第20話(温泉へ行こう2/買い物)
[二十]
「じゃあ、さっそく買い物の続きを、再会しましょうか」
レイスの背を見送った後。間を置かずに、フォルトゥーナは席を立ち、主にアスピスに向けて告げてきた。
つまり、ターゲットとしているのはアスピスということなのだろうか。
(なんか、狙われてるよ?)
理由は定かではないが、アスピスの身に付けたり使ったりするものを探したり、選んだりするのが、フォルトゥーナには楽しいようなのだ。
けれどもここで気後れしている訳にはいかないと、アスピスも席に立つ。
娯楽とは無縁だったこれまでの人生。温泉なんて聞いたことのなかったアスピスが、それがどういうものか教えてもらうだけでなく、連れて行ってもらえるというのだから、感動ものの話しだろう。
俄然、乗り気になってしまうのも、仕方がないと思って欲しいところである。
「うん。どういうものが必要なのか、あたし全然わからないから。フォルトゥーナよろしくね」
「もちろんよ!」
私に任せなさい。と言外で告げてくるフォルトゥーナを先頭に、アスピスが続き。慌てて立ち上がった、カロエやシエン、イヴァール。それにずっと黙っていたが、ずっと立ちっぱなしでいたエルンストが後を追うようにして、冒険者ギルドを後にした。
そして、ギルド前の大通りで周囲を見渡しながら、フォルトゥーナは、最初の一品目を口にする
「まずは、水着ね」
「水着って?」
「温泉や海に入るときに身に着ける、専用の服よ」
そう言うと、水着が売っている店を見つけたのか、アスピスの右手を掴み取り、スタスタと歩きはじめる。
到着したのは、『水着・温泉着専門店』と看板が掲げられた店であった。
店に入ると、店の五分の一のスペースに男性用の水着・温泉着。五分の三が女性用の水着・温泉着。残る五分の一に、タオル等の雑貨が並べられているのが見て取れた。
「それじゃあ、一旦、男性陣と別れましょうか」
「そうだな」
フォルトゥーナの提案に、エルンストがいち早く頷く。
温泉は知っていても、行ったことはないらしい、エルンストやレイス、カロエにフォルトゥーナ。対して、回数は少ないものの経験者だというシエンとイヴァール。とはいっても、シエンの場合、行ったことがあるのはシェーンのときで、シエンとしては初らしい。
そのため、シエンとイヴァール以外は水着や温泉着といったものを目の当たりにするのは初めてということになる。さらには、シエンに関しては、女性物は持っていても男性物は持っていないということで、それらを購入しなければならないのはアスピスだけでなく、他のメンバーも一緒であったこともあり、もの珍し気に店内を眺めつつ、男性陣と女性陣に別れると、それぞれの売り場へ向かって行った。
カラフルで布地が少なく露出度の高い水着に比べ、温泉着はオフホワイトの薄い布地で作られた、腕の部分は袖のないものから七分袖くらいまでのものがあり、隠れる長さは様々の、膝丈のワンピースのようなものであった。
温泉で着る場合、どちらでもいいらしいのだが、アスピスは迷わず温泉着を選ぶと、オフホワイト一色に染まっている一角へ向かって行った。その後を、フォルトゥーナが追うようにして付いてくる。
「あら、温泉着にするの?」
「だって……」
もにょもにょとするアスピスに、フォルトゥーナが笑顔をみせる。
「温泉着もワンピース仕様で可愛いものがたくさんあるけど、せっかくですもの。水着にしましょうよ」
「えー。フォルトゥーナは似合うだろうけど、ああいうの」
「アスピスに似合うものだって、あるはずよ。アスピスは自覚ないようだけど、とても可愛らしいのだから、もっと自信をもっていいはずよ」
ちょんとアスピスの鼻の頭を右手の人差し指でつつくと、渋るアスピスを促して、フォルトゥーナは嬉々と水着のコーナーへ連れていく。
「うあー、ダメだ。なにその、胸とお尻しか隠れない仕様の服って。ほとんど下着じゃん」
「あら、胴体部分も隠してくれるタイプもあるわよ」
「にしても、肩や足丸出しだよ」
「アスピスは未だ見たことがないかもしれないけれど、冒険者の装備品だって、大人用になると露出度の高いものとか結構あるのよ。スロットの数や特殊効果に期待して、身に着けている人もそれなりに多いわよ。露出を嫌う女性も多いけどね」
「そうなんだ」
未知の世界に遭遇し、拒否反応を起こしているアスピスを宥めるよう、フォルトゥーナは優しい声で説明してくる。
「えぇ。だから、私たちの水着姿を見たところで、男性陣だって驚いたりしないわよ。それなりにきわどい装備とか、冒険ギルドや冒険先で見慣れているでしょうから」
だから、この中のどれを選んだって大丈夫よ! と、根拠があるのかないのか分かり難いフォルトゥーナの主張に押されるようにして、アスピスは渋々子供用の水着コーナーに身を置き露出の少なそうなものを探し始めた。
「うあー、やっぱり温泉着の方が……」
「あら、これ可愛いわよ。胴体も隠れるし、腰の辺りがひらひらした作りで、ちょっとしたスカートみたいじゃない?」
「や。それ、スカートにしたら短すぎだから。お尻の部分がはみだしてるから」
「お尻の部分だって、元から隠れるよう作られているんだから。はみ出していたって大丈夫よ」
なにやら、手にした水着が気に入ったのか、妙にアスピスに押して来る。その様子から、逃げられないことを、アスピスは察した。
「分かったよ。それでいいよ」
「うふ。気に入ってもらえたようで、嬉しいわ」
「っていうか、フォルトゥーナ。自分の水着はどうするの」
アスピスが根負けする形で選ばれたアスピス用の購入予定の水着を――前回の買い物のとき不思議に思い、後から聞いたのだけれども。買う予定のものを入れて持ち運ぶための買い物用のカゴが用意してある店が多くあるとのことだった。そのような便利なカゴに、満足そうに入れているフォルトゥーナへ、アスピスは問いかける。
「それは、もちろん。これからちゃんと選ぶわよ」
そう言うと、有言実行するように、大人用の水着が並ぶコーナーへと向かって行く。その後を、今度はアスピスが追いかけるようについて行った。
「フォルトゥーナなら、スタイルいいから、こういうの似合いそうだよね」
「ありがとう。でも、そうね……」
自分のこととなると、普段の服装からも分かるのだが、あまり露出を好まない方だと思われるフォルトゥーナは、迷うように水着を見ている。
「これは、ちょっと。こっちも、あれね。う~んと……」
「これなんか、フォルトゥーナに似合いそうだよ」
せっかく、出るところはしっかりと出て。と言っても、巨大すぎることはなく。アスピス的に素晴らしいピンポイントサイズだと思われる胸やお尻。そして、締まるまるところはきっちり締まり引っ込んでいる。と言っても、女性らしさを感じさせる柔らかさは失われておらず、健康的な引き締まり具合の細い腰。そんなフォルトゥーナの体なら、胸とお尻の部分が分かれている、下着の布を厚くしたような服でも、華麗に着こなしてくれそうな気がして、アスピスは目についた水着をフォルトゥーナに差し出してみる。
それを受け取ったフォルトゥーナは、ちょっと驚いた感じで、うっすら頬を赤くした。
「ちょっと、露出が多すぎじゃない?」
「フォルトゥーナなら。っていうか、フォルトゥーナこそ、こういう水着をきるべきじゃないかな?」
一ヵ月ちょっと前まで、アスピスとそう変わらぬ、ガリガリで寸胴だったはずのフォルトゥーナ。それが、眠りから覚めてみると、スタイル抜群の女性に変身していて、アスピスはすごく驚いたのである。
一ヵ月ちょっと共に過ごした現在は、見慣れて来たので、抵抗感もなくなったが。ある意味で、眠りにつく前から知っていた同年代の仲間たちの中で、その成長ぶりというか、体のラインの育成ぶりに一番驚いたのがフォルトゥーナかもしれない。
その他の男性陣は、無駄に縦に伸びすぎじゃね? って言いたくなるくらい、みんな長身になってしまい。体形はそれぞれ差はあるが、各自で自分なりに鍛えていることもあり、適度に筋肉のついた、スタイル的には悪くない範囲での違いがあるくらいでしかない。それもこれも、魔族の血や聖族の血の影響なのかもしれないと思うと、恐るべきは他種族の血となるのだろうか。
そんな中、18歳だし聖族なので未だ伸びる可能性は秘めているものの、現在173センチというカロエが小さく見えてしまう、気の毒な現状。
とはいえ、希望とする六剣士にまでは未だ至れずにいるが、冒険者と名乗って日々冒険を重ねて来たらしいだけあって、体は適度な筋肉で引き締まっていてるし。聖族だけあって、顔も良いので、普通に見れば標準をそれなりに上回るかっこいい青年となるのだろうが。
(だめだ。一ヵ月ちょっと前まで、あたしより身長が低くかったしガリガリだったし。二ヵ月ちょっと前まで、ビオレータ様の元で、あたしに甘えまくっていた、8歳だったころのカロエの印象が強すぎるわ)
思わず、修正修正。と、額の前で左手を振り回していたら、フォルトゥーナが不思議そうに声をかけてきた。
「どうかしたの?」
「えっ? あ、ううん」
思わず思考をトリップさせてしまっていたことに気づき、アスピスは笑顔でフォルトゥーナに応じる。
「なんでもないよ」
「そう? ならいいけど……」
「それよりさ、水着は決まったの?」
「えぇ。せっかくアスピスが勧めてくれたんだもの。ちょっと恥ずかしい気もするけど、これにするわ」
そう言いながら、フォルトゥーナはアスピスが選んだ水着を、アスピス用の水着の上に重ねるように、買い物かごの中へ入れてみせた。
「そっちは、みんな決まったの?」
「あぁ。温泉着だと、どれもこれもオフホワイトの膝上丈のパンツだからって、カロエとシエンが水着の方が良いって言い出して。俺やレイスもまぁそれでいいかって。それに、イヴァールが既に温泉着は持っているとかで、水着を新調したいって言うから、全員水着になったって感じだな」
いつの間にかレイスも合流していたようで、無事に水着を選べたらしい。
「そう。私たちも水着にしたわ。温泉着も膝丈の可愛いワンピース調だったのだけど。せっかくの機会だしってことで」
ねぇ。と、フォルトゥーナがアスピスに同意を求めてくる中、アスピスは男性陣の買い物カゴを、さり気に奪い取る。
「どれが、だれのなの?」
「あー? えっと」
そう言って、説明をはじめようとエルンストが口を開きかけたが、疑問が生じたらしく不思議そうに聞いてきた。
「それ聞いて、どうする気だ?」
「や。ちょっと買い足したいものもあるから、ここはあたしに払わせてもらおうと思って」
「あら、アスピス。さっき、エルンストやレイスに大金使わせたの私なんだから、ここは私が払うわよ?」
「ううん。ここは、あたしに払わせて」
ようやく訪れたおごりの機会である。ここを逃してたまるかと、アスピスは強気に言い切り、押し切ると、エルンストから水着の説明を受け。その後、ちょっと買い足したいものがあるから、先に外で待っていてくれと頼んで、ふたつのカゴをひとつにまとめると、それを持って、雑貨コーナーへ向かって行った。
目的とするのは、色が色々取り揃えてあるタオルコーナー。
もうひとつ空のカゴを持ってくると、その中へ、大判のバスタオル1枚とフェイスタオル2枚をセットにする形で、今回温泉へ行くメンバーとルーキス一家の3人分を。大判のバスタオルが瞳の色で、フェイスタオルを髪の色になるよう、選び取る。
そして、セットになるようまとめたタオルの順番が崩れないように、空の籠の中にいれようとしたら、山となってしまったことで、水着の入ったカゴを左の前腕に掛け、タオルを押し込んだカゴを抱える格好でレジへ向かう。
「いらっしゃいませ。こちらはプレゼント用で?」
「はい。組み合わせは、こんな感じで――」
と、一言では終えられず。事前に組み合わせていたタオルのセットを、会計用のカウンターの上にそれぞれ広げ。その上に、色を間違えないように気を付けながら、みんなの水着を載せていく。これで、全セットの完成である。
「これを、一組ずつ包んでください」
「はい、わかりました。それで、リボンの方はどうしますか?」
「何色があるんですか?」
「どの色でもご用意できますが」
白地のリボンがセットされた台をだし、希望に沿った色のリボンが作れます。と、店員が自慢げに告げてきた。
おそらくリボンがセットされた台にはスロットが付いていて、色を作ったり染めたりする類の法陣カプセルがはめてあるのだろう。
「だったら、大判のタオルの色のリボンをそれぞれ付けてもらえますか?」
「はい、わかりました。少々お時間をいただきますので、店内を見ながら待っていてください」
店員はそう言うと、その場にいた他の2人も招集するようにして、包装作業を開始した。
「おまたせー」
思った以上に時間が経過してしまい、みんなを待たせてしまったと、慌てて謝罪しながら出て行ったアスピスを出迎えたのは、麦わらで編まれた可愛いリボンが巻かれている帽子であった。
「ほら、やっぱり似合った」
勝ち誇った口調でフォルトゥーナが、エルンストたちに言い放つ。
訳が分からず、きょとんとしていたら、水着のお礼だといわれてしまった。
(おごった意味、なくなるんだけど……)
まさか突き返す訳にもいかず。さり気に店のウィンドウへ目を向けたら、それが鏡の役目をしてくれて、麦わら帽子をかぶっているアスピスの姿が映し出される。
今日の格好に、それがとてもマッチしていて。
(結構、この組み合わせは可愛いかも)
思わず、嬉しくなって笑みがこぼれる。
「ありがとう」
「どういたしまして。これは、みんなで買ったのよ」
「みんな、ありがとう。とっても可愛いよ、これ」
改めて、みんなにお礼を告げると、アスピスは帽子のツバに軽く手を掛ける。
「フォルトゥーナが、今日のお前の格好に絶対に似合うっていうからさ」
「実際、とても似合ってますよ」
不愛想に告げてくるエルンストに、にこやかにほほ笑みながら告げてくるレイス。
この差は、魔の血を引いた者と聖の血を引いた者の差なのか。単なる性格の違いなのか。そもそも、性格は、種族の血に影響されるものなのだろうか。と、どうでもいいことを考え出し始めたことで、アスピスは慌てて思考を止める。
(種族は関係ないか。ルーキスって魔族だけど明朗だもんね)
うん。と心で頷いて、思考に終止符を打ったアスピスは、次はどこに行くのかと、フォルトゥーナに問いかける。
「浴衣、かしら」
「浴衣は、俺、いいや」
「だめよ。逃がさないわよ」
ひとり逃げ出そうとしたエルンストの背の部分の服を摘まみ取ると、フォルトゥーナは軽くエルンストを睨みつけた。
「今回の温泉は、アスピスのためにも、とことん付き合ってもらうんだから」
せっかくだから、満喫しなくちゃ。と、嬉し気にほほ笑むフォルトゥーナへ、エルンストが肩をすくませる。
「そういえば、お前も行ったことなかったか」
「それは、みんなも一緒でしょ」
「それはそうだが、アスピスだけでなく。フォルトゥーナだって楽しみなんだろ」
「ええ、そうね」
エルンストの指摘に、フォルトゥーナは素直に応じると、背中の服を摘まんでいた指を離すと、流れる仕草でエルンストの腕に手を掛けた。
「だから、諦めてちょうだい。今日は逃がさないわよ」
艶やかに笑いながら、ちょっぴり甘えるような声音を交えてエルンストに向け断言してみせるフォルトゥーナが、アスピスの目にとても綺麗に映った。
(もしかして、だけど……)
12歳でも、一応女性に類している訳で。勘が働くこともあるはずである。
日ごろは大人の態度で覆い隠している感情が、明日からの温泉旅行を楽しみに浮かれる心の隙間から、わずかだが漏れ出てしまったのだろう。
(全然、気づかなかったな)
他のみんなはどうなのだろう。と、思いつつ。不審でない範囲で周囲を見渡せば、あるがままを受け入れているといった感じの態度をみんな取っていた。
(もしかして、あたしがこの時点で目を覚ますことをしなかったら――)
フォルトゥーナは、どうしたのだろうか。現状、フォルトゥーナの言動を拒むことなく受け付けているエルンストと、うまくいっていたのかもしれない。というよりも、いつから芽生えた感情なのか分からないが、アスピスが眠っている間。いつ目覚めるかもわからなかったのだから、アスピスは居ないと同じ扱いだったはずである。その間、フォルトゥーナは、エルンストにどう接して、エルンストとどんな関係を築いていたのだろうか。
(あたしって、フォルトゥーナにとって、実は邪魔者とか?)
否定したいが、瞬間的に生じた勘が、この考えは正しいと肯定している気がしてしまい、アスピスは途端に不安を抱いてしまう。
「どうしました? 顔色が少し悪いみたいですが」
「明日が楽しみすぎて、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたい」
「明日からが本番なんですから、それはちょっとまずいですね」
急に態度が低迷してしまったアスピスの様子に、逸早く気づいたレイスが、心配げにアスピスの顔を覗きこむ。
そして、決心を固めるようにして口を開いた。
「すみません、フォルトゥーナ。浴衣など、他に必要なものなのですが。俺とアスピスの分を頼めますか?」
「それは、かまわないけど。そうね、アスピスの体力を温存しないとですものね」
「はい。お願いします」
「こっちこそ。アスピスのこと、お願いね」
「分かっていますよ」
心配そうに、エルンストから腕を離して、こっちへ来ようとするフォルトゥーナを、レイスは手を掲げることで、それを押し止め。その場で、アスピスを軽く抱えると、自ら傍に寄ってきたアネモスの背に乗せる。
「じゃあ。俺たちは途中退場で申し訳ありませんが。みんなは明日への買い物を楽しんできてください」
レイスは笑顔を浮かべてそう告げると、アスピスの乗ったアネモスを従え、自宅の方へ向かい歩き出していた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。