第183話(六聖人のお仕事Ⅵの6/往路4)
[百八十三]
新たな護衛を雇ってきた御者が、戻って来るとほどなくのこと。矍鑠とした初老の執事が、悲壮感漂うリュミエールを、取り返したばかりの馬車へ押し込み、エルンストやルーキスにお礼を言いつつ去って行った。
それを見送り終え、夜中に通ったばかりの砦門へ戻って来ると、守衛が駆け寄ってきた。
「誘拐犯のリーダーが賞金首だったらしいんだが、眠っていてアイテムボックスの確認ができないそうです。後日都合のいいときに、冒険者ギルドへ立ち寄ってください。エルンストさんでもルーキスさんでもテネブラエさんでもアスピスさんでも、お名前はどなたのでも分かるようにしてありますので」
「なにからなにまですまなかったな。色々と事前に調べておいてくれて助かった」
「いえ。アスピスさんの手に縛られた跡が見えましたし。本来守られる側の六聖人が護衛につくことが、そもそも特殊でしたし。六聖人を護衛に従えているのに、正式な護衛は騎士学校を卒業したばかりといった体裁の若者が1人だけというのは、まず有り得ませんから。お役に立てて良かったです」
人のよさそうな守衛に見送られ、アスピスたちはハイセクヴェレの村を後にすると、少し離れたところで、アスピスはアネモスから下りて、オルトロスとエクウスを『生き物用』ボックスへ入れると、エルンストがアネモスを連れて馬車を出して来る。
「エルンスト。お前は昨日御者をしたから、今日は俺が御者をするか?」
「あー、いや。少し頭を冷やすことにする」
「そうか。じゃあ、テネブラエは後ろで少し寝ろ。お前、アスピスとあのラファ家のお転婆なお嬢様に振り回されて寝てないだろ。っと、その前に食い物か」
「あ、食事は抜いても大丈夫です」
「育ちざかりが言う台詞じゃないな。アスピス、お前、色々と買いためてるんだろ。なんか出してやれ。ついでにテーブルを出してやるから、許可を出してくれ」
先に馬車に乗せられていたアスピスは、ぐしぐし言いながら、ルーキスの言うことを聞いていく。
「ルーキスは暴力魔だったのです」
「悪さするからだろ。俺を巻き込まなかったら、怒ったりしなかったからな」
アスピスが非難がましくルーキスを見つめると、おかしそうに笑いながら、アスピスの頭を撫でてくる。
「すぐにダメダメじゃなくなるから、ちょっと待ってろ」
ルーキスはあやすよう告げてくると、アスピスのアイテムボックスから、馬車用にとフォルトゥーナが用意してくれていたテーブルを引っ張り出す。そのついでに、アスピスが野営地に広げていた荷物を一式戻していく。
「さて、テーブルも設置したし。アスピス食べものを出してやってくれるか。お前とお転婆お嬢様の2人でテネブラエを引きずり回したんだろ。お礼はしなきゃまずいだろ」
「分かったの。ちょっと待ってて」
「馬車は走らせていいか?」
ルーキスが怒るのをやめたことで、復活し始めたアスピスはアイテムボックスの中へ入るのと同時に、エルンストの声が聞こえてきた。
「あぁ、頼む」
「じゃあ、行くぞ。アネモス頼んだ」
エルンストの声と同時に、馬車が赤道へ乗り上げ、順調に走り始める。
それを聞きながら、アスピスは大量の食べ物を抱えて中から出てきた。
「なにが好きか分からなかったので、目につくものを取ってきました。全部食べていただいてかまわないのです」
買いだめしていた食べ物を適当に選び、ひとり分ずつ取り出してきたものを、テーブルの上に並べていく。
「お茶はこれから入れますので、お待ちください」
「あぁ、そういやお湯が出るピッチャーだけど、倉庫に返しておいたぞ」
「心配ご無用です。お湯の出るピッチャーもお水が出るピッチャーも複数用意しております」
「あれって、そんなに数を持ち歩くものなのか?」
「万が一落としたり無くしたりしても平気な数だけご用意しています」
「その辺は、レイスやフォルトゥーナ仕込みだな」
アスピスがゆっくりとした歩調ではあったが、こまごまと動いているのを見ながら、ルーキスが感心したように洩らしてしまう。
「ところで、テネブラエはなにが食いたいか決まったか? 全部食ってもいいらしいが」
「こんなには入りませんから。それじゃあ、この肉のサンドイッチをもらいます」
「アスピス、ホットをご希望だそうだぞ」
「了解しました。そのサンドイッチを温めさせてもらいます」
アスピスはテネブラエの傍へと近づくと、食べ物を温める用の魔法陣が描かれているシートを敷き、サンドイッチを六角形の中に収まるように置くと、「結界」と唱え「ホット」とレシピを読み上げる。瞬間、魔法陣が起動し、精霊術が発動する。同時にサンドイッチからホカホカとした湯気があがる。
「これで出来上がりなのです。温かい内にお召し上げりください。お茶はこちらになります」
慣れた仕草でマグカップにお茶を入れ、アスピスは素早い動作で、テネブラエの前に差し出す。
そして、使い終わったシートをたたむと、アイテムボックスの専用の場所へしまい込む。
それから場所を移動して、ルーキスの分のお茶を渡すと、アスピスはちょこんとイスに座った。
「アスピス。もう怒ってねぇから、こっちへ来い」
「いいのです。ご遠慮申し上げます」
「ったく。しょうがねぇな。もう怒ってないって言ってんだろ」
ルーキスは苦笑を零すと、アスピスを抱え上げて自分の膝にのせてしまう。
「お前はどうせ、食事の気分じゃないんだろ。昼にはちゃんと食えよ。それまで寝ていろ」
「ちゃんと睡眠はとったのです」
「1人で眠れたのか?」
「一緒に寝てくれました。だから、ぐっすり寝たのです」
「テネブラエがか? 勇気あるな」
「えっ? 俺じゃありません! アスピスと一緒に寝たのは、ラファ公爵家のリュミエール様です」
巻き込まないでくれと言いたげに、慌てて首を振るテネブラエに、ルーキスが笑い出す。
「そこまで拒むことないだろ。なぁ、アスピス。なにげに傷つくよな」
「問題ないのです。エルンストは彼女より後輩が大事なのです。だから、テネブラエには、エルンストを差し上げます。どうぞお持ち帰りください」
「いえ。俺はいりませんので」
「エルンストはダメダメですが、お役には立ちますよ」
きっぱりと拒否してみせたテネブラエへ、アスピスは真面目な口調で訴えた。
「アスピスは、エルンストはもういらないのか? 今はダメダメでも、後でダメダメじゃなくなるから、大事にしまっておけ」
「エルンストが、あたしを捨てたのです。潔く身を引く女がいい女なのです」
「んー……、まさか初仕事でこんな修羅場に遭遇するとはなぁ」
いつの間にかしっかりと、ルーキスの胸元へ貼りついているアスピスを抱きしめながら、そっと吐息する。
「エルンストが、とても後輩思いの先輩だったとは想定外だしさ」
「あ、それは騎士学校の徹底した教育によるものだと思います」
ルーキスが感心半分と呆れ半分といった感じで呟くのをみて、テネブラエがはきはきとした口調で、言い訳するように告げてきた。
「そんな教育もしているのか?」
「はい。騎士学校の生徒は、基本として、いずれ国のため国民のために命がけで働くことになります。ですが、騎士学校で学んでみて、国に縛られることが性に合わないと感じ自由を選んで、冒険者へ転身する者も多いです。だけでなく、仕事が目の前まで迫ってくると、命を懸けることが怖くなり、普通の生活へ戻っていく者も多くいますから。ですから、覚悟を決めて仕事に就く俺たちって意外と貴重な人材なんで、できるだけ命を落とさず長持ちするようにと、先輩は後輩を大事に育てるよう教育されるんです」
「高給なのは、命の代金ってことか」
「そうなりますね。現役引退まで生き残れたら、王国管理室所属の職に就いているだけでも、普通一般からしたら考えられないくらいの高給を国から得たことになります。それに、上を目指せば、極一部ですが、名誉も手に入れる人もいますし。反面、俺たち下っ端は使い捨てですから。5年くらい経ったときに一定以上の技術や実力を持っていないと、職業を『兵士』に変えて戦闘地域へ赴くか、職業を『剣士』のままにできたとしても、六聖人たちには行かせられないような、魔物的というより経路的に過酷な場所へ、六式の精霊使いを複数名を伴い、結界棒の補充へ赴くことになりますので。エルンストは、できるだけ俺にとって優位なことを学ばせてくれようとしていただけなんです」
事情を一生懸命説明してくれるテネブラエとしては、エルンストが後輩を。それも新人を親切に扱うのには、深い意味なんてないのだと言いたいようである。
けれども、アスピス的に聞き心地の良くない言葉を聞いて、ルーキスの胸から顔を離すと、テネブラエに問いかけていた。
「テネブラエは、危険なお仕事へ行くの?」
「そうですね。六聖人の護衛役として認めてもらえるよう、現在は、依頼のない時間の大半を訓練に投じるようですね。もしくは、ただ生き延びたいだけでしたら、剣士の道を諦めるかでしょうか。普通に依頼を請け負い、訓練に身を投じていれば、遊んでいる時間なんてないですから、1年か2年も経つと新たな生活を始める資金も貯まりますので。国側も、一応ではありますが、俺たちに逃げ道を残してはくれているんですよ」
だから、心配にはおよびません。と、テネブラエがにこりと笑い言い切るのとほぼ同時に、エルンストが馬車の中へ声を掛けてくる。
「あー、ルーキス御者を変われ」
「仕方ねぇな。つうか、レイスやフォルトゥーナがいたら、すげぇ怒るぞ。馬車を一度止めてからやれって」
「いないから問題ないだろ」
ルーキスがアスピスをイスに座らせ、御者席に乗り移りながら文句を言うが、エルンストはあっさりと言い返し、ルーキスと入れ替えになるよう、馬車の中へと入って来る。
「テネブラエ、お前は内情を話しすぎだぞ」
「これくらいきちんと話さないと、アスピスには伝わりそうになかったもので。恋敵扱いされたまま仕事が終わってしまっては、大変ですし」
「まぁ、笑い話しにはなるだろうな。ほら、アスピス。機嫌は直らないのか?」
伸ばされてきた手に、一瞬迷いをみせた後、アスピスはエルンストに向けて腕を伸ばすことで、抱き上げろと主張する。それに無言で従うよう、エルンストがアスピスを抱き上げ、イスに腰を落とすと、膝の上にアスピスを乗せ直す。
「許す気になったか?」
「ポイ捨てした彼女のもとへ戻って来た気分はいかがですか?」
「いつ、お前をポイ捨てしたよ。つか、事情は分かっただろ」
「お話しが難しすぎて分かりませんでした。でもテネブラエのお仕事が大変なのは分かりました」
アスピスが正直に言うと、エルンストは深々と吐息した。
「分かったのは、それだけなのかよ」
「エルンストはやっぱりダメダメなのです。全然分かってないのです。浮気しても戻って来れる彼女がいるからって、余裕をぶっこいてます」
「浮気疑惑は晴れただろ?」
「彼女の目の前で、他の人と仲良くイチャイチャするのはいけないことなのです」
「目の前じゃなきゃいいのか?」
「壁に耳あり障子に目あり、あたしには同調という奥の手があるのです。バレないと思っていたら甘いのです」
勝ち誇ったように言い放ったアスピスへ、エルンストは焦ったように言ってくる。
「もう、俺たちには同調しないんじゃなかったのか?」
「誰もエルンストと同調するなんて言ってないのです。地からも空からも尾行は可能なのです。怪しい素振りを見せようものなら一発です」
「お前、監視する気満々だな」
「浮気性の彼氏を持ってしまいましたので。できの良い彼女をするのも大変なのです」
「勝手に浮気と決めつけて、彼氏に精霊術かまして眠らせて。あげく、誘拐犯相手に、憂さ晴らしするような彼女だぞ。それで、できの良い彼女って。お前、どんだけ俺に寛大さを求めているんだ?」
呆れた口調で告げられて、アスピスは即座に訂正を求める。
「寛大なのは、エルンストの浮気を許してあげている、あたしなの」
「違うって言ってるのに、アスピスん中じゃ、完全に決定事項になってるようだな」
言下に溜め息を吐きつつ、左手でアスピスの体を支えるよう抱き方を変えると、アスピスの顔を覗き込む。するとアスピスが、エルンストの顔へ手を伸ばす。
「ごめんなさいは未だですか? ごめんなさいを未だもらってないのです」
「悪かった」
「分かればいいのです」
アスピスはにこりと笑うと。エルンストの顔から手を離し、エルンストの鎖骨の辺りに顔を埋める。
「あたしは寝るのです。毛布をご所望です」
「ったく。ほら」
エルンストは、アスピスの要求通りに、アイテムボックスから毛布を取り出すと、アスピスの頭から毛布を被せる。そして、アスピスはもぞもぞと見動いて、毛布の中にすっぽりと納まってしまう。
「あの、それじゃあ暑いんじゃ……」
「あぁ、いいんだ。しばらくこのままそっとしておけば、その内に寝るだろうから」
「お前、アスピスにそんな泣かせ方させてんのか?」
「勝手に覚えてくんだよ。顔を見られたくないらしい」
御者席からわざわざ口を挟んできたルーキスへ、エルンストは苦笑を洩らす。
「それより。この時間にこいつを寝かしつけて、昼に起こすのは嫌だぞ」
「お前ら、医者に1ヵ月以上、アスピスのことを見せてないだろ。契約冒険者として王国管理室へ登録しに行ったとき、なぜか俺が医者に捕まって怒られたんだが」
「一緒に住んだからには、一心同体だからな」
「そう思うなら、体重を増やす方向へ努力しろよ。あれは怒らせたらまずいタイプだぞ」
「だから、アスピスも逃げてんだろ。アスピスへの当たりは柔らかめにしてくれているようだが、言うことはしっかり言う人だからな。あの先生は」
不運にも、アスピスの親近者と把握されて、医師のクリシスに捕まえられたようである。
今度行くときまでに体重を増やしてもらわなければと思いつつ、引っ越しのごたごたで、体重が増えている自信がなかったことで、依頼を受けに行った際、思わず診察室をスルーしてしまったのだが。それはそれでまずかったかもしれないと、エルンストはちょっと後悔をしてしまう。
しかし、仕事に出てきてしまったので、今更である。しばらく泣き続けていそうなアスピスを抱きしめつつ、王都でクリシスが待ち構えていることを知ってしまった以上、放置しておくわけにはいかないようだと判断する。
こうなってしまったら仕方がないので、今度はルーキスを巻き込んで、アスピスに診察を受けさせることにしようと覚悟を決めた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




