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第30話(温泉へ行こう12/召喚と捕獲)

[三十]


 閉じ込められていた結界の中に、アスピスを中心とするように、アスピスが作り出した結界が完成した直後。間を置かず、アスピスは己のマナを放出し二重の陣を作り出す。

(結界外部の干渉の消滅。結界外部の条件の書き換え。その上での、結界崩壊時の条件の無効化。それに、召喚の許可)

 六芒星の周囲にマナで描いた二重の円の間に、マナの力で思い描いた条件を精霊文字を刻み込む。

 条件付けは必要ないかもしれないが、万が一のことを考えると、結界が維持できるであろう短時間の内に、必要だと思われる条件を全て入れておいたほうがいいと判断を下した結果のことである。

 そして、それを済ませると、アスピスはひとつの名前を心から叫んだ。

(アネモス、来てちょうだい)

 瞬間、アスピスの傍らにアネモスが現れる。

「我がマスターよ、いかがした」

「あそこに、マナの終わりがあるの。結界を噛み砕いてちょうだい。あなたならできるでしょう」

 アスピスの作った結界の外に張られている結界の一か所を指さすと、アスピスは乱れた息をなんとか整えるように心がけながら、祈るようにアネモスにお願いする。

「我がマスターの命令ならば、どんな強固な結界でも噛み砕いてみせましょうぞ」

 数時間かけ意識を集中し結界を築いていたことで、起き上がる力も失っているアスピスにむけ、アネモスは力強く言い放つ。そして、言うが早いか、アスピスの指示した場所を口の中央に位置するよう、アネモスは結界に飛び付くと、勢いよく噛みついた。

 咥え込んだ結界の切れ目を引き金にするよう、マナの糸が解れ出す。それを確認したアネモスはそこを引き千切るようにして、マナの塊となった結界の残骸を飲み込んでしまった。

「この味。あの地下で味わったのと同じじゃの」

 それを聞き、アスピスはやはり製作者はアンリールだったのだと確信に至る。

「我がマスターほどではないが、やはりいい味じゃ」

 そう呟くと、再び結界に噛みつき、引き千切ると、満足げに口にしたマナをそのまま飲み下す。それを繰り返すたび、結界はどんどん崩れていき、やがて外の世界と繋がった。

 同時に崩壊していく、アンリールの張った結界の壁。

「エルンスト! レイス! カロエ! お願い、来て!」

 瞬時に、今がこの時だと、アスピスは3人の名前を叫んでいた。

 それとほぼ同時に、砕けた結界の上に、エルンストとレイスとカロエが姿を現す。

「一体、なにが起こったんだ?」

「アスピス、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「急にいなくなるなよな。って、オレ等にあとはまかせろ!」

 それぞれに、口々に、心配したんだぞと言いたいことを言いながら、結界の中で倒れ込んでいるアスピスを庇えるような位置に、それぞれが立ち並ぶ。

 そして、自分たちのいる場所と、敵の配置を確認しながら、3人と1匹は状況を把握していった。



「なんで、お前らがここに」

 部屋の奥の、大きな窓のある板敷きになっている場所にセッティングされているソファーに寛いだ格好で腰を深く落とし、直前までお酒を飲んでいたらしいウロークが、慌てたように叫び声を上げる

「アンリール! なんとかしろ」

 結界が破られたぞ。と、逃げ腰になって叫び続けるウロークの指示に従うよう、続き間へと繋がる障子戸の向こう側からアンリールが姿を現した。

「ウローク様、もう覚悟をお決めになってください。私たちの負けでございます」

「なにを言う。ワシは、まだ負けなど認めぬ。なんとかせい!」

「いいえ。SSランクの魔物だけでなく、六剣士が2人も揃ってしまいました。私ではどうにもできません」

 深々とウロークに向け頭を下げると、アンリールは、倒れるアスピスを守るよう、エルンストやレイス、カロエやアネモスが警戒を顕わにしている方へ、くるりと向き直る。

「ここは、あなた方が泊っている宿の最上階となります。あなたたちが温泉へ行くと知って、後を付け。この宿へ泊ると分かって、元老院の地位を利用して無理やりに用意させた部屋なのです」

「って。後を付けてたのって、お前らだったのか」

「盗賊と思った人たちの様子が変だと思ったのは、先駆けだったからというわけですか」

 呆れたように呟くカロエに続くよう、妙に得心がいったという表情で、レイスが呟く。

「ってことは、まだアスピスの暗殺を諦めてなかったってことか」

「申し訳ございません。あなた方がこの温泉村を立ち去った後、万障の森へ連れて行き、放置する予定でおりました。」

「はあ? なんだそれ」

「ウローク様には、直接手を下す手立てがもうありませんでしたので……」

「アンリール。要らぬことばかり言うでない。この痴れ者が」

 ウロークは怒ったように言い放つと、お酒の入っていると思われるグラスを、アンリールに向けて思い切り投げてくる。

 コントロールがいいとは思えないのだが、運悪くそれがアンリールの体にぶつかり、お酒が服にかかった後、アンリールの足元に落ちがグラスがカチャンと音を立てて割れてしまう。

「私も、ウローク様も、どのような罰でもお受けいたします。ですが今いるのは、遊戯と温泉で名を知らしめているハイセクヴェレの村。ここで騒ぎを起こしますと、想像以上に事が大きくなり広がってしまうのは必然のこと。私たちだけでなく、あなた方もそれは望まぬことと思います。どうか、王都へ持ち帰り、シェーン様も含めて、私どもの罰をお考え下さい」

 お願いします。と、深々と頭を下げるアンリールからは、一切の敵意は感じられず、他のウロークの手下たちにも、アスピスの使い魔たちとやり合おうという骨のある者はひとりもいないようで、せっかく雇ったのだろうに、腰が引けて後ろの方へ下がっていく者ばかりが揃っているようであった。

「あなたの言うことは、わかりました。ですが、アンリール。あなたのことは信用できますが、ウローク様に関しては、いかに元老院に席に身を置く者だとしても、未だに見せる諦めの悪さ。まったくもって信用できません。帰りは、見張りを兼ね、それなりの対応にて、ご一緒させていただきたいと思います」

「それでかまいません。私たちはあなたたちの決定に従うまでのことですから」

 レイスの提案に、アンリールは素直に頷く。

「おかえりは、明日で?」

「そうなりますね。現状では」

「では、それまでいかがして待機していればいいでしょうか?」

「そうですねぇ……」

 アンリールの問い掛けに、レイスは悩むようにして呟きを洩らす。

 そこへ横から口を挟むよう、アネモスが口を開いた。

「もう、夕方も近い。明日の朝まで、結界に閉じ込めておいたところで問題はなかろう。アンリールといったな。お主は信用できる。今回ウロークという輩が連れてきた者たちを含めウローク共々、明日の帰りまで結界の中に閉じ込めておくよう願いたい」

「皆様も、それでよろしいのですか?」

「あぁ。そうだな」

「うん、オレは賛成」

「ですね。アンリールにお願いしたいと思います」

 皆それぞれに了承するのを確認すると、アンリールは「わかりました」と頭を下げる。

「では、結界に閉じ込める者の確認の方をお願いいたします」

 そういうと、今回温泉へ来る際に、後を追ってきたという一団のリーダーであるウロークを筆頭に、世話係の使用人2人。道中の護衛として雇い入れた5人。いざというときのための傭兵3人。の合計11人を、アンリールが築き上げた結界の中に閉じ込めた。

 それはとても手早く作られたのだが、とても丁寧な作りの強固な結界で、本当に鮮やかなお手並みだった。

(これが、トップレベルの精霊使いの実力なんだ)

 倒れ込みながらも、アンリールの結界作り方を知りたくて、首を伸ばしてアンリールの所作と結界の出来具合を見ていたアスピスは、感嘆するように心で呟く。

 そんな感動中のアスピスをよそに、アンリールは3人と1匹に向けて、口を開く。

「条件に、睡眠を入れておきました。結界を解くまで、中では全員眠りについております。それと、私以外の八式使いでも解除できるよう、それも条件に入れときました」

「解除の件はおいておくとして、眠らせてくれたのは、適切な対処だと思いますよ。なにか企まれても困りますし」

 アンリールに、レイスは笑って応じる。

「それで、アンリールはこれから明日までどうしますか?」

「私は、この結界を見張っていようと思います」

「その必要はなかろう。これだけの結界、中の輩は男ばかりで、実力も全然足りておらん。破ることができる者などひとりもおらんわ。心配なら、あの結界の周りにもうひとつ、侵入不可の結界でも張っておくがいい」

「分かりました」

 アンリールは素直に頷くと、アネモスの言う通りに、11人が閉じ込められている結界の周りに、もうひとつ結界を張ると、侵入不可の条件を加える。

 もちろん、見た目には、そこにはなにも無く、ただ畳の敷かれた室内が広がっているように見えるだけである。

 そして、それを確認したアネモスが、アスピスの傍に寄ってくると、アスピスの作った結界を勢いよく食べ始め、解除していった。

「さすが我がマスターのマナだけある。この味に勝るものは、未だかつて出会ったことがない」

「それはいいけど、あたしの結界の場合、マナの切れ目とか関係ないわけ」

「そこはほれ、マスターよ。精進されるがいい」

「あ、そう……」

 疲れすぎていて、もうどうでもいいやと思いながらも、それでもやっぱり悔しいアスピスである。

「ていうか、アネモス。起き上がれないんだけど」

「では、誰かに我が背中に乗せてもらうよう頼まないとなりませんな」

 ふむ。と呟くアネモスに、以前カロエにしたように、口に咥えて後ろへ放り投げるようにして背中に乗せるという荒業は、さすがにしないでくれるんだ。と、アスピスは内心でホッとする。そして、それならば誰かにアネモスに乗せてくれるよう頼まなければと思い、声を上げようとしたところで、エルンストに抱え上げられた。

「俺が運ぶ」

「え? でも……」

 今はアネモスがいるんだし。と続けようとした言葉は、エルンストの睨み付けてくるような瞳とかち合ったことで、委縮する感じでアスピスは飲み込んでしまった。

「あまり、我がマスターを怯えさせるでない」

「何度言ってもわからないからだろ」

 諫めるよう述べられたアネモスの台詞も効果はなく、エルンストは少し拗ねたように呟くと、アスピスを胸で抱きとめるようにして両手でかかえると、そのまま歩き出してしまう。

「エルンスト! ちょっと待ってください。俺たちもっていうか。アンリールも一緒にいきましょう」

「え?」

 先に扉の方へ進んでいくエルンストを非難するよう声を上げたレイスだが、すぐに思い出すようにして、ひとり立ちすくんでいるアンリールに声を掛け、手を差し伸べる。

「大丈夫、あなたの事情はわかっていますから。シエンもいますし、俺たちの部屋へ行きましょう」

「……はい。わかりました」

 安心するようにと、できるだけ穏やかな口調を築き、アンリールを促すレイスへ、アンリールは素直に頷くと、伸ばされていたレイスの手に自身の手を乗せる。

 もしかしたら、シエンの名前が功を成したのかもしれない。

 そんなレイスとアンリールのやり取りを傍らで聞いていたカロエが、口調も軽く話し出す。

「まぁ、すべては明日ってことで。アンリールも加わったことだし、今日は、残りの時間を精一杯楽しもうぜ」

「そうですね。今夜も花火が打ち上げられるそうですし。アンリールは、きっと花火どころではなかったでしょうから、今夜はアスピスも含めてみんなで鑑賞しましょう」

 カロエの明るい声に救われるよう、レイスは穏やかにひとつの提案を口にした。そして、それを機に、みんなで揃って、この部屋を後にし。自分たちの部屋へと戻って行ったのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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