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第207話(依頼掲示板Ⅱの3/往路1)

[二百七]


 セアの泉に行くために、先ずは赤道を通り、準王都と呼ばれているアーレアの町へ向かって馬車を進めていく。

 ちょっと遠くにあるため、馬車で7日。休憩や野営などを含めると、もう少し時間を要してしまったりするが、目安としてはそれくらいの日数で到着するらしい。

 初日の御者はエルンストが行うことになり、残りのメンバーは後ろの馬車へ乗り込んでいた。

「アスピスは、床で過ごすのか?」

「そうですよ。あたしは犬でも猫でもないので、床で過ごすのです」

 シエンが不思議そうに訊いてきたので、アスピスはあっさりと肯定する。

 それというのも、馬車に乗り込む早々、中央の床にシートを敷いて、飛ばないように折り畳みできるミニテーブルを置き、フォルトゥーナに買ってもらったクッションをセッティングして、居心地の良い空間を作り出したからとなる。

 テーブルにはお茶を淹れるための一式が並べられていた。

「シエンには、この冒険中にいっぱい親切をしないといけないので、こちらにきてもいいですよ」

「なんか、目論見がばればれだぞ。隠す気、全然ないな」

「そう言いながら、席を立っているシエンもなかなかだぞ」

 苦笑を零すシエンに向けて、ルーキスがおかしそうに笑い出す。

「呼ばれたからには、応じてやらないとだろ」

 気分としては悪くないようである。誘われるままにアスピスが用意したスペースに、シエンが入って来た。

 それを受け、アイテムボックスからクッションをもうひとつ持ち出して来ると、シエンに差し出す。

「こちらをお使いください。クッションがあると快適な床ライフを送ることができますよ」

 赤道を利用している上に、新たに開発された振動を抑える器具を早速購入して装着してくれたことで、馬車の揺れはほとんどなかった。しかも床の硬さはクッションで対応しているため、なかなかいい具合である。

「それでは、お茶を用意しますね」

 準備していた道具を使い、アスピスはいそいそとお茶を用意していく。数は、エルンストを除いた人数分である。

「どうぞ皆さんお飲みください」

 小さなテーブルに適当にマグカップを並べて、みんなに取って行ってもらうことにする。

 ただし、サービス相手のシエンには、手できちんと受け渡す。

「本当に、徹底してるな」

 受けているサービスの目的がはっきりしていることで、シエンはおかしそうに笑うが、アスピスは真剣である。

「本当はシェーン様にサービスをしたいのです。お役立ちなのはシェーン様なのです」

「まぁ、否定はしないけどさ。もうちょっと本音は隠してもいいんじゃないか?」

「正直なのが、あたしのセールスポイントなの」

「嘘を吐かれるよりはいいのか?」

 断言したら、シエンが少し悩んでみせる。ちょっと引っ掛かりがあるらしい。

 そこで、ひとつの提案をしてみせた。

「素晴らしいお顔とお体をお持ちのシェーン様になりませんか? いっぱいサービスをして差し上げますよ」

「アスピスがどうしてもっていうなら、考えてやらないこともないけどな」

「どうしても」

 即座に言われた通りに返したら、やはり笑われてしまう。

 しかしアスピスとしては、非常に解せなかった。

「シエンが言ったのに、なぜ笑うのですか?」

「いや。素直で可愛いなと思っただけだろ」

「それは、嘘なのです。思い付きで言われても嬉しくありません」

「本気で言ってやってるんだけどな」

 手渡したお茶を飲みながら、嘘だと言い切ったアスピスへ向けて苦笑を洩らす。

「ところで。なんで、嘘だと思うんだ?」

「あたしは自分のことくらい、分かっているのです。過剰な評価は必要ありません」

「過剰か?」

「あたしは至って並なのです」

 迷うことなくはっきりと宣言すると、シエンが不思議そうな顔をした。

「んー。まぁ、アスピスの周りは美形と美女で固められてるからなぁ」

 同居している男性に至っては、魔族や聖族といった種族的に美形でることが保証されている者ばかりである。そのため目が肥えて、基準が高めでも不思議はないと捉えたようである。

 美醜に関してはここの好みも関わってっ来ることなので、それ以上は言及することはせず、シエンは話題を変えてみせた。

「それよりも。アスピスは、シェーンの方がいいのか?」

「お役立ちなのはシェーン様ですが、どうしてもというならシエンでもいいですよ」

「じゃあ、どうしても」

 お試し気分という感じで、アスピスの反応を窺いながら発せられた台詞に、アスピスはにこりと笑って応じてみせる。

「あたしはシエンと違って嘘は吐きません。シエンがそうまで言うなら、シエンでいいことにしてあげます。その代り、貸しはシェーン様につけておいてくださいね」

 了承の返事をしながらも、しっかりと大事なことだけは忘れないように告げておく。そして、カップを手に取るとアスピスもお茶を飲み始めた。



 昼の休憩を挟んで、馬車をそのまま夜まで走らせ、ハイセクヴェレの町の砦の外へ到着する。そこで一旦馬車をしまい、アネモスに『生き物用』ボックスに入ってもらうと、町を囲んでいる砦の門へ向かって歩いて行く。そして、アスピスとラファ家の一人娘であるリュミエールが起こした騒動もあり、顔見知りとなった衛兵と挨拶を交わし、通行許可を得ると、町の中へ入って行く。

「いつも通過するのに、どうしたの?」

「たまにはいいだろ。それに、シエンとイヴァールがいるからな」

 感じたままの疑問をそのまま口にすると、アスピスの頭を掻い操りながら、エルンストが応じてくれる。どうやら、王族である2人を気遣ってのことらしい。

 それに対して、シエンが肩をすくませた。

「変に気を遣われる方が、困るぞ。気軽に同行できなくなるだろ」

「気にしてはいけません。お風呂に入れるのは素敵なことですよ」

 冒険中は野宿が基本となるので、長期間お風呂へ入れないのは、仕方のないことだと割り切ってはいた。けれども、入ることができるならば、それに勝ることはないと思うのである。

 なので、シエンを黙らせるべくアスピスは説得することにした。

「あたしは、お風呂が大好きなのです」

「まぁ、俺も好きだけどな」

「なら問題はありませんね。そういうことになったので、お宿はお風呂のある所にしてください」

「この町の場合、風呂がないところを選ぶ方が難しいけどな」

 シエンの同意を得たことで、ねだるようにしてエルンストへ話し掛けると、苦笑を浮かべられてしまう。

 しかし、お風呂に入るためならば、そんなものは細かなことであった。

 そんな会話を受け、ルーキスがアスピスに問いかけてきた。

「アスピスはどんな宿がいいんだ?」

「お風呂があれば、安いお宿でいいですよ」

「まぁ、遊び目的じゃないしな。適当なところでいいか」

「いいんじゃないか。アスピスは風呂さえ入れれば、文句は言わないだろうし」

「そんじゃ、冒険者用の宿でいいな」

 豪華で賑やかな町の中心街から少し外れたところにある、冒険者を相手にしているシンプルな佇まいの宿を選ぶと、中に入って行った。そしてお風呂があることを確認したうえで部屋を借りることになったのだが、大部屋が6人用と相部屋を前提とした12人用しかないということらしく、受け付けのカウンターにいる宿屋の主人とルーキスが交渉し、6人部屋を借り切ることで話しがまとまる。

 そこで宿代を支払うと、借りた部屋へ案内してもらい、ようやく本日の寝床を確保した。

「それでは早速お風呂に入って来ますね」

「ちょっと待て。お前ひとりで大丈夫か?」

「なにがですか? お風呂にならひとりで入れますよ」

 アイテムボックスから着替え一式を取り出して、袋に詰めると、すぐに取り出させるようにアイテムボックスの入り口にまとめておいておく。

「それでは、行ってまいります」

「だから、ちょっと待て。つうか、風呂を諦めるつもりはないか?」

「なんてふざけたことを宣うのでしょうか」

「いや、本気なんだけどな。今回、フォルトゥーナもシェリスいないだろ?」

「あたし1人じゃ、絶対にダメなのでしょうか?」

 お伺いを立てるよう、下手になって問いかけると、あっさり肯定されてしまう。

「ひとりで入ったことないだろ? それに、なにかあったら困るしな」

 どうしても、ひとりでは行かせてもらえないようである。

 こうなってしまっては仕方がないと、アスピスはちょっといけない笑みを浮かべる。

「ふふふふふ。それならば、お任せください奥の手があるのです」

「奥の手?」

「奥の手です。シェーン様に登場してもらうのです」

「は? ここで俺が駆り出されるのか?」

「さすが、お役立ちシェーン様なのです」

「まぁ、いいけどな」

 アスピスのとんでもない思い付きに、シエンとアスピス以外のみんなは断ると思っていたようだ。なのだがシエンによりあっさりと承諾されてしまったことで、アスピス以外のみんながびっくりしてしまう。

「本気か?」

「ん? べつにどうってことないだろ」

「シエンが構わないなら、いいんだけどな」

 虚を衝かれた気分でいるらしいエルンストたちは、ちょっと唖然とするように、シエンを見つめてしまう。けれどもシエンが服を脱ぎ、幻術を発動させたことで、みんなが一斉に視線を逸らせたのであった。



 肉体変化を伴った幻術は完璧で、どこから見ても、どこを触っても、立派な女性となっていた。そんなシェーンと2人でお風呂に入り、ほかほかのぬくぬくになって出てくると、貸し切った大部屋へ戻っていく。

「シエン、ありがとうございますね。眼福でした」

 万が一に備え、人前ではシェーンの名前を口にするのは避けるよう言われたので、シエンの名で呼ばせてもらうことになった。そのため、シェーンを相手にシエンの名前を口にする。

「どういたしまして」

 アスピスのお礼に対し、にっこりと微笑むシェーンはとても美人であった。そして、部屋の扉を開けて中へ入ると、みんなが出迎えてくれた。

「ただいまなのです」

「おかえり。ていうか、本当に2人で入って来たのか?」

「アスピスに頼まれたら、断れないだろ。ちゃんと入って来たぞ」

「エルンストは誤解しています。他にも何人かお風呂に入っていましたよ。2人きりじゃありません」

「それは、ちょっと勇気ありすぎだろ」

「エルンストたちは知らないのです。シェーン様はとてもナイスなお体をしているのです。お胸はマシュマロのように柔らかくて弾力がありました」

「そうか? 気に入ったなら、なによりだったな」

「や。お前、アスピスになに触らせてんだ?」

「アスピスが胸を触ったことがないっていうからさ。なんとなく触ってみるかって訊いたら、即座に『うん』って返されちゃってさ。そうなったら、触らせないわけにいかないだろ」

 あっけらかんと、シェーンの姿をしたシエンが、呆れるエルンストへ事情を説明する。

「訊くなよ。それに、その体は幻だろ」

「肉体変化付きだから、一応のところ本物だぞ」

「お風呂にいたどの女性よりも、シェーン様は美しかったですよ。フォルトゥーナやシェリスやアンリールとスタイル競争しても、対等に戦えます」

「んー。喜んでいいんだか、ちょっと複雑ではあるけどな」

「女風呂に入る時点で、終わってるだろ」

「そうは言うけど、生まれたときからこの体と付き合ってきたから、見慣れちまってるし」

 大したことなんてないと言いたげに、シェーンはベッドに腰かける。

「さてと、元に戻るか」

「それはとても勿体ないのです。シェーン様のままでいてくださいね」

「なにげにシェーンのこと気に入ってるのか? シエンもシェーンだぞ? 扱いが違いすぎないか?」

「お顔がきれいで、お体がナイスな女性は好きですよ」

「だったら、一緒に寝るか? そしたら、このままでいてやるぞ」

「分かりました。ご一緒に寝て差し上げます」

 シェーンの誘いに乗るように、アスピスはシェーンのベッドに乗ってみせる。そして、いそいそと布団へ潜る準備を開始する。

 どっちにしても、ベッドがひとつ足りないので、アスピスが誰かと寝る計算だったのである。その相手が、エルンストかシェーンかの違いだったので、気にすることなくシェーンを選ぶことにした。

 そんなアスピスを見て、シェーンがエルンストたちの方へ視線を向ける。

「おい、保護者たち。これはどう解釈すべきだ?」

「誘ったの、シエンだろ。責任もって添い寝してやれ」

「俺はかまわないけどな。それにしても、俺のこと男だと認識できてんのか?」

「本体がシエンって分かっていて、それでも風呂に誘った時点で気づけよ。しかも胸まで触らせておいて、よく言うぜ」

「そうかもだけど、なんかものすごく微妙だぞ」

 シェーン自体を褒められるのは、長年の付き合いもあって自分の体と同じようなものなので、嫌いではなかった。なのだが、本体は男であり、思考も男なので、シェーンの本体を知っている人物に女と認識されるのは、複雑な気持ちとなってしまうのだ。

「結婚の申し込みしてんだけどなぁ」

「細かいことは気にしてはいけません。それよりお風呂に入ったので、シェーン様も横になるといいですよ」

「んー。まぁ、いいか」

「そうです。まぁ、いいのです」

「いや、待て。アスピス!」

 アスピスが、シェーンを布団の中へ招き入れるよう、軽く毛布を持ち上げながら横になるよう催促しているところへ、エルンストがハッとするよう声を上げてきた。

「なんでしょうか? 子供のあたしは寝る時間ですよ」

「そうじゃねぇだろ。お前、夕食まだだろ」

 シェーンの大胆過ぎる行動の方へ意識が行ってしまい、うっかり見過ごしてしまいそうになり、エルンストは慌てて指摘する。瞬間、余計なことをとばかりに、アスピスの口から舌打ちが洩れ出たのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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