第189話(六聖人のお仕事Ⅵの12/復路1)
[百八十九]
朝になると、いそいそと起き出して冒険装備を身につける。その後は、少し遅れて起き出したエルンストが準備をしている間に、使い魔たちに朝食を与え、部屋の中に忘れ物が無いか確認していく。それが終わると、エルンストの準備も完璧となり、ルーキスが呼びに来る前だったが廊下へ出ることにする。
そして、他の2人が廊下へ出てくるのを待ち、朝食を摂りに1階へ下りていく。
その際、2人も旅支度をしっかり済ませてきたようで、準備万端という感じであった。
その後は、宿屋の泊り客用の朝食セットを注文し、適当に食事を済ませると、宿屋の受け付けカウンターへ声を掛ける。
「世話になった。今日でこの村をでるから、清算してもらいたいんだが」
「それなら、ご心配いりません。村長へ請求するよう言付かっておりますので」
「すまないな。それじゃあ、村長にお礼を伝えておいてくれ」
「はい、了解いたしました。それでは、サインだけいただけますでしょうか」
「わかった。どれにサインすればいいんだ?」
受け付けカウンターの中に立つ男の台詞を受け、エルンストはあっさり頷くと、差し出されてきたペンを受け取りつつ、問いかける。
それに対して、男が用紙を差し出してきた。
「こちらへお願いします。村長へ請求させていただくときに、必要となりますので」
「それだったら、明細も見せてくれるか? その明細書にサインすれば確実だろ」
「えっ、あ……。そうですよね。では、今作りますので、少々お待ちください」
唐突といった感じのルーキスの容喙に、受け付けの男は、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようである。断りを入れて、慌てた様子で後ろの扉の中へと入って行った。
「どうかしたのか?」
「いや。会話の流れから、村長から、食事代をぼったくろうと企んでいるんだろうなと思ってさ」
「あー、そういうことか」
ルーキスの説明を受け、エルンストが苦笑を浮かべる。
「エルンスト、仕事中はその辺の感覚がずれてんだろ。普段のお前だったら、気づいてるぞ」
「かもな。基本は、村長や町長任せだからな。じゃなきゃ、俺たちじゃ泊まらないような高級ホテルを利用したりってのが、普通にあるからさ。仕事の場合、冒険時と、感覚がちょっとずれるかもしれねぇ」
参ったなというように、エルンストは肩をすくませていく。それに対し、ルーキスも肩をすくませた。
その後は、受け付けの男が新しく作ってきた明細書の内容と金額を確認したエルンストがサインをし、改めてお礼を告げて宿屋を後にする。
そして、のんびりと宿屋の前を通る広い道を歩いていき、村の外へ出ると、エルンストがアネモスを出すよう頼んできた。
それに素直に従い、アスピスはアネモスに出てくるようお願いし、姿を現したアネモスを連れてエルンストがアイテムボックスの中へ入っていく。
「さて、王都へ帰るか」
エルンストとアネモスが馬車を引っ張り出してきたのを受け、ルーキスが背筋を伸ばす。
「ところで、御者はどうする? 行きはほとんど2人に任せてきたから、俺がやってもかまわないぞ」
「ちょっと不安かもしれませんが、行きにしっかり教えてもらいましたし。アネモスは頭がいいので、俺だけでも御者ができそうですよ」
「おっ。なら、やってみるか? 無理そうだったら援助に入ってやるから」
前向きの姿勢のテネブラエに笑顔を零したルーキスは、その話にのったという感じで、提案する。
「では、俺に御者をさせてください。先ずはひとりでやってみますので、しばらく後ろで様子を見ててもらえますか? 大丈夫そうなら、そのまま今日は御者をしますので」
「了解した。アネモスは自分で判断するから、気が抜けがちだが、手綱はしっかり握っておけよ。いざって時は目線の高い御者の方が視覚から入る情報量は多いからな、テネブラエの方が指示を出すようになるからさ」
「はい。では、アスピスとエルンストとルーキスは、馬車の方へ乗ってください」
テネブラエははきはきと応じると、自分は早々と御者席へ向かって行く。
それを見守り終えたルーキスとエルンストが、アスピスを促して後ろへ回ると、最初にアスピスを抱き持ち上げて馬車に乗せる。そして、アスピスが邪魔にならない位置へ移動すると、続いて2人が乗り込んできた。
ほどなく席に座ると、エルンストが御者席で待機しているテネブラエに声を掛ける。
「出発して大丈夫だぞ」
「了解しました。それでは、出発します。アネモス、今日はお願いしますね」
「では出発させてもらう。指示はまかせたぞ」
「頑張ります」
アネモスも、礼儀正しくはきはきしているテネブラエが気に入ったようである。意地悪などせずに、いつも通りに最初はゆっくりと、徐々に加速していき、エルンストたちが教え込んだ速度へ到達すると、その速さを保つ形で走り続ける。
赤道で揺れも少なく、順調な走り出しであった。
エルンストとルーキスはしばらくの間、テネブラエの様子が気になったようだったが、手綱を持つテネブラエの指示にアネモスも抵抗感なく従っているようなので、大丈夫そうだと踏んだようである。少しずつ意識を他に向け始める。
そこで退屈にでもなってきたのか、おもむろにエルンストとルーキスが同時にアスピスのことを呼び始めた。
「アスピス、ダメダメだったエルンストなんか放っておいて、こっちへ来ないか」
「いや、不倫はダメだろ。アスピス、こっちへ来いよ」
テネブラエの様子を見るため、馬車の一番前寄りの左右のイスに座っていたエルンストとルーキスは、笑みを浮かべて「こっちへ来い」とアスピスに誘いをかけてくるのだが、そのノリは小動物を呼び寄せる感じであった。
少し前まで御者席に意識を傾けていた2人から、なんとなく離れて座っていたアスピスは、急な事態に戸惑いつつ、エルンストとルーキスを見つめる。そして、2人の表情から完全に遊ばれていることを察して、アスピスはむくりと立ち上がると、アイテムボックスを開き、馬車の中央の床の部分にシートを敷く。その前方へ風で煽られないように小さな一人用の折りたたみ式テーブルを置き、シートの中央へちょこんと座る。
「あたしは猫でも犬でもないのです。バカにするような人の相手はしてあげません」
つんと澄まして言うと、おもむろにラインティバッグと紅茶の葉が入っているケース。その他に、ティーポットやお湯の出るピッチャーやマグカップを3つ取り出し、テーブルの上に並べていく。
「お前、そんなものも買ってたのか?」
「雑貨屋を侮ってはいけません。でも、通販カタログもお店に並んでいないものがたくさんあるので、非常にお勧めです」
エルンストがどれに対して言っているのか正確なところはわからないが、初見となるのは、おそらく折りたたみ式のミニテーブルだろう。ぎりぎり感は否めないが、アイテムボックスから自力で出し入れできる重さだったため、旅のお供にちょうどいいと思い購入しておいたのである
そんなことを考えつつ、ラインティバッグに紅茶葉を入れて封をすると、ティーポットに落とし入れ、そこへお湯を注ぐ。それからしばらく放置した後、マグカップにお茶を入れていく。
そして、3つのマグカップを、テーブルの左右とアスピスの前に置いていく。
「寛大なあたしは、2人にもお茶を入れて差し上げました。どうぞお飲みください」
「そいつはどうも」
「わざわざ悪いな」
エルンストとルーキスが、大人げないことをしたと少しは反省したようである。2人の方からアスピスに近づいてきて、それぞれお礼を言いながらマグカップへ手を伸ばす。
それを確認してから、アスピスもマグカップを手にして、お茶を飲む。
「はぁー。極楽です」
熱いので、軽く口に含む程度であるが、ちびちびと飲み進めていく。その途中、マグカップをテーブルに戻すと、アスピスは立ち上がって、アイテムボックスから毛布を引っ張り出してくる。それを丁寧にたたんでシートの中央に置くと、その上に改めて座り直す。
「これは、クッションを手に入れるべきでしょうか」
「なんでも持ってそうなのに、クッションは持ってないのか」
「クッションは、『生き物用』ボックスの中にあります。でも、今はオルトロスが使っていると思います」
「いや、自分用のって意味で。折りたたみ式のテーブルまで持ち歩いてるのに、意外なところに盲点があるのな」
「人間は万能ではありません。欠点はだれにでもあるのです。それを責めてはいけません」
「いや、そうだけどな。そこまで深い話しじゃないだろ? そもそも、責めたりしてないだろ」
アスピスが淡々とした物言いをすると、エルンストが大袈裟だと言いたげに苦笑を零す。
「それより、今日はそこですごすのか?」
「意地悪な大人が2人もいるので、あたしは真ん中ですごします」
アスピスは断言すると、途中に昼休憩を挟んだのだが、宣言通りに床に敷いたシートの上で1日すごした。
日が暮れる少し前に、大きな木の下の側へ馬車を止め、そこが本日の野営地となった。
エルンストが焚火の準備をしている間に、アネモスたちを『生き物用』ボックスから解放し、に夕食を与える。そして3体が食事に夢中になっているところで、アスピスが『生き物用』ボックスに入ろうとしたところで、テネブラエがこっちを興味津々に見ていることに気が付いた。
「中に入ってみますか? お掃除をしに入るので、おもてなしはできませんが」
「いいんですか?」
「うん、いいよ。今、許可を出しますね」
宣言通り、テネブラエへ入る許可を出すと、アスピスに続いてテネブラエが入ってくる。
「好きに見学してください。あたしは小屋の中の掃除をしてきます」
「でしたら、お手伝いしますよ」
「いいの?」
「はい。力仕事があるようでしたら、俺がやりますよ」
「ありがとう。今、ボックスをリンクさせるから、敷き藁をゴミ処理器に入れてほしいの」
「わかりました」
アスピスのお願いに、気持ちよく頷いてくれるテネブラエに、やり方を教えて手伝ってもらう。そのおかげで、敷き藁の入れ替えがとても早く済んだ。
「とても助かりました。テネブラエ、ありがとうございます」
最後に、3体用の飲み水を入れ替えて作業を終えると、アスピスは深々と頭を下げる。
「どういたしまして。俺も、まさか『生き物用』ボックスを目にすることができるなんて、思っていませんでしたから。いい経験をさせてもらいました」
「お泊りしたかったら、アイテムボックスを開いておきますよ?」
「えっ。いえ、十分楽しませてもらいましたから、大丈夫ですよ。あまりボックスを開けっぱなしにするのはよくありませんから、きちんと閉じてくださいね」
「分かりました。では、お手伝いをしていただいたお礼に、お夕食のスープはあたしのお勧めをご用意させていただきます」
念を押すように言ってくるテネブラエへ、素直に応じつつ、アスピスは『生き物用』ボックスから出て行く。それに従い、テネブラエも外へ出てきた。
そこで一度、アイテムボックスを閉じて、使い魔たちが食事を終えた食器を片付ける。
その後、焚火に近すぎない場所へシートを敷いて、仮の台所を作り出した。
「アスピス、動き回るのはいいが、そろそろ夕飯の時間だぞ」
「だから、こうしてスープの用意をしているの。騒がずにちょっと待っていてください」
「いや、俺が言っているのはお前の夕飯についてなんだが」
「渡してくれれば、自分で温めますよ」
「アスピスがちゃんと食ってくれるなら、多少の手間はかけるさ」
温め用のシートを取り出そうとして、エルンストの台詞を聞き、アスピスは手にかけていたシートを元に戻す。その代わりに、お鍋とおたまと脚の付いた焚火用コンロを取り出してくる。その後すぐに再び中へ入っていき、以前屋台で買っていた野菜と肉がゴロゴロ入っているスープを3人前取り出して来る。
「焚火をおかりします」
エルンストに断りを入れ、焚火用コンロを手にしたアスピスは、焚火の前へ進んでいく。そして、それを焚火の上から被せるように置こうとしたら、エルンストが慌てたように止めに入った。
「ちょっと待てって。無造作にやると火傷するだろ。それを設置すればいいんだな?」
「そうです。3人のスープをお鍋で温めることにしました」
「お前の場合、精霊術があんだろ。わざわざこんなことしなくていいんだぞ」
言下で、アスピスが持っていた焚火用コンロを、半ば引っ手繰るようにして設置してくれながら、エルンストは器用に肩をすくめてみせる。
「火を消したときに回収してやるから、明日の朝までこのままにしておくぞ」
「うん。ありがとう」
にこりと笑ってお礼を言うと、アスピスは具だくさんのスープが入った容器の蓋を取り外して鍋の中へ移す作業を3回繰り返す。そして、3人分のスープが入れられた鍋におたまを入れ、それを持って、焚火に設置してもらったコンロに鍋を置く。そして、温まるのを待っている間に、木製のスープ皿とスプーンを3人分と木製の鍋置きをトレイに載せて出してくると、それをシートの上に置き、鍋置きを取り出して隣に並べる。
その後再び焚火の方へ戻って来ると、おたまで鍋をかき回す。温まるのはもう少し先のようである。なんとなく見守る気分で鍋の前に立つアスピスの脇では、エルンストが食品を温めるための脚付きの箱の前で、中身が温まるのを待っていた。
「今日のお夕食はなんですか?」
「ピザ風トーストとジャガイモのポタージュスープだけど、足りるか?」
「それはなんですか?」
「四角いパンにトマトソースを塗って、ベーコンや玉ねぎやトマトを重ねて、その上にチーズを載せて焼いたものじゃないか?」
疑問形で返されてしまったのだが、パンらしいということは判明した。そのため、ひと言断りを入れておく。
「パンは少しでいいですよ」
「ちゃんと小さく切ってくれてるから安心しろ。それより、お前の鍋の方はいいのか?」
「そうです。もう温まりました」
火力が強いため、予想していたよりもかなり早く温まったようである。湯気の昇り具合から十分温まったことが見て取れる。そのため、アスピスが急いで鍋の取っ手を掴もうとしたところ、エルンストに止められる。
「熱くなってるから、これを使え」
言葉と共に差し出されてきたキッチンミトンを受け取ると、それを両手にはめて鍋を持つ。それをそのままシートの方へ持って行き、事前に用意していた鍋置きの上に載せた。
そして、エルンストにキッチンミトンをお礼と共に返し、シートの方へ戻ってくると、そこへ上がってちょこんと正座をする。
その後は、すぐにおたまを手に取り、スープを掬ってスープ皿へ移していく。スープは目分量で3等分し、トレイの上に並べ終えると、脇の方へ3本のスプーンも載せておく。
「スープの準備は終わりました。お食事を開始できますよ」
アスピスは大きな声でみんなに伝えると、トレイを3枚重ねた状態で手に持って、食事をしに焚火の側へ来たルーキスとテネブラエへ、先にトレイを受け取ってもらい、それぞれにスープ皿とスプーンを1つずつ取ってもらう。
「どうもありがとうございます」
「お前もよく動くな。ありがとうな」
「どういたしまして。ごゆっくりどうぞ」
お礼を言ってもらったことで、ちょっぴり照れた感じで笑ってみせる。そして、アスピス用の夕飯を用意してくれているエルンストの傍へ寄っていった。
ちょうど準備ができたようである。
エルンストが、アスピス用の夕食をトレイに載せて、立ち上がる。
「そっちのトレイもかせ。俺が持って行くから」
手を伸ばされてきたことで、アスピスはそれに素直に従って、エルンスト用のスープが載っているトレイを渡す。
「先に座れ」
「わかったの」
言われるままに、這っている木の根の適当なところへ座ると、エルンストがアスピス用の夕食が載っている方を手渡してきた。
「ありがとう。今回のお仕事のお食事は毎回豪華だね。初めて見るものばっかりなの」
「レイスとフォルトゥーナに、帰ったらお礼を言っとけ。そのために料理の本を何冊も買って読んでいたみたいだからな。2人とも初挑戦のものもあるんじゃないか?」
そう答えながら、エルンストもアスピスの隣に腰かけ、アイテムボックスから保存食を取り出すと、トレイの上にそれを広げる。
「パンはひとつで足ります。ひとつはエルンストにあげますね」
「食う前から諦めるなよ」
「だって、こんなにいっぱい具が載っているの。ひとつで足ります」
適当な厚さに切られた四角いパンを4等分にし、その内の2切れを温めてくれたようである。1切れずつにトマトソースが塗られ、ベーコンやスライスした玉ねぎやトマトが盛られ、それらを覆い隠すよういい具合にとろけたチーズが載っていた。
ひと口齧り付くと、具とパンで口の中がいっぱいになる。それをなんとか食いちぎり、顔をパンから離したら、噛み切れなかったらしいチーズが糸を引くよう伸びていき、徐々に下へと落ちていく。
「んーッッ」
「やらかしたな。にしても、よく伸びるチーズだな」
チーズの伸びっぷりに驚きつつ、服が汚れると焦りつつも、同時に感動をしていた。そして、なんとか口の中のパンを飲み下すと、アスピスは楽しそうに笑みを零す。
「すごいの。いっぱい伸びたの」
「よかったな」
「うん。それに、とても美味しいよ」
「なら、もう1枚もちゃんと食えよ」
「それは遠慮しておくの。スープも飲まなくちゃいけないでしょ」
アスピスはきっぱりと断ると、手に持っている齧りかけのパンの続きを食べ始めた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




