第56話(帰宅)
[五十六]
ギルドからの依頼の達成料と賞金首の賞金。これらが共に想定以上に高額で、6人で均等に分配しても、かなりの金額となった。そのため、一気にお金持ちとなったカロエは、なんとかアイテムボックス代を返金できたようである。意気揚々と、その場でレイスにお金を返していた。そのため、即貧乏に陥ったらしいが。
それでも、借金があるよりいい。ということらしい。
そして、みんな旅支度を終えると、宿を後にして、食堂へ向かう。
そこで朝食をゆっくりと済ませると、食料を調達した後、帰路へと付いた。
帰りの御者はレイスとエルンストが交互に行い、行きとは異なりすべてを赤道脇の野営で済ませたことで、5日目の朝。王都の大通りが賑わいをみせ始めて少し経ったころに、王都の入り口の前へ辿り着く。そこでエルンストが馬車を収納し、思いの外減っていた薪を帰宅途中に補充しながら、帰路につく。
そして、アスピスたちの住む家の前に着いたとき、お茶でも出そうかと思って声を掛けたのだが、ロワが待っているということで、シェリスとルーキスはまっすぐ帰宅していった。
直前まで冒険者であった2人だったが、解散となった瞬間に子煩悩な夫婦に戻っていたらしい。
微笑ましいことだと、アスピスは思う。そして、優しい両親を持つロワがちょっぴり羨ましく思えた。
アスピスが仲間に入れてもらった冒険者のパーティ内で、両親を知っている者はいないかもしれない。シェリスは暗殺団で育てられたというし。エルンストやルーキスはアスピスが盗賊団に買われたときにはすでに盗賊団の中にいた。レイスやカロエに聞いたことはないので正確なことは知らないが、アスピスが出会ったときは、まだ幼かった。その上、共に過ごした約1年の間に、2人の口から親に関する事柄がでてきたことはない。フォルトゥーナは孤児院で育ったという。アスピスにしても、両親の所在は分かってはいるが、父親に生まれ出た瞬間に死を望まれ、殺されたことになっている。
そのため、自分だけがなんて思うことなくいれるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、玄関を開けて中へ入って行くエルンストやカロエに続きアスピスが入ろうとしたところで、レイスがみんなに告げてきた。
「ちょっと普段の食事用の食材がなくなってきたので、買い出ししてきますね」
「あー。疲れているのに大丈夫なのか」
「これくらい、徒歩で冒険していた時に比べたら、疲れている内に入りませんから」
「そうか? なら、よろしく頼む」
「レイス、気をつけてな」
エルンストとカロエが、玄関から顔を出し、レイスを見送る。
アスピスも、振り返って「いってらっしゃい」と送り出した。そして、改めて家の中へと入って行く。
「ねぇ、先にお風呂入っていい?」
「あー? 構わねぇけど。体は大丈夫なのか?」
「オレも後でいいから、アスピス先に入って平気だぞ」
「大丈夫だよ。じゃあ、遠慮なく用意を済ませたら入らせてもらうね」
そう言いながら、アイテムボックスを開いて、洗濯ボックスの中へ洗濯物押し込むと、二階へ上っていく。その後ろからアネモスも付いてきた。
「アネモスも洗う?」
「濡れるのは嫌いだといっておいたはずじゃが?」
「綺麗になるのに……」
部屋の扉を開き、アネモスを先に通すと、アスピスは中に入って扉を閉める。そして、冒険用の装備を脱ぐと、下着姿になったまま、アイテムボックスを再び開き、中にエルンストからもらった愛想のない鞄を入れ、装備品一式をしまい込み、アイテムボックスを閉じる。
そして、部屋に置かれた木製のハンガーラックから服を一枚選び取り、下に備え付けられている引き出しから、キャミソールとショーツを取り出す。
そして、そのままの姿で一階へ下りて行くと、テーブルでコーヒーを飲んでいたエルンストとかち合ってしまった。
「アスピス! お前、なんて格好してんだ!」
「パンツ一枚で歩き回るエルンストに言われたくありませーん」
「ガキでも、女だろ! 少しは恥じらえ」
「大人になったら考えまーす」
すぐに子供あつかいするんだからと、ちょっぴり不満を感じつつ、アスピスは受け流す気分でそのままお風呂に入って行った。
フォルトゥーナに教わった『乾燥』のレシピは非常に便利で、風呂上りにも利用させてもらっていた。なんといっても長い髪がすぐに乾いてくれるのがいいと思っている。
そして、ショーツとキャミソールを身に着けると、膝丈のワンピースを着こんで、お風呂から出ていく。
そこには、まだ、エルンストがコーヒーを飲んで座っていた。
「休まないの?」
「休んでいるから、コーヒーを飲んでんだろ」
「そうじゃなくて、装備を脱がないのかってこと」
「レイスが戻って来たらな」
エルンストはそう言うと、席を立ち、アスピスにもコーヒーを入れてくれる。カップが大きいので、角砂糖ふたつにミルクを多めに入れて作ってもらったコーヒーは、甘くてまろやかでとても美味しいのだ。
「ありがとう」
「どーいたしまして。っつーか、なんか菓子でも食べるか?」
「コーヒーだけでいいよ」
基本、エルンストは食事係ではないので、まともに入っているのは保存食くらいで、それ以外で食べるものはあまり倉庫にしまっていないようなのだが、自分では食べないのにアスピス用にとお菓子を少し買っていてくれているようだと、最近気が付いた。
「んー、美味しい」
お風呂上がりで喉が渇いていたので、丁度いい感じである。
そんなことを思いながらコーヒーを満喫していたら、二階からパンツ一枚で、手に汚れ物が入ったカゴとパンツを手に、カロエが勢いよく下りてきた。
「二番、カロエ入ってきます!」
「黙って入って来いよ」
「カロエはパンツ一枚で、いいんだ?」
カロエの宣言に、エルンストが素っ気なく応じるのを見て、アスピスが唇を尖らせる。
「男はいいんだよ。つか、お前もそんな恰好で止まってないでさっさと入って来いよ」
最初はアスピスに、途中からカロエに向けて言い放つ。
それに従うよう、汚れ物の入ったカゴを洗濯ボックスの中でひっくり返すと、カロエは「では、入ってきまーす」と言って、お風呂場の中に消えて行った。
とはいっても、カロエの入浴はからすの行水なので、あっという間に出てきてしまう。
しかも、洗った髪からはお湯がしたたり落ちていることで、肩に掛けたバスタオルを濡らしながら、パンツ一枚で出て来たのである。
これもいつものことではあるが、パンツ一枚なのはいつものことだから気にはしないが、頭くらいは拭いてから出て来いと言いたい。
「髪拭かないと、風邪引くよ」
「大丈夫! オレ丈夫だから」
カラカラと笑い、冷蔵棚から冷たい水を取り出して、カップに注ぐと、一気に飲み干す。
これで、お風呂から出てすぐに自分の部屋へ戻っていたら、何事もなく済んでいたのだろうが、風呂上りにのんびりと一階でくつろいでいたことで、買い物から戻ってきたレイスとかち合ってしまった。
「カロエ! なんて格好しているんですか」
「うへっ」
「女性がいる前で、そんな恰好をするなんて失礼ですよ」
「はーい。気をつけまーす」
本格的なお小言に入りそうな予感から、カロエは逃げるようにして、二階に上がっていってしまった。
「ったく。エルンストのせいですからね」
「え? 俺に飛び火してくんのか?」
「当然でしょう。カロエがあんな格好をするようになったのは、エルンストと同居するようになってからですからね」
「えー。そんなことないよ。それどころか、ビオレータ様のところにいたときは、レイスだってお風呂上りは下着姿で、あたしたちと一緒に走り回っていたじゃん」
からすの行水もそのままだが。格好だって、カロエは8歳のころからしっかりとパンツ一枚でうろついていたのである。
「え? いや。それは。俺もまだ幼かったといいますか」
アスピスの指摘に、目を泳がしながらレイスは呟くと、ふと思い出したようにして、アスピスに袋を渡す。
話を切り替えることにしたようだ。
「これ、可愛かったので。それと、シリーズを揃えていたでしょ。新作が出ていたので買っておきましたよ」
「ん?」
アスピスは袋の中を覗きこみ、中のものをテーブルの上に並べていくと、瞳をパァっと輝かせてお礼を言う。
「いつもありがとう!」
「いいえ」
「いや。っていうか。レイス、お前、アスピスに下着を買ってやってたのか?」
「えぇ。可愛いのがあったら、アスピスに似合いそうだなと思いまして。たまに買ってきてますよ」
「この動物シリーズのパンツ、見つけてくれたのレイスなんだよ」
ねー。と、レイスと相槌を打ちながら、アスピスはいそいそとテーブルの上に広げたキャミソールとショーツを、袋の中へ戻していく。
それを見ていたエルンストは、何故か複雑そうな様子で、しばらくの間、頭を抱えていた。
そして、ついには思考するのをやめたらしい。
「じゃあ、俺も着替えて来るか」
「待っていてくれたんですね。先に寛いでくれていてよかったのに」
「くつろいでたぜ、コーヒー飲んで」
エルンストはそう言うと、二階へ上っていく。
「それじゃあ、俺も着替えてきますね」
「うん。行ってらっしゃい」
アスピスはコーヒーを飲みながら、2人を見送ると、レイスに買ってもらったばかりの下着を、アイテムボックスを開いてしまい込む。
実を言うと、アスピスの持つ下着の80%くらいはレイスが買ってくれたものなのだ。残りは、フォルトゥーナが買ってくれたものである。
「さーてと」
体も綺麗にしたし、喉も潤したし。あとは二階に行って、心を満たすことにしようと、アスピスは席を立つ。
そして洗い場にある水の張られた洗い桶の中にカップを沈めると、アスピスも二階へ向かって行った。
その途中、二階の短い廊下にて、汚れ物が入ったカゴとパンツを手に、パンツ一枚で一階に向かうエルンストとすれ違う。
(これで、人にケチをつけるんだから、信じられないよねぇ)
そんなことを思いながらも、見慣れてしまったエルンストの姿に対し、気に留めることなくアスピスは自分の部屋へ入ると、アイテムボックスを開いて中から本を取り出して読み始めた。
夕食の時間になり、一階へ下りて行くと、レイスがいつも通り準備をしている。
「手伝うよ」
「あぁ、アスピス。いつもありがとうございます」
レイスはそう言うと、夕食のメインとなる肉を焼きながら、同時にサラダを作っていく。
その脇で、スープが焦げないように、オタマでスープをかき混ぜていると、レイスが話しかけてくる。
「洗濯しておきましたので、あとで二階に持って行ってくださいね」
「あ、ありがとう」
「いいえ。俺が汚れ物を出したのが最後でしたから」
そう言うと、完成させたサラダを流しの脇のものを置くスペースに並べていく。
それを手にして、アスピスはそれぞれの席の前に並べていいき、続いて、パン皿とフォーックとナイフとスプーンもそれぞれの席の前へ並べていく。その後は冷蔵庫からジャムなどを出し、木製のジャムスプーンが数本差し立てられているカップをテーブルの中央に置いて行く。
それから、やかんに水を入れてお茶の用意を開始する。
ナイフを使う調理や火を使う調理は危ないからと、レイスはまだアスピスにそれらをさせてくれないでいた。
そして、お茶の準備ができるころ、エルンストとカロエが下りてきて、その前にお茶を出すとカップを手にお茶を飲みだす。
その間に、レイスがよそってくれたスープと、メインの肉を取り分けた皿をそれぞれの席の前へ並べていくと、最後にレイスがアイテムボックスからパンを取り出して、テーブルの中央に置き、レイスが腰を落とすのを待って、食事が開始される。
スープは、朝はさっぱりとしたものが多く、夜は具沢山のこってりとしたものが多かった。
ちなみに、今夜のスープはクリームシチューであった。
それらを食べ終えると、みんなで片づけをして、食後のコーヒータイムが開始される。
そこからは、再び、自由な時間である。
アスピスは片手にレイスが洗ってくれた洗濯済みの服などが入ったカゴを持ち、もう反対の手でコーヒーの入ったカップを手にして、二階に上がっていく。
もちろん、小説の続きを読むためである。
ギルドからの依頼で、何日間も馬車に揺られてきたので、その間なにもできなかったのである。特に行きは息がつまりそうな空間にいたことで、心が疲れ切っているのだ。そのためにも、恋愛小説を読み、心の潤いを取り戻そうとアスピスは、読書に力を入れていた。
「あー、でも。そうかぁ」
明日からは、再び、アンリールに精霊使いとしての心得から、術の使い方、防御結界の張り方や、結界オーラの作り方を教えてもらいに行かなければならないのであったことを思い出し。アスピスは本をしまうと、早めの眠りに就くことにした。
そして、目を瞑ると、疲れが溜まっていたことを実感させられるよう、すぐに深い眠りへと落ちて行ったのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




