第42話(ファナーリの町1/依頼掲示板より荷物のお届け1)
[四十二]
想定外にアスピスが寝込んでしまったことで、依頼を受けてから5日ほど経ってしまったが、ようやく依頼掲示板から受けた荷物を届けるためにファナーリの町に向けて出発することになった。
ファナーリの町までは、赤道が通っていないこともあり、道標のない草原の中を馬車で走ってまる二日ほどかかる距離があったので、途中で二回ほど野営を張り、三日目の午前中に着くようにと、今回はカロエが御者となり、エルンストとレイスとフォルトゥーナとアスピスの5人は冒険用の装備を着用し、準備万端の状態で、王都を出発した。
「アスピス、無理はしちゃだめよ」
「もう大丈夫だよ。しっかり寝させてもらったから」
馬車の後方に座り、どんどんと後ろに流れていく緑色の景色を眺めながら、心配するフォルトゥーナを相手にアスピスは元気に応じる。
馬車の中を通り過ぎていく風も適度なもので、心地よい。
本当なら、時間はたっぷりあるのだし、フォルトゥーナが『返してくれなくて平気だから、ゆっくり読むのよ』と言って複数の紙袋に詰め込んだ、長期連載しているシリーズ物の恋愛小説本を持って来てくれたので、それを読みたいところだが、それは不可能なことだと前回の旅で思い知っていたことから、アスピスはやることのない中、外を見ることで時間を潰す。
忙しく。且つ、責任があるのは、本日の御者であるカロエである。周囲の景色を見ながら、地図と方位磁石で進む方向を確認しつつ、アネモスの進行方向を微調整しなければならないのである。
赤道を使えなかった前回の旅でも思ったが、定められた道を進めば目的地に着ける、赤道の便利さを実感してしまう。御者役ならば尚更であろう。
常ならば、エルンストやレイスに頼りがちなカロエであったが、今回は自分が引き受けた依頼だという思いが強いようで、自ら率先して御者役を引き受けていたのを見て、思わず成長したんだなぁ。なんてことを、思ってしまったアスピスであった。
バレたらきっと、顔を真っ赤にして怒ったであろう。俺はもう18歳なんだ! と言って。しかし、アスピスの中では、かなり修正されてきているとはいえ、未だ、同年代であったころのみんなが、心の中に存在しているのであった。
そのため、未だに、違和感を拭えないときもあったりするのだが、それもいずれは修正されて消えていくのだろう。それはそれで、寂しいと思うのは我が儘だろうか。
目には見えない10年という壁。
一瞬でそれを乗り越えてしまったアスピスにとっては、目覚めたばかりのころは、本当にないない尽くしの世界でしかなかったのである。それが今では、かなりのところ受け入れられるように変化してきていた。
(時間が経過するって、大事なことだよね)
アスピスだからこそ実感できる事柄である。
そんな思いに浸りつつ、緑色の風景が後ろへ後ろへと流れていく光景を、瞳の奥で眺め続けていた。
そんな折、肩にふわりとしたものが掛けられてきたことに気がつく。驚いて振り向くと、エルンストがアスピスの肩に毛布を掛けてくれたことが分かった。
「どうしたの?」
「風が強くなってきた。熱が下がってまだそう日が経ってないんだ。温かくしていろ」
ぶっきらぼうな口調で告げてはいるが、内心では、心配を相当してくれているのだろう。
「ありがとう」
冒険者としては、二度目となる旅路。遊びや仕事を加えたら四度目となるだろうか。
現在ではアスピスの足に合わせて、馬車で移動してくれているが、アスピスがいなかった頃は徒歩で旅をしていたらしいことが、ところどころの会話から伺えていた。
(本当に、大事にしてくれてるよねぇ)
子供扱いもしてくれているのだが。
しかし、実際に子供なのだから、反論するだけ空しいことも分かっているので、甘受すべきところは諦めて受け止めることにしていた。
心でちらっと、少し前までは同年代だったのに。と、思いながら。
(それは、それとして……)
正直なところ、自分の精神力の限界値が分からないのは、正直困った部分だとは思っている。
自分では全然問題ないと思っていても、ある瞬間、いきなり電池が切れたように動けなくなるのだ。その上、運が悪いと高熱まで出てくれて、周囲は大騒ぎとなるのである。
これでは、子供扱いされても仕方ない。と、思わざるを得ない。
しかも、精霊使いになることの出来ない男性陣たちは、精霊使いというものの知識が必要ないことから、学ぶことをしていないため、子供特有の全体力を使い切っての電池切れだと思っているところがあるらしいのだ。それでは、子供扱いが止まらない訳である。
けれども実際は、精霊使いとしての欠陥部分による症状だと診断されている。
生み出せるマナが無制限であることが災いし、自身の精霊使いとしての限界を超えても問題なく精霊術を使い続けることができてしまうのが、根本的な原因らしいのだ。アンリールなどは、先生役として精霊使いとしての限界値がどれくらいなのかを自分で見極めなさい。と、ことあるごとに言ってくるのである。もちろん、心配してくれての発言であることはアスピスにもよくわかるのだが、希望に沿える様子は未だなく、限界値を把握できないでいた。
そんなことを考えていたら、目の前に湯気の立つカップが差し出されてくる。
「温まるわよ。アスピスのはココアにしたから。好きでしょ?」
フォルトゥーナが気を使って、コーヒーを配られているみんなとは異なる飲み物をいれてくれたらしい。
温泉での騒動後も、帰りの馬車で寝込んでしまって大変だったが、今回も回復までに数日かかり、みんなに不要な心配をかけてしまったのである。病気じゃないので、復活したら即元通りなのだが、その辺のことを説明しても、周囲からすると感覚的にそうは切り替えられないようである。
どこか未だ、病人を相手にしているようなところが残っていた。
(ココアはおいしいんだけどね)
それ自体は幸せだと思い、口にするのだが。不要な心配はそろそろ取り除かねばならないと、アスピスは考える。
ただ、それをどうすれば分かってもらえるかが問題であった。否。本来は、自分の精霊使いとしての力量を把握すればいいことなのだが。
「好きだからって、急ぐな。ゆっくり飲めよ。やけどするだろ」
「分かってるよ」
小姑か。と、言いたくなるくらいの細々しい心遣いをみせるエルンストへ、アスピスは突っ込みをいれたくなってしまう。
「っていうか、そういうエルンストはもう飲み終わってるじゃん」
「口も体が大きいからな、お前と違って」
「そういう問題なの?」
「そういう問題だろ?」
なにか違う。そう思いながらも、言い返す言葉が見つからず、アスピスはむうっと頬を膨らませていく。瞬間、人差し指で頬を押されてしまった。
「むくれるのは自由だが、放っておくと、ココアが冷えるぞ」
ご指摘はもっともなのだが、飲めといったり飲むなと言ったり。どっちが正解なんだと、聞いてやりたくなってしまう。
エルンストがこんなにうるさい人間。否。闇族だとは、微塵も思っていなかったアスピスは、閉口気分になっていく。しかも、倒れてからこの方、気づくと傍らにいるのだ。
甲斐甲斐しいことこの上ない。
なんだか申し訳なくなってもくる。
そんなことを考えていたら、エルンストが急に立ち上がり、御者席の方へと向かって行った。
「カロエ。そろそろ陽が傾いてきている。今日は、この辺にしておくべきだろう。どこか大きな木のある場所に止めてくれ」
「わかった。じゃあ、あの辺でいいかな?」
エルンストの台詞に応じ、カロエは素直に頷くと、少し先にある木を指さしたようである。それに対し、エルンストが「いいんじゃないか」と答えて、よろしく頼むと伝えると、再びアスピスの傍らへ戻ってきた。
今回は人数がちょうど5人と1匹で、見張り役は二人一組というちょうどいい人数であった。そのため、今夜こそ頑張るぞと思っていたアスピスへ、想定外の答えが返ってきてしまった。
曰く、お前は寝てていいぞ。というものだった。
「ちょっと、ちょっと。なんであたしを抜かす訳?」
「カロエとアネモス。レイスとフォルトゥーナ。俺はひとりで十分だ」
「そう言って、エルンストが譲らないのよ。それに、アスピスも倒れたばかりだし。ね」
エルンストの主張に、フォルトゥーナの宥め。
ここはひとつ、アスピスも見張り役をやりたいと主張すべきだろうと思ったのだが、エルンストが聞き入れてくれそうにないことに、アスピスはひとつの企みを考え出した。
「わかった、今日は寝てるよ」
「そう。よかったわ」
夕食を食べながらの会話は、そこで終わり。食事を終えたことで、みんなで後片付けを開始する。そして、それを終えるとコーヒーを手に、それぞれが眠る場所と定めたところへ分かれて行った。といっても、みんな木の根元の間の空間を選んでいたので、距離はそんなに離れてはいない。
アスピスも、適当な場所を選ぶと、適当なところにコーヒーの入ったカップを置いて、そこに防水製のシートを引き、毛布を用意して、シートの上に膝を立てて座ると、腿の上に本を乗せて読みだした。
「今日は、寝てるんじゃなかったのか?」
「少しだけだよ」
「嘘を吐くんじゃねぇよ。読み始めたら1時間でも2時間でも平気で読み続けるんだ。今日は早く横になって寝ろ」
エルンストは傍に来ると、アスピスから本を取り上げ、無理矢理アスピスを横にさせるとその上から毛布を掛けてきた。
(チッ。ここは諦めるしかないか)
そう思い、胸中とは正反対な態度にて素直に「おやすみなさい」と瞼を閉じると、頭の脇へ本を返してくれたようである。ただし、自分の寝床へ戻ることなく、アスピスの傍らに腰を落としてしまうと、本当にアスピスが寝てるかどうか確認でもしているかのように、ずっとそこにいた。
その存在感が、ものすごく気になったのだが、慣れというのは恐ろしいものである。気づくとしっかり、アスピスは寝入ってしまっていた。
ハッとして目覚めたのは、本日3番目となるエルンストがひとりで見張り役をしているときだった。
(ナイスだ、あたし!)
大絶頂である。狙っていたのは、この時なのだ。
アスピスはもぞりと起き上がると、ちょこんとエルンストの傍らに腰かけた。
反射的に身構えたエルンストであったが、それがアスピスと分かり、嘆息してみせる。
「まだ、起きるには早すぎるだろ」
「あたしも見張り役するの」
「だから、それは……」
「だって、一緒に冒険してるんだよ。あたしひとり除け者にしないでよ」
アスピスは唇を尖らせつつ主張すると、エルンストは仕方がないなという表情で、立ち上がって自身の寝床から毛布を持ってくると、アスピスの肩に毛布を掛けてきた。
「朝方は冷えるから、それをかけてろ」
「エルンストは?」
「俺のことはいい。見張り役には慣れてるし、お前と違って、自分でちゃんと調整できるからな」
嫌味を言われてしまった。
(エルンストのバカ―!)
悔しいが、本当のことなので、心の中でのみエルンストに悪態をついておく。
「それはそうと、本当に眠くないのか? 少しでも眠気があるなら、ここでもいいから寝ておけ。今日も一日馬車で移動だぞ」
「分かってるよ」
「分かってないから言っているんだ。確かに器具で補強補整されて、揺れが少なくなってはいるし、徒歩よりも体力が温存されはするけどな。そうはいっても、馬車に乗っているだけでも体力は消耗するんだ。お前みたいに体力がない奴は、てきめんだぞ」
「だから、寝ろって?」
「他になにがある?」
エルンストの説明に、アスピスは疑問で返すと、エルンストは当然とばかりに応じてくる。
「そんなに体力ないかな?」
「フォルトゥーナだって、最初は大変だったぞ。精霊使いっていうのは、本当に体をまったく鍛えてないんだな」
「まぁ、肉体より精神面の強化を目的としているから、肉体面の強化の方がどうしてもおろそかになるのは事実かも」
アンリールの元へ通っていて、実感した事柄である。
アンリールを先生に、授業を開始する前に。まずにさせられるのは瞑想である。それも1時間くらい。勉強は、それが終わってからようやく始められるのだ。
最初の頃は、それで退屈して身動いたり、最悪居眠りしてしまい怒られまくっていたものである。
「でも、フォルトゥーナも体力なかったんだ」
「あぁ、今もあまりないけどな。それでも他の冒険をしていない精霊使いに比べたら、だいぶ体力がついてきてはいるんだろうな。見張り役もきちんとこなせるようになったしな」
「エルンストたちって、冒険は何歳くらいから始めたの?」
「最初は、シェリスが一番の実力者だったから、彼女にリーダーになってもらって、ルーキスと俺とフォルトゥーナの四人だったな。騎士学校へ入って間もなく、冒険者ギルドに登録して、冒険を始めたんだったな」
懐かしそうに告げてくるエルンストは、そのままひとり過去の思い出に突入してしまったようである。
その脇で、アスピスは違うことを考えていた。
(フォルトゥーナを、孤独な場所から連れ出したかったんだ。だから、エルンストは、それで冒険者を始めたんだ)
きっと、そうだ。と、確信に近い思いで、アスピスはエルンストをなんとなく見つめてしまう。
今アスピスがいるこの場所は、少し前までフォルトゥーナの定位置だったのだろう。
(奪い取っちゃったみたいだよね)
こんなこと言うと、エルンストに怒られそうだけど。
でも、実際に、アスピスが目覚めたことで、フォルトゥーナへ向けられていたエルンストの気遣いは、アスピスへ向けられるようになってしまったのは事実だろう。
(フォルトゥーナは、それに対して不平なんて洩らしたりしないけど)
実際は、どう感じているのだろうか。
平然と、フォルトゥーナを前にして、再会早々にアスピスに結婚を申し込んできたエルンスト。
(フォルトゥーナの想いを知らないわけでは、ないんだよね。知っていて、それでも、フォルトゥーナが自分から口にしないから、知らない振りを決め込んでるだけなんだよなぁ)
今更ながらに、フォルトゥーナという美しい女性が目の前にいてくれていて。しかも想いを寄せてくれているというのに、10歳も年下となってしまったアスピスを、エルンストは本当に、同情なしで想ってくれているのだろうか? なんとなく疑問を感じてしまうアスピスである。
(エルンストって、なにを考えているのか分からないよね)
甘い言葉はくれるけど、子供扱いしているのは確実である。
そういう意味では、レイスの方が、たまに好意を示す行動を仕掛けてくるときのアスピスに対する態度が、大人の女性を口説くものに近いと感じる。
(べ、べつに口説いて欲しいわけじゃないんだけどさ……)
自分の考えに、一瞬慌てたようにして、アスピスは即座に否定を入れる。
ただ、アスピスだって自分は未だ子供だと分かっているが、対等に扱って欲しい時もあるのだと、エルンストに分かって欲しいと、ちょっと思ってしまうだけなのだ。
なんといっても、本来ならば同年代なのだ。
そんなことを考えていたら、エルンストが不意に、アスピスの肩に手を回してきた。
「ちょっと、じっとしていろ」
「え?」
「アネモス、起きてんだろ。ちょっと頼む」
「だったら、我が行く。マスターを頼んだぞ」
アネモスはむくりと起き上がると、そのまま闇の中に消えて行ってしまった。
そして、ほどなく遠吠えが聞こえてくると、動物が争う息遣いが聞こえてきた。
「まぁ、あいつなら心配いらねぇだろう」
そう言いながらも、エルンストは立ち上がって、腰に掛けたてある剣に手をかけながら、アネモスが戦っているらしい方向へ意識を向けていた。
それから二十分はかからなかっただろう。
巨大化したアネモスが、背中に巨大化した熊を5頭ほど背負って、戻ってきた。
「なんらかの影響を受けて魔獣化した熊だ。ランクは低そうじゃな」
「そうだな。だが、助かった。みんなを起こさずに済んだしな」
「我がマスターに危害が加わったら、それこそ問題じゃ。礼には及ばん」
ちょっと離れた場所で、クマを落とすと、体をぶるぶる振り回して、毛に着いた血を飛び散らかすようにして体をきれいにする。
「アネモスを洗う精霊術でも、考えようかな」
「我は水に濡れるのを好まん」
「でも、綺麗になるよ?」
アスピスはそう言うと、アンリールに相談して、レシピの作り方を学ぼうと決意する。
最初のレシピ作りには、丁度よさそうな内容である。
「にしても、最初の見張りで魔物が出てくるなんて、幸先悪そー」
「アネモスに頼んで済む程度だ、数に入らねぇよ」
危険が去ったことで、剣から手を外し、アスピスの傍らに再び腰を落としながら、エルンストは苦笑を浮かべる。
「じゃあ、我は再び寝るとしよう」
「そうしてくれ。あまり眠れないかもしれないけどな」
「構わぬ。日ごろ寝だめしておるからな、冒険中は寝ずともそう困らん」
アネモスはそう言いつつも、体のサイズを通常時のものに戻すと、アスピスの背後に回ってきて、背中を押し付けるようにして丸くなり眠りに入って行った。
「なんだかんだ言って、大きな体して、甘えん坊だよね」
「は? そうじゃねぇだろ。主人のお前の危険をいち早く察知できるよう、傍にいてくれてんじゃねぇか」
その解釈は気の毒すぎると、エルンストに訂正を入れられてしまい、アスピスはそんな事情があったのかと正直驚かされた気分であった。
(アネモスごめん、知らなかったよ!)
アスピスは、声には出さなかったが、心の底からアネモスへ謝罪していた。本気で甘えているのだと、今の今までずっと、思い込んでいたのだ。まさか、それが、アスピスを守るためだったとは。アネモスも、心中でさぞ心外だと思っていることだろう。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




