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第182話(六聖人のお仕事Ⅵの6/往路3/誘拐2)

[百八十二]


 馬車を強奪することは、事前の予定にあったようである。

 馬車を操り出す前に、夜盗の内の数名が、執事や御者や護衛に扮していたのは、ハイセクヴェレの町の砦門を問題なく通過するためであったようだ。

 守衛の者が人員の確認をするために、馬車の中を覗きこんできたことで、アスピスの目と視線がかち合った。

 瞬間、守衛は笑みを深めてくる。

「たしか、王国管理室所属のお嬢ちゃんじゃないか? 以前、賞金首を4人も連れてきてくれたよな。あのときの兄ちゃんたちとは別行動なのか?」

「彼女は、今は六聖人(無)に就いているんだ。このお嬢様を無事に目的地まで送り届けるために、ついて来てもらっているところだ」

「はぁ。王国管理室所属ってだけでもすごいのに。六聖人かぁ」

 夜盗の1人が、アスピスの顔が知られていることに焦り、アスピスとテネブラエの身分証明書を差し出す。それを受け、2人の証明書を確認している守衛にバレないよう、執事役として途中から馬車に乗り込んできた、夜盗のリーダーがアスピスの腕の縄を素早くナイフで切ると、小声でアスピスに指示してきた。

「お前がカードを受け取れ。不審な素振りは見せるなよ」

 夜盗のリーダーがそれを言い終わるか終わらないかの内に、守衛の男がアスピスに向けてカードを返して来る。

「このカードは自分で持っていないとダメだぞ。ちゃんと大切にしまっておくんだぞ」

「ありがとうなの。気を付けるの」

 アスピスはお礼を述べると、カードケースを2人分受け取って、それを鞄の中の大事な物入れにしまい込む。

「それじゃあ、確認は取れたから行ってくれていいぞ」

「それでは、このまま中に入らせてもらいますね」

「あぁ、問題ないからこのまま入ってくれ。相手がお貴族様じゃ、馬車での乗り入れも許可されてますからね」

 ごゆっくりおくつろぎください。と、深夜もど真ん中という時間帯ではあったが、温泉町という場所柄なのだろう、朝昼夕なく活気づいていることで、不審がられる様子もなく、すんなりと町へ入って来れてしまう。

 そして、1つの宿屋の脇に馬車を止めると、アスピスたちに中へ入るよう指示してきた。



 3人が押し込められたのは、いくつもの室が連なっている豪華な客室の中の、ベッドがある部屋であった。一番奥まった場所にあるため選ばれたようだ。

「とても眠くなってきました」

「あら、いっしょね。私も眠くなってきちゃったわ。ちょうどベッドもあるし、2人で寝ちゃいましょう」

「うん。寝ちゃいましょう」

 リュミエールの台詞を後追いするように、アスピスも同意する。

 それを聞き、テネブラエが慌てて懇願してきた。

「って、俺の紐を解いてくれませんか?」

「あら、男性が。それも、王国管理室所属の剣士が自由の身になっては、夜盗たちに警戒されてしまうもの。あなたはしばらくその格好で頑張って。横になりたいのだったら、足は使えるわよね? あのソファーに横になるといいわ。毛布の一枚くらいお渡しするわよ」

「いえ。ラファ家のお嬢様と六聖人をお守りするのが俺の使命ですから。俺は見張りをしています」

「そう? じゃあ、遠慮なく寝かせてもらうわね。アスピスいらっしゃい」

「うん。あたしも寝るね」

 アスピスはテネブラエに一応の断りを入れ、リュミエールの誘いにのって、ベッドに横になる。

「このベッドはとてもふわふわしているの」

「こういうベッドは初めて? 六聖人なのでしょ?」

「あたしは普通の家に住んでるの。でもね、3階建てのとても素敵な家なのよ。つい最近、引っ越したばかりなの。それに、待っていてくれる家族もいるのよ」

「じゃあ、ちゃんとお家に帰らないといけないわね。巻き込んでしまってごめんなさいね」

「ううん。あたしのお仕事はいっぱいあって、誘拐されちゃった人を助けるのも、お仕事なのよ。だから、リュミエールはあたしが助けてあげるから心配しないでね」

「そうなの。じゃあ、安心して眠らせてもらうわ。アスピスも精霊使いなんだから、しっかり寝ましょうね」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみなさい。いい夢を」

 リュミエールの傍らで、アスピスは体を丸ませて眠る体勢をゆっくり築く。その合間に、リュミエールが頭をゆっくり撫でてくれたことで、アスピスは安心して眠りについた。



 傍らにエルンストがいなかったにもかかわらず、ぐっすり眠れていたことに気づいたのは、夜盗。改め、誘拐犯の1人が、朝の食事を持ってきたときだった。

 勢いよく扉を開けられたことで、その音に驚いて、アスピスは目を覚ます。その脇では、リュミエールがアスピスの寝顔を見守ってくれていた。

「おはよう、アスピス。ゆっくり眠れたようね」

「うん。おはよう、リュミエール。ずっと傍にいてくれたのね、ありがとう」

「食事を持って来てくれたから、食べましょう。今日は体力勝負よ」

「あの、それで。腕の紐を……」

「あら、そうよね。さすがにそれじゃ不便よね」

 昨日はあっさり断ったテネブラエのお願いを、今日はあっさり聞き入れるつもりのようである。どこからともなく出してきたナイフで、リュミエールはテネブラエの手首に巻きつけられていた縄を、ためらうことなくザクリと切っていた。

「随分とご用意がいいんですね」

「だって、こう頻繁に誘拐されたり誘拐未遂にあったりしていたら、対策を練らない方がどうかと思うわ。自分の身は自分で守るのが確実ですもの」

「確かにそうですが」

「それより、律義に3人分用意してくれたみたいだし、いただきましょう」

「そうですね。薬など使われていなければ、ですが」

 あっけらかんとしているリュミエールに対し、テネブラエは慎重に慎重を重ねるように告げていく。

「どれを誰が食べるか指定してこない上に、監視も付けないってことは、入っていても睡眠薬くらいよ。引き渡す相手が存在する私のことは、絶対に殺せないもの。殺生可能な毒を盛っていたら、どれを誰が食べるか指定してくるでしょうし。交換などできないように監視をつけるでしょ」

「そうかもしれませんが。睡眠薬でも、盛られていては困ります」

 真剣に力説したのが功を奏したのか、リュミエールが仕方ないといった感じで折れてみせる。

「そう? じゃあ、朝食は抜きにということになっちゃうわね。アスピスは大丈夫?」

「あたしのお食事は、別に用意してあるので大丈夫です。町の中に入って来ました。リュミエールのところの御者さんと執事さんもご一緒みたいです」

「ちゃんと無事だったのね。よかったわ」

 本心からホッとしたのだろう。それまでも笑みを浮かべ続けていたリュミエールだったが、顔色が明るくなったような気がした。

「ご心配だったのですね。でも、大丈夫なのです。御者さんと執事さんは、ダメダメエルンストとルーキスがしっかり護衛してきたようです」

 アスピスはエクウスに同調しながら、実況中継をしてみせる。

「ということで、あたしはアネモスを召喚させてもらいます。オルトロスも馬車は引けると思うのですが、慣れてないのでちょっと心配してましたが、町についてしまえばこっちのものです」

 アスピスは勝者の笑みを浮かべながら、アネモスを召喚する。

「ようやく呼んでくださいましたな。待っておりましたぞ」

「うん。町についてたから、もういいかなって。それよりアネモス、早速だけどできるだけ小さくなれる?」

「仔犬程度の大きさまでなら可能じゃが? それ以下となると、マナを貰うようじゃな」

「マナは編み溜めしているから……、うん。いっぱい小さくなってくれる? それで、誘拐犯がどれくらいいるか確認してきてくれる? 同調させてもらうから」

「では、マナをもらおうか」

「いいよ。何枚がいい?」

「む。では、5……、いや3で手を打とう。その代り、仕事が終わったら少し多めにいただこうか。もちろん、別途支給という形で」

「分かった。3枚ね。それと、お駄賃として特別に欲しいのね」

 アスピスはアイテムボックスを開くと、アネモス用のカゴからマナで編んだオーラを3枚取り出すと、アネモスへ差し出す。そのついでに、アネモスにご飯をあげることにした。

「食べすぎて、お腹を壊さないでね」

「マナは別腹じゃ。心配いらぬ」

 ほくほくと肉を食べ、水を飲み干し、マナのオーラ3枚を食べ尽くすと、アスピスはアネモスの顔を拭いてやる。そして、約束通りに小さくなってもらった。

「すごく小さくなれるのね。アネモスすごいのね」

「では、我はひと仕事してくるぞ」

「あ、でもまって。結界オーラを纏っていくといいの。透明化の効果を付けたから、見つかりにくくなるのよ」

 ハムスターサイズと、とても小さくなったアネモスに、アスピスは結界オーラを巻き付けていく。そして、周囲に溶け込んでいったアネモスを、アスピスはそっと扉を開けて部屋の外へ出す。

 透明な姿で歩きだすアネモスの背を少しだけ見送り、そっと戸を閉じて、アネモスとも同調を開始する。

 障子戸の向こうには、男が2人監視役としてこの部屋を見張っているようだが、集中力は散漫なようで、扉が開いたことに気づいていないようであった。

 その先に続いている部屋はどこも戸が開放してあり、体を小さくし透明になったアネモスは、足取り軽く誘拐犯のリーダーたちが集っている部屋へ到着する。

 そこでアネモスは部屋全体を見回してくれた。

「んん? この誘拐犯の仲間には、どうやら女性はいないみたいです」

「あら……」

 アスピスの言葉に、リュミエールが素早く反応する。そして、アスピスとリュミエールが2人揃って言い切った。

「そうです、ザコです」

「それって、ザコよね」

「いや。その認識はどうなんでしょう? 俺たち捕まっているんですよね?」

「だって、ザコなのです」

「だって、ザコじゃない」

 テネブラエが常識を解こうとしたら、2人は共に言い切った。

「それより、テネブラエ。賞金首はリーダーだけなのですか?」

「俺が見た限りですが、賞金首は1人でしたね」

「あぁ。だから、誘拐犯のリーダーは変装して馬車の中にいたのね」

 アスピスとテネブラエの会話を聞いて、リュミエールが納得している脇で、アスピスは内心で舌打ちをしていた。

「この誘拐犯たちは全然ダメダメなのです。賞金首が1人しかいないなんて、全然ダメダメなのです。ダメダメエルンストより、もっとダメダメです」

「えっ? 賞金首は、1グループに、いたとしても普通は1人ですよ。それでも十分強いとされています。2人もいたら、それはかなりの悪党集団ですよ」

「そんな普通はいりません」

 アスピスは誘拐犯たちの想定外の小ささに、がっくりきてしまう。

「エルンストがいなくても大丈夫なところをみせて差し上げようと思ったのですが、この程度じゃ納得してもらえないと思います」

「でも、このままおとなしく捕まっていて、助けに来るのを待っていたら、相手は余計に図に乗るわよ」

「それはもっと困るのです」

「じゃあ、敵は私たちでやっつけてしまいましょう。ね」

「えっ。アスピス、エルンストたちはこっちへ来ているんですよね?」

「着実に近づいてます。というより、夜中の守衛さんが気づいていたみたいです。みんなを案内しています」

「それなら、急がないとだめね」

「アネモス、召喚です。ついでに元のサイズに戻ってください」

「了解した」

 アスピスのところへアネモスが姿を現すと同時に、アネモスの了承とともにサイズを元に戻す。そして、アスピスがアネモスに乗るのを待ち、リュミエールがどこからともなく出してきた剣でふすまを叩ききっていた。

「行きますよ、アスピス。テネブラエ」

「ちょっと待ってください。行くなら行くと、先に断ってから……って、剣をにぎらせてください」

 隣の部屋で見張り役をしていた男たちが、突然の物音に驚き、剣を携え襲って来たときには、その場に残っていたのはテネブラエだけであった。

 アネモスに乗ったアスピスは、スルリと2人の間を走り抜け、その後ろについていたリュミエールもスルリと2人の見張りの間をくぐり抜け、リーダーがいる部屋へと乱入する。

 同時にアスピスは結界を張り、条件を素早く書いていく。現状、大優先はアスピスとリュミエールを精霊術の対象から除外することと、不殺であった。それだけ書き込むと、アスピスは容赦なくレシピを唱えていった。

「弱体化、知力の低下、精神力抵抗低下、魔法抵抗低下、魔法抵抗ダウン、魔法攻撃防御率ダウン、武器攻撃防御率ダウン、防御力低下、肉体的抵抗力低下、ベタベタ、鈍足、素早さ低下、素早さダウン、拘束、カオス、恐怖、恐慌、パニック、咆哮、眩暈、パラライズ、カース、呪い、ダークネス、暗闇、スリープ、安眠、睡眠、熟睡、爆睡、快眠、ディープ・スリープ」

 これでどうだ。と日ごろ禁止されている遅延系と睡眠系を入れてみたところ、とても良く効いたくれた。

「もう、全然怖くないのです」

「全然怖くないどころか、気の毒ね」

 超スローペースな動きになったところで、誘拐犯たちはリーダーを含み、体を硬直させてみたり麻痺させてみたりと、思うように動けなっていく。続いて眩暈が起ってふらふらとなり、暗闇に襲われ方向性を見失い、ついには眠っていく。それらすべてが、ものすごくゆっくりと行われて行く。

 なのだが、最終的に寝入った誘拐犯たちの顔は、とても安らかであった。

「寝顔がとても幸せそうね」

「そうなの、強制だけど安眠なの。このレシピを考えた人は、きっと優しい人だったと思うの」

 アスピスが自信満々に応じていると、後ろから結界がコンコン叩かれた。

 瞬間、慌ててエクウスの視界を確認したところ、アスピスたちが映っていた。

「今は振り向いてはいけません」

「そのようね。背後から恐ろしい殺気を感じるもの」

「しばらくここにいることを提案します」

「えぇ、同意だわ」

 アスピスとリュミエールが固まって動けなくなっているところを、エルンストが容赦なく「お前ら、結界を食え!」と使い魔たちに命令したことで、あっけなくアスピスの大冒険は終わってしまった。



「お嬢様。私たちが信じられなかったのですか? 馬車も馬も何体も私がお持ちしております。いつも繰り返し申し上げておりますが、お嬢様はやんちゃが過ぎます。いいですか、お嬢様に剣をお教えしたのは、私です。師匠の私を越える前に、その剣を振るうことはあってはならないと、何度申し上げればよろしいのでしょうか?」

「あら、だって。今回は可愛い精霊使いさんもいたし」

「その可愛い精霊使いさんを、お嬢様の誘拐事件に、巻き込んでいいと思っておられるのですか? 国の宝物と呼ばれている六聖人だと、お嬢様も、分かっておられたそうじゃありませんか。万が一、六聖人に傷を負わせるようなことがあっては、どう責任を取られるおつもりだったのですか」

「それは、まぁ、私が庇って差し上げようかと」

「私は、お嬢様に傷ひとつ負わせないよう、ご主人様から言付かっております。お嬢様に剣をお教えしていたと知られれば、私の命はないものと分かっておいででしょうか? それとも老い先短い私の命などとお思いなのでしょうか……」

「えっ、ちょっと。誰もそんなこと言ってないでしょ。縁起でもない」

「でしたら――ッ」

 初老の執事を前に、リュミエールが四苦八苦しているのを思わず見つめていたアスピスの首が、強制的にぐいっとエルンストの方へ向けられていく。

「お前、俺たちに睡眠をかけてっただろ」

「記憶にありません」

「アスピス」

「ダメダメエルンストはダメダメなのです」

「なんだ、そのダメダメってのは」

 アスピスがぷいっと外方を向いてしまうのを見ていたテネブラエが、申し訳なさそうに容喙してきた。

「どうも、アスピスは、エルンストが俺に構っているのが気に入らなかったようなんです」

「は?」

「浮気していると怒ってましたから」

「……」

 エルンスト的に想定外の理由だったようである。呆れたように嘆息してみせる。

「なんで俺が、男と浮気しなくちゃならない――ッ」

「俺も、見ていて、ちょっと構いすぎというか、後輩優先にして、アスピスを貶めていたところがあったからな。エルンストは反省しろ」

 ルーキスが、エルンストが怒鳴るのを途中で止めると、アスピスの前に出てくる。

 その笑顔はとてもにこやかなのだが、目が笑っていないのが怖かった。

「それで、エルンストがダメダメなのは分かるんだが。なんで俺が巻き込まれなくちゃならなかったのか、聞いていいか?」

「エルンストとルーキスはあたしの中では一心同体なのです。だから、一蓮托生なのです」

「うん。理由がないことがわかったところで、お尻を出そうか?」

「え?」

「ロワもそうやって育ってきたからな。アスピスも責任をもって、育ててやる」

「あたしは結構なのです。ご遠慮します」

 おそるおそる逃げようとしたが、ルーキスに肩をがっちり掴まれ、引きずられるようにしてアスピスはルーキスのもとへ引き寄せられると、「暴力反対!」と喚くアスピスにかまうことなく、スカートを捲り、動物の顔が描かれたパンツの上から、お尻を勢いよく10回ほど叩かれてしまう。

 それを見ていた初老の執事が「それはいい案ですね」と洩らし、あれほど勇ましかったリュミエールが、アスピス同様お尻を叩かれることになったようである。

 その際のリュミエールの悲鳴は「私、もう16歳なのよ。やーめーてー」であった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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