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第54話(ギルドからの依頼5/真相)

[五十四]


 目的とするコージャの町まで、残すところ一日半という感じのところまで来ていた。

 休憩は思っていたよりも少なく済んでいたことで、途中盗賊に襲われはしたが、それ以外は、赤道を通る旅は思いのほか順調に進んでいた。

 このままうまい具合にいけば、一度野営をし、その次の日の夜にはコージャの町に到着できるだろうという感じであった。到着するのは、遅い時間になってしまいはするが。

 とにかく、先が見えてきたことで、時折ミュケースがエルンストに甘えてみせ、それにエルンストが応えるていどで、それ以外の会話はなく沈黙状態は相変わらず続いていたが、わずかながらも空気が軽く感じられるようになっていた。

 そのため、昼頃に入れた休憩は、ルーキスとカロエが陽気に過ごし、明るいものになる。

 そして、再び陽が傾き始めるまで馬車を走らせ、待ちに待っていた最後の野営を迎える時間が訪れた。

 焚火の用意はエルンストが。夕食の準備はレイスと、その補助にカロエが入って行われていく。

 その様子を、アスピスはルーキスが用意してくれた場所で、アネモスに寄りかかりながら黙って見守っていた。

 ――これで、最後だもんね。

 そしたら、いつも通りに戻れるのだと、アスピスは胸を期待で踊らせる。

 同時に、これまでどれほどエルンストのことを独り占めしていたのかを、実感させられてもいた。

 ――もうちょっと、フォルトゥーナに譲らないとだめだよね。

 エルンストは、フォルトゥーナにとって、暗闇から救い出してくれた王子様みたいな存在なのだろうから。だから、本来ならば恨まれていても不思議はないのに、フォルトゥーナはいつも笑ってアスピスの面倒を見てくれていた。

 寛大というべきか、心優しいというべきか。その両方なのか。

 そうこう考えている内に時間が経っていて、レイスとカロエが食事の準備を終わらせたことを、ルーキスが知らせてきた。

 そしてみんなが食べ終わるころ、ミュケースの食べ残した夕食の量を見て、アスピスは首を傾げてしまう。

 元から食の細いアスピスは別にして、一日目の食事の盛り方は男性たちより少な目であったが、残さず食べていたはずである。そこから思い返すようにアスピスはここ数日のミュケースの様子を振り返ってみて、それが日を追うごとに、食事の量が減ってきていることに気が付いた。今日など、半分くらい残していた。

 けれども、誰もそれに関して何も言わず、レイスは黙ってミュケースが差し出した皿を受け取っていた、

 お客様扱いということと、元から苦言が少ないレイスであるが、旅の最中はいつ食料の補給をできるか分からないことで、盛ってもらうときに食欲がない時や、逆に食欲が旺盛なときなど、事前に断りをいれておくのがマナーだと教えてもらっていた。

 そういいつつも、エルンストが原因でもあるのだが、アスピスの断りを受け入れてもらえた経験はないのだが。

 そのせいで、今日も残す羽目になっていた。

 そして、その処理方法に困っていると、カロエが黙って手を差し出してくれて、トレイをアスピスから受け取ると、アスピスが残した分を食べてくれる。いつもなら、大抵、それはエルンストの役目となるのだが、ミュケースが常に張り付いていて会話がなされない現在、それは叶わないことであった。

 それからは、いつもと同じに。とはいってもミュケースとエルンストはべったりくっつき座ったままだし、通常時のような会話はなくみんな黙々と後片付けを済ませると、その後配られるコーヒーを手にそれぞれの寝床へ分かれていく。

 しかも、いつもなら使用しない結界棒を、護衛の場合は使うことにしているらしく、それなりに強固な防護結界が野営地周辺に張られていた。そのため、見張り番は少なくて済むからと、最後までアスピスもエルンストも数には入れられることはなかった。

 ――今度、結界棒の精霊を補充してあげよ。

 使った時間は短いし、シェリスもフォルトゥーナも結界棒の補充ができるので不要なことかもしれないが、見張り番をしていない分、なにかの役に立ちたいと思ったのである。

 そんなことを思いながら、アネモスに寄りかかりつつ、アスピスは気晴らしに恋愛小説を読み始めた。

 それからどれくらい経ったころだろうか。

 ミュケースが突然大きな声を上げ始めた。

「なんでダメなの? これが最後の夜なのよ」

「大声だすんじゃねぇよ」

「だって、抱いてって頼んでいるだけじゃない。どうせ、私が初めてってわけじゃないでしょ」

「だから、それは無理だって言ってんだろ」

「女はね。初めては、好きな人に抱かれたいものなの。それを叶えてって言っているだけじゃない」

 泣き叫ぶようにして訴え始めたミュケースに、エルンストは困り切った様子で対応していた。

 そして、話がまとまりそうにないことから、周囲の目を気にしたエルンストが、ミュケースの手を取り、馬車の中へと入ってしまった。

(なんなんだぁ?)

 いったい、今のやりとりは。

 これまでミュケースがエルンストへ甘えるようなやり取りは何度もあったが、それ以外は沈黙が常だったのに、それを裂くようにして叫び始めたミュケースの言葉に、アスピスは半ば釘付けになるように固まっていた。

(結婚、するんだよね?)

 でも、今のミュケースの台詞をそのまま解釈すると、好きな人はエルンストらしい。

 単なる取り巻きのひとりだと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。

(っていうか……)

 箱型の馬車という死角に入ってしまったことで、どんなやり取りがなされているのか分からなくなってしまったのだが。

(エルンストは、どうする気なんだろう)

 無理だとは言っていたが、できない訳ではないだろう。

 そう思った瞬間、エルンストやルーキスの瞳を通して見てしまった過去の映像が、一気に脳裏に蘇る。

「――ッ」

 途端に生じた吐き気を抑えきれず、アスピスはシートから這い出ると、その場で吐き出していた。

「アスピス! どうした?」

 いち早く気づいたのは、そばに寝床を作っていたカロエで。アスピスの異変を体で感じたのか、それまで他のことをしていたのだが、アスピスが吐き出すとすぐにアスピスの元へ寄ってきた。

「兄貴、アスピスが!」

「どうしました」

 カロエの声音から異変が生じていることを察し、2人の元へ駆け寄って来る。そして、それに続くよう、シェリスとルーキスが寄ってきた。

「とにかく、吐けるだけ吐かしてあげて」

 シェリスは屈みこむと、アスピスの背を上下に擦る。

「大丈夫よ、アスピス。全部吐いてしまえば落ちるけるから」

 そう言いながら、ルーキスの方へ振り向くと、視線で遠くへ離れているように指示を出す。

「カロエ、レモン水かなにか作ってきてくれる」

「兄貴、レモンもってるか?」

「え、あぁ。たしかボックスにしまってあります。今取り出しますから」

 急いでアイテムボックスを開くと、中からレモンを取り出し、カロエに渡す。そして、それを持ってカロエがレモン水を作りに、水が入っているピッチャーが置かれている場所へ向かって行くのを見送ると、シェリスがレイスに静かに告げた。

「さっきのミュケースとエルンストの会話が切っ掛けだったのか、ルーキスやエルンストの瞳や耳を通して見聞きしたものが、唐突に蘇ってきたってところじゃないかしら。ルーキス曰く、盗賊団たちとかなりまずいことやっていたらしいし」

 アスピスの背中をさすりながら、シェリスは自身の見識をレイスに告げる。

「私にも、身に覚えあるから。多分そんなことだと思うわ」

「エルンストを、呼んできます。このメンバーの中では、エルンストが現状で一番アスピスから信頼されてますから」

「平気なの?」

「アスピスが目覚めた以上、俺たちはアスピスを裏切るような真似は絶対にしませんから」

「そう。なら、お願いできるかしら」

 気持ち悪いと思いつつ、胃の中のものをすべて吐き出してしまったことで、出すものがなくなり、アスピスの状態が少し安定してくる。

 その様子を確認しながら、カロエが持って来てくれたレモン水が入ったカップをシェリスはアスピスに慎重に持たせていく。

「口をゆすぐといいわ。少し楽になるから」

「ん……」

「大丈夫よ。ちょっと怖くなっただけよ。すぐに落ち着くから。私も何度も経験したわ」

 アスピスの頭を撫でながら、シェリスは口をゆすぐようにアスピスに勧めてくる。それに素直に従うよう、アスピスは受け取ったレモン水で口をゆすいだ。

 そして、何度か口をすすいだ後、シェリスはカップを受け取ると、それをカロエに手渡し。力なくシェリスに寄りかかって来るアスピスをゆっくりと抱きしめる。

「怖くなってしまったのね。でも、もう大丈夫よ」

 ゆっくりと、宥めるようにアスピスへ告げるシェリスの台詞はとても優しく、アスピスの心に和らかく響いてくる。その影響か、徐々にアスピスも落ち着きを取り戻していった。

 そんな状況の中、ほどなくすると、エルンストが姿を現した。

 そして、アスピスに触れようとした刹那、アスピスが怯えた表情を浮かべてみせたことで、エルンストは動きを止める。

「大丈夫よ、アスピス。エルンストはあなたを裏切ってないわ。怖くはないわよ」

「本当?」

「えぇ。でなかったら、ここへ来たりしないわよ」

 そう告げながら、エルンストの手にアスピスを任せつつ、エルンストの耳元へ口を近づけると、小さな声で、先ほどレイスに告げたことをエルンストにも語って聞かせる。

「発動の切っ掛けははっきりしていないけど、間違ってはいないはずよ」

「すまなかった」

「仕方ないわよ。そういう環境にいたんだもの」

 最後にそう言い残して、カロエを連れて、焚火の方へと2人は向かって行った。

 そんな2人の背中を見送ると、エルンストが、アスピスをゆっくりと慎重に抱きしめていく。

「悪かった」

「ミュケースさんはいいの? お仕事なんでしょ」

「今は、レイスとルーキスに見てもらってるから心配するな」

「ん……」

 エルンストの言葉に安心するよう、アスピスはエルンストの背に手を回すと、しがみつくように触れた先の服を握り込む。

「アネモス、ちょっと背を借りるぞ」

「仕方なかろう。好きにしろ」

 エルンストの断りに、アネモスが了承したことで、エルンストはアスピスを抱き込んだ状態でアネモスに寄りかかる。

 そして、アスピスの頭をゆっくりと撫で続けた。

「思い出させちまったか?」

「うん」

「そうか……」

 シェリスの見解が合っていたということらしい。

 彼女は彼女で、八式使いであるにもかかわらず、そのことが明らかにされないまま、暗殺団の中で苦労して生きて来た人間である。そのとき、様々な嫌な経験をしてきたのだろう。

 ルーキスは、最初、そのことに同情することからシェリスへの想いを開始したのだ。そのせいで、気持ちが愛情へ変わるころ、そのことをシェリスになかなか信用してもらえず、結婚へ持ち込むまでかなり苦労したのである。

「怖い思いをさせちまったな」

「うん」

「お前がここに戻ってきた以上、お前を裏切ることなんてしない。それだけは信じろ」

「本当に?」

「嘘なんてつかねぇよ」

 使い魔であった内は、アスピスに対して興味などなかった。それが、契約を解除された瞬間、アスピスが自分にとって絶対の存在であることに気づかされたのだ。あの時覚えた激しい喪失感。それが埋まったのは、契約を解除されてから10年経った、アスピスと再会し再契約を交わした瞬間である。

 それまで、いつアスピスが目覚めてもいいよう、その時出来る最善の状態を作り出し、日々生きてきた。

 その経緯で、使い魔とその主人との関係性や、役割を学び。アスピスの負担を減らすために腕を磨き、アスピスを失わずに済むよう。傍にいられるよう、六剣士の座を手に入れたのである。

「どんだけ、お前のことを待ち望んできたと思ってんだよ」

「絶対?」

「あぁ、絶対だ」

 エルンストはそう言い切ると、アスピスの額に口づけを落とす。

「そもそも、浮気なんかしようもんなら、他の奴に持ってかれちまうしな。そんな余裕なんてねぇよ」

 成人には属するが、まだ子供らしさを残しているカロエは未だいいが。エルンスト同様に、アスピスのために六剣士となったレイスに対しては、油断ならない存在だと、エルンストは本心から思っている。

「今日はずっとここにいてやるから、ちゃんと眠れ。どうせ、ここんところ満足に眠れてないんだろ」

「いいの? お仕事の最中なんでしょ」

「お前の方が大事なんだよ。最悪、ミュケースをポルソの元へ届ければいいだけなんだ。お前が気にする必要はない」

エルンストとしては気を遣って告げた台詞であったが、アスピス的には不満が残る一言であった。

 そのため、アスピスは苦情を述べる。

「パーティ組んで行動しているときは、対等なんでしょ。気にするよ」

「そりゃそうなんだけどな。今回はちょっと面倒くさい事情があるんだよ」

「面倒くさいって?」

 徐々に元気を取り戻してきたアスピスが、エルンストの肩に手を乗せる形で腕を伸ばし、エルンストの瞳をまっすぐ覗き込む。

「あー……だから」

「なによ。すぐ子供扱いするんだから」

「いや。子供だろ」

 唇を尖らせ苦情を言ってくるところからして、すでに自分が子供だと言っているも同じだと、エルンストは苦笑を零す。

「とにかく、今回のミュケースの結婚には、色々と事情が絡んでるんだよ」

「色々って?」

「本当に、好奇心の塊だな」

「だって、気になるじゃん」

 プクリとすねると、エルンストがおかしそうに笑ってみせる。

「じゃあ、キスしてくれたら、教えてやるよ」

「え?」

 もちろん、できないと踏んでの提案であったのだが、エルンストは忘れていた。アスピスの好奇心の強さだけでなく、その実行性を。

「わかった」

 アスピスはそう言うと、エルンストの額に口づけを落としてみせた。

「同じするなら、口にしてこいよ」

「どこだって、キスはキスでしょ」

 さぁ、薄情しろとばかりに迫ってくるアスピスの唇に、エルンストは唇を緩く重ねてみせる。

「ずっるーい」

「ずるくはねぇだろ」

 苦言を呈するアスピスへ、エルンストはさらりと言い返す。

 もちろん、そんなことでアスピスは納得しなかった。

「絶対に薄情してもらうからね!」

「分かったよ。分かったから、その恰好をやめろ。胸がないのがまるわかりだぞ」

 エルンストはそう告げると、アスピスを腕の中におさめてしまう。

「お前には難しい話だろうけど、ポルソは爵位が欲しくて、ピーヴァ伯爵家は金が欲しいんだ。だから、ポルソは、ピーヴァ伯爵家からミュケースを金で買ったんだよ」

「あー、なんかそーゆー話、恋愛小説にあった」

「お前が読んでる小説、なんでもありだな。本当に全年齢対象なんだろうな」

「なにが?」

「あー。分からねぇなら、それでいい」

 エルンストは、諦めたように呟く。フォルトゥーナ曰く全年齢対象ということだったのだから、おそらくたぶんきっとそうなのだろうと、思うことにしておく。

「とにかくそういう事情で、だな」

「ミュケースさん、可愛そうだね」

「本人自身、金が欲しくて結婚を承諾したんだ。今、アイテムボックスやポストを持っているのも、毎日真新しいドレスを着ているのも、結婚が決まって支度金を大量に貰ったからなんだしな。嫌だなんて騒いだところで、今さらだろ。同情はするが、金を選んだのは自分だ」

 きっぱりと言い切るエルンストの口調は、事の外冷めていた。本当は同情もほとんどしていないのかもしれない。

「じゃあ、使用人のひとりも連れていなかったのってわざとじゃなくて」

「あぁ。家には、執事とメイドが各一人しかいなかったらしいから、風呂も着替えも全部ひとりでやっていたらしい。今はシェリスをメイド代わりにして手伝わせているけどな」

 伯爵令嬢なのに、メイドの1人も連れていなかったのは、そういう理由からなのだと、エルンストは説明する。

「没落貴族ってやつか」

「それも小説からか?」

「うん。この前読んでいたのに出て来た。好きな人ができて、頑張って復興するの」

「本当に、なんでもありだな」

 先日、魔の一週間の間に、みんなが半壊させられた理由が垣間見れた気がしたエルンストである。触るな危険のカロエまでも沈没させたのだ。

「とにかく、納得したならもう寝ろ」

「うん」

「ちゃんとお前が目を覚ますまでいてやるから」

「その後は、また、お仕事?」

「まぁ、そうだな」

「そっかー。お仕事じゃ仕方ないもんね」

 アスピスはそう告げると、寝心地のいいようにエルンストの胸の中で身動くと、瞼を閉じて眠る準備に入って行った。

 そして、この日は約束通りアスピスが目を覚ますまで、エルンストはアスピスを抱きしめてくれていたのだった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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