第55話(ギルドからの依頼6/依頼達成)
[五十五]
朝目が覚めると、そこにはエルンストがいた。そして、アスピスがぼーっとしている間に額にキスしてくると、「仕事にいってくるな」と言葉を残し、馬車の方へと向かって行った。そして、レイスとルーファスと共に中からミュケースをお姫様抱っこするようにして出てくると、朝食の準備をしている最中のカロエのいる焚火の傍にミュケースを下ろす。その後は、いつものようにエルンストの腕に手を絡め、エルンストの肩に頭を乗せるようにして甘えた仕草を作り、じっとしていた。
ただ、これまでもこれはきっと仕事のためだと思っていたので、ある程度覚悟していたためにそれほどダメージを受けてはいなかったのだが、理由がはっきりした現在、昨日までよりもずっと気にならなくなっていた。
そして、朝食の準備にレイスが加わり、手早く朝食の用意がされると、みんなに配られ、朝食が開始する。そして、次々に朝食を済ましていく中、さり気にアスピスの前へ伸ばされてきたカロエの手にトレイを渡し、残りを食べてもらうと、全員の朝食が終わり、後片付けが開始される。そしてその後は、寝ていた場所の片づけを済ませ、結界棒を回収し、みんなが馬車に乗り込むと、ルーキスの御者で出発する。
昼頃に一度休憩を入れる予定でいるらしいが、後は夜遅くまで馬車を走らせ続けて、目的の場所となるコージャの町に到着する計算がなされているようである。
ポルソと連絡を取った結果、明日の昼前に到着するよりも、夜遅くてもいいから今夜中に到着して欲しいとのことだったようである。
そんな中、アスピスは昨日の影響で微熱を出してしまい、シェリスの膝枕で横になっていた。そして、子供をなだめるように、シェリスはゆっくりと何度もアスピスの頭を撫でていた。
本当に、シェリスの中では、アスピスはロワと同等なようである。
(嫌じゃないところが、むなしいっていうか)
シェリスの手を気持ちいいものとして、アスピスは受け取り、シェリスの好きにさせていた。
そして、昼近くになり、一度休憩をいれたのだが、その間に特に問題は起きず。相変わらずミュケースはエルンストを独り占め状態で抱え込み続け、休憩が終わると後片付けをして、再びルーキスの御者で、馬車を走らせ始めた。
そして、完全に日が暮れてしまうまでアネモスに頑張ってもらい馬車を走らせ続けた結果、目的地となるコージャの町にたどり着く。
町の入り口の少し前に馬車を止めると、いつもの通りアネモスに馬車をしまってもらい、アイテムボックスからエルンストと共にアネモスも出てくる。
そして、エルンストが「じゃあ、行くぞ」と告げた瞬間、これまで通りミュケースがエルンストに腕に手を絡ませようとしたところ、エルンストが腕を上げることでそれを拒んだ。
「どーしてよ」
「契約はここまでだ。これから旦那になる奴の前に行くっていうのに、俺にエスコートさせる気か?」
静かにミュケースに問いかけるエルンストの台詞を聞いた途端、ミュケースは動くことをぴたりとやめてしまう。
「そんな冷たいことを言うなら、私はここを一歩も動かないわ」
「それなら、ポルソさんに連絡を入れて、迎えに来てもらうだけだが?」
淡々と事実を述べるエルンストに、ミュケースは苛立つようにして言い返す。
「だったらいいわ! 私は逃げるから。貴方たちは、契約の遂行ができなくなって、困ればいいのよ」
「困るのは、ミュケースだろ。すでにお前との結婚祝いとして、実家の方はお金を受け取っているそうじゃないか。しかも婚約時にも支度金をたくさん受け取っているんだろ。お前は貧乏でいるのが嫌で、お金を得るために結婚することを選んだんだ」
「それは……」
「だったら、分かるはずだ。ここで逃げ出したりすれば、賞金首にされて、結婚詐欺犯として護衛団に追われる身になるぜ」
「――ッ」
ほんのついさっきまで、腕を絡ませていた。それも肩に頭を乗せても文句ひとつ言わずに好きにさせてくれていた相手が、急に豹変したように現実を突きつけてきたことに、ミュケースはわなわなと震え出す。
「さっきまでのは、本当に演技だけだったって言うの?」
「そう、依頼してきたのはミュケース。お前だろ」
歩き出すエルンストの背に向け、ミュケースは怒りを顕わに言葉を放つが、エルンストは真正面から受け止めるようなことはせず、受け流すように答えて返した。
「信じられないわ。私、これでも伯爵令嬢なのよ」
「お金で爵位を切り売りされるようなご家庭のご令嬢だと、よーくわかっていますよ」
エルンストにしてはものすごく珍しい物言いで、ミュケースの方へ振り返りながらにっこりと笑って言い返す。
(もしかして、怒ってるとか?)
そんな印象をアスピスが受けている中、エルンストは最後の確認のようにミュケースに問いかけいた。
「そんで、自力で行くのか? 迎えに来てもらうのか? 逃げ出すつもりなのか? いったいどれを選ぶ気だ?」
「自分で行くわよ!」
他になにがあるのだと言いたげにミュケースは言い切ると、町の中へずんずんと進み始める。
その後ろを、張り付くようにして、ルーキスとレイスがついて行く。そして、エルンストは大幅の歩みで、ミュケースより数歩前に出ると、大通りを歩き始めた。
スピード的にはかなり速く、こういう町ではエルンストが嫌がるのだが、歩調について行けないアスピスは仕方がないのでアネモスに乗せてもらい、シェリスとカロエと少し後ろからついて行く。
そして、T字路に突き当たったところで、曲がると、正面奥の方に大きく立派な建物が建っているのが視界に入ってきた。
あそこが、目的地とされている場所なのだろう。
エルンストたちは、迷うことなくその家に向かって行く。すると、ほどなくして、王都の貴族街にある邸宅と十分に張り合える豪邸の前へ辿り着き、エルンストは馬車が十分通ることのできる幅を確保された、両脇を選定された木々で囲まれた通路を通り、辿り着いた先の扉のドアノッカーを数度叩いた。
「はい、ただいまお開けします」
「依頼を受けて、ミュケース様をお届けに参りました」
扉の先から出てきた、身なりの正された執事と思われる老人に、エルンストは簡単に説明をすると、背後を歩いていたミュケースを、執事の方へ送り出す。
「おぉ、絵画そのままのご令嬢でいらっしゃいますね。お美しい。ミュケース様のご婚約者となりますクシポス様が、今朝からずっとお待ちかねしておりましたよ」
そう述べると、後ろで待機していたメイドに、ミュケースを託すと、そのメイドはミュケースを連れて家の奥の方へと入って行ってしまった。
それを見守っていたエルンストは、執事に向かって、この家の主人がいるか問いかける。
「受領の確認と、サインが欲しいんだが」
「それでしたら、私めが承ります。ご主人様は、もう寝ておりますので」
「明日、出直してきた方がいいなら、そうするが? 遅い時間であるのは分かっている」
「いえ。今日中に連れてきて欲しいとお願いしたのは、当方でございます。この家の依頼の受領サインなどは私めがお受けいたしておりますので、今回も私のサインで問題ないと思われます」
「なら、ここに頼む」
エルンストはそう言うと、封筒を出して、その下の方にサインをしてくれるようにお願いした。
「あー。なにげに面倒な依頼だったわね」
「本当に……」
「お前らはまだいいだろ。俺なんて――」
王国の上位職に就いている三人が、サインをもらい、豪邸を出たところで、大きく伸びをする。
「しかし、令嬢として失礼のないように扱えだとか、メイドの真似をしろとか、黙ってていいから恋人の真似をしろとか、本当に注文が多くてまいったぜ」
「結婚前の、最後の我が儘だったのでしょう。顔も知らない人の元へ嫁ぎにきたんですもの。いくらお金のためとはいっても、不安だったのよ」
「そうだとしても。強制された訳じゃなく、それどころか親が反対する中、貧乏は嫌だと言ってこの道を選んだのは、彼女自身だそうじゃねぇか」
「そうですね。せめて、幸せになってほしいですね」
庇うようなことを言うシェリスへ、エルンストが吐き捨てるように告げると、レイスが穏やかな声で締めくくるように口を開く。
「それにしても、やっぱり、ギルド経由の依頼は面倒なことが多いな」
「今回は、精神的にな!」
「まぁ、まぁ、エルンスト。終わったんだし。今夜は飲むか?」
「冗談だろ。寝るにきまってるだろ。ずっと張り付かれてて、寝不足でたまらねぇんだよ」
んー。と伸びをして、エルンストはそう言い切ると、周囲を見回す。そして、探し物を見つけたのか、一点を目指して歩き出した。
「とにかく、こんな仕事さっさと報告終えて、終わりにするぞ」
「王都まで持って帰らなねぇのか?」
「今回は、こっちで終わらせて来いって話だ。封筒にそうあった」
「まぁ、金を出してるのはこっちだしな」
そんなもんかと、ルーキスが応じると、大通りの中に建つ煌々と電機が灯っている建物の中へと入って行った。
冒険者ギルドで依頼達成の署名をもらった封筒をみせ、賞金首の賞金や、盗賊退治の件も含ませてもらった、成功報酬。それと、それぞれみんな均等に功績をギルドカードに分けてもらい、ギルドのイートインコーナーで軽食を済ませると、宿屋を探す。そして、手頃そうな宿屋に入って行き、エルンストとルーキスが交渉をしてくれて、アネモスも入れることになる。
部屋は六人用の大部屋を借り切ったということだった。そして、案内されてそこへ入ると、エルンストは適当なベッドを選び、そのまま倒れ込むと、寝入ってしまった。
本当に、かなりの睡眠不足であったようだ。こんなバタンキューといったエルンストを、アスピスは今まで見たことがなかった。
成功報酬の分配は、エルンストがこれではどうにもならないということで、翌日に回すことにして、気持ちよさげに寝入っているエルンストは、そのまま放置することになり、みんな適当にベッドを選ぶと、それぞれ寝るための準備をする。
一応軽食は済ませたし、これからわざわざ食堂へ行く気も起きなかったのである。だから、朝食をちゃんと食べようということにして、本日のこれからの時間は各自自由とすることになったのであった。
アスピスはベッドの脇で寝ているアネモスの頭を軽く撫でると、その場にそのまま横になる。そして、このまま寝入ろうかと思ったりもしたのだが、ふと、お風呂に入りたくなったことで、部屋の隅にある棚に置かれている説明書を読みに行く。
「お風呂はなしかぁ」
「あら、そうなの。それは残念ね。お湯を借りて、桶ではいる?」
「以前、フォルトゥーナから便利な精霊術のレシピを教えてもらったから、それを使うよ。シェリスもどう? 貰いもんだけど、レシピを送るよ」
「そうね。有り難く教えてもらうわ」
シェリスがそう言って来たので、左目を間近で合わせるようにして、リストをふたつシェリスに贈る。
しばらくすると、シェリスが「ありがとう」と言ってくる。どうやらコピーが成功したらしい。
「じゃあ、先に体洗わせてもらうね」
アスピスはそう告げると、衝立の奥に入り、服を脱ぎ下着も脱ぐと、右目の結界を使って結界を作り、以前教わった「洗浄」と「乾燥」を唱えて体を洗い、乾燥させる。
そしてアイテムボックスを開くと、新しい下着を取り出し、旅先用にしまっておいてある簡素な膝丈のワンピースを身に着けると、汚れ物を専用の箱にいれて、アイテムボックスを閉じる。
そして、衝立から出てきた。
「サッパリするよ」
「みたいね。じゃあ、次は私が洗ってくるわね」
そう告げると、シェリスは衝立の奥へと消えて行った。そんなシェリスを見送ると、アスピスは髪を梳かしながらベッドに戻り、ベッドの上に乗っかっている内に横になりたくなってきて、ベッドの中央で大の字に横たわった。
衝立の奥からは、「洗浄」と呟かれてからしばらくした後、「乾燥」と続き、精霊術を唱えているらしいシェリスの声が聞こえてきた。
「女性陣は羨ましいですね。精霊術が使えて」
「だったら、みんなも洗ってあげるよ」
アスピスが、寝たままの格好で告げたら、レイスが少し悩んだ後、やっぱりいいですと言ってきた。
「パンツの一枚くらいなら、履いててもいいよ?」
「いえ。お気持ちだけで結構です」
譲歩して、裸体は避けてあげるつもりだったのだが、それでもレイスは躊躇いがあるらしく辞退してくる。
(レイスが一番、防御が堅いよね)
他の2人は、風呂上がりのパンツ一枚なんて日常茶飯事で、見慣れてしまっていたが。レイスは風呂上がりでも必ず服を身に着けていた。
(そんなレイスがパンツを洗濯に出さないのは分かるけど。他の2人がパンツを出すのを嫌がるのが、本当に意味が分かんないよね)
人前で堂々とパンツをみせておきながら、洗濯には絶対に出さないのが、不思議で仕方ないのだ。パンツを含め下着を出しているのは、アスピスだけであった。
そんなアスピスの洗濯済みのカゴに、パンツが一番上に乗っていると、レイスよりもエルンストが怒るのだ。下着は服などの下に入れろと。
正直、本当に、人前でパンツ一枚の姿でお風呂からあがって来るのに、エルンストの中にはどんな基準ができているのか訊きたくなってしまう。というか、その疑問をそのままエルンストにぶつけるようにして以前訊いたことがあるのだが、まともな答えは返ってこない上に頭を殴られてしまい、以来訊くことは諦めることにしている。
「あー。良いレシピね。アスピスありがとう。サッパリしたわ」
「お礼は、フォルトゥーナによろしく。教えてくれたのフォルトゥーナだから」
「分かったわ。今度顔を合わせたときにでも、感想とともに言っておくわね」
「うん。そうしてあげて」
アスピスはそう言うと、アイテムボックスから本を取り出し、眠くなるまで本を読むことにした。
微熱は未だ残っているようだが、具合としてはそこまで悪い感じではなかった。
翌朝目を覚ますと、エルンストはすでに起きて、軽い準備体操を行っていた。
「おはよう」
目を擦りながら、起き上がると、エルンストが傍に寄ってきて頭を殴ってきた。
「ちょっ! 挨拶の前に、殴るってあり?」
「微熱あるくせに、本を読んでただろ」
「あー……」
読んでいる途中に襲ってきた眠気に負けて、本をしまって証拠を隠滅しておくことができなかったのである。
「今日からは帰るために、また馬車で移動なんだぞ」
「分かってるよ」
「体力がねぇんだから、少しは気をつけろ」
エルンストはそう告げると、自身のベッド。といっても隣なのだが、戻って行った。
(小姑が復活してる……)
喜んでいいのだろうか?
少なくとも、馬車の中が往路とは異なる空気で満たされるのは確実である。
「エルンスト」
ベッドから下り、自らエルンストの傍に行くと、エルンストの服の裾を引っ張る。そして、アスピスの方へ意識を傾けて来たエルンストに向け呟いた。
「お仕事でも、次にあんなことしたら。浮気ってみなすからね」
「え?」
背伸びして、エルンストの頬へ口づけると、アスピスは上目遣いでエルンストを睨み付ける。
そんなアスピスの態度に、驚きながらも、エルンストは返事した。
「お、おぉ。分かった」
瞬間、アスピスとエルンストの左手の薬指に嵌められている指輪の形が、ほんの少し変化する。
そのことに2人ともまだ気づくことはしていない。
シェーンとイヴァールが交わした指輪と同じだけの価値がある指輪だけに、効果も特殊で、結婚をした時のみでなく、ペアリングを嵌めている2人の関係に変化があると、それに合わせて形が少しずつ変わっていくことを、2人は未だ知らないのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




