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第192話(問題児出現1)

[百九十二]


「騙されたのです……。クリシス先生はいないと言っていたのに」

「いや。あれはどう考えても、アスピスが短慮だったんだろ」

 エルンストとレイスとルーキスが診察室から出てくるのを待ち、エルンストの左腕に抱えてもらい、帰路についたところでアスピスがぼやくと、ルーキスが苦笑を洩らす。

「それにしても、なかなかに豪快な先生だな。エルンストもレイスも完全に弱味を握られてるようだし」

「騎士学校にいたころから、保健医として面倒を見てくれてましたからね。俺たちがしていた悪さなど、ほとんど把握してますよ」

「フォルトゥーナは、可愛がってもらってるけどな。かなり精神面でのフォローをしてもらっていたらしいから、フォルトゥーナも先生のことを信用しているし、慕ってもいるしな」

「あたしにも優しくしてほしいです。体重が約束通り増えていたのに、なぜ怒られたのでしょうか」

「言っておくが、アスピスは十分に甘やかしてもらってるからな。それに今日お前が怒られたのは、先生がいないのを前提に診察室に行って、そのまま帰ろうとしたからだろ」

「証拠として、ちゃんとメモを書いたのです」

「うん、そうだな。でも、そのメモを見せられたんだが、なんで性別、年齢、婚姻歴なんて書いたんだ?」

 アスピスの言葉を受け、ルーキスが問いかけてくる。それに対してアスピスは即答した。

「クリシス先生が間違ったりしないよう、あたしの知っている情報を全て書いたのです」

「元気なのはいいことだが、イタズラはほどほどにしておけよ。あと、ちゃんと相手を選んで行なおうな。あの先生はやめておけ」

「イタズラはしたことありませんよ。あたしはいつも本気です」

 ルーキスの台詞に、アスピスは心外だと応じる。それに反応するように、レイスが口を開いた。

「そういえば、アスピス。先生から聞いたのですが、今回の仕事中に、エルンストとルーキスを精霊術で眠らせたうえに、誘拐事件に巻き込まれたそうですが。本当ですか?」

「えっ?」

 レイスには内緒にしてくれるはずで。昨日、帰宅した後もその話題が上がることはなかったので、安心していたというのに。

「なんで、先生が知ってるの?」

「断っておくが、俺たちじゃないぞ。どこをどう巡ったんだか知らないけどな、管理室の方へその話しが舞い込んで来て、気の毒にもテネブラエが呼び出しを食らったそうだ」

 愕然とするアスピスに、エルンストが即座に口を挟んでくる。それで理由を知ったアスピスは諦めの境地で、レイスに事情を説明した。

「だって、それは、エルンストがダメダメだったから、お仕置きをしたの。それに、誘拐事件はたまたま遭遇してしまっただけなのよ」

「アスピス、よく考えてください。エルンストがダメダメなのは、今に始まったことじゃないはずですよ」

「えっ、ちょっ……。レイス、それはさすがにその言い方は酷いぞ」

「本当のことじゃないですか、夕食前にお腹にたまるものを食べさせてしまうし。了解しておきながら。洗濯機の乾燥ボタンを押すことさえ満足にできないのですから」

 レイスが肩をすくませながら告げた台詞に、アスピスはハッとした顔をする。

「そうでした。エルンストは元からダメダメでした。うっかりしていました」

「それに、アスピスにもしものことがあったら、俺がとても悲しいので、もう二度と無茶をしないでください。」

「あたしが誘拐されたら、レイスが悲しむの?」

「アスピスは、俺が誘拐されても心配してくれないんですか?」

「レイスが誘拐されたら、とても悲しいの。必ず助けに行ってあげるから、いい子にして待っていてください」

「俺も同じです。だから、二度とひとりで飛び出して行ったりしてはダメですよ」

「んー……、分かった。ひとりでは飛び込まないことにするね」

「約束ですよ」

 言下にアスピスの頭を撫でてきたことに、アスピスは気持ちよさげに瞳を緩ませていく。

 そして、話している内にかなり歩いていたらしい。ふと気づくと、花を売っている屋台の近くまで来ていた。

「エルンスト、下ろしてください。お花を買ってきます」

「買ったばかりだろ」

「お花を飾る場所はいっぱいあるの。毎日少しずつ買うと楽しいでしょ」

 エルンストに下ろしてもらうと、3人を引き連れて花屋へ向かって直進していく。そして目的の屋台へ到着すると、アスピスは店番の女性に声を掛ける。

「エトノスお姉さん、お約束通り、本日もお花を買いに来ました。お勧めはありますか?」

「アスピスさん、いらっしゃい。今日も来てくれたのね。お勧めはそうね、この花はどうかしら?」

 屋台の中からひとつの花をアスピスに見せてくれる。それは昨日の花とは色も形も違っていて、アスピスは笑みを深める。

「このお花を3本ください」

「はい、ありがとうございます。今、包むわね」

「お願いします」

 昨日、花を買いに訪れた際にアスピスが名乗ったことで、店番の女性も自分の名前はエオノスだと教えてくれたことで、覚えたばかりの名前を口にしながら、買い物を済ませていく。

 そして、代金を払っているところで、女性の悲鳴が聞こえてきた。

 それに対して、素早く反応したのは、アスピスの買い物が済むのを待っていた、エルンストやレイスやルーキスの3人。と、エトノスであった。

 駆けだす3人のすぐ後を、アスピスから受け取ったお金を屋台の台の上に載せ、エオノスも女性の悲鳴がした方へ走っていく。

「お前ら、なにやってんだ!」

 響いてきたのは、ルーキスの怒鳴り声であった。それに反応するように、「やべー、逃げろ!」と声がするとすぐに、花を売っている屋台の脇を、男の子が3人笑い声をあげながら、宙に浮く板のようなものを操って、すごい勢いで駆け抜けていった。

 思わずそれを見つめながら、なにごとかとアスピスは思ってしまう。

 それから改めて、エルンストたちが「大丈夫か?」と話しかけている声につられるようアスピスが振り返ると、公園の前の通りで、女性が蹲っていた。そこには、エルンストたち3人と、花の屋台のエトノスと、食品の屋台のテネルが固まり。その周囲を、通りすがりの人たちが数名、立ち止まるようにして見ていた。

 それを見て、アスピスも急いでみんながいるところへ向かって行く。

「今のって、なんだったの?」

「ガキどもがスリングショットで遊んでやがった」

 本気で怒っているルーキスが口にした道具名は初めて聞いたものだったので、アスピスは首を傾げる。

 けれども、この場でそのことを訊くわけにいかず、後でエルンストの部屋へ潜り込み、本を調べたところ、Y字型の棹にゴムひもをつけた投石器で、狩りや魔物退治にも使われる武器のひとつだと判明する。パチンコと呼ばれる玩具が存在するらしいが、ルーキスがわざわざ名前を挙げたところからすると、花の屋台の脇を勢いよく通りすぎていった男の子たちが使っていたのは、玩具のパチンコではなく、戦闘にも使用される武器だったということなのだろう。

 いずれしても、この時はそれどころではなく、蹲って泣き声をあげている女性の方へ意識を向けていた。

「血がいっぱい流れていますね。どこを怪我したんですか?」

 アスピスはしゃがみ込み、買ったばかりの花を地面に置き、女性の顔を覗き込む。すると、頬が切れていてそこから血が流れていた。

「女の人の顔に傷をつけてはダメなのです」

 泣いている女性の頭を軽く撫でると「ちょっと失礼します」と断って、俯く女性の顔の傷に触れないよう気を付けながら、両手を添えて顔を起こさせる。

「ちゃんと治るといいのですが……」

 傷が深くないことを祈りつつ、傷を中央にするよう「結界」と唱える。続くよう「改回復」と回復術の強化版のレシピを読み上げ、「解除」で結界を解く。

 傷口から溢れ出た血がこびりついていて、傷の回復状態が分からなかったので、アスピスは花の形の鞄からハンカチを取り出すと、女性の頬へ押し当てた。

「痛かったらごめんなさい。ちょっと傷口を見せてくださいね」

 傷が残っていたら大変なので、なるべくそっと血を拭う。すると、頬に血が擦れる跡が残りはしたが、新たに出血してくる様子は見受けられなかった。そのため再びハンカチでそっと頬を拭うと、傷口がきれいに塞がっていることが分かった。

「よかったです。お姉さん、もう泣かなくても大丈夫ですよ。傷はきれいに治りました。お顔に傷は残ってません」

 ホッとした気分で、回復術の結果を伝えつつ、アスピスはゆっくり立ち上がる。

 その様子を見ていた、この場に偶然に居合わせた通りすがりの傍観者たちが、それぞれに感嘆したような小さな声を上げていく。それを受け、アスピスは王国管理室などから注意されていたことを思い出す。

「お洋服が血で汚れてしまいましたが、お家は近くですか? 遠いなら、お洋服をお貸ししましょうか? あたしのじゃ着れないので、男の人のお洋服になっちゃうかもしれませんが」

 誰も止めなかったので、思わず精霊術を使ってしまったが、緊急時を除き町の人に対して精霊術を使ってはいけないことになっていたのだ。

 理由は騒ぎの元になるからとか言っていた。

 無闇に精霊術で解決してしまうと、それを見ていた人たちが便利だといって、ただであることを前提に、押し寄せてくるらしい。しかも、悪質だとそれを利用してお金儲けを企む人も出てくるそうだ。

 しかも、精霊術を使って生計を立てている人もいるので、その生活を邪魔することに繋がってしまう可能性もあったりと、色々と複雑だったりするようである。

 そんな感じで、過去に困った思いをした精霊使いが複数いたと教えられていたのだ。

 そのため、血で汚れた服を洗ってあげるのは簡単だったのだが、そこは敢えて精霊術を使わない方法を提案する。

 それに対して、女性は戸惑うように応えてきた。

「いえ。そんなに遠くないので……」

「遠慮しなくても大丈夫ですよ?」

「それより、あの。怪我は本当に治ったのでしょうか?」

 痛みはなくなったはずだが、手や服に付いてしまった血などから、痛いと感じてしまうようである。そのことで、アスピスは頬の状態を見せるのが最善だと感じた。

「えっと。鏡は……」

「アスピスさん、これでいいかしら」

 アイテムボックスを開くようかと思っていたところへ、エトノスが持ち歩き用の小さな鏡を差し出してきた。それをアスピスは「ありがとうございます」と言って受け取ると、女性へ向け、ハンカチと共に差し出した。

「これで傷があった場所をちゃんと拭いて、鏡で確認してください」

「ありがとうございます」

 女性はお礼を言いながら、ハンカチで傷のあった場所を拭い始める。そして、それに伴うはずの痛みがないことで傷が治っていることを実感したようであった。そこで勇気を出して鏡を覗いた女性は、安堵の表情を浮かべてみせる。

「あの、本当にありがとうございます。でも、今のって精霊術ですよね? 精霊術の治療はとても高いと聞いているのですが、その……、私はお金をあまり持っていなくて」

「お金は必要ないのです。もしお金を取る必要がでてきたら、お姉さんを傷つけて逃げていった男の子たちを捕まえて請求します」

 アスピスはきっぱりと言い切ると、地面から花を持ち上げる。

 そこへ、食品の屋台の店番をしているテネルが、いつの間にか警備兵を呼びに行ってくれていたようである。警備兵を2人連れて戻って来た。

「ここで、そこで蹲っている女性がガキどもに襲われて」

 警備兵へテネルが説明しているところへ、ルーキスとレイスが言葉を付け足す。

「3人組のガキだ。戦闘用の武器を遊び道具に使ってやがったぞ」

「逃げるのに、板のようなものを使ってましたね。あれは、浮遊と推進力の強化系の法陣カプセルを装着している感じでしょうか。普通に走って追いかけたのでは捕まえられないくらい、すごい勢いで逃げていきましたから」

「分かりました。お話を詳しくお聞かせください。少し前からこの周辺で、男子の3人組が悪さをしているという通報が出始めていたんです。怪我人も数名出ていることから、この周辺の警備の強化が決まったところだったのです」

「それで、お怪我の方は?」

 訪れた2人の警備兵の内の1人がテネルやルーキスたちの話しに耳を貸し、もう1人が女性へ問いかける。

「あの、傷は治してもらえて。その、精霊使いの方が……」

「えっと。精霊使いというのは、失礼ですがあなたですか?」

 警備兵が、エトノスに向けて問いかけると、エトノスが笑みを浮かべた。

「いいえ。精霊使いは、アスピスさんよ」

「そうなりますと……」

 言下にエトノスが手のひらを上にして示した先へ視線を移すと、六剣士の王城用の制服を身につけているエルンストの隣に立ち、3本の花を抱え、様子を見ていたアスピスが視界に入ったようである。

「もしかして、お嬢ちゃんが精霊使いなのかな?」

「あぁ、こいつが治療したところだ。傷を見せる前に治して、まずかったか?」

「あ、いえ。目撃者がこれだけいますし。それに、六剣士がお2人もいらっしゃるので、その辺は問題ありません」

「悪いな。つい、そのまま治療させちまって。傷も証拠になるから、残しておくべきだったな」

「女の人のお顔に傷を残すのはダメなのです」

「そうじゃなくて。警備兵に見せてから、それから治療すべきだったという話しだろ」

 警備兵とエルンストのやり取りを聞いていて、とんでもないという気分でアスピスが苦情を述べる。すると、エルンストが慌てて弁解してきた。

「傷の深さとかきちんと確認してからの方が、悪ガキどもを捕まえた際に、有利にことを運びやすいってだけなんだが」

「治してはいけませんでしたか?」

「いえ、とんでもありません。治してくださいまして、ありがとうございます。なんの問題もありませんよ」

「だとよ。良かったな、アスピス」

「はい。痛いのはつらいので、良かったです」

「それで、治療に関してなのですが……」

「それに関しては、こいつが勝手にやったことだから、気にしないでくれ。ただ、治療の件はできるだけ伏せてくれると助かるんだが」

「その件に関しては、もちろん承知してます。見物人がいるので、完全に封じることはできませんが。可能な限り配慮させていただきます」

 その辺のことは心得ているといった感じで、エルンストの頼みに即座に頷く。それを受け、エルンストが言葉を付け足す。

「それと、請求するなら、ガキどもにするそうだ」

「それでしたら、被害届に組ませて請求書を作成しますか? 回復系の精霊術となりますと……、適正な金額を調べますよ」

「そいつはいいな」

 警備兵とエルンストが、お互い笑みを浮かべ始める。それは、見るからに悪いことを考えているといった感じの笑みであった。

(うわー、悪巧みしてるよ)

 大人が2人揃って、ろくなことを考えていないことが伝わってくることで、アスピスはちょっぴり呆れてしまう。けれども、人に怪我をさせて逃げていった男の子3人組は許せなかったので、ちょっぴりざまあみろと思ってしまったアスピスであった。

 本当は、普及目的で回復術のレシピを教えてもらい、アンリールがその強化版のレシピを作ってくれたので、アスピスは一切のお金を払っていないのである。だから、この治療行為に関してお金を取ってはいけないような気がした。しかし、これは意図して怪我を負わせたのだから、その責任は取らせるべきだと思い、そのことは伏せておくことにしてしまう。

 そんなことを考えているアスピスの前で、話しはどんどん進んでいく。

「それで、失礼ですがお住まいはどちらですか。六剣士が証人になってくださいますと、かなり状況が有利となりますので。できれば協力をしていただきたいのです」

「あぁ。それだったら、そこの3階建ての家に、俺もこいつも。それに、向こうで話している、もう1人の六剣士も、その脇にいる男も一緒に住んでるから、なにかあったら声をかけてくれ」

「わかりました。それでは、身分証明書を拝見させていただけますか」

「あぁ、そうだったな。これでいいか?」

 エルンストがポケットから取り出した身分証明書を警備兵へ渡すのを見て、アスピスも口を開く。

「あたしもお見せしますか?」

「お嬢ちゃんも、身分証明書をもっているのかい? だったら見せてもらおうかな」

 アスピスに向けて柔和な笑みを浮かべる警備兵へ、アスピスは花の形の鞄の中から、身分証明を取り出して差し出した。

「えっと、それじゃあ拝見しま――ッ、これは失礼しました。そういうことでしたか」

「どうかしましたか?」

「いえ。貴重なお力をありがとうございました。これでしたら、請求書も簡単に認められると思います」

 警備兵はメモ帳に色々と記入しながら、告げてくる。

「じゃあ、俺らはこれで帰って平気か? あっちも話しは終わったようだし」

「はい。被害に遭った女性の方は、こちらで責任をもってお送りします。それと、見物人含めてきちんと対応しておきますので大丈夫だとは思いますが、なにか困ることが起きましたらご相談ください」

「そういうことなら、心配ないな。アスピス帰るぞ」

「はーい」

 返してもらった身分証明書を鞄にしまうと、アスピスは被害者の女性と警備兵。それに、エトノスとテネルに挨拶をし、エルンストやレイスやルーキスと共に帰宅した。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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