため、先ほどまでアスピスたちがいたすぐ脇にある通路を入った場所に並んでいた。
「いざ、既成事実!」
そういいながら、ナグラーダが小部屋を開けると、呆然と立ち尽くした。
「ベッドがない……」
「ないね」
アスピスも、ナグラーダの呟きに同意する。
「これじゃあ、既成事実が作れないじゃないか」
「っていうか。あたし、もう、別の人と既成事実を作っちゃったから手遅れだよ」
「はっ! なんだと、不潔なッ」
自身がこれからしようとしていたことを忘れたかのように呟くと、アスピスの台詞に、ナグラーダが¥は怒ったように、アスピスを睨みつけてくる。
「そもそも、僕というものがありながら。他の奴と作っただと?」
「いや、全然。あたし、あんたのものじゃないし。あんたのものになる気なんて微塵もないから」
「それを決めるのは、アスピスじゃなく、僕だ!」
アスピスのはっきりとした拒絶に、ナグラーダがきっぱりと否定する。
「だいたい、本当に既成事実を作ったのか? どいつとだ?」
怒りを顕わに、半ば信じられないと言いたげに責めてくるので、アスピスは周囲をきょろきょろしてみせると、エルンストの姿を発見したことで、そっちを指さした。
「あの人と」
「は? 本当なのか?」
「うん」
アスピスが迷いなく頷くと、ナグラーダがエルンストめがけて走って行った。そして、エルンストに向けて真顔で問いかける。
「アスピスと、既成事実を作ったというのは、本当なのか?」
「はぁ?」
「ちょっ! エルンスト、あなたいったいアスピス相手になにしてるのよ。あの子は未だ子供なのよ! それなのに……」
唐突にナグラーダから突拍子もないことを告げられたエルンストは、激しく動揺し。傍らにいたフォルトゥーナがエルンストに対して怒りだす。
「いや、まて。誤解だ」
「誤解なんだな?」
「決まってんだろ!」
「ほらみろ。アスピス、嘘などすぐバレるんだぞ」
勝ち誇った表情を浮かべ、エルンストの否定の台詞を手に入れたことで、満足げにアスピスに告げてくるナグラーダであったが、アスピスは強気に言い返してみせた。
「嘘じゃないよ!」
「だって、こいつは嘘だと言っているぞ」
「でも、本当だもん。ちゃんと、同じベッドで一晩すごしたんだから」
「なっ!」
はっきりと言いっ切ったアスピスに、ナグラーダは大きなショックを受けていた。そして、その場にしゃがみこむ。
「お、お前ら……不潔だー!」
「って。いや、ちょっとまて」
嘆くナグラーダに、エルンストは慌てて声を掛ける。
フォルトゥーナの冷たい視線が、エルンストに向けられているのが主な原因である。
「お前らの言う、既成事実ってなんなんだ?」
瞬間、アスピスとナグラーダが揃って口を開いた。
「同じベッドで男女が一晩過ごすことに――」
決まってんじゃん。決まっているだろ。と、アスピスとナグラーダは言い切った。
それと同時に、エルンストの拳がアスピスとナグラーダの頭の上に落ちていく。
「お前ら、いい加減にしろよ!」
「痛い……。なんで叩くのよ」
「痛いじゃないか。父上にも母上にも殴られたことなどないというのに」
「私は、殴ったこと何度もあるけどね」
いつの間にか傍に来ていたシェーンが、苦笑を浮かべて立っていた。
フォルトゥーナも微妙で複雑な表情を浮かべている。
「全年齢対象があだになったわね」
大人は経験や知識でその空間を読むことを楽しむのだが、子供はそれをそのまま受け止めてしまうようである。
「確かに、小説ではそうなっているもの」
「そういう問題か?」
フォルトゥーナの呟きに、エルンストが文句を言いたげに言い返す。
シェーンはエルンストを気の毒そうに見つめると、同情するように肩をポンと叩く。
「一体、なにを騒いでいるのかと思って来てみたら」
「だって、アンが、いざとなったら既成事実を作りなさいって言ったんだ」
「アン、減棒決定ね」
ぽそりと洩らされたシェーンの呟き。
もちろん、そんなことでエルンストの怒りは収まらなかった。
「それで済ますな。こいつから、そのアンって女を引き離せ! 危うく犯罪者扱いされるところだったんだぞ」
「ごめんなさいって。別にエルンストを疑った訳じゃあないのよ」
フォルトゥーナが笑いをこらえるようにしながら、言い訳するようにエルンストに謝罪する。
そんな中、ナグラーダは諦め悪くエルンストを問いただす。
「それでいったい、本当に貴様は、僕のアスピスと一夜を共にしたというのか? 結婚したさに、僕を差し置いて既成事実を作ってしまったというのか?」
「その表現、頼むからやめてくれ」
「あら、エルンストが悪いんじゃない。アスピスと一晩同じベッドで過ごしたりするから。女性の部屋へ夜中に入り込んだりした罰よ」
フォルトゥーナはそう言うと、ナグラーダに向けて笑みを浮かべる。
「2人はもう、そういう関係らしいから。ごめんなさい。アスピスのことは諦めてちょうだい」
「そ、そんな……。それは、無理だ。だって、アスピスは――」
覚えていろよ。僕はまだ諦めた訳じゃないんだからな。と言い残し、アンの名前を叫びつつ、「うわーん」と泣きながら、王族の居住区に続いている通路に向かって走っていき、通路を渡って向こう側へ行ってしまった。
それを見ていたアスピスは、握りこぶしを作って呟いた。
「勝った!」
「じゃねぇよ! この傍迷惑野郎が」
「なんでよ?」
「あんま馬鹿なことばっか言ってると、マジで襲うからな」
エルンストはそう告げると、どっと疲れが押し寄せてきたらしく、イスに腰を落として背もたれに勢いよくよりかかってしまったのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




