第203話(ノトス招待1)
[二百三]
フォルトゥーナが正体を語ったことで、近所でちょっと有名な家になってしまう。しかしそれ以前の問題として、六剣士の制服を着た状態でエルンストやレイスは堂々と出入りしていたし、アスピスも隣の家のセアに職業を明かしていたりしていたので、なにげに既に知られている事実でもあったようである。
これといった大きな騒ぎになることはなく済み、時間の経過と共に落ち着いた環境を取り戻していった。
そして今回の騒動の結末として、近所に新たな知り合いができ、アスピス的には挨拶する人が増えたという感じであだろうか。
足が悪いために公園などで一緒に遊ぶことができなかったが、カウトスとファーシルは気にかけてくれているようである。アスピスを見つけるとこまめに声を掛けてきてくれた。
その影響もあるのだろうか。気付くと、公園から響いていたアスピスのことを笑い馬鹿にする声も消えていた。
べつに特別気にしてはいなかったが、それでもやはり、とても嬉しいことだった。
公園で遊ぶ許可が下りたことでロワも含め、賑やかな笑い声が戻って来た公園の脇を、アネモスに乗って、今日も花の屋台へ向かって行く。
「こんにちは。エトノスお姉さん、お花をください」
「こんにちは、アスピスさん。今日のお勧めは、特別に手に入った花なんだけど、どうかしら。見たことのない花だといいんだけど」
差し出されてきた花は、特徴的で、ちょっと変わった形をしていた。
「面白いお花ですね。でも、可愛くてあたしは好きです」
「よかったわ、気に入ってもらえて。それじゃあ、今日はこれにするわね」
「よろしくお願いします」
「ところで、足の調子はどう? まだ治るのに時間がかかりそうなのかしら?」
「もうちょっとかかるみたいです。クリシス先生が慎重に診てくれているので、お任せしてます」
「あの先生ね。ざっくばらんで面白い方よね」
「30歳、女性で、未婚なのです。あたしから聞いたことは内緒ですよ」
クリシスを知っていると聞き、アスピスはとっておきの情報を教えてあげる。それに対してエトノスがおかしそうに笑ってみせた。
「あら、そんな重要なことを教えてしまっていいのかしら?」
「いいのです。クリシス先生はあたしのプライバシーをあちこち振り撒いているので、お互い様なのです。ですが、くれぐれもあたしから聞いたことは内緒にしてくださいね」
「怒られちゃうのね」
「クリシス先生は、怒らせたら怖いのです。容赦なく体重計に乗せるのです。しかも年頃の乙女に対して、体重を増やせ増やせと言うのです」
なんて恐ろしい先生なのでしょうか。と、アスピスは訴える。
そして、しばらくエトノスを相手に談笑をすると、支払いを済ませ、満足しながら帰路へつく。
その途中、ロワがアスピスのもとへ駆け寄ってきた。
「アスピス、これからカウトスたちの家に赤ちゃんを見に行かない? お家に招待してくれるって」
「とても魅力的なお誘いですが、今日はお夕飯の準備を手伝う約束なの。フォルトゥーナが腕に縒りをかけてお料理してくれるの」
「そっか。ノトスを招待するんだったね。ボクも帰るよ」
「ロワは明るい内に帰ってくれば大丈夫よ。遊んで来てくださいね」
「ううん。アスピスを連れて遊びに行くって約束だから、今度にしてもらうね。ちょっと待ってて。断ったらボクも帰るから、ここにいてね」
「だったら、あたしもご挨拶しに行きます。いつも来てくれるので、たまにはあたしから行きます」
ロワの後ろを付いて行くよう、アネモスにお願いする。そして、アスピスは初めて公園の中へ踏み込んだ。
途中でテネルの屋台に寄ると、頼んでおいた品と頼んでおいた果物が用意されていた。頼んでおいた品は、以前話しが弾んだときに、譲ってくれると言っていた物である。どうしても今日使いたかったので、お願いしておいたのだ。それと果物に関しては名前が分からなかったので、特徴を教えたら、笑われはしたがちゃんと分かってくれたようだ。実際は、同時に告げた形や色で分かったのだが、アスピスはそのことに気づいてなかった。
目的としていた果物の代金を支払い、お願いしておいた品と共に受け取ると、アイテムボックスを開いて中にしまい込む。
そしてお礼を述べ、別れの挨拶をして、家へ戻った。
そこからは、ノトスを招待するための準備が開始される。そのため先ずは、フォルトゥーナと共に夕食の準備をすることから始まった。
帰宅すると手を洗い、いそいそとテーブルを前にすると、アスピス用の簡易キッチンを用意する。それが終わると、フォルトゥーナに頼まれた野菜を切ることから開始した。
最初はサラダ用の野菜をちぎったり、皮を剥いたり、切ったりして、野菜別にボールへ入れていく。それが完了すると、フォルトゥーナへ手渡し、次はシチュー用の野菜の皮を剥き、大きめに切っていった。続いて、シチュー用の肉を切り始める。
メインとなり肉料理は、先日試しに作っていたオーブンを使うものとなるそうだ。フォルトゥーナはその下準備をしていた。
そして、シチュー用の具を切り終えると、再びフォルトゥーナを呼んで、野菜が入ったボールと肉が入ったボールを渡す。
現在のアスピスができるのは、ここまでであった。そのため、フォルトゥーナがお礼を言ってきたことで、お手伝いが終了してしまう。
ちょっと残念であったが、仕方のないことである。
テーブルに広げたアスピス用の台所を片付けると、次の準備に取り掛かるために、エルンストに頼んでお風呂に連れて行ってもらうことにした。
少し時間をかけてシャワーを浴び、体と髪を洗うと、髪を湿らせた状態になることを条件に「乾燥」と唱えて体を乾かす。そして、下着と洋服を身につけていると、シャワーの音や精霊術を唱える声を頼りに、エルンストがタイミングを見計らって脱衣所へ入って来た。
「服は着たか?」
「うん。運んで下さい。髪はエルンストにお願いしますね」
「了解」
アスピスの返事を受け、エルンストが浴室へ入って来る。そして、アスピスを抱き上げて2階へ連れて行ってくれた。
部屋に到着すると、ベッドに落としてもらい、香油と櫛を手にベッドへ戻って来るのを待つことにした。
「それにしても、接待役のフォルトゥーナがおしゃれするのは分かるんだけどな。なんで、お前までおしゃれしてるんだ?」
「今日のノトスはお客様なの。だから、きちんとお迎えをしてあげないといけないのです」
「いつもは客じゃないってことか」
「そうですね、そうかもしれません。ノトスはフォルトゥーナの対だから、扱いはちょっと雑になっているかもしれませんね」
「俺としては、別にそれでもかまわないんだけどな。フォルトゥーナの対だと、なんで扱いが雑になるんだ?」
不思議そうに問いかけながら、アスピスの髪の手入れをするためにベッドへ戻って来たエルンストが、いつものように脚の間にアスピスの体を収め、適当な位置まで引き寄せると、髪に香油を塗り始める。
「フォルトゥーナの対は、あたしの対と言っても過言ではないのです」
「まぁ、間違ってはないけどな。本当ならお前が『赤』だし」
「さらに付け加えると、ノトスは大人なのにあたしをいじめたのです」
「こっちが本音か」
そこそこ時間が経っていた上に、ノトスとそれなりの関係を築いていたことで、根に持っているとは思っていなかったらしい。エルンストは、おかしそうに目を緩ませていく。
しかし、あすぴすとしては心外な反応であった。
「笑ってはいけません。あたしのガラスのハートが砕けているかもしれないんですよ」
「そいつは気の毒だったな」
「そうなのです。ですが、今日はあたしが大人になって、ノトスをお客様としてお迎えするのです」
「心が砕けたっていうのに寛大だな」
「自己修復能力がついている、高性能なハートを持っているのです。ちょっと壊れやすいのが玉に瑕ですが、あたしは女の子なので問題はないのです」
「それって、かなり丈夫なんじゃないか?」
髪に香油を塗りながら、呆れた声で問いかけてくるエルンストへ、アスピスは文句を口にする。
「女の子は繊細な生き物なんですよ。大事に取り扱ってください」
「お前が、砕けてもすぐに元通りになるって言ったんだぞ」
「揚げ足を取ってはいけません。物事は次々と変わっていくものなの」
「アスピスの都合いいようにか?」
開き直って言い返すアスピスに、エルンストが耐え切れないという感じで失笑した。それと同時に手の動きも止まる。
「ほら、できたぞ。ゴムを取ってくればいいのか?」
「リボンもお願いします。この服に似合うリボンをご所望します。エルンストのセンスが問われる場面ですので真剣にお選びくださいね」
「なに気に責任重大になってんな」
櫛をアスピスの手に渡し、香油を持ってドレッサーへ向かったエルンストは、引き出しを開けると香油をしまう。続けて別の引き出しを開けると、中からゴムとリボンを選び取り、ベッドへ戻って来たエルンストがアスピスにそれを手渡してきた。
「こんなでいいだろ」
「服とお揃いの色を選びましたか」
「無難だろ」
「つまり逃避をしたのですね。でも、エルンストが選んでくれたので、今日は満足することにします。精進することを期待しております」
「なにげにプレッシャーをかけてきたな」
「そんなことありませんよ。大好きな人が選んでくれたゴムとリボンなので、たとえそれがいい加減に選ばれたものであっても、幸せなものなのです。健気だと思いませんか?」
文句を述べつつ、嬉しそうに三つ編みを作ってゴムで止め。その上からリボンを撒いて結わくアスピスの姿に、エルンストも満足しておくことにしたようだ。髪を整え終えると、アスピスが要求するより先に、抱き上げてくれた。
そして部屋から出たところで、1階からノトスが訪れたことを知らせるよう、歓待する声が上にも届いてきた。
「今日のノトスは幸せ者ですね」
いつもよりも少しばかり豪勢な食事が並ぶテーブルに、フォルトゥーナの隣の席が用意されていたノトスへ、アスピスが声を掛ける。
「そりゃどうも。ていうか、ちゃんと食ってんのか? ちゃんと食事を摂らないと足が治らないぞ」
「もちろん食べてますよ。お腹がいっぱいになったら止めますが、健康にいいのは腹八分目と言うので、問題ありません」
「お前の腹いっぱいは怪しいからな」
きっぱりと言い切ったアスピスに、ノトスは苦笑を浮かべながら応じてくる。それを敢えて無視して、アスピスはシチューの汁の部分だけスプーンで掬って飲み干してしまう。
食器は、ルーキスが買ってくれたロワと色違いの子供用のものを使用していた。
ロワとお揃いだったので、それは家用に下ろし、冒険用には違う子供用の食器を用意することにしたのだ。
「アスピス、パンを取ってやろうか?」
「結構です。お夕食分は食べましたよ」
「今日のパンはフォルトゥーナが焼いてくれたんだから、少し多めに食べてもいいんじゃないか?」
足にひびがはいっているため、簡単に立ち上がることができず、中央に置かれているパンやおかずのおかわりへ手が届かないので、エルンストがかいがいしく面倒を見てくれるのは嬉しいことだと思っている。なのだが、できるだけ食べさせようという魂胆が丸見えなのは、戴けなかった。
「エルンストは自分の食事に集中してください。あたしの食器には、1人前の料理が盛られているのです」
子供用の食器の中にプレートが含まれていて、仕切りで3つに分かれていた。レイスやフォルトゥーナやシェリスたちが、それに、メインとなる肉や魚を調理したものとサラダと野菜を調理したものを丁寧に並べてくれるのである。そしてスープ皿にその日のスープを注いでくれて、残る2つの皿にはそれぞれパンとフルーツを。そしてマグカップにはお茶を淹れてくれるのだ。
もちろん足りなければ、中央から取ることも可能なので、ロワなどは気に入った料理があるとおかわりをよくしていた。
「これだけ食べたらお腹がぱんぱんなのです」
「全部食べたらな。でも、お前は残すだろ」
「それは仕方のないことなのです。お腹がいっぱいになったら、それ以上は入りませんよ」
「だったら、肉から食え。今日の肉は薄いんだし、1枚しか載せてないだろ。後回しにしたら残すんだから、先に口に入れておけ」
「お食事の順番はあたしの自由なの。お肉まで手が回らないのは仕方のないことなのです」
「最初から食べる気がないだろ」
そろそろ諦めることを覚えて欲しいと思いつつ、エルンストの台詞も聞き流す。
そして、サラダにフォークを刺して野菜を持ち上げ、それを口に運ぶこと3回。野菜を調理したおかずもフォークを刺して引っかかったものを持ち上げ、それを口に運ぶこと3
回。お肉はナイフで適当に切り分けて、1回だけ口に運ぶ。
それらの作業を終えると、果物へ手を伸ばした。
今日は大好きな苺が用意されていたことで、まずは1粒手に取ってヘタを取り除くと、幸せそうに実の部分を齧っていく。
「その苺は、ノトスが買ってきてくれたのよ。アスピスが好きだからって」
機嫌よく苺を食べていたアスピスへ、フォルトゥーナが笑みを洩らしながら教えてくれた。
「美味しい?」
「とても甘くて美味しいですよ。ノトス、ありがとうございます」
「珍しくお礼を言ってきたな。まぁ、いっぱい食えよ。たくさん買ってきてやったから」
「それは誤解です。あたしはとても礼儀正しいのです」
おかしそうに笑いながら口にしたノトスの言葉に、アスピスは即座に訂正を入れる。
「お礼にひとつ忠告をしておくのです。今夜ノトスがお泊りするお部屋のお隣は、ノワールのお部屋となります。ですが現在は不在ですので、その隣のフォルトゥーナのお部屋へ簡単に忍び込むことができるのです」
「いや、忍び込んだりしねぇから、そういう情報はいらないんだけどな」
「そこで、残念なお知らせをしておきますね。フォルトゥーナのお部屋には鍵が付いているのです。普段は使っておりませんが、今日はフォルトゥーナに鍵を掛けておくことを進言することにしました」
「あら、じゃあ、鍵を掛けないとダメなのね」
「そうなのです。ちゃんと鍵をかけてくださいね。でないとノトスがお部屋に訪問してきますよ。そうしたら、一晩お話しの相手をさせられてしまうのです。寝不足はお肌によくないので、お勧めしませんよ」
「わかったわ。ちゃんと鍵を閉めておくわね」
「ちょっと待て。いつ、そういう話しになったんだ? 確定事項か?」
くすくすと笑うフォルトゥーナは、とても楽しそうである。対するノトスはアスピスの発言に対し、訂正を求めるよう突っ込みを入れてきた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




