第177話(カロエの報告/ルーキス参入/六聖人のお仕事Ⅵの1/王国管理室)
[百七十七]
癖がついてしまったことで、新しい家に引っ越してからも、エルンストに一緒に寝てもらうのが通常となってしまっていた。それに対して、エルンストも文句を言ったりしないので、アスピスは満足していた。
そして本日も、朝の6時になると目を覚まし、アスピスはゆっくりと起き出す。
エルンストも慣れてしまったことで、半分寝ながら、アスピスが室内で動く気配を感じているようである。
ベッドサイドのテーブルに載せられている照明具の明かりを完全に消し、窓を開けて空気の入れ替えをしながら、寝着からシンプルなワンピースへ着替えを済ませる。そのままドレッサーの前へ行くと、ブラシで髪を梳かし、櫛の反対側で髪をふたつに分けて、器用に三つ編みを作り、下を色のついたゴムで止める。そしてコンタクトを交換して、アイテムボックスを開き、ポストの中を確認していく。
すると、その中にはカロエからの手紙と共に王国管理室からの手紙が届いていた。
その内容は、カロエからのは『無事に王国管理室所属(剣士)になったぞ』という一文があるだけのものであった。
もう一通の王国管理室からのものは、仕事の依頼である。いつも通り三つ折りにされた紙を開くと、『六聖人(無)のアスピス、六剣士(無)のエルンスト、及び研修員として、王国管理室所属(騎士、または剣士)の新人、王国管理室契約(冒険者)ルーキス、合計4名 ウラガーン村の結界棒の精霊の補充と防御結界の強化 できるだけ早い出発でお願いします』と書かれていた。
それを見て、ちらりとエルンストを見たが、未だ眠そうだったので、寝かせておいてあげることにする。
冒険中は睡眠時間が少なくても早起きだし、目覚めもいいのだが、家にいるときは気が緩んでいるようで、ベッドの上でダラダラしているのも嫌いではないようなのだ。
たまに、それにアスピスを付き合わせようとするのが、ちょっと問題であった。
(まぁ、エルンストには後で教えてあげよう)
それが一番よさそうだと、アスピスは歩く経路を気を付けつつ、やはり冒険中とは異なり寝坊助なアネモスとオルトロスとエクウスへ視線を向け、気持ちよさそうに3体で丸くなって寝ている姿を見届けると、部屋を後にした。
そして、てとてとと広い空間を横切り、階下へ繋がる階段の方へ向かうと、1階へ下りていく。
「おはよう、レイス。フォルトゥーナ」
「あら、おはよう。アスピス」
「おはようございます、アスピス」
それぞれ挨拶を交わすと、アスピスは洗面所へ行き、洗面台を使って顔を洗う。以前は洗面器に、ピッチャーで水を注いでやっていたことが、水道が設置された洗面台になったことで、ちょっと便利になった感じである。
そして、アスピス用の動物柄のタオルで顔を拭くと、脇に設置してある大きな洗濯ボックスの中を確認して、洗濯ボタンを押してしまう。
これで、洗面所での用事はお終いである。そのため、今度は朝食の準備を手伝うために、再びてとてととした足取りでレイスたちのもとへ行く。
「今日はなにすればいいの?」
「スープ用の肉を細かく切ってくれますか?」
「はーい!」
アスピスは元気よく応じると、踏み台を足元へ持って来て、調理スペースにまな板を置き、その上にシートをのせると、レイスから肉を受け取り、大豆より少し多いくらいのサイズに肉を切っていく。
「随分うまくなってきたわね」
「毎日頑張ってますからね」
「お野菜の皮向きも早くなったのよ」
アスピスは自慢げにフォルトゥーナへ語って聞かせると、はたりと思い出すようにして、2人に手紙のことを語って聞かせる。
「カロエからお手紙が来てたの。王国管理室所属の剣士になったんだって」
「カロエ頑張っているのね。『おめでとう』をしないとね」
「うん。『おめでとう』をするの」
一生懸命に手に集中しつつ、アスピスは朝の報告をしていく。
「それとね、お仕事が入ったの」
「私も、今朝、仕事が入ってしまったの。研修員としてレフンテも一緒だから、一気にこの家の人数が減ってしまうわね」
「俺が未だですから。2人に別々の仕事が入ったのでしたら、俺は少し先になると思いますよ」
「そうね。レイスとルーキスがいてくれたら安心ね」
「あのね。それでね。ルーキスのお名前も、お仕事の同行者の欄に書いてあったの」
「えっ?」
「本当ですか?」
「うん。ワンピースのポケットに入っているから、見ていいよ」
「それじゃ、ちょっと見せてもらうわね」
手を洗い、タオルで拭いた後、フォルトゥーナがアスピスのワンピースのポケットから、王国管理室からの手紙を抜き取る。
そして、封の中から三つ折りの手紙を取り出すと、開いて中を確認した。
「本当だわ。研修員の中に契約で名前があるわ」
「王国管理室で受け付けている冒険者は『S』だけですからね。ルーキスは大歓迎されたんじゃないですか」
フォルトゥーナの脇から、レイスも手紙を覗き込み、笑みを零す。
「2人の子供のお父さんですからね。きっと悩んだんでしょうね。国仕えになるのは、冒険者にとって一大決心ですから」
「えぇ、そうね。でも、ロワとカルテイアのこともあったと思うけど、アスピスのことも心配なんだと思うわ」
「あたしのことも心配してくれてるの?」
「そうよ。ルーキスもシェリスも、アスピスのことを、自分の子供と同じように心配してくれてるのよ」
「そうなんだ……」
アスピスはちょっと嬉しそうに、照れたように笑うと、肉をたくさん切っていく。
同居者が一気に増えたことで、作る量も倍以上になっていた。
「はい、切れました」
「お疲れさまでした。じゃあ、これはスープの中にいれますね」
レイスはそう言いながら、鍋の蓋を開けると、アスピスが切った肉を入れていく。
「今日はお豆のスープなのね」
蓋を開けたことで広がってきた匂いが鼻に届き、アスピスはにこりと笑う。
「アスピスは豆も苦手でしたね」
「うん。昔飲んでいたスープに、時々浮いていたのと同じなの。ふにゃふにゃむにゅりってしてて、とっても美味しくなかったの」
アスピスが眉間にしわを寄せて、心底から嫌そうな顔を作ったので、レイスは少し笑っていた。けれども、話しはちゃんと受け止めてくれたようである。
「そうでしたか。それじゃあ、アスピスはどんなスープが好きですか?」
「お豆のスープでも、スープの部分は好きよ。お野菜のスープも、スープの部分が美味しくて好きなの」
「じゃあ、今度からアスピスのスープはポタージュスープにしてあげましょう」
「お野菜とかを裏ごしして、作るスープ?」
「アスピスもあれなら飲めましたよね」
「裏ごしすると、美味しくなるよね。あたし好きよ。でも、大変だから遠慮するね」
アスピスはにっこり笑うと、踏み台から下りていく。
「大変じゃありませんよ。アスピスが飲むくらいなら、すぐにできますから」
「具の部分は苦手だけど、スープの部分を飲むから大丈夫。レイスたちが作ってくれるスープは、お出汁がきいていて美味しいから、心配しないで」
「そうですか? 遠慮しないでいいんですよ」
アスピスが、テーブルの上の準備を始めるのを見つつ、レイスがちょっと残念そうに呟いた。
「カロエもついに王国仕えか」
「いや。ルーキス、お前の方がびっくりだからな」
カロエは事前に宣言していたことで、なることは分かっていたのだと言いたげに、エルンストは肩をすくませる。
「この新人って誰だろう。カロエだといいな」
「そいつは無理だろ。フォルトゥーナの方にも名前無記入の新人がいるそうだからな。それに、今年に入って18歳になった騎士学校の生徒が、卒業試験を受けて、次々卒業してきているから。今の時期、新人が大量発生するしな」
食事を終えてまもなく、王城へ仕事の依頼を受けに、3人で歩いて行く。
フォルトゥーナも、ノトスやノワールと連絡を取り、連絡がつき次第、研修員扱いのレフンテと依頼を受けに行くと言っていた。
「フォルトゥーナの方には、もうノワールがいるでしょ!」
「そうは言われても、決めるのは俺じゃないだろ」
「こんなことなら、シェーン様にお願いのお手紙を書いておくんだった」
「こんなことに、シェーンを使うなよ」
後手に回ってしまったことで、仕事のパーティ決めに関して、裏から手を回し損ねたアスピスががっくりと項垂れる。
「カロエも、アスピスのこのしょぼくれ顔を見たら、男冥利に尽きるだろうな」
「やめてくれ。カロエの奴、調子づくとどこまでも昇っていくんだからさ」
「そこがいいんだろ。調子づいてるときの方が、あいつの伸びはいいんだからよ」
ルーキスとエルンストが楽しそうに会話するのを、アスピスはいじけ顔を浮かべて聞いている。
「そんなに組みたかったか。カロエと」
「だって、お家で会えないなら、お仕事で会うしかないでしょ」
「そうだな。でも、これからも仕事は入って来るからな。いずれ組ませてくれるだろ」
「未だ決まってないでしょ! 新人はカロエかもしれないの」
ルーキスが、アスピスを慰めにはいったことで、アスピスはとんでもないとばかりに、文句を返す。
そんなやり取りをしつつ、王城へ入ろうと正門のところへ到着すると、ルーキスが門兵に呼び止められた。
「身分証明書をよろしいでしょうか」
「あー。はい、これ」
おそらく王国管理室へ登録しに来たときもらったのだろう。冒険者ギルドのカードと王国仕えであることを示す身分証明書を入れたカードケースを差し出すと、門兵はそれを受け取り、中を確認すると、「失礼しました」と謝罪してきた。
「どうぞ、お通りください」
「どうも、それじゃあ失礼します」
ルーキスはのんびり返すと、門をゆっくり通り抜ける。
「ルーキス、怒っちゃダメよ。ちゃんとお仕事している証拠なんだから。あたしも、レフンテも、最初に来たとき呼び止められたのよ。でも、次からはちゃんと覚えてくれてたの」
「んー。怒ってないんだけどな。怖かったか?」
「ううん。ちゃんと教えてあげようと思ったの」
「そうか。アスピスは優しいな」
ルーキスは笑いながら言うと、アスピスの頭を撫でてくれる。
そして、正門を通り、中央玄関を入っていくと、毎度のことだが黄色い声が響いてきた。
ちなみに、アスピスの周りの男性は、聖族と魔族という美形ぞろいいのうえ、知り合いの人族も美形という状況に重ね。女性に関しても、顔だけでなくスタイルも大変よろしい粒ぞろいな美女ばかりという、目の保養という意味からも、男女双方からものすごく羨ましがられる境遇にいることには気づいてなかった。
「なるほど、これが噂の黄色い声か。アスピスが心配するわけだ。稼ぎのいい六剣士は大変だな」
「言っておくが、ルーキスも対象にされてるからな」
「いやいや。俺はしがない冒険者ですから」
「ていうか、アスピス。ちょっと急ぐから、こっちへ来い」
「お断りします。あたしは本日ルーキスに抱っこしてもらいます」
「あ? 急にどうした」
「あの、人を殺せそうな視線の鋭さを、エルンストは知らないのです」
アスピスは自らルーキスの前に行くと、ルーキスに向けて手を伸ばす。それを受けて、ルーキスは苦笑を洩らしつつ、アスピスを抱き上げた。
「痴話ゲンカするときは巻き込むなよ。っていうか、俺の方が殺されそうだぞ」
「ルーキス、後で少し話し合おうか? こいつが俺以外に抱っこをねだるのは、そうそうないことなんだが」
「いや、そう言われても。アスピスにねだられたのは、俺だってこれが初めてだぞ」
不機嫌そうに洩らすエルンストに、ルーキスは呆れるように肩をすくませつつ、がっしりとルーキスに抱きついているアスピスを離すわけにもいかず、そのまま抱いて、王国管理室まで向かって行った。
「仕事を受けに来たんだが」
「これは、エルンスト様にアスピス様。それに、ルーキスさんに至りましては、先日お越しいただいたばかりなのに、早速のご足労ありがとうございます」
「いや。こっちこそ色々と我が儘を通してもらってすまなかったな」
「いえ。冒険者のみなさまは、兼業が前提ですので、ご要望が多いのは当然ですので。こちらとしても、その辺は理解しているつもりですので。それよりも、冒険者で登録してくださる方は少ないので、とても助かりました」
「話し中に悪いが、この新人ってのには会えるのか?」
「あ、はい。騎士学校の訓練所にいると思います」
「それって、カロエ? カロエなの?」
「あ、いえ。これはご内密ではございますが、みなさまはご一緒に暮らされているとのことでしたので。よろしいでしょう」
アスピスが身を乗り出すように聞いてきたので、受け付けの男は少し迷いをみせたあと、笑顔を浮かべて告げてきた。
「カロエさんは、フォルトゥーナ様たちのパーティへ研修員として参加のご予定です」
「えっ……」
「ご心配にはおよびません。カロエさんではございませんが、アスピス様たちのパーティで研修させていただく剣士も、きちんと試験を受けて合格した者です。身を挺してアスピス様をお守りすることを保証します」
愕然とするアスピスに、受け付けの男は慌てたように言葉を付け足すが、アスピスの顔は呆然としたままだった。
それが受け付けの男にはすごく気になったようであった。
「今すぐお呼びいたしますので、少し待っていていただけますか?」
「悪いな。でも、気を悪くしないでくれ。カロエは家族のようなものだからさ、一緒に仕事したかったらしいんだ」
「あー。そういうことでしたか。それでしたら、いずれ予定を合わせてもらえるよう頼んでおきましょう」
「本当!」
「はい。精霊使いは精神的安定が重要ですから。特に六聖人様に関しましては負担の大きな仕事が多いので、出来るだけご希望に添えるよう言われておりますので」
アスピスを見つめながら、受け付けの男はにっこり笑う。それを受け、アスピスの顔に笑顔が戻って来た。
「良かったな。それじゃあ、受け付けしちまおうぜ」
「うん、する」
ルーキスの腕から下ろしてもらうと、アスピスは鞄の中から手紙を取り出す。
「これを出せばよかったんだよな?」
エルンストとアスピスが今朝受け取った手紙を受け付けに出すのを見つつ、ルーキスが手紙を取り出しながら問いかける。
「はい。それをお渡しいただければ、依頼書と引替えさせていただきますので」
「じゃあ、よろしく頼む」
アスピスとエルンストの2人に倣って、ルーキスも手紙を出すと、受け付けの男が手紙の下へ丸受印を押していく。
「それでは、みなさまの受け付けをさせていただきました。それと、こちらが依頼書になります」
「それは、俺が預かっとく」
エルンストが、差し出された依頼書を受け取ると、アイテムボックスを開き、それをそのまましまい込む。
そして、王国管理室の応接室にて新人の剣士が訪れるのを待っているように伝えられた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




