第190話(六聖人のお仕事Ⅵの13/復路2/王都)
[百九十]
防水用シートを少し重ね合わせる形で2つ並べる。そして、重なる部分を中央にするようにして、毛布を1枚敷く。そこへアスピスが横になり、体の上にも毛布を掛ける。
「みんな準備ができたよ」
声を掛けると、それを待っていたアネモスやオルトロスやエクウスが、アスピスの周りを取り囲むようにして寝る体勢を築いていく。
これで準備は万端である。
「もふもふふわふわもちもちしていて、とても気持ちがいいね」
「オイラの肉球も触っていいよ」
「我の肉球も触らせてやるぞ」
オルトロスとアネモスが、言うと同時に自慢の肉球をアスピスの顔へ、無造作に押し付けてくる。しかし、それさえ気持ちいいという感じで、アスピスは笑顔を零す。
「肉球はふにゅふにゅしているよね」
「ならば私は、自慢の羽を毛布代わりに提供しましょう」
負けじとエクウスがしゃべると、肉球の代わりに羽を伸ばしてアスピスの体の上に載せてくる。すでに毛布を掛けていたことで、ちょっと暑かったが、エクウスの気持ちはとても嬉しかったので、アスピスはお礼を告げた。
「ありがとう、エクウス」
「マスターよ、そろそろ眠る時間じゃ」
「うん。みんなおやすみなさい」
防水シートを2枚使うことで、アスピスは使い魔の3体を周りに侍らすことに成功する。
何故に、今までこの方法を思いつかなかったのだろうか。こんな簡単に解決できてしまうとは、想定外であった。
とにかくこれで、ひとり仲間外れの気分を味合わずに済むことで、アスピスは満足げに瞳を閉じる。
(これで、冒険中はひとり寝ができるもんね)
見張り番のあるエルンストに迷惑をかけることをしなくて済むことが、とても嬉しく思えてしまう。そして、3体の体温を感じつつ、少しずつ眠りの中へ落ちていった。
朝の光を感じて目を覚ますと、唯一空いている足元にエルンストがしゃがんだ状態で、アスピスのことを見つめていることに気が付いた。
「人の寝顔を見ていないで、起こしてください」
「いや。お前にしては珍しくすごい寝相だなと思って」
「……」
言われてみれば、エクウスの羽布団もその下に掛けていた毛布も払い退けられていて、更には周囲を取り囲んでいた3体に乗り上げて寝ていたことに気が付く。
「とても暑い夢を見てたの」
「そりゃ、いつもは毛布1枚だったからな。下にも毛布を敷いた上に、エクウスの羽布団まで掛かっていたら、暑いだろうな」
「そうでした。毛布3枚は厳しかったみたいです」
「汗もすごいぞ。馬車の中で着替えてくるか?」
「大丈夫です、またこのまま洗濯します」
昨夜、チーズで汚してしまった服を、着たまま洗濯したばかりであった。しかし、汗で湿った服をそのまま着ているわけにもいかないため、再び着たまま洗浄をすることにする。
そして早速実行することにして、服を着たまま洗濯するための魔法陣を取り出し下に敷き、その上にアスピスが乗ると、「結界」と唱え魔法陣を起動させると、「洗浄」と「乾燥」のレシピを読み上げて精霊術を発動させた。
この辺は手慣れてしまったことで、服や下着がきれいに洗われ、乾燥される。そして「解除」と唱えて、魔法陣の起動を止めた。
「これで解決です」
「風邪をひくなよ。毛布の使い過ぎで風邪をひいたなんてなったら、笑われるからな」
「これは、エクウスの親切による結果なのです。よって、なんの問題もありません」
エルンストの台詞に、あっさり返すと、シートの上から下りる。それにつられて使い魔3体も目を覚まし、動き出す。
「ちょっと待っていてください。毛布とシートをしまってしまいます」
エルンストへ断りを入れると、アスピスは毛布をたたみ始める。エルンストもそれに付き合い、毛布をたたむのを手伝ってくれた。
朝食を済ませ、後片付けを終え、焚火などの始末をしつつ周囲のものを片付けていく。そして忘れ物などないことを確認すると、野営地の撤去作業が完了する。あとは馬車の牽引具をアネモスに装着し、オルトロスとエクウスを『生き物用』ボックスに入れると、移動の準備も整った。
2日目となるこの日はエルンストが御者をすることになり、残る3人は後ろへ回って、馬車に乗り込んでいく。それを確認したエルンストがほどなく馬車を走らせた。
行程は順調で、昼休憩を挟んで、進めるだけ先へ移動する。そして、日が暮れるころになると大きな木の下で野営の準備を整え、2日目の野営も無事に済ませる。
移動の最終日となる3日目は、テネブラエが再び御者を申し出たことで、お願いすることにして、エルンストとルーキスとアスピスが馬車の中に座っていた。
今日もとても穏やで、馬車は道なりを進んでいく。
「御者に大夫慣れてきたようだな」
「はい。でも、アネモスは知能が高いですから。独自の判断力もありますし、馬とはちょっと勝手が違いますね」
騎士学校で学んだ馬車の御者と比べてのものなのだろう。テネブラエが、前を向いたままルーキスの問いに答える。それには、ルーキスも同意していた。
「まぁ、確かに。馬とは勝手が違うな」
「ですが、貴重な体験だと思っています。アネモスくらい高いランクの魔物を、使い魔にしている精霊使い自体が少ないですから。そんな貴重な使い魔に馬車を引かせるようなこと、普通はないでしょうから」
「かもな。それ以前に、ランクも知能もアネモス並だが、フォルトゥーナのミロディアは、形態的に馬車は引けないだろうけどな」
ルーキスの言葉を受け、二足歩行の巨大なフクロウが馬車を引く姿を、アスピスの頭の中に思い描いてしまう。そして、竜族なので体は頑丈にできているらしく、肉体的にも体力的にも問題がなさそうなので、ミロディアに馬車を引いてもらいたいと思ってしまった。
そのことにわくわくしてしまうアスピスの妄想とは別に、テネブラエとルーキスの話しは進んでいった。
「フォルトゥーナ……さん、といいますと。六聖人(赤)の任に就いている方でしょうか」
「あぁ、そうか。うん。その、六聖人(赤)のフォルトゥーナのことなんだけどな」
「それでしたら、噂で聞いています。智竜を使い魔にしたとか」
「それが、ミロディアなんだけどさ。見た目は巨大なふくろうって感じで。アスピスの使い魔もなんだけどさ、話しているとなかなか面白いもんだぜ」
「仲がいいんですね。やはり、アスピスと同じ六聖人だから、お付き合いがあるんでしょうか」
「んー……、そうだな。アスピス関連での知り合いではあるけど、冒険のパーティー仲間っていうか。フォルトゥーナも一緒に住んでるからな」
「いや。それを言うなら、それ以前に、六聖人(灰)のシェリスの旦那だから。ルーキスって」
「え? 六聖人(灰)のシェリスさんというと、使い魔とご結婚をされたと噂で聞いたことがあるんですが」
なにげに色々と情報を持っているようである。仕事へ出発する前に、アスピスについても調べてたそうなので、テネブラエは情報収集に力を注ぐ方なのだろう。
ルーキスも似たようなことを思ったのかもしれない。苦笑を浮かべる。
「噂にはなったが、一般人にまでは広がってないはずだぞ。騎士学校に入る前のことをよく知っているな」
「いえ。兄が騎士学校出身で、現在は王都の警備兵しているんです。その関係で」
「へー。責任感が強いし、面倒見がいいから、長男かと思ってたけど。兄さんがいたのか」
「はい。といっても、騎士学校に入る前から付き合っていた幼馴染と、学校を卒業してほどなく結婚したので、家を出たのはかなり前になりますが」
「あー、それで警備兵か。王国管理室所属になっちまうと、家を開けっぱなしになるもんな」
ルーキスの頭の中に浮かんだのは、ノワールのことだろう。卒業してからも、ほとんど顔を見ていないようなので、そのイメージが強いようだ。
エルンストとレイスは、寮で寝泊まりして訓練所へ籠るようなことはしなかったようだが。
そんなとりとめのない話しを、御者と並行できるくらいの余裕が生じ始めたようである。ルーキスを相手に、昼休憩の時間になるまで、色々とやり取りをしていた。
昼休憩を取り、再び馬車を走らせる。赤道を馬車が順調に走れていることから、御者は引き続きテネブラエが行っていた。
そして夕刻になるころ王都が見え始め、そこからは本当に早かった。アネモスの足が軽やかになり、馬車のスピードが僅かだが上がったことで、ほどなく砦にある正門へ辿り着く。そこで馬車を下り、エルンストがアイテムボックスへ馬車をしまうと、解放されたばかりのアネモスの背に、待ってましたという気分でアスピスは乗ってしまう。
それから正門へ入って行き手続きを行うと、王都の中へ踏み入る。
ここでようやく帰ってこれたという気分に至れた。
「それじゃあ、サイン済みの依頼書は、俺が出しておくから」
「よろしくお願いします。今回は、研修員として同行させていただき、ありがとうございました」
「すべて基本からずれてたけどな」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うテネブラエへ、エルンストは苦笑を洩らす。
「ってより、これから寮へ戻るのか?」
「はい。さすがにこの時間では、終了時間も近づいてますし、訓練所には顔を出せませんけど。明日からまた訓練所生活ですから」
「そうか。じゃあ、頑張れよ」
「はい。みなさんもお元気で。またご一緒することがありましたら、よろしくお願いします」
それでは、これで。と頭を下げ、騎士学校のある方へとテネブラエは足取り軽く駆けていく。それを見送ると、アスピスたちも帰宅することにする。
「フォルトゥーナたちは、今頃頑張っているところか」
「そうだな。にしても、ミロディアに騎乗して移動するとか言ってたけど、かなり目立つだろうなぁ」
「アネモスよりも目立つと思われます」
エルンストとルーキスの会話へ、アスピスは横から口を挟むよう、素直な感想を口にする。
「アネモスだけならな。オルトロスとエクウスまで従えたら、とんでもない団体のできあがりだぞ」
「大丈夫です。なんと、手のひらサイズまで小さくなれることが判明しました。ポケットにしまえるサイズです」
「へー。そんなに小さくなれるのか」
自慢げにアスピスが語ると、ルーキスが感心したように呟く。
「ミロディアは体のサイズを変えられないから、その点は不利かもな。騎乗用の魔物としては、手頃な大きさだし、頑丈だし、頭もいいし、最適だろうが」
「にしても、やんちゃ盛りの3人組と、ミロディアに乗ったフォルトゥーナだろ。制御不能で、ノトスは苦労しているだろうな」
「フォルトゥーナも普段はそれほどでもないんだが、基本は無邪気だからな」
エルンストの言葉を受け、ルーキスはからからと笑う。
「まぁ、こっちはたったひとりに3人が振り回されたけどな」
「なんのことでしょう。あたしにはなんのことかさっぱりわかりません」
アスピスは素っ惚けると、大通りから住宅街へと続く路へ入って行く。そして、家の玄関の前に到着しようかというところで、反対側から花を抱えた女性がこちらへ近づいてくるのを見つけ、アスピスは傍へ寄っていった。
「セアお姉ちゃん、お仕事からお帰りですか? お帰りなさい」
「あら、アスピス。ただいま。あなたの方こそ、ここ最近見かけなかったから、どうしたのかと思ったわ。その格好からすると、外へ出掛けていたのね」
「はい。お仕事してきました。エルンストとルーキスも一緒です」
「それじゃあ、国の仕事をしてきたのね。だったら、アスピスも帰ってきたところね。お疲れさまでした」
アスピスがセアと呼んだ女性が、アスピスの後ろから付いてきたエルンストとルーキスにお辞儀をする。
それに対して、エルンストとルーキスが慌ててお辞儀をして返すのを見て、アスピスは状況を理解していない2人へ、花を抱えた女性を紹介する。
「お隣の家に住んでいるお姉ちゃんなのです。セアさんといいます。四式使いで法陣カプセルの補充とレシピ作りのお仕事をしているすごい人なのです。色々と教えてもらってます」
「いつもアスピスには楽しませてもらっています。隣に住んでいるセアと申します」
「や。こちらこそ、なんか面倒を見てもらっているみたいで、ありがとうございます。俺はルーキスと言います」
「あぁ、それではそちらがエルンストさんですね」
「どうも。それより、こいつ、迷惑をかけたりしてませんか?」
にっこりと笑うセアへ、ルーキスとエルンストが挨拶していく。その反応から、隣にどんな人が住んでいるのか、よく分かっていないらしいことが判明する。
確かに、前に住んでいた家でも、アスピスが近所づきあいを開始するまで、他家との接触を全くしていなかったらしいことで、あの家の住人に対して色々と噂が立っていたようだった。
それもそうだろう。美形ばかりが4人。それも、成人はルーキスだけで、他はみんな子供だけという状況から開始された共同生活だったので、かなり浮いていたらしい。噂にするなという方が無理だと、アスピスも納得してしまったほどである。
「ご近所付き合いできないエルンストは、余計なことを言わなくていいの」
アスピスはエルンストを軽く睨んでから、セアを見つめる。
「ところで、その可愛いお花はどこで売ってたの?」
「食料品を売っている屋台は知っているわよね」
「うん。すぐ近くのでしょ」
「その先に、つい先日から花を売っている屋台ができたの。公園を通り越したところだから、アスピスだとちょっと距離があるかしら」
「大丈夫。そのくらいならあたしの行動範囲だから、通えます。教えてくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして。それじゃあ、夕食の支度をしなくちゃならないから、これで帰るわね。失礼します」
最初の方はアスピスに向け、最後の方はエルンストとルーキスに向けて告げると、セアはお辞儀をして、3人の脇を通り過ぎ、隣の家の扉の鍵を解き開いて中へと入って行った。それを見送ると、アスピスはルーキスとエルンストへ向けて口を開く。
「あたしはお花を買いに行ってきます。今日はアネモスに乗って行っていいですか?」
「それはかまわないが、ついて行こうか?」
「この路にある屋台は、ひとりで行けます」
「わかった。じゃあ、先に家に入っているぞ」
「アスピス、気を付けて行ってこいよ」
「はーい。ちょっとお花屋さんに行ってきます」
2人に見送られ、アスピスは勇んで花屋に向かって行く。そして教えてもらった通り、食料品を売っている屋台の、顔見知りになったおじさんに挨拶をしながら脇を通り過ぎ、その先の公園の脇を通り過ぎると、花を売っている屋台に辿り着く。そこで屋台の店番の女性に声を掛けて少し話をした後、花を3本ほど購入すると、アスピスは意気揚々と帰宅した。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




