第205話(依頼掲示板Ⅱの1)
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。
[二百五]
賑やかで平穏な日々が過ぎていき、怪我を負ってから1ヵ月半と少し経ったころアスピスの足から固定具を外してもらえた。
そして無事に窮屈な生活から解放されたことに、アスピスは心から喜んでいた。
しかもこの日は、仕事に出ていたレイスが返ってくる日でもあり、嬉しさは一入である。
「何度も言うが、急にたくさん動いたりしないようにな。少しずつリハビリしながら動かすようにしろ」
にこにこと今にもちょこちょこ歩き出しそうなアスピスをイスに座らせ、クリシスは念を押すように語り掛けてくる。
「それと、栄養はしっかり取るんだぞ。怠けるなよ。固定具を付けていたから正確な体重が測れなかったから、誤魔化せると思っているだろうが、それは甘いからな」
「クリシス先生は、あたしを太らせようと目論んでますね。でも無理ですよ、あたしは素敵な体操を見つけてしまったのです。いずれは――」
「そういえば、私は筋肉を落とさないために体操をしろと言っておいた気がするんだが。それが、どうすれば、エルンストが自慢できる体作りに変わってるんだ?」
「うっ……。さてはノトスですね。あたしのプライバシーはだだ漏れなのです」
クリシスにこの情報を提供できるのは、一緒に住んでいる人以外では、ノトスかシエンかシェーンかイヴァールである。その中で、クリシスにわざわざアスピスに関しての話題を振りそうなのは、ノトスであった。そのため名前を口にしたら、大当たりだったようである。クリシスは否定することなく、すんなり話しを続けてみせた。
「先日顔を合わせたときに、たくさんのアスピス情報を提供してくれてな。怪我をした時に私をアスピスのところへ連れて行ったお礼にと招待された先で、アスピスとシェリスたちの息子にすごい接待をしてもらったと言っていたぞ」
「そうなのです。お客様のノトスを接客すべく、とても頑張りました。あたしは果物の皮を剥く係だったのです」
「食わせるだけじゃなくて、自分の口にも運ぼうな」
「だってツルンぺろんと皮が剥けるのです。クリシス先生にも今度ごちそうしてあげましょうか? 皮はあたしが剥いてあげますよ」
「私が皮を剥いて、アスピスの口に運んでやりたいところだな」
「あたしの仕事を奪ってはいけません」
クリシスの発言を受け、アスピスは慌てて拒否をする。そして、これ以上ここにいてはなにを言われるか分かったものじゃないと、アスピスはイスから立ち上がった。
「あたしはこれで退散しますね」
「痛みは無いか?」
「固定されていた方の足が変な感じですね。固くなっている気がします」
「だから、リハビリが必要なんだろ。歩けるようになったからと、歩きすぎるなよ。それと、お手伝いも少しずつだからな」
「クリシス先生、なんだか注文が多い気がします」
「足を完全に治してやる約束だからな。色々と注意が多くなるのは諦めろ」
「ふー。仕方ないのです。足を治すために我慢しますね」
「そうしてくれ」
アスピスの弁を受け、クリシスが笑みを洩らしながら、アスピスの頭を乱暴に掻い操った。
「まぁ、ここまでよく耐えたな。もう少しだから、頑張れよ」
「はーい。それじゃあ、クリシス先生ありがとうございました。あたしは帰ることにしますね」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ。それと、定期健診で逃げるなよ」
「体重と相談して考えます」
それでは失礼しますと、アスピスはぺこりと頭を下げて、診察室を後にする。それと入れ替わるように、エルンストとルーキスが中へ入って行った。そんな2人を待つことしばし。疲れた面持ちで2人が外に出てきたことで、エルンストに手を伸ばし抱き上げてもらうと、家へ帰宅した。
家に戻ると、仕事から帰って来ていたレイスが迎えてくれる。
久しぶりに顔を見たことで、アスピスは笑顔を浮かべながら、足の報告をレイスにしてみせた。
「ほら、ひとりで立てるようになったの」
「足の固定具を取ってもらえて良かったですね。あともう少しで元通りになりますね」
にこにこ笑うアスピスに、家で待っていてくれたみんなが口々に「おめでとう」と言ってくれる。それがまた嬉しくて、アスピスは笑みを深めていった。
「今日からお手伝いしますね。やっとお役に立てるようになりましたので、楽しみにしていてください」
「やる気なのはいいが、クリシス先生に言われたこと忘れてないだろうな。固定していた足のリハビリがちゃんと済むまで、足を使うのはほどほどにしておけって言われただろ」
「お手伝いもリハビリの内ですよ。エルンストは分かっていませんね」
「分かってないのはアスピスの方だろ。お前がそんなだから、俺たちが呼ばれて色々と言われなくちゃならないんだからな」
溜め息を吐きながら口に乗せられた言葉へ、エルンストは心外だと訴えるよう意見してくる。アスピスとしては、それこそ心外であった。
「エルンストは、あたしの楽しみを妨害するのことを楽しんでいるのです。それはとてもいけないことですよ」
「妨害じゃなくて、お前の足のために言ってんだよ。いけないことしようとしてるのは、アスピスの方だぞ」
「まぁ、仕方ありません。そう言うことにしておいてあげることにしますね。それよりも、みんなにお茶を淹れて差し上げるので、イスに座ってお待ちください」
形勢が怪しくなりつつあることで、エルンストの台詞に対して答えることを止め、アスピスはとてとてと台所の方へゆっくりと歩き出しながら、みんなに向けて話しかけた。
「ありゃ、すっ惚けたな」
「逃げやがった」
「まぁ、嬉しくて仕方ないんですよ。少しくらいいいじゃないですか」
「そうよ。久しぶりにお茶を淹れてくれるっていうのだから、ありがたくいただきましょうよ」
「2人ともクリシス先生と対峙してないから気楽でいられるんだからな」
ルーキスとエルンストが苦笑を交えてごちるのを聞き、レイスとフォルトゥーナがアスピスの言動を微笑ましく見守る気分でフォローを入れる。
瞬間、エルンストが深い溜息を洩らしだす。
「次の診察のときに足に少しでも不具合があったりしてみろ、怒られるのは俺たちの方になるんだからな。次はレイスも連れて行くからな」
「今回は仕事だったのですから、仕方ないじゃないですか。クリシス先生のところへ行くのが嫌で逃げていたわけじゃないんですよ」
立っていても仕方がないので、それぞれの席へ着きながら。文句でも言うような物言いで発せられたエルンストの言葉へ、レイスが肩をすくませながら弁明する。
その間に、アスピスはやかんへピッチャーの水を注ぎ入れ、コンロに置くと火にかける。
長いことしっかり固定していたために足の動きが悪くはあったが、それでも両足で床を踏みしめることができるのは幸せなことだと実感してしまう。
お湯が沸くまでの間に、ラインティバッグを用意してそこへ紅茶葉を入れ封をすると、ティーポットに落とし入れておく。
そしてお湯が沸くと、気を付けながらやかんを手に持ち、ティーポットへお湯を注いで待つこと少々。透明だったお湯が紅茶の色に染まっていくのを見守り、いい感じになったところで、マグカップへ淹れた。
「お待たせしました」
トレイにカップを載せるとそれを手にして、みんなのところへ持って行く。
「カップは各自で取ってくださいね」
みんなの前にトレイを差し出し、カップを取ってもらいながら、テーブルを一周する。そして、トレイの上にアスピス用のマグカップだけ残した状態で自分の席に辿り着くと、トレイごとテーブルに載せて、イスに座るとアスピス用のカップを手に取る。
熱いのでふうふう息を吹きかけながらお茶に口をつけると、満足そうに眼を緩ませていく。
「とても美味しくできました」
「そうね。お茶を淹れるのも、かなり上達したわね。とても美味しいわよ」
「フォルトゥーナには敵いませんが、お褒めの言葉は嬉しく頂戴しておきます」
褒めてもらえたことで、にこりと笑う。そして、再びふうふう息を吹きかけつつ、ちょびちょびとお茶を飲む。
犯人が捕まり平穏な日々を過ごしてはいたが、怪我を抱えたままであったアスピスとしては、事件が解決したとは言い切れないところがこれまであった。けれども、これでようやく本当の平穏が訪れた気がしていた。
冒険者として、せめて自分の身くらい守れるようになりたいと、毎日朝食が済むとほどなく冒険者ギルドの訓練場へ向かうレフンテを見送ると、アスピスはいそいそと外出の身支度を開始する。
アスピスの怪我もあり、みんな家に籠りがちであったため、ちょっと冒険へ出てみようかという話しになったのである。
ミルクを食事とするまだまだ手のかかるカルテイアを残してはいけないため、シェリスは今回の冒険は留守番をすることに決まっていた。そしてフォルトゥーナもシェリスだけでは大変だからと、残ることになっていた。
そのため、六聖人2人だけにするのは心配だからと、ルーキスも留守番を申し出たのだが、前の路に2人も守護役がいるからと、断られていた。それが、なんとなく役に立たないと言われているようで、ルーキスはショックを受けていたようだが、冒険に行けること自体は喜んでいるようである。
仕事を受けに冒険者ギルドへ出かけるアスピスに、ルーキスも付いてくることになった。
もちろん、1人で行かせてもらえるはずはなく、最初からレイスとエルンストは一緒に行くことになっていたので、総勢4人での外出となる。
「それじゃあ、行ってくるけど。なんか買ってくるもんあるか?」
「特にないわよ。それより、アスピスはリハビリ中なんだから、危険なところは避けてよね」
「当然だろ。それに、レフンテも戦闘に参加させてやりたいからな。適当なところを見繕ってくるさ」
それじゃあ行ってきますと、4人はシェリスとフォルトゥーナに見送られて、大通りに向かって歩き始める。途中でアネモスに乗せてもらう都合上、アネモスもその後ろから付いて来ていた。
「そういや、馬車の点検は済んでるのか?」
「時間があったから、徹底的にしてもらった。それに、これまで以上に揺れを抑える道具ができたらしいから、それも装着してもらったしな」
「それは、いいことです。揺れない方が快適ですからね」
エルンストの言葉を聞き、アスピスは満足げに笑みを洩らす。
クッションも用意できたので、中央で過ごす準備は万全である。
「ところで、アスピスはどんな仕事を受けたいんだ?」
「それは見てみないと分かりませんよ。でも、危ないのはダメだと言われているので、戦いをしなくて済むものを選びたいと思います」
「まぁ、妥当だな。多少の戦闘はしておきたいけどな」
アスピスの発言に同意しつつも、腕が鈍ると困るとばかりに、ルーキスは小さく付け足す。
そしておしゃべりしながら、アスピスに合わせてのんびりとしたペースで歩き、時間をかけてギルドへ到着する。
扉を開くと、中はそこそこ賑わっていた。
アネモスを連れていることで、視線を若干集めてしまうが、それはいつものことなので気にすることなく依頼掲示板の前へ行く。
「エルンスト、掲示板が見えません。持ち上げてください」
「あー、はいはい」
適当に返事をしながらアスピスを抱き上げて、依頼掲示板にピンで止められている用紙を見渡せるようにしてくれる。一応は、嫌な顔をせずにアスピスの希望を叶えてはくれていた。けれどもいい加減な対応に対して、文句は言っておく。
「お返事は1回でいいのです」
「分かったから、気になるのを探せ」
「俺はちょっとレフンテの様子を見てくるな。あいつも選びたいかもしれないし」
「そうですね。任せるとは言っていましたが、選びたいかもしれませんから。よろしくお願いします」
「おう。じゃあ、行ってくるな」
レイスの返事を聞き、ルーキスは断りを入れると、階段の方へ向かう。そしてそのまま2階へ上って行った。
「あたしも訓練場というものを体験してみたいです」
「危ないからやめておけ」
「しかたありません。エルンストがそこまで言うのでしたら、2階に連れて行ってください。見学で諦めますね」
「どこをどう解釈すると、俺がそこまで言ったことになるんだ?」
「見学も止めておいた方がいいかもしれませんよ。人が飛んできたりしますから」
アスピスの言葉を受け、エルンストは呆れみせ、レイスが苦笑を零す。しかも、なにげに凄いことを口にしたレイスであったが、レイス自身は特別な発言をしたつもりはないようで、何事もなかった顔をしている。エルンストも気にしていないようであった。
どうやら、本当に人が飛んでいるらしい。
(レフンテ、本当に大丈夫なのかな?)
少し前まで、冒険中の戦闘に加わることをしなかったレフンテである。ちょっと心配になってくる。
そして思わず階段の方へ視線を戻すと、2階からレフンテを連れたルーキスが下りてきた。
「さすがは魔族ってところだな。監督者が、筋が良いって言ってたぞ」
傍に来ると、レイスとエルンストへ報告しつつ、アスピスの顔を覗き込んでくる。
「それで、いいのがあったか?」
「見ている途中ですよ」
「俺が今朝見た限りでは、この辺りが面白そうに思ったぞ」
実はほとんど見ていなかったのだが、アスピスが迷い中であるかのように告げたことで、レフンテが1枚の用紙を指し示す。
依頼内容は、『冷石』の採取とあった。採取地は、『セアの泉』となっている。
どちらも初めて見る名前であったことで、アスピスは首を捻ってしまった。
「冷石というのは、傷を冷やすための薬を作る材料のひとつで、セアの泉の底で拾える石だ。アスピスはユークの森へ行ったことはあるだろ」
「うん。あるよ」
「その下の方にある泉が、セアの泉だ」
「セアの泉か。あの周辺は空気が澄んでいて、魔物が少ないというしな。水浴びもできるし、リハビリを兼ねて行くならちょうどいいか」
「まぁ、ウスエラ王国との国境がすぐ近くにあるが、問題はないんじゃないか」
「そうなりますと、アーレアの町に出てからエモシオンの村へ向かって、ユークの森へ入るのが最短でしょうか。泉も近いので、森の中を歩く時間も少なくて済みますから、魔物との遭遇率もかなり抑えられるはずですし」
レフンテが説明をしてくれている内に、なにやら決定してしまったようである。ルーキスとエルンストとレイスが、目的地について考察し始める。
そして、どの依頼を見てもよく分からない上に、今回は魔物の討伐の依頼は除外となるので、アスピスもそれでいいことにしてしまった。




