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第193話(問題児出現2/陰口)

[百九十三]


 悪ガキ出現の噂は、少し前から上り始めていたようである。

 帰宅してシェリスに話しをしたら、アスピスたちが不在の間に警備兵が各家庭を巡回してきて、注意喚起をしていったらしい。子供がいることから、特に気を付けるよう言われたようだ。

「だから、ロワにも注意したところなの。あの子、あの公園がお気に入りで、度々遊びへ行っているみたいだったから」

「そうだな。ちょっと気を付けるようだな。ガキの玩具にあんなもん買い与えるなんて、どうかしているぞ」

「上の方に、高級住宅街があるでしょ。あっちの方から下りてきているようなのよね」

 カルテイアをあやしつつ、シェリスが教えてくれる。

「下の方でなら、好き放題していいとでも思っているのかもしれないわね」

「あー、それで上の方へ逃げていったのか。ガキどもの親に権力者でもいるのかもな」

 アスピスが配ったコーヒーを飲みつつ、ルーキスが肩をすくませる。それに対して、レイスも口を開いた。

「ですが、やっていることが遊びの範疇を越えていますからね。警備兵に捕まえてもらって、ことの重大さを教えてもらわないと」

「警備兵が教えてくれたんだが、怪我人もこれが初めてじゃないらしいからな。ただ、逃げ足が速いから、目撃者が怪我人に気を取られている内に、あっという間に逃げ出すらしくてさ。案内されて警備兵が現場へ辿り着くころには、怪我人と数名の目撃者だけが残されているという状況らしいぞ。だから、人相もあやふやで特定ができないで困っているそうだ」

 参ったもんだとルーキスがぼやくのと同時に、エルンストがアスピスに話しを振ってくる。

「お前、しばらくは公園の前は避けておけよ。足が悪いんだから、逃げられないだろ」

「それは無理なのです。お花屋さんに通う約束をしたのです。毎日おすすめのお花を用意してくれるって、言ってくれたの」

 花瓶代わりのグラスに花を挿し、目の前に置いて眺めていたアスピスは、断固拒否の姿勢を示す。その様子から、諦めてくれたらしく、吐息しなが別の案を提示してきた。

「だったら、アネモスに乗って行け。あいつなら、素早く反応するだろうから」

「散歩は欠かせません。足をちゃんと使わないとダメになってしまいます」

「こっちも譲歩してやってんだから、アスピスも少しはこっちの言うことを聞けよな」

「そこまで言われてしまったら、折れるしかありません。アネモスとオルトロスとエクウスと一緒にお花を買いに行くことにします」

 仕方がないという口調を築き、アスピスが吐息を混ぜつつ話すと、エルンストが苦笑を浮かべた。

「まぁ、いいけどな。自分で言い出したからには、ちゃんと3体連れて行けよな」

「なんで反対しないんですか? アネモス以外を連れて行くのは、いつもダメって言うのに」

「現状は守りが固い方が堅実だからだろ。っていうか、反対されるのを前提にしてものを言ってどうする気だよ」

「それだったら、ひとりで行ってこいって、言うかと思ったのです。それなのに、エルンストにはがっかりです」

「がっかりなのは、お前のその発想の方だろ」

「アスピス、もしかして反抗期にでも入ったか?」

 アスピスの台詞を受け、エルンストが呆れた顔をする脇で、ルーキスがおかしそうに笑い出す。

「ルーキスは間違っています。あたしは反抗なんてしていません。極めて従順な彼女なの」

 迷いなくはっきりと言い切ると、アスピスは「よいしょ」と席を立つ。

「どうかしたのか?」

「このお花をレイスの部屋に置きに行くのです。いずれは全員の部屋と、応接セットのテーブル全てにお花を飾ってみせます」

 小さな野望を胸に宣言し、有言実行すべく、アスピスはレイスの部屋へ向かって行ったのであった。



 数日が経ち、男子3人組の悪戯の被害者が増えていた。警備兵も巡回を強化したりしているようだが、法陣カプセルを装着していると思われる板を巧みの操り、素早く逃げていくことで、捕まえるどころか人相も未だ把握できていないようであった。

 そんな中、アスピスは使い魔3体を連れて外へ出ていく。

 最初に向かったのは、家の前の路を少し進んだところにある、食品を取り扱っている屋台であった。辿り着くと、屋台の店番の男性に声を掛ける。

「テネルさん、後で取りに来るので、このメモに書いてあるものを用意しておいてもらえますか?」

 レイスから預かってきたメモを差し出すと、テネルが笑みを深めながら受け取ってくれる。

「お嬢ちゃん、いつもありがとうな。花を買いに行くのか?」

「そうなの。お花を買ったら戻ってくるので、よろしくお願いします」

「じゃあ、用意してまってるから。気を付けて行ってこいよ」

「はーい。ありがとうございます」

 それじゃあ行ってきますと言い残し、アスピスは更に先に上へ進んでいく。そして、公園の脇を歩いていると、そこで遊んでいた子供たちが、アスピスを指さして笑い始めるのを、視界の隅で確認する。

 花の屋台がこの道へ店を開くようになるまで、公園がある方まで来ることをあまりしていなかったことで、子供たちの目に触れることをせず済んでいたらしい。けれども、連日花屋へ通っていたために、アスピスの歩みの鈍さが子供たちの目に留まってしまったようである。

 気付いたら、嘲笑を伴った侮蔑の眼が向けられてくるようになっていた。

 そうは言っても、足が悪くて歩くのが遅いのは事実であるし、これ以上は治せないので、気にするだけ損だと思って、それは無視することにしてしまう。そして、子供たちの囁きを無視して、公園の脇を通り抜け、花を売っている屋台へ到着する。

「エトノスお姉さん、今日のお花を買いに来ました」

「いらっしゃい、アスピスさん。今日の花は、これでどうかしら?」

 事前に用意しておいたくれたらしい花を、アスピスが来たことで、すぐに見せてくれる。

「可愛いですね。毎日素敵なお花をありがとうございます」

「こちらの方こそ、毎日ありがとうございます」

 お礼を述べるアスピスへ、エトノスは微笑むようにして応えてくれる。

「ところで、お花は届けた方がいいかしら? 公園の前を通るの嫌でしょ?」

「足のためのリハビリも兼ねているので、大丈夫なのです。それとも、あたしが毎日通って来たら迷惑ですか?」

 だったら諦めます。と、ちょっとしょんぼりとしながらアスピスが問いかけると、エトノスが頭を撫でてくれる。

「アスピスさんの顔を見るのは、毎日の楽しみよ。アスピスさんが平気なら、問題ないわ」

「よかったです。それじゃあ、また明日来ますね」

 支払いを済ませ、花を受け取ると、アスピスはにこりと笑って挨拶をする。そして、アネモスやオルトロスやエクウスを伴って、再び公園の脇を通り過ぎようとしたところで、公園の中からロワが駆け寄ってきた。

「アスピス一緒に帰っていい?」

「ロワ、どうしたの? 遊んでいたんじゃないの?」

「一緒にいてもつまらないから、帰ることにしたんだ」

 立ち止まったアスピスの手を掴み、先に進むよう促して来るロワに付き合うよう、アスピスも歩き出す。そこへ、5人組の女の子が寄ってきた。

「ロワ、どこへ行く気? 帰っていいなんて言ってないでしょ」

「アスピスと帰ることにしたんだ。君たちって悪口しか言わないんだもん、一緒にいてもつまらないよ」

「そんなこと言っていいの? 私のお父様はとても偉いんだから」

「うん。君のお父さんが偉いんでしょ。君が偉いわけじゃないよね?」

 母親であるシェリスが六聖人であることを、軽々しく口外することをしてはいけないことと、母親が六聖人だからと自分が偉くなった気分になってはいけないことを、小さなころからルーキスに教えられてきたことで、ロワは偉いのは母親で自分ではないことをしっかりと把握しているようである。容赦なくきっぱりとした口調で言い返していた。

「お父様が偉いということは、私も偉いに決まっているでしょ! それより、そんな子と一緒にいたら、ロワまで歩くのが遅くなるわよ!」

「君ってバカだね」

 ロワは真顔で、5人の中でリーダーと思われる少女に向かって、唐突に暴言を吐く。

 いつも温厚なロワの、異なった面を見た気がしたアスピスであった。

「それに、親が偉ければ子供も偉くなれるんだったら、多分ボクの方が君より偉いよ。アスピスは本当に偉いけど」

「なに言ってんの。こんな下へ住んでいて、私のお父様より偉いはずがないでしょ。ロワこそバカじゃないの」

 女の子ははっきり言い切ると、ロワの方へ手を差し出してくる。

「いいから、来なさいよ。この私が、付き合ってあげるって言っているのよ。従うのが当然でしょ」

「ボク、性格が悪い人は大嫌いなんだ。ここには、君みたいな子しかいないの? 前に住んでいた場所には、やさしい子がいっぱいいたのに。ここにはやさしい子はいないんだね」

 どうやらロワはモテているらしい。そして、対峙している少女に言い寄られているようだ。

 ルーキスとシェリスの息子だけあって、ロワの顔はとても整っていた。しかも魔族ということで、将来は美形確定である。女の子が心惹かれても、不思議はないだろう。

 しかし、こうして女の子に言い寄られている姿を目の当たりにすると、モテて当たり前だと分かっていても、ちょっと感心してしまう。

 そんな気分になりながら見つめていたら、少女がアスピスの方をキッと睨み、肩にかかる髪を掻き上げながら踵を返す。

「おぼえてらっしゃい。後悔するから」

 捨て台詞としては、お決まり的なものだろう。なんとなくアスピスは呆然としながら、他の4人の少女を従えて公園は戻っていく女の子を見送る。その際、他の4人が後ろ髪を引かれるようロワの方をちろちろと振り返っていた。どうやら、気持ちとしては、リーダーの女の子と遊ぶより、ロワと遊びたいようだ。ただ、リーダーの女の子に逆らうことができず、付き合わされているといったところだろう。

(子供の世界も大変だぁ)

 奴隷商人のもとで育てられた5年間は、牢屋の中でたくさんの子供と共にすごしていたことで、目のこともあり、色々あった。子供とは残酷で、自分と異なる存在に対し容赦なく攻撃し、除外しようとするため、無意味に叩かれたり蹴られたりしたし、みんなで分けて食べるよう与えられた食事を、アスピスには回してもらえなかったりしたことで、牢屋の中では年長であったリーダー役をしていた少女がいなかったら、その時点で死んでいただろう。

 そのことを思い出しながら、平穏な外の世界でも、似たようなものなのだなと思ってしまう。

 そんなことを考えているアスピスへ、ロワが声を掛けてくる。

「アスピス、帰ろうよ」

「あー、うん。でも、いいの?」

「大丈夫だよ。どうせ口だけだから」

 ロワは気楽に言うと、使い魔である3体にも声を掛けつつ、アスピスの歩調に付き合うようにして歩き出す。そして、途中で食品系を取り扱っている屋台に立ち寄り、頼んでいた食材をテネルから購入すると、2人と3体はのんびりと家に帰った。



 夜になり、夕食を済ませてみんなでゆっくり食後のコーヒーを楽しんだ後、お風呂に入って部屋に戻る。

 そこには、毛足の長い絨毯の上に置かれたクッションに寄り掛かったり、止まり木にとまったりして、アネモスもオルトロスもエクウスもくつろぎまくっていた。

 見ている方がほのぼのしてしまう光景である。

 アスピスもその中に加わりたくなってしまうが、ぐっとこらえてベッドの上に乗る。そして、3体用の食事用の結界オーラをマナで作り始めた。

 こういうときに作っておかないと、いざというときに無くなってしまうので、意外と切実である。それにマナの扱いの練習にもなるので、重要な作業でもあった。

 そんなことを夢中でやっていたら、エルンストがノックと共に入って来てしまう。そろそろ寝る時間のようである。

「なんだ、未だ横になってなかったのか?」

「みんなのお食事を作っていたの。それに、今日はエルンストが来たのも早いと思うの」

「あぁ、それもあるか」

「ちょっとお待ちください。今、スペースを作ります」

 アスピスは作り溜めた結界オーラを、アイテムボックスの中へしまうと、エルンストの寝る場所を作り出す。

「どうぞ、もう大丈夫ですよ」

 エルンストが寝やすいように毛布を持ち上げつつ空いている場所を示すと、エルンストがベッドに乗ってきた。

「お前ももう寝ろ」

「言われなくても、寝具が届いたので寝ますよ」

「ったく」

 発せられたアスピスの言葉に、エルンストは苦笑を浮かべると、そのまま抱き込むようにして横になってしまう。しかも、横になってからも、アスピスを抱いている腕の力が弱まらないことで、アスピスは小首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「お前、俺になにか言うことないのか?」

「特にありませんよ」

 唐突に問いかけられて、なにが言いたいのか分からず、ちょっと驚きながらも正直に答える。それに対してなのか、エルンストが頭を掻い操ってきた。

「しばらく花を買いに行くの、やめないか?」

「どうして? お花を買いに行くのは、あたしの楽しみなの。お姉さんが、可愛いお花を用意してくれているの」

「んー。じゃあ、俺がついて行くか……」

 なにが『じゃあ』なのかさっぱりわからず、アスピスは困惑してしまう。

「アネモスとオルトロスとエクウスが一緒なので、これ以上の同行者はいりません。」

「参ったな」

 アスピスの拒否を受け、エルンストが言葉に窮する。どうしたものかといった感じで、アスピスを見下ろしてきた。

「公園の前、通り難いんじゃないのか?」

「なんで?」

 質問を質問で返すと、エルンストは吐息した。はっきり言葉にしないと、アスピスに伝わらないと確信したようである。仕方ないという感じで語り掛けてきた。

「ロワが気にしてたぞ。お前の足のこと、色々と言われているんだろ」

「なんだ、そのことね。べつに本当のことなので、放置してるのです。気にしたら負けですよ」

「ならいいが……」

「それに、子供同士のことに大人は口を挟んではいけないのです」

 はっきりと言い切ると、エルンストに顔を押し付ける。

「目のせいで化け物扱いされて、いっぱい意地悪されてきたもの。陰口なんて痛くないし、お食事を抜かれることもないでしょ」

 子供たちも容赦はなかったが、大人たちだって負けてはいなかった。死なれては困るため、怪我を負わないようかなり手加減はされていたようだが、気持ち悪いと言って、叩かれたことが何度もあった。それに、日に1度の食事を、汚れた床に零されたり落とされたりしたこともあった。

 それを思えば、花屋のエトノスも食料品屋のテネルもお隣のセアも、やさしく接してくれていた。それに、家に帰ってくれば、みんながいるのである。

「だから、大丈夫です」

「んー、それもどうかと思うが。困ったことがあったら、ちゃんと言えよ」

「うん」

 エルンストの頭を掻い操ってもらいながら、素直に頷く。そして、エルンストへ要求してみせる。

「もう寝るので、抱き枕になってください」

「抱き枕つったら、お前の方だと思うんだが」

「じゃあ、訂正します。抱きついてくる枕になってください」

「それだったら、もうなっているだろ」

「寝心地の問題です。腕の力を抜いてください」

 言下にエルンストの腕を持ち上げ、アスピスは眠りやすい空間を作り出すと体を丸めて寝る体勢を築いていく。そして、満足いく状態になったところで目を閉じた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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