第40話(任務完了/新たな冒険)
[四十]
途中で野営を二回して、王都に着いたのは三日目の昼過ぎであった。
陽が傾くには、まだしばらくあったので、王城へ行き、王国管理室へ立ち寄ることにした。
といっても、やることは、依頼を果たした印のある紙を提出するだけである。
「はい、ごくろうさまでした。また、お願いすることができましたら手紙を出しますので、その時はよろしくお願いします」
「あぁ、それでなんだが」
受付の男が話を締めようとしたところで、エルンストが口を開く。
「それが、今回の依頼の件なんだが。向こう側としてはアスピスではかなり不満だそうだ。次回からは、こいつに回すのはやめてもらいたい」
「あの、マナでですか? はぁ、まぁ、あちらがそう言うのでしたら、そうですね。今後はあの町へアスピス様の派遣は控えるようにさせていただきます」
なんて勿体ないことを。と言外で洩らしながらも、向こうの希望なら仕方がないという感じで、依頼完了を知らせるために渡した用紙に注意事項としてエルンストが告げた事柄を記入しながら、受付の男性は承諾する。
「他には、なにかありましたか?」
「宿を利用したので、その経費を請求したいんだけど」
「え? はぁ。わかりました。よほどアスピス様が気に入らなかったのですね。あの町の依頼で派遣された場合、町長のお宅に泊めてもらって、接待してもらえるのが通例ですからねぇ」
「そういうことだから、よろしく頼む」
「はい。了解しました。宿代は、給料の方へ足させていただきますので。でも、そうですか。宿に……」
アスピスのマナの特異性を知っている受付の男としては、どうも納得いかないらしいが、宿に泊まったと聞いて、アスピスがよほど気に入らなかったらしいということは伝わったようである。
これならば、次からの依頼に、アスピスを派遣するようなことはないだろう。と、エルンストたちは内心でニヤリと笑っていた。
「他に、なにかありましたか?」
「いや。それくらいだ」
「そうですか。わかりました。では、今回はお疲れさまでした。また、よろしくお願いします」
受付の男性はそう言うと、今受け取った依頼の達成のサインを記された紙を脇に置き、ノートを取り出して事務処理を始めてしまう。
その様子から、もう用件は済んだと見ていいたいのだろう。
そして、今回の依頼は達成して報告もすんだということで、ここで、解散することになり、管理室の受付窓口の前でノトスと別れると、アスピスはアネモスの上に乗って、エルンストとレイスと共に自宅へ帰ることにした。
「おかえりなさい」
3人が家の中に入って行くと、台所に立つフォルトゥーナから声が掛ってきた。
「勘が当たったわ。今日、帰ってくると思って。それで夕食の準備をしてたの」
嬉しそうに3人を歓迎するフォルトゥーナは、スープを火にかけて煮込んでいる最中だったらしい。その下のオーブンでは、中でなにかを焼いているようだ。
「それで、最初のお仕事はどうだった?」
「仕事自体は、大成功って感じだな」
「あら? なにかあったの」
不機嫌そうに呟くエルンストへ、フォルトゥーナは首をかしげて問いかけてくる。
「それが、アスピスの身分証明書がな、『八式使い』『王国管理室所属』ってなってんだが、それが気に入らねぇって。六聖人を連れて来いって、放り出されちまったぜ」
「あら……」
「だから、二度とアートルムの町の仕事はアスピスに回して来るなって、管理室の方に言っておいたけどな」
ざまーみろ。と言いたげに告げるエルンストは、自身の席に腰を落とす。
「あ、レイス。私がコーヒーを入れるから、あなたも座ってて」
台所にレイスが向かってくるのに気が付いたフォルトゥーナは、慌ててレイスを手で制する。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」
レイスはそう告げると、エルンスト同様に自身の席に座った。
「アスピスも、先ずはコーヒーでも飲んで、一休みしてちょうだい。洗濯ものは洗濯用のボックスへ入れておいてね」
本当に法陣カプセルとは便利な道具である。防水性の箱に洗濯物を入れて、2つ付いているボタンの一つを押せば、洗浄され。もう一つのボタンを押すと、乾燥され。洗濯が完成するのである。繊細な扱いが必要なものの場合は、ひとの手で行う必要があるので、精霊使いが営んでいる洗濯屋に持ち込むか、本人が精霊使いの場合、自分で陣を作り条件付けをしっかり行って、洗浄と乾燥をすれば、洗濯が完成するという次第である。
アスピスは、それがビオレータとの生活の場に、既にあったのかどうかを覚えていないのだが。なかったとすると、10年の間に素晴らしい発明がされたものだと感心したい気分であった。
そんなことを思っていたら、フォルトゥーナがみんなにコーヒーを配りながら、一言添えてきた。
「下着もちゃんと出しておいてよ」
「えっ。いえ、下着くらい自分で……」
「なに遠慮してんのよ。レイスの下着なんて、ビオレータ様のところにいたときに散々洗ったじゃない。しかも、当時は洗濯ボックスなんてなかったから、洗濯板でごしごしと洗ったのよ」
「え。いえ、そうなんですけどね……」
なにやら必死に抵抗を試みているレイスを見つめつつ、砂糖とミルクが混ぜられ済みのコーヒーを、アスピスはすすり飲みながら、どうやら10年の歳月の間に、洗濯ボックスは発明されたらしいことが判明したため、考えて作り出した人は天才だと、アスピスは称賛しておくことにした。
「カロエもエルンストもさ、お風呂上りにパンツ一枚で歩き回るくせに、洗濯物に出すのは嫌がるんだよねぇ」
「あら、そうなの。女の子の前でパンツ一枚で歩き回る方が、洗濯に出すのを嫌がるより、よっぽど変じゃない。エルンスト、教育上よくないわよ!」
「えっ、俺? っつーか、アスピス、余計なこと言ってるんじゃねぇよ」
急に話題が自分に振られたことで、エルンストは慌てたように、元凶であるアスピスに苦情を述べる。
しかし、フォルトゥーナにはそれは通じなかった。
「どうせ、洗うのは洗濯ボックスなんだし。仕分けるときにちょこっと見るだけじゃない。それをなに恥ずかしがってるんだか」
「フォルトゥーナ、どうかその逆の立場で考えてください。フォルトゥーナだって、俺たちに下着を見られるのは嫌でしょう」
「男と女は違うわよ。一緒にしないで。それに、女性用の下着は繊細な扱いが必要だから、他のものとは別にして自分で洗うから、元から洗濯ボックスでなんて洗わないし」
「そうでしたか……」
無駄な言い合いをしているなぁと、アスピスは思いつつ。コーヒーをさらに口にする。
そこでふと、この場にカロエがいないことに気が付いた。
「ねぇ、フォルトゥーナ。カロエは?」
「それが、ここ数日、連日のように冒険者ギルドに通っているの。上にある訓練場にでも行っているんじゃないかしら」
「騎士学校の訓練場じゃなくて、冒険者ギルドの訓練場へか? 珍しいな」
「冒険者ギルドの方が、職種が様々だから、臨機応変な戦い方が身に着くんじゃない?」
「そんなもんか?」
フォルトゥーナの感想に、エルンストは半分納得と言った口調で呟くと、それ以上の突っ込みはしなかった。
内心では、下着の話から話題がそれて、ホッとしているのかもしれない。
たかが下着なのだから、堂々と洗濯物に出せばいいのにと、アスピスは思うのだが、この家の3人的にはそういう訳にはいかない心情があるらしい。別に洗うのなんて、お湯と時間と法陣カプセルに封じ込められている精霊術の無駄遣いだと思うのだが。
「さてと……」
すでに、フォルトゥーナから水を貰い、さっさと2階のお気に入りの定位置へ戻って行ったアネモスを追い、アスピスも2階に行こうかと椅子から立ち上がろうとしたところで、玄関が勢いよく開く。
「ただいまー。って、みんなおかえり。仕事どうだった?」
「仕事自体は、初仕事としては成功といったところだな」
「ふーん。やるじゃん、アスピス。さすがだぜ」
カロエは笑顔でそう言うと、アスピスの元へ歩いてきて、髪をくしゃっとさせるようにかいぐった。
「ところで、お前は、冒険者ギルドの訓練場に通っているんだって?」
「あぁ。うん」
テーブルの中央に置かれたお菓子を口に突っ込みながら、カロエは大きく頷く。
「六剣士を目指すなら、騎士学校の訓練場の方がよくないか?」
「そうなんだけどさ」
ごくりと菓子を飲み込みながら、カロエは素直に頷いた。
「先ずは冒険者としてAクラスを目指そうかと思って。なにもしなかったら、アスピスにあっという間に追い越されちまいそうだからな」
「なるほどな。まぁ、そういう考えがあるなら、好きにしろ」
エルンストは、忠告はしたぞという感じで、それ以上はカロエの行動に干渉するのはやめたようである。
レイスも黙って、カロエの話を聞いていた。
(まぁ、六剣士がすべてじゃないしね)
アスピスとしても、カロエが冒険者としての道を究めるというならば、それもいいと思っていた。職業の恩恵なくSクラスまでいくのは、とても大変なことらしい。
ルーキスは、それでも独自の力のみでSクラスを目指して頑張る気でいるそうだ。
カロエもそうしたいなら、カロエの自由である。他人が口出す必要はないし、アスピスは、自分の使い魔にはそれぞれが願った道に進んで欲しいと思っているので、見守る気分でいた。
そんな思いでカロエを見つめていたら、カロエは瞳をキラキラさせて、みんなの方を向いて楽し気に口を開いた。
「そういやさ、数日休んだら、冒険へ行かね?」
「どうした、急に」
「だって、この前んときは、フォルトゥーナは一緒に行けなかっただろ」
「えぇ。そうね、アスピスと冒険に出るのも楽しそうね」
「なにか、面白そうな依頼でもあったのか?」
唐突すぎた提案に、エルンストが不思議そうにカロエへ訊ねる。
「ファナーリの町へ、届け物の依頼があってさ。小さな子の依頼らしくて、依頼料金がすげー安くてだれも見向きもしてなくて」
「それが、気になってるわけだ?」
「だって、おじいちゃんに届け物をしてくださいって。なんかいじらしいじゃん」
キラキラとした瞳で訴えるカロエには、情に弱いのかもしれない。
「儲けは度外視ってことか」
夢見るように語るカロエに向けて、エルンストがぼそりと呟く。
「だって、どうせ、みんなは儲けなくても王都から給料もらえてるから問題ねぇだろ」
「それはかまわないが、カロエはいいのか? そもそも届け物の場合、功績はほとんどつかないから、クラス上げには向いてないぞ」
先ほどカロエ自身が訴えたクラス上げの件を持ち出し忠告するが、カロエの意思はすでに固まっているようであった。
「そうなんだけどさ」
「あら。いいじゃない、たまには届け物の依頼でも。カロエの目を引いたってことは、なにかあるかもしれないし。なにより、小さな子がおじいちゃんに届けてくださいって、健気で協力して上げたくなるわ」
「だろ!」
フォルトゥーナの台詞に、カロエが嬉しそうに笑う。
「いいんじゃないですか。ハードな冒険ばかりが、冒険者の冒険じゃないでしょうから。たまには小さな子の依頼を受けるのも、楽しそうじゃありませんか。ファナーリの町なら馬車で二日程度ですし。更に一日かければ、とても大きなアーダの泉もありますしね」
「森や山の中にあるから歩くようだけど、六日もかければ、カスタノ遺跡もあるわよ」
「気軽な冒険じゃなかったのか?」
「ふふ。冗談よ。遺跡に行くときは、依頼を受けて行きたいものね」
「なぁ。なぁ。ところで、つまりは、依頼を受けてきていいってこと。」
「いいわよ。受けてらっしゃい。いつもくっついて来るばかりのカロエが受けたいって言うんですもの、付き合うわよ」
クスクスと笑いつつ応じるフォルトゥーナに、カロエはとても嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「じゃあ、さっそく受けてくる!」
「アスピスは、力を使って疲れてるんだし。数日休みを入れることは、ちゃんとギルドに話しておくんだぞ」
「わかったー」
すでに玄関から半身を出しているカロエに向けて、エルンストが慌てるようにして、忠告をする。それに対して、元気のいい返事をすると、カロエは完全に玄関から出て行き、冒険者ギルドへ向かって行ったのであった。
「アネモス、数日したら、また冒険に行くんだって」
「それは、慌ただしく忙しいことじゃな」
「うん。でも、カロエがすごく嬉しそうだった」
毛足の長い絨毯と大きなクッション。そこに半ばお腹を出して寝ていたアネモスに、抱き着くようにしてアスピスは呟く。
「みんなちゃんと、やりたいことやれてるのかな」
アスピスのために六剣士となったレイスとエルンスト。2人は本当にその道で納得できているのだろうか。
「そこまで、マスターが気にする必要はなかろう。皆、もういい大人じゃ」
「うん。そうかもしれないけどさ」
だんだん今のみんなの年齢に慣れてきてはいたが、それでも時折、錯覚するのだ。みんながまだアスピスと同年代だったころのことを思い出して。
「本当に、10年なんかで目覚めてよかったのかな?」
「そうでなければ、我と出会ってなかったぞ」
「そうだね」
アスピスはアネモスに顔を埋めるようにして、頷く。そんなアスピスへ、アネモスは忠告でもするように呟いた。
「それよりも、我がマスターこそ、己が道を決めるべきではないのか?」
「え? でも。あたしはもう、決まっているから」
与えられた道を進むだけだと、アスピスは呟く。
「困ったマスターじゃな。使い魔のことばかり気にして」
「だって……」
幸せになって欲しかったのだ。今はもう、年齢がはなれてしまったので、おこがましい願いかもしれないが。
あの時。時間を止められることになった時、取り残されることになる使い魔たちが道に迷わず生きて行ってくれることだけを願っていた。
だからすっかり、ビオレータとフォルトゥーナのことを願い忘れてしまったのである。
散々世話になったのに、なんて自分勝手だったのだろうと、何度も思う。
「アネモスが、使い魔になってくれてよかった」
「我は、吐き出すための道具ではないぞ」
「でも、色々と聞いてくれて見守ってくれてるじゃん」
「そういうのは、本来同じ人間。といっても、種族は違うが。人型の使い魔相手にするべきじゃ。我は人間と違いすぎる」
「違うから、いいんだよ」
アスピスはそう言うと、態勢を直すようにしてアネモスによりかかり、瞼を閉じる。
「我がマスターは、甘える相手を間違っているぞ。下手過ぎて困ったものじゃ」
「そんなことないよ。みんな優しいし……」
「優しくされるのと、甘えるのとは、似て非なるものじゃ」
「そうなんだ?」
うつらうつらしながら、アネモスとの会話を楽しむアスピスであったが、ついには睡魔が勝ってしまう。
いつのまにか、くーくーと安定した寝息がアスピスの口から漏れ出ていた。
「本当に、困ったマスターじゃ」
そっとため息をつきながら、アネモスは、アスピスが寒くないように体をゆっくり丸めていく。
「みんなあれほど我がマスターのことを恋慕い、手に入れようともがいているというのに」
想う相手には微塵も信じてもらえない、みんなの気持ちを気の毒に思いながら、アネモスも瞳を閉じて主人であるアスピスと共に眠りについたのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




