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第180話(六聖人のお仕事Ⅵの4/往路1)

[百八十]


 騎士学校を卒業してから未だそれほど経っていない、王国管理室所属の剣士としてはこれが初仕事という、研修員。エルンストにも経験があるからなのか、とてもよく面倒を見てあげていると、アスピスとしても感心する一方である。

 しかも、基本をしっかり学んできているからなのか、エルンストの補佐が完璧なのか、アネモスが上手にフォローしてくれているのか、正式な御者は初めてだというテネブラエであったが、赤道ではあるが、他の人が御者をしてくれているときと変わりなく、馬車は安定した動きをみせていた。

(シュンテーマよりは、確実に上手いね)

 エルンストの作ってくれたカフェオレを、ちびちびと飲みつつ、アスピスは素直な感想を抱いてしまう。

 そして、3時を過ぎたころ、ルーキスが「3時のおやつ、なにか食べたいものないか?」と訊いてきたのだが、カフェオレも残っていたことで、アスピスはバッサリ「いりません」と返す。それに食い下がってくるかと思ったら、ルーキスは「そりゃそうだよな」と納得してくれて、それ以上は3時のおやつを押し付けてくることはなかった。

 物分かりがよくて、助かったという気分である。

 それから更に2時間以上過ぎたところで、エルンストが徐々に野営の場所を探し始める。そして、気に入った大きな木を見つけると、そこへ向かうよう指示をし、後ろに向かって「今日はこれで野営に入るぞ」と告げてきた。

 そこからは、レイスがいないことで、いつもとはちょっと変わってしまう。

 エルンストが焚火を準備するのはいつものことだが、それ以上は特になにも設置することは無かった。

 アスピスはそんなエルンストの脇で、アネモスに夕食に肉と水をあげる。そして、アネモスが食事をしている間に、『生き物用』ボックスからオルトロスとエクウスを解放してあげる。

「みんな、お水はこの大きなバケツに入れておくから、喉が乾いたらここで飲むのよ」

 アスピスは木製のバケツをアイテムボックスから取り出して来ると、焚火が当たりすぎないよう、少し離れた場所に水飲み場を設置する。

 その脇へ、小さなテーブルをふたつ並べて、1つには洗面器をおき、1つには水の出るピッチャーとタオルを置いておく。

「アスピス、いつもの真似をしなくていいんだからな」

「あたしが使いたいの」

「ならいいが、無理はするなよ」

 エルンストの忠告に、即座に言い返すと、苦笑を零される。そのついでという感じで、軽く頭をぽんぽんと叩かれる。

「今日は保存食なんでしょ?」

「あぁ、そうなるな」

「じゃあ、お粉のスープを出してあげるね」

 空がだんだん暗くなり始め、調理する時間も必要ないので、夕食の時間が近いことを察する。そこでアスピスは、アイテムボックスの食べ物入れの中へ入っていくと、粉状のスープの素と、紙のスープ皿と紙で作られたスプーンとお湯が出るピッチャーを取り出して来ると、未だ使用されていない洗面器の中にそれらを一度入れる。

 そして両手を開けると、シートを敷いて調理場を作る。そこへ大量の粉状のスープの素と、スープ皿などをを並べていく。

「お前、なにやってんだ? 店でも開くつもりか?」

「お粉のスープは種類がいっぱいあるの。みんな好みが違うでしょ。選べるようにしているの」

 アスピスは説明すると、エルンストを見上げる。

「エルンストはなんのスープがいい?」

「いや。その前にお前だろ。アスピスには、レイスとフォルトゥーナが用意してくれたものがあっただろ。そっちを食うんだから」

「あたしもみんなと同じでいいのよ?」

「それじゃあ、折角用意してくれたレイスやフォルトゥーナに悪いだろ」

「そうだけど……」

 でも。と言おうとしたところで、エルンストがアイテムボックスを開いて、中を覗きながらアスピスに問いかけてきた。

「今日はオムライスでいいか?」

「オムライスってなに?」

「あれ? お前、知らなかったか。そういや、うちってパン食だからな。ご飯類とか麺類なんて出さないもんな」

「お前ら、なにげに大人の、しかも男向けのメニューしか作ってなかったんだろ。グラタンも1回くらいしか出してないそうだし」

「あー、かもしれねぇ。レイス任せにしてたから、把握できてないけどさ」

 エルンストが素直に認めつつ、中から脚のついた変な箱状のものと、フライパンなどを抱えながら出てくる。

「ちょっと準備が必要だから、お前はテネブラエにスープを作ってやっていろ」

「分かった」

 元気に返事すると、アスピスはてとてとと先程スープを広げていた場所へ戻り、大量のスープの素を抱えて、状況を把握できずに3人のやり取りを聞いていたテネブラエのところへ、向かって行く。

「スープはどれがいいですか? 干し肉は硬いし、乾パンも硬いし、スープは必要よ。あとで、干し肉を切るハサミを持ってくるね」

「えっと……」

「干し肉にはコンソメスープがお勧めよ。でも、パンにはクリーム系も合うと思うの」

 さぁ、選んで! と半ば強制的に差し出すと、テネブラエはコンソメのスープを選び出した。

「これがいいのね?」

「あ、はい」

「ちょっと待っていてね、作ってくるから」

 アスピスは言下に踵をかえすと、スープ皿が置かれた場所へとてとてと戻り、シートの上に座ると、紙のスープ皿を1枚引き寄せ、その中へテネブラエが選んだコンソメのスープの素を入れ、お湯を注ぐとスプーンでかき回す。そしてそれを持ち上げようとしたのだが、存外熱いことに気が付き、アスピスはアイテムボックスからトレイと、ついでに干し肉を切るハサミを取り出すと、トレイにスープの入った皿と使い捨てのスプーンと干し肉を切るハサミをのせ、トレイを手に立ち上がると、再びてとてととテネブラエのもとへ向かって行く。

「お待たせしたの。ハサミものせておいたから、好きに使ってね」

 トレイごとテネブラエに差し出すと、少し戸惑いつつも受け取ってくれる。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 お礼を言われたので、にこやかに返答すると、アスピスはくるんと背を向けようとしたところで、テネブラエが話しかけてくる。

「あの、さっき世話をしていた動物たちですが、アスピスの使い魔なのですか?」

「うん、そうだよ。馬車を引いていたのが聖狼のアネモスでしょ。そこで暇そうにしているのが、カーバングルのオルトロスよ。まだ小さな子供で、甘えたがりなの。それから、木に止まってるのが、鳳凰のエクウスなの。みんなおしゃべりができるから、時間があったら話しかけてあげてね」

「って、なんか本で書いてあった色と、みんな違いますよね? っていうか、聖狼でも十分貴重なのに、カーバングルとか、鳳凰とか……」

「すごいね。よく分かるのね。みんな希少種っていうんだって。そのせいで、みんな仲間とはうまくいかなかった子たちなの。優しくしてあげてね」

 テネブラエが瞳をキラキラさせている意味をまったく解することなく、アスピスは期待とは全然ちがう答えをテネブラエへ返すと、にっこり笑う。

 そして、エルンストから声が掛けられたことで「ゆっくりご飯食べてね」と言い残し、エルンストの方へとてとてと歩いて行った。

「どうしたの?」

「温め終わったし、オムレツもできたからさ。ちょっとこの皿をしっかり持ってろ」

 エルンストはそう指示をだしながら、焚火から木と火を拝借して作ったらしい小型の焚火の上に被せるよう、脚のついた箱が設置されていて。その中から、オレンジ色のごはんが入った楕円形の入れ物を取り出すと、アスピスの皿の上でそれをひっくり返して、皿の中央に小さな楕円形の山を作る。その上に、卵1つで作ったオムレツをのせた。

「んで、オムレツの真ん中にナイフで切り込みをいれると、完成だ」

 言うと同時に、実際にオムレツにナイフで切り込みが入れられる。するとオムレツが花開くように切込みを境に左右へ開いていき、中からふわんとしていてとろんとしている卵が垂れていく。

「なんかすごいことは分かりました」

「感動してるのか、してないのか。微妙に分かりづらい反応だな」

「一応は感動しています。エルンストがオムレツを作れたなんて、知りませんでした」

「そこじゃねぇだろ。つうか、悪かったな普段なにもしないで」

 脱力するようエルンストは溜め息を洩らすと、半ば自棄になって言葉を続ける。

「お前用で、量は少なくしてあるんだ。できるだけ食べろよ」

「これがオムライス?」

「そうだよ。オムレツくらい作れるだろって、卵を渡されちまったんだよ」

「なにを怒ってるの? 短気はダメよ?」

 アスピスはそう言い残し、立ち上がって去って行こうとしたら、エルンストに腕を掴まれて手の中にスプーンを持たされる。

「ありがとう」

「じゃねぇよ。あとケチャップかけさせろ」

 脇に用意してあったらしいケチャップを手に取ると、割れたオムレツの上にケチャップをかけていく。

「ほら、もう食っていいぞ」

「はーい。いただきますね」

 楽し気に笑いつつ、アスピスはルーキスのもとへいくと、膝へ乗せてくれるようじっと見つめる。

「あ? 俺でいいのか?」

「ルーキスがいいの」

「知らねぇぞ」

 ルーキスは笑いながらアスピスを抱き上げ、膝の上にのせてあげる。そこでアスピスは改めて「いただきます」と言うと、オムライスにスプーンを刺して、軽く掬うと、口へと運んだ。



「食べきりサイズで作っているはずなのに、なんできっちり半分残すんだ?」

「お腹がいっぱいなの。エルンストにあげる」

「これは、口に合わなかったか?」

「ううん。美味しかったよ。でも、すごくお腹にたまるの」

「あー……、米だしな」

 ちょっと納得したという感じで、エルンストは呟くと、ルーキスの脇に腰を落とし、アスピスに渡された皿に残ったオムライスを食べてしまう。

「んで、なんで今日はやたらにルーキスなんだ?」

「ルーキスは偉いのよ。エルンストとレイスとカロエのことを面倒みてくれてたんだから」

 アスピスは言下に膝の上に立ち上がると、ルーキスの肩に手をかけ、バランスを取りながら、ルーキスの頭をいい子いい子してみせる。

「いや。そりゃ、そうなんだけどな。つうか、人には浮気するなって言っておいて、自分はしまくりなのか?」

「なにを言ってるのでしょうか? ルーキスにはシェリスという素敵な奥さんがいるのです。浮気にはなりません」

「いや、浮気どころか、妻帯者相手となると不倫になるぞ」

「――ッ」

 真面目な感じでエルンストに告げられた台詞に、アスピスは大きな衝撃を受けていた。

「不倫はダメなのです。家庭が崩壊してしまいます」

 アスピスは、がっくりと項垂れつつ、エルンストの方へ手を伸ばす。

「お前、最低な手を使ったな」

「いや、嘘は言ってないだろ」

 手を伸べてきたアスピスを抱きとめるエルンストへ、ルーキスが苦笑交じりに告げると、エルンストはあっさりと言い返す。

「ところでエルンストたちは、夕食は食べないのでしょうか?」

「見張りんときにでも食うから気にするな」

「じゃあ、スープはあのままにしておきます。自分でスープは作ってください」

「明日の朝は作ってもらうからさ。そう拗ねるな」

「拗ねてません」

 エルンストが笑いながら告げると、アスピスはプイっと横へ向く。

 そこへ、テネブラエがトレイを手に寄ってきた。

「すみません。お先にごちそうさまでした」

「あ、悪いな。それ、受け取っとこうな」

 ルーキスは、扱いに困るだろうトレイ一式を受け取ると、人間関係がまったく理解できず、半ば途方に暮れているテネブラエに、簡単に説明し始めた。

「悪いな。俺たち一緒に暮らしてるんだ」

「あ、通りで。もしかして、ご兄弟とかなんでしょうか?」

「いや、赤の他人ではあんだけどな。腐れ縁みたいな感じでさ」

「そういうのもいいですね」

「んで、この2人は婚約者同士だから、夜とか一緒に寝たりするけど、放置しておいてくれていいからな」

「へ?」

 平気でどこででもイチャつく2人の関係を、きちんと事前に説明しておかなければと、告げた単語がかなり衝撃的だったらしい。テネブラエはしばし硬直してしまう。それを気にせず、ルーキスは笑みを零した。

「まぁ、さすがに犯罪者になるようなことはしてねぇようだから。その辺は安心してくれ」

 からからと、先ほどの仕返しを何倍にも膨らませるようにして返すよう、ルーキスは楽し気に話したのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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