表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/208

第4話(回顧と涙/再会3)

[四]


 目の前に広がるのは、それぞれの条件に合わせるために、水晶の法陣カプセルをスロットに差し込まれた結界棒で築かれた幾つもの結界の中で、各々すくすくと育つ薬草の数々であった。

 並び方は異なるが、どれもビオレータが大切に育てていた薬草で、こんなところでビオレータの薬草畑に遭遇できるとは思っていなかったことで、喜びを噛みしめる。

 アンリールたちがビオレータの元を訪れ、ビオレータを筆頭にあの地にいたみんなを捕らえ。そして、アスピスが時間を止められ眠りにつくことが決まり、それが実行されるまでにかかった時間は、一か月強くらいだろう。

 その後、目覚めてから2週間ちょっとくらい軟禁されていたことを加えたとしても、アスピスの感覚としては、アスピスの元からビオレータを奪われてから、まだその程度の時間しか経っていないのであった。更には、フォルトゥーナやカロエやレイスと引き離されたのなんて、眠りにつく1日前だったので、アスピスにとっては、ちょっと顔を見ていないかな程度の気分でしかない。

 けれども。

 目の前に現れた、フォルトゥーナもエルンストもカロエもレイスも、みんな大人になってしまっていたという事実に、アスピスの知らぬ間に10年という歳月が流れてしまっていたのだと、実感せざるを得なかった

(もう、いいよね)

 誰もいないのだし。泣いても――。

 一瞬で世界が変貌してしまったことに、心が置き去りにされ。気を張り身構えていたということもあるが、次々と現れ出てくる、目覚める前日まで多少の上下はあったけれども、アスピスと同年代であった少年少女たちが、立派な青年や女性に成長してしまっている事実に頭が追い付かず、実感が湧かずにいたというのが主な理由となるのだろう。

 けれども、アスピスが眠りについた日から、本当に10年経ってしまっているのだということを少しずつ受け入れ始めたことで、アスピスの中の虚勢が一気に崩れ去る。

 中途半端な年数で起こされてしまったために、知らない人ばかりの中にいるよりも、よりひとり取り残されてしまった感が強く感じてしまうのかもしれない。

 だから、皆に優しくされればされるだけ、哀しくなってしまうのだ。

(子ども扱いされちゃうし……)

 言ってしまえば、実際に成人未満の12歳の子供でしかないのだから、当然なのかもしれないけれど。

 だとしてもである。

 大人の女性となったフォルトゥーナとほぼ2人きりで過ごした、約二週間。さりげなく分からないように配慮してはいたが、小さな子供を相手にするような気を使われまくっていることは、肌で感じ取れていた。だけでなく、使い魔たちには次々と結婚を申し込まれはしたが、それは自らの意思で選び愛した女性に対してのものではなく、護り保護する対象として見られているからなのだと、告白時の台詞から窺い知れていた。

「ふえーん……」

 傍にだれもいないことで、気が緩んでしまい、必死に声を抑え込んでいたのだが、唇の隙間から泣き声が零れ出てしまう。

(自分のせいだって分かってるけど――)

 時を止め眠りにつくことを命じられたときは、抵抗の意思を表すことはせず。それどころか、アスピスが自ら進んで受け入れたのである。

 そして、その交換条件とした事柄は、10年後だというこの世界を見る限り、きちんと果たされてきたのだと知った。

 だから、アスピスが不満のようなものを抱く理由は全くないのである。

(もちろん、そんなこと分かってるけど――)

 流れ落ちる涙が止まらず、必死に両手で拭きながら、「でも」と思ってしまう。

(こんなに寂しい世界になるなんて)

 思ってもみなかったのだ。と、アスピスは肩を大きく震わせ泣き続ける。

 そんな中、不意にぽんと肩を叩かれた。

「お姉ちゃん、どこか痛いの?」

 心配そうに首を傾げ、アスピスの顔を必死に覗きこもうとしている、アスピスよりそこそこ年下だと思われる少年は、まじめな口調で聞いてくる。

「うん。ちょっと、お腹がいたいの」

 まさか本当の事情を言う訳にもいかず、誤魔化すように告げると、アスピスは無理やり涙を引っ込めた。

「食べすぎかな?」

「あー、それね。ボクも時々やっちゃうんだ。それでママに怒られちゃうの。パパがかばってくれるから、すぐに許してもらえるけど」

 ニコニコと微笑む少年は、茶色の瞳を緩ませ、小ぎれいにサッパリと切られ整えられた茶色の髪を微かに揺らす。

 そして、アスピスが泣き止んだのを確認すると、屋内に通じる扉を開き「ママー、パパー、お腹が痛かったんだって!」と元気よく言い放っていた。

 それから間を置かず、屋内から茶色で切れ長の目をした、20代前半と思われる、背中の真ん中くらいまである赤い髪を後ろにひとまとめにした、ひとりの見知らぬ美女と、なんとなく昔の面影が残っている、黒目で、先ほどの子供と似たサッパリと切り整えられた茶色の髪をした、20代半ばの美青年が姿を現した。

「もしかして、ルーキス?」

「そうそう! 二度くらいしか会ってないのによくわかったな!」

 感動したように告げるルーキスは、騎士学校へ入ったとは聞いてなかったので、もしかしたら使い魔と主人の同調という効果を知らないのかもしれない。すごく感心したように告げてきた。

 覗き見てしまったものの中には、ルーキスが見られたくなかったものもあるだろうから、アスピスは敢えてそれには触れず、適当に笑って誤魔化す。

「元気みたいだね」

「おう、元気も元気。結婚もしてさ、俺のマスターで嫁さんって、こいつなんだけどさ。シェリスって言うんだけど、こいつ六聖人(灰)の職に就いてるもんだから、俺より稼いでくれちゃうから、負けないよう冒険ギルドの依頼受けまくって大変よ、ホントにもう」

 くいっと親指で傍らの美女を指し示しながら、ルーキスは体裁悪げに笑ってみせる。

「それから、こいつが俺たち自慢の息子で、ロワって言うんだ。女の子には優しくしろって常々教え込んでんだ」

 陽気に語るルーキスは、2人の方へ飛び付くように甘えにいった少年の肩を掴んで、くるりとアスピスの方へ向き直させると、愛しの子供の紹介をしてみせた。

 どんな経緯で盗賊団に身を置くことになったのか分からないが、当時10歳にも満たない少年があの場に居ざるを得なかったということは、家族に恵まれた生活を送って来たとはあまり思えず。だからこそ、妻と子供に囲まれた今がすごく幸せで大切なのだろうと、窺い知れる。

「まさか、結婚して奥さんや子供がいるなんて思いもしてなかったよ」

「それもこれも、アスピスのおかげさ!」

 名前を変えたことを、エルンストたちから聞いているのだろう。奴隷商人の元にいたときや盗賊団にいたときのミニュイという名前ではなく、現在名乗っているアスピスという名前を迷うことなく口にしたルーキスが、こともなげに告げると、唐突に真顔を作り「本当に感謝してるんだぜ」と言ってきた。

 そして、それを機としたのか、美女がアスピスの方へ寄ってくる。

「はじめまして、ルーキスのマスターでもあり妻でもあるシェリスと言います。故あって、六聖人(灰)の役目に就かせてもらってます」

「はじめまして。私はアスピス。前任のビオレータ様から譲っていただく形で、六聖人(赤)の位に就いてます。といっても、代役のビオレータの方が本物っぽいですが」

 深々と頭を下げ、あいさつをしてきたシェリスに、アスピスはつられるように挨拶をして返す。

 そして、顔を起こすと、身長が160センチ半ばくらいありそうなシェリスの顔をじっと見上げた。

「ルーキスを幸せにしてくれてありがとう。マスターであったあたしにはできなかったことだから、とても感謝してます」

「ふふっ。それはどうかしらね?」

「え?」

 悪戯っぽく笑ったシェリスは、そっとアスピスの耳元に唇を近づけてくる。

「マスターとして、あなたはちゃんと愛されていたわ。あなたが目覚めるまで死にたくないから、ちゃんと生きて待っていたいから。って、変わり者な六聖人(灰)の私のところへ、使い魔にしてくれって交渉をしにルーキスが訪問してきたのが、最初の出会いなのよ」

 手段は他の3人とは異なっていたし、主人も違えることになったし、結果的にシェリスと結婚しロワという息子を授かったが、その根底は元の主人であるアスピスの目覚めの時を生きて待つことがルーキスの目的だったのだと、それは結婚し子供ができた今でも揺らいだりせずにいたことを、そっと教えてくれる。

「だじゃら、自信を持ちなさい。戸惑うことはたくさんあるでしょう。でも、みんなに愛されていることに変わりはないのだから」

 それだけ告げると、すっと腰を起こし、ルーキスの方へ戻って行った。

「他の三人は、上かしら」

「たぶん、そうじゃねーの? 基本、みんな干渉し合わねぇから」

「だったら、夕食にしましょ。せっかく買ってきたものが冷めてしまうから」

 あなた呼んできて。と、ルーキスに指示すると、奥さんに言われるまま二階へ向かって立ち去っていくルーキスの背を確認してから、背後に向き直り、アスピスに向けてシェリスは悪戯っぽくウインクをしてみせる。そして、再び正面に向き直ると、屋内へと入って行ってしまった。

「ねーねー、ママ。あの子、お腹いっぱいで泣いてたのに、夕飯なんか食べて大丈夫?」

「子供はね、食べるのが仕事なの。それに、もう、お腹は治ったっんだって。だから、きっと、夕飯のメニューを見たらすぐにお腹すくわよ。ロワだってそうでしょ」

「うん。そうだね!」

 なんとなく、後をついて行くように扉のところにたどり着くと、シェリスとロワの暖かで微笑ましい会話が聞こえてきた。

(ルーキスは、幸せにしてるんだな。ちゃんと)

 主人を変える形で、使い魔に戻りはしていたが。いい人に巡り合えたようである。そのことに安堵しながら、アスピスの指にはまる3つの指輪を意識して、残り3人の未来を少々杞憂した。



「アスピスがこの家で暮らし始めるって聞いたから、お祝いしようと思って。ちょっと奮発したんだ」

 そう言いながら、椅子を八つ並べた大きなテーブルに、肉料理や野菜料理、卵料理に巨大な焼き魚。それからスープ類などが大きな皿にもられ中央に並べられていく。そして、各椅子の前には取り皿となる小皿やスープ皿がフォークやスプーンといっしょに並べられていた。

 準備をしてくれたのは、シェリスなのだろう。

 まだ湯気が立っているところを見ると、買ったばかりなのだと分かる。

「ボク、おねーちゃんの隣ね」

 ぞろぞろとルーキスに連れられる形で降りて来た3人がそれぞれの椅子に向かう中、どこへ座ればいいのか分からないアスピスが戸惑っていると、ロワがアスピスの腕を引っ張るようにして、ロワの右隣に座るよう指定してくる。

「お前らの息子、将来大物になるかもな」

 呆れ交じりに零すエルンストへ、ルーキスは気をよくしたように「エルンストも、そう思う?」などと惚気てみせる。そして、ロワの左隣にシェリスが座り。ルーキスは、エルンストと向き合う位置となる、シェリスと角を挟んで隣となる場所へ腰を落とす。

 残る椅子は、シェリスの向かい正面のみとなる。

 おそらくは、通常の配置は別としても、余る椅子はフォルトゥーナのものなのだろう。

 それを裏付けるように、レイスが口を開いた。

「フォルトゥーナは、今日は顔を出さないのですか?」

「さぁな。アスピスが解放されたから、メイド役の解約をするからと城で分かれてそのままだ。そんときは、後で顔を出すとは言っていたけどな」

「フォルトゥーナも忙しいヤツだからなぁ」

 エルンストの説明する台詞に、カロエが重ねるように言い放つ。

「なんてたって、冒険者を本業にやりつつ、六聖人(赤)の代役なんてのもやってるんだからなぁ」

「そうなんだ」

 申し訳ないことをしているな。と、恐縮するアスピスへ、慌てた口調でカロエがフォローを入れる。

「そうはいっても、そのおかげで、毎月それなりの給料もらってるし。SSランクのポスト付きアイテムボックスも手に入れたそうだから、それなりに得もしてるわけだし」

 気にすることなんてないぞ。と、必死の口調で告げてくる。

 そして、そんな瞬間を待ってたように、タイミングよく、玄関が開いた。同時に、ちょっぴり表情を険しくしたフォルトゥーナが姿を現した。

「まったく、カロエは口が軽いというか。報酬に関しては、別に秘密にしていることでもないのでかまいませんけど。少しは考えてから発言した方がいいですよ」

「いやー、だってよぉ」

「いや。今のはカロエが悪いな」

 言い訳するように口を開くカロエにむけ、兄のレイスがあっさりと言い切る。

「それより、食事を始めようとしていたところで、ちょうどよかった。今日はそこの席になりますけど、かまいませんよね」

「べつにどこでも大丈夫よ。カロエとは逆に、レイスはちょっと気にしすぎね」

 くすくすと笑いながら、フォルトゥーナはレイスの隣の空いている席に腰を落とす。

「よし! じゃあ全員そろったな」

 待ってましたとばかりに上がる声。

 どうやら、この中で一番年上のルーキスが、一番賑やかなようである。

「それじゃあ、いただきます!」

 今夜の食事の購入者だからなのか、それとも最年長者だからなのか、ルーキスが勢いよく出した食事の合図を機に、皆がそれぞれ食事を開始した。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ