第179話(六聖人のお仕事Ⅵの3/出発)
[百七十九]
新人のテネブラエの希望でフリーとなった1日。レイスとフォルトゥーナは、試行錯誤しつつも楽しそうにアスピスの食事を用意していた。アスピスも、そんな2人が気になって、ちょくちょく覗きに行くように顔を出しては、お手伝いをしたりしつつ、1日を楽しくすごした。
エルンストやルーキスは、庭で運動をしたり、素手で対戦をしたりして、1日のほとんどを体を動かしてすごし。ロワはそれを見て、時々2人に混じって、訓練のまねごとをして楽しんでいた。
そして、それなりに充実した1日を各自すごした翌日。つまりはアスピスたちの仕事の出発日となり、レイスが早めに用意してくれた朝食を摂ると、それぞれ冒険の準備をすませて、1階に集まった。
エルンストはいつもの六剣士用の冒険時に着用する服に着替え、左腕に籠手を着けていた。ルーキスは、王国管理室に登録はしているのだが、契約冒険者の服装は自由とされているらしく、いつも愛用している冒険着に着替えていた。アスピスもみんなに買ってもらったいつもの冒険着に着替え、腰にはルーキスからもらった短剣を皮のベルトに挿し、エルンストからもらった鞄を肩から下げた格好となっていた。
そして、オルトロスとエクウスを『生き物用』ボックスにいれ、アスピスはアネモスに乗って、エルンストとルーキスの少し後ろを付いて行くように家を出て行く。
家の前を通っている居住区の路を進んでほどなく、以前の家よりもかなり近くなった、大通りへ出る。そこから真っ直ぐ突き進み、砦の正門から外に出ていく。
そこにはすでにテネブラエが待っていた。
「あれ? バックバックじゃなかったのか?」
「あ、はい。実は昨日は両親に会いに行っていたのですが。王国管理室所属の剣士になれた祝いだと言って、両親が『C』サイズですが、アイテムボックスをプレゼントしてくれたんです」
幸せそうな表情で報告するテネブラエは、よほど嬉しかったのだろう。
両親がいないアスピスには、分からない部分もあったのだが、テネブラエが喜ぶ気持ちはなんとなく分かった。
「そいつは良かったな。大事に使えよ」
「はい」
エルンストが後輩を可愛がるよう、テネブラエの頭を軽く掻い操ると、アスピスからアネモスを借りていき、馬車をアイテムボックスから引っ張り出してきた。
「立派な馬車ですね」
「仲間の希望が詰まってるからな。それより、徒歩で行ってやれない代わりに、御者をしてみるか? 学校で一応習っただろ」
「いいんですか? ぜひやらせてください」
瞳をキラキラさせて、初任務に心ときめかせている新人を、エルンストは丁寧に扱っていた。
レフンテの面倒も見ていたことを考えると、意外と面倒見がいいのかもしれない。
ちょっと新発見な気分で、アスピスはエルンストを見つめていたが、ルーキスに促されて、後ろに回ると馬車に乗り込んだ。もちろん、ルーキスに持ち上げてもらって、であるが。
エルンストのフォローを受けつつ、テネブラエが御者をして、王都の砦の正門から左右に伸びている赤道の左側の道へ入っていき、道なりに進むこと2日半。正確には休憩や野営も入るので、もう少し時間がかかるだろう距離にあるウラガーン村を目指して、馬車を走らせていく。
御者席の雰囲気は、和気あいあいと言った感じだろうか。
対する馬車の方は、雰囲気は悪くはないのだが、広い馬車に2人だけなのでガランとした印象が強かった。しかも、位置取りが悪くて、ルーキスとの間に距離ができてしまっており、赤道を走っていることで揺れが少なく、これなら移動中でも、アスピスの足でも歩いて行けると踏み、ルーキスのもとへ寄っていく。
「危ないぞ。呼べば俺が行ったのに」
「大丈夫。赤道だから揺れないの」
決定事項のように言い切ると、無事にルーキスのもとに辿り着き、ルーキスの膝に両手をつく。
「お膝に乗ってもいいですか?」
「お? いいぞ、大歓迎だ」
首を傾げつつルーキスに問いかけると、ルーキスが笑顔を深める。そして、アスピスの方へ腕を伸ばしてくると、膝の上に乗せてくれた。
「ついでに、これを飲んどくか」
「お腹はいっぱいよ?」
「レイスが今朝早くに絞っておいてくれたんだぞ。飲まないと失礼だと思わないか?」
笑顔を浮かべたまま、穏やかな口調でアスピスに問いかけつつ、器量に両手を使って、アイテムボックスからマグカップと小型のガラスポットを取り出すと、マグカップにオレンジジュースを注ぎ入れ、アスピスにそれを手渡す。
そして、小型のガラスポットをアイテムボックスにしまって閉じると、アスピスの体をしっかり支えてくれた。
「ロワも今頃おやつの時間だ。アスピスもジュースくらいは飲めるだろ?」
「オレンジジュースは好きなの。搾りたてはとても美味しいの」
「帰ったら、レイスにお礼を言わないとだな」
「うん」
アスピスはルーキスの胸に寄りかかり、オレンジジュースをこくこくと飲んでいく。
「とても美味しいよ」
「じゃあ、全部飲めるか?」
「時間はかかるけど、オレンジジュースは飲めるの」
「ゆっくりでいいから、全部飲んでやれ。レイスが喜ぶぞ」
両手でマグカップを持ち、言われた通りにオレンジジュースを飲んでいくアスピスの頭を、ルーキスは優しく撫でてくれる。それが心地よくて、気分も良くなり、30~40分くらいかけてカップを空にする。
「お、偉いぞ。早かったな」
「搾ったオレンジジュースはとても美味しくて、大好きなの」
満足そうに笑うアスピスは、自慢げに告げていく。ルーキスはそんなアスピスの手からカップを受け取ると、一時的に脇へ退け置いておく。
「昼になったら起こすが、寝てていいぞ。今日は早かったしな」
「いつも6時に起きることにしているから、大丈夫よ」
「アスピスは早起きだな。でも、お腹いっぱいで眠いんだろ?」
気づくと目を擦っているアスピスに、笑いかけつつルーキスが問いかけてきたので、素直に頷いた。それを機に、ルーキスはアスピスの抱き方を変え、毛布をアイテムボックスから取り出してみせると、アスピスの体に掛けてくれる。
「おやすみなさい」
すでに寝る準備は万端体勢のアスピスは、ルーキスの腕の中で寝心地のいい場所を探し出すと、程なく寝息を立て始めた。
馬車を止め、大きな木の下で昼休憩に入ると、お湯の出るピッチャーを使って、エルンストがお湯で粉を溶かす形のコーヒーを入れていく。
その間に、昼休憩に入ると同時に起こされたアスピスは、アネモスを撫でて労わりつつ、水を与える。そして、満足するだけ水を飲ませると、アネモスが適当な場所へ横になるので、それを確認した後、アスピスはコーヒーを貰いに、エルンストの傍へ行った。
「テネブラエは砂糖とミルクはどうする?」
「あ、なくて大丈夫です。すみません」
「分かった。アスピス、お前はこっちを持って行ってくれ」
「はーい」
いい子の返事をするのと同時にエルンストに渡された、アスピスの分とエルンストの分を持って、イスになりそうな木の根っこの傍で立っている。そして、エルンストはコーヒーの粉とピッチャーをアイテムボックスへ戻すと、テネブラエとルーキスにコーヒーを渡して、アスピスが待っているところへ寄ってきた。
「座ってていいんだぞ?」
「両手が塞がっているので、座れないのです」
「あぁ、そうか。待たせたな」
「分かればいいの」
エルンストの台詞を受け、アスピスは満足そうに笑うと、両手をエルンストに差し出す。すると、エルンストはアスピスを抱き上げて、膝の上にのせてしまった。
「違うでしょ。カップを持っていてってことでしょ」
「どっちも似たようなもんだろ」
アスピスを膝にのせた格好のまま、エルンストはアスピスの手から自分用のマグカップを抜き取るようにして、右手で受け取っていく。けれどもすぐに、カップを左手に持ち変えると、アイテムボックスを開いて、蓋つきの小さな陶器製の入れ物とスプーンを取り出してみせた。
「フォルトゥーナとレイスが、昨日色々と作ってくれていやつだ。アスピスも楽しみにしてただろ」
「でも、オレンジジュースを飲んだよ」
「あれは10時のおやつだろ。これは昼休憩のおやつだぞ」
「そんなに入らないの」
「食べたいだけ食べればいいから、口に入れてみろ」
アスピスの空いている右手のひらの上に、小さな入れ物をのせ。蓋の上にスプーンをのせる。それが終わると、エルンストはアスピスの左手から、マグカップを取り上げていく。
「蓋を開けてみろ」
「開けなくても、あたしには分かってしまいました。この中には苺と生クリームをのせたプリンが入っているのです」
「じゃあ、開けて確認してみろよ」
「あたしの記憶力を侮ってはいけません。ご覧ください、正解です」
左手で先にスプーンを持ってから、蓋を開けると、真ん中の苺が、白い生クリームの中でよく映えていた。しかし、上部が生クリームで埋められていて、その下になにがあるのか分からなかった。
「その下になにがあるのか、まだ分からないだろ」
「これは、あたしが苺をのせたので間違いないのです」
「俺はそんなこと知らないからな。未だ正解かどうか認められないな」
「エルンストはお馬鹿さんです。あたしの言うことを信じられないなんて……」
がっかりしましたと零すと、アスピスは蓋を自分の腿の上にのせると、上の生クリームを退けるよう、スプーンで上部を掬い取る。そして、タマゴ色をしたプリンが姿を現すのを確認して、エルンストにそれを見せつけた。
「これはプリンなのです」
「ところで、そのスプーンで掬った生クリームはどうするんだ」
「これは、仕方ないので口にしま――ッ」
スプーンにのっている生クリームを、そのまま口に入れようとしたところで、アスピスはハッとした。
「危うく、エルンストの策略にはまるところでした。これはエルンストが食べてください」
「だめか。意外と鋭いな」
アスピスに差し出されたスプーンを、素直に口に入れ、生クリームを食べてやりながら、エルンストが苦笑する。
「でも、プリンも生クリームも苺も好きだろ」
「だって、どれもとても美味しいもの」
「だったら食べればいいだろ」
「男と違って、恋する乙女には、食事摂取量の制限があるの」
真面目な顔をして、大好きな恋愛小説のなかにあるよくある一文を思い出し、エルンストへ主張してみせる。けれども、エルンストは呆れた面持ちで、言い返してきた。
「は? つうか、安心しろ。お前に限ってはそんなもんする必要ねぇから」
「なんで? 恋する乙女にダイエットは、付属品のようなものでしょ」
「都合いいときだけ、恋する乙女にるんだな。色気のない子供だったはずだぞ」
「臨機応変というものです。その時の状況で、あたしの立場も変わるのです」
負けてなるかの気分で、アスピスはなんとか返す言葉を捻り出し、逃げる算段をしていると、いつの間にかルーキスが傍に来ていた。
「アスピス、半分ずつ食わないか?」
「半分ずつ?」
「あぁ。手を付けちゃったんだから、食わないわけにいかないだろ」
「これはエルンストにしてやられたのです。あたしは悪くありません」
「だな。でも、だからって放置したら、プリンが気の毒だろ?」
「放置しちゃったら、プリンはすごく気の毒なのです。プリンは悪くないのです」
「じゃあ、食ってやらないと。協力してプリンを食べてあげような」
「しかたないので、協力してあげます」
アスピスは嘆息しながら、ルーキスの説得を受け、折れることにする。そして、ルーキスに抱かれて、ルーキスの膝の上へ移動すると、アスピスがスプーンを操り、自分には小盛になるよう、ルーキスには大盛りになるようにプリンを掬い、交互に口へ運んで行く。
その間ルーキスから文句はなく、アスピスは思う通りに進んでいることに機嫌をよくして、プリンと生クリームを完食させる。
「苺はあたしが食べてもいい?」
「いいぞ」
許可を貰ったことで、陶器製の器を腿にのせ、中から赤くて大きな苺を手に取ると、ヘタを取り除き、苺を少しずつかじっていく。
「美味しいか?」
「甘くてすっぱいの」
素直な感想をいいつつ、苺を少しずつかじっていくと、いつのまにか苺がなくなってしまった。そして、苺の汁で汚れた手を見ていたら、ルーキスはアイテムボックスからタオルを取り出して、手を拭ってくれた。
「ルーキス、ありがとう」
「いや。それより、満足できたか?」
「とても美味しかったよ。ごちそうさまでした」
「俺もごちそうさまでした、だな」
満面の笑みでアスピスが告げると、ルーキスもおかしそうに笑いつつ食事のあとの挨拶をした。
「ルーキスはちゃんと挨拶ができてえらいの。エルンストはダメね」
「そうかよ。悪かったな。っつうか、コーヒーはどうするんだ、そろそろ片付けるぞ」
「エルンストが入れてくれたコーヒーなので、ちゃんと飲んであげる。馬車の台所の調理台のところへ置いといて。洗い物はしてあげるから」
「あそこを使って洗うなら、馬車が動き出す前に洗ってくれ。動き出してからは、使うの禁止だぞ」
「それは大変なの。エルンストは洗い物を回収してちょうだい」
エルンストの言葉を受け、アスピスは慌てるようにしてルーキスの膝から下りると、己の最高速度でとてとてと馬車に向けって歩き出す。その後ろをルーキスがカップやプリンの入っていた陶器の入れ物や蓋を持って付いて行き、アスピスに向け「ちょっと待ってろ」と言い残し、先に馬車に上がってそれらを洗い場の中へ置く。そして、下で待っていられず自力で馬車に乗り込もうとして、悪戦苦闘しているアスピスを抱き上げて馬車へ乗せた。
「ありがとう」
「どういたしまして。っていうか、待ってろって言っただろ」
「自分で乗れたら便利でしょ」
頑張る理由を教え、アイテムボックスの中から踏み台を「よいしょ」と取り出し、流しの前に置くと、それに乗って、流しの中のものを洗い出す。その際、10時のオレンジジュースが入れられたマグカップもついでに洗ってしまう。そしてエルンストが追加してきたカップとスプーンを洗い終えると、布巾を手に取り丁寧に拭いて行く。そして、アイテムボックスを開いて小さなカゴを取り出して、ルーキスと、エルンストのものに仕分け、飛んで行かないように、流しの陰に置いておく。
「エルンスト、動かしていいよ」
再び踏み台に上がり、エルンストが入れてくれたカフェオレが入っているマグカップを手に取るのと同時に、御者席で待機している2人に向けアスピスが告げると、エルンストが振り返って後ろの様子を確認し始める。それで問題ないと思ったのだろう、アスピスがルーキスの隣に座るとほどなく、馬車がゆっくり動き始めた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




