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第18話(疎外感/召喚/やさしい闖入者3)

[十八]


 ルーキスがロワを抱き、レイスに導かれるよう、階段上がって正面となる扉を開けてもらうと、隣の部屋との境側の壁に沿って置かれたベッドの上に横たわせる。

「悪いな、レイス。部屋を借りちまって」

「かまいませんよ。それより、本当に無事でよかったですね」

「あぁ、ありがとう」

 先に部屋に入っていたルーキスとレイスを追って、シェリスやフォルトゥーナ、カロエにエルンスト。それから後れを取ってアスピスが部屋に入って行く。

「あぁ、ロワ。本当にみんなありがとう」

 安定した寝息を立てているロワの傍に駆け寄り、顔を覗き込みながら、シェリスはみんなに礼を言う。そんなシェリスへ、レイスが穏やかな表情で首を横に振った。

「ロワは、ルーキスとシェリスの大事な子供ではありますが。同時に、俺たちの家族の一員みたいなものですからね。俺たちだって、ロワになにかあったら黙ってなんていられませんよ」

 ルーキスやシェリスが、レイスたちの家族のようなものなのと一緒に。と、シェリスの肩に手をそっと添える。

「本当に、こうして戻って来てくれて、よかったです」

「ありがとう。本当にありがとう」

 レイスの言葉に感動するよう、ルーキスとシェリスが2人揃ってお礼を重ねる。

 そして、改めるようルーキスが口を開いた。

「それなのに、俺たちは。自分たちのことしか考えてなくて、アスピスを襲うようなことをしてしまって」

 返す返す悔やまれる。と、両手を握りしめ、唇を噛みしめて、アスピスに向けて頭を下げてきた。

「やめてよ、今さら。っていうか、本気で殺す気で襲われてたら、あのとき死んでいたんだろうから。それが、今、こうして生きているわけで」

「その場合、我が、その前にシェリスの首を噛み切っていただろうがな」

「はぁ? 物騒なこといわないでよ。寝ていたくせに」

「それは、危険がないと分かっていたからであろう」

 アスピスの背後から入ってきたアネモスが、なにげに口を挟んできたことで、アスピスが慌てるように反応して返したが、意味はなかったようである。

「マスターも先ほど言ったではないか、シェリスにマスターを殺す気は最初からなかったと」

「そうだけど」

「ならば、そういうことだ。我は部屋に戻って休ませてもらうぞ」

 言いたいことを言い終えたといいたげに、アネモスは踵を返すと、レイスの部屋を後にしてしまう。

「ごめんね。空気、全然読まないやつで」

 飼い主として恥ずかしい。と、アスピスは困った表情を浮かべてみせる。

 しかし、シェリスは首を横に振った。

「アネモスの言う通りよ。実際、アスピスが呼びかけたら即座に反応したじゃない」

「そうだけど」

「でもね。そういうことじゃなくて。いくら、この子の命がかかっていたとしても。そして、私にアスピスを殺す気がなかったとしても、襲ってしまったことに変わりはないから。いくら謝っても謝り足りないわよね」

 寝入るロワの手を握りしめながら、シェリスは泣きそうに瞳を歪ませる。

「ロワを取り戻した今、俺たちのことを家族のようだと思ってくれているお前たちに、俺たちはどうやって償えばいいのか。正直、なにも思いつけないんだ」

「だから、今までのままでいいだろう」

 町の警備兵に突き出すなら、突き出してくれ。と、言い出しそうなルーキスへ、エルンストが間延びした口調で呟いた。

「お前たちが、ロワのために、死ぬ気で演じた訳だしよ。いいじゃねーか、こうしてロワが戻って来たんだ。あとは起きるのを待って、ロワが起きたら、いつものようにみんなで夕食でもとろうぜ」

「そうね。ここ数日、ロワのことが心配で、適当にすませてきたものね」

 ロワだって、数日とはいえ、結界の中に閉じ込められ眠らされていたのだ。いくらアンリールが死なないよう条件づけてくれていただろうとはいえ、お腹が空いていることだろう。

「レイス、手伝って。ちょっと豪勢な夕食にしましょう。今から準備すれば、色々と用意できるわ」

「そうですね。ロワが無事に帰ってきたお祝いをしないと」

 フォルトゥーナに誘われ、家の中で料理の腕に自信のある2人が、いそいそと部屋を後にし、一階へと階段を下りていく音が響いてくる。

「お前ら、みんなお人好し過ぎて……」

 目頭が熱くなったのか、それを隠すよう、ルーキスは右腕の前腕を目頭に押し当てる。

「本当に、俺たちがどうすれば、この感謝の思いを伝えられるんだか――」

 分からなすぎる。と、ルーキスはその場に立ち尽くす。

「そんなもんなら、既に過剰なほど伝わって来てるから、心配すんなよ」

 自分より身長が10センチ位高いルーキスの肩を、カロエはポンと叩いてみせる。そして、この部屋に残っているアスピスとエルンストに同意を求めるよう、視線を向けてきた。

「まったくだ」

 いい大人が、泣くんじゃねーよ。と、エルンストもカロエに続くよう軽口を叩く。

 アスピスが時を止められ眠っている間、どんな経緯があったか知らないが、いつの間にか打ち解け合って、家族のように暮らしていたルーキスとエルンストとカロエとレイス。

 ビオレータの元にいたとき、ルーキスとエルンストが戦場で暴れるたびに苦しみベッドに横たわっていたアスピスの姿を度々目にしていたことで、カロエとレイスの抱くルーキスとエルンストへの恨みつらみはかなりのものだったはずである。それを解くのに、ルーキスとエルンストは、相当真摯に向き合ってきたのだろう。時間をかけて。

 それ故の現在。

 出発点が出発点なだけに、生まれた信頼関係は、そう簡単には揺らぐことをしないくらい、却ってより強固なものになったに違いない。

「ちょっと妬けるね」

 アスピスの知らない間の出来事に。

 そんなアスピスの呟きが、エルンストに届いてしまったらしい。不思議そうに振り向かれてしまった。

「なにがだ?」

「さぁね。秘密」

 にこりと笑い、あっさり言い切る。

 癪だから、絶対に教えてなんてやるものか。そんな気分である。

(あたしも、そんな中に加われるのかな?)

 羨ましくて、ふと、そんなことを思ってしまったが、すぐに自身で否定する。

(ちょっと無理かな。あたしには、使い魔の気持ちは知りようないし――)

 なによりも、どう足掻いても、アスピスはエルンストやレイス、カロエにとってどこまでも主人であり守る対象でしかないのである。

 対等に扱ってもらうことは、まず無理だろう。

 その象徴が、左手の三本の指にはめられているペアリングである。

 使い魔として、主人のことが好きなのだろう。そして、使い魔だから、主人のことを守りたいのである。

 だから、10年間主人に会えず飢え枯渇していたカロエやレイスは、二度と手放してたまるかと、飛び付いて来たのだ

(エルンストは、ちょっと分からないけど。あたしが呼んだ時に飛んでこなかったことが、使い魔としてあるまじき行為だと知って。後悔しているって感じなんだよねぇ)

 ちろりと、視線をエルンストに向けると、ルーキスとカロエと3人で真面目な話をしていることで、真剣な表情をしていることが見て取れる。

 その様子から、疎外感を覚え、アスピスは視線を落とす。

(誤解しないよう、肝に銘じておかないとね)

 絶対に忘れてはならないことだと、心に確実に刻み付けておかなければと、決意を新たにするよう左手を握り込む。

「悪いけど。慣れないオーラ作りに、アンリールの結界探しをしたりしたから、ちょっと疲れちゃったみたいで。部屋で休んでくるね」

「あ、そうだよな。アスピス大活躍だったもんな」

「いや、あれは、アネモスがど派手に飛び出て来たから印象が強いだけだって」

 あははと笑い、興奮するように告げてくるカロエを軽く受け流す。

「じゃあ、またあとでね」

「あぁ。ゆっくり休めよ」

「アスピスありがとう。また、あとで」

「夕食の時間になったらオレがちゃんと起こしてやるから、安心して寝ちゃってていいぜ」

 アスピスに向け、無言で頭を下げたシェリスを筆頭に、エルンストやルーキス。カロエに見送られ、アスピスは居心地の悪くなり始めたレイスの部屋を後にした。



 部屋に戻ると、部屋の中央にデンと居座る形で、毛足の長い絨毯の上で大きなクッションに寄りかかり横たわっているアネモスの姿が、否が応でも飛び込んでくる。

 いつもならば、それを無視して机なり、窓なり、ベッドなりに向かうのだが、今日はなぜかアネモスの元へ行くと、アネモスの背中に抱きつくようにして、アスピスも絨毯の上に横たわった。

 反射的に、刹那、アネモスが反応したように思えた。

 けれども、敢えて無視することを選んでくれたようで、アスピスの好きにさせてくれる。

 それに甘えるようにアスピスは瞳を閉じる。

 アスピスの記憶としては、眠っている間に本来経過していた10年という年月は存在していない。記憶上、眠りから覚める前から後は、人が夜に眠りにつくような感覚の睡眠を挟んだ程度の認識で、そのまま継続していた。

 つまり、目覚めてからまだ一か月と少ししか経っていないアスピスの記憶上、眠りにつくため城内に軟禁されていた準備期間の約一か月を加えても、イシャラル兵にビオレータを奪われてから、二か月ちょっとしか経っていない状態である。

(実感が湧かなすぎる)

 ビオレータの死に関しても、唐突すぎるし。四人からの告白も、唐突すぎた。

 ちなみに、ビオレータがイシャラル兵に捕らえられ、連れ去られていくのを止めたくて、当時アスピスの使い魔で戦闘にも慣れていたルーキスやエルンストを召喚しようとして、応じてもらえなかったことを、恨みはした。けれども、使い魔契約を解除したことでアスピスの内で一区切りつけたこともあってなのかもしれないが。それ以前に、アスピスと立場が正反対であるルーキスとエルンストも強制的に契約させられた被害者であり、アスピスのことを疎み嫌っていて当然だという思いがあったため、その恨みを深く根強くするには、それから眠りにつくまで色々と考える時間をひと月くらい与えてもらったようなものだが、それでも時間も環境も条件もなにもかも全然足りていなかったのだろう。遺恨が尾を引くようなことは、特になかった。

 そして、10年後だと言われる現在において、レイスやカロエ。フォルトゥーナと仲良くしているルーキスやエルンストを目の前に驚きはしたが、知らぬ間に過ぎていた歳月に毒気を抜かれていたことも加わり、あるがままにルーキスのこともエルンストのことも、アスピスは受け入れることができたのではないかと感じられた。

 もちろん、記憶上、成長しているので見た目は全然異なるが、二か月前までアスピスに冷たい視線を向けてきていた。決して好かれていなかった相手が、一晩寝て起きたくらいの感覚しかないアスピスに好意を向けてくる事態に対しては、なかなかに衝撃的で抵抗感を覚えはしたが、時を止められるという事実は事前に説明されていたことだったので、同年代だった人々が成長して青年になってしまった姿を見せられては、10年経ってしまったことを認めざるを得ず。同時に、アスピスには急激と感じるみんなの感情の変化も、時間の経過によるものなのだと、環境ごと受け入れざるを得なかったのである。

 そのせいで生じた歪が、そろそろ限界なのかもしれない。

 新しい世界に馴染むために必死だったこともあるのだろう。慌ただしい時間を送っていたこともあるのだろう。だから今まで、なんとか適当にアスピスの中で折り合いをつけてきていたのだが、これまでため込んでいた歪感が、不意にどっと押し寄せてきてしまった感じであった。

(ビオレータ様)

 なんであの時、使い魔のみでなく、ビオレータの身の安全も願い出なかったのだろう。と、アスピスは心底から後悔してしまう。

 兵士に身を投じる直前。アスピスに六聖人(赤)となるための精霊を譲り渡した後、ビオレータ自身の口で言っていたではないか。これから訪れることになるだろう、ビオレータの処遇に関して、きっちりと。

 それなのに、なぜに願い出ることをしなかったのか。悔やまれてやまない。

(ごめんなさい)

 自分のことばかり考えていたからだと、アスピスは自身を責める。責めずにはいられなかったのである。

 そうしないと、心が壊れそうな気がして。

 そして、なにも訴えてこないアネモスの背を知らず涙で濡らしながら、両の手でしっかりと黄金色に輝くアネモスの体毛を握りしめながら、アスピスは気づかぬうちに眠りへと落ちていた。



「エルンスト! ルーキス! お願い助けて!」

 お願い、召喚に応えて! と悲痛な気持ちで大きく叫ぶと同時、自身の声に驚き目を覚ましたアスピスの前に、召喚されてきたらしいエルンストが、アスピスの前に現れ出てきた。

「どうした? 寝ていたんじゃないのか?」

「エルンスト?」

 そう問いかけてくると、今度はエルンストの存在に驚いて顔を起こしたアスピスの頬へ、エルンストはそっと右手の人差し指を押し当ててきた。

「よほど怖い夢でも見てたんだな」

 アスピスの身が危険に晒されれば、使い魔として、それなりに感じ取ることはできるのだが、さすがに夢はそうはいかないみたいだな。と、エルンストは腰を落とし、アスピスと目線を合わせるようにして、穏やかな表情を浮かべてみせる。

「もう大丈夫だ。ちゃんと、お前の呼び出しに応えただろう」

 落ち着くよう、アスピスを宥めるエルンストは、ゆっくりとアスピスの頭を撫で始める。そして、それから間を置くことなく、突然に召喚に応じたことで姿を消したエルンストに驚いたレイスとカロエが、慌てるようにしてアスピスの部屋を訪れて来た。

「どうかしたのですか?」

 同じ使い魔であるレイスも、いくら主人のものであっても、夢で感じた恐怖には反応できずにいたらしい。

 アスピスを心配するように、声をかけてきた。

「いや、なんでもない。悪い夢を見ただけのようだ」

 背中を使い、扉の方からではアスピスの顔を覗けないようにしながら、エルンストはあっさりとした口調で応じる。

「夢かよ! って。まぁ、ここ最近慌ただしくて、目覚めたばっかりのアスピスには、荷が重すぎたかもな。元から体力皆無っぽいし」

「カロエ、言いすぎですよ」

「とにかく、アスピスをベッドに寝かせた方がいいでしょうかね」

 軽口を叩くカロエを諌め、アスピスを心配したレイスが話しかけながら室内に入ってこようとする。それを、アネモスが停止した。

「マスターが呼んだのが、エルンストということは。そういうことなのだろう。あとはそっとしておいてやれ」

「それは、そうですけど……」

 アネモスに進言され、反射的に言い返そうとしたレイスであったが、すぐに言葉を飲み込むと、アネモスの意見を静かに受け入れる。

「いえ。そうですね。アスピスが呼んだのは、なぜかエルンストだけみたいですから」

 この場は、エルンストに任せるのがいいのかもしれない。と、レイスは中に入ろうと伸ばしかけていた足を元に戻す。

「一階に戻りますよ、カロエ」

「えー。なんで、オレたちじゃだめなわけ?」

「夢に文句を言ってもしかたないでしょう」

 レイスは苦笑を浮かべながら、不満を訴えるカロエを制する。

「それじゃあ、あとのことは任せますので。なにかあったら必ず声をかけてくださいね。使い魔なのは、俺たちも同じなのですから」

 アスピスに抱く気持ちは、エルンストに負けていないと自負はしているが、現状で選ばれたのはエルンストなのだと自身に言い聞かせたレイスは、黙って身を引くようにして、カロエを連れてアスピスの部屋を後にする。

 それを見送ったアネモスは、視線をエルンストへ向けていった。

「お主には、我がマスターが夢でお主の名を呼ぶ理由が分かっておるようだな」

「あぁ」

 不審を携え訊いてきたアネモスに、エルンストはアスピスの髪を撫でながら、素直に肯定してみせる。

「思い当たることはある」

「ならばよい」

 分かっているなら、それでいい。と言いたげに、アネモスはエルンストから視線を逸らせると、クッションに再び身を預けるよう横になってしまう。

 意味するところは、お前に任せる。といったところなのだろう、と、エルンストは解釈させてもらうことにした。

 そして、それを機に、アスピスを両手で抱き上げると、ベッドまで移動し、エルンストごとベッドに乗ってしまった。

 同時に、アスピスを膝の上に乗せるようにして、抱きしめる。

「あんな経験を二度もさせて、悪かった」

「来てくれたんだ」

「傍にいると、ちゃんと言っておいたはずだぜ。最初に再会した時に」

 左手を伸ばし、エルンストの頬へと指を這わせ、その存在を実感するよう呟くアスピスへ、エルンストは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「あのとき、ちゃんと飛んで行ってやっていれば。こんな思い、二度もさせずに済んだんだろうな」

 すまなかった。と、謝るエルンストへ、アスピスは静かに瞳を揺らす。

 済んでしまったことだと笑いかけるには、心にかかる負担が大きすぎたのだ。かといって、当時のエルンストのアスピスに対する感情を知っているアスピスにとって、責めることも違うと感じられ、浮かべるべき表情が思いつけず、すうっとエルンストから視線を逸らす。

「っていうか、下ろしてくれていいから」

「あー。いや、俺が抱きたくて抱いてるっていうか。アスピスって、基本、自分からじゃ甘えてきてくれそーにないからさ。せっかくだから、こういう機会を利用しないと。と、思って」

「は?」

 せっかくだから。ってなんなんだ。と思いながら、アスピスは嫌そうな表情を浮かべてしまう。

「全然、利用しなくていいから」

「するだろ、ふつーに。好きな子手に入れるためなら」

「人のこと子供だって思ってるくせに!」

「しかたねぇだろ。好きになったのがアスピスなんだから」

 子供の部分は否定しないんだと思いながら、アスピスはそっと溜息を洩らす。

「物好き。っていうか、さ。勘違いなんじゃないかなって、思うんだけど」

「あ? なにが?」

「エルンストが、召喚に応じなかったことを、後悔してくれているのはよくわかったけど」

 だからこそ。

「慙愧の念がさ強すぎて、使い魔なら次こそはあたしのことを守らなくちゃって思いに変わって。それをさ、一途に思いすぎちゃって、好きと同一視するようになっちゃったんじゃないかなぁって」

「子供のころなら、そういう思い違いをやらかしたかもしれねぇけど。もう、この年になると、本気で惚れてるかどうかくらいわかるってーの」

 さもこれが正解だろうと強気に出たアスピスの指摘に、エルンストは脱力するように長嘆してみせた。

「てかさ、ここに来て振り出しに戻すっていうか。俺が散々口説いてきたこと無にしないでくれねぇ」

「いや。だってさ……」

「仕方ないだろ、アスピスに惚れたのって子供の時だったんだから。そのまま思い続けてきたら、こういう形になっただけで。別に、子供が好きな変態じゃねーぞ、俺は」

 失礼な。と、仕返しをするようにアスピスを、腕に力を込めて抱きしめる。

「俺、かなり、アスピスに誠実であるよう向き合ってると思うんだけど」

「それは否定しないけどさ」

「だったら、先ずは、そこを否定しないところから、そろそろ初めてくれねぇかな。こないだ、俺の気持ちを全否定するような散々な言われように、結構ダメージ受けてるんだぜ。これでも」

 力を抜いてくれる気がないのか、ぎゅうっとアスピスを抱きしめたまま、祈るように述べられるエルンストの台詞に、アスピスは戸惑いを覚えてしまう。

(だって、しかたないじゃん。こんなエルンストなんて知らないんだもん)

 だけでなく。

 こういう風に、口説かれる――とでもいうのだろうか。真摯に交際を申し込まれるような告白を受けるのは、初めてと言っていいはずである。

 たしかに、ビオレータの元にいたころ、レイスやカロエに「好きだ、好きだ」と纏わりつかれたことはあった。けれども、当時の2人は、アスピスよりも年下で、今では細身だが180センチを越える長身のレイスも、本当に華奢で身長も低く。カロエなんてそれよりさらに小さくて。使い魔と主人の関係が起因して、子供が親に甘えているといった感じに近い感情のぶつけ方に、とても似ているようアスピスには感じられていた。

 しかも、男の人に。というか、男の子に好きだと言われた経験は、本当にそれだけなのである。

 それ以外で、男の人に好意を向けられる経験は皆無であったアスピスには、告白はしてきたが、それ以上は、敢えてなのか、特に感情をぶつけてくることをしないでいてくれているレイスやカロエと異なり、2人とは出発点が異なっているのが原因なのか、妙に積極的なエルンストに対し、どう受け止めるのが正解なのかまったく分からないでいた。

(12歳の。それも、その大半を奴隷商人や盗賊団に拘束された人生を送ってきたあたしに、どうしろって? そんな経験値、あるわけないじゃんか!)

 それくらい分かって欲しい。と、その上で行動してほしいと望むのは、間違えなのだろうかと、アスピスは心底から思ってしまう。

 が、その辺の希望がエルンストに伝わることを、なかなかしてくれないようである。

 アスピスのことをいつまでも、強く抱きしめてくれているエルンストへ、アスピスは閉口するよう白旗を上げざるを得なかった。

「ちょっと、タイム」

「あ?」

「つーか、あたしを子供って思ってるなら。子供相手に、大人が本気を出さないでよ」

 泣き言を洩らすよう、体面を繕う気力も削げてしまったアスピスは、懇願するようにエルンストに呟いた。

「そうは言われても、敵が多い現状、ここで本気を出さずにどこで出せと?」

「それって、子供を相手に大人がする対応じゃないでしょー」

「いや。でも、シエンも加わってきちまったし。アスピスは、俺を全否定するし。本気を出さない訳にいかないだろ?」

 まじめに主張してくるエルンストは、困ったなぁとぼそりと呟く。

「っても、それでアスピスに怯えられるのも本意じゃねーし。本当に、どうすっかなぁ」

「悩む前に、まず、解放してよ」

「うーん。まぁ、いいか」

 そう言うと、エルンストはアスピスの希望に従うように、ベッドの上にアスピスを下すと、アスピスから両手を離す。とはいっても、下ろされた場所はエルンストのすぐ前で、更にはエルンストか顔を近づけてきていることで、距離はかなり接近していた。

「怖い夢のことも、一応忘れたようだし。今日はこれで退散してやるよ」

 告げると同時、距離をさらに詰めて来たエルンストの唇が、アスピスの額に柔らかくぶつかる。

「でも、これで引いてやったりはしねーからな」

「子供相手に、手加減するってのはないわけ?」

「惚れた女を口説くのに、手加減できるほど余裕ないからさ」

 口づけられた額に手を押し当てながら、戸惑いを見せるアスピスに、謝罪するようにエルンストが語り掛けてくる。

「それも、初恋で。10年も一途に想ってきた相手をだぞ、他人に譲れるわけんーじゃん」

 だから諦めてくれ。と、エルンストはベッドから下り、アスピスの頭をぽんと緩く叩くと、宣言通り今日は退散してくれる気なようで、そのまま部屋を後にした。

「我がマスターも物好きな」

「なによ?」

「あんな男のどこがいいのか……」

「はぁ? なにそれ? つーか、いつあたしがエルンストを――」

 残念そうにぼやくアネモスへ文句を紡ごうとしたのだが、それを最後まで言い終わる前に、一階から夕食の準備ができたことを知らせる声が響いてきた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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