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第36話(六聖人のお仕事2/王国管理室/新たな出会い3)

[三十六]


 上位職を条件とした結界の張られているらしい廊下を歩いて行くと、廊下の突き当りに、扉の脇に小窓が用意され。その上に『王国管理室』と書かれている札が掲げられた場所にたどり着く。

 エルンストは迷わずそこへ行くと、本日到着した封筒を小さな窓口から差し入れた。

「依頼を受けることを報告にきたんだが」

「エルンスト様。いつもありがとうございます」

 受付にいた男性が、礼を述べながら、封筒の中から用紙を取り出し、その紙の下の方へ受領のハンコをポンと押す。

「ご出発は?」

「その前に、同行者となるアスピスの登録と、依頼の受領の処理をしたいんだが」

「あぁ、そちらの方が六聖人(赤)の方なのですね」

 じろじろと不躾な視線をぶつけてくる男に、アスピスは不快感を覚えながら、アネモスから下りると、受付の窓口の前へ行く。

「どうすればいいんでしょうか? 初めてなのでわからないのですが」

「あぁ、そうですよね。まずは、こちらに手をかざしていただけますか?」

 足元から引っ張り上げた球状の物体を、窓口の中央に置くと、男はアスピスにこれに触れるように言ってくる。

「手のひらを押し当てればいいだけだ、やってみろよ」

 躊躇しているアスピスへ、エルンストが助言するように告げてきたことで、アスピスは勇気を持って、球に手のひらを押し当てた。

 途端に、球の中が八つの色で埋まって行き、強い光を放ちだす。

「おぉ、これは!」

「すごいマナですな」

「こんな輝くマナは、初めて見ますよ」

 後ろに控えていた男性たちが、球から放たれる光りに誘われるようにして、首を伸ばして覗きこんでくる。その間に、徐々に光りが消えていき、球の中が元の白色へと戻って行った。

「とても素晴らしいものを拝見させていただきました」

「え? いえ……」

 にこにこと、それまでの不躾さはどこに行ったのかと言いたくなるほど友好的な表情にて、受付の男は、球を再び足元へ戻していく。

 そして、それからしばらく待つようにして、脇の箱から二つのカードを取り出した。

「こちらが、正式な、六聖人(赤)のアスピス様の証明書となります」

 そう言いながら、差し出されてきたのは、ギルドでもらった身分証明書どこか似ているカードであった。

名前と、職名。その脇に先ほどの球の状態が表示されていた。

「それと、こちらが普段使用してもらう、カードとなります。六聖人(赤)としてフォルトゥーナ様が活動されていらっしゃるので、アスピス様を公に六聖人(赤)として取り扱えないのが現状なのです」

「わかってます」

 そう言いながら、二枚目に差し出されてきたカードを見ると、名前と職業の欄に『八式使い』と『王国管理室所属』と書かれていて、その脇の中には先ほどとは異なる球の図が張り付けられていた。

「アスピス様のマナは特殊なうえ、無限に湧き上がってくる貴重なものなのです。まさかそれを一介の八式使いの認証に乗せる訳にいかないので、標準的な八式使いの図を載せさせていただきました。どうか、ご不快でしょうがご理解ください」

「分かりました。普段の身分証は、こっちを使えばいいんですね」

「はい。よろしくお願いします。それと、こちらがカード入れになります。ギルドカードもご一緒にしまっていただける仕様になってますので、どうかお使いください」

 アスピスの了承を受け、アスピスの機嫌が悪くないことを確認しながら、受付の男は、皮で作られた薄く平べったいケースをふたつ差し出してきた。

 本物用と、普段使用する用ということだろう。

 アスピスは言われるままに、それぞれに王国管理室用の身分証明書をしまうと、アイテムボックスを開き、中から冒険者ギルドのカードを取り出し、普段使う用の方にそれもしまい。そっちを鞄の中のチャックのついた場所に入れ込むと、もうひとつの本物用といわれた王国管理室用のカードを、アイテムボックスの中にしまい込み、アイテムボックスを閉じた。

「これで、登録用の手続きは終了となります。残るは、当方で依頼させてもらった件の承諾手続きとなり――」

 ますが。と続けようとした男の台詞は、アスピスの後ろから伸びてきた手が、窓口の男の前に封筒を落としたことで途切れてしまう。

「これは、ノトス様」

「依頼の承諾に来た。ところで、このチビはなんだ?」

「このお方は、六聖人(赤)のアスピス様です」

「はぁ? 六聖人(赤)っていやぁ、フォルトゥーナだろ」

「そうですが……」

 不機嫌そうに言い放つノトスへ、受付の男は困った表情で、助けを求めるよう周囲をきょろきょろ見回す。しかし、誰も助けてくれる気配がないことに、覚悟を決めたように口を開いた。

「六聖人(赤)のアスピス様を遊ばせておくのは勿体ないと、六賢者のご意見もあり、八式使いでしか行えないもので、他の六聖人様方が忙しい時などに、活動してもらうことになりまして……」

「って。なに? つまり、今回は、このチビの護衛ってことか?」

「はい」

 手のひらを上にして突き出した親指をアスピスの方へ向けながら、嫌そうな口調で告げてくるノトスという男を、アスピスはまっすぐ見つめた。

 六剣士(赤)の座に就き、フォルトゥーナに思いを寄せているらしい、ノトス。

 身長は179センチあるシエンより少し高いといったくらいでなので、おそらく180センチを少し越えたあたりだと思われる。年は20代の半ばといったところか。青い瞳で、短くカットされた燃えるような赤い髪が特徴なのだろう。

 見た目は魔族や聖族の血を引く、美形であることを確約されている、エルンストやレイスやカロエには負けるかもしれないが、なかなかの好青年風の美形である。

 ただ、見た目が好青年風というだけで、中身はちょっと違うようだ。

(子供相手に、大人げないっていうか……)

 完全にアスピスを敵視しているらしいノトスは、窓口に出した封筒を、取り戻すように手に取ってしまう。

「フォルトゥーナかと思って来てみれば、こんな奴の護衛なんてごめんだぜ」

「ノトス様。こう言ってはなんですが、理由もなく対の方の護衛を断るのは、他の色の方の護衛と違いなにかと問題視されやすいものです。六賢者の耳に入れば、その座を奪われる可能性もあるとのご覚悟の上での、拒絶でしょうか?」

「――ッ」

「それでしたら、私の方もかまいません。他の色の方に護衛役の依頼を回すだけですので、どうぞお引き取りを」

「わかったよ。受けるよ。受けりゃあいいんだろ」

 そう言うと、ノトスは再び封筒を受付の男の前に放り投げた。

「では、承認の印を押させてもらいますね」

 にこやかに受付の男が告げると、中から用紙を取り出して、エルンストの時と同様に下の方へ判を押した。

「ったく。これまで散々フォルトゥーナに仕事を押し付けておいて、年頃になったからって出てきやがって」

「それは、本当に申し訳ないと思ってるよ」

「へぇ。しゃべれたのか? 今まで黙ってるから、しゃべられねーのかと思ってたぜ」

「それは、あなたがあたしに敵意をむき出しにしているからじゃないかなぁ」

「はぁ、なに言ってんだ。つーか、気に入らなくて当然だろ。これまで散々フォルトゥーナに苦労を掛けといて、てめえは優雅に親の元でぬくぬくと暮らしてきたんだろ」

 ノトスには、アスピスのこれまでの経緯が、どうやらまったく伝わっていないようである。かなり誤解されていることに、アスピスは困惑してしまう。

「なんだってから、ビオレータは、お前なんかを次期に選んだんだ? 年齢から言って、引き継いだのって赤子のころなんじゃねーのか?」

「それは……」

「ったく。ちょっと強い魔物を使い魔にしたからって、見せびらかすように王城まで連れてくるなんて、始末悪りぃガキだぜ。今度の旅の時には、連れて来るんじゃねーぞ」

「あの……」

 それは無理だと、アスピスが言おうとしたとき、我慢の限界に達したらしいエルンストが、ノトスの首根っこを掴むようにして、自分の方へ引き寄せた。

「そんなにこいつとの対が嫌なら、(赤)の席、俺に譲れよ。俺は欲しくてたまらねーんだからよ」

「そういや、去年挑んできたっけな。結局互角で、奪取に失敗してたけどな」

 おかしそうに笑いながら、優越感に浸るノトスを、エルンストは更に自分の元へ引き寄せた。

「ちなみに、こいつの足はアンリールと同じで腱が切れてんだよ。そのための騎乗用の魔物だ。知りもしねぇで、くだらないこと言ってるんじゃねーよ」

 言いたいことを言い終えたと、エルンストは、ノトスの首を前の方へ放りだすようにして開放する。

「お前、(赤)のくせに、対となるアスピスの情報、なにも仕入れてないんだな。(赤)として失格だぜ」

「うるせぇ。六聖人(赤)はフォルトゥーナだっつってんだろ。こんなガキじゃねぇ」

「お前がどう言おうと、六聖人(赤)はアスピスなんだよ」

「知らねぇよ。腱が切れてるのがなんだって? たまたまだろ! アンリールのように、親に無理やり閉じ込められ、逃げられねぇように切られたわけじゃねーだろ。それを自慢げに語ってんじゃねぇよ」

「無知が悪ってのは、本当だな」

「はぁ? なんだよ、そりゃ」

「てめえなんかに、アスピスのなにが分かる。っつーか、アスピスのことを教えてなんてやらねぇ。勝手に偶像でも作ってろ」

「エルンスト様、お怒りはごもっともかもしれませんが。ノトス様は(赤)のお方。ご事情をちゃんと説明された方が、今後なにかとスムーズに事が進むかと思われますが」

「うるせぇ。知りたくねぇって奴に、教えてやる必要なんてねぇだろ。この件には、お前ら管理局も口を挟むなよ! 絶対にアスピスの情報を洩らしたりするんじゃねぇぞ」

「そうはいわれましても……」

「アスピスの情報は極秘扱いのはずだ。(赤)だからって、好奇心を満たすためだけに知りたいって奴に漏らす必要はねぇだろ」

 言い合いの相手を、ノトスから管理局の受付窓口の男へ変えたエルンストは、怒りを顕わに語調を荒げる。

 元から口は悪いが、ここまで本気で怒っているエルンストを見るのは、もしかしたら、初めてかもしれない。

「エルンスト、もういいよ。あたしの受領を済ませて、帰ろう」

 アスピスは、エルンストの傍に行くと、裾を引っ張りながら、見上げるようにしてエルンストに告げると、窓口に封筒を差し出した。

「ハンコ押してもらいたいんだけど」

「はい。色々ありましたが、依頼を受け付けてくれるということで、いいのでしょうか?」

「人手が足りないんでしょ? あたしで役に立てるなら、仕事させてもらうよ」

「わかりました。では受領ということで、判を押させてもらいますね」

 そう言うと、窓口の男は、アスピスの封筒の中から紙を取り出すと、他の2人と同様にハンコを押した。

「ではこれで、この依頼は全員から承諾されたことになります。ご出発の方は?」

「一週間以内には向かう予定だ」

「はぁ、なんだその猶予は。明日でもかまわねぇだろ」

「うるせぇな。こいつは初めてなんだよ、準備だって必要だろ」

「チッ! これだからガキは」

 面倒くさそうに舌打ちをし、ノトスは踵を返す。

「俺はあくまでも、フォルトゥーナのための(赤)だ。護衛に期待なんてするんじゃねぇそ」

 ノトスはそう言い残すと、この場を後にした。

 途端に、エルンストが長嘆してみせる。

「あれで、相手がフォルトゥーナだとまじめでいい奴なんだけどな」

 だけでなく、他の色の六聖人に対しても、アスピスに対するような態度は、絶対に取ったりしていないのだろう。

「誤解を解いてやれなくて、悪かったな」

「いいよ。話すと長くなるし。一応、上級職の間でも極秘事項扱いで、知らない人も多いんでしょ」

「でも、六剣士(赤)である以上、本来の六聖人(赤)について情報は、事前に手に入れておくべきだろ」

 それが当然だ。と、力強く告げるエルンストの様子に、アスピスは苦笑を零す。

「彼にとっての六聖人(赤)はフォルトゥーナななんだから、仕方ないよ。それに表向きとはいえ、あたしは、一介の『王国管理室所属』の『八式使い』なんだよ」

「そうか。お前がいいなら、それでいい。だが、我慢する必要はねぇからな」

「うん」

 落ち着きを取り戻したエルンストが、アスピスの腰を抱え、アネモスに乗せてくれると、2人で受付窓口に軽く挨拶を残し、帰路についた。



「ノトスにも困ったものですね」

 家に着く早々、エルンストがレイスに事と次第を告げていた。

「フォルトゥーナを好きすぎて、周囲が見えなくなっているだけなんですけどね」

「そこが問題なんじゃねぇか」

「ですねぇ。というか、今回は俺もついて行った方がいいかもしれませんね。職務放棄を宣言している以上、どこまで本気か分かりませんが」

「仕事は大丈夫なのか」

「えぇ。窓口前で起こったことなら、受付の方も事情は察してくれるでしょうから。俺も今回の仕事の仲間に加えてもらってきますよ」

 にこりと微笑み、あっさりと告げるレイスは、ゆっくりとお茶をすする。

 温泉宿で出された湯飲みとお茶が気に入ったらしい。

「でも、エルンストの気持ちも分かりますが、(赤)としてアスピスの情報を知るのは義務だと思いますけどね」

「教えてやるのが癪でたまらねぇんだよ。なんてったって、あの野郎、アスピスのことを親元でぬくぬく育った子供だと思ってんだぜ」

「そうなんですか」

「六聖人に限らず、八式持ちの運命なんて、どれもなんだかんだと悲惨なもんばかりで、まともなものなんて滅多にないって言うのにな」

 強すぎる精霊力。それを利用したがる輩は多く、お金のない者からは適当に言いくるめて安値で買い取り。それが無理なら、誘拐なりして奪い取り。国が見つけてくれるまで、いいように扱われるのが、八式使いの運命のようなものだと言われている。そして、国で保護されると同時に、国の所有物となるのである。

「あいつの頭ん中はフォルトゥーナで埋まってて、そんな常識までぶっとんじまってるようだぜ」

「根はいい、好青年なんですけどね」

 見るからに、2人より年上だったノトスのことを、まるで年下の子供の話でもするように、エルンストとレイスは語り合う。

「まぁ、でも。アスピスを無下に扱うのはどうかと思わざるを得ませんね。なにより(赤)である以上、彼にとって、アスピスは絶対の存在でなくてはならないんですから」

「早々に譲ってくれりゃあいいのによ」

「実力は、エルンストと均衡してますからね。勝利が条件の座の奪い取り合戦では、エルンストが不利なのは否めませんね」

 拗ねるエルンストに、レイスはくすりと小さく笑いながらも、形ばかりではあるが、一応の同情をしてみせた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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