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第181話(六聖人のお仕事Ⅵの5/往路2/誘拐1)

[百八十一]


 アスピスの食事が済み、使い捨てのごみの処理や洗い物を終わらせ、食後のコーヒーを配り終えたところで、アスピスは『生き物用』ボックスの掃除を開始する。それに並行して、深夜の見張り番の話し合いが護衛役3人で行われていた。

 ルーキスとエルンストは、そのついでに夕食時に食べ損ねていた保存食を摘まみつつ、2交代にするか話していた。

「やっぱ、1番目にテネブラエと俺かルーキスの2人で、2番目は残った方がすればいいんじゃないか?」

「あの、俺1人で平気ですよ。なにかありましたら、起こさせてもらいますので」

「そうか? じゃあ、アネモス辺りに補助についてもらうか」

「それだったら、1番目にテネブラエに立ってもらって、2番目にエルンスト、3番目が俺でどうだ?」

「わかりました。それなら、俺が1番目に立ちます」

 勇んで告げるテネブラエに、エルンストとルーキスは、よろしく頼むと告げて、その場の話しは終わりを告げる。そのころになると、アスピスも掃除を終えて『生き物用』ボックスから出てきた。

「お話しは聞こえてました。アネモスをご所望とのことでしたが、名前が一切上がらなかったアスピスはご不要ということでしょうか?」

「お前の仕事は、夜はちゃんと寝ることだろ」

 アイテムボックスを閉じ、冷えかけたカフェオレに手を伸ばしつつ、アスピスが問いかけると、エルンストが呆れた表情を浮かべてみせる。

「あたしも見張りをしたいのですが」

「起きていられないだろ。そのうち、俺たちで冒険へ行くとき、好きにさせてやるから。仕事の時は自分の仕事をきちんとやれ」

「なんて冷たい仕打ちでしょうか」

「……」

 棒読みでアスピスが口にした台詞に、エルンストが言葉を失い。その傍らでは、ルーキスが笑いを抑えていた。

「ったく、どこからそういう話しになるんだ?」

「っていうか。どうせ、後輩のことも気になって寝てらんないんだろうから、アスピスの好きようさせてやればいいだろ」

「身も蓋もないこと言うか? ていうか、増長させるようなこと言うなよな」

 気軽に口を挟んでくるルーキスへ、エルンストは苦言を呈する。けれども、アスピス的には――。

「エルンストは分かっていません。ルーキスはよく分かっているのです」

「いや。お前のことは、この中で俺が一番把握してるからな」

「そもそも結界を張ってしまえば、見張りなんていらないのではないでしょうか?」

「そういうのに慣れないために、張ってないんだろ」

「いつもなら、張っていて当然なのに……」

 はふり。と吐息したところ、エルンストが文句を言ってきた。

「そこで、溜め息を吐くな。お前は吐く方じゃなくて、吐かれる方なんだぞ。っていうか、気の毒だろ。初めての仕事が、こうも例外尽くしなんて。なんで一番平均から外れているお前に、研修員をつかるかな。管理室も」

「あ。その辺は気にしないでください。今回の仕事が、どうやらかなり普通一般からずれていることは、分かりましたら。カウントするのは止めましたので」

「悪いな、気を遣わせて」

 話しの雲行きを見て、テネブラエが慌てて容喙すると、エルンストが謝罪する。

 それを見ていたアスピスは「エルンストはダメダメなのです。私はルーキスと不倫をしてきます」と宣言して、ルーキスの膝の上にのせてもらった。



 深夜になり、アスピスの傍らでうとうとしているエルンストを確認し、アスピスは結界を張ると、エルンストとルーキスにだけ、精霊術がかかるよう条件づけて、「精神力抵抗低下、魔法抵抗低下、魔法抵抗ダウン、スリープ、安眠、睡眠」とレシピを次々結界内へ投下していく。

 そして、もう一度エルンストへ視線を向け、眠りが深くなっていることを確認する。

「可愛い……くないかもしれませんが、彼女を目の前にして、他の男のことばかり見ているダメダメエルンストはしばらく寝ていればいいのです」

 ぺしぺしとエルンストの頭を叩くが、目覚める様子がないことで、アスピスは自分的にはすくっと立ち上がる。そして、見張りをしているテネブラエの傍らへ近づいて行った。

 最初に気づいたのは、テネブラエに付き添い、見張りをしていたアネモスであった。

「マスターよ、寝る時間ではないのか?」

「見張りに参戦なのです」

 経験上、治安のよい赤道を通っている最中は、なにごとも起きないことは分かっていたが、ダメと言われると、余計にやりたくなってしまうのが人情である。

 それに、結界は張ったので守備は万全である。仮に途中でうたた寝をしたところで、盗賊が襲ってきても、結界が弾いてくれるので、なんら問題はなかった。

「仲間外れはいけません」

「仲間外れではないと思いますよ。騎士学校でも、精霊使いはできるだけ休ませるようにって、習いましたから」

「そうなの?」

「はい。特に任務を受けた精霊使いの護衛に付く場合、精霊使いが万全の状態で任務に当たれるよう、俺たち護衛が環境や条件をできるだけ整えるよう、教わってきました」

「剣士や騎士は大変なのね」

「とんでもありません。俺たちにはできないことをしてもらうのですから。特に六聖人の方々には、国を守ってもらっているんです。当たり前のことだと思っています」

 はきはきと答えるテネブラエに、アスピスは感心したような目を向ける。

「とても真面目なのね」

「普通ですよ、俺は。飛びぬけてなにかできるわけでもありませんし。成績も中くらいでしたから」

「お仕事はちゃんとするから、心配しないでね」

「俺、そんな心配はしてませんよ。アスピスと顔合わせした後、失礼なことをしてしまいましたが、アスピスの仕事の履歴を調べさせてもらいました。王国管理室所属のときから遡らせてもらいましたが、その中に放棄された仕事はありませんでした。それどころか、カスタノ遺跡に派遣されるということは、それなりの実績や信頼がないと先ず有り得ないことなので、アスピスがきちんと仕事をこなしていることが、それからだけでも分かりましたから」

「なんだかいっぱい褒めてもらった気がするの。ダメダメエルンストにも聞かせてやりたかったの」

 アスピスは満足げな笑みを浮かべて、テネブラエの傍らに腰を落とすと、テネブラエの方を見つめながら問いかけた。

「お飲み物はなにか飲みますか? サービスします」

「え? いえ」

「ココアがお勧めです」

「あ、じゃあ……、それで」

「了解しました。今2人分ご用意します」

 アスピスは半ば強制的に注文を受けると、アイテムボックスからココアの粉と砂糖とマグカップ2つとスプーンを取り出すと、スープ一式を載せておいたシートの上にそれをのせ、ココアを作り出す。

 そして、ココアの粉と砂糖を入れたマグカップにお湯を少しずつ足し、丁寧にかき混ぜるという行為を何度か繰り返し、程なく完成というところで、アスピスたちの目的としている方向から逆走する形で光が迫って来るのに気が付いた。

「危険な香りがします! ちょっと見てくるので、ここをお願いします」

 アスピスはそう言うと、脚となるアネモスを呼び寄せる。

「オルトロス、エクウス、ルーキスとエルンストをお願いね」

 ココアをいれたマグカップを倒さないように立ち上がり、アネモスに乗りながら、アスピスの傍に寄ってきた2体に、眠らせてしまった2人のことを頼むと、アネモスへ光りが見える方へ行くようお願いする。

 その後を、慌てたようにして、テネブラエが追いかけてきた。

(待っててって言ったのに)

 遅れてではあるが、テネブラエが付いて来てしまったことに戸惑いつつ、アスピスは光源を目指してアネモスを走らせる。すると、夜盗に襲われている馬車に辿り着いた。

(助けなくちゃ)

 少し離れた所でアネモスを止め、中心点を定めて『結界』と唱えようとしたところで、アスピスたちが走ってきた同じ方向から、馬の足跡が聞こえてくる。

「マスターよ……」

「うん。アネモスは逃げてくれる。後で呼ぶから」

「了解した。あの2人のもとへ戻っておこう」

 反射的に、光りを当てられる前にアスピスはアネモスから下りると、アネモスが見つからないよう、ゆっくりと赤道の中心部へ出て行った。



「すみません。俺が捕まったばかりに……」

「仕方ないのです」

 アネモスが逃げる時間を作るため、自ら光りを浴びる場へ出ると、すぐに夜盗の集団に捕らえられてしまった。そして、アスピスたちがこの場へ来た方向と同じ方向から来た馬にのった夜盗の仲間数名により、先に捕らえられていたテネブラエと合流する。

 助けに来たはずだったアスピスとテネブラエが手を後ろで縛られた格好で、黙って事の成り行きを見守る中、御者や執事が馬車から追い払われ、夜盗が振るう剣が2人の命を取ろうとしたところで、中から凛とした女性の声が響いてきた。

「私の目の前で殺生は許しません。仮に彼らを殺すというのでしたら、私はここでおとなしく捕らえられたりいたしません。逆に彼らを生かしておいてくださるのでしたら、おとなしく捕まりましょう。いかがなさいますか?」

「――ッ」

 堂々と夜盗相手に宣言しながら、襲われていた馬車の中から出てきたのは、綺麗なドレスに身を纏った可愛らしい女性であった。

 その女性の言を受け、夜盗たちの視線がひとりの男へ集中していく。

 どうやら夜盗のリーダーらしい。

 それを見て、テネブラエはアスピスに小声で告げてくる。

「どうやら、この夜盗のリーダーは賞金首入りしている方ですね」

「テネブラエは犯罪者リストを持っているのね」

「はい。騎士学校を卒業すると同時に、左の目に犯罪者リストを刻んでもらいました。怖くて」、在学中はできなかったのですが……」

「リストを刻むのって、痛いの? それは嫌だね」

「いえ。痛いことはないのですが、情報を目を通して脳へ直接送り込まれるというのに、抵抗感が生じてしまいまして。やってみたら、全然でしたけど」

 自分たちを見張っている男も、ドレスを着た女性に気を取られていて、アスピスたちがこそこそと話していることに気づいてないらしい。

 これなら、いっそここで解決してしまおうかと考えてたら、タイミング悪く夜盗の意識がアスピスたちに向けられてきて、立ち上がるよう命令される。

「ちんたら歩いていんなよ。とっとと歩け」

「この子は、足が悪いんです」

「あー? 面倒臭せえな」

 テネブラエの言葉を聞き、夜盗はアスピスを小脇に抱えると、テネブラエを連れて馬車の方へと寄って行った。

「こいつらはどうしますか? ひとりは王国管理室所属の剣士で、ひとりはなんと六聖人(無)だそうですよ」

「無? 聞いたことねぇな」

 夜盗が、テネブラエがしまっておいた身分証明書と、アスピスが鞄の中へしまっておいた身分証明書をリーダーの男へ差し出すと、それを受け取り本物かどうか確認する。

「国仕えか。また厄介な拾いものをしてくれたな」

「見られちまったもんで」

「ここで殺して、国を敵に回すのは厄介だ。その女と一緒に連れて行け。始末は後で考える」

「御者と執事はいいんで?」

「今回は、あの女を捕らえて依頼者へ引き渡すことが第一目的だ。傷物になられたら、依頼者になんて言われるか。おとなしくしてくれるというのなら、それに越したことはないからな。明日か明後日には、あの女は大金に代わってくれるんだ、あの女の言うことくらい聞いてやろうじゃないか」

 夜盗のリーダーは楽し気に笑うと、アスピスとテネブラエの身分証明証を手にしたまま、前の方へ行ってしまう。

 それを受けて、夜盗の男はアスピスとテネブラエを馬車の中へ押し込み、夜盗たちが周りを取り囲むようにして、馬車が走り始めた。

「巻き込んでしまったようで、ごめんなさい」

「いえ。こちらこそ、王国管理室所属の剣士だというのに助けるどころか、一緒に捕まってしまって」

 馬車の中に先に入れられていた、綺麗なドレス姿の可愛い女性は、走り出した馬車の中で、申し訳なさそうに謝ってくる。それに対して、テネブラエが恐縮しきりで、頭を下げていた。

「気にしないで、あなたのその様子では、まだ騎士学校を卒業したばかりでしょうから。これも経験と思って付き合ってくれると嬉しいわ」

「随分と落ち着いているんですね。怖くはないのですか?」

 テネブラエが女性の落ち着いた様子を受け、不思議そうに訊ねていた。

「小さいころから経験しまくりだもの、いい加減飽きてきたところよ」

 にこりと笑うと、アスピスに意識を向けてくる。

「それより、聞こえてしまったのだけど。あなた六聖人(無)なんですって? 随分小さいのにすごいわね。噂で、小さな女の子が新たな六聖人になったと聞いていたのだけど、こんな可愛らしい子だったなんて」

 くすくすと笑いながら告げられてくる台詞には悪意はなく、素直に驚いたといった感じの物言いだったことで、アスピスは笑顔を浮かべた。

「あたしはアスピスっていうの」

「私はリュミエール・ラファよ」

「もしかして六大貴族のラファ家の令嬢ということですか」

「えぇ、そのラファ家よ。婚約者を持たずに成人してしまったお陰で連日大人気よ。今日も顔を出さないわけにはいかない相手からお誘いで、お茶会へちょっと顔を出した帰りだったの。ところで、王国管理室所属の剣士さんのお名前は?」

「あ、すみません。俺はテネブラエと申します。それで、リュミエール様の護衛は?」

「これよりもっと戻ったところで襲われたから、その時にその場に残って夜盗と戦ってくれてたんだけど。夜盗の方が追いかけてきたということは、推して知るべしって感じよね」

 ちょっと視線を伏せ、リュミエールと名乗った女性は、諦め顔を作り出す。

「御者と執事が助かってくれただけでも、この場合、よかったと見るべきよね」

「ねぇ、リュミエール」

「アスピス。この方は六大貴族なんだから、敬称を省いてはダメですよ」

「あ、ごめんなさい。リュミエール様」

「敬称なんて気にしなくていいのよ、可愛いお嬢さん。アスピスだって上位職の中でも高位なんだし、親に守られって暮らしているだけの私なんかより、こんな小さなころから国のために働いているのですもの、ずっと偉いわ」

「ありがとう。リュミエール」

「それでどうしたのかしら?」

「なんで怖がってないのかなぁって、思って」

「殺される心配がないからじゃないかしら? 私を傷つけたら、私の父親を激怒させてしまうもの。そうしたら、この国では生きていけないでしょうから」

「じゃあ、この夜盗に誘拐を依頼した犯人も分かっているの?」

「そうね。私を妻にして、父の持つ力のおこぼれを欲しがっている者たちの誰か、でしょうね。私を手に入れて、既成事実を作ってしまいたい方々が大勢いるもの」

「リュミエールと一緒に寝たがっている人がいっぱいいるの? リュミエールはモテモテなのね」

 既成事実という単語に反応し、アスピスが首を傾げていると、リュミエールがおかしそうにくすくすと笑い出す。

「そうね、いっぱいいるみたいね。でも、みんな私のことを好きなわけでもなければ、私が好きな人でもないけど」

「なんかとても難しいのね。でも、助けてあげるから大丈夫よ」

 アスピスがリュミエールに断言するのを聞いて、テネブラエが慌てて容喙してくる。

「アスピス、俺たちも捕まっているんですよ。ここは、エルンストやルーキスになんとかコンタクトを取って……」

「残念なお知らせがありますが、テネブラエは聞きたいですか?」

「え、どうかしたんですか?」

「あたしが見張りをするために、エルンストとルーキスに睡眠の精霊術を使ってしまいました。あと1時間から2時間は目覚めないと思います」

「えっ!」

 リュミエールが噴き出すのと、テネブラエが呆気に捉われるのは、ほぼ同時であった。

「エルンストは目の前にいる彼女を放置して、テネブラエのことばかりかまうので、ちょっと拗ねてしまったのです」

「だからって、精霊術で睡眠なんて……」

「アスピスにはお付き合いしている方がもういるの?」

「成人したら結婚の約束もしているのです。それなのに、目の前で違う男の子と浮気するなんて許せません」

「えっ? ちょっと待ってください、浮気はしてませんから!」

「それは、アスピス辛かったわね。お仕置きしなくちゃだめよね」

「そうなのです。だから、ダメダメエルンストは今回お休みなのです」

 揺られる馬車の中で、アスピスはきっぱりと宣言したのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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