第25話(温泉へ行こう7/往路3/温泉宿)
[二十五]
完全なる寝不足であった。
あの後、エルンストとフォルトゥーナが、レイスとカロエに見張り役を交代するために2人を起こそうとエルンストが声をかけるところまで、しっかり話し声を捕らえ続け、エルンストとフォルトゥーナが見張り役をしている時間の間、結局一睡もできずに終わってしまった。
その影響か、アスピスは、朝からあくびが絶えなかった。
「うまく眠れなかったのかしら、もしかして?」
「んー。そうでもないと思うんだけど」
再び出そうになるあくびを噛み殺しながら、アスピスは、心配そうに声をかけてきたフォルトゥーナに笑みで返した。
「まぁ、アスピスは未だ、野営に慣れてないしさ。却って疲れちゃったとかじゃね?」
「そういうこともあるわよねぇ」
口を挟んできたカロエの意見は的確で、フォルトゥーナを納得させるものがあったようである。そのため、フォルトゥーナはアスピスが寝不足の理由を、野営に慣れていないためということにしたらしく、それ以上突っ込んでくることはなかった。
(カロエ、ナイス!)
心で感謝をしつつ、アスピスは内心でホッと息を吐く。
そして、みんなで朝食を済ませ、片付けを終えると、再度出発の準備に取り掛かった。
本日も馬役のアネモスが、体を少し大きくして牽引具を身体に装備し、いつでも馬車を引ける状態で待機する中、本日の御者役のレイスが御者席に腰を落とし、他のメンバーが次々と後ろの台から馬車の中へと乗り込んでいく。
そして、それに続いてアスピスが乗り込もうとしたとき、エルンストに腰を抱え上げられ、文句を言う間もなく、馬車の中へ落とされた。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
実を言うと、アスピスには、台があっても荷馬車の部分の高さが邪魔をして、馬車に乗り込むのが大変な作業だったのである。
ただ、それでも頑張れば自力で乗れるので、ここは『自分で乗れたわよ!』と、現在の作戦決行段階から言えば、エルンストに言うべきなのだろう。
けれども、深夜のエルンストとフォルトゥーナの会話を聞いて。且つ、寄り添う2人。しかも、フォルトゥーナの頭はエルンストの肩の上にあり。結局途中から2人の背を眺めるのを再開したアスピスの視界の中で、エルンストが優しくフォルトゥーナの頭を撫でる仕草をしてみせたことで、なんとなく気が抜けてしまったという感じであろうか。
端から見てるものからしたら、立派な両想いという印象しhか与えない、2人だったのだ。
そんな理由により、昨日と比べてみたら、やけに素直なアスピスの反応に、エルンストは一瞬虚を衝かれたような顔をしながら、複雑そうに応じてみせた。そして、最後にエルンストが馬車に乗り込んでくると、後ろを振り返り馬車の中を確認していたレイスが声をかけてきた。
「じゃあ、出発しますから。みんな腰を下ろしてくださいね」
「あぁ。頼む」
エルンストの台詞を受け、レイスはアネモスへ出発するようお願いする。それに応えるよう、アネモスは軽快に走り出した。
(こっちは寝不足だって言うのに。アネモスのヤツ、ぐっすり寝てたな)
完全なる八つ当たりであるが、思わず内心で『チッ』と行儀悪く舌打ちしてしまう。けれども同時に、ちゃんと八つ当たりだと分かっているし、昨日は一日中アネモスは走りづめだったことも分かっているので、すぐに怒りを沈ませる。
(とにかく、眠い……)
頭に浮かぶのは、結局はこれのみである。
そんなアスピスへ、エルンストが声をかけてきた。
「真ん中に布団敷いて、横になるか?」
「んー。イスの上でいい」
ぼやける思考力を駆使し、エルンストの提案に首を横に振る。すると、カロエが立ちあがり、御者席の方へと向かって行った。
「オレ、御者席の方に座ってっから。そうすれば、アスピスが横になれるスペース、かなりとれるだろ」
「え? 違うの。そういう意味じゃなくて」
誰も移動する必要がないくらい、空いている席が多く。アスピスが横になるくらいのスペースなら、すでに確保されていたのである。それを目視しての、アスピスの台詞だったのだが、カロエに変に気を使わせてしまったことに、アスピスは慌てるように言葉を繰り出す。
「わかってるって。でも、横になった方が眠れるからさ。この馬車、揺れが少ないし、横になったら眠れると思うぜ」
そう言うと、レイスの脇の席にカロエはさっと乗り移って行ってしまった。
「あー……」
本当は、寝るスペースはあるのが前提ではあったが、普通にみんなと同じに座っているつもりで言った台詞が、なにやら大事になってしまったようである。
思わず周囲をきょろきょろ見回していると、イヴァールが手を挙げた
「俺のとなりなら、アスピスなら横になれるくらいのスペースがありますよ」
「本当に大丈夫だから。ごめんなさい」
「えー。なんのために、オレが御者席に移ったと思ってんの。アスピスってば」
イヴァールが何故だか嬉しそうに手招きするのを、アスピスが申し訳なさそうに断ったのだが、御者席から振り返り苦言を呈してくるカロエに負けざるを得なかった。と、言うべきだろう。
「それなら……」
イヴァールの手招きに応えるしかなくなったアスピスは、内心面倒くさいと思いながら、ふらふら~と、立ち上がり。よたよた~と、場所を移動し始める。そんなアスピスを見兼ねたのだろうか。なんか違う気もするのだが。エルンストがアスピスの体を両手でがっしり捕らえると、自分の脇にアスピスを座らせた。
「あら、じゃあ、私は奥へいくわね」
それまで、ひとり分ちょっとくらいの空間を置いて、エルンストの隣に座っていたフォルトゥーナが椅子から立ち上がり、さきほどまでアスピスが座っていた場所へ、ささっと場所を移動してしまった。
(えっ! ちょっと、それは駄目でしょう)
2人の仲を取り持つ予定が、邪魔をしてどうする! と、アスピスは己に突っ込みを入れながら、どうしようかと迷っていたら、エルンストがアスピスの体を無理やり椅子の上に横たわらせ、しかもアスピスの頭をエルンストの膝の上に乗せてしまう形にて。
「……」
昨日の努力が無となった瞬間である。
そして、どうしようかと思い体を固くしていたら、エルンストがアスピスの視界を手のひらで遮ってしまった。
「とにかく眠れ。イスから落ちないよう、支えてやるから」
「う、うん。ありがとう」
他にこの場に合う表現が思い当たらず、アスピスはなんとかそれだけ言葉にすると、とにかく今は眠ってしまおうと、眠ることに意識のすべてを傾けた。
時折頭を撫でられる感覚に心地よさを感じながら、寝入ること数時間。エルンストの呼びかけに目を覚ましたアスピスが目をこすりながら体を起こすと、そこは見慣れぬ村の入り口だった。
王都とは異なる雰囲気の建物が並び、大通りは活気に満ち溢れているその村は、目的地となるハイセグヴェレ村であったようである。
「下りるぞ」
「あ、うん」
エルンストに促され、先に馬車から下りたエルンストに、腰を両手で持ってもらう形で、地面に下ろしてもらう。
「ちょっと離れてろ。馬車をしまうから」
「うん」
他に言葉はないのかと突っ込まれそうなくらい、同じ返事しかしないアスピスは、まだ半分寝ぼけているのである。そのことを分かっているエルンストは、フォルトゥーナを呼び、アスピスをちょっと離れた所まで連れて行ってもらうと、アイテムボックスを開いた。
「アネモス、この中へ入れてくれるか」
「了解した」
アネモスは素直にエルンストの願いに応じると、一番左にある『B』と表示されているアイテムボックスへアネモスを誘導すると、その中へ馬車を入れていき。エルンストが定めた位置まで馬車を引いて行くと、エルンストはアネモスから牽引具を外して、並んでアイテムボックスの中から出てきた。
「なんか、薪がいっぱい入っているみたいでしたけど」
「空間が空いてたからな。野営でどうせ木材が必要になるから、小枝が見つからない時とかに便利だろうと思って買っておいただけだ」
「あんなにですか? やることが大胆っていうか。さすがエルンストですね」
馬車用にエルンストが購入したアイテムボックスの中が見えたらしいレイスが、半ば呆れたように呟くが、エルンストは気にすることなく、アイテムボックスを閉じてしまう。
「これから、山ほど冒険するんだろ。そのための馬車なんだから。なら、大量の薪が必要になるときもあるだろうからな。きっと」
「そうですね」
クスクスと笑いながら、頷くレイスは、どこまで素直に受け止めているのか。それ以前に、意外と真面目に訴えるエルンストは、本気でそう思って購入したようである。そんなにおかしいか? と言いたげに笑うレイスを見つめ、「そんなことありませんよ」と笑いを抑えたレイスに応じてもらったことで、一応の納得をすることにしたようであった。
「とにかく、先ずは宿に行くか」
「って。君たち予約とか入れていないだろう」
「は? そんなの必要なのか?」
さぁ、行くぞ! と先頭に立って温泉宿へ向かおうとしたエルンストへ、シエンが確認するように問いかけると、エルンストが不思議そうに問い返した。
「必要ですよ。ここはいつでも活気にあふれた温泉村なんですから。一ヵ月待ちくらい当たり前なんですよ」
「そうなのか? そうなると……」
「俺に感謝してくださいね。多分そうじゃないかって、シェーンのツテ使って、申し込んでおきましたから。っていうか、シェーンのツテでも使わないと、この日に部屋が取れなかったからなんですけどね」
「すごい。さすが、シエン」
思わず、シェーンパワーを大活用してみせたシエンに感動し、一気に目を覚ましたアスピスが横から口を挟みこむ。瞬間、機嫌をよくしたシエンが自慢げに笑みを零した。
「とんでもないですよ。これもアスピスのためですから」
「ありがとう!」
「ただ、シェーンのツテなので豪華な部屋が取れるかと思ったのですが、空いている部屋が普通よりも上くらいのランクの部屋で。その代り、使い魔なら魔獣でも部屋に入れてもいいことになっていますが」
ちょっぴり申し訳なさそうに、豪華な部屋が取れなくてすみません。と、シエンが言い訳するように呟くと、レイスとエルンストとフォルトゥーナが、なんだそれくらいという表情をうかべてみせた。
「気にしないで、普通の部屋に泊まるつもりだったし。っていうか、この温泉村の宿の取り方とか知らなかったし。見た感じ、普通の宿屋と作りが違うっぽいけど、普通の宿屋みたいに大部屋とかないのかしらね? って、別にケチっている訳じゃないのよ。豪華な部屋だろうと、中くらいの部屋だろうと、支払いは任せてちょうだい」
「そうですよ、言い出したの、俺ですし。予約いれてくれただけでも、本当に感謝しかなので。気にしないでください。もちろん、どんな部屋でも、宿泊代金は俺が支払うつもりでいたので」
「初めての温泉なんだ。泊まれるだけでもいいんじゃねーの。っつーか、俺も払うぜ」
三人三様、大口を叩けるだけあって、毎月高額の給料を稼いでいるのである。そのため、自信に満ちている。
アスピスがそんな三人にいつも後れを取ってしまうのは、仕事をしていないこともあり、給料をもらっている実感がないためであった。
おそらく、というか、確実に。眠っていた10年分にビオレータの分も加わり、それらすべてが未着手なので、アスピスが一番お金を持っているというのに、それを失念してしまうから、どうにも毎回乗り遅れてしまうのである。
それは、今回も同様で。「私も出すから」と口にしようとしたときには、話はすでに終わっていて、先頭を歩き出したシエンに案内されるようにして、みんなは温泉宿に向かって歩き出していた。
「お部屋は、こちらになります。あと、この部屋や温泉の使い方の説明になりますが……」
廊下に通じる、鍵のかかる扉を開けた奥に広がっていたのは、大通りに面して大きな窓がある、見たことのない草で作られた絨毯――といっていいのか、が敷き詰められた部屋が、数枚の紙の戸で区切られている、二間続きの部屋だった。
入り口から入ってすぐの場所は板敷で、両脇にはトイレとお風呂。荷物置き場などが設置されていて、とても広くて綺麗な部屋であった。
入って手前の部屋には、大きいのだが、通常より全然低いテーブルが置かれていて。テーブルの辺に沿うように、脚のない背もたれと座るところだけのイスのようなものが人数分置かれていた。
その内のひとつに適当に腰を落としたシエンが、この部屋まで案内してくれた女性に向けて笑いかけた。
「使い方は分かっているので、大丈夫ですよ」
「そうですか。では、お茶はお入れした方がよろしいですか?」
「それもこちらで適当にやりますから、ありがとうございます」
「では、お食事は各自でご用意してもらうことになっておりますので、大通りには食堂も数多くございますし、屋台もたくさんありますから、よかったらそちらをご利用ください」
それでは、ごゆっくり。と、正座をし頭を床近くまで下げてから、ゆっくりと立ち上がり、部屋と風呂場やトイレの間を仕切る戸をしめると、廊下へ続く鍵の掛けられる扉から出て行った。
「草の香りが、心地いいですね」
「それは、畳と言って。小さな島国で愛用されているものらしいですよ。それから、隣の部屋との間を仕切っている数枚の紙の扉は、障子戸と言うらしいです」
「そうなんですか。面白い仕組みの戸ですよね。鍵は掛けられないみたいですが」
「えぇ、そうなんですが、一応仕切れますし問題ないでしょう。ということで、食事とかはテーブルがこれしかないので、こちらの部屋で済ませることになりますが、着替えたりとか寝るときとかは、一応、俺たち男はこちらの部屋を、女性たちは隣の部屋を使うということでいかがですか」
着替えは別として。といっても、野宿が基本の冒険者たちは、寝床は男女一緒の場所でも気にすることをしないのはと当然として。宿の大部屋などは、ベッドが足りない時など男女共有だったりするのが当たり前となっていた。その際は、着替えなどにもこだわるようなことはしないのである。
ただ、せっかく仕切りがあるのだからと思って提案したシエンへ、エルンストも似たような考えだったのか、あっさり同意してみせた。
「そうだな。それでいいと思うぞ」
「じゃあ、そういうことで。ひとまず、ここで軽めの休憩をいれませんか?」
物珍しそうに部屋をうろつくみんなを見つめながら、イヴァールがいれたお茶とお茶請けを受け取りつつ、みんなにも座るようすすめてくる。
それに従った訳でもないだろうが、それぞれ足を止めると、徐々にテーブルの周りの脚のないイスに背を預けるようにして、座り出す。
「面白い、テーブルにイスよね」
「ここの温泉村は、小さな島国の建物などを、ところどころ真似て作ったりしているそうです。こういう部屋が苦手な人用に、ふつうの宿屋もありますけど。せっかく温泉村に来るのですから、島国風の宿の方を予約させてもらいました」
フォルトゥーナの呟きに、シエンが簡単な説明をしていく。
「目新しくて、楽しいわ。シエン、素敵な宿をありがとう」
「気に入ってもらえたようで、俺も予約を取った甲斐がありますよ」
次々と、みんなの前にお茶とお茶請けを置いていくイヴァールへ、みんなが小声でお礼を言う中、アスピスはおかしくなって笑い出す。
「どうしたの、アスピス」
「ん? だって、王子なのにお茶いれて回ってるから」
「あ! そうだったわ。ごめんなさい。王子様にお茶を入れさせちゃうなんて、私ったら」
「いいんですよ。冒険などで王子だからと特別視されるより、こうしてみんなと同じ目線で扱ってもらえた方が、俺も楽しめますから」
慌てて席を立とうとしたフォルトゥーナへ、イヴァールが手で制するようにして、笑みを零す。
「それに、温泉宿に泊まるの初めてでしょう。お茶が置いてあることとか、知らなかったんですから、知っている者がすればいいだけのことですし」
「そうそう。イヴァールってけっこうマメなだけだから、気にしなくて大丈夫だよ。シェーンの時も、お茶の用意とかって、イヴァールの担当だし。もちろん、メイドがいるときはメイドがやってくれるけど」
カラカラと笑うシエンは、まったく気にしていないようだが。女性であるシェーンの時に、旦那となるイヴァールを顎で使っている様は、想像するとちょっとどうかと思えてしまう感じであった。
なんだかんだと、シェーンの時は女性であろうと頑張っているが、結局のところ根っこの部分は男であることに変わりがないということなのか。それとも、女性としても捌け過ぎているということなのか。
だが、イヴァールがそのことを気にしてないので、他人が口出すことでもないと。みんなそれには触れずにいることにしたらしい。意図してみんなで揃うように目の前のお茶をすすることで、その話題に終止符を打たせた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




