第21話(温泉へ行こう3/静穏なる律義者)
[二十一]
部屋の扉がノックされ、外からレイスの声が響いてくる。
「俺ですけど、開けていいですか?」
「うん? 全然大丈夫だよ」
他の部屋に関してはどうか知らないが、アスピスの部屋に関しては、慌てているときは別にして、そうでない時のレイスは、基本としてアスピスの返事を待ってから扉を開くようにしているらしい。曰く、アスピスは女性だから、ということだ。
家に招かれた後に、カロエから笑い話として聞いたことによると。本来なら男ばかりのこの家に招き入れていいものかとも、レイスは深刻に考えたようだが、アスピスの身の安全を考えると一緒に住んだ方が警護するにも都合がいいと説得され、それには納得できたことで、アスピスを自宅に受け入れる決意をしたそうだ。
ただし、同居の条件としてアスピスの部屋に鍵を付けるべきだと、レイスは力強く主したらしい。けれどもそれも、エルンストとカロエが、いざって時にそれは不便だとあっさり一蹴してしまったとのことだった。
おそらく、カロエはなにも考えずに、純粋に突入時に鍵がかかっていたら扉を壊さなければならず。その可能性が限りなくゼロに近ければ、レイスの意見を聞き入れたかもしれない。けれども、命を狙われているという前提のアスピスを守るために受け入れることになったのである。だから、いつアスピスの命を狙った侵入者が現れるか分からないということで、常時突入に万全な態勢を整えておきたい。とでも思ったのだろう。
対して、エルンストは、事前に護衛役としてアスピスと再会を果たしていたことで、外見からアスピスを子供と見なし、女性扱いする必要なんてないと思ったのだろう。
実際に、アスピスは見た目も中身も12歳の子供のまま、深い眠りについた状態だったのでなんの経験もできないまま10年の時を経てしまったのだから、エルンストと再会した際のアスピスは、10年前からどこも成長していない状態だったのである。そう考えると、子供扱いされても本当のところ反論できないのである。
再会早々に、結婚を申し込んで来ておきながらとは思うのだが。
それから考えると、12歳のアスピス相手に再会早々結婚を申し込んできたのは、レイスもカロエも同様であるが、思考が単純でお調子者のカロエの場合、単純に負けん気を発揮しただけで、そこまで深い意味のようなものはないのではないかと思っている。
分からないのはレイスだろうか。
否。エルンストに関しても、分からないことだらけであるけれども。
いずれにせよ、3人の中では一番慎重で柔和で分別のあるレイスが、エルンストやカロエ同様に、再会早々に結婚を申し込んできたことは、申し込まれた当初はパニックに陥っていたのでなにも考えられなかったのだけれども、一緒に暮らすようになってレイスと接しているうちに、本当に本気で結婚を申し込んできたのだろうかと、感じるようになっていた。
守りたいと言ってくれる気持ちは嬉しいし、ありがたいが、名目は使い魔としてだけでも十分なのではないかと思うのだ。婚約者になる必要性がどこにあったのだろうか。
そんなことを考えながら、机に向かい本を読んでいたアスピスが返した台詞に、反応するように扉が開かれた。
「疲れているのに、横になっていなかったのですか?」
「んー。ちょっと気になることがあって。確認も兼ねてね」
本を閉じ、机に置くと、アスピスは心配してくれているレイスに向け、笑顔を向ける。
「それに、家に帰って来て。ゆったりとした服に着替えて、少し休んでいたら、すぐ落ち着いたから。そんなに気にしなくて大丈夫だよ」
「そうですか。なら、ちょうどよかった。一階に行って、ケーキでも食べませんか? 帰宅したら、みんなで食べようと思って、馬車の予約を入れた後、温泉着を買いに行く前に、ケーキ屋に寄ってきたんで」
「えー。なら、みんなを待ってないと」
「数なら、多めに買ってきたので心配ありませんよ。先に二つくらい消えても、全然余裕ですから」
わざわざみんなのためにと購入してきたケーキを、先に帰ってきたからと、みんなを待たずに食べることへ抵抗を覚えたアスピスが、やんわりと拒む言葉を口にしたのだが、レイスは悪戯っぽく瞳を緩ませ、大丈夫ですよと言ってきた。
「コーヒーももう準備できているので、体が大丈夫なようでしたら、俺に付き合ってくれませんか?」
再度にっこりと笑い促して来るレイスに、あらがう理由も見当たらないことで、今度は素直にレイスの誘いを受けることにした。
「それじゃあ、ごちそうになるよ」
「えぇ。そうしてくれると、嬉しいです。ひとりで食べるのは寂しいですからね」
ひとりだったら、レイスはきっとケーキに手を出すことはしないだろう。と、思いながら。敢えてそれには触れることなく、アスピスは席を立つ。
それを確認したレイスは、アスピスの部屋に入ることのないまま、「それじゃあ、先に下へ行って準備しておきますね」と一階へ降りて行った。
気分次第で、いつでも闖入してくるエルンストや、レイスの教育の賜物か、うっかりして忘れてしまうこともあるけれど、基本としてノックをしてから入ってくるカロエ。そのどちらも、アスピスの返事は聞いてこない。
それに比べて、レイスのなんて礼儀の正しいことか。
女性の部屋にはやたらと踏み込むべきではないと思っているのか、扉を開くのにアスピスから返事をもらった後でも、室内へ踏み込んでくる回数は、他の2人に比べて圧倒的に少なかった。
そのあたりを実感したのは、目まぐるしい日々をすごしている合間の、特にやることもないことで、アイテムボックス『S』に収められている、六聖人(赤)としてのビオレータの遺品である、薬草や薬品。書籍類の整理をしていた、シエンからプレゼント攻撃を受けていた時期でもある、アスピス的には安穏とした2週間の生活の送っていたころのこと。
アスピスに用事が入らなかったのは、レイスやエルンストが六剣士として、フォルトゥーナが六聖人であるアスピスの代理として、度々王城へ訪問していたからなのだが。
その間、カロエがアスピスの護衛役として、家の中に残っていてくれていた。とても退屈そうだったけれど、アスピスにとっては、エルンストたちに迎えてもらったこの家で、まったり寛げた初めての時間であった。
そんなのんびりとした時間の中で、3人の生活スタイルの違いや、アスピスに対する態度の違いが覗き見えたのである。
「アスピス、コーヒーが冷めちゃうよ」
「あ! はーい。今、行くー」
ハッとするように我に返り、慌てて部屋を出て扉を閉めると、レイスの待つ一階へと下りて行く。
「おまたせ」
「全然。それより、どのケーキが良いかな?」
「んー。そのイチゴの乗った白いクリームのやつ」
「ショートケーキだね。了解。俺はそうだな、アップルパイにしようかな」
そう言いながら、アスピスの指定したケーキを皿に移し、続いて自分の選んだパイを皿に移していく。そして、内側にふたつの空間が出来上がった箱の上蓋を閉めると、それを手に持ち、冷蔵庫にしまい込んだ。
スロット付きの家具や、法陣カプセルとはすごいもので、密封製のすぐれた上下二段に別れたスロット付きの棚に、冷やす効果の法陣カプセルを差し込み、設定温度を上を低く、下を高くすると、上は物を凍らせることができ、下は物を冷やすことができる、冷蔵庫という棚に変身するのである。
料理上手なレイスやフォルトゥーナはもちろん、カロエやエルンスト。それにアスピスも、便利だからという理由で自身専用のアイテムボックスにも、冷蔵庫を設置しているのだ。というのも、アイテムボックスの温度設定は条件付けでできるのだが、その中に収めたアイテムは、時間の経過は止まりアイテムボックスにいれたときの状態を維持はするものの、なぜだか温度に関しては変化するそうで、冷たいものも温かいものも、状態を維持したまま、アイテムボックスに設定されている温度周辺になってしまうらしい。
空の法陣カプセルがあれば、冷やすくらいの効果ならば、レシピに載っているので、レシピ通りに、精霊の数を揃えて、それぞれに色を与え、精霊をレシピに沿って並べ繋げるという、いわゆる精霊術を使い。出来上がった精霊の塊を法陣カプセルに注入すればいいだけなので、アスピスにも用意できるだろう。
そうでなければ、現在使われている法陣カプセルの中に注入されている精霊の組み合わせを右目を使って読み解き、レシピを解明すれば、現在使っている法陣カプセルが空になりそうになった際に精霊術で補充できるようになるのである。
ただし、法陣カプセルは平民にとっては高価なものなので、できるだけ使う式数が少なく単純な構成が好まれるのは、その方が安く済むということと、式数の低い精霊使いでも使えるレシピなら補充ができるからである。そんな事情もあって、大通りの商店街の中に、法陣カプセルの補充屋さんもあるそうだ。
そのため、使用率の高く一般家庭に普及している法陣カプセルなどは、購入時に封入されているレシピが記入されている紙が説明書として付いてくる場合が多いらしい。
「便利な時代になったねぇ」
「え? 法陣カプセルなら、僕らが生まれる前から使われていたはずですよ」
「そうなの?」
「えぇ。それに、ビオレータ様の家にも冷蔵庫、ありましたよ? 覚えてないんですか?」
アスピスの反応に、逆に驚くように、レイスは瞳を丸める。けれどもすぐに、思い当たることがあったようで、クスクスと笑い出した。
「そう言えば、アスピスやカロエは食べる専門でしたからね。台所とは無縁でしたよね」
「まぁ、そうね。でも、たまには手伝ったよ!」
「フォルトゥーナに指示されたことをやっていただけだから、気づかなかったんですね」
アスピスの主張は否定せずに受け入れた格好で、それでも嫌味とも取れる発言をされてしまい、アスピスは敗者な気分で、テーブルに突っ伏した。
その目の前には、レイスからもらったケーキがデンと置かれている。
「アスピス、髪の毛や顔にクリームがついてしまいますよ」
「だね」
拗ねるのもばからしくなり、ケーキの周囲に巻いてあるシートをはがすと、レイスが用意していてくれたフォークをアスピス手に取った。
「んー。美味しい」
語尾にハートを付けたくなる気分で、アスピスは頬張ったケーキを飲み下し、間をおくことなくうっとりと呟く。
眠りに就く前の、王城で軟禁されていた約一ヵ月。それと、目覚めてから解放されるまでの約二週間。その間に、お昼ごろの間食としてケーキを出してもらったことがあったが、いつもメイドが見ている前でひとりで食すケーキには味がなく、美味しいものだと分からなかった。
ケーキが美味しいものだと知ったのは、この家に来てすぐのことであった。
(フォルトゥーナが買ってきてくれたんだよね)
フォルトゥーナがアスピスのメイド役をやっているときに、いつもまずそうにケーキを食べているアスピスを見て。フォルトゥーナの知るアスピスの味覚だったら、喜んでいるはずのケーキを、無表情でポソポソと食べてるアスピスの様子に違和感を覚えたのだと説明しながら、みんなで食べましょう。と、色々な種類のケーキを大量に買ってきてくれたのである。
(本当に、綺麗で。気が利いて。驕ってなくて、優しくて。気配り上手で――)
そして、今は知らないが、甘えるのも上手だったのは、二ヵ月ちょっと前まで、10歳だったフォルトゥーナ。普段姉弟子として、お姉さん役を率先して演じているフォルトゥーナが、たまにとても可愛らしく甘えてくるので、そんなときのアスピスはそれはもう嬉しくて、フォルトゥーナのお願いをなんでも叶えてあげたくなってしまったことを覚えている。
(こんなに大切にしてもらってるのに……)
なにが不満だというのだろうか。不満なんて言ったら、それこそ、神様なんてものが存在するなら、きっとその存在に怒られることだろう。
そう思いながら、二口目を口にしたら、ケーキの味がよく分からなくなってしまっていた。
自然と手から離れていくフォーク。
カチャン。と、指から滑り落ちて、皿に当たる音が立つ。
「どうかしましたか?」
いつもの席なら、正面に位置するはずのレイスだが、今は2人きりということで、いつもカロエが座っている席にアスピスが腰かけているため、すぐ傍らから声が落ちてくる。
「ううん。なんでもないの」
心配をかけないよう、笑顔を浮かべながらレイスの方へ視線を移したら、真剣な眼差しでアスピスを見つめているレイスの瞳とかち合った。
「レイス――」
「エルンストにとって、フォルトゥーナは妹みたいな存在なんですよ」
ゆっくりと説明するように築かれる、レイスの台詞。
なぜか、自然な流れのようにアスピスは聞き入っていた。
「ビオレータ様に続き、アスピスまで失って。アスピスが出した交換条件のおかげで、俺やレイス、ルーキスやエルンストは、半年くらい王城内に部屋を与えてもらって、メイドや使用人なんかもつけてもらって暮らしていたんだけど。フォルトゥーナは居場所を失って、孤児院へ引き取られたというか。戻って行ったというか」
レイスの台詞で、そういえば。ビオレータの条件のみでなく、一緒に暮らしてた姉弟子のフォルトゥーナの条件も出し忘れていたことを思い出す。
(本当に、自分のことしか考えられてなかったんだな)
申し訳ないことをしてしまった。と、反省するアスピスの思いを知ってか知らずか、レイスは話を続けていく。
「アスピスが眠りについたころには、ルーキスはちょうど15歳になってて成人していたので、仕事を見つけて、王城から城下町へ毎日通っていたんだけど。半年くらい過ぎた頃でしょうか、ルーキスがみんなで住むのにちょうどいい家を見つけたからって。俺やカロエには、ルーキスやエルンストに対して遺恨もあるだろうけど、それは無くさなくていいから。それどころか、一生抱え続けてもらいたいものだから、その気持ちはそのままに、一緒に暮らさないかって。王城から共に出ようって誘ってもらったんです」
さすが明朗なルーキスである。当時はもう、アスピスの使い魔ではなかったけれども、アスピスの使い魔の長兄として、自分の役目をしっかり分かっていたようである。
少しだが、アスピスは4人の過去にホッとする。
そんなアスピスの表情を見つめながら、レイスの瞳が優し気に緩む。
「それでね、躊躇いはあったけど、ルーキスの伸ばしてくれた手を、僕たちは握り返したんですよ。一緒に連れて行ってくれって。8歳のカロエでさえ分かるくらい、露骨に、早く王城を出て行ってくれっていう空気があったからね。それが、ルーキスやエルンストと和解する切っ掛けの最初でしょうか。それから少しずつ、打ち解けていったって感じです。とはいっても、もちろん、ルーキスの稼ぎだけでは、家は買えないし。生活もできない状態だったのですが。ルーキスは事前に国側と、家を買うお金と、それぞれが成人するまでの間、それぞれに毎月生活費を送ってよこすことを条件に、城から出ていってやるといったような交渉をしてくれていて。贅沢はできなかったけど、生活に困ることなく、4人での生活は順調にはじまったんです」
「そっか」
「そうなんだ。それから、約2年半後に15歳になったエルンストが騎士学校へ入学したいって言い出して。その理由っていうのが、アスピスが目覚めたときに、役に立てるようにって言うんだよ。それまでも、ルーキスやエルンストはアスピスに対して慙愧の念を抱き続けていたし。許さない訳にいかないよね、そこまで言われちゃったらさ。そんなこんなで、アスピスの残してくれた国との交換条件のおかげで、国との交渉係が設けられていてね。そこと交渉した結果、俺たち4人の将来がそれぞれの望むものであるようにと願ったアスピスとの約束なのだからというアンリールの強い要望もあって、王国が入学金と授業料を払ってくれるって形でエルンストの騎士学校へ入学が決まり。その2年後に、俺も同じ条件で後を追うように騎士学校へ入学して……」
レイスはそこで一旦口を閉じ。気持ちを改めるようにして、再び口を開いた。
「そこで、初めて知ったんだけど。六聖人(赤)のアスピスが眠りに就いていることで、不在となった席の穴を埋めるため、ビオレータ様の弟子だったフォルトゥーナが12歳になったころから六聖人(赤)の代役をしていることを知ったんです。つまり、エルンストが入学したときには、既にフォルトゥーナは代役をしていて、それを知ったエルンストが、陰になり日向になって、フォルトゥーナは支えていたんだ。エルンストとしては、最初、アスピスの代役をしてくれている子だから、っていう気持ちだったみたいですけど。代役であるフォルトゥーナの味方って、俺が入学した当時でも、シェーン様とアンリールくらいで。それも、シェーン様は六聖人(赤)はビオレータ様だと思っていて、フォルトゥーナがなぜ代役しているのかは、ビオレータの弟子だからとしか教えてもらえてなかったみたいでした。でも、真実を教えるのは禁忌扱いだったから、誰も口にはできずにいてね。歯痒かったなぁ」
当時、シェーンに教えられていれば。そうしたら、当時は未だそれほど力のなかったシェーンではあるが、それでもいまよりももっと早くにアスピスを起こしてあげられたのではないか。と、悔やむ素振りをみせたレイスであったが、すぐに気を取り直すようにして言葉を続ける。
「もちろん、俺も、フォルトゥーナの力になろうと思って頑張ったんですけどもね。でも、その時はすでに、フォルトゥーナの気持ちはエルンストに向けられていたんです。当然ですよね、まだ幼かったのに、協力してくれる者がほとんどいない中で、訳も分からぬまま大役を押し付けられていたんですから。騎士学校で学びつつではあったけど、騎士学校に入学してからずっと、作れる時間のほとんどをフォルトゥーナの援護に費やしていたエルンストに、惹かれるなって言う方が無理だと思いませんか?」
「そんなことになっていたんだ」
レイスの説明を聞き、今でこそ何気なく六聖人(赤)の代役をしているフォルトゥーナが、過去。どれだけ大変な思いをしてきたのかを、アスピスは初めて知った。
(そんなこと、これまで考えもしなかった)
さり気なさ過ぎたから、と言ってしまえばそれまでだけど。自らの苦労を語ろうとしないのは、フォルトゥーナの美点であり、欠点でもあった。
「でも、そっか。そうだよね。ありがとう、教えてくれて」
「違うよ。アスピス。過去も現在も、フォルトゥーナの片想いなんだ。エルンストはずっと、そういう意味では、アスピスしか見てなかったから」
「でも、フォルトゥーナが必要としているのは、エルンストなんでしょ」
「そうなんですけど……」
それならば。と、覚悟を決めた表情を浮かべるアスピスへ、レイスはどこで説明を間違えてしまったのだろうと嘆息する。
「あのね、アスピス。最初に言っておいたと思うけど、エルンストにとって、フォルトゥーナは妹のような存在なんです。だから、甘えてきたら受け止めるみたいなところがあって。それがずっと続いているだけなんですよ。本当に」
「でも、フォルトゥーナを惚れさせた責任はとらないと」
あんな、美人で優しくて。他人に気配りができて、ちょっと勝ち気で。でも控えめで。その上スタイル抜群で。アスピス史上最高の女性である。
(あたしがこれまで、どれだけフォルトゥーナに助けられ、慰められてきたと思ってるのよ!)
アスピスにとって、フォルトゥーナは傍にいてほしい女性ナンバーワンなのである。
「いったい、フォルトゥーナのどこに問題があるって?」
「そういう問題じゃなくて、ですね。未だ、アスピスには難しい考え方かもしれませんけれど、好きになるのって、理屈じゃないんです」
「って、なんでレイスがエルンストの応援をするみたいなこと、言ってるのよ」
レイスだって、アスピスに、どんな事情があってなのか分からないのだが、結婚を申し込んできたのである。それを思えば、敵が一人減ったと喜んでもいい場面ではないのだろうか。と、ビオレータの掘っ立て小屋にあった書庫の片隅に山積みされていた、恋愛小説に書いてあったような覚えがある事柄を、思い出したアスピスであった。
しかし、根っから真面目な人間。ならぬ、聖族であるレイスには、正々堂々という言葉しかないのかもしれない。
「だって、アスピスが元気なくしたのって、そういうことでしょうから」
「え?」
「もちろん、俺のことを好きになってくれるのが理想ですけど。誤解して、エルンストとの仲がこじれるのを喜んで見ていられるほど、捻くれていませんよ」
「いや。そこは捻くれてもいいところじゃない? 恋愛小説の受け売りだけど、付け込みどころってやつ?」
「じゃあ。アスピスは、付け込んで欲しいんですか?」
クスクスと笑いながら、もしかしてずっと付けっぱなしだったのだろうか? ケーキを頬張った際に唇の脇についてしまっていたらしい生クリームを、レイスは伸ばしてきた指先で拭い取ると、それをそのまま自身の口元へ運んでいき、ぺろりと舐めとった。
「だったら、希望に沿いますけど」
「ちょっと、待った! タイム!」
急に色気を醸し出したレイスに、アスピスは慌てて停止を願い出る。
(うわー。恐るべき、聖の血? エルンストには、こんな色気ないぞ……)
気分は、知らない人を見ているに近いものになっていく。
そんな及び腰のアスピスを黙って、艶のある瞳を揺らしながら眺め見ていたレイスから、ふっと色香が消えていった。
「ね。アスピスにはちょっと早いでしょう」
優しく諭すよう、和わらかな口調で告げられたレイスの台詞に、否定する余力はアスピスには持ち得ておらず。ここは絶対、なにがなんでも素直になるポイントだと、アスピスは必死に大きく頷いたのだった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




