第44話(ファナーリの町3/手術)
[四十四]
翌日の早朝には目が覚めてしまったアスピスは、とても緊張していた。
(今よりも歩けるようになるかもしれないって……)
夢のようだと思ってしまう。
(せめて、アンリールくらい。ううん。王城へ通える程度でいいや。それくらい治るといいな)
すでに、長時間歩くことは諦めていた。だからせめて、短い距離でいいから普通にみんなと歩けるくらいになりたいと願ってしまう。
(それに、そうだよね。大きくなったら、エルンストに抱いてもらって移動するなんて芸当できないもんね)
昨日カロエが言っていたことを思い出し、アスピスは改めて納得する。
そして、気持ちを落ち着けようと再び瞼を閉じるのだが、眠ることができないまま、みんなが起き出す時間が来てしまう。
「お前、寝不足だろ?」
隣のベッドに寝ていたエルンストが、アスピスを見るなり言ってくる。
一目見ただけでバレるくらい、アスピスはひどい顔をしているのだろうか。そう思いながら、髪を梳かし三つ編みを作ると、ゆっくりベッドから下りて行く。
「飯はどうする?」
「近くに食堂があったわ、そこで食べましょ」
「あたしは、いいや。いま、すごく胸がいっぱいで」
「あー。そうね。手術をするって言っていたし。アスピスは食べない方がいいわね」
「なら、俺も付き合いますよ。そんなにお腹空いてませんし」
アスピスを気遣い、レイスが一緒にここに残ると告げると、カロエも自身を指さしてレイスに同調する。
「オレも、オレも」
「カロエは食っておいた方がいいんじゃないか? お前が一番お腹が空いたと騒ぎそうだ」
「えー」
失礼なことを言うなぁ。と、不平を零すカロエへ、フォルトゥーナが笑顔で諭す。
「アスピスはここで一週間、傷がいえるのを待たなくてはならないのよ。その間、私たちは元気に待ってなくちゃならないでしょ。だから、食べられる人は食べておいた方がいいの」
「分かったよ」
「じゃあ、ちょっと飯に行ってくるから。レイス、悪いが、アスピスと留守番頼む」
「我もいるぞ」
「そうだった、アネモスも留守番頼むな。お前には生肉のお土産を買ってきてやるよ」
エルンストはそう告げると、フォルトゥーナとカロエを連れて部屋から去って行った。
3人が食事から戻ってくると、身支度を整えて、南東地区の中央付近にある教会の隣のカルタモ医院へ向かって行く。
抱いているのはいつも通りエルンストだが、念のために今日はアネモスも同行していた。
アネモスを外で待たせ、みんなで病院に入ると、カルタモに大爆笑されてしまう。
「なにみんな揃って神妙な顔をしてやがる。そういう顔は嬢ちゃんだけで十分だ」
そう言うと、エルンストからアスピスを受け取り、アスピスの頭をかいぐる。
「両足をやらなけりゃならないから、しばらく不便だろうが、先ずは1週間我慢しろ」
「はい!」
「抜糸が済んだら、自分でちゃんとリハビリをするんだぞ」
「昨日、ちゃんと聞きました」
「そうか、そうか。それなら、手術をしようか。麻酔はちゃんとかけてやるから、手術中はちっとも痛いことはないから、安心せい」
荒い傷口から、昔切られたときは、麻酔などしてもらっていなかったことを読み取ったようである。そのせいか、カルタモはやたらに痛くないことを主張する。
「筋を固定してくれるシスターも中で既に待機してくれているからな。安心して、俺に任せろ」
カルタモはそう言うと、みんなの方へ顔を向けてきた。
「お前ら全員、そこで待っている気か?」
「当然じゃん!」
「そのつもりで来たのですが」
まずかったですか。と、レイスが尋ねると、カルタモはおかしそうに大笑いした。
「娘の心配する親のような奴らだな」
「娘じゃねーよ。恋人だってーの!」
「そうかそうか。お嬢ちゃんはもてるのぉ」
カカカと笑い、みんなに好きにしていろと告げると、アスピスを抱えたまま部屋の奥へと入って行った。
中は白くて、消毒役の匂いに包まれていた。
「どれ、始めるか。嬢ちゃん、すぐ眠くなるから、怖がらずに眠気に任せて寝るんじゃぞ」
「はい」
「本当は足の切る部分だけでもいいんだが、嬢ちゃんはまだ小さいし、時間もかかりそうなんでな。初めての麻酔で怖いかもしれんが、寝てしまった方が楽だから我慢してくれ」
カルタモの台詞を聞いている内に、針を刺された上にそのまま固定されてしまい、細いチューブを通って、瓶に入った液体が上から落ちてきて体内に入って来るのを感じながら、アスピスはどんどん眠くなっていく。そして、カルタモに言われたまま、それに逆らうことなく身を任せるよう、アスピスは瞳を閉じた。
目が覚めたら、足が直っていることを祈りながら――。
アスピスの意識が完全に戻ったのは、夕方近くになってからだった。
それまでは目を覚ましてもうつらうつらしていて、次に気づくと眠ってしまうような状態であった。
それがようやくなくなったことで、アスピスは足の腱を固定し繋いでくれたシスターが帰るために挨拶をしに顔を出してきたところを、なんとか捕まえることに成功する。
「あの、すみません。回復術のレシピを教えてくれませんか」
「えっと、その。回復術のレシピは六式ないとダメなの。だから……」
「六式つかえます! 冒険者してるから、絶対に役に立つと思うので。是非教えてください」
ぺこりと頭を下げ、食い下がるようにお願いすると、女性はアスピスの頬を両手で挟み込むと、右目を見つめた。
「これから、レシピを送るから。受け取ってね」
「いいんですか?」
「これは、べつに内密なレシピではないの。役に立てたいという人には、教えてあげることにしているの」
そう言うと、シスターの右目からアスピスの右目に、ひとつのレシピが送られてきた。同時に、アスピスの頭の中に回復術のレシピがパァっと浮かび上がり、消えていった。
コピーの成功である。
「ありがとうございます!」
「いいえ。是非、役に立ててね」
シスターはそう言うと、アスピスの頭をかいぐり、部屋を後にしていった。
それと引き換えるようにして、今度はカルタモが姿を現した。
「どれ、目も覚めたようだし。これで帰れるぞ。手術は成功だ。どこまで歩けるようになるかは分からんが、今よりはよくなるはずだ。もちろん、お嬢ちゃんの努力次第だがな」
「ありがとうございます! それで、これ代金です」
金貨を一枚、アスピスはカルタモに差し出す。瞬間、カルタモはおかしそうに笑い出した。
「安心しろ。お金はすでに、他の奴から受け取っている。というか、全員一斉に金を突き出してきたから、どうしようかと思ったぞ」
陽気に笑うカルタモは、そう言うと、アスピスの手に金貨を残したまま握らせる。
「お嬢ちゃんはかなりしっかり者のようだが、まだ子供だ。こういうことは大人に任せればいい。無条件に甘えられるのは、今だけだぞ」
「……」
「なにか不満そうだな。だが、真実だ。それに、みんな甘えてほしくてたまらないって感じじゃないか」
カルタモはそう言うと、カラカラ笑ってアスピスの頭をぐりぐりかいぐる。そして、存分にかいぐった後、満足したように、アスピスを抱き上げた。
「さぁ、次は一週間後だ。それまでは極力安静にしているんだぞ」
「はい」
カルタモの台詞にいい返事をしてみせると、それで納得したらしい。アスピスをみんなの元へ連れて行く。
「じゃあ、お前ら責任もって、一週間後に連れて来るんだぞ。そんとき抜糸をしてやる。それまではメスで切った傷が残っているから、できるだけ安静にさせておくんだぞ。傷はそれなりに痛むはずだから、痛み止めを出しておく。もし足りなくなった場合は取りに来い。それから、花祭りに連れて行く場合、絶対に抱いていろ。イベントなんかに参加させるんじゃないぞ」
レイスに痛み止めの入った袋を渡し、アスピスをエルンストに抱かせながら、カルタモはみんなに向け厳しめな口調で注意事項を述べていく。
「分かったって。今日は何度もそれ聞かされてきたじゃん」
「お前が一番心配だ」
「えー、そんなぁ」
容赦ないカルタモの台詞に、カロエはガクリと項垂れる。
「まぁ、他はみんなしっかりしてそうじゃからな。お嬢ちゃんのことは頼んだぞ。抜糸が済むまでは、俺の大事な患者だからな。くれぐれも言ったことを忘れるな」
「本当にありがとうございました。アスピスの安静は、必ず守りますので」
「いい返事だ。じゃあ、一週間後にちゃんと来いよ。それと、消毒と包帯の交換は毎日するんだぞ」
未だまだ言い足りないのか、病院を出てからも、みんなに向けて叫び続けるカルタモに、みんな揃って一礼すると、一路旅館へ向かって行った。
旅館に着くと、念のため日数を多めにして、レイスが10日間延長の手続きを行っている後ろを通り抜けて、エルンストは部屋に入るとアスピスをベッドに寝かせる。
「冒険用の装備じゃ寝ているのにごわつくだろ。あとでフォルトゥーナに頼んで普段着に着替えとけ。寝着でも構わないが」
「うん」
「それと、食事は部屋で摂るようにするから……って、テーブルなんて持っている奴いないだろうな」
「さすがにいないでしょうね。ふだん使わないもの」
フォルトゥーナが笑うようにして、エルンストの呟きに答えると、エルンストが真顔で応じる。
「それなら、ちょっと家具屋を探してくる」
「ここの空間の幅、計ってからの方がいいわよ」
「だな」
フォルトゥーナの助言に、そうだったとばかりにエルンストは、テーブルを置けるサイズを測ると、そのまま部屋を後にした。
しかたないのだが、完全に長期滞在の構えである。
そのことに、アスピスが申し訳ないなと思っていたら、フォルトゥーナが声を掛けてきた。
「さて、じゃあ。着替えるついでに体も拭きましょうか。アスピスはお風呂に入れないものね」
「あ、そっか」
「そうよ。それより、傷が痛むでしょ?大丈夫?」
「これくらいなら、どうってことないよ。歩けって言われたら、歩けるくらいだよ」
にっこり笑って正直に答えると、フォルトゥーナに抱きしめらえてしまった。
「フォルトゥーナ?」
「なんでもないわ。それより、アイテムボックスを開いてくれる。そして、私が入ることを許可してちょうだい」
「うん」
言われるままにアイテムボックスを開くと、フォルトゥーナが入れるように許可を出す。
それを確認した後、フォルトゥーナは『S』と書かれたアイテムボックスの中へ入って行った。
「服がすごく増えているんだけど……」
「あー、それね。シェーン様からとイヴァールから強制的に渡されたの」
「あの2人も必死ねぇ」
クスクスとフォルトゥーナの笑い声がアイテムボックスの奥から聞こえる。
「寝てるのに邪魔にならない服はないかしら」
そう言いながら、フリルの多い服の中から、なんとか無難そうな服を見つけ出したらしいフォルトゥーナがアイテムボックスから出てきた。
「今日は、こんなところね。って、そうだわ。傷を除いた結界で体を洗ってあげるわ」
「そんなことできるの?」
「任せて。アスピスにもレシピを教えてあげるわ」
そう言うと、アスピスの右目に己の右目を重ねるようにして近づけていくと、フォルトゥーナから、レシピがふたつ送られてきた。感覚は先ほどと同じで、頭の中でレシピがパァっと広がり、消えていくのが二回続く。
「さぁ、それじゃあ結界を張って。条件づけして。って、その前にアスピスは服を脱がなくちゃね」
そう言うと、装備品を次々とアスピスから外していき、最後はパンツまで脱がされてしまった。
「さぁ、これで準備ができたわ。じゃあ、結界を張って、条件付けをして」
フォルトゥーナはできるだけ丁寧に作業を行うと、不意にレシピを口にした。
「洗浄」
唱えると同時に、アスピスの体や髪にお湯がまとわりつき、石鹸の泡が体や髪の周りをすべるように踊りだす。
それがしばらく続いた後、自然と泡が消え、お湯が消えていく。
「乾燥」
続けて唱えられたレシピは、下から上へ緩い竜巻状の温かな風を起こして、アスピスの体や髪から水分を飛ばしていった。
「結界解除」
締めの台詞を口にして、フォルトゥーナはアスピスの元へ近寄ってくる。そして、手早く下着を身に付けさせてくれた。
「服を着る前に、髪に香りのついた油を少ししみ込ませましょうね」
そう言うと、櫛を取り出して、それに油を軽く付けると、少しずつアスピスの髪を梳いていく。
そんなことをしていたら、レイスとカロエが入ってきた。
「ちょ! なにしているんですかフォルトゥーナ。アスピスを下着のままにして」
「アスピスの下着なんて、レイスは見慣れてんだろ。しょっちゅう洗濯してるんだから」
「それとこれとは、別問題です。早く服を着せてあげてください」
「まったく。レイスは堅物すぎね」
フォルトゥーナはほんのり溜め息をつくと、髪を梳かすのをいったん止めて、アスピスに飾り気の少ない前開きの膝丈のワンピースを着せていく。
そして、レイスの希望を叶えると、フォルトゥーナは再びアスピスの髪に油を乗せ始めた。
「エルンストは、テーブルを買いに行ったわ。気が利けば、帰りになにか食べられるものを買ってくるでしょう」
「俺たちが、食べ物を買ってきましょうか?」
「買いに行かなくても、一応冷蔵棚とかになにか入っていると思うし。今日はなんとかなると思うわ」
「それだったら、俺のアイテムボックスの中にはパンが常備してありますよ」
毎日朝食に出されているレイスがアイテムボックスに常備しているパンのことを思い出し、そのことを告げると、フォルトゥーナが気楽な口調で呟いた。
「なら、エルンストが気が利かなくてもなんとかなりそうね」
「だれが気が利かないって?」
「あら、お帰りなさい」
フォルトゥーナは、レイスとの会話などなかったかのように、にっこり微笑みエルンストを迎え入れる。
「ちょうどいいテーブルがあって?」
「少し小ぶりだが、一度に全員で済ませる必要もないかと思って。それを買ってきた」
「それもそうね。時間をずらして食べるのもありよね」
一時的な、アスピスの抜糸が済むまでの1週間の話である。何とでもなるというのが、2人の考えのようである。
「で、なにか食べ物は買ってきたの?」
「本当に気が利かなくて悪かったな。なにかあると思って、買ってこなかったぞ」
だからどうしたと言わんばかりに、期待を込めてエルンストを見つめたフォルトゥーナに向けて、エルンストは開き直ったように言い切った。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




