第3話(再会2と告白2/アイテム整理)
[三]
「うわっ!」
十分な手入れがされているのだろう。キラリと光を放つ剣先に驚き、アスピスは勢いよく後退する。
けれども、エルンストは動じることなく、剣を突き出してきた人物の方へ視線を向けた。
「アスピスに当たったら危ないだろ」
「それくらい、十分気を付けてるっての」
非難するエルンストに対し、剣を引き鞘に戻しながら、20歳にはまだ満たないくらいだろう青年が苦々しく言い放つ。
そんな2人の様子から知り合いらしいことが伺いとれ、なんとなく、不躾に剣を突き出してきた青年を眺め見ていたら、ひとつの名前が思い浮かんだ。
年齢は18歳のはずだし、瞳の色は青で、髪の色は緑だし。サラサラの髪を真ん中分けしているところなどは、アスピスの知る少年のままである。
「もしかして、カロエ?」
「うわー、気づいてくれた? やっぱ、オレたちの絆は強固だもんな」
嬉しそうに叫び、抱き着いてくる青年に、アスピスは苦笑を零す。
出会ったときは、4歳も年下だったのに。今では6歳も年上になってしまった青年の、それでも尚昔のままの、綺麗というより可愛いといった方が適切そうな。と言っても、実際に可愛いなんて言ったら怒涛の勢いで怒るのだが。悪戯好きといった感じの面影に、なんとなく安堵してしまったのである。
そして、アスピスも喜びを表すように、カロエの背に手を回そうとしたところで、エルンストの手に遮られてしまった。
「強固ってわりに、こんな傍にいたのに、こいつ全然気づいてなかったぜ。使い魔でリンク率高いってのによ」
「それは、オレが成長したことで、気配がまるきり変わっちまったからで。オレたちが強固な絆で結ばれていることに変わりはねーんだよ。つーか、感動の再会シーンの邪魔すんじゃねーよ」
「そうはいかないだろ。こいつは、俺の婚約者なもんでな。アスピスが成人したら、結婚することになっている」
「はぁ?」
なんじゃそりゃ。と、勢いよくアスピスの背から手を放し距離を少し作り出すと、アスピスの左手を掴み取る。
「マジかよ! つか、ありえねー」
「現実だから、アスピスの指の薬指にペアリングがはまってるんだろ」
「てめーお得意の舌先三寸で言いくるめたんだろ。22歳にもなったいい年した大人が、12歳の少女を手籠めにするなんて許されると思ってるわけ?」
許せん。断じて、許せん。と、勢いよく言い放つカロエのあしらい方など、既に身に着けているらしいエルンストは、そっと吐息を洩らし。仕方なさそうに、面倒くさいと思っていることを隠すことなく相手をする。
「ペアリングの契約は、アスピスが受け入れなかったら、成立しないことくらい知ってるだろ」
常識だと言わんばかりに応酬するエルンストは、余裕の笑みをわざと浮かべる。
「あー、もういい。ちょっと待ってろ!」
そう言うと、カロエはギルドの受付の方へと向かって走って行ってしまった。
相変わらず騒々しいと思い、その背中を眺め見送っていたら、不意に声が掛けられた。
「相変わらず賑やかな奴で、すみませんね。アスピス」
「へ?」
「おひさしぶりです」
気づくと、先ほどまでカロエが立っていた、アスピスとエルンストの間に入り込む場所に姿を現した長身の青年が、にこりとほほ笑む。
「あー、もしかしてレイス?」
幼いころは、さすがは兄弟。タイプは正反対なのに、やっぱりどこか似ているな。と、思っていたのだが、成長してしまった現在では、瞳と髪の色が同じだということ以外、似たところを探すのが困難かもというほど、顔の造作も雰囲気も違ってしまっていたのだが。それでも、幼かった頃のままの、いかにも生真面目といった、前髪を少し残してあとは後ろへきちんと流し整えている、切れ長の瞳の美形といった外見に、アスピスはカロエの兄の名前を口にする。
「えぇ。もう20歳になりました」
出会った頃は、アスピスより2歳年下の10歳だったなぁ。と、そういえばという感じで、レイスの台詞に感慨深い思いを抱く。
そんなアスピスを現実に引き戻すよう、レイスは静かに語り掛ける。
「これは、ギルドで取り扱ってる中でも大きい方のアイテムボックスです。自分専用のが必要でしょうから、先ほど買っておきました。それと、こちらはそれよりも小さい中サイズ――といっても、それでもかなりの量が入るのですが。倒した魔物などを入れて持ち運ぶ用に使ってください。他のみんなもそれぞれ持っていますが、念のためということで。魔物はギルドに持ち込むと、そのランクに応じた報酬やとれるアイテムやコア、肉などが売れるので。ただ、魔物は無駄にガサがあったりしますし、基本放り込むので、他のアイテムと一緒にしてしまうと、せっかく使いやすいよう整え入れてある道具の配置が崩れてしまったりするので、アイテムボックスを分けて使うのが通常なので」
そう言うと、5センチ四方の透明な塊と3センチ四方の透明な塊をアスピスの手の上に、半ば強引に持たせてくる。
瞬間、すうっとアスピスの中に溶け込むように消えていった。
「あ……、えっ?」
「あぁ。そうそう。購入する際、アスピスの名前で登録しておきましたので。もう使えるはずです。エルンストと一緒にこの場にいるということは、冒険者ギルドへの登録はもう済んだのでしょう? なら、すぐに必要になると思って」
「あ、ありがとう。っていうかさ、高いんでしょ? しかも2つって」
「幸いにも六剣士の職に就いているおかげで、日常生活では使い切れないほどの給料を得られているので。再会を祝してということで、先ずは最初のプレゼントとして受け取ってください」
瞳を和やかに緩ませながら、レイスはおっとりと告げてみせる。
そう言われてしまうと、なんとなく、無下にできなく思うのは、アスピスの記憶的にはつい先ほどまで、純真にアスピスを慕ってくれていたレイスの申し出だから、なのだろうか。
「大きくなっちゃって……」
「えぇ。今なら、エルンストを呼ばなくても、アスピスのことを守れる強さも手に入れました。どうか、これも受け取ってくれませんか?」
感慨深く呟いたアスピスの左手を持ち上げると、レイスは左手の中指にエルンストがくれた指輪と同じものを差し込んだ。
「ちょっ。おい! ありかよ、それ」
「10年という空白の時間に惑っているところのアスピスを相手に、付け込む形で、エルンストが速攻をかけたからの結果でしかありませんから。ことこの場合に関しては、早さは関係ないはずです。重要なのは、アスピスが成人するまでに、いかにアスピスの心を自分に傾けられるか、いかに捉えて放さないでいられるか、でしょう」
「言ってくれるな」
勢いのみのカロエを相手にするのと、冷静に言葉を重ねるレイスを相手にするのでは、どうやら勝手が違うようである。
「俺の10年を甘くみるなよ」
「それは、俺にとっても同じですよ」
対立する2人に取り残されるよう、未だ返事をしていないことでぶかぶかな状態の指輪が落ちて無くならないよう気にしながら、アスピスは心の中で嘆息する。
(そういえば、エルンストってやたらと捻くれていて。なにげに冷静に見えるけど、実は、売られたケンカは買うっていう、血気盛んなタイプだったよね)
直接会ったのは、使い魔契約を交わしたときと、使い魔契約を解除したときの2回だけ。けれども、契約を交わした後、エルンストとは数えきれないほど同調してきたことで、何度も会ったことのある相手のような錯覚を持ってしまうくらいで。カロエやレイスと同じくらい、エルンストの性格も把握できていた。
この10年で変わり果てていなければ、だけれども。
対するレイスはと言うと、アスピスが把握している限り、実直な性格で、本当に誠実で。更には正義感旺盛で。
(うわー、終わりが見えない気がしてきた)
2人のやり取りは平行線のまま突き進みそうに思え、アスピスは頭痛を覚える。
年上の青年相手に、子供が気を配らなければならないって、どういうことだろうか。と、内心で泣けてきてしまう。
(エルンストはまぁ、そのままとして。可愛かったレイスを返して~!)
思わずそう心で叫んでしまったところで、はたりと我に返る。
「きゃっ!」
それまでレイスが握っていた左手が、強引に引っ張られるようにして他人の手の中に納められてしまったことに、驚いて、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
それに気づいたエルンストとレイスも、アスピスの左手を盗んだ犯人の方へ視線を移動させていく。
「カロエ、なにをやってんだ? 急にそんなことしたら、アスピスが驚くだろ」
「レイスの方こそ、なにやってくれちゃってんだよ!」
注意を促すレイスに向けて、信じられないという口調にてカロエが不満を口にする。
視線の先となるのは、先ほどレイスが差し込んだ指輪である。
「アスピス。おまえを幸せにできるのは、エルンストでもレイスでもなく、このオレだからな! もうちょっと待ってくれ。そしたら、必ず六剣士(赤)になってみせるから!」
別に六剣士だろうがなんだろうが、それがアスピスの幸せに繋がるなんて、アスピスは微塵も思ってないのだが。他の2人に対する対抗心が強くあるのだろう。
(カロエは根っからの負けず嫌いっていうか。負けず嫌いな部分を隠すことができないタイプっていうか、だからなぁ。そういうところ、変わってないんだなぁ)
改めてしみじみと感じ入ってしまうアスピスであったが、それが油断となってしまったようで、隙をつくようにカロエが人差し指にエルンストやレイスがはめてきた指輪と同じものを差し込んできた。
そのせいで、中指と人差し指にはめ込まれたぶかぶかの指輪がカチカチとぶつかる感触が、アスピスのふたつの指の付け根から伝わってくる。
(これって、どうすればいいんだろう……)
勢いに飲まれてって感じで、結婚というか婚約を受け入れた形でしかないエルンストのペアリングだけ受け取るというのも、なんだか変な気がするし。
なにより、2人が幼かった頃を知っているからなのだろう。アスピスの中に、突き返すことに、大きな躊躇いが生じていた。
そこに付け込まれた、と言っても過言でないかもしれない。本人たちにその自覚はなさそうだが。
「信じてるぞ、アスピス! オレの命はおまえのものだって約束しただろ!」
「アスピス。俺はエルンストよりも、あなたのことを大切に思ってますし、きっとあなたの役に立てますよ」
各々に好き勝手な言葉を並べると、だから承諾してくれとしてくださいと、2人してアスピスを見つめてきたものだから、アスピスは思わず「うん」と応じてしまった。
瞬間、指輪がアスピスの指のサイズにぴったり合う大きさに変化する。
そんなアスピスの指を見つめながら、エルンストは複雑そうに「あーぁ」と溜息を洩らしてみせた。
「ここが、俺たちの住んでる家だ」
ギルドから、貴族たちの住む邸宅街の方へ少し戻る形で、エルンストとカロエとレイスの住む家に案内される。
「二階に四部屋、一階には台所に暖炉に食堂。トイレに風呂場。それと、暖炉の前に客が来た時や、皆がくつろぐスペースがあるって感じの、この辺じゃ極々普通のタイプの家なんだけどさ。アスピスは、俺の隣の、以前ルーキスが使用していた部屋を使ってくれ」
豪邸でなくて悪いけど。と冗談交じりに笑いながら告げたエルンストは、玄関の鍵を開ける。そして、招き入れるように開かれた玄関から中に入ると、改めて簡単な説明がされるとすぐに、ぞろぞろと4人で階段を上り、階段を上り終えた先に二部屋。階段の脇の廊下を隔てて向かい側に二部屋という感じで、四部屋が並んでいた。その内の、一番奥。廊下を渡って、階段側の部屋の前に来ると、エルンストはここがその部屋だというように、アスピスに自分で部屋を開けるよう、扉の前をアスピスに譲る。
「お邪魔します」
家に入るときにも言ったのだが、改めて、この先にあるのはアスピスに与えられた部屋なのだと意識してしまい、緊張するように呟きながら、ノブに手を掛ける。そして、気合いを入れてノブを回すとカチャリと小さな音がして、扉が少し開いたのを機に、アスピスは力を込めて扉を大きめに開いた。
中に広がっていたのは、六畳間くらいの広さがある部屋であった。
先住者であるルーキスが置いていったのか、出入り口となる扉の真正面にある窓にはカーテンが掛けられ、エルンストの部屋と隣接する側の壁に沿うようベッドが置かれその枕元脇にはサイドテーブルがあり、その上には法陣カプセルを利用していると思われる電気スタンドが載せられていた。その他には、逆側の壁にくっつける形で適度な大きさのある本棚と、その隣に並べるようにして机と椅子が設置されていた。
いずれも、木製の質素な作りのものである。けれども、粗悪品というわけではないらしいことが、全体的に細工が丁寧なことからうかがい知れた。
「もっと可愛らしい家具が良いって言うなら、お前の希望する家具を揃えるからさ。しばらくはここにあるのを使ってくれよ。品は悪くないものばかりだからよ」
「ううん。ビオレータ様のところにいたときだって、もっと粗雑で簡易な家具だったし。使えれば、それで十分だよ」
それ以前の、奴隷商人の元にいたときは牢屋に閉じ込められていて、家具なんて存在していなかったし。盗賊団の元にいたときなどは、本当に粗悪品の今にも壊れそうな、一応なんとか形を保っているといったベッドと、いかにも使えればいいと考え置かれたトイレがあっただけである。
それから比べたら、ビオレータの掘っ立て小屋の中に納まっていた粗雑で簡易な家具たちでさえ、一流品であった。
「ところで、さ。窓を開けてもいい?」
「あぁ、かまわねぇよ。アスピスが来ることになったから、念のために、居住者である俺たち4人と、フォルトゥーナ、ルーキス一家以外は許可なしで入れないよう条件づけた結界を張っておいたからさ。できれば、いつでもいいから近い内に、結界の強化と、維持のために結界棒の法陣カプセルに精霊術を注いでおいてくれよ」
「んー、分かった」
単なる居候ではなく。といっても、アスピスのためのものなのだが、頼まれごとをされた嬉しさに声が明るくなる。
そして、部屋の中へ入り中央をゆっくりとした歩調で通過するようにして、扉の向かい側の窓にたどり着くと、カーテンを開き、両手で窓を押し開けた。
「うわー、すごい!」
「フォルトゥーナはアパート暮らしで庭がないからって、お前らの師匠のビオレータが大切にしていたっていう薬草畑を、みーんなここに移してくれちまって」
「そうなんだ」
庭を見下ろした途端に、視界に飛び込んできた薬草畑の数々に感動してみせたアスピスへ、エルンストは肩をすくませ説明してくれる。
「まぁ、どうせ。俺らの中に庭いじりを好んでやる奴もいなかったから、好きにさせたってのもあるんだけどな」
「ねーねー、見てきていい?」
「その前に、そろそろ出尽くしてるだろうから、アイテムボックスの整理をしろよ。手伝ってやるから」
「え? アイテムボックスの整理って、譲渡の際に、先人のアイテムがなにか入っていたんですか? って。そういえば、ビオレータ様から譲渡されたのって急でしたからね」
すでに六剣士(緑)の位に就いているレイスは、職に対して貸与されるアイテムボックスの存在を詳しく知っているようで、ビオレータからアスピスへ六聖人(赤)の位を譲り受けた際の状況を思い出し、納得するように頷いた。
「だけじゃねーよ。アスピスの10年分の給料と、何年分か知らねーが、先任のビオレータの分の給料がポストにいっぱい詰まっていて、少々多少の時間じゃ出尽くしそうになかったんで、しばらく放置していたんだ」
「そうなんだ。ビオレータ様らしいというか……」
ぼさっとした前髪を掻き揚げ、面倒くさそうに呟くエルンストの説明に、レイスはクスリと笑ってみせた。
「それなら、俺たちも手伝いますよ。ビオレータ様のことだから、薬草や薬品を大量に入れてそうだし。整理するのは力仕事になりそうですからね」
「頼むわ。ってことで、アスピス。レイスとカロエの使用許可も、お前のアイテムボックスに加えてくれ」
「うん。わかった」
返事と同時に、アイテムボックスへカロエとレイスが使用する許可を念じる。
「やったよ」
「よし。それじゃあ、アイテムボックス開いてくれるか」
力仕事は任せろと。袖をめくって待機するカロエを脇に、アスピスは静かに念じる。
(アイテムボックス、開け)
思うと同時に、目の前に3つの口が並び開く。先ほどは気づかなかったが、その上には、『六聖人(赤)』『アイテムボックス(S)』『アイテムボックス(A)』とそれぞれ記されていた。
「なんだ、『SSS』買ってやったんじゃなかったんだ?」
「いや、だって、普通に冒険者と職務こなす程度なら、そこまで大きいのは必要ないでしょう。Sなら、俺たち四人の部屋を合わせた空間よりもかなり広いし。六聖人(赤)のアイテムボックスもあるから、職務用のはそっちに入れておけばいいからね」
「え? そんなに入るの?」
言い訳するように告げたレイスの台詞に、アスピスがびっくりするように瞳を丸くする。
「うん。だから、ケチったつもりとかじゃなくて、本当にSでいいかなって思ったんだけど。もしかしてSSSがよかったかな」
「念のために聞くけど、SSSってどのくらい?」
「上位職に貸与されるのと同じだから、ほぼ無限大かな」
「Sで十分だよ!」
そんなに持ち歩くものなんてないから! と、慌てて体の前で両手を左右に揺らすアスピスに、レイスは「それなら、よかった」と小さく笑う。
そんな2人のやり取りが気に入らなかったのか、残る2人が声を上げる。
「どーでもいいから、整理始めるぞ」
「まずは給料の整理からか。オレ、大きめの布袋持ってるから、ちょっとまって。取り出すから」
そう言うと、カロエが自分のアイテムボックスを開くと、手慣れた動作で中から素早く革袋を取り出し、用事が済むと同時にアイテムボックスを閉じてしまう。
いかにも使い慣れてますといった感じの、一連の動作であった。
そのことに感動しているアスピスを馬鹿にするように、「なーに見惚れてんだよ」と、エルンストに額を小突かれてしまった。
「もしかして、アスピスが一番の金持ちなんじゃね?」
「もしかしなくても、この量は、見るからに一番だろうね」
「っていうか、ビオレータ様の分は除いてもらわないと。使っちゃったりしたら大変でしょ」
「別に、使っちまったところで問題ねーだろ。アイテムボックスを譲渡された時点で、アスピスのもんになったんだから。そりゃ、返金要請が来たら、話し合いしなきゃならねーかもだけど。お前らの話を聞いた限りじゃ、ビオレータなら返せなんて言ってこねーだろうし」
「うん。そーだろうけど」
各々好き勝手なことを言いながら、手だけは動かし、カロエの用意した大きな布袋へ金貨と銀貨と銅貨を分別していく。
「ていうか、さ……」
「ん?」
ふと、これまで怖くて聞くことのできなかった事柄を尋ねてみようかと思い立ったのだが、やはり勇気がもてなくて、アスピスは「なんでもない」と首を振る。
そして、頭に浮かんだ不安を打ち消すよう、お金の整理に打ち込んでいった。
ポストが空になったのを確認し、お金の整理にけりをつけ。仕分けした大袋を、『S』と記されたアイテムボックスに運び込んでもらう。その後は、六聖人(赤)のアイテムボックスの中にあった、ビオレータがしまっておいたと思われる薬草や薬品。それから、本の類を棚ごと『S』のアイテムボックスに移動してもらった。
中を一通り散策し、分かる範囲ではあるが、他に服やら装飾品やらなんやらと色々あったのだが、着用するものはどれも大人のものだったし。数あるアイテムのほとんどが法陣カプセルのスロット付きの雑貨品であったため、アスピスの後に貸与される人も利用できそうなものが多そうだと思い、それらはそのままにしておくことにしたので、一応のひとつの目処がなんとかたった。
「ありがとう。本当に助かったよ」
頭をぺこりと下げると、皆は別にとばかりにさりげなさを装い、恩を着せてくる者はいなかった。
「それはそうと、アイテムボックスの使用許可、俺たちの分を消しとけよ」
「え? なんで?」
「なんで、じゃなくて。そーゆーものなんだよ!」
エルンストの忠告に疑問で返したら、カロエが呆れたように言い切った。なので、言われるままに、その場でアイテムボックスの使用権をアスピスだけに切り替えた。
「結構面倒くさいね」
「まぁ、開けるのは当人だけだから、そうはないことだけど。使用許可を出した人と一緒に、今みたいに整理しているときとかに、中のものを気づかない間に盗まれたとか。そういうことが、残念なことに、たまにあるらしいから。基本、使用権は所持者のみに設定しておくのが通常なんだ」
「まぁ、オレらはアスピスのもの盗んだりしねーけどさ。念のためってね」
アスピスの小さなぼやきに、レイスが苦笑を零しながら補足を入れてくれ、更にフォローするようにカロエが言葉を重ねる。
この辺の阿吽の呼吸は、仲の良い兄弟といった感じであろうか。
「それはそうと。もらいもんで、つかってねーから。気に入ったものが見つかるまでの間、この肩掛け鞄を使ってろ。あと、こっちは財布だ。適当な金額をここに入れて、普段はこの中に入れた金を使って買い物をしろ。間違っても、アイテムボックス開いての支払いなんてするんじゃねーぞ。ついでに、銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚分って計算だ。騙されないよう、覚えておけよ」
「うん。ありがとう」
エルンストが無造作に放り投げてきた、肩掛け鞄と財布を受け取ると、素直に礼を言う。
「どのくらい入れとけばいいかな?」
「金貨25の銀貨50銅貨100、くらいかな?」
「それって、金貨多くね?」
「え? そうか? 俺はいつもそれくらい持つようにしてるよ」
「えー。まじかよ。これだから金持ちは……」
「どうでもいいが、アスピスは金貨10。いや、5枚くらいにしとけ」
レイスとカロエのやり取りに、終止符を打つようエルンストが横槍を入れる。
「アスピスはいかにも鈍くさそうだからな、カモにされて財布を掏られる可能性が高そうだ。それに、俺としては、お前をひとりで外を歩かせる気はねぇからな。シェーンは王都内ならひとりでも構わないって口ぶりだったが、命を狙われてるってこと忘れてねーだろ」
「えっ! あ、うん。も、もちろん」
「はぁー。その口調じゃ忘れていたようだな。ったく。とにかく、アスピスの命が狙われている以上、王都内だってひとりで歩かせる気はねぇから。できる限り俺がついてやるつもりでいるが、そうじゃなくても最低ひとりは使い魔を同行させるのが、町内を歩く際の絶対条件だ。だからっつーか、金が足りない時は同行者に借りればいい。まぁ、通常の買い物なら、金貨が5枚もあれば十分すぎるくらいだと思うがな」
「だよなー。5枚も入れておけば、よっぽどのことがない限り事足りるよな! って、俺は10枚は入れてるんだけどよ。急に思い立って、武器屋に寄ったりするときあるからさ」
「衝動買いは止めるようにって、いつも言っているのに……」
「そんなにはしてねーだろ。つーか、とにかく、急に必要になった時には、足りない時は貸してやるからさ!」
まるで話を逸らすようにではあったが、カロエからも心強い言葉がもらえたことだし。金銭感覚のまったくないアスピスに物の相場なんてものが分かるはずもなく、実際のところ皆が言っていることが右から左だったのだが、素直に言われるまま従うのが吉だろう判断を下す。
「うん。わかった」
言われるままに、アイテムボックスを開くと『S』の中の入り口付近に置かれた大袋を開き、中からそれぞれ、指定された枚数のお金を出して財布に移す。それを終えると、アイテムボックスを素早く閉じた。
少しずつ、アイテムボックスの使い方にもなれてきたようである。
そのことにちょっぴり満足感を抱きながら、肩掛け鞄の中に財布をしまった。
他には何も入ってないので、財布が鞄の中で踊っている状態であるが、それは仕方がないとあきらめる。
(これで、終わりかな?)
アスピスはドキドキしながら周囲を見回す。
それをどう思ったのか、レイスが口を開いた。
「トイレは一階だよ」
「そうじゃねぇよ。庭に出たいんだろ」
的外れなレイスの台詞に、一瞬がっくりしてしまったが、すぐにエルンストが呆れた声で正しい訂正を入れてくれたことで、アスピスは瞳を輝かせていく。
「もういいぜ。整理も終わったしな」
「本当!」
やったー。とばかりに飛び上がらんばかりの勢いで、身を乗り出すようにエルンストへ問い返すと、心底から馬鹿にしたような雰囲気で、鬱陶しそうに前髪を掻き揚げながら、返事が戻されてきた。
「あぁ。ついでに、庭にある結界棒も確認しとけ。一応俺らも気にしてはおくが、管理はお前の仕事になるからな」
「はーい」
返事は素早く、それよりも先に歩き出す。
気持ちとしては、できることなら走りたいところだが、それは無理なので諦める。
そして、一階に着くと、庭に通じていると思われる扉を開いて、外へ出た。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




