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第24話(温泉へ行こう6/往路2)

[二十四]


 短い休憩を終え、今度はカロエが御者席に着く形で、馬車が再出発をした。

 エルンストやレイス、シエンにイヴァールにカロエの5人でなにやら盗賊の情報をやり取りしていたようだが、今回は大した相手でもなく。単発の相手だったようだという話にまとまり、問題ないだろうと結論付けたみんなは、そこで話し合いを中断したことで、同時に休憩時間も終了した。

 お茶も出している余裕がなかったため、フォルトゥーナが馬車の中の簡易なミニキッチンでお湯を沸かすと、みんなにお茶を配り始めた。

 法陣カプセルは馬車には付いておらず、個々で用意するようになっていたのだが、その辺のことはチェック済みだったフォルトゥーナが、火と水とお湯の精霊術が注ぎ込まれている三つの法陣カプセルを用意していたのである。更には、希望が出たとき用に空のカプセルも複数用意しているようであった。

「揺れが少なくて、助かるわ。乗り心地も良いし」

 みんなにお茶を配り終え、空いていた、エルンストの隣にフォルトゥーナが腰を落とす。

 アスピスは、エルンストを挟んで反対側の場所に座っていたのだが、ここは、馬車の中とはいえ、フォルトゥーナとエルンストをツーショットにするいい機会だと、即座に捉える。

(そのためには……)

 先ずは、アスピスがこの場を退くのが最優先。レイスの隣が空いているのを目視で確認したアスピスは、マグカップの取っ手を左手で持ちながらゆっくり立ち上がろうとしたところで、エルンストに腰を捕らわれてしまった。

「移動中に、用もないのにちょろちょろ動くな。いくら安定しているとはいっても、揺れていることに変わりはないんだ」

「え? いや。でも、その……」

「なんかあるのか?」

 本当のことが言えるはずもなく、言い淀みながらも、抵抗を試みるアスピスへ、エルンストは不審げな眼差しを送り込んでくる。

「どうせ、ろくでもねぇことだろ。大人しくしていろ」

「なにその、断言。ろくでもなくないかもしれないでしょ」

「じゃあ、言ってみろよ」

 思わず反射的に言い返してしまった、アスピスの大失敗である。面白そうにアスピスを見つめてくるエルンストの瞳に晒される中、アスピスは心の中で冷や汗をダラダラかいてしまう。

「それは、つまり」

「ん?」

「だから、後ろに流れていく景色が見たかったの!」

 現在座っているのは、御者席に近い位置で、レイスの隣に空いている席は一番後ろの位置となっていた。

「そういうことで!」

 これで納得いったでしょう。と、アスピスが立ち上がろうとするのを、再びエルンストが腰を抱くようにして、アスピスのお尻を椅子に戻してしまった。

「だから、なによ? なんで、邪魔するの!」

「あんなところに座らせたりしたら、お前、落ちそうだろ。だから、諦めろ」

「――ッ」

 ウキー! っとなって、これ以上なにがあるんだとエルンストを睨みつけたら、淡々とした表情であっさりと言い切られてしまった。

 さすがに、それに対して瞬間的に言葉が出なかった。

(完全に、あたしのことバカにしてくれてるじゃないの。エルンストってば)

 失礼な。と、心の中に闘志が灯る。

 そして、念じるようにレイスを見つめていたら、レイスがそっと溜め息を洩らした。そして、困ったような顔を浮かべた後、ゆっくりと立ち上がりアスピスの方へ寄ってきた。

「俺がちゃんと支えてますから。アスピスにとって、外の景色というものが珍しくてしかたないのでしょうから。アスピスの望むよう、見せてあげるのが一番かと」

「まぁ、それもそうだな。ったく、ちゃんとレイスに捕まってろよ。落ちたら、お前の場合、さっきのレイスやイヴァールみたいに無傷じゃすまねーんだぞ」

 さすがレイスである。あっさりと、エルンストを説得してくれたようで、エルンストの手が腰から外れて行った。

「はーい。レイス、ありがとう」

 心から、助かったと思いながら、形だけはいい返事をし。アスピスはレイスの腕に支えられるようにして、後部の座席に移動する。そして、一番後ろとなる席にレイスが移動し、その隣にアスピスが腰を落とした。

「あのね、アスピス。こういうこと、俺は推奨しないよ」

「だって、せっかくお似合いなんだから。フォルトゥーナのためにも一肌脱がなくちゃでしょ!」

 レイスの膝の上に上体を預けるようにして、後ろを流れる景色を見つめつつ、こっそりと小さな声でレイスとアスピスは隠れたやり取りをしていく。

「余計なこと、教えてしまったようですね。フォルトゥーナだって、アスピスに協力してもらおうなんて、少しも思っていないと思いますよ」

「思ってなくていいの。私が協力したいだけなんだから」

「そういうのを、馬にけられて、って言うんですよ」

「邪魔している訳じゃないでしょ。それどころか、応援してるんだから。それには当てはまらないでしょうが」

 どうして分かってくれないのかと、アスピスは、誰にも分からないようにこっそりとレイスを軽く睨み付ける。

(エルンストのところから、連れ出してくれたから。てっきり協力してくれるのかと思ったのに)

 裏切られた心境だと、なんで分かってくれないのかと、アスピスは心外とばかりに、溜め息を洩らす。

「レイスにとっても、フォルトゥーナは大切な存在でしょ」

「そうですけど」

「だったら、フォルトゥーナの幸せのために一役買うくらいのことしてあげなよ」

 視界を占めているのは、どんどんと後ろへ流れていく、赤道と空とその周辺の景色。

 支えてもらうという名目で、レイスの膝の上に上体を預け、だらりとした格好になりながら、レイスを責める。

 それに対して、レイスは困ったような声音で返事をするだけであった。

「エルンストの気持ちは、どうするんですか? エルンストの気持ちがフォルトゥーナへ向かないかぎり、フォルトゥーナを傷つけるだけですよ」

「フォルトゥーナを惚れさせたエルンストが悪いんだもの、自業自得だって。それに、あんなに魅力的なんだよ。仮に、今までは、あたしに幻想抱いて、見向きもしなかったとしてもだよ。現実のあたしを知っちゃった今、夢は崩れ去った訳だし、フォルトゥーナがその気になれば、エルンストなんてコロリだよ」

「そんな簡単な話じゃないんですけどね」

 やる気満々のアスピスを止める手立ては、レイスにはないと分かったようである。諦めたようにぽそりと、レイスは小さく呟いた。

「まぁ、いいですよ。アスピスがやりたいようにやってみてください。少し、思い知っておくのもいいかもしれませんから」

「なにを?」

「なにを、でしょうかね。いずれ分かりますよ」

 それまでの苦渋顔を笑みに変え、レイスはしれっと言い放つ。それが少々。というか、かなり気にはなったのだが、レイスから好きにしていいとの許可が下りたことの方が嬉しくて、気にするのをやめてしまった。



「今日は、この辺で野営することにしたから」、

 陽が少し傾きかけたころ、エルンストが、御者をしていたカロエの耳元へなにかを告げると、アネモスの歩みが徐々に緩まり、馬車が止まる。それを機に、エルンストが馬車の中のみんなに通達した。

「見張りは、男とアネモスの三交代制でいいな?」

 既にエルンストの中では組み合わせまで出来上がっているようで、決定事項を告げるよう言い放つと、そのまま馬車の後ろの方へ歩いてきて、アスピスの目の前で、馬車から飛び降りた。

「レイスに、カロエ。シエンにイヴァール、アネモスはこっちに集合してくれ。組み合わせと順番を教える」

 想像していた通り、エルンストの中では見張りの組み合わせどころか、その順番まで決まっていたらしい。

 そんなことを考えていたら、レイスに肩を叩かれ、体を起こすように告げられる。

「エルンストのところにいかないとなりませんので、残念ですけど。今日はこれで」

「付き合ってくれて、ありがとう」

「いえ、それじゃあ」

 レイスはそう言うと、アスピスの前をシエンやイヴァールが飛び降りて行くのに続いて、レイスも馬車から下りて行った。

「まったく。エルンストも面白い気の使い方をするものよね」

「え?」

「冒険でパーティを組むときは対等に扱ってもらわないと」

「あー。そういえば」

 女性や子供を特別扱い。というか、要らぬ気を回してくれたようである。

「でしょう。といっても、アスピスは成長期ですもの、睡眠は重要だからありがたく寝させてもらいなさい。私は、今日一日走らされたアネモスと代わるからって、言ってくるから」

「えー。それならあたしだって」

「アスピスはね、甘えられるときに甘えておきなさい。これまで甘えたくても甘えられずにいたんだから」

「……」

 それを言ったら、フォルトゥーナだってそうじゃないかと。甘えたい盛りに六聖人の代役を押し付けられ、味方も満足にいない中、ひとりでずっと戦ってきたんじゃないかと。そして、ようやく手に入れた安寧の場所が、フォルトゥーナの味方になってずっと支えてきたエルンストの傍らなのではないか。と、口を衝いてでそうなのを、アスピスはなんとか飲み下す。

「うん。ありがとう」

「いいのよ。じゃあ、ちょっと私もいってくるわね」

 そう言うと、フォルトゥーナもアスピスの目の前で馬車から下りてしまった。

「かなり、広いんだ。この馬車って」

 ひとりになってみて初めて実感する、アスピスの足を気遣ってくれて、みんなの冒険用にと買った馬車の大きさ。

 アスピスは御者席の方へ場所を移動すると、前側のイスが隠れるところまである壁に寄りかかりながら、椅子の上に足を乗せるようにして丸くなる。

「盗賊団に捕まっていたころは、いつもこんな感じでひとりでいたっけ」

 箱型の馬車の屋根の中央には、ランプが吊るされていたが、未だ陽が出ているので付けられることはなく。どこか薄暗さのある馬車の中で、アスピスはみんなの話し合いが終わるのを待つ。

 エルンストは、気を使って、フォルトゥーナやアスピスを見張り役のメンバーから抜いてくれたのだとは思う。けれどもそれは、話し合いの場に加わる権利を奪うことにも繋がっていたのだと、今さらのように実感させられた。

「バーカ」

 せめて、一緒に来いと手を差し伸べてさえくれていれば、今頃、こんな思いをしていなかったのに。と考えた瞬間、アスピスは慌てて首を横に振る。

(危ない。危ない。つい、甘えたこと考えちゃったじゃんか)

 それもこれも、エルンストに甘やかし癖があるせいだと、アスピスは明後日の方向へ怒りをぶつける。

 フォルトゥーナも、こんな気持ちだったのかもしれない。

(やっぱ、エルンストは、フォルトゥーナに対して、きちんと責任を取らなくちゃ)

 甘えることを教えてしまった、責任を。

 そして、アスピスは、甘えることを拒むことを身に着けないとと、自分に言い聞かせる。

(甘やかされるのに、慣れちゃだめだよね。身を委ねるようになったら、それこそ終わりだもん)

 ここはもう盗賊団に捕らえられていた地下じゃないのだから、その気になれば、いつでも出られる場所なのだ。ここにひとり取り残されているのだって、たまたまのことで、悪意あってのものではないのだと、アスピスは自分に強く言い聞かせる。

 そして、頭を空白にするようにしてしばらく待っていたら、後ろから馬車の中へ上がってくる人の気配を、アスピスは感じ取っていた。けれども、敢えてそれを無視するように、視線を宙に浮かせたまま、壁に寄りかかるようにして、足を抱えて丸くなった格好を維持し続けた。

「なにやってんだ?」

 声を聞いて、それがエルンストだと分かった。声音は呆れた感じのものである。

「馬車に乗っていただけなのに、思っていたより疲れたなって、思ってただけ」

「レイスの膝に完全に寄りかかって、ほぼ横になってたのにか?」

「子供の体力、なめないでよね」

「子供のってたって。体力なさすぎだぞ」

 ったくしょうがないなと言いたげに、エルンストは両手を差し出してくる。

「なに?」

「動く気力もないようだから、運んでってやるって言ってんだろ」

「はぁ? それくらい、自分の足で動けますー」

 目の前に出されたエルンストの手を軽く叩き避け、アスピスは腰を動かすようにして両足を床に落とす。そして、立ち上がろうとしたところを、エルンストが再び伸ばしてきた腕に、今度は強制的に捕らわれてしまった。

「なに、今さら遠慮してんだ? お前を運ぶのなんて、今に始まったことじゃねーだろ」

「……」

 最悪だ。と、アスピスは思う。

 アスピスの気遣いや努力が、エルンストにはまったく通じていないということが、よく分かった。

「エルンストって、鈍感すぎ」

「は?」

「とにかく、いいから、離して.自分で歩いて行けるから」

 せっかく、エルンストと距離を置こうとしているのに。一番見られたくないフォルトゥーナの前に、エルンストに抱かれて行くなんて愚行をしてたまるかと、アスピスは命令口調でエルンストに言い放つ。

 けれども、それは、逆効果だったらしい。

 アスピスの言動が気に入らなかったらしいエルンストは、アスピスを解放するどころか、腕の力を強めるようにアスピスのことをお姫様抱っこするような態勢で抱き上げてしまった。

「ちょっ!」

「俺にしっかり捕まってないと、落ちるぞ」

 いつもと違う抱き上げられ方に、驚きの声を上げるアスピスへ、エルンストは不愛想に告げてくる。

「あたしは下ろしてって言ったはずだよ」

「了承した覚えはない」

「じゃあ、主人としての命令よ。下ろしなさい!」

 これまで使ったことがなかったのだが、使い魔の主人には、使い魔に命令する権利があるそうで。使い魔は、命令されたら、それに従わないといけないらしい。とは、ビオレータが教えてくれたことではなく、本で読んで知ったことなのだが。

 しかも、そういう決まりがあるというだけで、拒んだところで、使い魔の身になにが起きるという訳ではなく。そのことを騎士学校で学んでいたのか、従う必要のない命令だと受け取ったらしいエルンストに、「だから?」といった顔をされてしまった。

 そんなエルンストの対応に無性に腹が立ってしまい、アスピスはエルンストの腕の中で両手両足をバタバタさせるように暴れてみせる。

「おい、こらって。危ねぇだろ」

「うるさい! うるさい!」

「うるさいのは、お前の方だろ。っつーか、マジ危険だから、暴れるなってんだろが」

 ここは力業に頼るしかないと思ったらしいエルンストは、両手で抱えたアスピスの体を抑えつけるように抱きしめる格好に変えていく。

「ったく。なにがそんなに気に入らないんだ? 今日のお前、おかしいぞ」

「だって、悪いのはエルンストだもん。エルンストが――」

 フォルトゥーナのことを。と口にしそうになり、これはまずいと慌てて唇をきゅっと締めてしまう。そんなアスピスの態度に、違和感をさらに強めたエルンストが、訝し気にアスピスに問いかけた。

「俺が、なんだって?」

「なんでもなーい」

 エルンストの追及に、アスピスは惚けるように声を出す。

「ったく。このままで見逃されるとは思うなよ」

 今のところ、どう追及したところで答えそうにないアスピスの態度から、ここはいったん引くことにしたようである。忌々し気にアスピスに不吉なことを告げながら、アスピスを抱えたままの格好で、エルンストはみんなが野営を組んでいる場所へとアスピスを運んで行った。



 自分も見張り役をする! と訴えたのだが、既に人数が足りているとのあっさりとして簡潔なみんなの答えに、アスピスは己の主張を引っ込めざるを得なかった。

 見張りの順番は、聞いた話によると、1組目がシエンとイヴァール。2組目がエルンストとフォルトゥーナ。3組目がレイスとカロエ。ということになったそうだ。

 イヴァールの実力は、レイスが保証するという形で、六剣士に値する戦力として数えられることになったらしい。

(頼れるところもあったんだ? っていうか、筋肉バカとか……じゃないよね)

 先日の、イヴァールの発言が尾を引いて、アスピスの中ではイヴァールは単純バカのイメージとなっていた。それに気づいたシェリスが否定して、イヴァールを庇っていたが、すでに張り付いたイメージが払拭されることはなかった。のだが、本日の一件で、ちょっとだけ見直した感じであろうか。

 そんなことを考えながらも、見張り役の組み合わせが、エルンストとフォルトゥーナと聞いて内心でのにやけが止まらなかった。言葉にするなら『よっしゃ!』という感じである。

 そうこうしている内に、夕食が済み、後片付けが終わり、みんなにお茶が配られたところで、睡眠に入る者が横になり始めた。

「アスピスも、明日もあるんだから、もう寝なさい。アネモス、アスピスの傍にいてあげて。いざというときは守ってあげてちょうだい」

 フォルトゥーナが、アスピスが横になる用にと脇に用意しておいてくれたらしい、ひとり分くらいの大きさの防水性のシートを下に敷き、アスピスを強制的に横にならせると、上から冒険用の毛布を掛け。アネモスへ、アスピスの傍で寄り添っているように指示を出す。

 アネモスとしても異論はないようで、アスピスが横になっている傍らに、アスピスに背を向け体を押し付けるようにして寝転がった。

「我はもう寝るが、本当によいのか? 見張り役くらいできるぞ」

「明日も走ってもらうのだもの。ゆっくり休んで」

「了解した。では、休ませてもらう」

 フォルトゥーナの台詞に納得したよう、アネモスは応じると、ほどなく寝息を立て始めた。

 なんてすばらしい、寝入りだろうか。

 アスピスは、そんなアネモスの切り替えの良さに感心しながら、横になったことで感じた、知らず貯めていたらしい疲労感に負けるよう、自分も瞼をゆっくり閉じた。そして、アネモスのことを言えないくらいの切り替えの良さで、すぐに眠りについたのであった。



「なーんか、調子狂うんだよな。なに隠してやがんだ、アスピスの奴」

「エルンスト、相手は女の子なのよ。秘密のひとつやふたつくらいあっても不思議はないわよ」

 ひと眠りしたことで、意識が浮上する中、とても小さい声でなので聞き取り難くはあったが、焚火を前に座る2人の会話が耳へと流れ込んでくる。

 薄目を開けて焚火の方を見ると、2人の距離は至極近く、寄り添っているように見えた。

(やっぱ、仲いいよね)

 それなのに、なぜに気づくとアスピスがその間に割り込んでしまっているのかが、謎である。

「そもそも。ちょっと嫉妬深すぎるわよ。いいじゃない、たまにはレイスに甘えてたって」

「べつに、俺は……」

「大丈夫よ。アスピスは、あなたのことが大好きだから」

 そう呟くと、エルンストの肩へ、フォルトゥーナは頭を軽く寄りかからせる。

「自覚はないかもしれないけどね」

「なんでそう言い切れるんだかな。子供ってのは、本当に気まぐれなんだな。実感しさせられるぜ、アスピス相手にしてると」

「あら、子供じゃなくて、そこは女性がよ。アスピスだって立派な女性なんだから」

「どこがだよ。つーか、立派な女性が奔放で勝手放題に動くのか?」

 エルンストは日頃の鬱憤を晴らすよう、フォルトゥーナに問いかける。すると、フォルトゥーナも返答に困るよう、苦笑を零したようである。

「人にもよるでしょ。それに、アスピスは女性と言っても、未だ子供なんだし……。なにより、そんなにひどくはないはずよ。ちゃんと周りを見て動く子ですもの」

「どこがだよ。子供ってのは、なに考えてんだか本当に分からねぇ生きもんだよな。ここずっと、アスピスに振り回さてる気がするぜ。そのせいか、ちょっと怒りすぎてるところがあるんだけどな」

 そこは、反省すべきところではあると、言外で訴えるエルンストに、フォルトゥーナが驚いたように呟いた。

「あら、自覚はあるの。なら、もうちょっとお小言減らしてあげればいいじゃない。そもそも、甘え方を知らないんですものアスピスは。だから、悪戯をして気を引くとか、仮病を使って気を引くとか、普通の子供がするようなそういう小ずるい考えなんかできない子よ。アスピスが取る行動のすべては、アスピスなりに真剣に考えて、良いと思ったことをしているだけなんだと思うわ」

「それが問題なんだろ、的外れで。そもそも、考えているようで考えなしなことが多いから、ついつい口が出ちまうんじゃねぇか。それに、俺が注意しなけりゃ、他に誰が注意するんだよ。カロエは論外だし、レイスは甘いし」

「レイスは甘く見えて、結構大事な部分はきちんと抑えられてると思うけど。単に、先にエルンストが注意しているから、同じことを繰り返し言う必要がないと思って、自分からはなにも言わずにいることが多いだけよ」

 クスクスと笑いながらエルンストの肩に頭をもたれかけているフォルトゥーナは、どんな表情をしているのだろうか。きっと幸せそうな顔をしているに違いないだろう。エルンストも、拒まずにそのままいるということは、決して悪い気はしていないということなのだろうから、穏やかな顔をしているのではないかと、アスピスは2人の背を見つめながら思ってしまう。

(お似合いじゃないの)

 アスピスに構ってくるエルンストとは、全然違う一面。大人同士の静かな時間といった感じで寄り添う2人の背中は、アスピスにはちょっとばかり眩しかった。

(さっさと、くっついてよ)

 エルンストが優しいのは、アスピスにだけではないのだと、強く実感できてしまい。自分が特別なのではないと、よくわかった気がした。そして、2人の仲を応援しているにもかかわらず、何故だか寄り添う2人を見ているのが辛くなり、態勢をかえるとアネモスの背に顔を埋め込み、強めの感じで目をつむる。

「エルンストは、優しすぎるのよ」

「はぁ? 俺がか?」

「えぇ。そうよ。優しすぎて、意地悪な人」

「バーカ。変なこと言ってんじゃねーよ」

 口では悪態を衝いてはいるが、口調はとてもやさしくて。それを聞いているアスピスの方がなんだか悲しくなってきた。

(早く眠らないと……)

 今の、エルンストとフォルトゥーナのまわりに漂う空気は、大人だけの時間といったようなものである。

 もう2人の会話を聞きたくないと。聞いてはいけなかったと思い、アネモスの背の毛をギュッと握り込みながら、アネモスの背に顔を思い切り押し付け、息を殺す。

 そして、必死になって眠ろうとするあまり、アスピスの体に知らず内に力が籠められ、却って目が冴えてきてしまったのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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