第47話(ファナーリの町6/花祭り/新たな出会い4)
[四十七]
久しぶりの外出に、アスピスは心から喜んでいた。という訳でもなかった。
花祭りなのだからと、フォルトゥーナにひらひらしたドレスを着せられてしまったのだ。しかも、可愛らしいヘッドドレスつきの、完全少女趣味に走ったドレスをである。それに合わせて、靴もいつもとは異なる、ほんのちょっとだが踵が高くなっている、留め具の部分がリボンとなっているおしゃれなサンダルであった。
フォルトゥーナにはなにも言えない男性陣は、アスピスの格好を見て似合ってると言ってくれたが、顔は完全に笑っていた。面白がっているのは、その表情から十二分に伝わって来てしまう。
そんな男性陣に腹を立て、フォルトゥーナと手を繋ぐことを選び、アスピスは中央通りを西に向かって歩いて行き、北西区画の中央にある大きな広場へ繋がる、他の脇道に通じる道よりもかなり広めに作られた道を通って、目的地に向かう。
その間に、人の数もどんどん増えて行った。
「アスピス、足の具合はどうなの?」
「ん? 平気だよ」
本当は、少し痛み始めていたが、フォルトゥーナを心配させるのが申し訳なく思い、にこりと笑って応じてみせる。
しかし、それは無駄な配慮であったようである。フォルトゥーナが背後に向かって、エルンストを呼び出した。
「なんだ? どうかしたのか?」
素直に、呼び出しに応じるエルンストもエルンストである。フォルトゥーナの声に素早く反応して、すぐに傍へ寄ってきた。
(犬か! っていうか、本当はフォルトゥーナのことが好きなんじゃないの?)
疑わしいほどの、従順さである。
アスピスがそんなことを考えている上で、フォルトゥーナとエルンストの会話は先へ進んで行っていた。
「アスピスの足が、限界みたいなの。抱いてあげてくれないかしら」
「あぁ、そのことか。後ろから見ていて、歩き方が変になってきたから、俺もそろそろ抱きに来ようと思っていたところだ」
教えてくれてありがとう。と言外で伝えながら、エルンストがアスピスへ腕を伸ばして来ると、手慣れた動作でアスピスを左の腕で抱いてしまう。
「今日は混んでいるから、ちゃんと掴まっていろよ」
「んー……」
素直に返事できなかったのは、恥ずかしかったからである。
慣れた行為で、今さらなのだが。これが普段であったならまた違うのだが、今日はお祭りのために家族連れが多く存在し、アスピスと同じ年頃の子供も多かった。だか、その中に親に抱かれているような子供はいなくて、12歳にもなって抱かれているのは、この中でアスピスくらいだろうと思えたら、急に羞恥心が湧き上がって来てしまったのである。
しかし、足が限界なのも事実で、無理して折角カルタモに治療してもらった足が治らないことになったら、それこそ泣くに泣けないことになってしまうということも、アスピスには分かっていた。
「帰りたい……」
エルンストの肩に掴まりつつ、ぼそりと洩らした呟きに、エルンストは苦笑を零す。
「会場を見て回って、それでも帰りたかったら、宿屋に戻ってやるよ」
「うん」
とにかくここまできたのだから、一度は花祭りを見学していけということらしい。そう言われてしまったら、反論はできず、アスピスは素直に頷いた。
そして、更にしばらく歩いていたら、急に視界が広がるようにして、花祭り会場の大広場が姿を現した。
既に会場に到着していて、花祭りを堪能していた人々が一気に加わり、会場は人でいっぱいであった。
「この間覗いたときよりも、だいぶ多いわね」
「最終日だからだろ」
「それもそうね」
フォルトゥーナの感想に、エルンストがあっさり応じると、得心がいったと頷く。
少し立ち止まって待っていると、カロエとレイスも合流してきた。
「にぎやかですね」
レイスがもっともすぎる感想を洩らす傍らで、カロエが不思議そうに口を開く。
「っていうか、花びらってこんなに保つもんなのな。こないだ見たときと同じ、綺麗なままじゃん」
「毎日入れ替えているに決まっているでしょ」
感心するように呟くカロエへ、フォルトゥーナの突っ込みが速攻で入る。
今いる場所は、子供用の遊ぶ遊具が並んでいるスペースらしく、大量の花びらの中へ台の上から飛び込んだり、滑り台から滑り落ちたり、花びらで敷き詰められた台を踏むと軽くジャンプできたり、花びらの中に埋もれるようにしてある色々な形の障害物に乗ったり入ったりしたり、丸いボールの中に花びらと一緒に入り花びらで作られた道を転がったりと、遊具の周囲で親たちに見守られながら遊んでいる子供たちでいっぱいである。
中には、アスピスくらいの子供も大勢いた。
「これは、諦めろよ。足がもう限界なんだろ?」
「べつに、誰も、ここで遊びたいとか言ってないじゃん」
エルンストに同情するように言われてしまい、アスピスは失礼なとばかりに言い返す。が、本音を言うと、ちょっと興味があったのだが。それは心の中にしまっておくことにする。
「それより、他になにかあるの?」
「大人用の、告白用のジャンプ台とかあるわよ。アスピスは聞いていてもつまらないでしょうけど、好きな人への告白とか彼氏や旦那への不満とかを色々と叫びながら女性が花びらの中に飛び込んで行くのは、この間見ていたけど面白かったわね」
「それと、屋台スペースですかね」
「ダンスなんかを披露したりするイベント会場もあったぞ」
先日の記憶を頼りに、フォルトゥーナやレイス、カロエが次々と教えてくれる。
「屋台スペースには座るところもあったけど、この人数じゃあ、完全に埋まっているでしょうね」
「ですね、元からそんなに沢山のテーブルは用意されていませんでしたし」
少し休憩でも入れようかと思ったらしいフォルトゥーナが、屋台スペースのことを思い出しながら、今日の人混みを重ねるようにして、残念そうに呟くと、レイスもすんなり同意する。
「アスピス、お前はどこか興味あるとこありそうか?」
「屋台スペース、覗くだけ覗いてみるとか? なんかあるかもしれねぇぞ」
エルンストの質問に、カロエが提案するように告げてくる。
「もしくは、イベント会場を覗いてみるかですね。予定表があったのですが、一般の方が参加できるようなこともやっているみたいでしたし」
「レイス、参加したかったの? そういうのに興味があるなんてちょっと意外だったわ」
「違いますよ。子供用のイベントですよ」
レイスの説明が悪かったのだろうか。フォルトゥーナが驚いたように告げた台詞に、レイスが慌てて訂正を入れる。
「せっかく可愛くしてきたんですから、そういう参加ものに出てみるのも楽しいかもしれませんよ。と、思いまして」
「それもそうね。ちょっと覗きに行ってみましょうか!」
レイスの発案に興味を示したフォルトゥーナが、俄然やる気を見せ始める。
「え? ちょ……」
そういうのはご遠慮したい。と、アスピスが言葉を続ける前に、フォルトゥーナはさっさと目的の場へ歩き始めてしまっていた。
「あきらめろ。こういう時の女性は無敵状態だからな」
「そんなぁ」
気の毒そうな口調で告げてくるエルンストの台詞を耳に、アスピスはガクリと項垂れる。
「とにかく、フォルトゥーナを1人にする訳にはいきませんから、行きましょう。もう少し、彼女も自分の魅力を自覚してくれるといいのですけど。どうもその辺が足りなくて困りますよね」
「まったくだ」
レイスのもっともな発言に、エルンストも同意するようにして、フォルトゥーナを追うように歩き出した。
イベント会場では、10歳以上で四式使い以上の少女たちが、指名されたレシピを使い、花びらを会場に降らせるという大会を開いていた。
10歳と言えばまだ、一般人の場合、精霊使いになったばかりの者が多く。六式使いともなれば王国から援助を受けたりするようになるのだが、それ以下だと精霊術を他人から学ぶようなことをしないのが普通で、将来的には、ほとんどの精霊使いは就職先にて一部分に特化するよう訓練され、法陣カプセルに精霊術を注ぐ職とか、日常生活を補うような職に就くことが多かった。そのため、子供の多くは精霊術に慣れていない者が多く、広場に降らせる花びらはひらりはらりと少量を舞い散らせるのが精一杯であった。
それでも、生の精霊術を目にする機会の少ない一般人は、どよめき拍手をしまくる。
そんな中、1人の少女がステージの中央前面の指定の位置に立ち、右手のひらを下にして、右手の甲をの上に左手のひらを下にする形で重ねると、「結界」と呟き会場の脇に掲げられている通りのレシピを指示すると、会場の全面から均等に花びらがきれいに舞い落ちてきた。
途端に、会場が湧き上がり、すごい拍手が沸き起こる。
それを見ていたアスピスが、会場の脇に掲げてあるレシピを左目に刻み込むと、「結界」と呟き。そして、指定されているレシピを唱えると、会場の全面から、どどーっと勢いよく大量の花びらが情緒もなく落ちてきて、見学者たちの下半身くらいの高さまで花びらで埋めてしまった
途端に会場は大騒ぎとなった。
ステージ上では、既に全員が精霊術を披露していたことで、司会者がこれは誰の仕業なのかを見学者に向け問いかけていた。
「お前、なにやってんだよ」
「とにかく、ここを離れましょう」
「ですね。その方がよさそうですから」
「ったく。アスピスも結構悪戯が好きだよな」
小声でみんな口々に話しながら、ゆっくりと違和感を周囲に与えないように、その場を後にする。そして、少し離れた所まで行くと、エルンストが怒りはじめた。
「ガキのお遊びだろ。なに、マジになって精霊術なんてつかってんだ」
「本気だったら、もっときれいに降らせたよ」
「じゃあ、あれはなんだったんだよ」
「なんとなく、かな」
「あのなぁ。なんとなくで、昨日今日に精霊使いになったばかりのガキと張り合うなよ」
「べつに張り合った訳じゃ――」
ないんだけどなぁ。と、告げようとして。5人の前に1人の少年が寄ってきた。
見た目はアスピスと同じくらいの年齢で、体形も似た感じだろうか。瞳は青く、後ろでひとつに整えまとめて結わかれた黄金色の髪は、肩より少し下くらいまであるといった長さであった。
見た感じからすると、身だしなみがとても整っていて、服装的にもお金がかかっていそうだと分かるものだったこともあり、お金持ちのお坊ちゃまと言った感じである。どこかの貴族の息子のなのだろう。
「どうかしたの? もしかして、迷子なのかしら?」
「さっきの精霊術を使ったのは、お前だろ!」
フォルトゥーナが軽く屈むようにして、少年に問いかけたのだが、それを無視するようにして、少年はアスピスを指さした。
「違うと言ったら、信じてくれるの? 残念ながら違うよ」
「嘘を言うな! 僕には、お前が結界を張る声が聞こえたんだ」
「じゃあ、だったらどうだって言うのよ」
エルンストに抱かれたままのアスピスに、少年は見上げるようにして食って掛かって来る。
「僕が、お前を嫁にもらってやる!」
「は? なに言ってんの、あんた。バカじゃない?」
アスピスはそっけなく言い放つと、少年を冷たい目で見下ろした。
「あんたの戯言に付き合ってる暇なんて、こっちにはないの」
「その言葉、絶対に後悔するぞ! 僕の名はナグラーダ。王都にある王城に住んでいるんだぞ! 今なら撤回を許してやる」
少年が名前を名乗った瞬間、フォルトゥーナとレイスとエルンストがハッとするようにして、少年を見つめる。
「じょーだん――」
じゃない。と言おうとしたアスピスの口を、エルンストが慌てて手のひらで塞いでしまう。
「私は六剣士(緑)のレイスと申します。ナグラーダ様のお名前はお伺いしたことがあったのですが、成人前ということでお顔を拝見したことがなく、気づくのが遅れ、大変失礼いたしました」
「あぁ、君が女性たちを虜にしているという六剣士のひとりか。それで、あの女だが」
「大変申し訳ございません。彼女は、既に婚約済みの身でありまして」
「そんなの関係ないね。僕が気に入ったんだ! 僕と婚約するのが筋だろう。それとも、僕より位が上の者が相手だとでもいうのか?」
「それは……」
「あたしにだって、好みがあるの。あんたなんかみたいなガキ、お断りよ! 今後一切近づかないでよね」
「おいッ」
エルンストの手を払いのけ、怒り爆発状態のアスピスは、少年に向けて怒鳴ってみせる。
「その言葉、かならず訂正させてやるぞ」
「絶対に訂正なんてしないから。もう二度とあたしに顔見せないでよね」
アスピスが「ふんっ」とそっぽを向いてしまうと、少年は落ち込むどころか勝ち誇った表情を浮かべていた。
「六剣士に親しい者なら、近い内に必ず会えるだろう。そのとき存分に後悔させてやる。心して待っていろよ」
そう言うと、少年を探して追ってきたらしい2人の従者の方へ、軽く手を掲げるようにして存在をアピールすると、少年は5人の前から去って行った。
「なんなのよ、あいつ!」
「シェーン様の従弟よ。現王の弟の長男なの。血筋的に王の血を引く証となる眼は持ってはいないけど、現王の子供がシェーン様だけだから、現時点で王位継承権第三位なのよ」
とんでもない者に目を付けられたと、フォルトゥーナは溜め息を洩らす。
「どこが気に入っちゃったのかしら」
なにげに失礼なことをさらりといったフォルトゥーナは、困ったわねぇと呟く。
「レイスだけでなく、エルンストや私経由で、アスピスの所在なんてすぐに割れてしまうでしょうから、逃げ場もないし」
「しかたねぇから、シェーンにでも相談しろ」
投げやりに、エルンストが言い放った台詞に、フォルトゥーナは諦め半分で同意する。
「それしか方法はなさそうよね。かなりの我が儘で自己中心的な子らしいから」
「あー、腹立つ!」
「お前が、あそこであんなことやらかさなければ、こんなことにならなかったんだろ」
「うっ。そうだけど……」
エルンストのもっともな指摘に、アスピスは言葉を失うしかなかった。
「とにかく、それこそ本当にお前の一体なにを気に入ったのかわからねぇが、あんなのにお前を奪われるのはごめんだからな。なんとかしろよ」
「なんとかって、なによ。っつーか、あたしにどうしろっていうの。あたしは誰のものでもないんだからね!」
「うるせぇぞ。自業自得なんだから、自分でなんとかしろよな。それとも、お前はあんなのがいいのか?」
「う~」
あっさりとした口調で冷たい台詞を言うエルンストに、アスピスは悔しそうに歯噛みした。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




