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第41話(休日の過ごし方)

[四十一]


 鳥のさえずる声で目が覚める。心地良い目覚めであった。

 アスピスは体を起こすと、軽く伸びをして、ゆっくりとベッドから下りて行く。そして、窓を開け風を部屋の中へ招き入れながら、寝着から膝丈のシンプルなワンピースに着替え。髪を梳かして、二本の三つ編みを作り出す。

 その後、日課にしろと言われているポストの確認を済ませるために、アイテムボックスを開き、入り口脇に設置されているポストの中を覗き見る。

「また、送ってきたな。シエンってば」

 以前のように毎日ではないし、置かれるのが玄関前でもなくなったのだが、光沢のある紙に包まれ、可愛いリボンで結んである小箱が、たまにポストの中に入っていることがあった。始まった当初は、即返ししようかと思ったのだが、以前シェーン宛に返品したはずのシエンからの贈り物を、結局は受け取ることになってしまったことで、返すだけ無駄な労力を使うだけだと思うと、諦めが湧いてきて、素直に貰っておくことにしたのであった。

 ただ、開けることはせず。アイテムボックスの中の服が置かれている場所の脇に、紙袋が置いてあるのだが。その紙袋の中へそのまましまい込んでおくという感じであった。

 そして、シエンからのプレゼントを紙袋に入れ、アイテムボックスから出てくる途中、エルンストからもらったなんの飾りっけもない、冒険へ行くときに使っている肩掛け鞄の中から緑色のコンタクトを取り出し、目に付けると、アイテムボックスから出て、アイテムボックスを閉じてしまう。

 これでひとまず、部屋を出る準備は完了である。

 あとはアネモスの睡眠の邪魔をしないように気を付けながら、ゆっくりとした動作で扉まで向かい、そっとノブを回して扉を開くと、するりと部屋から抜け出て、再び静かに扉を閉じる。それから、短い廊下を通り階段のある方へ回り込むと、一階へと下りて行った。

「おはよう」

「おはようございます。今日も早いですね」

「それをいったら、レイスはどうなるの?」

 にこやかに、レイスと朝の会話を楽しみながら、アスピスは洗面所へ向かい、台の上におかれた水の法陣カプセルがはめ込まれたピッチャーから、洗面器へ水を注ぎ込むと、その水で顔を洗う。そして、四本並んでいるタオルの中から自分用のタオルを選び出し顔を拭いた後、脇にある水捨て場に洗面器の水を流しいれた。

 これで、気分は更にすっきりとする。

「ねぇ、レイス。今日はなにを手伝えばいい?」

「そうですね。まず、みんなの席の前にパン皿とスプーンを並べてください」

「分かった」

 レイスに指示されるまま、アスピスは、テーブルに4人分のパン皿と、スプーンをならべ。言われる前に、4人が座る場所の中央になる位置に、パンを切るための木製の台とナイフ。それと、冷蔵棚から取り出したジャムを数個とジャムを掬い取る用の木製のジャムスプーンを数本カップの中に差し立てたものを置いて行く。

「アスピス、毎日ありがとうございます」

「それを言うなら、レイスの方だよ。毎日みんなのごはん作ってくれて。本当にありがとう」

 レイスに向けてにこりと笑い、コンロのような台の上に水を入れたやかんを乗せ、スイッチを押して火をつけて、アスピスはお茶の用意を開始する。

 そして、スープが程よく煮れたころ、それを見計らうかのようにして、カロエとエルンストが下りてくる。

「はよー」

「おはよう」

 目覚めは2人ともいい方らしく、寝ぼけた様子もなく、張りのある声であいさつを階段の途中で落としてくる。そして、一階に到着するとすぐに、自分用の席へ腰かけるのだ。

「2人とも、おはよう」

「おはようございます」

 アスピスとレイスも2人に挨拶を返しながら、レイスが入れてくれたお茶を2人の前に置くと、2人ともすぐにカップに手を伸ばす。その後、レイスと自分の席の前にもお茶の入ったカップを置き。その後、レイスがよそったスープをそれぞれの前に配って回ると、アスピスも席に着き。その後、レイスはアイテムボックスから買い置きしてあるパンを数種類カゴに移して、それをみんなの座る中央に置くと、アイテムボックスを閉じ、レイスも腰かける。

 それが食事の開始の合図であった。

「いただきまーす」

 みんな揃って声を上げ、それぞれに食べたいパンを手にすると、ジャムを塗ったり、スープに浸したり、そのまま食べたりと、各自自由に食事を進めていくのであった。

 そして、コンロのようなものの上には、新たな水を入れられたやかんがすでに置かれていて、食後のコーヒーが入れられるのを待っていた。



「今日は、どうする気だ?」

 みんなで朝食の片づけを済ませた後、アスピスがゆっくりと食後のコーヒーを飲んでいたら、休息の時間を惜しむようにして、カロエは冒険者ギルドの訓練場へ出かけてしまう。それを見送り、アスピスが未だカップを手にしたままテーブルに残っているのを見て、エルンストが問いかけてきた。

「今日は、仕事の依頼から戻ってきたばかりだから、アンリールからお休みを言い渡されちゃってて」

「当然だろ。ふつうあれだけ精霊術を使ったら、体内のマナが減ってしまって、疲労感で参っているところだ」

「あたしは元気なんだけどねー」

「使い魔としては、ありがたいがな。お前のマナには本当に助かってる」

「怪我とかしなくても、影響あるんだ?」

 使い魔に関しては、主人の責任として本などをそれなりに読んできたのだが、そんなことはどこにも書かれていなかったため、アスピスはちょっと驚く気分で問い返す。

「リンク率が高いからかもしれないが、常に、微量だがお前のマナが体内に送り込まれている感じだ。だから、連日冒険者ギルドでコテンパンに伸されてるカロエも、あの元気さを保っていられるんじゃねぇかな」

「そうなんだ」

 少しはみんなの役に立てているんだと思うと、ちょっと嬉しくなる。

「そうなんだよ。っていうか、マナが無限に生み出せるお前だからの技なんだろうけどな」

「特異体質でよかったね」

「他人事みたいに言うな」

 ニコニコと笑いながらエルンストに応じていると、エルンストが呆れたように呟きつつ、アスピスの頭をぐしゃりとかいぐった。

 そんな中、レイスが六剣士の制服を着て一階に降りてきた。

「今日はちょっと、王城に顔を出してきますね」

「帰ってきたばかりなのに、忙しいな」

「俺の場合、無理矢理ねじ込んでもらった感じでしたからね。それに、事務処理らしいので大した時間はかからないと思いますよ」

「気を付けて行って来てね」

 玄関へ向かうレイスへ、アスピスは見送りの声を掛ける。それに対して、レイスは優しげな瞳を緩ませて、アスピスの頭を軽くかいぐる。

「帰りにちょっと買い物をしてきますので、戻ってくるのは夕方前くらいかもしれませんので。お留守番よろしくおねがいしますね」

「あぁ。俺も今日は出掛ける用事はねぇから、安心して行ってこい。気をつけてな」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

 エルンストの台詞に、レイスは笑って応じると、玄関から出て行ってしまった。

 そうこうしている内に、目を覚ましたアネモスが二階から下りてくる。

「我は腹が減ったぞ」

「待ってて、今用意するから」

 偉そうに食事を要求する、この家のペットと化しているアネモスに、アスピスは冷蔵棚から、レイスに手ごろな大きさに切り分けてもらっていた生肉を、大き目の木皿に乗せると、アネモスの前に水の入った皿と共に置く。

「はい、どうぞ」

「では、いただくとするか」

 そう言うと、アネモスは勢いよく食べ始めあっという間に食べ終わる。その後は水をこれまた勢いよく舐め飲んで、満足いったようである。

「うむ。うまかったぞ。満腹じゃ」

「それはよかった」

 生肉と水で濡れ汚れた口元を、アスピスはタオルで拭い取って上げながら、笑って応じる。

「また寝るの?」

「それが我の仕事だからな」

「そうだったんだ」

 初めて聞いたと思いながら、再び二階へ戻って行くアネモスを見送ると、アスピスは洗濯ボックスのある場所へ向かって行く。

「みんな、汚れ物は出したのかな?」

「出してんじゃねーか?」

「ふーん。まぁいいか。回しちゃえ」

 そう言うと、ふたつのボタンの一方の、洗浄と書かれたボタンを押してしまう。

 たったこれだけの作業なのだが、レイスやアスピスがいないと、汚れ物が溜まっていく一方という不思議な現象が起きるのだ。アスピスがいなかったころは、定期的に顔を出してくれるフォルトゥーナがよく洗濯ボックスを動かしてくれていたそうだ。

「さってと」

 これでしばらく、洗濯ボックスは放置しておかなければならないので、アスピスは結界棒の精霊の補充をすることにした。のだが、それはエルンストに止められてしまった。

「仕事で、精霊術を使いまくってきたところだろ。それで、アンリールに休養を言い渡されたんじゃねーのか? それに、この間補充したばかりのはずだぞ。今日は精霊術をつかうのはやめておけ」

「えー」

「っていうか、お前体力ねぇんだし、疲れがたまってるだろ。少し休んだ方がいいんじゃないのか?」

「って、言ってる傍から抱え込まないでよね。洗濯が途中なんだから!」

「12歳の子供の台詞じゃねぇだろ、それって」

「だったら、エルンストたちもちゃんと洗濯しなさいよ。ボタン押すだけなのに、なんで汚れ物が溜まっていく一方なわけ?」

 そのくせ、なぜかパンツだけは意地でも出さないところが不思議で仕方ない。

「ったく、仕方ねぇな。回り終わったら、乾燥のボタンを押せばいいんだろ。やっといてやるから、少し休んで来い」

「えー。こんな天気がいいのに?」

 窓から覗ける外の様子は、快晴である。その上、心地よい風も吹いている。

「天気は関係ないだろ。外に行くわけじゃねんだから」

「そうだけど」

「夜になって、急に倒れても知らねーぞ」

「う~」

 うなってみせるが、エルンストが言っていることは、たまにアスピスがやらかすことなのだ。

 自覚していない部分で、無意識に疲労がたまってしまうらしく、限界が来ると、一気に体力がゼロとなり倒れてしまうのである。最悪な場合、熱を出して、家の中で軽い騒動が起こるのだ。

 そのため、反論の余地を失ったアスピスはしょぼんと項垂れるしかなかった。

「分かったら、上」

 二階を指差し、命令調で告げてくるエルンストに、アスピスは渋々ながらも従う。

「じゃあ、ちょっとだけ寝てくるね」

「あぁ。アネモスを見習って、ゆっくり寝て来い」

 遠慮がちに言ったアスピスに向け、エルンストは満足げに勝ち誇った顔にて、アスピスを二階へ送り出した。



 起きたばかりで、眠れるか。と、こっそりアイテムボックスから取り出した本を読んでいたら、庭からエルンストの掛け声が聞こえ始めた。

 運動や素振りを開始したようだ。

 頻繁ではないが、レイスもエルンストも腕がなまらないように定期的に騎士学校の訓練場に通っているのだが、こうして家にいる日などは庭でマメに鍛錬をしていた。

(人には寝ろとか言っておいて……)

 自分はちゃっかり、気持ちの良い庭で体を動かしているんだから。と、アスピスは不満に思う。

 しかし、反論できないアスピスは、隠れて本を読むのが精一杯であった。

 ちなみに、六聖人(赤)用に入っていたビオレータが残してくれたものの中に本棚がいくつかあったのだが、整理してみたら、精霊使いとして役立つ本やビオレータが大好きだった薬草学の本に混じって、大衆用の恋愛小説などが含まれているのが分かった。

 深く考えたことはなかったのだが、ビオレータは、実は恋愛小説が好きだったのかもしれない。

 ビオレータを中心にみんなで過ごした森の中の掘っ立て小屋にあっためぼしいものは、すべてフォルトゥーナがアイテムボックスで管理してくれているというので、その内、まだ読んでいない恋愛小説でも借りようかとたくらんでいたのだが、まだしばらくはその必要がなく済みそうである。

 ただ、フォルトゥーナの使い魔である本好きのレフンテはなんでも読むそうで、中には大衆用の恋愛小説もあるというから、10年前のものでなく、最近の恋愛小説というのにも興味があるので、読みたいものがあったら教えてと言ってくれているフォルトゥーナの言葉に甘え、その内頼んで貸してもらおうとは、思っている。

(べつに、王子様には興味ないんだけどねー)

 ちょっぴり背伸びをして、大人の恋愛なるものに好奇心を抱く年齢なのである。

 ただし、べつに、常に恋愛小説を読んでいる訳ではなく、きちんと身になる勉強の本だって読んでいるのである。そのことは、しっかりと主張しておきたいアスピスであった。

 そんなことを思いつつ、本を読み進めること暫し。

 外からは、エルンストの掛け声が止むことなく響いてきている。

 その事実に、アスピスははたりと我に返った。

「洗濯ボックス!」

 時間的に、洗浄は終了しているはずである。というか、終わってから時間単位で放置されてしまっているという状態である。となると、外でずっと鍛錬し続けているエルンストには、乾燥のボタンを押せるはずがないのだ。

「ったく。これだから、エルンストは!」

 信じたあたしがバカだった。と、アスピスは本を閉じ、アイテムボックスにしまうと、一階に下りて行く。そして洗濯ボックスを覗いてみると、やはり洗浄は終わっており、乾燥のボタンが押されていないことが判明した。

「大ウソつきめ」

 ちょっぴり怒ってますの態度を取りつつ、洗濯ボックスの中で何時間か放置されていた洗濯物を確認してから、アスピスは乾燥のボタンを押すと、そのままテーブルの席に座る。

 乾燥が完了するまでしばらくかかるので、それまで再び二階に戻っていてもいいのだが、この場で角を生やしながら、エルンストが家の中に戻ってくるのを待っていることを選んだのである。

 しかし、なにもしないというのも手持ち無沙汰なものなのだ。

 ついつい、アイテムボックスから先ほどまで読んでいた本を取り出すと、続きを読み始めてしまった。



 乾燥が終了したので、洗濯ボックスから中身を取り出し、それぞれの名前が書かれたカゴの中へ、乾いたばかりの洗濯物の中身を振り分け、次々入れていく。たまに悩むときもあるが、基本として185センチの長身としては標準的と思われる引き締まった体形のエルンストに、182センチという長身にしては細身である体形のレイス。それと、173センチとしては標準的と思われる筋肉がいい感じにつき始めている体形のカロエ。それらを考慮し、それぞれの好む方向性を思い出しながら、間違ってたらそのときだと思い、勝手に持ち主を決めてしまうので、身元不明の洗濯物が手元に残ることはない。

 そして、それが終わり、再び本を読み始めたところでようやくエルンストが室内へと戻ってきた。

「お前、寝てたんじゃないのか?」

 上半身は汗をかいてびしょ濡れとなったシャツを脱ぎ、裸となった状態で肩にタオルをかけ、額から落ちてくる汗を拭いながら、アスピスに苦情を述べてくるエルンストへ、アスピスは洗濯ボックスがある方を指し示す。

 瞬間、エルンストはしまったという顔をした。

「悪い」

「毎度のことで」

「そう、怒るなよ。っつーか、今度っから気を付けるからさ」

「それも、もう、何度も聞いた」

 そして、仕方ないなぁとばかりに、アスピスは折れることにした。

「風邪ひいちゃこまるから、お風呂に入ってくれば?」

「あぁ。本当に悪かった。って、振り分けまでやってくれてたんだ。ありがとうな、アスピス」

「へいへい」

 お風呂に向かう途中、それぞれのカゴの中に洗濯物が入っていることに気づいたエルンストが、改めてお礼を言うのを、アスピスは適当に聞き流す。

「っていうか、さっさとお風呂に入りなよ」

「あぁ。ちょっと入って来るな」

 しっし。と、追い払うようにしてエルンストをお風呂に入らせると、アスピスは本を再び手にしようとしたのだが、玄関が開かれたことで動きを中断する。

 入ってきたのは、フォルトゥーナだった。

「こんにちは、アスピス」

「フォルトゥーナいらっしゃい」

 軽い抱擁とともに交わされる挨拶。

「今日は、アスピスにお土産があるのよ」

「え?」

「はい、これ。好きでしょ」

 袋を渡され、中身を覗くと、生クリームとバナナとチョコレートが薄い皮で巻かれたお菓子が姿を現した。

「わー、ありがとう。これ、人気があって、なかなか手に入らないんだよね」

「そんなに喜んでくれると、並んだかいがあるってものよね」

「大変だったでしょ。本当にありがとう。今、コーヒーいれるね」

 本を汚さないように、テーブルの使わない範囲のところに移すと、アスピスはやかんに水を入れ、火にかける。

「これって、ビオレータ様の本じゃない?」

「うん、そうだよ。六聖人(赤)のアイテムボックスの中にあった本棚に入ってたの。今はあたし用のアイテムボックスにビオレータ様のものは全部移しちゃったけどね」

「このシリーズなら、掘っ立て小屋の書斎の中にもあったわよ。それに、長いシリーズだから、最近も本が出てるのよね。レフンテが持っていたはずだわ。今度、ビオレータ様のと家にあるシリーズを全部持ってきてあげるわね」

「本当! ありがとう、フォルトゥーナ」

 想定外の申し出に、アスピスは瞳を輝かせる。

「アスピスって、意外と恋愛小説が好きよね。ビオレータ様の影響ね、きっと」

「やっぱり、ビオレータ様って恋愛小説が好きだったんだ?」

「ええ、そうよ。でなきゃ、あれほどたくさんの本が揃ってるわけがないと思わない」

 くすりと笑って、もっともだと返すしかない指摘をしてみせるフォルトゥーナへ、アスピスは頷き返すしかなかった。

 そんな会話をしていると、お湯が沸いたことを知らせる音が鳴り響く。

「あ、コーヒーいれるね。席に座ってて」

「ありがとう、アスピス」

 素直にお礼を言い、アスピスがコーヒーを入れるのを待っていたフォルトゥーナの目の前に、お風呂から上がってきたエルンストが肩にタオルをかけた状態の、パンツ一枚で姿を現した。

「エルンスト!」

「げっ!」

 非難の声を上げたフォルトゥーナに即座に反応し、エルンストは再び風呂場の方へ姿を消していく。

 そして、アスピスがコーヒーを入れ終わり、フォルトゥーナへ渡しているところへ、きちんと服を着た状態のエルンストが姿を現し直した。

「ったく。行儀悪いし、アスピスに悪影響だわ」

「いや。その……」

「いつものことじゃん」

「アスピス!」

 余計なことは言うなと、訴えるように名前を呼ばれたが、アスピスは知らぬ振りで自分の席に戻ると、コーヒーをすする。

「エルンスト、いいかしら。アスピスを引き取ると言ったとき、私はちゃんと確認したわよね。男所帯でちゃんと世話ができるのかって」

「悪い! ちょっと用事があるから、また今度。その話は改めてってことで」

 エルンストは、自分用の洗濯済みの服が入ったカゴを手に、逃げるようにして二階へ上がっていってしまった。

「ったく、もう」

「あれで、パンツだけはなぜか洗濯物に出さないんだよねぇ。いくら言っても」

「そうね。不思議よね」

 真面目に呟くアスピスに対し、フォルトゥーナは楽し気に笑いながら応じてくる。

「さ、クリームが溶けちゃうから、買ってきたお菓子を食べちゃって」

「うん。いただきます!」

 袋から、紙に包まれたお菓子を出すと、上の方の紙を破いて、顔を出してきた薄い皮に包まれた生クリームやバナナやチョコの姿に、アスピスは感動を覚えながらかぶりつく。

「んー。美味しい」

「よかった。アスピスって、けっこう、生クリームとか好きよね」

「うん。大好き」

 正直に答えながら、二口三口と食べ勧めていく。

 こんな甘さを覚えたのは、10年の眠りから目が覚めて、この家に連れて来てもらってからのことである。

 そんな中、背後の玄関が開いたことで、アスピスは誰が帰ってきたのかと、振り返る。

「あ、レイスお帰りなさい。洗濯ものしといたよ」

「ありがとう、アスピス。ただいま、フォルトゥーナ」

「おかえりなさい、レイス。あなたもコーヒーでも飲む?」

「そうですね。お願いできますか?」

「ちょっと待っていて。お湯がまだ温かいから、すぐ沸くと思うわ」

 フォルトゥーナの問いに、レイスは笑みを零して応えると、アスピスの傍らに寄ってくる。

「美味しそうなものを食べていますね、アスピス」

「フォルトゥーナが買ってきてくれたの! レイスも食べる?」

「そうですね……」

 ちょっと悩んでみせた後、レイスはアスピスの顎に指をかけてくる。そして、それから間を置くことなく、生クリームが付いている口角から唇にかけ舌を軽く触れさせてきた。

「とても甘いですね。ごちそうさまでした」

 にっこりと、艶やかに揺らめく瞳で見つめられる中、アスピスは絶句するしかなかった。

「レイス! お行儀が悪いわよ」

 しかし、フォルトゥーナは違った。コーヒーを入れ終わり、フォルトゥーナが振り返った際の出来事だったらしい。

「すみません、あまりにおいしそうでしたもので」

「そういう冗談は教育上よくないでしょ」

「けっこう、本気なんですけどね」

「あぁ、もう。エルンストだけでなく、レイスまで……」

 頭を抱えるフォルトゥーナは、真っ赤になって硬直しているアスピスを気の毒そうに見つめてきた。

(たまーに、やられるんだよね。レイスには)

 度々仕掛けてくるエルンストとは異なり、普段そういう素振りをみせないだけに、レイスの不意打ちはてきめんに効いてくれるのである。

 そして、思い出させてくれるのだ。左手にあるペアリングの存在と、その意味を。

「まったく。アスピスは未だ小さいんだから、そういうのはナシにしてあげなさいよね」

「極力そうあろうと、努力はしているんですよ。ただ、あまりにエルンストに対して不利すぎると思いませんか?」

「そういう問題じゃないでしょう。っていうか、アスピスが何歳か分かってるの? 本当にしょうがないんだから、あなたたちって」

 嘆息しながら、フォルトゥーナはコーヒーを一口含む。

 そして、更なるお小言をレイスに繰り出そうとフォルトゥーナが口を開きかけたところで、カロエが帰ってきた。

「ただいまー。ってなにかあったのか?」

「う、ううん。別になにもないよ。っていうか、おかえ――」

 りなさい。と続けようとした瞬間、脚の方から力がガクっと抜けていく。

(あ、やばい。限界がきた)

 今日は、エルンストの言う通りに、寝ておくべきだったと思ったのだが、後の祭りである。

 足元から崩れ落ちるようにしてアスピスは倒れ込むと、周囲のざわめく声を意識しながら、それに応える余裕はなく。瞼が勝手にゆっくりと落ちてしまった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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