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第200話(問題児出現9)

[二百]


 アスピスたちと入れ替えに、テネルが呼んでいることを伝え、その事情を聞いたエルンストとレイスとルーキスが外へと出て行った。

 それを見送ると、アスピスはロワを連れてお風呂場へ行く。そして、空の浴槽に入ってもらうと、エトノスに言われた通りにロワの傷を洗い始める。後からついてきたシェリスとフォルトゥーナがその様子を見ていたが、腿の傷が気になったようで、カルテイアを抱いているシェリスに代わって、フォルトゥーナが近づいてきた。

「ロワの傷をちょっと見せてくれるかしら」

「よろしくお願いします。相手が弱いと思って、エクウスもオルトロスも手抜きをしたせいで、ロワが怪我をしてしまいました」

「本気を出したら、相手に怪我をさせてしまうから、本気になれなかったのよ。エクウスとオルトロスを責めたら可哀想よ」

「アスピス、これはエクウスとオルトロスのせいじゃないよ。ボクが飛び付いちゃったから、それで怪我をしただけなんだ。捕まえるとき、エクウスとオルトロスが男の子が逃げられないようにって、行く手を塞いでくれたんだよ。一番危ない役目をしてくれたんだ。だから、いっぱい褒めてあげて」

「ロワがそう言うなら、後で褒めておきます」

「そうしてあげて。3体とも、アスピスが怪我してから元気がないのよ。少しでもアスピスの役に立ちたくて仕方がないところで、怒られたりしたら落ち込んでしまうわ」

 ちょっと不本意な気分のアスピスへ、フォルトゥーナは笑みを零しつつ頭を撫でてくる。そして、会話に終止符を打つと、ロワの腿の傷を確認し始めた。

「ちょっと深いけど、アスピスの回復術なら、治るとおもうわよ。本当に、このままでいいの?」

「うん。アスピスだって、自分で治せるのに、額の傷はそのままにしているんだよ。男のボクがこれくらいの傷で回復術を使ってもらったら、変でしょ」

「そんなことはないわよ。それに、ちょっと大きいから、お医者さんで縫ってもらうようよ?」

「親切なお医者さんがいる場所を、エトノスお姉さんに教えてもらったんだ。だから、大丈夫だよ」

 濡れたことで血が滲み広がっていくのを止めるよう、アスピスは慎重に新しいタオルで拭いていく。

「とても痛いのです」

「そのくらいなら心配いらないわよ、アスピス。それに名誉の負傷だもの、少しくらい痛くても我慢できちゃうわよ。でも、今回はこの程度で済んだからお手柄だったけど、無茶はだめよ。ロワはまだ鍛えてないんだから」

「はーい。ちょっと診療所に行ってくるね」

「1人じゃダメよ。大人がついて行かないと」

「シェリス、ロワに付いて行ってあげて。カルテイアは私が預かるから」

「ありがとう。それじゃあ、お願いしていいかしら」

「えぇ、すぐに行ってきてちょうだい。血が止まらないようだから、縫ってもらってきた方がいいわ」

 2人のやり取りを聞きながら、アスピスはロワの傷の部分へ新しいタオルを宛がい、ちょっときつく結びつけ、応急処置を済ませる。それを確認したロワが「アスピス、ありがとう」と言って、浴槽から抜け出すと、濡れている足の裏や擦り傷だらけの腕を拭って、シェリスやフォルトゥーナと共にお風呂場を後にした。

 それを見送ると、血で汚れた浴槽を洗ってから、アイテムボックスから杖を取り出したアスピスが、それを使いながらゆっくり風呂場を後にする。

「歩くの痛いでしょ。アネモスに乗って行ってください」

 シェリスと共に出て行こうとするロワへ語り掛けたが、ロワはにこりと笑うと遠慮の言葉を口にする。

「エルンストもレイスもパパも出て行っちゃったでしょ。運んでくれる人がいないと、アスピスが困るよ。ボクは歩けるから心配しないで留守番していてね」

「杖があるから平気だよ」

「アスピスは足首が弱いんだから、無理したらダメだよ。先生に怒られちゃうよ」

「ふふっ。アスピスの負けね。アネモスは置いていってもらいましょう」

 カルテイアを抱いたフォルトゥーナは、アスピスににこりと笑いながら語ってくる。それに対してアスピスが渋々頷くのを見てから、2人を送り出した。



「悪い、遅くなった。ロワの怪我が酷いんじゃないかって、屋台の2人が心配してくれてたぞ」

「おかえりなさい。ロワの方は、診療所へ行って縫ってもらってきたところよ。アスピスが治してくれようとしたんだけど、断ったみたい」

「なんかそうらしいな。まぁ、あれであいつもかなりやんちゃだからなぁ」

 おっとりしてみえるのだが、とんでもない行動に出たりするのは、今回が初めてではないようだ。困ったもんだと、苦笑混じりに溜め息を洩らしながら、ルーキスはエルンストやレイスと共に家の中へ入って来た。

「我慢できるくらいだから、大丈夫よ。それより、ロワが頑張って捕まえた男の子っていうのは、どうなったの?」

「それだったら、ロワが捕まえたガキを連れて、警備兵と一緒に詰め所に行ってきたところだ」

 シェリスの疑問へ、エルンストが応じる。

「それで遅かったのね。で、なにか情報は入ったの?」

「悪戯の犯人が未成年の子供だと思って、それで警備兵や王国としても慎重に対応していたらしいのです。ですが、捕まえた男の子の話しを聞いている内に、今年15歳になったところらしいのですが、一応は成人だと判明しまして。未成年でも、武器を使用してましたし、被害者の数が多かったので、遊びでは済まない範疇だったようなのですが、相手が成人しているとなると……」

 レイスが問いに答えながら席に着き、フォルトゥーナが淹れてくれたコーヒーを、お礼と共に受け取る。それを引き継ぐように、レイス同様に席に着き、コーヒーを受け取ったエルンストが言葉を添え足した。

「未成年だったら、両親同伴であちこちで説教を受けたり、学校に通っている場合とかは休日を利用した長期の奉仕活動を命じられたりしただろうが、二度と悪戯をしないことを条件に六聖人に怪我させたことは表沙汰にはせずに、それで話しを終わらせる可能性も残っていたらしいんだけどな。成人となると、そうはいかないだろうな」

 肩をすくませつつ語られた言葉に、興奮が収まったことで疲れて眠ってしまったロワに膝を貸しながら、アスピスは首を傾げる。

「成人済みということは、大人ということだよね」

「年齢的にはそうなるな」

「でも、大人のすることじゃないでしょ。子供でも許されませんが、大人はもっと許されないですよ」

「そうだな。でも、受け答えを聴いた限りでは、精神年齢はかなり低そうだったからなぁ。アスピスが言うダメダメ以上にダメダメだな」

 苦笑と共に戻って来たエルンストの答えに、アスピスは容赦なく吐き捨てる。それに対してルーキスの放った言葉も、ちょっと辛辣であった。

 アスピスとロワが怪我したことで、原因である犯人たちを恨んでいるようだ。

「にしても、怒るか褒めるか悩むところだなぁ」

「そうなのよね。お手柄ではあるけど、無茶したことは否めないものね。一応、注意はしておいたけど、怒るに怒れないでしょ」

「育児も大変だな」

 ルーキスとシェリスの会話に、エルンストが笑みを浮かべる。それに対して、ルーキスが反論してきた。

「いや、お前も協力しろよ。それに、アスピスの躾はお前らの担当だぞ。アスピスも、ロワに負けず劣らず突拍子もないことやらかすからな」

「それは誤解なのです。あたしは至って穏やかないい子ですよ」

「普段はな。ロワも同じだ。いつもはいい子だが、突然やらかしてくれるから気が抜けないっていうか」

「ルーキス、アスピス相手に愚痴っても仕方ないわよ」

 ぼやくルーキスへ、フォルトゥーナが窘める。そのついでというように、要望を口にする。

「それに、ロワはとても優しい子よ。注意はしなくちゃならないけど、できるなら褒めてあげてちょうだい」

「ロワの世話もしてくれているフォルトゥーナにそう言われると、怒り辛いな」

 頭を掻きつつ、半笑いをしてみせるルーキスは、そこで言葉を途切れさせた。怒らないとは断言できないらしい。

 目覚めたときのロワの態度次第ということかもしれない。

 そんなみんなのやり取りを聞きながら、大活躍したロワのお尻が叩かれないことを、アスピスは祈ってあげたのであった。



 目を覚ましたロワのお尻が叩かれることなく済んだ翌日。みんなで昼の休憩時間を過ごしていたら、ドアが勢いよく叩かれた。

「警備兵か? ちょっと待ってろ、今開けるから」

 急かすよう鳴り響くドアを叩く音に、エルンストは半ば呆れつつ、玄関の扉を開けに行く。ただ、警備兵にしては少し変だと思ったようで、警戒しながら扉を開いた瞬間、外から大声が響いてきた。

「ここに、ボランティアで回復術を使ってくれる精霊使いがいると聞きましたの。娘の怪我を治してちょうだい」

「あんた、なに言ってんだ?」

 エルンストの姿を見るなり、ものすごい勢いで捲くし立ててくる女性に向けて、エルンストが呆れた声を出していた。

「いいから、精霊使いを出してちょうだい。そもそも、この子の怪我の原因は、その精霊使いだっていう子供なのよ。責任は取ってもらわないと」

 結界棒により結界が張られているため、家に上がり込むには許可が必要なのだが、エルンストがそれを出すことをしていないことで、キイキイ響く金切り声で訴えてくる女性は一歩も家の中に踏み入ることができず、ひたすら外から喚いていた。その声に隠れてしまいがちであったが、女の子の泣き声も聞こえてくる。

 けれども、言っていることが理解できないことで、エルンストは困ったように家の中へ視線を向けてみせると、ルーキスとレイスが席を立つ。その後ろから、好奇心に負けたらしいロワもついて行った。

 瞬間、ロワが女性の後ろに立っている、泣いている女の子を指さした。

「この子、アスピスに怪我を負わせた男の子のことを、『お兄様』とか言っていた子だよ」

「あー……」

 人相が掴めずにいた男子3人組の親近者として、唯一の手掛かりとされていた少女と、その親らしいことが判明し、エルンストが納得したと小さく声を出す。

「悪いけど、帰ってくれるか? 人が見ているぞ。立場的にまずいのは、そっちだと思うが?」

「急に騎士団が家に来て息子のことを捕らえようとしたりするから、息子が驚いて暴れちゃったのよ。それで、息子には悪気がなかったのに、この子に怪我を負わせてしまったんじゃない。傷が残ったりしたら、将来どう責任取ってくれるというの? さっさと治してちょうだい」

「いや、それはあんたの息子が悪いんだろ? 騎士団に捕まるようなことをしたから」

「先に、私の娘に失礼なことをしたのは、精霊使いだという女の子らしいじゃない。責任転嫁はやめてくれないかしら。騎士団にもその辺のことをちゃんと言ってちょうだいね。息子には将来夫の後を継ぐって言う大事な役目があるというのに、悪者に仕立てあがられて本当に迷惑よ」

 どうやら、この辺で起こっていた事件のことを知らないらしい。我が子を信じ切っているらしい女性は自信満々に言いながら、中へ入れろと訴えていた。

 それを無視しながら、ルーキスは困ったように呟いてしまう。

「んー、俺らの言うことは信じてもらえそうにないしなぁ」

「とにかく、警備兵を呼んできましょうか。その方が手っ取り早そうですし」

「この期に及んで警備兵を呼ぼうなんて、あなたたちなにを考えているの。これ以上大事にして、誰が得するというの? ふざけないでちょうだい。怪我を治して、騎士団に真実を話してくれれば、こちらもそれ以上は言及しないであげようとしているのに」

 親切を仇で返されたと、怒る女性に向けて、ロワが口を開く。

「このおばさん、嘘ついてるよ。アスピスは、その子に悪口を言われても、なにもしてないもん。人の悪口を言って楽しんでいるこの子たちと一緒にいたくなかったから、アスピスと帰ろうとしたら、文句を言ってきたんだよ。ボクもアスピスも、なにもしてないからね」

「なんて失礼な子なの。うちの子は人の悪口なんて言わないわよ」

「本当のことだもん。アスピスが怪我をしたのだって、この子がアスピスを指さしたからだよ」

 真っ赤になって怒りだす女性に対し、ロワも自分の正当性を訴えるよう真っ向から言い返す。そして互いに一歩も引かないことで膠着状態に陥り始め、仕方なくエルンストには警備兵を。レイスには目の前の路で店を開いている2人を呼んで来るよう、ルーキスが指示をする。

 そして、女性の喚き声に反応して家の周りに人だかりができ始めているのを見て、諦めたように2人を招き入れた。



 最初に到着したのは、レイスが呼んできた屋台の店員であるテネルとエトノスであった。

 そこで、ようやく話しが再開される。

 それまでは、女性がどんなに喚こうとも相手をしなかったルーキスであったが、ようやく話し合いの場を設ける気になったようである。

 その間、アスピスを視界に入れて動き出そうとした女性を、ルーキスとシェリスが睨みを利かせて牽制してくれおかげで、アスピスのところへ来ることはしなかった。

 そして、連れて来られたばかりのテネルとエトノスが、勧められるままにソファーへ腰を落とすと、最初にエトノスが口を開く。

「事情は簡単に聞いたけど、私たちの言うことに耳を貸してくれるかしら」

「とにかく、身分は明かしてやってくれ。それからじゃないと、話しになりそうにないからさ」

 エトノスが首を傾げつつ、自信なさげに告げると、ルーキスがお願いを口にした。それに対して、諦めたような表情を浮かべたテネルが肩をすくませる。

「しかたねぇな、極秘任務ってことだったのによ。まさか、こうも簡単に身バレするって、ありえねぇぞ」

「有名人だった、自分を恨めよ。あれだけ目立つことをしておいて、極秘任務とか無理だろ」

「……ったく。えっとそうだな。自己紹介させてもらうなら、俺とエトノスは、王国管理室所属の護衛だ。六聖人の守護役としてここへ派遣されたんだが、守護する対象を大怪我させちまって、大目玉を食らったところだ」

 これが証拠だと、身構えている女性に向けて、テネルとエトノスが身分証明書を提示した。

「それで、最初に確認させていただきますが、アスピスさんが精霊使いで、回復術が使えて、無料で治療してくれるという話しはどこからお聞きしましたか?」

 淡々とした口調に警戒心を露わにした女性が、返事を先送りにするよう、逆に問いかけてくる。

「そ、それがなんだというの?」

「噂の出どころ次第では、早急に対応しないとなりませんから。あなたのように誤解され、このように押しかけてくるような図々しい方が増えられては、守護役としても困りますので」

「被害者はこの子なのよ。回復術で治してくれて当然じゃない! それに、この子は女の子なの。傷なんて残って将来に影響が及んだら、どう責任取ってくれるというの?」

「でしたら、王国が管理している治療院へ行くべきじゃないでしょうか? それなのに、ここへ来たのは何故ですか?」

「だから、無料で治療してくれるって教えてもらって……」

「ですから、それは誰にでしょうか? こちらも仕事ですので、お伺いしないわけにはいきませんので、答えてくださいませんか?」

 物言いは和らかなのだが、言い逃れは許さないという雰囲気を纏っていることで、迫力はすごかった。普段の柔和なエトノスとは、全然違って見えてしまう。

 そして、根負けするように女性は口を開いた。

「たまたま転んだかして、女性が顔に怪我を負ったという現場に、娘が居合わせたらしいわ。それで、ここの女の子だという精霊使いが、怪我をした女性を治療している姿を見たらしいのよね。そのとき、治療費はいらないとか、ボランティアだとか言っていたそうじゃないの。それだったら、私の娘だって治してもらってもおかしくはないでしょ」

「それでしたら、続きがありますよ。アスピスさんは、その女性に怪我を負わせた犯人に、治療費を請求するとも言っていたのですが。それは聞いていなかったのかしら」

「え?」

「騎士団が捕らえに行ったということは、あなたの息子さんが、ここの辺一帯で暴れまわっていた3人組の1人ということですよね? 六聖人が手掛けた回復術ですので、請求額はかなりのものと思われます。割高なここを利用するより、娘さんの治療は、普通の治療院へ行くことをお勧めしますよ」

 にっこり微笑み言い切るエトノスに、女性はぽかんと口を開く。

「で、でも。息子は被害者よ。妹を助けようと思って、手を出してしまったかもしれないけど。それは、兄として当然の行いよね? 六聖人だかなんだか知らないけど、横暴じゃないかしら。それに、子供の間で起こったことでしょ、騎士団まで出てくる必要はないはずよ」

「ご自身の子供の訴えを信じたいお気持ちは分かります。ですから、警備兵から本当のことをお聞きしてください。詳細を教えてくれるはずです。私たちは、この路の公園付近で起こったことしか目撃してないので、怪我を負わされた女性やアスピスさんは被害者で、なんの落ち度もなかったとしか言えませんので」

 子供の潔白を信じる母親に、少し同情したらしい。言葉を少し柔らかくしながら、エトノスは小さく笑みを浮かべる。

 その様子から、自分の立場が怪しくなっていることに気づき始めた女性は、落ち着かない様子で警備兵の到着を待っていた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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