第28話(温泉へ行こう10/夜の時間/二日目)
[二十八]
「戻ってきたぞー」
「お待たせしました」
「お店を見るのが楽しくて、ついつい時間がかかっちゃったわ」
「明日は、アスピスも連れて行ってあげましょう。アネモスに乗って動けばいいんですし」
「アスピスはどうしている?」
口々に、カロエにレイス、フォルトゥーナにシエンにイヴァールが順々に部屋に入ってきながら、部屋の中へ向けて語り掛けてくる。そして、入ってすぐの部屋に2人がいないことに気づくと、ぞろぞろと揃って奥の部屋を覗きに来た。
「あら。待ちくたびれてねちゃったのね。慣れない温泉で疲れちゃったのかしら」
フォルトゥーナはそう言うと、エルンストの膝の上で、エルンストに抱えられるようにして寝入っているアスピスに、入室と同時にチェックを入れていた押し入れの中から毛布を一枚取り出して来ると、アスピスの上に掛けてあげる。
「エルンスト、腕は大丈夫。疲れたんじゃない?」
「いや。こいつ、軽いし。寝たのもついさっきだ」
一応の気遣いによるフォルトゥーナの問い掛けに、エルンストはどこか幸せそうな笑みを浮かべて応じてみせる。
「あら、ごちそうさま。それなら未だしばらくはアスピスの枕役ができそうね。動かして起こしちゃうのもかわいそうだから、腕が限界になるまで頑張ってちょうだい」
「最初からそのつもりだ」
呆れた感じで告げたフォルトゥーナの台詞にも動じることなく、エルンストは淡々と応じ。そこで、フォルトゥーナもばからしくなったのだろう。話を切り上げ、隣の部屋へと戻って行った。
「時間は早いけど、花火が上がるって言うし。見物するのに一番いい場所を教えてもらったから、みんなで見に行こうとおもったんだけど。その様子だと、ちょっと難しいわね」
隣の部屋から、夕食用にと買ってきた食べ物をテーブルに並べながら、フォルトゥーナはちょっと残念そうに呟く。
「花火も明日にしましょう。それより、今夜は飲みませんか? ここの地酒、結構いけるんですよ」
「あぁ、そういえば。美味しかったな」
「そうなの? それじゃあ、今日はお酒を楽しみましょうか」
シエンとイヴァールの誘いに乗るように、フォルトゥーナが楽し気に声を上げる。
「えぇ、そうしましょう。それに、花火も他の旅館が邪魔になって完全ではありませんが、それなりに見えたはずですから。お酒を飲みつつ花火を見るのもなかなかですよ」
「それは、素敵ですね」
レイスも買ってきたものを並べながら、夜の時間の訪れを楽しみだと話に加わる。
そんな四人の会話に割り込むよう、カロエがお腹をさすりながら、口を開く。
「なぁ、オレもうお腹空いたんだけど」
「そうね。もう夕方だし。少し早いけど食べ始めましょうか? たくさん買ってきたから、ゆっくり食べれば、時間もあっという間に経ってしまうでしょうし」
「そうですね。お酒は花火が上がるころにということで」
「エルンストは、どうしますか?」
話が盛り上がっているみんなを背景に、レイスが隣の部屋にいるエルンストに問いかける。
「こいつが目を覚ましたら、食うから。先に始めていてくれ」
「そうですか。分かりました。それじゃあ、申し訳ありませんが、俺たちは先に食べさせてもらいますね」
「あぁ、そうしてくれ」
レイスの台詞にエルンストが頷くと、レイスはみんなの元へ戻って行った。
同時に、再び落ちてくる穏やかな沈黙。
エルンストは満足げに、腕の中で寝ているアスピスを見下ろすと、大通りに面した場所に建つこの宿の前から届いてくる、宿の外の賑やかな活気を感じ取るように視線を窓の外へと向けて行った。
鼻を衝くお酒の匂いで目が覚める。
どこか不安定な身体の在り方に、もぞりと動くとエルンストが反応するようにアスピスの顔を覗きこんできたことで、そこがエルンストの腕の中だと思い出す。
「ごめん。重かったでしょ」
「べつに。お前を重いなんて思ったことねーよ。子供のひとりくらい、一晩だって支えられるぜ」
枕代わりの左腕上腕部分から、アスピスは頭を起こしながら、エルンストの台詞にムッとする。
「そこまで軽くないよ」
「十分軽い。っつーか、お子様すぎて……」
「なによ。失礼だなぁ」
エルンストの呟きに、アスピスは軽く頬を膨らませていく。
「子供、子供って。子供なんだから仕方ないけど、だからって子供扱いしすぎなんだよ。エルンストは」
「だって、子供だろ。お前を好きだって言っている俺の腕の中で、無防備にぐーぐーと寝れるなんて。子供じゃなけりゃ無理だろ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなんだよ」
アスピスの体を支えながら肩を器用にすくませて、エルンストは苦笑を零す。
「まぁ、いいや。外を見てみろ、花火が打ち上げられてるから」
「あ! 本当だ」
以前、エルンストの目を通して見たことのある花火と、音も形も色も、よく似ていた。
そのことに感動しつつ、隣室から匂ってくるお酒の香りに、アスピスはエルンストを再び見つめる。
「隣で、もしかして酒盛り中とか?」
そう思って、よくよく意識を隣に向けると、耳を澄ますまでもなく、陽気な声が聞こえてくる。
「ここの地酒がおいしいらしい」
「あー。ごめん。エルンストも飲みたかったでしょ。適当なところに下ろしてくれてよかったのに」
「構わない。好きで、お前の枕役をしていたんだ」
さり気にさらっと告げると、慌ててエルンストの膝の上から下りてみせたアスピスの頭を、軽くかいぐる。
「それより、目が覚めたのなら夕飯にするぞ。出店で色々と買ってくれたらしいからな」
そう言いながら、エルンストはゆっくり立ち上がると、アスピスの背を押すようにして
隣の部屋へといどうする。
「あら。目が覚めたのね。気持ちよさそうに寝ていたから、先にお夕飯済まさせてもらっちゃったの。ごめんなさい」
いち早く反応したフォルトゥーナが、お酒の入ったカップを窓台に置くと、急いで立ち上がり、みんなが手を付けた料理を、見栄えを少しでも整えるよう、まとめ入れ直し始めた。レイスもそれに倣い、フォルトゥーナに続くよう窓台にカップを置くと、テーブルの方へ来て、フォルトゥーナと一緒に屋台で買った料理の見栄えを整え始める。
「食べ散らかしてしまって、すみません」
「かまわねーよ。適当に食うから、お前ら飲んでて平気だぞ」
「ありがとう。取り皿と箸はこれを使ってちょうだい」
フォルトゥーナはそう言うと、2人に向けて、それぞれに紙皿を一枚と割りばしを一膳ずつ渡してきた。
「それじゃあ、私たちは花火見ながら、続きをさせてもらうわね」
「適当に食べてください。まだしばらく呑み続けると思うので、また食べ始めたりするかもしれませんし。後片付けは俺がやりますから」
「わかった。こっちは気にせず、続きをしてくれ。食い終わったら、俺も加わる」
「わかりました。ここの地酒、本当に美味しいですよ」
レイスは笑みを零してそう応じると、先にテーブルの前から去り窓辺に戻ったフォルトゥーナより、少し遅れて窓辺に戻って行った。
(壮観っていうか)
窓の前には地酒の入ったカップを片手に、花火を見ている大人たちがずらりと並んでいた。
カロエだけは例外で、お酒に弱いのか、みんなの足元で大の字になるよう横になってしまっていたが、他のメンバーはみんな元気なようである。
「ほら、あっちばっか見てねーで。ちゃんと食えよ。肉がつかねーぞ」
「うーん」
正直なところ、寝起きでそれほど食欲がわいていないのだが。そんなことを言ったら、エルンストになにを言われるか分からないといった感じで、アスピスは仕方なく、割り箸を袋から取り出して、二つに割ると、それを左手に持ち、右の手で紙皿を持つと、みんなが買って来てくれた様々な夕食用の料理が並ぶテーブルの上に目を向けた。
一度眠った上に、途中に食事を挟んだことで、深い眠りにはつけないだろうと思っていたが、布団に潜ったら意外とすぐに眠れてしまったようである。
おかげで昨夜はよく眠れたために、気分良く目を覚ますことに成功した。しかも、昨夜の呑み会が原因か、予定では閉じられるはずだった障子戸は開け放たれていて、一応部屋分けはされていたが、隣の部屋の様子も丸見えといった状況となっていた。
そんな中、周囲を見回すと誰も起きていないらしいことが分かってきた。
(遅くまで呑んでいたもんね)
一応、形ばかりの勧めはあったが、それを断るとそれ以上は勧められることはなく。エルンストも呑みに入って行ったので、やることもないアスピスは、可能な範囲でテーブルの上を片付けると、再び眠る自信はなかったものの、歯を磨き寝る準備を済ませると、早々に、アネモスが横たわっているすぐ傍の布団に横になってしまったのであった。
「んー……」
伸びをして、布団から立ち上がると、着崩れた浴衣を適当にあっちこっち引っ張って、昨日フォルトゥーナに着せてもらったときの状態に近づける。髪は、昨日の夜のうちに崩してしまっていたので、いつも通りに二本の三つ編みを作り出す。
窓の方へ歩いて行き、カーテンの隙間から外を見ると、既に陽は昇っていて、薄暗さなどはどこにもなく、まばらだが人が動いている気配まであり、思っていたよりも早くはないのかもしれないと思い直す。
「ちょっと冒険してくるかな」
姿見を覗き、自分で整え直した浴衣の着方がおかしくないことを確認し、浴衣に合わせて買ってもらった下駄を引っ掛けて、廊下に出る。
そこで、ふと書き置きを残しておくべきなのではないかと思い直し、アイテムボックスから便箋とペンを取り出すと、『ちょっと館内を探索してきます』と紙の中央に書き、左下へアスピスのサインを記入すると、三つにたたんで、玄関脇の下駄箱の上にその紙を置き、重し代わりに、下駄箱の上に飾られていた動物の形をした人形を乗せておく。
「これでよしっと」
これでアスピスがいない間に、誰が目を覚ましても大丈夫だろうと、アスピスは足取り軽く廊下を歩く。手には、メモを残す際に一緒に取り出しておいた、浴衣に合わせて買ってもらった、お財布が入れてある袋を持っていた。
たしか、館内の一階に売店があったはずだと、アスピスは思う。昨日、温泉に向かう途中に見かけたことで、お店の存在を記憶していたのである。
そのため、記憶を頼りに一階へと向かい、そこから温泉へ行く道を辿って行くと、記憶通りに売店が表れた。
店はもう開店しているようで、まばらだが、買い物目的の客が店内を歩いているのが伺える。
「なにかいいもの売ってるかな」
ほんのり心を躍らせながら、アスピスは店内へと入って行った。
「みんなにも買いたいけど。先ずは留守番しているルーファスやシェリス、ロワへのお土産だよね」
入り口脇に積み重ねてある買い物かごを右手の腕に引っ掛けると、店内を見回しながら、ゆっくりと歩き出す。
「このお菓子、宿に泊まった最初の日にお茶と一緒に出してもらったやつだ。美味しかったんだよね」
普段口にするものとは異なった、どこかの島国の名産品らしいお菓子は、包んでいるものは普段口にするものの中に近いものがあったりするのだが、中に詰められた具は黒くて甘くて。ちょっと珍しい感じのするものだった。
「ルーファスたちに、これ買って行こう」
それから。と、アスピスは他に三人へのお土産になるものはないかと、店内を歩き回る。
目についたのは、展示品の前に置かれた値札に寄木細工の秘密箱と書かれていて、それぞれの箱に回数が書かれているものだった。これもやはり、どこかの島国の名産品らしい。
寄木細工と言うらしい、木を色々な形や方向から合わせるようにして作られた独特の模様が、綺麗で面白く。その上、箱の開け方も凝っていて、箱に付けられたメモに書かれた回数分箱のあちこちを弄らないと、中に物がしまえない。もしくは、取り出せないといった、仕組みであるらしい。
「ロワには未だ早いのかな? でも、回数が少ないやつなら、楽しんでくれそうだよね」
そう思ったら、俄然ノリ気になってしまい、どれがいいか迷い始める。
「これでいいかな」
選んだのは、7回と書かれている、細かな模様が綺麗なちょっと大き目の箱である。
「他のみんなは……」
どれにしようかと、寄木細工の秘密箱が置かれていた場所から少し歩いたところに、漆器と書かれた、外側が赤く、内側が黒くぬられている、綺麗な草花の絵が蓋に描かれている小箱が視界に飛び込んできた。並んでる箱の数を数えると、柄はそれぞれ違うが、留守番組の2人を加えたみんなの分が十分揃っていることで、みんなへのお土産兼プレゼントはこれにすることに決めた。
気分としては上々である。
そして、それらを買い物カゴに人数分入れたら、すごいことになってしまい。山もり状態のカゴを抱えて、会計カウンターへ持っていく。
「あの、これ。全部プレゼント用なので」
「はい分かりました。柄は分かるようにした方がいいんでしょうか?」
「あー。いえ、みんな同じで大丈夫です」
柄は運に任せて渡すことにしようと決め。アスピスは店員へ笑顔で応える。そして、会計を済ませ、店員の少々お待ちくださいの台詞に従い、会計カウンターから少し離れた場所でしばらく待っていると、先日の凝ったプレゼント包装とは異なった、簡易な土産袋に入れ分けられた品々を、大きな紙袋に入れて渡された。
量が量だけにかなり嵩張りはしたが、持てないほどではなかったことで、この場ではアイテムボックスを開くことなくアスピスは部屋に戻ることにする。
「お土産としては、なかなかだよね」
温泉村の名産品というより、温泉村のイメージ作りに使われたどこかの島国の名産品となるらしい品々を手に入れたことに、アスピスはかなり満足していた。
そして、部屋に戻ろうと、温泉がある方向とは逆の方向へ向かって、廊下を歩き。宿屋の宿泊受付カウンターがある広い空間を通り抜けた先にある、階上へと繋がる階段を上ろうと角を曲がった瞬間、背後から伸びてきた手に口と鼻の部分を抑えられてしまった。
その手には、変な臭いのする布が収められていて、危険を察して反射的に息を止めはしたのだが、それもそう長くは続かず、ついには変な臭いを吸い込んでしまった。
(やばい……)
異臭を鼻で感じてほどなく、アスピスの意識が薄れ始める。
体からも力が抜けていき、手の中から滑り落ちた紙袋がガシャリと音を立てて床に落ちたのを、アスピスは遠くに感じる。
(一応、みんな箱詰めされていたから、壊れてないよね)
状況的には間の抜けた感想であるが、アスピスとしては真面目な心配事であった。そして、その心配を最後に、アスピスの意識は完全に途切れてしまったのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




