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第38話(六聖人のお仕事4/任務地へ出発2)

[三十八]


 移動を開始して二日目。明日には目的地に着くらしい。

 今日の御者はノトスであった。

 昨夜アンリールからの手紙を読み、一応はアスピスの生い立ちを知ったことで、アスピスへの態度が軟化したこともあってか、アスピスを守ることが最優先と考えているアネモスとの相性は大丈夫かと、ちょっと不安であったが、大人しく牽引具を身に付けさせたアネモスは、ノトスの指示に抵抗することなくきちんと馬車を引いていた。

 赤道という目印がない分、目的地までは、御者の腕と周囲の風景。それから地図と方位磁石がとても重要な役目をはたすそうで、この二つの道具は必須のものとなるらしい。それなのに、アネモスが気分を害して言うことを聞かないとなると、大問題になるところであったのだが、どうやらそれは回避されたようであった。

 そして、昨日は寝てしまい、無駄に過ごしてしまった一日。

 今日はそれを挽回しようと、アスピスはアイテムボックスを開き、中から本を一冊手に取る。以前チェックを入れたとき、読みたいと思った本を入り口側の一角に積んでおいたのだ。そして、アイテムボックスを閉じると、箱型の馬車の壁を背もたれにするようにして、アスピスは座り直すと、脚を椅子の上に乗せ、その上に本を置いた。

「おい、まさか本を読む気なのか?」

「アスピス。それはちょっと冒険しすぎっていいますか。おすすめしないですよ」

「ん? なんで?」

 本のページを開き、読み始めようとしたところで、エルンストとレイスがそれぞれにやめるように言ってきたが、理由が分からず。それ故、従う気にもなれなかったので、アスピスはそのまま本に目を落とす。

 揺れは少なく乗り心地はとてもいい。

 御者席の方から入ってくる風が、馬車の中を通過して、後部から吹き抜けていくのが気持ちいい。

 気分は快適の一言であった。

「アスピス。ですから本を読むのはやめておいた方が――」

「もういい。好きにさせておけ。一度身をもって体験した方が、そいつには分かりやすいだろうからな」

「エルンスト……」

「あー。俺もエルンストに一票。一度経験し解いた方がいいと思うぞ。言われても分からない奴には、それが一番効果的だ」

 エルンストの台詞に、レイスが宥めるよう名前を呼んだが、エルンストの後押しをするようにしてノトスが横から話に加わってきた。

(みんな、なにが言いたいのよ?)

 はっきり言えばいいのに。と、思い。文字を読み進めていたら、なんだか具合が悪くなってきた。

「気持ち悪い!」

 むかむかとする胸を抱えながら、アスピスは本から視線をひと思いに外してしまう。

「なんなのこれ!」

「だから、ここで本を読むのはやめておけって言ったんじゃねぇか」

「大丈夫ですか? 吐きそうですか?」

 文句を告げるエルンストに対し、レイスは傍に寄ってきてアスピスの背を服の上から撫でるように何度も手のひらを上下させる。

「最初にそう言ってよ~」

「たまにまったく酔わない強靭もいるから、もしかしてとも思ったが。やっぱり、ダメだったか。でもこれで、本を読んだらどうなるか学べたろ。よかったじゃねーか」

 カラカラと笑うノトスが憎らしい。

 そう思いながらも、胸のむかむかは収まらず、時折「うっ」とくるのをこらえながら、アスピスはレイスの指示で横になる。

「眠れたら、眠ってしまった方が楽ですから。酔い止めに効く薬か、睡眠を促進させる薬でも用意しておくべきでしたよね」

「ありがとう、レイス~」

 他の2人のようにアスピスを馬鹿にせず、心配してくれるレイスに、アスピスは手を伸ばしレイスの肩にしがみつくよう縋りつく。

「どうしました、アスピス。大丈夫ですよ、ちょっと酔っただけですから。弱い人だと、馬車に乗ってるだけでも酔っちゃうんですよ。逆に揺れる馬車の中でも本を平気で読む人もいますし」

「レイス、やさしい~」

 それに比べて、大人げないエルンストとノトスに、アスピスは恨みを抱く。

 しかし、今は未だ、酔いが強くて、仕返しするどころではないことに、ぐっと耐えるしかなかった。

 そんな中、対面する位置に腰を掛けアスピスの様子を見ていたエルンストが、御者席にいるノトスに声を掛けた。

「なぁ、ノトス。ちょっと早いが休憩を入れさせてくれ」

「はぁ? ったく、なんだかんだって甘すぎだぞ、エルンストも」

 呆れた声を出しながらも、抵抗する気はないようで、アネモスに止まるよう指示を出す。

 これが、昨日だったら、きっとこうはいかなかっただろう。

 アンリールの手紙にどのようなことがどのように書かれていたかは分からないが、アスピスの産まれから経歴。そして、アスピスが時を止められ眠りに落ちていた10年という歳月のこと。それから、アスピスの使い魔のことや、眠りにつく前にアスピスが出した交換条件など。それらのことが書かれていたのは確かなようで、それらを見てノトスの気持ちやアスピスに対する認識が変わったのは確かであった。

 フォルトゥーナが一番であることは、完全なる確定事項であるし。フォルトゥーナが幼いころから、とても苦労しながら代役をこなしてきたという事実の部分は、ノトスの中で微動だにすることはなかった。でも、それはノトスがフォルトゥーナのことをそれほど真剣に愛しているからだと、逆に好印象としてアスピスに伝わってきた。

 それに、なにより、フォルトゥーナに大変な思いをさせてきたのは否定しようのない事実であるから、アスピスにそれを無かったことにする気など微塵も存在しなかったし、みんなに甘やかされている自覚はあったから、ノトスに対しなにかを言い返してやりたいという思いは、誤解されていたころはそれなりにあったが、今では特になく。変に絡んでこなくなっただけでも、アンリールの手紙は十分な効果があったと思っていたのである。

 だけでなく、想定外のノトスからの謝罪があったことで、アスピスというよりも、エルンストやレイスもようやく納得できたようで、アスピスに関する話はそこで終わったという感じであった。

 その後は、アスピスに絡んでいたことでエルンストやレイスの不況を買っていたノトスであったが、それが無くなった現在、前の関係へと無事戻ったようである。

 三人の会話を聞いていると、元は、気軽に軽口を叩き合う仲だったということみたいであった。

「ほら、止まってやったぜ。お嬢ちゃん。少し外にでて横になって、新鮮な空気でも吸ってきな」

 急停止を避け、アネモスの歩みを徐々に遅らせ、静かに馬車を止まらせた後、ノトスは後ろを振り返り、アスピスに向け笑いを含んだ声で、指示をしてくる。

 おそらく、嘘は言っていないのだろう。

 腕にシートと毛布を掛けた状態のレイスが、アスピスを抱き上げようと腕を伸ばしてきた。

「とにかく一度、外へ出ましょう。ちゃんと捕まっていてくださいね」

 レイスもそれなり鍛えているようで、できないわけではないだろうが、エルンストのように左腕一本でアスピスを抱え上げるようなことはしてこなかった。普通に、小さな子を抱くように、アスピスをゆっくり抱き上げると、「ちょっと外へ出てきます」と言い残し、レイスは踏み台を使ってゆっくりと馬車から下りていく。そして、少し離れた場所にシートを引くとそこにアスピスを横たわらせ、毛布を掛けてくれたのであった。

「眠れるようなら、眠ってくださいね」

「うん」

 言われるままに、風に直接あたりながら、アスピスは目を閉じる。

(少し、楽になったかも)

 胸のむかむかが僅かだが減ってきていることに、気が付いた。それと同時に、動いている馬車の中で本を読むのは止めようと、心に誓ったのであった。



 今日もまた、寝て終わってしまったようである。レイスに連れられ草原で横になったまでの記憶はあるが、そこからの記憶がアスピスにはなかった。

 暇なのだから、もういっそ、開き直ってしまうべきかもしれないと思いながら、アスピスは椅子の上に横たえられた格好のまま、瞼を開く。

 頭上には、アスピスの容態を気にしてくれていたらしいレイスが座っているようである。なのだが、アスピスが目を覚ましたのに最初に気づいたのは、正面に座っているエルンストであった。

 目が合ってしまったのである。

「そろそろ、野営場所を探そうとしていたところだ。今日もたっぷり眠れたみたいだな」

「おかげさまで、ゆっくり眠らせてもらったよ」

 嫌味を言いたければ言えばいい。そう思って、返したら、エルンストがなぜか瞳を緩ませた。

「そうか、ならよかったじゃねーか。酔いも、おかげで取れたみたいだしな」

「あー、うん」

 気が抜けて、思わず返事もヘナっとしたものになってしまう。

 けれども、そんなアスピスに反応する前に、ノトスがエルンストへ声を掛けてきた。

「なー。エルンスト。あの木の下あたりなんてどうだ。大きめの木だし、根も良く張っていそうだし、横になる空間もありそうだぞ」

 ノトスの指し示す方へ、御者席に身を乗り出すようにして、エルンストが確認すると、納得がいったようである。

「いいんじゃねぇの、あそこで」

「じゃあ、決まりだな。アネモス、あの木のところで止まってくれ」

「了解した」

 今夜の寝床が決まったようである。

 あのまま眠り続けていたら、昨日の二の舞であったが、今日はもう起きている。

 ――今日は、ちゃんとお手伝いするぞ!

 と、心に決めてアスピスは起き上がると、大きく伸びをした。と同時に、馬車が止まった。

 ノトスは早々に御者席を下りると、牽引具からアネモスを解放していた。

 ――案外、いいヤツかも。

 そんなことを思いながら、レイスやエルンストが下りるのに続いて、アスピスも馬車から下りようとしたところで、エルンストの腕が伸びてきて、そのまま地面へ下ろしてくれた。

「ありがとう」

「どーいたしまして。っつーか、今日はちゃんと食えよ。明日には目的地に着くから、そっからが本番だ。お前だけの仕事になるんだから、体力を使うぞ」

「うん」

 エルンストに頷いて見せながらも、アスピスは内心で言い訳をする。

 奴隷商人の元にいたときも、盗賊団の元にいたときも、食事なんて有って無いようなものであった。死なれたら困るから与えるといった感じで、硬いパンと冷え切った具の少ないスープが、いずれでも定番で。一日一食なのも同じであった。

 盗賊団の元でエルンストやルーキスたち使い魔が働かされていたときは、彼らは大事な戦力だったこともあってなのだろう、食事は十分与えられていたし、仲間として扱いもそれなりだったようなので、地下の惨状は知らないみたいなのだが。

 だから、胃が小さいのは、アスピスのせいではないと言いたいのだが、まさか真実を今更ほじくり返して訴える気にもならないので、エルンストたちの言うことを適当に聞いているといったところであった。

「それより、レイス。なにか手伝うことない?」

 エルンストが、アイテムボックスの中から焚き木用の薪を取り出し始めたのを見て、アスピスはレイスの元へと駆け寄って行く。

「アスピスは休んでいてください。簡単なことしかしませんので」

「肉を切り分けるくらい、できるよ」

「ナイフは取り扱いに注意しないと危ないので、俺がやりますから」

 頑張ってお手伝いアピールをするアスピスに、レイスはどうしようかと困っているようである。

 それを見ていたノトスが、呆れたように口を挟んできた。

「なんだ、なんだ。女のくせに、料理もできないのかよ。誰にも教わらな――」

 かったのか。と、揶揄うように言いかけて、昨夜のアンリールからの手紙の内容を思い出したのだろう、言葉を途中で飲み込んだ。そして、続けられたのは謝罪であった。

「って、すまん。つい」

「べつにいいよ。約1年間は、一応フォルトゥーナに教わってはいたんだけどね~」

「食べるの専門でしたからね」

「だって、台所狭かったし。レイスとフォルトゥーナがいてくれたから、まともなものが食べられたんだもの。あれで、ビオレータ様しかいなかったら、あたしも必死に料理を覚えたかもね」

 それほどに、ビオレータの料理は適当だった。お腹に入って満腹になれればいいのだと。人間は満腹でいられたら悪さはしないのだと、変な主張の元、どんな味覚をしているのか、体にいいからと様々な薬草を使った料理を出されたのが、ビオレータ様の数少ない記憶のひとつである。

「それより、ねぇ。本当にやることないの?」

「では、食事の前に、切り分けた肉をみんなに配分するのと、みんなにスープをよそってください」

「うーん……わかった!」

「お願いしますね」

 望んでいたのとは異なるが、お手伝いはお手伝いである。アスピスは気持ちよい返事に変えて応じると、レイスがにこりと微笑み、アスピスの頭をかいぐった

(エルンストの癖が、他人に伝染してる……)

 完全に子供扱いされていると、アスピスは思ったが、ここで苦情を言ってもしかたがないと心にしまっておくことにする。

 なんといっても、レイスに大人扱いされるのは、まだ早いのだ。危険極まりない、聖の血を引く魅惑の力。あれをカロエも持っているのかと思うと、美形ではあるが、レイスとはタイプが違うので、にわかには信じられないのだが。

 アスピスは、レイスの調理が済むまで暇となってしまったことで、薪を重ね火を起こし、スープを温めるための台と、肉を焼く用の場所を用意しているエルンストの元へ、歩いて行く。

 するとそこへ、アネモスが近づいてきた。

「マスターよ、昨日は我が先に寝てしまってすまなかった」

「大丈夫だよ、その代わり、エルンストが傍で寝てくれたし」

「今日こそは、我が隣に寝て差し上げるとしよう」

「ありがとう、アネモス」

「マスターを守るのも、我の仕事の内。当然のことじゃ」

 アスピスのお礼に、気を良くしたアネモスは、根っこが蔓延る間の広めの空間を見つけ出すと、そこにちょこんと座ってみせる。そして、じっとアスピスを見つめてきた。

「分かったよ、今行くよ」

 隣に来いといっているのだ。無言の圧力で。

「ていうか、今日はそこで寝るってこと?」

「ここは、色々な意味で眠るのに最適な場所だからな」

「ふーん。そうなんだ」

 アネモスの説明に、アスピスがそんなものなのかと思い返事をしていたら、ノトスが変に感心した声を上げた。

「へー。すげーじゃん。この周辺で、一番安全な場所だぜ、そこって。アネモスは見極める目を持ってるんだな」

「なにを当たり前のことを。我がマスターを守るためなら、これくらいのことできて当然じゃ」

 ふふん。と自慢げに感心するノトスに告げると、アネモスはくつろぐように伏せの体勢を築いてしまった。それを見つめていたアスピスに、ノトスは笑って告げてきた。

「一日、俺たちを馬車と一緒に運んできたんだ。疲れもするさ。聖狼は丈夫だって聞くし、その希少種となれば、さらに強いはずだから、心配いらねーよ」

「うん」

 べつに心配はしていなかったのだが、ノトスの気遣いを無にする必要はないと思い、アスピスは大きく頷き返す。そして、立てた膝に顎を乗せ、料理が出来上がるのを、その場でじっと待っていた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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