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第27話(温泉へ行こう9/温泉2/やさしい闖入者4)

[二十七]


 手を繋ぎ、ゆっくりとした歩調で、エルンストの求める滝風呂なるものに向かっている途中のこと。背後から声を掛けられた。

「あのー。すみません」

「ん?」

 ちょっと躊躇するような口調で、それでも意を決して掛けてきたらしい呼び止めに、エルンストは通常のぶっきらぼうな表情で振り返る。そのついでのように、アスピスも振り返った。

 察するに、見た目の印象から言うと、フォルトゥーナに絡んでいた男たちの、女バージョンというところか。

 そんなアスピスの予測は、的中したようであった。

「よかったら、ご一緒しませんか。2人じゃつまらなくて」

「ね!」

 フォルトゥーナを基準にすると、いまいちとなるが。普通に見れば十分美人でスタイルの良い2人が、エルンストに誘いをかけてくる。

 自分の顔とスタイルに自信があるのか、手を繋いだアスピスがいるにもかかわらず、エルンストに無意味に近づいてきて、断りなくエルンストの腕に自らの腕を掛け、胸を押し付けるようにして甘えた仕草で、誘い続ける。

「奥の方なら、人がほとんどいなくて静かなんです」

「ちょっと暗いし、岩風呂の雰囲気を抜群に堪能できちゃいますよ」

 2人で片腕ずつ、結果エルンストの両腕を捕らえて、離すものかという雰囲気で誘ってくる女性たちに、エルンストはアスピスと手を繋いでるのと逆の手を掲げてみせると、ぼそりと呟いた。

「俺には、婚約者がいるんだが」

「えー。せっかく温泉に遊びに来ているんだから、今はそういうこと忘れないと」

「ちょっと一緒にお風呂に入るだけじゃないですか。それとも、その婚約者さんって、そんなにうるさいんですか? だったら結婚自体考え直した方がいいかもですよー」

 さっそく、先ほどフォルトゥーナが教えた入れ知恵を使用したものの、効果は全然ないようであった。

 仕方なく、エルンストは他の手を使うことにしたらしい。アスピスと手を繋いでいる手を掲げ揚げると、同行者がいることを主張した。

「悪いが、すでに連れ合いがいるんだ」

「大丈夫よ。もう、そんなに小さくないんだし。右の方にあるプールに遊ばせにいかせちゃえばいいわよ」

「そうそう。その方が、私たちに付き合って岩風呂なんかに浸かるより、この子もずっと楽しめるわよ」

 まったく聞く耳を持たない。とは、このことだろう。

 ナンパするには、それなりの意地と根性と、なにより挫けぬ心が必要なのかもしれない。

 そんなことを思い、女性たちをどう拒もうかと、エルンストが悩む姿が珍しく。アスピスが、ちょっと面白いものを見ている気分でいたら、右側の腕を掴んでいる女性が、アスピスのことを鬱陶しそうに見下ろしてきた。

 気を利かせて、さっさと消えろと言いたいらしい。

(困ったなぁ……)

 さっきみたいに腕力に訴えてこない分、執拗な感じである。パーソナルエリアなんてないも同じで、既にパーソナルスペースを犯している現状。それでも怒らないのは、相手がか弱い女性だからなのだろう。

 しかし、断るつもりはあるようで、アスピスの手を絶対離さないでいようと思っているらしく、握る力が強まっていて痛いくらいであった。

 このまま場が硬直するのではないかとさえ思えてしまう、この状況。

 女性たちの熱い誘いに、辟易としたエルンストが音を上げるのが先か、こんな場所から逃げ出したいアスピスが音を上げるのが先かと思われた矢先のことであった。中央の浴場から追いかけてきたらしいフォルトゥーナが、声を掛けてきた瞬間に空気が変わった。

「エルンスト、ちょっと待ってよ」

 フォルトゥーナを追いかけて、後方から見知らぬ男性が数人、声を掛けるタイミングを見計らうように付いて来ていたようだが、フォルトゥーナが声を掛けた相手を確認したところで、踵を返して消えて行った。

(中央の温泉場から複数の男たちを引き連れてきたフォルトゥーナもすごいけど、存在だけでそれを追い払っちゃうエルンストもすごいっていうか。美形って、強い……)

 アスピスが変な関心をしている間に、こちらがどんな状況だったかなど気づきもせずいたらしいフォルトゥーナが、エルンストの元へと到着する。

「私も行くからって言ったのに、先に行ってしまうんですもの」

 不平を零してみせるフォルトゥーナだが、こういう場合、ちょっぴり拗ねた口調も可愛く見えるものらしい。

 エルンストは、それをどう受け取ったのか分からないが、素直に謝った。

「そいつはすまなかった」

「って? あら、その両腕の女性たちは?」

「あ、いえ。その……」

「ちょっと、道を聞いてただけで。なんでもないんです!」

 フォルトゥーナを見て、顔もスタイルも負けたと思ったのだろう。エルンストの腕から自ら腕を外すようにして、少しずつ後退していく2人は、一瞬目を合わせる。

「それじゃあ、お邪魔しちゃわるいから」

「私たちは、これで……」

 失礼しました~。と、足早に、フォルトゥーナが歩いてきた中央の方へ向かって、女性2人は去って行ってしまった。

「エルンスト。いったい、今のって、なんなの?」

 来たばかりのフォルトゥーナには、訳が分からなくて当然だろう。アスピスだって、よくわかってないのだ。

「ったく。油断ならないわねぇ。アスピスがいるのに」

「そういえば、婚約者がいると言っても効果がなかったぞ」

「あら。それって倫理的にどうなの? それに、それで押し切れないエルンストにも問題があると思うわ」

 女性たちの押せ押せな状況に、実はかなりイライラしていたようである。ちょっぴり非難するような口調で、エルンストは先ほどの報告をする。すると、エルンストの物言いにカチンときたらしいフォルトゥーナが、逆にバッサリと切り捨てた。

 エルンストとしても、その意見に反論の余地がないと感じたのだろう。妙に素直に謝罪した。

「確かにそうだな。俺が悪かった」

「言う相手は、私じゃないでしょ。アスピスに謝るべきよ」

「べつにいいよ、気にしてないし。それより、エルンスト手が痛いんだけど」

「あぁ、すまない。力を入れすぎていたな」

 慌ててアスピスの手を掴む力を緩めてくれたことで、アスピスの手がするりとエルンストの手の中から落ちるように離れていく。

 これをチャンスと捕らえるべきか。

「えっと、それじゃあ。ここは若者同士で……ということで、年寄りは――」

「なに言ってんだ? っていうか、お前が一番若いだろ」

「や。そうなんだけど、言いたいのはそういうことじゃなくて」

 以前、ビオレータの元にいた頃に読んだ恋愛小説に、そんな風なことを言って、男性と女性を2人きりにしてあげたという、すご技があったことを思い出しての台詞であったのだが、使い方を間違えたのだろうか。

 あっさりと失敗で終わってしまう。

「あたしは、滝風呂はいいかな~、って」

 2人で行ってきてよ。と、数歩下がって、2人に向けて手を振る素振りを見せたら、エルンストの機嫌が一気に下降していくのが分かった。

 そこからは、ちょっぴり地獄であった。

 後から来るというレイスが、他の3人も引き連れてこっちへ来たことで、その後ろから距離を保ちつつも、女性たちがぞろぞろと追いかけてきて。閑散としていたはずの岩風呂コーナーは、美形の男性を追い求める女性たちであっという間にいっぱいになってしまった。

 そこまでは仕方ないとして、エルンストの不機嫌オーラに気づいた他の男性陣たちは、3人の間でか。それとも他の理由でか。いずれにしろ、なにかでもめごとがあったことを察してしまったようである。

「そろそろ、温泉からあがりましょうか?」

「あまり長湯するのもよくないからね。入りたかったら、また時間を改めて来ればいいさ」

 レイスの台詞に、シエンが同調し。今回はここでいったん温泉を切り上げようという話になってしまい、せっかくの温泉が、アスピスにとって後味の悪い締めくくりとなってしまったのであった。



 温泉上がりに、フォルトゥーナに浴衣を着せてもらい。その後、パウダーコーナーで団子にしていた三つ編みを解き、今度は脇から編み込むようにして三つ編みを作ってもらい、後ろで交差させて側頭部あたりでピンで固定すると、そこに浴衣に描かれた花と同じ色のリボンで髪を可愛く結わいてくれた。

「ありがとう、フォルトゥーナ」

「ううん。私の髪って短いし、自分の頭っ自分ではいじりにくいから。こうして色々と試せるのって楽しいわ」

 似合っているわよ。と、先ほどの温泉の締めくくりの後味の悪さを打ち消すように、フォルトゥーナは和やかな笑みを浮かべると、自分の髪にもブラシを通し。耳の上辺りに花の飾りのついたピンを挿す。

「わぁ。フォルトゥーナもきれいだよ。それ、とても似合ってる」

「ありがとう。せっかくの初めての浴衣ですもの、ちょっとおしゃれがしてみたくて、買っちゃったの」

 ちょっぴり照れたようにはにかみながら、フォルトゥーナは嬉しそうにアスピスを軽く抱きしめる。

「じゃあ、みんなをあまり待たせても悪いから。行きましょうか」

「うん」

 鍵をロッカーに戻し、中の荷物を袋の中に全部収め、アスピスはフォルトゥーナと並ぶようにして、『女』と書かれた暖簾の中から、外に出る。

 そこにはすでに着替えを終えたエルンストたちが待っていた。

「アスピスは、町の大通りを見てまわりたい?」

 確認するように訊いてきたのは、アスピスの足を心配してなのだろう。

「べつに、そこまでは興味ないかな」

「じゃあ、先にエルンストと部屋へ戻っていてもらえますか?」

「え?」

「フォルトゥーナには申し訳ありませんが、俺たちだけじゃ心許無いので、夕食と、あと明日の朝食の買い出しに付き合ってもらいたいのですが」

 レイスの台詞に驚いている間に、話はどんどん進んで行ってしまう。

「いいわよ。どんな料理があるか、正直なところ気になっていたのよ。見られるものなら見てみたいわ」

「それでは、お付き合いお願いします。」

「えぇ、分かったわ」

 ぺこりと頭を下げるレイスに、フォルトゥーナは笑みを零す。

「そういうことだから、エルンスト、アスピスのことは頼んだわよ」

「わかってる」

 念を押すようフォルトゥーナがエルンストに言うと、鬱陶し気にエルンストが返事をしてみせた。

 どうやら、エルンストの機嫌は、まだ直っていないらしい。

「お前らは、このまま直行で行くのか?」

「えぇ、そのつもりです。夜になると花火が上がるので、それに合わせて遅くまでやっている店もたくさんありますが、早めに閉じてしまう店もそれなりにあるので。ちゃんと大通りの店を見ようと思ったら、早めにいかないと」

「あら、そうなの。それじゃあ、さっそく行きましょうか」

 シエンの説明に、行く気満々のフォルトゥーナがアイテムボックスを開いて、自分の荷物の入った袋を中に入れ。引き換えに、財布の入っている、浴衣に合わせて買ってもらった袋を手にする。

「これ、可愛くて持ちたかったの」

 機会があってよかったわ。と、喜びながらアイテムボックスを閉じたフォルトゥーナが、みんなも早く荷物をしまうように急かし始める。

 その様子を最初こそ黙って見守っていたエルンストであったが、途中で気が変わったようである。

「悪いが、買い物は任せたからな」

「分かってます。美味しそうなものを仕入れてくるので、待っていてくださいね」

 最初はエルンストへ、途中からはアスピスへ語り掛けるようにレイスは微笑む。

「じゃあ、俺たちは先に戻ってるから」

「って。ちょっと、待って。エルンスト」

 言うが早いか、エルンストはアスピスを抱き上げ、左腕でいつものようにアスピスの体を固定すると、アスピスの停止の声を無視して、そのまま歩き出してしまった。



「こっち、女性用なんだけど」

 ふすまを挟んで奥側の部屋で、アスピスが袋に入れていた荷物の整理をしていたら、エルンストが入ってきたことで、苦情を言うように注意する。

「有って無いようなもんだろ、区分けなんて」

「そうだけど……」

 今はあまりエルンストと2人になりたくない気がして、エルンストの闖入にアスピスは戸惑いを覚えてしまう。けれども、エルンストはそんなこと意に介さないような態度で、アスピスの前髪を指先で緩く摘まんで弄び始めた。

「レイスから、聞いた。お前に話したってことをな」

「なんのこと?」

 最初は、本当になんのことか分からず。けれどもすぐに察するものがあり、アスピスは惚けるように問い返す。そして、エルンストも意図してそれには答えることをせず、話しを進めてしまった。

「どうも、なんか企んでるようで変だ変だと思ってたんだが、馬鹿だろお前」

 既に機嫌が直っているのか、小さく笑いながら、前髪を弄るその手をそのままに、エルンストはアスピスの顔を覗きこんでくる。

「何度も言っているはずだぞ。いい加減、そろそろその小さな頭にも、刻み込んでいいと思うんだがな」

「なにをよ……」

 嫌味だなぁ。なんて思いつつ、しらばくれて応じたアスピスへ、「ほんと憎まれ口しかたたかねぇなぁ。この口は」とアスピスの唇を、エルンストの唇が塞ごうとした瞬間、アスピスはエルンストの胸を思い切り後方へ押すようにして、エルンストのことを遠ざけた。

 正確には、アスピスの力だけでは、エルンストを押し退けるなんてことはできるはずもなく、アスピスが拒む素振りを見せたことへ、敏感に察したエルンストが、自ら身を引いたというのが真相ではあったのだが。いずれにしろ、2人の間に距離を作ることに成功していた。

「なに、急に? どうした」

「どうしたも、こうしたも。子供ができたらこまるでしょうが!」

「はぁ?」

 必死の形相で訴えるアスピスに、エルンストが素頓狂な声を出し、きょとんとした表情で見返してくる。

 その様子が、あまりにもエルンストらしくなく。アスピスは違和感を覚えてしまう。

(あれ?)

 なにか変なことを言ったのだろうか? そんな不安を胸に抱きつつ、アスピスは上目遣いにエルンストを見返した。

「だって、前に、カロエが子供の作り方教えてやるって、キ……キスしようとしてきたんだよ」

「なんだそりゃ。つーか、できねぇよ。んなことで」

 呆れ果てたと言わんばかりに、エルンストが脱力するところを見ると、エルンストが言っていることは真実らしい。

「でも、だったら……」

 あの時の、カロエの言動はなんだったんだろう。と、考え込むアスピスに、エルンストが鬱陶し気に前髪を掻き揚げながら、溜め息を洩らした。

「ったく、カロエの奴。なにをやらかしたのかと思っていたけど。こーゆーことか」

「え?」

「先日の、アネモスに入室禁止令を出されたときのことだろ」

「あぁ……まぁ、うん」

 エルンストの指摘に、アスピスは複雑そうな気持になりながら、素直に頷く。

「キスくらい、いくらやっても大丈夫だから」

 不意に瞳を揺らし、楽し気に告げてくるエルンストは、右腕を上げアスピスの頬を手のひらで覆うようにしながら、再び2人の距離を詰めてくる。

「そういうもんなの?」

「だからって、他の奴とは絶対すんなよ」

「え?」

「キスする相手は、俺だけにしろってこと」

 冗談なのか、本気なのか。真面目で命令してきたエルンストは、瞳をわずかに細めるようにして、アスピスの唇に自身の唇を軽く押し付けてきた。

 柔らかな感触は、一瞬ぶつかり合う程度で、すぐに離れて行ってしまう。

 アスピスにとっては、それでも十二分なほど、刺激的なものであった。顔が真っ赤になっているだろうことが、上気する頬の熱さから、嫌でも伝わって来てしまう。

「口は、未だちょい早いか」

 照れてどうしようもなくなって、固まってしまったアスピスを、両手で抱え上げ膝の上に乗せるようにして抱きしめながら、エルンストはどこか面白がるように呟く。

「これでも、かなりセーブしてんだけどな」

「エルンストの意地悪!」

 真っ赤になった顔を隠せるなら、現状どこでもいいと思い、エルンストの浴衣の胸元を両手で握りしめながら、アスピスは自身を抱きしめているエルンストの胸元へと顔を埋める。そんなアスピスを愛おしそうに見下ろしながら、エルンストは小さく笑う。

「かなり手加減して、やさしく扱ってるつもりだぞ。逃げられても困るし」

「エルンストみたいに、慣れてないんだから仕方ないじゃん」

「や。それは誤解っていうか。まぁ、お前が不在の時期ってちょうどそういう年頃だったし、なにもなかったとは言わねーけど。この10年、本気でアスピス一筋だったんだぜ」

 腕の力を弱めることはせず。逆にアスピスを抱きしめる強さを増すように、エルンストは告白してくる。

「フォルトゥーナのことにしたって、大きな誤解だぞ」

「でも。フォルトゥーナがエルンストのことをす――」

「それ以上は禁止な」

 アスピスの言葉を遮るよう、エルンストが少し強めの口調で、アスピスの言葉を覆い隠すように、エルンストがその上から言葉を乗せるよう告げてくる。

「本人が口にしてくるなら、返事のしようもあるからな。フォルトゥーナが言ってきたんなら、聞いてやるけど。アスピスが勝手に語っていいもんじゃないんだよ。そういうのは」

「うん。ごめんなさい」

 なんとなく、エルンストの言っていることが分かり。アスピスは素直に謝罪する。

「つっても、まさかそんなところに反応されているとは、ちょっと思ってなかったからなぁ」

「なにが?」

 エルンストがしゃべる度にわずかな振動を伝えてくる胸に顔を押し付けたまま、アスピスは、エルンストの要領の得ない呟きに疑問で返す。

「や。まさか、フォルトゥーナと腕を組んだことに、焼き餅をやかれるとは思っていなかったっていうか。腕組んでる自覚さえなかったからな、あんとき」

 言い訳がましく語ってくるエルンストの口調には、まったく悪びれた様子はなく。それが却って、あれは、本当に自然なものだったと、アスピスには聞こえてきてしまう。

「べつに、妬いた訳じゃないし」

「でも、嫌だったんだろ」

「嫌っていうか。ちょっと違くて……」

 アスピスのいなかった10年という歳月を思い知らされた、という感じだろうか。

 エルンストの気持ちを、かたくなに否定する気はなくなってきてはいたが、それでも思ってしまうのが、アスピスが目覚めなかったらエルンストとフォルトゥーナがどうなっていただろうかということを。後、5年。否、2、3年でも十分かもしれない。アスピスが目覚める時間がもう少しずれていたら、そうしたら、フォルトゥーナの想いが叶っていたかもしれない未来を、アスピスが今目覚めてしまったことで、潰してしまったかもしれない可能性の存在に対して、申し訳ない気さえしてきてしまう。

 けれども、それは口にするのが憚られ。アスピスは言葉を濁して逃げに回る。

 それをエルンストは許してくれなかった。

「言っておくが、俺の優先順位は、お前が一番だ。たとえ、それをアスピスがどう抗おうとも、変わることはない」

「……」

「これまでも。これからも、アスピスに代わって六聖人(赤)の代役として、本物と偽り表立って動いてくれるフォルトゥーナを大切にしてやりたいと思うし。できれば、大切にしたいと思っている。だが、それでアスピスに距離を置かれるというならば、話はべつだ。俺はお前の傍らにいることの方を迷わず選ぶからな」

 脅しとも取れる、エルンストの告白。

 フォルトゥーナを大切にしてやってくれと。フォルトゥーナにとって唯一の存在であろうエルンストへ甘えてきたら、甘えさせてやって欲しいと切に願いながら。同時に、それを目の前にした場合、逃げ出さないで見守っていられる自信の持てないでいるアスピスには、それ以上のことはエルンストになにも言えず。エルンストに抱きしめられる格好のまま、抵抗することもなく。泣きだしたいような気分に襲われる中、それに耐えるよう、アスピスはエルンストの胸元に顔を押し付け続けていた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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