第17話(誘拐事件4/奪還)
[十七]
「覚悟はいい?」
「うん。でもさ、ここって爵位がないと住めない区域なんでしょ?」
なぜその一角に、爵位のないウロークの邸宅が建っているのか不思議だと、アスピスは首を傾げる。
「王宮の上位職に就くと、それが爵位の代わりになるのよ。元老院や六賢者の立ち位置は、爵位の中の最高位の公爵と同列扱いにされているわ。でも、元老院や六賢者の発揮できる力はそれ以上じゃないかと言われているの」
「てことは、エルンストやレイスたちも、この辺に家を持とうと思えば持てるってこと?」
「そういうことになるわね。それに、アスピスも望めば家を持てるわよ」
感心したように呟くアスピスに、フォルトゥーナはクスクスと微笑みながら指摘した。
「さぁ、ここからは慎重にしなくちゃね」
みんなのいる場所は、高級住宅街の中に見つけた、死角となる位置。
この辺は、さすがは元暗殺団に所属していたと言うべきか。シェリスが独自に。今回の件とは関係なく、町の中とか至る所に存在する死角スポットを見つけておく習性があったため、行動開始にいい場所はないかとみんなで思案しているときに、シェリスに教えてもらった場所であった。
「極力自分の体のサイズに合わせた結界は、張れたわね?」
「えぇ」
「うん」
本日のフォルトゥーナの生徒はふたり。アスピスは当然として、精霊術を得意としていないシェリスも生徒側となっていた。
「じゃあ、その結界に、なるべくマナを細く練って。結界を張るときよりもずっと細くなるように、マナを練ってちょうだい」
「えーっと。こうかしら」
「これくらいで大丈夫だよね?」
姿を消す結界オーラを作るのは初めてのシェリスは不安げにフォルトゥーナに問いかけるが、一度成功した経験のあるアスピスはちょっぴり自信を持って、フォルトゥーナに質問する。
なのだがダメ出しを食らったのは、予想に反して、アスピスであった。
「シェリスはきれいに細く練れているわ。それを柔らかくなるよう、結界に編み込んでいって」
シェリスに向かってそう言うと、フォルトゥーナはアスピスに向き直って、やり直すように告げてきた。
「その半分くらいに、練れないかしら? 編みが粗くなって、精霊使いがいたら、すぐにばれてしまうわよ。っていっても、相手も八式使いじゃなければ、そう簡単にばれたりしないけれど」
「そうなんだ?」
「必ずじゃないけどね。式数の多い方がどうしても有利だから。って、手を抜くのは駄目よ! 六聖人の代役をさせてもらえる程度には、六式の中でも術の扱いに長けている方なのよ、私。いい加減な結界オーラなら、八式使いのだって、見破れるわよ。本気を出して、私からも姿が確認できなくなるくらい、丁寧に上手にオーラを作ってちょうだい」
「って、それって不便じゃない?」
「いいえ。もしものときに、2人が丁寧に緻密に作ったオーラで身を隠してくれていたら、中に八式使いの精霊使いがいた場合でも、見つかるのは私だけで済むもの。同じ八式使い同士なら、精霊使いとしての素質が上の者の方が有利なのは当然として、それ以外も、契約している精霊の力が上の方が有利になるの。だから、六聖人の2人には期待しているわ。あなたたちを六聖人にした精霊と契約しているんだもの、その精霊を使って築き上げたオーラがその辺の八式使いに見破られるなんてこと、あったら恥ずかしいわよ」
つまりは、手を抜くな。丁寧に緻密にオーラを編むように、フォルトゥーナは脅しているという訳らしい。
そんなフォルトゥーナを先生にした、アスピスとシェリスは、初心者なんだから少しは手加減してほしいと、思ってしまっていた。
もちろん、口にはできなかったが。
なんとか、姿を消すためのオーラ作りに、フォルトゥーナから合格をもらい。アスピスは、その後もう一回、アネモスの姿を消すオーラを作り、その場にいるエルンストやレイス、カロエやルーキスの前から姿を消した。
でも、発する音は聞こえるらしく「それじゃあ、行ってくるから!」と、どこからか聞こえて来たフォルトゥーナの台詞を最後に、3人と1匹の気配が4人の前から消えてしまう。
それは、ウローク邸へ向かうべく、フォルトゥーナを先頭に、次にシェリス、その後ろからアネモスに乗ったアスピスが、動き出したためであった。
「いーかしら? ここからは、口を開いちゃだめよ。2人には私が見えていると思うから、私の後をはぐれないようについて来てね」
「わかったわ」
「うん」
「じゃあ、中に入って行くわよ」
フォルトゥーナの合図を機に、全員が口を堅く結び、呼吸音もなるべく響かせないように気を付けながら、ウローク邸へと踏み込んでいく。
突入を実行する前に失敗すると困るからと、事前にエルンストとレイスが調べてくれていた通り、犬などの侵入防止用の動物は飼われていないようであった。
(まぁ、今回のようなことでもなければ、ウロークなんかの家に入りたいとも思わないし)
それで当然と、考えてしまうアスピスは、元老院であるウロークが金持ちであるということをまったく念頭にいれていないからである。
同じ状況を見て、シェリスは端的に不用心だと感じていた。
しかし会話が禁じられている中、それぞれの考えが統一されることはなく、思い思いに感想を抱きながら、事前に、主にシェリス。それから、エルンストやレイスの意見を軸に定めた侵入経路に沿って、邸門から入って行ったアスピスたちは、裏口へと回り込むと、メイドや使用人たちが頻繁に出入りすることで開け放たれていた扉から、邸内への侵入を開始する。
目的とするのは、隠し扉の奥にある階段を下りた先の、地下1階に築かれた防音効果のある大きなスペース。
なにに使うための場所なのか分からないが、貴族の建てる高級住宅には、こんな場所が常備されているのだろうか? なんて、アスピスは見取り図を見せてもらいながら、首をひねってしまったものである。
口にできる雰囲気ではなかったので、答えはしらないのだが。
いずれにせよ、第一の目的地となる、隠し扉がある場所へ行くには、裏口からはちょっと遠く。正面玄関から入って少し奥にある、ウロークの書斎の中にあることで、途中、メイドや使用人と必ずすれ違うことがあるだろうと、シェリスやエルンストなどから事前に予告されていた。
実際、正面玄関の方へ、廊下をたどって戻らなければならず、途中で数名のメイドや使用人とすれ違うことになってしまっていた。
けれども、いずれの使用人もメイドも、どこか暗く。常にうつむき加減で、移動する際は必ず廊下の隅を足音を立てない程度に足早に歩いていることで、当初の予定では邪魔にならないように廊下の隅を歩いて行こうという予定が狂い、廊下の中央を使用人やメイドたちとぶつからないように歩いて行くという、移動手段の変更を余儀なくされた。
それは成り行き上、そうせざるを得なかったからで、自然と意思の疎通がなされ、誰が指示した訳でもなく、いつの間にかそうなっていたという感じである。
そして、ようやく第2関門のウロークの書斎へ辿り着く。
当然、入り口の扉は閉められた状態である。
ご丁寧に、鍵まで付いていた。
けれども、そこは本職となるのか。鍵開けもできるというシェリスに、フォルトゥーナは脇にずれることで位置を譲り、シェリスは中に人の気配がないことを確認した後に、鍵を解除した。
カチャリ。という音がしたことで、鍵が開いたことがシェリス以外の、アスピスやフォルトゥーナにも伝わる。
そこからは、周囲の気配にもっとも敏感であるシェリスが扉を開き、それと同時にフォルトゥーナとアスピスが中へ滑り込み、最後にシェリスが扉を閉めながら、中に入ることになっていた。
そのため、アスピスとフォルトゥーナは、扉が開く側に回り、いつでも中に入れる準備をして、シェリスが扉を開く瞬間を大人しく待つ。
これまでにすれ違ったり、ひとところで動き働いている使用人やメイドを数名目にしてきたが、いずれも口を開くことはせず、黙々と仕事に励んでいるといった様子であった。そのため、屋敷内は使用人やメイドが数多くいるのにも関わらずシーンとしており、アスピスやフォルトゥーナであったら、どこに使用人やメイドが隠れ潜んでいるか分からず戦々恐々としてしまい、扉を開けるタイミングを見定めることはできなかったことだろう。
しかし、ここでもさすがである。本業と言っていいのか、シェリスはあるタイミングで素早く静かに扉を開けた。
同時に、即座に反応するようにフォルトゥーナを先にする形で、アスピスとフォルトゥーナが部屋の中へ入り込む。それを確認したように、素早く静かに扉を閉じながらシェリスが中へと入って来る。
書斎の作りは、窓を背にするようにして、主のいない大きく立派な机が置かれ。その前。逆に言うと、入り口から入ってすぐのところに、接客用のいかにも高そうなソファーとテーブルが設置されている他、壁に沿うよう本棚がずらっと並んでいるといった感じであった。
ウロークはと言うと、基本、王城の元老院としてのウロークに与えられた部屋が気に入っているらしく、他に予定はないのかと聞きたくなるくらいに、連日。日中は、その部屋で過ごしているので、今日もそうなのだろう。
一応、事前にシェリスのチェックは入ったものの、誰もいないことに、改めてみんなホッとし。少しだけ気が抜けていく。けれども、ここはまだ終点ではないのだと、再び気を引き締め、先頭役となっているフォルトゥーナが秘密の扉があるとされている、本棚の前に立つと、本棚を押したり引いたりしてみせた。
しかし、本棚はびくともせず。途方に暮れかけたところで、精霊術に慣れていないシェリスにしては上出来といった、六式使いのフォルトゥーナの目を通して見ても、本当にうっすらとだが見えているシェリスにポンと肩を叩かれた。
「こういうことは、任せて。絨毯に本棚が動かされた跡がついているから、ここで間違いないはずよ」
とても小さく低めの声音で、それでも力強く言い切ったシェリスに、フォルトゥーナは素早く位置を譲る。
母は強し。と、こんなときどうでもいいことを、アスピスとフォルトゥーナは思っていた。
実際に、この奥にロワが閉じ込められているんだと思うと、シェリスはじっとしてはいられず。なんとしてでも扉の開け方を見つけ出してみせると、裏に扉が隠されていると思われる本棚の前に立ち、色々と確認していく。
そして、何度目かのチャレンジに、反応するように本棚が自動で動き出した。
「隠しボタンがあったみたいね」
「さすが」
「さっさと行くわよ」
シェリスの種明かしに、よく発見できたと感動するアスピスをよそに、フォルトゥーナは扉を開け、その奥にある下り階段のへ入って行く。
続くよう、シェリスもアスピスも、目的の場所はもうすぐだと、勢いよく階段を下っていった。
ところどころに立てかける場所が作られている松明の明かりが、地下の大広間の光源とされているようで、中はとても薄暗く。そして、空気もひどく淀んでいた。
よく見ると、中央には大きな魔法陣が描かれている。
六芒星を囲むよう描かれた円は何重にもなっていて、文字も細かく大量にかかれていることで、なんの条件付けがされているのかすぐには読み解くことができなかった。
「ロワは、どこ?」
視線をきょろきょろとさせ、室内の観察どころではないシェリスが、地下の大広間の特に魔法陣が気になり見ていたアスピスとフォルトゥーナへ、催促するよう声を上げる。
一応、地下へと続く隠し通路の扉は閉めてきたが、声がやたらと反響するため、地上に届かないかと、アスピスは心配してしまう。
けれども、家族を捕らわれているシェリスにとっては、それどころではないというのが本音だったのだろう。
「ロワ。あぁ、ロワはどこなの?」
姿消しのオーラを身体からはがすように、ロワからも姿が見えるようにしながら、シェリスは室内をうろうろと歩き回る。
そんなシェリスに同情はしていたが、フォルトゥーナとアスピスは部屋に踏み込んできた際に立ち止まった位置に留まったまま、部屋の中を注視していた。
「たぶん、この家で。というか、ウロークが扱える精霊使いは、アンリールくらいだと思うの」
「たぶん、あたしもそう思う」
「だとすると、私では、アンリールの結界を見つけるのは無理だわ。彼女の結界は、六聖人の中でも緻密で完成度が高いと評されているんですもの。六式使いの私では手も足もでないのよ」
つまり、頼みの綱はアスピスだと、フォルトゥーナは言いたいらしい。
アスピスとしても。
「言われるまでもなく、そのつもりだよ。シェリスはロアのことで頭がいっぱいで、平常心を保つのに精一杯な状態だし」
ここで自分がやらずに、誰がやる。と、アスピスは部屋の中を注視し続ける。
しばらくすると、魔法陣の中央に、きらりと光る何かを感じた。
ここからは勘であったが、それが結界だろうと目星をつけ、それからは光って見えた場所のみを重点的に凝視した。
「見つけた!」
緻密すぎて、結界が完全に周囲に溶け込むように透き通っていて、誰も閉じ込められていないように見えるのだが。確実に、結界は魔法陣の中央に築かれていることがアスピスには分かった。
「後は、マナの切れ目をみつければいいんだよね。そうしたら、アネモスが食い破ってくれるって約束だったよね」
「マスターが自力で解除されてもかまわぬのだがな」
「悪いけど、この結界、作りがすごすぎて。今のあたしが解除しなくちゃならないとなると、何時間。もしくは何日かかることやらってかんじだよ」
結界解除の行儀としては間違っているのかもしれないが、今やっていることは、アネモスが指示したマナの終点を見つけることである。
アスピスは目を皿のようにして、見逃すことのないように、必死になって目的とするマナの切れ目を探していく。
そんなアスピスを、フォルトゥーナとシェリスは祈るようにして見守っていた。
それから一時間は経った頃だろうか、アスピスが、他とは違う光を放つ一点を見つけ出した。
「アネモス、ここ! ここってどうよ?」
「ほう。さすがわ、我がマスター。この緻密な結界では、マスターの熟練度ではマナの終点を見つけることなど、やはり不可能かと思わざるを得なかったところだったというのに」
「御託はいいから、早く!」
「仰せのままに」
アネモスは大仰に呟くと、アスピスの見つけたマナの切れ目を中心にするよう、結界に勢いよくかぶりついた。
アネモスの口の中で、解けていくマナの糸。
それに引きずられるようにして、徐々に編み込んだマナが解けていき、中の様子がみんなの目に晒されていった。
「マスターのマナほどではないが、なかなかに美味なマナではあるな」
ひとり結界を堪能するアネモスを放置し、アスピスたちは、結界の中央に力なく横たわっているロワの方へと寄って行く。
「息はしているわ!」
「安心せい。眠っているだけのこと」
結界を堪能しているだけでなく、一応ロワの方にも気を向けていたらしい。
怪我はないかと、目を覚ましてくれるのかと、色々と押し寄せてくる不安に、ロアを強く抱きしめていたシェリスへ、アネモスが呆れたように呟いた。
「結界を解除したら、目が覚めるよう条件付けがされているようじゃ。少し時間を要するようじゃがな」
最後の一口と、結界のマナを口に頬張ると、美味しそうにマナを飲み込み。満足そうな様子で、ロアの現状をみんなに知らせる。
「もう、隠し身は不要じゃろ。どれ、そいつもワシが運んでやるか」
そう言うと、アスピスの掛けた姿消しをアネモスは勝手に解除してしまい、同時に身を大きくしていく。
「これくらいなら、子供が2人乗っても平気じゃろう」
思わず、主人を子供と言うな。と、反射的に思ったアスピスだが、ここは苦言を呈するところではないことくらいの判別はついたので、苦々しく思いながらも言葉を飲み込む。
「マスターよ、ロアが落ちぬよう支えているのじゃぞ」
「そんなこと分かってるって」
言われるまでもなく、ロアの腰を中心に上体をアネモスの右側へ、下体をアネモスの左側へ落とすようにしてロワを担いでいるアネモスから、ロワが落ちないように、アスピスはロワの体を両手で支える。
「我はこれから、最高速度で最短距離を駆け抜けていくつもりだが。お主らはどうする?」
「もちろん、後を付いて行きます。アネモス、アスピス、ロワをお願いね」
「私も、後を付いていくけど。後ろは気にしないで走り抜けて行ってちょうだい」
「言われるまでもなく。では!」
そう言うと、アネモスは一気に最高速度まで脚を早めると、そのまま遮るものを壊すようにして、エルンストたちの待つ死角となる場所も一気に通り過ぎ、アスピスたちの住む家の前まで帰って来てしまった。
あまりに早くて、確信は持てなかったが、ウローク邸を後にする際、二階のバルコニーにアンリールの姿をアスピスは視界に留めた気がしていた。
(お辞儀、していたよね)
まるで、アスピスたちを見送るように。感謝を述べるように。
(それとも、気のせいだったのかな?)
そう思いながら、ひとりアネモスの背から下り、自力ではロワを家の中へ運び込めないため、他の人たちが家に戻ってくるのをしばらくの間、アスピスは待ち続ける。その間、人目に晒されていることもあるのだが、どうしてもウローク邸で目にしたアンリールの姿が気のせいとは思えず、複雑な思いを胸に複雑な表情を浮かべながら、アスピスは黙って立っていた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




