第191話(六聖人のお仕事Ⅵの14/王国管理室)
[百九十一]
無事に仕事を終えて帰宅したその日は、レイスが早めに夕食を用意してくれたことで、家にいるみんなで食事を済ませる。その後は、レイスとシェリスと一緒に後片付けをして、お風呂に入ると、帰宅の挨拶をするとすぐに『生き物用』ボックスから解放しておいたオルトロスとエクウス。それと、馬車引きから解放されたアネモスと共に2階のアスピスの部屋へ向かった。
そして、机の上に花瓶代わりのグラスに挿してある3本の花を見つめると、自然と笑みが浮かんでくる。
「心が癒されるのです」
ヒラヒラすぎるものは苦手であったが、可愛いものは好きである。ちょっとしたレースが付いた服や、花、動物など。外へ出てきて初めて触れることのできたものたちに、衝撃を受けたり、感動したりしまくった。
そのため、部屋に花が飾られていることが嬉しくて、満足気分に浸りながら、アスピスは寝着に着替えると、ベッドへ寝転んだ。
「明日は報告へ行くんだって。みんなはお留守番していてね」
「我に乗ってかまわぬぞ」
「お仕事中は歩く距離が少ないから、お仕事が終わったら自分で歩かないとだめなの」
親切心からのアネモスの申し出ではあったが、事情を告げて断ると、もぞもぞと動いて毛布の中に入ろうとする。けれどもそれをやめて床に下りてしまうと、3体がダラダラしている隙間に潜り込む。
「一緒に寝てあげる」
「それはかまいませんが、エルンストが来るのではないですか?」
「来るのが遅いのが悪いの。それに、ルーキスやレイスと、お仕事後のお酒を楽しんでいるです」
アスピスがお風呂に入っている最中に、シェリスはロワとカルテイアを連れて3階へ上がって行ったらしい。おそらく、子供2人をお風呂へ入れに行ったのだろう。
不在だったルーキスの代わりに、カルテイアの面倒をロワがかなり見ていたらしい。そのため、色々とできるようになったようである。
そんなロワの成長速度はかなり早く、10日ほど顔を見なかっただけでも、変化している部分が垣間見れた。
それに対して、アスピスも負けてはいられないと、ちょっと焦る。
「目標はひとり寝です。前はできたので、できるはずです」
まだ、シェリスとルーキスと一緒に寝ているロワに、アスピスはこれなら勝てると思っていた。そのためにも使い魔3体を活用し、アスピスはひとり寝を実行に移すことにしたのであった。
「なんで、あたしはベッドに寝ているのでしょうか?」
「お前が床で寝てたから、連れて来てやったんだろ」
目が覚めると、なぜかベッドの上で、しかもエルンストの腕の中で寝ている事実にアスピスは愕然としてしまう。そして、アスピスが身動いたことで目を覚ましたらしいエルンストが、アスピスを抱く腕に力をこめてきたため、アスピスはエルンストに問いかけていた。
「ひとり寝することにしたの。邪魔しないで」
「あれはひとり寝とは言わないだろ。3体も使い魔を侍らせておいて」
「エルンストは鬼ですか? あたしは自分の使い魔と寝ていただけです。使い魔は数に入りません」
「だったら問題ないだろ、俺もお前の使い魔だし」
「ぐっ……」
アスピスが持論を展開すると、エルンストが勝ち誇ったように笑ってみせる。瞬間、アスピスは言葉を失った。
「っていうか、起き出すには未だ早いぞ。もうちょっと寝かせろ」
「お酒を飲んで、遅くまでくっちゃべっているエルンストが悪いんでしょ」
「お前、俺に対しては容赦ないよな」
「うるさいのです」
「黙ってやるから、もうしばらくしばらく付き合え」
ふん。と鼻息荒く言い放った言葉を軽く受け流し、エルンストはアスピスをしっかり抱き込むと、目を閉じてしまう。それを見て、アスピスは深く吐息した。
「甘えたがりのエルンストが一緒に寝て欲しいと言うので、寝てあげることにします」
「そういうことにしておいてやるから、お前ももう少し寝ろ」
目を閉じたまま、アスピスの頭を撫でてくる。それがちょっと心地よかったので、アスピスはそれ以上文句を言うのをやめてあげることにする。そして、寝やすい体勢を築くと、目を閉じた。
次に目を覚ました時は、窓の隙間から日差しが差し込んでいたため、夜が完全に明けているのが分かる。それと同時に視線を感じてエルンストの方を見ると、エルンストの瞳とかち合った。
「文句を言っていたわりに、しっかり寝てたな」
「あたしにとって、残念なお知らせです。使い魔のエルンストは、昨日をもって寝具のひとつになってしまいました」
「あ?」
「なので寝心地が良いのは仕方がないことなのです。不本意極まりないけど……」
「あのなぁ、素直に一緒に寝てくださいって言えよ」
「寝具は口答えしないでください」
どきっぱりと言い放ち、アスピスはエルンストの腕の中から抜け出るよう、動き始める。
「エルンスト、腕に力入れたら動かせないでしょ。あたしは起きたいの」
「寝具は、寝てもらうための道具だからな。役目を果たそうかと」
「寝具を使うのは夜だけなの。もう朝だから、おとなしく役立たずでいてください」
「まったく、口が減らないっていうか。どうすれば素直になるんだ?」
「あたしはこの上なく素直ですよ」
エルンストの疑問へ、アスピスはけろりと返す。そして、エルンストが力を抜いたことで、腕の中から抜け出すことに成功した。
「寝具のエルンストは、夜だけでいいのです。日中は、普通のエルンストとして活動してください」
「んじゃ、彼氏のエルンストはいつ活動すればいいんだ?」
「難しい質問にはお答えしかねます」
少し迷って、アスピスは返事を保留してしまう。
そしてベッドから下りると、ベッドサイドランプの明かりを消して、窓を開け、着替えを開始し、身だしなみを整え、三つ編みを作り出しゴムで止める。それからコンタクトを付け替えて、準備を整えると、ポストを確認した。
「今日はシエンからのお手紙が入ってました」
「まだ諦めてないのか? あいつ」
「地道なアピールが大事なんだって」
「どうせ、手紙の内容なんて、どこかに遊びに行こうって誘いだろ」
「正解です。そして本日のプレゼントはバレッタでした。たまには三つ編みじゃない髪型をしろということでしょうか。それを叶えてデートをしたら、カロエのことをお願いできるような気がします」
諦めきれない野望を抱き、引っ越しのごたごたで出遅れてしまったが、ここでシエンに付き合っておけば、次の仕事のときにカロエを一緒にしてくれるのではないかと企む。
「お前、人には浮気がどうのってうるさいのに、自分に対しては緩すぎだぞ」
「エルンストは、あたしがシエンとデートをしたら悲しいの?」
「嫌で当然だろ。つうか、シエンに限らず、他の男と出掛けるのはなしだからな」
「それって、シュンテーマもダメってことでしょうか?」
「まさか、そいつとも連絡取ってんのか?」
「うん。たまにお手紙が来ますよ。あたしは礼儀正しく、きちんとお返事もしています」
「なに気に浮気しまくってんな」
「浮気はしてませんよ。あたしは、エルンストと違って、エルンスト一筋です。ただ、貸しを作っておくと、シエンもシュンテーマも後々お役立ちなのです」
迷いなく告げると、洋服などが入っているアイテムボックスの中へ入り、アクセサリーを収納しておくボックスへ貰ったばかりのバレッタをしまっておく。そしてそこから出て来ると、エルンストが起き上がっていた。
「やっとお目覚めですね。おはようございます」
「寝てる気分じゃなくなっただけだろ。ったく、けろっとしやがって」
言下に嘆息すると、軽くポカリとアスピスの頭を殴ってくる。
「痛いのです」
「少しは反省しろ。っていうか、俺も起きるか」
部屋に戻って、二度寝でもする気だったのだろうか。というより、アスピスが1階へ下りた後、普段は自室で二度寝をしているということなのか。
「家にいるときのエルンストは、お寝坊さんですね」
「悪かったな。仕事中や冒険中は気を張っている分、家だと油断して気が緩むんだよ」
アスピスが部屋を出るのに続いてエルンストも出てくると、アスピスの頭を軽く掻い操った後、自分の部屋の方へ戻っていく。それを見送ると、アスピスはゆっくりと1階へ下りて行った。
食事を済ませて、食後の休憩をしばらくとった後、シェリスに留守番を頼み、ルーキスとエルンストに巻き込まれたレイスも連れて、王国管理室へ向かう。
前よりも距離ができたことで、徒歩数の少ない仕事後だと、アスピスの足で歩いて行くにはちょっと辛かった。それでも、なんとか正門までは歩いて行った。
「あたしはもう限界です。ここでお待ちしておりますので、みなさんで管理室へ行ってきてください」
「いや。お前がいなくちゃ意味ないんだぞ。今日は診察してもらうんだからな」
「ご遠慮します。3人でクリシス先生とお話ししてきてください」
「1人だけ逃げようたってそうはいかないからな。しっかりクリシス先生に診てもらえ」
抵抗を試みるアスピスだったが、残念だが失敗に終わったようである。歩みを止めたアスピスを、エルンストが半ば強制的に抱き上げてしまう。
「あたしはもう抱っこされる年齢ではないのです」
「今さらなに言ってんだ? 安心しろ、いつまででも抱いてやるから」
「そんな言葉は望んでいません。あたしが今欲している言葉をください」
「逃がすわけないだろ。お前を連れて行かなかったら、俺たちがとんでもない目に遭うんだぞ」
どうやら解放してくれる気が微塵もないらしいエルンストへ、アスピスは深く吐息する。
「大人気がないのです」
「あ?」
「代わりに怒られてあげようという優しさが欲しいです」
「それ以前の問題だろ。お前の体調管理のために診察してもらうんだから、お前がいなくてどうする気だよ」
「それは……、エルンストたちが適当に言い訳を考えてれてください」
暇をつぶしに王城へ遊びに来ている貴族の女性たちが、黄色い声を上げる中を、アスピスはげんなりしながら、エルンストに抱えられ、奥に向かって進んでいく。
「ねぇ、誰かあの女の人たちに手を振ったりする人っているの?」
「現在の六剣士の中にはいないかもな。でも、過去には貴族と結婚した人もいるらしいから、過去を遡れば愛想のいい六剣士がいたかもしれないが」
「ふーん」
目的地の方向上、エルンストに抱えられた体勢に加え、エルンストの首に手を回していた都合もあって、アスピスの顔が後ろへ向いていいた。そのため、貴族の女性に背を向けて歩くエルンストやレイスやルーキスへ、キャーキャー言いながら熱い眼差し送ってくる貴族の女性の集団のことが、よく見えてしまったことで生じた疑問であったが、答えをもらったところで本当はどうでもいいことだと思ってしまう。
ついでに、なんとなくあかんべをして舌を出してみせたところ、途端に非難の声が大きく上がる。
(うおっ。これはちょっと……)
面白いかも。と、思った矢先に、エルンストがアスピスの顔の向きを修正してしまう。
「お前、なにやらかしてんだ?」
「子供の特権を行使してみただけです。些細なことなので気にしてはいけません」
「どうでもいいけど、あまり刺激するなよ」
「はーい」
歯切れのよい返事をし、おとなしくエルンストの左腕に収まることにする。そして、じっと抱かれているとほどなく、関係者以外立ち入り禁止の区域に入って行く。
そこからは、静かなものだった。邪魔者を見るような突き刺さる視線も飛んだ来ないことに、アスピスの機嫌も良くなっていく。
それからほどなく、王国管理室の受け付け窓口に到着した。
そこでエルンストに下ろしてもらい、受け付け窓口にいる男性に声を掛ける。
「おはようございます。クリシス先生はいますか?」
「アスピス様、おはようございます。クリシス先生は、先ほどちょっと外へ出てくると言って、席を外しています」
「ありがとう。それじゃあ、診察室へ行ってきます」
「えっ。あの、今はいらっしゃいませんよ」
「うん。だから、診察室に行ってきます」
アスピスは意気揚々と、診察室へ向かって行く。要は顔を出したという事実を作ればいいのである。
受け付け窓口の男性は訳が分からずといった感じで、アスピスを引き止めるが、それにかまわず歩いて行く。そして、エルンストたちが受け付け窓口で依頼の終了手続きをしている間に、診察室へ潜り込んでしまう。
「クリシス先生はいらっしゃいませんね。いなければしかたないのです。折角来たのに、お会いできずに残念です」
アスピスは人のいない診察室に声をかける。
「しかし、分かってます。来たという証拠が必要なのです。その辺に抜かりはありません」
そう言いながら、机の上にあるメモ帳の束を見つけると、同じく机の上にあったペンを借りて、いそいそとクリシス宛にメモを書いていく。
「お伺いしたところ、クリシス(女性、30歳、未婚)先生がいらっしゃらなかったので、1ヶ月後にまた来ます。お会いできなくて残念でした。アスピスより」
これで完璧なのです。と、アスピスは満足げにペンを置き、これで帰ってしまっても問題はないと思ったところで、背後に気配を感じて振り返る。そこには、笑顔を浮かべたクリシスが立っていた。
「まぁ、いろいろと訊きたいことがあるんだが。先ずは、私の名前の後に性別や年齢や婚姻歴を書いた理由を訊いていいか?」
「え? それは、誰宛かちゃんと分かるようにと思ったのです」
「ほほぅ。ここには、女性で30歳、未婚の私以外にも、クリシスという名前の人物がいるということか?」
「可能性の問題なのです。もしかしたら、あたしがここへ顔を出していない内に、新しくクリシスという名の人が入って来たかもしれないでしょ」
「そうか。じゃあ、次の話しに進むが、1ヵ月以上も顔を見せなかったのは何故なんだ?」
「それは、お引越しがあったからなのです。だから、エルンストたちがここへ連れて来てくれなかったのです。決してあたしのせいではありません」
にこにこと笑い続けるクリシスに、アスピスは焦りを滲ませ必死に応じる。しかし、クリシスの方が上手であった。受け付けの男性に、クリシスが不在と分かっていながら診察室へアスピスが入って行ったことを、しっかりと聞いていたらしい。
しばしくだらない問答を続けた後、強制的に体重計へ乗せられてしまったのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




