第52話(ギルドからの依頼3/御者席/盗賊団)
[五十二]
昨夜、お風呂に入りたいと騒ぐミュケースをなんとか宥め、エルンストは、旅路の途中では滅多にお風呂には入れないことを説明する。
それでもしばらくぐずったが、エルンストがずっと傍にいることで、少しずつ機嫌を直し、いつの間にかエルンストの膝の上を枕にして眠りについてしまった。
そこからは、エルンストを抜きにして、レイスとカロエとシェリスとルーキスが見張り役の組み合わせと順番を話し出した。
ただ、今回は護衛ということで、結界棒を使用して防御結界をこの周辺につくることにしたようで、会話の感じから、四人でも済ませられるような話の方向になっていて、アスピスはそれを黙って見ているだけであった。
そして、そのままアネモスを枕にアスピスが眠りに就き、目を覚ましたころには陽が昇り始めていた。そのままウトウトしながら、見張り番をしているレイスを眺めながら迎えた翌日。
朝食を済ませ、食事の片付けを終えると、それぞれの寝床を片付け始める。すると、ミュケースが着替えたいと言い出したことで、シェリスが付き合う形で、男性陣の目が届かない木の裏に回り、ミュケースが着替えるのをシェリスが手伝いながら、着替えをすませさせる。
アスピスは、それを黙って見ているしかなかった。
そもそも、ミュケースの瞳にアスピスが映っているかどうか自体、怪しく思えていた。
そして、下着から全部着替えたことで気分を良くしたミュケースが、エルンストが寝床を片付けているにも関わらず、まとわりつくようにしてエルンストの腕に手を絡ませる姿を目にして、アスピスは複雑な気持ちになっていく。
けれども、気にしたら負けだと思い、敢えて無視するようにして、寝床を片付け終えると、防水シートを丁寧にたたんでルーキスに返しに行く。
「持っててくれて良かったのに」
「ううん。あたしもちゃんと持ってるし。昨日は貸してくれてありがとう」
「お、ちゃんとお礼が言えるんだ。えらいなぁ」
にこにこと笑みを零すルーキスは、完全にアスピスを未だ8歳のロワと同等に扱っているようである。シェリスもだが、子供を持つ親からすると、アスピスは未だまだ世話のかかる年頃の娘みたいなものなのかもしれない。
そう思わないと、お礼を言っただけで褒められるなんて、ちょっと恥ずかしく感じてしまうのだ。
「って。そうだった。今日は上着も用意しておくようにな。御者席は風がまともに当たるから」
「ルーキス。本当にアスピスを御者席に座らせる気?」
「あぁ。たまにはいいだろ。エルンストたちは座らせてやってないだろうからさ」
にこにこと笑いながら、心配そうなシェリスに向けて、ちゃんと面倒見るから安心して見ていろとばかりに、シェリスの肩を軽く叩く。
「本当に、気を掛けてあげていてよ。慣れてないんだから」
「わかってるって。なぁ、アスピス」
「うん。気を付けて座るから」
同意を求めるように、話を振ってきたルーキスに向け、アスピスは大きく頷く。
「そう? まぁ、アスピスも楽しみにしているようだから、止めはしないけど。本当に気を付けてね」
「はーい」
「大丈夫だよ。任せておいてくれ」
良い子の返事をするアスピスに、胸をどんと叩いてみせるルーキス。そんな2人を前に、シェリスは一抹の不安を抱えながらも、渋々とアスピスの御者席体験を許可することになった。
「じゃあ、出発するぞ!」
馬車の中に向け、ルーキスが言葉を放つと、間を置かずアネモスへ前へ進むようにお願いする。
すると、ゆっくりとスピードを上げながら、アネモスが走り出した。
後ろの席とは反対に、目の前の景色がどんどん後ろに流れていくことに、アスピスは感動に似た思いを抱く。そして、御者席の角を握り込みながら、後ろへ流れていく景色を目で追いかけていたら、後ろから手が伸びてきた。
「アスピス、身を乗り出しすぎ。行儀悪いと、後ろに戻すぞ」
「カロエ……」
どうやら、アスピスのすぐ後ろで待機していたようである。
今回、ミュケースにかまいっぱなしのエルンストや、護衛のために馬車の中では常に、ミュケースを挟んで、エルンストとは反対側の席に腰を落としているレイスが、アスピスに一切の手を出さないことで、自分が面倒を見なければとでも思っているようである。
いつもよりも大人びた口調で、注意されてしまった。
ちょっと想定外の事態に、アスピスは内心焦りつつ、ここは反論する場面ではないと判断して、素直に「はーい」と返事をして正面を向くように座り直す。
ここにいると、いかにアネモスが頑張っているかもよく分かる。いつもこうして、一日走り続けて、みんなを目的地まで運んでくれているのだと、すごく実感できてしまう。
これならば、野営地についたらすぐ休みたくなって当然だし、目的地に着いたら宿屋の中で休んでいたくなっても不思議はないと思えてしまう。
現実は、アネモス的には全然大したことではなかったのだが、その辺はアスピスの知るところではなく、アスピスは素直に感動する一方であった。
「マスターよ。我の背中に乗ってもいいぞ」
「えー、それも楽しそうだけどさぁ」
「それは、やめておこうな。スピードも出ていることだし。牽引具も装着しているから、いつもと乗り心地が違うだろうから、危険だからさ」
アネモスの提案に、心が揺れたアスピスだが、慌ててルーキスが止めに入る。
その様子がとても必死で、アスピスはくすくすと笑い出してしまった。
「冗談だよ。危険だってことくらい、ちゃんと分かるよ」
「そうか? ならいいけどさ」
アスピスの台詞に、ルーキスが苦笑する。
「とにかく、前を向いてちゃんと座っていてくれよ」
ルーキスはそう告げると、再び正面に向き直った。
いくら赤道を走っているとはいっても、御者役として、他の馬車や旅行者や冒険者などとすれ違ったり追い越したりするときに、アネモスにどの経路を進むか指示しなければならないので、気は抜けないのは、赤道以外の道を通るとき同様であるらしい。
それでも、周囲の風景を常時気にしつつ、地図と方位磁石を駆使して進むべき方向をきめなければならない時に比べれば、かなり気楽なのだろうが。それでも、大変であることに変わりはなさそうだと、御者役をやってくれる人たちに、アスピスは感謝の思いを抱き直した。
昼頃に一度、軽食を摂るための休憩を挟み、再び馬車を走らせる。
ミュケースは相変わらず、エルンストにくっつき、色々と話しかけていた。それに対して、エルンストも極力返事をするように努めているようであった。
そんな2人をあまり見ていたくなくて、馬車の中に戻るよう勧めるカロエやシェリスの意見を受け流し、アスピスは午後も御者席に座り続けていた。
ただ、赤道を通っていることで、地面は赤いレンガで作られた太い道がえいえんと延びていて、両脇はたまに木が生えているくらいの草原が広がっている。さらにそのずっと奥の方に山があったり森があったりするという、とにかく景色の変化に乏しい状況に飽きて来たアスピスの視線は、自然とルーキスに向かっていく。
(元から年上だったけど、なんか変わったよね)
アスピスの持つルーキスの印象は、悪戯好きで好奇心旺盛で、使い魔であるルーキスを便利に利用していた盗賊たちと共に、女性を襲うことを楽しんでいた乱暴者という感じのものであった。同じ魔族であるにもかかわらず、盗賊団のアジトのある森の周辺を、女性を襲うことよりも、走り回っていることを好んでいたエルンストとはまったく違った生き物のように捉えている部分があったのである。
現実には、当時15歳という思春期であったルーキスが、盗賊団の元にいたことで善悪の判断が緩み、色を好みそちらに走ってしまうのは、仕方のないことだったのだろうが、その辺のことは未だアスピスには理解できていない部分であった。
だけでなく、その後、アスピスの願いによって普通の生活を送ることで、常識を身につけていくに従い、深く反省もしてきたし。シェリスにも真実をきちんと打ち明けたうえで、使い魔にしてもらっていたのだが、その辺に関してもアスピスには知りようがなかった。
だから、アスピスは真剣に思ってしまうのだ。
(シェリスのおかげなのかな)
以前、エルンストの瞳を通して見た、ルーキスの瞳をとても恐ろしく感じていたのだが、今のルーキスからはそれをまったく感じることがなくなっていた。それどころか、穏やかだとさえ感じてしまうのだ。
「どうか、したのか?」
「ううん。ただ、ルーキスも、他のみんなと同じで、大きくなったなぁって」
「ははっ。そりゃそうか。アスピスにとっては、そうだよな」
ごまかすように告げた台詞に、ルーキスがそれで当然だとばかりに、陽気に笑う。
「ねぇ、今って幸せ?」
「もちろん! すげー幸せだぜ」
「だよね。そんな感じだもん」
「でもさ。シェリスが傍にいてくれなかったら、アスピスの左手の小指は俺がもらってたけどな」
カラカラと笑いながら、冗談とも本気とも取れる台詞を告げてくる。
「じゃあ、シェリスに感謝しなくちゃだね」
「あぁ、もちろんしてるよ。でも、アスピスにも感謝してるぜ。俺たちに生きるチャンスを与えてくれたんだからさ」
「大げさだなぁ」
「あれ? 本気なんだけど」
うまく伝わらないもんだなぁ。と、頭を掻きながら、ルーキスは笑い続ける。
けれどもある瞬間、笑みを固まらせると、その場で大声を出した。
「出やがった! 人型だ!」
瞬時に、後ろの馬車の中の気配が変わる。
そして、矢が前の方へ飛んできたのを視界の端で捕らえた瞬間、右目を使いアネモスに防御結界を張ったことで、急ブレーキがかかり、アスピスが御者席から転げ落ちてしまった。
「アスピス!」
慌てた声でアスピスを呼びながら、剣を手にして、ルーキスが御者席から飛び降り、アスピスを庇う位置を陣取る。
同時に、前にいたカロエは、御者席を乗り越え前から飛び降り。シェリスとレイスが後ろから飛び降りて、襲ってきた盗賊たちの方へと走って行った。
人数は、二十人くらいだろうか。
肩を打ち、痛みで動けない中、アスピスは向かって行った三人を中心に、塊になりつつある盗賊団を覆いつくすようにして、右の眼を使用して結界を作り出す。陣に刻んだ条件は味方三人への魔法効果無効。と、魔法全体化。死亡禁止。
それと同時にアスピスはレシピを唱えた。
「ベタベタ・スターダスト・炎の矢・アイススピア・光の矢・トルネード・灼熱の雨」
アスピスが呪文を唱える度に、結界内で悲鳴が起きる。それを聞きながら、中がどうなっているのか見えないアスピスは、更に呪文を口にしようとして、ルーキスに止められた。
「アスピス、もういい。十分すぎだ!」
結界の中の惨状を見ていたルーキスが慌てて、アスピスの口に手を当てる。
「そう? じゃあ、結界解除」
同時に、わらわらと盗賊たちが逃げ出そうとしたのだが、命は取っていないが、怪我が酷いようでその場に次々と倒れて行った。
「我の結界もといてくれぬか? マスターよ」
「あぁ、ごめんね。結界解除」
最初に馬を狙うのが常套手段と聞いていたことで、アネモスが狙われると思い、反射的に防御結界をかけてしまったのだが、一応正解だったようである。結界の境目に矢が数本落ちていた。
「って。そういえば、食い破れば良かったのに」
「我がマスターよ。結界術も精霊術もかなり進歩したようじゃな。切れ目がわからんと食い破れんようになってしまったわ」
「あー、そうなんだ」
それは、アンリールに感謝しないと。と、王都に戻ったらお礼を言おうと考えていたら、ルーキスがアスピスの肩を触って確認した後、静かに抱き上げた。
「骨は折れていないようだが、勢いよく落ちたからな。打ち身はかなりひどいはずだ」
「あー。急ブレーキかけちゃったからね。ごめんなさい」
「いや。アネモスが怪我をしたら、大変だったからな。判断的には正しかったと思うぞ」
ルーキスはそう告げると、後ろの馬車の方へアスピスを抱きながら、踏み台を使って乗り込むと、エルンストに抱きつき怯えているミュケースを抱きとめているエルンストたちが座っている側とは反対に位置する方の、空いている席にアスピスを横たわらせた。
「ちょっと、向こうの状況を確認してくる。賞金首がいるかもしれないしな」
ルーキスはそう言い残すと、再び馬車から下りて行った。
「怪我はそれなりにひどいが、命には別状なさそうなんで、シェリスのマナでみんなを縛り上げて防御結界を張っておいたもらった。条件に、引き取り手が来たら合言葉を言うと結界が溶けるようにしておいた。んで、通り越しちまったが、温泉村の冒険者ギルドが一番近いんで、そこに盗賊団の引き取りを頼む手紙を出しておいたから、功績はプラスしてもらえるはずだ。つっても、普通の盗賊だからささやかだけどな」
「そうか」
「んで、中に3人ほど賞金首が、それもかなり高額なのが混じっていたから、それは次のウラガーン村まで馬車に乗せて連れて行くことにしたから。ちょっと伯爵令嬢にはキツいかもしれないけど、エルンストが必ず守るんで我慢してください」
最初の方はエルンストへ。最後の方はミュケースへ向けてルーキスが説明する。
そして、それを実行するように、カロエとレイスとシェリスが、マナで縛り上げた傷だらけのボロボロになった三人の盗賊を馬車の中へ押し込んで、中央に座らせた。
どうやら、この三人が賞金首らしい。
そんなことを思って、三人を見ていたら、三人から睨み返されてしまった。
「お前か! あの無茶苦茶な魔法は!」
「こんなガキに、俺たちがやられたって訳か? ふざけるな!」
「冗談じゃねぇぞ。放しやがれ!」
ギャーギャーと騒ぐ賞金首の盗賊を、黙らせる方法はないだろうかと思っていたら、シェリスが防御結界に盗賊たちを閉じ込めてしまった。条件は音声遮断。
途端に静かになった。
「シェリス、なにげに結界張りが上手になってる?」
「練習しましたから。フォルトゥーナに精霊使いとしての上達方法を教えてもらって、なるべく実践してるの。瞑想とか、あまり得意じゃないけどね」
「やっぱり瞑想かぁ」
「アスピスも、アンリールに習っているって聞いたわ。お互いがんばりましょうね」
シェリスはそう言うと、アスピスの肩の状態を見て、すーすーとする薬草を塗った布を肩に貼ってくれた。
「内出血もしているみたいだけど、骨には異状ないみたいだし。しばらくは痛むと思うけど、心配はいらないわ。今日はここで横になってるといいわ」
シェリスは症状を説明しながら、アイテムボックスから毛布を取り出し、アスピスに掛けてくれる。そして、アスピスの頭がある方に座ると膝枕をしてくれ、「少し眠りなさい」と言いながら、アスピスの頭をゆっくり撫で続けてくれた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




