第31話(温泉へ行こう13/最後の夜)
[三十一]
宿の部屋にて、6人と1匹でイライラとしていた最中のこと。シエンとイヴァールとフォルトゥーナの目の前から、いきなり1匹が。暫し間をおいて3人も続くように消えたことで、アスピスが使い魔である彼らを自分の元へ召喚したらしいことが、部屋に残されていた人にも通じたようである。
それまで、入り口の下駄箱の上に置かれた書置きは見たものの、なかなか戻ってこないアスピスを心配して、みんなで手分けして探したところ、フォルトゥーナが1階の階段の前に、アスピスの下駄の一方と、売店の紙袋が中身を周囲にぶちまけるようにして落ちていたことで、アスピスの身に異変が生じたことを把握した。
それからは、迷子放送までしてもらったりと、てんやわんやの大騒ぎだったのだが。待てど暮らせど、アスピスの行方は分からず、本当にどうしようかと途方に暮れていた時に、先ずはアネモスが姿を消し。それから少し間をおいて、エルンストとレイスとカロエが姿を消したことで、残された者たちは光明を見出したような気がしていた。
そして、それからはとにかくまずはみんなが戻ってくるのを待っていようということになり、アスピスが姿を消してしまったことでみんなも食欲を失い、食べずに済ませてしまった本日の朝食の分を夕食に回すことにして、フォルトゥーナが精霊術で温めたりして、みんなで夕食の準備をしながら、気を紛らわせつつ、時間が経っていくのをもどかしく思いながら、フォルトゥーナとシエンとイヴァールは部屋の中で、なにもできない自分たちにイライラしながら過ごしていた。
そしてようやく迎えた、アスピスの帰還。想定外だったのは、アンリールも一緒だったことである。
けれども、アンリールが一緒であるという事実から、残されていた3人もなにかを悟ったように、今回の件の追及は自らはしないで、真相を知るメンバーが話して来るまで待つことにした。
「とにかく、夕飯にしましょうよ」
意図して明るめの声を出しながら、フォルトゥーナが提案する。
それに応じるように、レイスがアイテムボックスを開いた。
「そうですね。でも、ちょっと待ってください。俺のアイテムボックスにも昨日買っておいた食べ物が入っているので、それも並べましょう」
「温めた方がいいものがあったら、言ってちょうだい。精霊術であたためるから」
「それはいいですね。だから、湯気が上がっているものが並べてあったんですね。どうしたのかと、思っていました」
敏感に、テーブルの上の状態を察すると、レイスは得心いったと笑みを零す。
「あぁ。アンリールはここに座れ」
エルンストが、本来アスピスが腰かけていた場所の脚なしイスに、アンリールを呼び寄せる。そして、それに素直に従うアンリールを確認すると、エルンストは自分が座る場所の脇にアネモスを呼び寄せると、伏せをしてもらい、そこに寄りかからせるようにして、精神的に消耗の激しいアスピスを半ば横たわらせるようにして座らせた。
「食欲は?」
「それより、寝たい」
「ダメだ。食べてからにしろ」
エルンストの問い掛けに正直に答えたら、あっさりと却下されてしまう。
これでは、聞いてきた意味がまるでないのではないかとアスピスは思ったのだが、それさえ面倒に思えて口をつぐむ。
(でも、とにかく、みんなの元に帰ってこられたんだ)
わいわいと賑やかに夕食の準備をする声を聞きながら、アスピスは安堵の思いから気が緩む。
(頑張ったよね、あたし……)
結局、自力では結界を解除できなかったけれど。それでも、そんな中、脱出する方法を探り出し、みんなを呼び出すことに成功したのだ。
(なら、もう……)
背中に当たっているアネモスの体は、柔らかくてとても心地よく、疲れた体に安らぎを与えてくれる。それが緩い睡魔を運んでくることに、抵抗することなく目を閉じる。
否。閉じようとしたところで、本当に軽くだが額を叩いてきたエルンストに、邪魔されてしまった。
「寝るのは、これを食ってからにしろ」
「んー……」
使える状態にされた割りばしと共に手渡されてきた紙皿には、中央からてんぷらの尻尾が出ている小さなお結びや、あまり見たことのない野菜の煮たもの。なんだかとても柔らかそうな、切り分けられた肉が数個乗っている。
それらをぼーっとそれを見ていたら、エルンストがお結びを口の中へ放り込んできた。
「んっ~」
「それを食ったら、寝ていいから。先ずはとにかく食え」
「でも、アスピスのそのようすじゃあ、花火は難しいわねぇ」
命令口調で言い渡して来るエルンストの台詞に乗せるよう、フォルトゥーナが残念そうに呟いた。
「花火かぁ……、出店も覗いてみたかったなぁ」
ぼそりと漏れ出た、アスピスの呟き。お結びをもごもごと噛み、なんとか飲み込むことに成功したことによるものである。
そうはいっても、今は、そんな体力はどこにも残っていないのが、アスピスの現状であった。。
それは、アスピスの現状を見ている者ならば、誰にでもすぐに分かることで、カロエが明るい声でアスピスに笑いかけてきた。
「また来ればいいよ。片道1日で着くんだしさ。それで、今度はちゃんと予約を入れて、良い部屋に泊まろうぜ」
「そうですね。和室と洋室の両方があって、ソファーがセッティングされた休憩スペースが広めの、露天風呂つきの部屋とかもありますし」
「そうだよな。あの部屋はすごかったな」
「えぇ。その分値段も張りますが」
シエンも同意するように、おそらくシェーンが泊ったことのある部屋を例に挙げるようにして、豪華な部屋はすごいですよ。と、イヴァールが笑みを漏らす。
そのころには、夕食の準備も終わり、みんなに紙皿と割りばしが配られて、それぞれが食事を開始していた。
食事の途中で寝てしまったという記憶はある。どうやら、みんなは、アスピスをそのまま寝かせておいてくれたらしい。
背中にアネモスの温かさを感じながら、アスピスは瞼をゆっくり開く。
そして、周囲を見回すと、昨日同様におおきなガラス窓の前にみんなが並ぶようにして、外を眺めていた。
花火が打ち上げらえているようだ。
そんなことを考えながら、みんなが見つめている外へ意識を向けていたら、頬にかかっていた数本の髪を指先で避けてくれながら、すぐ傍らで脚のないイスに座っていたエルンストが話しかけてきた。
「目が覚めたみたいだな」
「どのくらい寝てた?」
「3時間くらいじゃねーかな。以外に早く起きたな」
おおよその感覚で応じるエルンストは、アスピスの顔を覗きこむ。
「さっきよりはだいぶ、顔色も落ち着いてきたようだし。具合はどうだ?」
「眠って、かなり落ち着けたと思う」
そんな会話をエルンストと交わしていたら、フォルトゥーナが傍に寄ってきた。
「お腹は、空いてない?」
「うん。それはへーき」
「そう? 本当はもう少し食べた方がいいんだけど」
「食わないから、大きくなれねーんだよ」
困ったわと言うフォルトゥーナへ、エルンストが肩をすくませ呟いた。
嫌味である。
「あのねぇ、あたしがどれだけ精神力を削ってきたと思ってんのよ」
大変だったんだから。と、言外で主張するアスピスに向け、あらぬ方向から、謝罪する声が聞こえてきた。
「本当に、ごめんなさい。私が、ウローク様に逆らうことができなかったばかりに」
「えっ! あ、いや……」
そんなつもりで言ったのではないと、アスピスが、アネモスから離れ上体を起こしながら、両手をワタワタ交差させる。
「アンリールの事情は、どこぞのおしゃべりなお姫様からちゃんと聞いたから!」
「おしゃべりなお姫様って、ひでぇな。俺、そこまでおしゃべりじゃないぞ」
アスピスの言い訳に利用されたシエンは、苦笑を交えて文句を言ってくる。けれども、本気で怒っている訳ではないらしい。
「つーかさ。アンリール、お前にはちゃんと言ってあったはずだぞ。限度を超える命令が下されたら、シェーンを頼れって」
「すみません、シエン様」
「シエンの時は、様はいらねぇって言ってんじゃん」
「あ、はい。すみません」
アンリールとしては、謝るしか手段が思いつかないようで、なにを言っても謝罪が返ってくるという感じであった。
それも仕方のないことだと思うのだが、アンリールの置かれていた立場を思うと、責める気にもなれないアスピスは、どうしたものかと考える。他のみんなも似たような感じらしく、頭を下げっぱなしのアンリールを困ったように見つめていた。
「ねぇ、アンリール。あなたは、ある意味被害者でもあるの。そこはちゃんと自覚して」
耐えかねたフォルトゥーナが、アンリールの肩を両手で掴みながら、ゆっくりと言い聞かせるように語り掛けていく。
「確かに、あなたは、私たちの大事なアスピスを結界に閉じ込めてしまったかもしれない。でも、それはあなたが反抗を許されていないウローク様の命令だったからでしょ。あなたの意思は微塵も含まれていなかった。違って?」
「おっしゃる通りです。ですが、閉じ込めてしまった事実は変わりません」
「それなんだけど、それってシェリスと同じよね。ウローク様に子供を誘拐され、脅しに屈するしかなかったシェリスも、アスピスには謝ることしかできないって、恐縮しきりだったわ。でも、アスピスはシェリスを責めなかったの。あなたのことも同じだと思うわ」。アスピスは、捕らわれの身がいかに不自由かということを、その身で体験してきたから、よくわかっている子だもの。あなたを責めるなんてできないんだと思うわ」
だから、謝るのはやめてあげて。と、許しを請う行為は自己満足にすぎないのだと、フォルトゥーナはアンリールを説得する。
「それより、アンリール。あなたも浴衣に着替えましょうよ。私、予備を持っているの」
「え?」
「せっかく最後の夜なんですもの。明日には王都に向かって帰って行くのよ。楽しみましょうよ」
そう言うと、フォルトゥーナは隣の部屋へアンリールを連れて行き、障子戸を締め切ってしまった。
待つこと暫し。
腰まであるウェーブのかかったロングの髪は、後ろで団子状にまとめられ、その根元には可愛い花の飾りがついた簪が刺さっていた。
「よく似合っていますよ、アンリール」
「カサドールがこの話を聞いたら、怒りそうだな」
みんなに披露するため、フォルトゥーナに半ば無理やり回転させられたアンリールへ、レイスとエルンストがそれぞれ感想を漏らす中、アスピスは違うところに目が言っていた。
回転させられる際、わずかに裾がめくれ、覗けたアンリールの脚の後ろ側に、既に治ってはいるのだが、長く深めの傷があることに気が付いた。
「アンリール、その足って……」
「あっ! いえ。これはウローク様がやったわけではなく。母が昔……」
「アスピス。アンリールも幼かったころ、君と同じに腱を切られているんだ。ただ、その際に、きちんと医者に診てもらったから、普通に問題なく歩けるぐらいには治ったけど。アスピスと同様に走ることはできないそうだよ」
「そうなんだ」
「アスピスはとても大変な運命の中、必死に生きてきたと思うよ。でも、両親の元で育ってきたアンリールも、決して幸せとは言えない運命の中で生きてきたんだ」
「大丈夫だよ、シエン。自分だけじゃないことくらい分かっているから。だって、奴隷商人の元にいたときだって、盗賊団のところにいたときだって、あたしだけじゃなかったもん。同じ扱いを受けている人が何人もいたんだもん」
「いい子だ」
シエンの言葉に、アスピスが素直に応じると、シエンは嬉しそうに瞳を緩ませ、アスピスの頭を撫でる。
完全なる子供扱いであった。
思わず文句を言いたくなったが、場の空気がそれを許さない感じだったので、アスピスは不満に思いながらも仕方なく甘受する。
(ったく……)
気持ちを切り替える目的で、向けた視線の先には大きな窓が開けられていて。その外では、未だ花火が上がり続けていて、ヒュ~っという音の次にドーンという大きな音が鳴り響く。瞬間、空にはきれいな光の花が咲き乱れる。
他の宿の屋根が邪魔になり、完全な姿が見えないのが残念であった。
(本当だったら、今夜は出店や花火をみんなと見て楽しむはずだったんだけどな)
それが、とんだ一日になってしまったものである。
(まぁ、仕方ないよね。結界に関して、もっと勉強しないと)
マナ的には、おそらく、アンリールを上回っているはずである。ならば、アンリールくらい結界作りの熟練度を得られれば、アスピスは怖いものなしになれるかもしれない。少なくとも、今日ほどには、結界から脱出するのに疲弊することはないだろう。
「また、温泉に来ようね。あの滑り台、乗ってみたいの」
「あぁ」
「もちろんよ!」
アスピスの小さな呟きに、エルンストとフォルトゥーナが大きく頷く。
「ところで、今さらだけど。主犯のウローク様はどうしているの?」
「あぁ。アンリールに結界を張ってもらって、中で眠ってもらっている」
「それなら、安心ね。明日連れて帰るのが、ちょっと大変だけど」
「それですが、ウロークたちの件は、シェーンに任せてもらえませんか? もちろん王都へ連れて帰るのも、シェーン直属のグローリー騎士団が責任もって行いますので」
「そう? その方がいいのかしら」
「ですね。拘束専用の馬車を使えるでしょうし。なにより、ウローク様たちを連れて帰るとなると、ウローク様一団を乗せる専用の馬車を用意しないといけませんからね」
ちょっと考える仕草を見せつつ、フォルトゥーナはみんなの様子を伺った。
応じたのは、レイスであった。六剣士としての立場としても、それがいいでしょうといった感じで、シエンの申し出に賛成の意を表す。
「そう。それなら、その方がいいわね。シエンお願いね」
「はい。って、実はもう、グローリー騎士団の方には連絡入れちゃってたんですけどね。なので、俺は、帰りはシェーンとして帰ることにします。もちろん、イヴァールも俺と一緒に帰りますので」
「せっかくのアスピスと過ごす時間を失うのは残念ではあるけどね。今回はおとなしくシェーンと共に、ウロークを連れてかえることにするよ」
本当に残念そうに、イヴァールはアスピスを見つめつつ呟くが、立場上シェーンと行動を共にした方がいいという結果を、自らで導き出したのだろう。シエンの言葉に同意する。
「分かったは。この場合、しかたないものね」
フォルトゥーナは納得したと、頷き返す。
だが、しかし。
「でも、アンリールは私たちと一緒に帰っていいんでしょ?」
「えっ? それは、まぁ、シエン個人としては、そうしてくれて構わないってところなんですけどねぇ。それではアンリールが終始恐縮しまくって精神的に大変だろうなぁって、思うんですよ」
「あら? なにをそんなに恐縮する必要があるの。私は仮だけど、同じ六聖人同士、親睦を図るのってありだと思わない?」
ねぇ。っと、アンリールやアスピスに視線を向けてくるフォルトゥーナは、かなり本気で言っているようである。
しかし、シェリスの時に感じたことなのだが、己の犯した過ちは、いくら許してもらったところで、そう簡単に自分の中で整理をつけることはできないのではないか。と、アスピスは思うのだ。
「ねぇ、アンリールはどうしたいの?」
ここは本人に聞くのが一番だと思い、アスピスはアンリールに問いかける。
すると、意外な答えが返ってきた。
「許されることなら、みなさんとご一緒に王都へ戻りたいと思います。もちろん、ご不快な思いをされる方もいると思うので、みなさんがよろしければ、ですけれど」
「みんな、べつにいいわよね?」
「もちろん、かまいませんよ」
「オレも、いいと思うぜ。本人が、それがいいって言うんだし」
「あぁ。俺も反対する理由はないな」
フォルトゥーナの問い掛けに、みんなが快く承諾する。
「じゃあ、決定ね。アスピスもかまわないでしょ」
「うん。その代り、アンリールにお願いがあるの」
「はい。なんでしょうか?」
「結界の張り方や精霊術の使い方を、本格的に教えて欲しいんだ。あたしには、それを教えてくれる人が必要なの。フォルトゥーナでもいいんだけど、関係が近すぎて、どうしても甘えてしまうから」
以前、ビオレータがアスピスの師匠役をやってくれてたように。今度はアンリールに精霊使いとしての技術や心得を教えて欲しいと、お願いするアスピスへ、アンリールはまるで慈しむような笑みを浮かべて了承してくれた。
「分かりました。先生として、結界の張り方や精霊中の使い方を、アスピスに教えることをお約束します。シエン、かまわないでしょ? 今回の件で私にもそれなりの罰が下るでしょうけど、私もアスピスには先生が必要だと思うし。現在、それが一番向いているのは私だと思うから」
「構いませんよ。俺からも、お願いしたいところです。アスピスの兼ね備える素質を遊ばせておくのはもったいないですからね」
「シエン、許可をありがとう。では、明日からでもはじめましょうか」
「ありがとう!」
ゆったりとした物言いで、シエンにお礼を言い。アスピスに提案するように告げると、アスピスは感じていた疲れなど吹き飛んだような様子で嬉しそうに笑ってみせた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




